楓の木の下でまた貴方に恋をする   作:かえるくん

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 お待たせしました。書いていたシリーズが終わったのでこっちに集中できます。よろしくです。




第四話

 教室に授業終了のチャイムが響く。周囲は本日の授業を全て消化し終えた解放感に包まれる。駄弁り始める者や早速部活に向かう者、放課後の寄り道の相談をしている者とそれぞれがこれから始まる自由な時間に胸を踊らせる。そんな中私はさっさと荷物をまとめて教室を飛び出していた。授業が終わったばかりで人の少ない廊下を少し早歩きで進んでいく。各教室の前を通る度に喧騒が聞こえてくる。下駄箱から自分の靴を取りだし、脱いだスリッパを放り込んだ。靴に足を突っ込み右足の爪先を二回コツコツと地面にぶつけフィット具合を確かめる。そして学校を後にした。

 

 早速家がある方とは違う方向に歩みを進め、住宅街にはいる。帰宅途中の騒がしい小学生達とすれ違う。またしばらくして次は二人並んで歩く男の子と女の子が前からやって来た。年の差はないように見えるのだが様子を見る限り男の子の方が年上のようだ。すれ違い、つい足を止めて振り返る。二人のランドセルを背負った後ろ姿が遠ざかっていくのをただただ眺めた。その二人はすぐそこの角を曲がってすぐに見えなくなってしまったのだが、私は釈然としない気持ちに襲われる。そっと胸に手を当てて頭を捻った。

 

 例の脇道を通り山の下へと出る。少し行くと石段が見えてきた。しかし昨日と同じところに自転車はない。

 

「あれ? 先輩はまだ来てないのか」

 

 携帯を取り出して時間を見てみると、授業が終わってからそこまで時間が経っていなかった。どうやら早く来すぎてしまったようだ。私は石段を一段一段ゆっくりと上がっていく。まだ夕方前なので上には青空が広がっていて、所々に雲が漂っている。周りの木々は風に吹かれてざわめき、足元では影がゆらゆらと揺らめいている。石段を上がりきり苔むした鳥居をくぐると、そこには相変わらずの貫禄で大きな楓の木が佇んでいた。紅の葉を落とし続けているが一向に枝が寂しくなる気配はない。ぐるっと見渡してみるがやはり先輩はまだいなかった。

 

 整っていない砂利を踏みながら古ぼけた社に近づく。近くで見てわかったのだがこの社は確かにだいぶ痛んではいるが小綺麗にしている。長年放置されているようには見えない。誰かが手入れをしているのだろうか。せっかくなので何となく手を合わせて目を閉じる。視覚が制限されたおかげで聴覚が冴え、木々の音に紛れて小さく虫の鳴く音があることがわかる。しばらく耳を傾けていると自然の溢れた音に全身を洗われていく感覚になる。

 

 どれくらいそうしていたか、そこに石の擦れる音が混ざっていることに気付く。はっとして後ろを振り向くと手に鞄とビニール袋を持った先輩がいた。

 

「何してんだ?」

「ここ、すごい落ち着く場所ですよね」

「そうだろう? いつもいる騒がしいところとは切り離されたような場所で…」

「はい…」

 

 心地よい風が二人の間を吹き抜け、先輩の持っているビニールが少しだけ音をたてる。

 

「にしても早かったな。俺自転車なのに」

「あはは、つい学校をすぐに飛び出して来ちゃいました」

 

 私を見て言う先輩に苦笑いしながら答えた。

 

「そうだったのか。すまんな、待たせて」

「いいえ、ここで待つのは苦じゃないですよ」

 

 ここでぼうっとするのは全然嫌じゃない。時間がゆっくり進んでいるような気がするし、知らぬ間に過ぎ去っているような気もする。そういった意味でも外とは切り離されたように感じる。

 

「とりあえず座ろうぜ」

 

 そう言って先輩は社の三段ある木でできた階段を指差し、慣れたふうに腰を掛ける。私は少し躊躇いながらも後に次ぐ。

 

「あの、いいんですか? こんなところに座って」

「ああ、こまめに掃除もしてるし人がくるわけでもないからな」

 

 何でもないように先輩は言う。

 

「そうじゃなくて、これ社ですよ?」

「そういうことか。じいさんがいいって言ってたし問題ないだろ」

「誰ですか? そのじいさんって」

 

 私は先輩を見て率直な疑問を述べる。

 

「一応ここの管理人みたいな人? 週一でこの社を掃除に来る。俺も毎回一緒にやってるんだ」

「どうりで古いわりに綺麗にしてるわけですね」

 

 座っている横の汚れのない板を撫でながら納得する。

 

「その掃除っていつやってるんですか?」

「土曜の昼だ。お前も参加するか?」

「土曜の昼、ですか。今日が11月5日で火曜ですから、…9日ですね」

 

 手帳を取り出して9日の欄を見る。午前に部活と書いてあり、特に試合とかではなさそうだ。

 

「部活終わって急いで来たら間に合いますかね」

「それ終るの結構遅いのか?」

「いえ、正午には終わりますよ」

「なら大丈夫だろ。なんなら金曜に俺の自転車学校に置いといてそれ貸すから」

「んー…、お願いできますかね?」

「了解した」

 

 土曜も会えることが嬉しくてつい顔が緩んでしまう。部活が終わったらさくっと切り上げて急いで来ようと心に決めていると、隣からプルタブを開ける爽快な音が聞こえた。横の先輩を見れば手に黄色の缶を持っている。

 

「それ、マックスコーヒーじゃないですか」

「そうだが、お前も飲む? 一応お前の分もあるけど」

「ありがたく貰いまーす」

「好きなのか?」

「はい、昔は好んでたくさん飲んでましたよ。この年になると流石にカロリー気になって頻繁には飲めませんけど」

「へー、珍しいな。俺が言うのもなんだけど」

 

 先輩から受け取ってプルタブを開けると口に含む。私には心地よい強めの甘さが口に広がる。そして一息つく。変わらず不快な人工音はせず爽やかさだけがそこにはあった。

 

 半分くらい飲んだところで缶を置き、私は鞄を手に取り中を漁る。筆箱と数枚のルーズリーフを取り出して鞄を太ももの上に置き、その上にルーズリーフを広げる。

 

「何してんだ?」

「これですか? 選挙の準備ですよ。公約とか考えないと」

「そういえばそんなこと言ってたな。でも無理矢理なんだろ?」

「はい。でももうやるしかなさそうですし」

 

 私はルーズリーフをシャープペンの先でトントンと叩きながらあれこれ考える。しかしあまり浮かんでこない。第一どういう事を掲げるのだろうか。校則緩和? 学食メニュー追加? 簡単なものしか思い付かない。困っている私を見て先輩は言う。

 

「お前が会長になって大変になったら呼べよ。手伝うから」

「本当ですか?」

「ああ、どうせ暇だしな。それに忙しかったらこうやってる時間もないだろ?」

「確かに、それは嫌ですね。それなら少しやる気も出ます」

 

 私は先輩に笑ってそう返す。再びルーズリーフに目を戻して考えるがやっぱり録な案が出てこない。ペンを置きうなだれ、大きく息を吐く。ぼんやりと少し先の地面を眺めていると砂利に紛れて明らかに石じゃない黒い何かがあるのを見つける。

 

「あれ、なんですかね」

 

 指を指して隣の先輩に聞いてみる。

 

「なにが?」

「あれです」

 

 私は鞄を持って立ち上がり座っていた段の一段上に置くとその何かがあるところに駆け寄る。砂利の中からそれをつまみ上げると、砂で汚れた黒猫のキーホルダーだった。軽く手で拭って砂をとる。つけておくところはちぎれてしまっているが、プラスチック製と思われる黒猫の部分は少々の傷がついているだけだった。心なしか見覚えがある気がするが思い出せない。先輩の隣に戻ってそれを見せる。

 

「猫のキーホルダーでした。なんか見覚えあるきがするんですけど」

「ん? これって」

 

 先輩はキーホルダーをまじまじを見ると眉をひそめる。

 

「先輩のですか?」

「たぶん俺のだったと思う」

「だった?」

「確か、かなり昔、小学生の頃か? 誰かにあげたような…」

 

 こめかみを指で押さえて目を閉じながら先輩は言う。私も一緒になって思い出そうと試みるが全然ダメだった。ふと顔を上げると空は若干オレンジがかっている。

 

「私、なんですかね」

 

 ふと、私はそう呟いていた。

 

「どういうことだ?」

 

 先輩は私を見て聞いてくる。

 

「誰かにあげた気がする先輩と、おそらく見たことがある私、ここにはほとんど先輩しか来てませんし、昔私もよく来てました。なら、もしかしたらそれをもらったのって私なのかなって」

 

 思い付いたことを先輩にそのまま告げる。それを聞いた先輩は少し考えた後口を開く。

 

「ありえない話ではない。昔俺達が出会ったことがあるなら昨日感じていた妙な既視感も説明がつく。でもそうなると、どうして俺もお前もお互いをさっぱり覚えていないんだ?」

「そこなんですよね。どうして何も覚えてないんでしょう」

 

 どんどん謎が深まっていく。そう簡単に二人とも忘れるだろうか。ほとんど忘れても少しは覚えているはずである。私は少し試してみたいことを思い付いたので先輩に頼んでみる。

 

「先輩、私の名前読んでみてください」

「名前か? 一色、これでいいか?」

 

 先輩は私が何がしたいのかさっぱりわからないと言いたげな様子だが頼んだ通りにしてくれた。それに私は追加でもう一度頼む。

 

「んー、じゃあ次は下の方で」

「下? いろは、か? これなんの意味があるんだ?」

 

 まだ訳がわからないという表情を浮かべる先輩に私は真面目に聴く。

 

「私の名前呼んだとき、上と下どっちがしっくり来ました?」

「しっくり?」

 

 そう言って先輩は私の名前をぶつぶつと呟き始める。しばらく繰り返し、私を見て言う。

 

「圧倒的に下だ。いろはってのが馴染んでいるというか、言い慣れている?」

「私もです。先輩には下で呼ばれた方がしっくり来るんです」

「つまり、俺はお前をいろはって呼んでいたことがあるって言いたいのか?」

「何となくですけどね。ただの気のせいって可能性もあります」

 

 先輩はまた首を捻って考え出す。ただそうなると一つ不思議なことがある。私がそれを言おうとしたところで先に先輩に言われてしまった。

 

「でもそうなるとお前の先輩呼びはどうなんだ? ぶっちゃけそれで呼ばれて俺はかなりしっくりきているが、小学生が先輩なんて使うか?」

「そうなんですよ! 私も先輩を先輩って呼ぶのはすごい自然なんです。でも小学生の頃周りの年上をそんな風に呼んでいた覚えはない。普通に名前で呼んでいたと思います」

 

 私はつい先輩の方に身を乗り出して食いぎみに言ってしまう。はっとして元の姿勢に戻り、遠くに目をやる。先輩も同じように正面の空に目を向けた。しばらく二人で遠くを眺める。空は既にすっかりオレンジになっていた。それをバックにする楓の木は来たときとはまた違った美しさを魅せる。

 

「いったい、なんなんだろうな」

 

 先輩は小さくそう呟く。

 

「はっきりさせたいですね」

「ああ、それこそずっとここにいるあいつが全部知ってそうだけどな」

 

 私の言葉に先輩は、はらはらと葉を落とし続ける楓の木を見ながら答えた。少し強い風が吹き、周囲の木々を一斉に揺らす。その中でも一際大きい音でざわめく楓の木は、まるで先輩の言葉に頷いているようだった。

 

 

 

 

 




 ではまた次回。


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