全3話、とても短い寄せ集め。
不幸せをあなたに。

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Love like a shadow flies when substance love pursues; Pursuing that that flies, and flying what pursues.

William Shakespeare



全ての希望を捨てよ

『DIO様と餌』

 

 

母さんに似ている

 

ただの餌に感想をもったのはそれが初めてだった。

しかし、だからといって当然だが別段愛着が湧くわけもなく、寧ろ母さんと似た容貌をしていながら既に餌として出来上がっていた、今まで見てきた通りの其れに酷い倦厭すら覚えたのは当然のことだろう。

 

人間が食事のたびに皿の上と談笑などしないように、会話すら交えない。ただ早く身体が馴染むように「食事」を繰り返す。

 

文字通り血の気が引いた餌が鈍い音と共に冷たい床へと崩れ落ち、まるで始めからそうであったかの如く動かなくなった。この瞬間、此れはもう餌ではなく残骸へと変わったのだ。

 

ふと、ただの気まぐれに顔を見下ろすと、やはり、

 

「……くだらんな」

 

この女もすぐにヴァニラ・アイスが片付けることだろう。

 

 

厭な気分だ。

ああそうか、じきに陽が昇る。

 

 

ーーー

『留学生とシーザーちゃん』

 

 

 

これは、私がまだ学生だった頃のはなしだ。

 

「チャオ!シニョリーナ」

 

シーザーと会うのは決まって大学近くのジェラート屋の近くだった。(シーザーというのは私の留学していた大学の学生で、私は当時彼に林檎のような恋をしていた。)

 

「久しぶり シーザー」

 

そして彼は決まってジェラートを奢ってくれ、悪から、とお金を渡そうとすると困ったように笑う彼に私はそのコインをポケットに戻すしかなかった。

 

彼がどうしようもなく女という生き物に甘ったるくスケコマシなことは知っていたけれど、それ以上に彼の根源的な部分である真面目さや奥に酷くこびりついて離れない乱暴な燻りに、私もこれまたどうしようもなく惚れ込んでしまっていたのだ。(これは私がそう思っただけで本当にただの優しい男だったの、か・も)

 

「どうぞ可愛い人」

 

「いつもありがとう」

 

「ジェラート一つで君の笑顔を独り占め出来るんだ、礼を言うのはおれの方さ」

 

蜂蜜酒のような台詞を続けるシーザーにこみ上げる恥ずかしさを隠すように舐めたジェラートの爽やかなレモンの香りをよく覚えている。

彼が渡してくれるジェラートはいつも決まってレモンの味だった。

 

ジェラートを奢ってもらうきっかけや、彼と知り合ったきっかけなんて、そう、別にどうということもないナンパであったし、その後もこうしてジェラート屋の近くでバッタリ(いつもそうになるようにとお互い承知のことにせよ)会うことを繰り返しても、ついに恋人になるような雰囲気になることはなかった。

 

「私ね日本に帰るんだ」

 

彼の柔らかいふわふわした髪が好きだった、星の瞬きより深く輝く綺麗な瞳が何より好きだった、それなのに話すときは恥ずかしくていつも彼の可愛らしいアザばかりを見つめていた。

 

「マンマミーア!って言わないの?」

 

言ってくれないの?と言いたいのをグッと堪え、いつものようにアザを見つめながらシーザーの反応を伺う。

 

「行かないでと言ったら君は困るだろ」

 

質問に質問で返されたことなんて気にならないほど驚きのあまりヒュッ、と息が漏れた私にシーザーはハッとし、そして一瞬バツが悪そうに眉を寄せてからすぐに美しく笑った。

 

「君の笑顔が見れなくなるのは残念だ」

 

これが私とシーザーの最後の会話だった。

 

私は留学を終え日本に帰り留学前のように暮らしイタリアの思い出は確実に色褪せていってしまった。

今こうして思い出しているシーザーも私の記憶が補修されたものだろう。けれどイタリアでの留学がセピア色になってしまってもどうにも彼ばかりは鮮やかに輝いていて、これが脳みその改ざんであるとはにわかには信じられないのだ。

 

そして、私は来月結婚する。もちろん彼とは全く関係のない人とだ。

この先の長い人生で私の記憶の中の彼だけは色褪せることは決して無いけれど、きっと、当たり前のこととして記憶の中の思い出の彼は今よりもっと事実より違うシーザーになってしまうのだろう。そう思うと、ほんのひと匙ぶんの悲しみだけが胸に注がれた。

 

けれど私が知っている数少ない彼への知識だけは風化も美化もせずスカートの履き方のように記憶され続けていくのだ。

 

同じ大学のスケコマシ、私にレモンの味のするジェラートを渡すのが好き。私の初恋の人。

 

 

ーーー

『ジャイロへの手紙』

 

 

 

前略

 

 

はじめに、文章に起こすとなると随分と雄弁で大仰になることを許してくださいね。

口にはとてもでは無いけれど出すことが出来ない誹謗中傷、罵詈雑言も人間は文字には簡単にできると聞きます、だから、人であるからには仕方のないことなのでしょう。

本当は最初に、それか、封筒にでも名前を記すつもりでしたが、考えてみればその必要は無いと思ったので記しません、恥知らずだと貴方は蔑みますか。呆れますか。けれども私は神経質な貴方がただの筆跡だけで私を見つけてくれる喜びに浸りたいのです。これはロマンチシズムと呼ぶには些か下等なものかもしれません。

じつは私的な目的で誰かに手紙を書くだなんて学生時代以来のことです。これは、あまり関係のないことですね。

さて、案外真面目である貴方は、と言うよりも貴方の相棒と巫山戯るとき以外は大体にして真面目で少しばかり高圧的であったように思えます。

そんな貴方の為にそろそろ本題に入りましょう。

貴方の事が好きでした。

念のため言っておきますけれど過去形したのは、なにも過去のことであるからというわけでは勿論ありません。

この一言だけを伝える為にわざわざ質の良い羊皮紙を買って、良い店で勧められたペンと一等高値であったインクを買いました。やはり私は貴方の言うように何事も形から入る性のようです。

書きたいことが山ほどあります、聞いて欲しいこと、知って欲しいことばかりですが、私の思いを伝えたので、あと一つずっと言いたかったこと、その一つだけを記しましょう。

貴方とはずっと前に会ったことのある気がしてならないのです。

そんなはずはないと今笑いましたね、別に何年か前にと言いたいわけでは有りません。もっと、貴方が笑うことを言いましょう。

ずっと前に、今より前に、前世でお会い致しませんでしたか。

気が狂ったわけではありません。

ただ、貴方と私はきっと来世でも会えるのだと思います。きっと引力に従って。

書いているこちら側が恥ずかしくなってしまいました、しかし、私は至って真面目なのですよ。

私は運命を信じています、色恋としての意味だけではなく、人間同士の生きることとしての運命を信じています。

ただ、これだけを口で言えたらどれほど幸福だったでしょうね。

書きたかったことはこれで全てお仕舞いです。

 

申し訳有りません、一つ訂正させていただきます。

好きでした、嘘です、愛していました。

 

 

草々

 

 


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