楓の木の下でまた貴方に恋をする   作:かえるくん

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 書きたくて書きました。

 ちょっと書き直しました。

 どうぞ。




第一話

 ここ一週間くらい、同じ夢を見る。

 

 暗闇の中、膝を抱えて泣いている少年がいて、その少年に私は決まって「なんで泣いてるの?」って問いかける。しかし少年は首を振るばかりで何も答えない。そんな少年を励まそうと毎回いろんな言葉をかけるが、けして少年は顔をあげることはない。しびれを切らした私は少年に手を伸ばす。けれど見えない壁が少年を覆っていて絶対に触れることが出来ない。ただその壁に触れると少年は必ず顔を上げ、そして怯えた目で私を見る。

 

 夢はそこで終わり。その目を見て、動けなくなったところでいつも飛び起きる。止めどなく涙が溢れ出し、枕や寝巻きをぐっしょりと濡らす。何故かはわからない。夢の中の少年を哀れんでなのか、何もできなかった自分が悔しいのか。気が付けば、少年の顔は思い出せない。

 

 でも一つ言えるのは、夢を見はじめてからあるこの胸にぽっかりと穴の空いた感覚が、きっとそこにあったであろう何かが、鍵を握っているのだろうってことだけ。私はまだそれが何なのかわからないでいる。

 

 

   _____________

 

 

 

 今日も最悪な目覚めだ。訳もわからず涙は流れ、胸が痛む。私はベッドの上で涙が止まるのを待ち、止まったのを確認すると終いに一回だけ目元を袖で拭ってベッドを降りる。ハンガーにかかっている制服を手に取り、寝巻きを脱ぎ着替えた。そして姿見の前で装いを整える。

 

「はぁ」

 

 髪をいじっていると無意識にため息が漏れた。原因はわかっている。最近私のもとに舞い込んできた厄介事、生徒会選挙のせいだ。私は生徒会長に立候補している。これが自分で望んだことなら不安になることはあってもため息は漏れることはないだろう。つまるところ、この立候補は私の意思ではない。

 

 私は自分を可愛く魅せ、優位に物事を運ぼうとする人間だ。使えそうな男子には媚を売る。しかし、そのぶん女子からの反感は大きい。極めつけはやはり葉山先輩のことだろう。始まりはなんだったかはもうよく覚えていない。周りが騒いでいたからか、皆が寄って集っていたからか。周りの誘いにのってサッカー部のマネージャーになったが予想以上の激務にほとんどは辞めていった。基本的に外面とは違って真面目な私は簡単に部活をやめることもできず今でも続けている。そういったこともあって私は比較的に他の女子よりも葉山先輩に近いと思われているのだ。私としては全くもって距離が近いとは思っていない。むしろあの人に近い人なんているのだろうか。

 

 斯くしてめでたく女子の不満は募り、生徒会長に無理矢理立候補させられる形でそれは現れた。通常こんなことは起こり得ないのだろうが色々な不運が重なり引き起こってしまった。担任も話を聞いてくれずどうすることもできないのが今の現状である。話を大きくする手もあるが、そうなると私がしてやられて傷付いてる風を演じなくてはいけない。しかしそんなことしたら向こうはつけあがるに決まっている。もっと面倒なことになるかもしれない。そういうわけでなかなか踏み切ることができない。

 

 と、まあこんな中、学校に行く気が乗るはずもなくため息も溢れるのだ。毎晩不思議な夢は見るし、なかなか気が休まるタイミングがない。

 

 ただ夢の方が私の中では大きく、気になって仕方ない。無意識に大切なことだと認識しているのだろうか。学校でもほとんど夢の事を考えてしまっている。

 

「よし」

 

 いつも通りの可愛い私を完成させたあと、鞄をとって部屋を出る。リビングに降りると両親二人とも朝食を取り始めていた。

 

「おはよう」

「おう、おはよう」

「おはよう。やっと起きてきた。さっさと食べちゃいなさい」

「はーい」

 

 既に用意された朝食の前に座り食べ始める。だらだらとしている間に父親は仕事に行き、自分も家をでなくてはいけない時間が近づく。食べ終わったあと、色々済ませて母親に声をかけてから家を出る。

 

 近頃、朝はだいぶ寒くなってきて足が辛い。そのせいで余計憂鬱になりながら高校へと向かう。学校が近づくにつれ同じ制服を着た人が多くなる。つまりそこそこ有名な私は声をかけられることが多い。ほら、さっそく。

 

「いろは、おはよう」

「おはよー」

「ちょっと元気なくない?なんかあった?」

「別になんでもないよー」

「ならいいけど。なんかあったら言えよ」

「うん、ありがとう」

 

 ぱっと張り付けた笑顔で対応し、走り去る男子をその笑顔のまま見送る。相変わらずの職人芸だと思う。ほんと、薄っぺらい。

 

 歩みを進め、学校に着き教室へ入る。決まって挨拶してくる男子達の相手をし、一部の女子の遠巻きな視線を受けながら席に座る。疲れ気味の私の姿を見てちょっとした優越にでも浸っているのだろうか。

 

 普通ならいくらかの不快感を得るのだろうがそれはない。昔はこうではなく、ショックを受けて泣いていたと思う。どうしてこうも平気なのか、いつから強くなったのか、そのきっかけも思い出せない。その事になんだか無性に切なくなる。

 

 

   _____________

 

 

 

 昼休みに一人で弁当をつついているとクラスメイトに肩を叩かれた。

 

「一色さん、生徒会長が…」

 

 そう言ってその子は教室の後方の入り口を見る。それにつられるように視線を向けると先日からお世話になっている城廻会長がいた。こっちを見て手を振っている。

 

「わかった。ありがとう」

 

 クラスメイトに軽く礼を言った後、食べかけの弁当を一旦片付けて会長のもとへと行く。

 

「すいません。お待たせしました」

「こっちこそごめんねー。ちょっと連絡があって」

「いいですよー。それで?」

「今日の放課後なんだけど、一色さんの件を相談に行くから空けといてもらえる?」

「わかりました…。でも今更どこへ相談に?」

「それはね、奉仕部ってところ。文化祭でも助けてもらったんだー」

 

 名前からして怪しいのだが…。しかし今さらどこにも期待はしていない。おそらくどうにもできないと言って匙を投げられるのだろう。

 

 連絡はそれだけらしく、城廻先輩はお昼ご飯邪魔してごめんねと一言残し帰っていった。私は席に戻って昼食の続きをとる。食べ終わり、メールで葉山先輩に用事で部活にいけなくなったことを伝えた。

 

 午後の授業もつつがなく終わり、荷物をまとめて教室を出る。向かう先は部室ではなく生徒会室。目的地に着き扉をノックすると中から声が聞こえたので開ける。そこには城廻先輩と平塚先生がいた。

 

「来たか、一色」

 

 教室に入った私を見て平塚先生が声をかける。それに率直な疑問を私は返す。

 

「どうして平塚先生が?」

「平塚先生は奉仕部の顧問なの」

「そうなんですか」

 

 その疑問に城廻先輩が答えた。顧問がちゃんといるということはそこそこしっかりした部活なのだろうか。

 

 色々と釈然としない私は二人に連れられ、生徒会室を出て特別棟へとやって来た。奥へと進んでいき、人気の無さそうな教室の前で止まる。そして平塚先生は何の躊躇いもなく扉を開け放ち中へと入った。それに城廻先輩が続いたので私も後を追った。

 

 教室内にはいると最初に紅茶のいい香りが私を襲った。紅茶のことは良くは知らないがおそらく本格的なものなのだろう。次に人がいる方に目を向けるとそこには雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩がいた。二人ともこの学校ではかなりの有名人だ。由比ヶ浜先輩は葉山先輩に用事があるときまれに会うので面識はあるが、こんなところで部活をやっていたのは知らなかった。雪ノ下先輩も同様、そんな噂を聞いたことはない。

 

 疑問と驚きで頭がいっぱいになっていく私をおいて平塚先生が口を開く。

 

「ん? 比企谷はいないのか?」

「はい。来ていません」

「そうか、珍しいな。なんか用事か?」

「いえ、特に何も…」

「由比ヶ浜も聞いてないか?」

「わ、私も何も聞いてません…」

「うむ、無断とはどういうつもりなのか…。心当たりもないのか?」

「それは…」

「……何かあったのかね?」

「まあ、それなりに…」

 

 どうやら部員はもう一人いるらしいが訳ありで来ていないらしい。先輩二人の雰囲気を見るになかなかに重そうだ。流石に問題を抱えている人たちに助けは求められない。それを思ってか平塚先生も退くことを選んだようだ。

 

「これは出直した方が良さそうだな」

「いえ、別に今彼がいなくても問題はないでしょう。来たときにまた説明すればいいですし。何か依頼ですか?」

「その前に、比企谷は来るのか?」

「それは…、なんとも言えません」

「つまり君たち二人だけで依頼を受けると言うことか?」

「その解釈でも構いません」

 

 雪ノ下先輩の返答を聞いて平塚先生はしばらく考える。そこまで比企谷という人は必要なのだろうか。数秒後、平塚先生はため息を1つ吐いた。どうするか決めたらしい。

 

「仕方ない。元々案を聞くだけのつもりだったし、君たちの意見だけでも聞いておこう。それでいいか? 一色」

 

 突然の振りに少しだけうろたえるがすぐにいつもの調子で答える。

 

「まあ、意見は多い方がいいですしー、いいんじゃないですか?」

「なら、城廻。説明を頼んでいいか?」

「わかりました」

 

 城廻先輩が先輩二人に説明を始める。由比ヶ浜先輩が私のことを知っていたこともあって紹介はカットされた。城廻先輩に全部任せるのも悪いので、要所要所で自分の事情の説明を挟ませてもらう。だいたいの説明が終わったところで平塚先生が問いかける。

 

「何かいい方法は思いつくかね?」

「取り下げが難しいとなると…。やはり他の誰かを擁立させるしかないかと」

「やはりそうか」

「私達委員会の方でも探してるんだけど見つからないんだよね」

「そうなんですか。あの、先生」

「どうかしたか?」

「少し、時間を頂けないでしょうか。私達も考えてみますので」

「おお、助かる」

「ごめんね。迷惑かけて」

「先輩方、ありがとうございます」

 

 話を終えて教室を先生達に続いて出る。先生は職員室へ行くと言うことで、城廻先輩と二人で生徒会室へ戻る。

 

「本当ごめんね、一色さん。私が本人確認を怠っていなければ…」

「あはは、もういいですって。誰もまさか無理矢理立候補させられてるなんて思いませんから。不慮の事故みたいなものですよ」

「あーあ、最後の仕事で大失敗しちゃった」

「そんなに落ち込まないでください。私は大丈夫ですから」

 

 落ち込む城廻先輩を励ます。ただ、もうそろそろ生徒会長になる覚悟はしておかないといけないかもしれない。そんなことを考えているうちに生徒会室に着き、鞄をとって先に帰らせてもらう。今から部活に顔を出そうかと思ったが流石に気が乗らなかったので止めた。ちゃんと連絡はしているし大丈夫だろう。

 

 

   _____________

 

 

 

 靴を履き替え外に出る。遠巻きに聞こえる部活動生の騒がしい声を背に学校を後にする。

 

 真っ直ぐ家に帰ろうと思いいつもの道に体を向けるが、ふと懐かしい場所が頭をよぎった。昔、嫌なことがあったときによく行っていたところだ。

 

「久しぶりに行ってみようかな」

 

 小さく呟いて目的地を変更する。そこまで遠くないところにある小さめの山だ。昔の記憶を頼りに所々迷いながらも住宅街の中を進む。

 

「あ、そうそう。ここだ。この道に入らないと行けないんだよねー」

 

 家がそこそこ建ち並んだ道を奥まで行くと、結構狭い脇道がある。人が三人並んで歩けるくらいの幅だ。この塀で挟まれた道を通らないといけない場所なのだ。

 

 その道を抜けると山のすぐ手前に出る。太陽はちょうど山を挟んだ反対側にあるので少し肌寒い。そこからは分かれ道はなく、道なりに進んでいくと石階段が見えてくる。そこを上れば目的地だ。

 

 階段のそばまで寄ったところで、ぽつんと停めてある自転車が目に入る。

 

「先客でもいるのかな」

 

 珍しいとは思いつつも、人がいてもおかしくはないので気にせず階段を上ることにした。一段一段進むにつれ、少しだけ記憶が甦る。中学生になってから来たことはなかったから三年以上も前の記憶だ。鮮明ではない記憶の中の風景よりは少しばかり草木が多くなったような気がする。

 

 ただこうやって階段を上る度に胸がざわつく。昔はたくさんここを上っていた。しかし何故こんなところに来ていたのか。そしてどうして来なくなったのか。その疑問は晴れないまま最後の段に足をかける。

 

 階段を上りきると、そこには所々に苔が生え、隙間には少し雑草が伸びた石畳が続いており、階段から数メートル離れたところにそれを跨ぐように古い石で作られた鳥居が鎮座している。その鳥居の向こう、石畳の先に古ぼけた小さめの社が見える。

 

 けれどもそれらを差し置いて目に飛び込んでくるものがあった。

 

 真っ赤に染まった楓だ。

 

 この神社ができた頃、もしかしたらその前からあるのかもしれない。その大きな楓は秋という季節を迎えて紅葉していた。鳥居を抜けた先に砂利が敷き詰められた少し大きめの広間がある。手入れはあまりされていないからきれいではない。その広間の隅にどっしりと根を張っているのだ。

 

「まだちゃんとあった。きれい」

 

 夕日に照らされ、美しさを更に増した壮大な紅に心を打たれ声が漏れる。もっと近くで見るために鳥居をくぐり広間に出た。さきほどよりもはっきりと見える楓にまた心を踊らせる。

 

 しかし私の興味は楓ではなく別のものへと奪われた。楓に目を向けるとその下に膝を抱えた誰かがいたのだ。それを見て動けなくなってしまった。顔も格好もよく見えないが、その姿はあの夢で見た姿そのものだったからだ。

 

 どれくらいそうしていたかわからない。少し強めの風に頬を撫でられ正気に戻る。木の根にいる誰かは相変わらず見つけたときの格好のままそこにいた。私は強い既視感を覚えながら近づく。

 

 そこそこ近くまで来たところで、それは夢の少年ほど幼くない男であることに気づく。よく見ると同じ制服を着ている、総武の学生だ。更に近づいていくと彼は私の歩く砂利の音に気づいたのか、はっと顔をあげ私と目があった。

 

 彼は私を見て驚いた顔をする。頭にはちょこんと特徴的なアホ毛があり、そこそこ整った顔立ちはしているものの私を見つめる腐った目が台無しにしていた。

 

 そしてその濁った目に、悲しそうな、寂しそうな目に、何故か私は懐かしさを覚えていた。

 

 続く静寂の中、優しく吹く風が楓からはらはらと葉を落とし、落ち葉を少しだけ舞い上げる。木々の間から差し込んだ夕日が向かい合う私と彼をそっと包んだ。

 

 私の止まっていた歯車は何かと噛み合い、また回り出す。




 いかがだったでしょうか。今書いているシリーズとは質の違ったものにしたつもりなんですが…、そうでもないかな?

 次回までしばらくお待ち下さい。

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