中国の奥深くの遺跡にて、アーティファクトの奪取に成功したものの、大けがを負う羽目になった彼女の話。
血に染まり斃れる見慣れた姿、銃声、熱、血の味、霞む視界に駆け寄る人、それに向かって、渾身の力で投げた大事な物、暗転。
走馬灯のように流れる記憶の渦から瞼を上げれば、白い天井、白いベッド。あの恐ろしい地下洞窟ではない、温かい病室の中。跳ね起きた体が痛みに軋む。蹲る様に疼く二つの傷をやり過ごし、壁に掛けられていたカレンダーを見れば、あの日から随分経っていた。汗で首筋に張り付く長い髪を掻き上げ、彼女――村正響子は安堵と苦みを含んだ溜息を洩らし、再び白いシーツの中に身を沈める。
あの悪夢で見た光景は、ただの夢ではない。体に空いた穴二つ、痛みと熱が現実だと告げている。
「もう一生水着を着れそうに無いな……」
冗談のように言葉を落としながら、そっと病院服の上から胸に空いた傷口を、未だ血の気の薄い白い指先がなぞる。きっと傷跡は残るだろう。父親が知れば卒倒するだろうが、知らせる気はない。この傷の理由も、事務局の話も、墓場まで持っていく。それよりも彼女の溜息の理由は別にあった。
この傷は、致命傷と言われる類のものだというのは、医者を目指す彼女はよく解っていた。更に言えば、その場で対応しなければ、数分と持たなかっただろう事まで理解している。だからこそ、今ここで息をして、動いて、生きているという現実が、彼女に一つの意味を叩きつける。そう、あの場所に、自分の命を繋ぐために居たのだ。彼等は。
「~~っ!」
血の気の薄かった頬に赤みが増す。顔を両手が覆い、言葉に為らない悲鳴が上がる。泣き喚いてしまいたい子供じみた衝動を、その掌に殺す。
彼等は守る事を優先し、その身を差し出す事を厭わないのは、もう十二分に知っていた。だからこそ、彼等の命を削る真似など、したくなかった。それなのに。
――不甲斐ない。なんて様だ。ぐるぐると脳内を支配するのは、いつだって、人の気も知らないで背を向けて、自分の命を擲つ様に仲間を守る彼等に対する、羨望に似た嫉妬。横に肩を並べて、対等で在りたいと思う反面、守られる自分への苛立ち。人には見せない感情が、思い出す度に彼女の身を焼いた。
自分だって、死ぬ覚悟位持っている。あの時だって、それを覚悟で飛び込んで、引き換えにしてでもと投げ渡したのだ。怖くないと言えば嘘になるし、実際怖いと思った。あれ程死の傍に居たことも無かった。けれど、もう、あの恐怖は飲み込んだ。次はもっと。救う手を伸ばす事は自分だってできるのだ。身を焼く感情を、長い時間をかけ一つ一つ整理して、並べていく。そして最後に、暗い瞼裏に映るのは、笑う顔。何時失くすとも限らない、彼女にとってとても大切な、己の身より大切なもの。
「こんなに入れ込むつもり、無かったのにな」
独り言と共に、長く、細い息を吐き出しながら、顔を覆っていた両手が外れる。その下から覗いた、天井を見上げる彼女の顔は、何かを決めた様に天井を睨みつけていた。
「あれ、キョーコ?」
「おはようございます」
「髪、どうしたんだよ」
「ああ……邪魔だったので。ほら、遺跡とか行く時に、長いと手入れとか……」
白い病室で彼女は、短くなった髪先を気にするように指先で遊びながら、微かに苦みの混じる顔で笑った。まるで少年の様な容姿。性別を感じさせない雰囲気。
彼女の覚悟が、“彼女である事”を、切り捨てた。それを模る髪の長さが、無言の覚悟だった。
そして彼女は、また遺跡へと、彼等と仲間と向かう。背筋を伸ばし、短い髪を躍らせて。
「覚悟は、もう貰っています。動く理由は、それで十分なんですよ」
最期のその時まで、彼等と共に居られる様に。彼等と、笑える様に。