崇められても退屈   作:フリードg

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第7話 隠れても見つかってる!?

 突然現れた正体不明の男は、一体何を探しているのだろうか、それが判らない。

 

 正体も目的も何も判らない以上、下手に動けないし、動いてはいけない。様子を見て隙を伺うのがセオリーだと言える。だが、そんなごく一般的な兵法ではなく、ただ単純に動く事が出来ないのは、あの姿を見たからだ、と言える。

 それなりの修羅場を潜り抜けてきたチェルシーには、危機感知能力もそれなりに向上している。……その警告が過去に例を見ない程に自分自身に警笛を鳴らしているのだ。

 

「(……ぁぁ、心臓に悪い)」

 

 木に変身している為、姿を隠せている訳じゃない。相手から完全に見えている位置であり、この状態であれば、本当の意味で隠れる事は出来ない。そんな事をすれば、危険種の木獣の様に、《動く木》が誕生してしまうから。一発でバレてしまうから。

 だから、変身した以上は 見たくなくても、じっと我慢しなければならないのだ。……相手がいなくなるまで。

 

 

『…………』

 

 

 だけど、その希望的観測は……成就される事はなかった。

 湖の水面に立ち、波紋を広げながら歩いてくる男は、自分のいる方角へと歩いてきているから。チェルシーが自身に付与しているのは、完璧な変身であり、錬度もそれなりについてきていて、自信があった。……だけど、それを嘲笑うかの様に 一歩、一歩近づいてくるにつれて、神経をごっそりと削られてしまう。

 

 軈て、その男が、歩いて湖から出て、地に足を付けた辺りで、男の声が聞こえてきた。

 

「ふーん。折角だったのに、またメンドクサイ。ま、別にこんなのも珍しくもない、か。ちょっとばかり運動だな。これは」

 

 一体何を言っているのかはわからないが、それでも 1つだけ判った事がある。

 現れてから、今に至るたった数十秒間の間で男の異常性。

 

 

□ 空から降りてきた。

□ 闇? を纏っていた。

□ 水面に立って歩いてきてる。

□ 尋常じゃない気配(オーラ)が感じられる(チェルシー談)

 

 

 細かい所を上げ出したらキリが無い程だが、それだけ感じられた事と、もう1つの事実。

 その男の容姿である。

 

 上記の連想から、どんな化物が現れるのか、と内心更に冷や冷やモノだったのだが、以外にも、その素顔は非常に整っていた。眼の形や眉、顔の輪郭などが全て整っているのだ。いわば黄金比とでも言うべき、だろうか。その上 やや、幼さもあって、更に引き立てている。

 俗にいうイケメン。だけど纏う雰囲気は化物。非常にアンバランス。

 

「(こんな出会いじゃなかったら、声かけても良いんだけど、ね……)」

 

 チェルシーは、冷や汗をかきながらも、まだ 自分を保つ為に、冗談めいた事を考えていた。……人の顔を被った悪魔など、何度も見てきているから、優れた容姿だけで惹かれる様な事はしないけど、軽口の1つくらい思わなければ、自我を保つのがしんどかった様だ。

 

 そして、何かを呟いていた男がゆっくりと近づいてきた。

 

 その方向は間違いなく、自分が化けている場所付近。……まだ10m以上は離れているから、確実には言えないが、不安感が更に倍増される思いだった。

 

「(……私の変身を、見破ってるの!? これも帝具なのに??)」

 

 チェルシーが変身に使用している道具は帝具。

 

 その名も、変身自在《ガイアファンデーション》

 

 どんなものにも変身できる化粧品型の帝具であり、それは種族や生物、物質と問わない。完全な隠密型の帝具であり、直接戦闘には向いていないが、その分幅が広がる。

 

 なのだが、初見で見破られた事など一度も無い。……そんなに帝具は甘い物ではない。だと言うのに、紛れも無く、目の前の男は近づいてきているのだ。

 今更ではあるが、完全に逃げる事は、もう不可能。

 

 そして、その男の顔がにやり、と笑ったのが判った。

 

「動くなよー? 動いたらどうなるか、知らんぜ。手間ぁかけさせるな」

 

 そう言われて、確信してしまう。自分に動くな、と言っている事が。……そして、動かなくとも、動いても、結末が変わらない事も。

 

 今まではこんな経験は無かったが、ここまで来れば、ただ黙って従うよりも、一か八か、仕掛けるしかないだろう。だけど、身体が言う事を訊いてくれなかった。

 

 

「(……もうちょっと、生きたかったんだけど、ね)」

 

 

 生きたいと思いつつも、きっと、楽には死ねない。……チェルシーは、そう思い描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 殺し屋になった以上、……数えきれない程、殺してきている以上、殺してきた相手の性質など関係なく、何れは報いを受ける日が来る事など、覚悟してきていたチェルシー。恐怖を感じていたのだが、それも軈て霧散してきていた。……死にかけた事は何度かあるが、絶対的な死を間近に感じた事は無い。だからこそ、それを前にして、感じたこの感覚は、走馬燈なのだろう。これまでの経緯。殺し屋になった切欠、その過去の記憶が頭の中に流れてきていた。人生の最後の終焉を知らせる最後の劇場。

 

 特にこれといって考えてなかった、出来がそれなりに良かった為、出世する事ができ、地元の役所に勤め、ただ玉の輿を狙っていたんだけど、上層部の腐敗具合を目の当たりにして、考えが完全に変わったんだ。

 

 そして、今使ってる帝具との出会い―――役所の太守を殺した。その男は、人を人とも思わず、男女問わずに裸に引き剥くと、外に放ち……そして、逃げた人で狩りを楽しむ畜生だった。

 

 それは、初めて、人を殺した瞬間でもあった。

 

 一度、汚した手なのなら、と暗殺部隊へと志願する事にして、現在のオールベルグと言う組織に所属をしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(報いを受ける、それは判ってた。いつか、自分自身にもくるんだって……)」

 

 

 どんな悪人であれ、やっている事は殺し――。

 

 帝都で、いや、この世では 善人であろうが、悪人であろうが、人が人を殺せば、天より裁きが訪れる。迷信ではなく、確固たる事実がある。

 ()で見ている者にとっては、関係無いと言う事だ。

 

 それを、きっと報いだと受け取る者も少なくないだろう。

 

 チェルシーは、この時身体中の力が抜ける感覚があった。……帝具の変装も解こうか、と思ったその瞬間だ。

 

 

“ギャオアアアアッ!”

 

 

 と言う叫び声が、突然聞こえてきたのは。

 あまりの突然の出来事に、悲鳴を上げなかったのは、奇跡だと言える。

 

 

「はぁ、動くなっつったのに。……って、話が通じる様な相手じゃねぇか。そりゃそうだ。話せる程賢くないし、そもそも喋れねぇし」

 

 苦笑いをしている眼前の男。そして、思わず変装したまま、動き自体は最小限に抑えつつ、周囲を見たチェルシー。

 

 どうやら、この周辺にある木は、自分と同じ擬態だった様だ。

 

 二級危険種の《木獣》。

 

 木に擬態し、近づく獲物を捕食する危険種で、その性質も食欲旺盛、二級と危険度は少々低いがそれでも人を好み、獰猛だ。ここまでの接近に気付かなかったのは、目の前の男のせいだろうか、もう自分の周囲一面に取り囲む様に現れていた。

 

 そして、しびれを切らせたのだろうか、木獣の一匹が己の枝、根を伸ばし、男を攻撃していた。

 

 

「(……これ、ひょっとして、逃げるチャンス……?)」

 

 チェルシーは死を覚悟していた中であったが、千載一遇の好機を見た。

 無数の木獣は、逃亡する上では丁度良い隠れ蓑だ。勿論、自分自身が木獣に襲われる危険性もあるが、正体不明の化物を相手にするよりは、何倍も、何十倍もマシだと言えるだろう。

 

 だが、その試みも無駄に終わる。

 

 

『失せろ。喰っちまうぞ?』

 

 

 何気ない一言は、周囲の空気を震わせた。

 その殺気で、周囲が一変する。

 

――殺気は、振動となり、周囲数10m程轟き、大気を揺らし、木獣の身体をもなぎ倒したのだ。

 

 いや、なぎ倒す と言うよりは、木獣たちがあまりの殺気に本能的に怖れを感じたのだろう。我先に、脇目も振らず逃げようとした為、他の木獣達に引っかかって倒れた様だ。それが連鎖的に広がっていくと言う有りえない光景が広がっている。

 

「っ……!!」

 

 チェルシーは、またまた唖然とした。自分自身に向けられた

 危険種を威圧だけで、撃退する話など聞いた事も無かった。そもそも、知能が低い危険種には怖れなど存在するのか疑問だった。

 痛めつけられて、なら 判らなくも無いが、何もせず、威圧だけで退かせる事が本当に出来るのか? いや、こうもはっきりと見せられたら、信じるしかない。

 

 そして 1つの危機は去ったが、本命が、大本命が残っている。

 

「ふぅ。最初っからこうしてりゃ良かった。んでもま、これで、これが良いか……」

 

 男は、にやっ、と笑って いつの間にか自分の前に立っていた。

 チェルシーにとっての最大の危機が眼前に、もう目の前に迫っている、のだが……何故だろうか、死の予感は薄れていた。

 

「良かったなぁ。命あって。アレだけの木のお化けに囲まれて、生きた心地しなかっただろうに」

「(……正直、アンタを目の前にしてる方が生きた心地しないよ!)」

 

 まだ木の擬態を解いた訳でもないのに、普通に話しかけられて、普通に接されて、正直混乱していた。男は、両手の人差し指を自分に向けて。つんっ、と一突き。

 

「ひゃんっ!!!」

 

 チェルシーは思わず淡い声を上げていた。

 男の指先は、木の擬態を解いていないと言うのに、正確に……、非常に正確に、チェルシーの二つの膨らみの頂きにヒット。

 

 あまりの出来事に、更に動転してしまっていた。

 

「ほれ、んな変装解いた解いた。折角の可愛い顔が見られんのは、辛いわ」

「~~~っっ」

 

 ぼひゅんっ……、と淡い煙を出しながら、チェルシーの変装は解けた。

 その手は胸元を多い、そして頬を赤く染めている。

 

 

 これが、チェルシーと男の奇妙な出会いであり――、ちょっとした災難の始まりでもあったりするのである。

 

 


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