楓の木の下でまた貴方に恋をする   作:かえるくん

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 あはは、一週間以上あいちゃった。すいません。取り敢えずどうぞ。


第八話

「今日はここまでー! しっかり片付けて帰れよー」

 

 顧問の先生の一声に部員が一斉に大きな声で返事をする。部活がようやく終わった。マネージャーの私も後片付けを始め、他のメンバーと協力して迅速に作業をしてしまう。部員達がグランド整備をするなか、私たちは道具の片付けだ。すべてやり終え、急いで着替えて更衣室を飛び出すと駐輪場へと向かう。パッと校舎にくっついている時計を見れば、正午を過ぎて30分が経っていた。

 

「もう始めちゃってるかなー」

 

 教えてもらった位置まで直行し、鞄から昨日預かった小さい鍵を取り出して鍵穴に差し込む。少し捻るとガチャンと音をたて鍵が勢いよく外れた。そっと自転車を屋根の下から出すとサドルに跨がって、思いきりペダルを踏み込み加速させる。頭上には澄んだ青が広がっていてところどころに細切れの雲が漂っていた。

 

 校門を抜け、勢いがついたままぐんぐんと道を進んで行く。頬を撫でる冷たい風が熱を増してきた体には心地よい。ペダルをこぐのをやめるとカラカラとチェーンが慌ただしく音をたてた。前方に見える歩行者用信号が点滅し赤にかわったので、ブレーキに手をかけゆっくりと力をいれていく。小さくブレーキが鳴き、スピードが落ちて信号の前で停止した。左足を地面につけて自転車を支える。

 

 そこでふとあることに気づく。自分が普通にこの自転車に乗れていることだ。普段先輩が使っているこの自転車は先輩に合わせてサドルが調節されているはずだ。しかし今、先輩と身長差がそこそこある私が違和感なく乗れている。つまり、サドルの位置が私にぴったり合わされていることになる。私はいじっていないのできっと先輩だ。昨日場所を教えてくれた時にそのような素振りは見せなかったので、学校に着いたタイミングでしてくれたのだろう。

 

 ちょっとした先輩の気遣いに胸が温かくなる。ついでにぴったり合わせることが出来たことへの若干の驚きを感じていた。信号が変わり青になり、再び立ちこぎでペダルを踏んで加速し神社への道を急ぐ。目にかかった前髪を片手で右に流して、靡く横の髪も耳にかける。

 

 シャーっと爽快な音を出しながら自転車は遠ざかり小さくなって見えなくなった。消えた先にはこじんまりとした山がある。緑の木々にまぎれてちらっと紅が顔を見せた。

 

 

   _____________

 

 

 

 自転車をいつも先輩が停めているところに置き鍵をかけた。荒い息を整えるために深呼吸しながら階段をあがる。植物に囲まれているせいか空気がおいしい。体に溜まった不純物を吐き出すイメージで大きく息を吸い、吐き出した。冬が近いので空気は冷たいが、お昼の高い位置にある太陽の日を浴びる木々は少し賑やかだ。

 

 石段を上がり鳥居をくぐって境内にはいると、いつもの制服ではなく私服の先輩が社の階段に座って本を読んでいた。掃除をするので汚れてもいいようにか、下は黒のジャージにパーカーという結構ラフな格好だ。異様に似合っているのが不思議である。私は部活のジャージを来ているので心配はない。話に聞いていたおじいさんはまだ来ていないようだ。先輩のもとへ近づくと、私に気づいて本から顔を上げる。

 

「よっ、思ったより早かったな」

「どうも。結構急いできたので…」

「それはご苦労さん」

 

 軽く手を上げ挨拶してくる先輩にこちらも手を上げて返す。

 

「まだ例のおじいさんは来てないんですか?」

「ああ、たぶん一時くらいだと思う」

 

 携帯を取り出し確認してみるとまだ15分くらい時間があった。私は先輩の隣に腰かける。すると先輩がこちらを向いて話しかけてきた。

 

「お前部活終わって直で来たんだよな」

「はい。それはもうダッシュで」

「だと昼飯食ってないだろ。持ってるか?」

「あ、持ってないや。すっかり忘れてました」

 

 早く来ることで頭がいっぱいですっぽり抜け落ちていた。ここに来るまでは全く意識していなかったので気にならなかったが、だんだんと空腹の感覚が増していく。朝から部活だったので当たり前だ。そんな私の隣で先輩は鞄をあさりコンビニのビニールを取り出す。

 

「ならこれでも食っておけ」

 

 手渡された袋の中を見るとお茶と惣菜パンが二つ入っていた。

 

「え、いいですよ。申し訳ないですし」

「何言ってんだよ、食わないと倒れるぞ。それにこんなこともあるかなーって思って買ったやつだから貰ってくれ」

「先輩のは?」

「俺は家で食べてきてるから」

 

 私が聞くと先輩はおそらく家がある方角を指しながらいった。

 

「そういうことならいただきます。けどお金は…」

 

 そう言って私は鞄に手を伸ばすが先輩に止められる。

 

「いいって。どうしてもってんならこの後しっかり働いてくれ」

「えー、そんなのじゃ…。あ、なら明日の祭りで何か買うんで一緒に食べましょう!」

「まあ、お前がいいならそれでいいけど」

「じゃ、決まりですね」

 

 先輩に約束をとりつけ、一言いただきますを言ってからパンを食べる。胃にものが入り空腹特有の嫌な感じがなくなっていく。お腹が減っていたせいか普段よりおいしい。すべて平らげてお茶を飲む。先輩はいつのまにか隣で読書を再開していた。

 

 ごみを鞄にしまった後、ぼーっと鳥居の向こうを眺めているとえっちらおっちら石段を上ってくる白髪の老人が見えた。ほうき二本を肩に担いでいて、その先に雑巾のかかったバケツがぶらさがっている。先輩もそれに気づき、持っていた本を鞄にしまいその老人のもとへかけていった。

 

「よう、じいさん。今日もよろしく」

「おー、いつもありがとうな。年寄り一人じゃ最近は辛いから、たすかるのー」

 

 先輩はおじいさんから掃除道具を受けとると、社まで戻ってきてほうきを立てかける。少し遅れておじいさんもやって来た。私は立ち上がって頭を下げる。

 

「こんにちは、今日はご一緒させてもらいます」

 

 顔を上げて目を合わせると、おじいさんは私をじっと見ていた。

 

「んん? 嬢ちゃん、昔よくここに来とったあの嬢ちゃんか? べっぴんさんになったなー」

 

 そんなことを言った。記憶があやふやな私にはなんのことだかさっぱりわからない。昔ここで会ったことがあるのだろうか。隣の先輩を見ても首をかしげわからないと伝えてきた。

 

「じいさん、いろはのこと知ってんのか?」

「知ってるもなにも、お前さん達少し前までよくここで遊んどったろ」

 

 先輩の疑問におじいさんはまたも衝撃の言葉を投下していく。私と先輩はやはりここで会っていたのだろうか。木々のざわめきが大きくなった気がした。

 

「少し前ってどれくらいだ?」

「んー、いつだったかのー。知らないうちに八幡しか見なくなったからな。なんじゃ、お前さん達は覚えておらんのか? あんなに仲良さそうじゃったのに」

 

 私と先輩は顔を見合わせる。先輩も思い当たる節があまりないのか釈然としない顔をしていた。しかしずっとこうしていても埒があかないので、胸にモヤモヤを抱えたまま掃除に取りかかる。

 

 私はほうきで社の周辺と階段の上をはき、先輩は社の裏手で水をくんできて雑巾で汚れを落としていく。おじいさんは見廻って修繕が必要なところがないか確認していた。

 

 大方それが終わると次は楓が落とした葉の片付けだ。あちこちに散らばった葉をかき集めて落ち葉の山を作る。砂利の上の葉を集めるのは少しばかり骨が折れた。先輩と二人でやり終え、大きく息をはく。辺りを見回してみると、知らないうちにおじいさんは姿を消していた。

 

「あれ? おじいさんどこ行っちゃったんですか?」

「さあ。さっき下りてったけどすぐ戻ってくるだろ」

 

 風が吹いて落ち葉の山からパラパラと数枚飛んでいく。それと同時に楓が新しく葉を落とす。落ち葉がたくさん積もるのは問題だが、色の少なくなった境内はちょっと寂しくなった。楓も先輩に出会った時と比べると痩せてしまったように見える。

 

 しばらくそんな感傷に浸っていると何かが入ったビニールをひっさげておじいさんが戻ってきた。揺れるビニールが小さくカサカサとなく。

 

「おー、だいたい集まったみたいじゃな」

 

 おじいさんは私たちの傍にある落ち葉の山を確認するとそう言って笑った。

 

「何持ってきたんだ?」

「これじゃよこれ」

 

 ビニールに手をいれ出てきたおじいさんの手には何かを包んだアルミ箔が握られていた。ピンと来ない私に少し剥いで中身を見せてくれる。アルミ箔の隙間から、赤紫が姿を現した。

 

「わー、お芋じゃないですか! 焼きいもですか?」

「たくさん働いてくれたからの、ご褒美じゃ。結構甘い芋だから旨いぞー」

 

 おじいさんは袋から芋を包んだアルミ箔をすべて出すと落ち葉の山の中へ入れ火をつけた。少しずつ火は燃え移ってゆき、煙がちろちろと空へ向かって上り始める。火が本格的になってくると、落ち葉にまぎれていた枝がパキッと声をあげた。量の増した煙はだいぶ高いところまで達すると姿を消す。

 

 しばらくして火がまだ消えていない中、おじいさんが

火ばさみを突っ込み芋を取り出した。アルミ箔のところどころが焦げて黒くなっている。砂利の上に寝かせられたそれらに私は思わずしゃがんで手を伸ばしてしまうが、もうすぐ触れるという時に急に腕を掴まれ制止させられた。

 

「待て、火傷するからこれ使え」

 

 掴んでいたのは先輩だった。いつの間に持ってきたのか反対の手には軍手とタオルが握られていた。それを私に向かって差し出す。

 

「よく持ってましたね」

「時々掃除に使うからいつも持ってくるんだ」

「なるほど。ありがたく使わせていただきます」

「おう」

 

 私は軍手を手にはめて再びお芋に手を伸ばし、今度はしっかり掴む。軍手越しでも結構熱さが掌に伝わってくる。そっとアルミ箔を剥ごうと試みるが加熱された後だからか、軍手をしてるからか、なかなかむきずらい。私がうんうん唸りながらがんばっていると隣に先輩がしゃがみこんできた。

 

「ったく、そういうのは思いきってやっちゃえばいんだよ。貸してみ」

「むー、どうぞ…」

 

 できなかった悔しさを押さえて軍手をとり先輩に渡す。先輩は受けとるとちゃちゃっと軍手をはめアルミの表面を親指全体を使って大雑把に撫で始めた。するとアルミの端と思われるところが姿を現し、そこから剥ぎ取っていく。アルミを脱いだ芋の上下を掴み親指を二本真ん中に添えて折ると、ふわっと湯気が出ると同時に甘い香りが広がった。お芋はしっかり焼けていて綺麗な黄金色をしている。

 

「お、美味しそうですね」

「そうだな。ほれ」

 

 タオルに包まれた、半分になったお芋を先輩が差し出してくる。私はタオルごとそれを受け取り、近くで火の番をしているおじいさんに一言礼を言う。

 

「お芋、ありがとうございます! いただきます」

「おー、食え食え。熱いから気を付けてな」

「はーい!」

 

 湯気を出し続ける芋に息を吹きかけ冷まそうと頑張るが、そんな私をものともせず芋は湯気を吐き続ける。諦めて皮を指で少しはがし芋をかじった。最初は熱さでよくわからなかったが、はふはふしているうちに次第に平気になる。芋特有のホクホクした感じとしっとさが合わさり心地よい食感を生み出していた。咀嚼する度に口の中にはどんどん甘さが広がり、鼻からは芋の香りが抜ける。

 

「美味しいですね」

「ああ。お前の顔からして相当お気に召したようだな」

「どんな顔してます?」

「ゆるんゆるんだ」

 

 どうやら顔に力が入っていないらしい。しかし人は美味しいものを食べると気が緩むので仕方ない。社の方に戻り味わいながらゆっくり食べていると、焚き火が燃え尽きたのかおじいさんもこちらにやって来て先輩の横でお芋を食べ始める。ほとんど燃えてしまった落ち葉の山からは申し訳程度に煙が立ち上っていた。

 

 ひどく落ち着いた気分になる。視覚には寂れてはいるが雰囲気のある境内と壮大な楓、嗅覚と味覚は芋に支配され、聴覚はそよ風とそれに揺れる木々の音。そして隣には先輩とおじいさんも。とても穏やかだ。精神的凪とでも言えばいいのか。

 

 けれどもそういうものは長くは続かない。私のこの状態も、今おじいさんが口を開いたところから荒れ始めていく。

 

「そういえば、明日は祭りだったのー。お前さん達は行くのか?」

「ああ、いろはと一緒に」

 

 おじいさんの質問に先輩が答える。

 

「お前さん達はあの祭りがなんの祭か知っとるか?」

「なんのって普通の秋祭りじゃないんですか?」

 

 私がというよりも、その祭りに参加する人たちは皆ただの秋祭りだと思っているはずだ。お母さんから自分が生まれる前からやっているという話を聞いたことがあるが何か深い伝統でもあるのだろうか。

 

「実はのー、あの祭りは元々この神社をまつるためのものなんじゃよ」

「え、まじで?」

「まじまじ、おおまじじゃ」

 

 先輩は驚いて聞き返す。私もびっくりしてうまく声がでなかった。ここをまつるための祭りならここに人が集まらないのは何故なのだろうか。もっと言えばここを知っている人の絶対数自体が少なすぎる。毎年ある祭りの中心であるのにこんなに寂れているのは不思議だ。

 

「といってもそんな変なことではないぞ。ここに来るお前さん達は知ってると思うが、ここへ来る道はものすごく分かりにくいじゃろ」

「確かに、普通なら目にも留めませんし、ただの行き止まりかと思っちゃいます」

「ここに来る道はその一本だけじゃ。戦後にこの辺は多くの家が立てられてな、その時に手違いで他の道が全部なくなっちまったのよ。戦時は祭りもやってなかったし、今みたいに大きい祭りじゃなかったからここのこと知らんやつらが多くてもなんら不思議じゃない」

 

 私が生まれるよりもずっと昔のことだ。おじいさんは自分の昔話をするかのようにゆっくりと話続ける。

 

「確か40年くらい前だったか。この辺の若者が集まってな、この時季は何もイベントがなかったもんだから何かしようってなったらしくての。どこからか聞いたのだろうよ、この辺りで昔祭りをやってたことを。そこから始まってどんどん大規模になり、今の秋祭りがあるのじゃ」

「そうだったのか。秋祭りってなんか意味があるもんだとは思っていたけどまさかここだったとはな」

 

 先輩は少し振り向き、社に目をやりながら意外そうに言った。ここは思っていたより深い歴史があったようだ。きっとその時の流れを、楓の木はあそこでずっと見守ってきたのだろう。その証があのぶっとい幹なのだ。楓を見上げていると、おじいさんが思い出したように言う。

 

「そうそう、その昔の祭りでな、ある言い伝えがあるんじゃ。わしがガキの頃は戦時だから祭りやってなくて参加できんかったからお母から聞いた話じゃが。試したことはないがのう」

「試すって、どんな言い伝えなんだ?」

「祭りの夜、満ちた月に照らされし紅のもとで願いし者に幸来たり、だったかの」

「紅ってあれのことですか?」

 

 私はさっきまで見上げていた楓の木を指さす。何かに答えるようそれはざわめいた。

 

「うむ、しかし一人一回こっきりだったはずじゃ」

「つまり祭りの夜に満月だったら、この楓になんか願えば一回だけ叶うと」

「まあそういうことじゃな。当然、無理難題は無理じゃがの」

「でも満月と祭りってそう簡単にかぶらないんじゃないか?」

「昔は祭りの日は日付で決まっとったから珍しいじゃろうが今は日程はばらばらじゃし、最近じゃ十五夜に寄せてるふしもあるからの。現に3、4年前に一度あったぞ。まあ言い伝えが今も有効かどうかは知らんがな」

 

 そう言って最後に豪快に笑った。おじいさんはもう帰るらしく、掃除用具をまとめて肩に担ぐ。私達にまたよろしくと残し、鳥居の向こうへ去っていった。そんなおじいさんを笑って見送りながらも私の内心は荒れていた。

 

 夜、満月、楓の木。この間から見るようになった夢だ。あの夢の中は夜で、空には満月があって、場所はここだった。そして私は何かを呟いていた。もしそれが何かの願いで、そして言い伝えが本当だったならその時に何かが起きたのかもしれない。私が何を願ったのかはわからないが、先輩とのことという可能性もありうる。だとすると私達に記憶がないのは……。

 

「おい、いろは。おーい、どうした? 気分でも悪いか?」

「え、は! べ、別に大丈夫ですよ。ちょっと考え事してて」

 

 私はあわてて先輩に返事をする。そんな私を不審に思ったのが先輩は心配そうに顔を覗きこんでくる。

 

 私の仮説が正しかった場合、どうしたらいいのだろうか。願いは一人一回まで、取り消しなんて効くかもわからない。そんな状況を打開し、忘れてしまったものを取り戻す手段なんて…、第一現象自体が非現実的で信じがたい。そして何より、本当にそうだったならこの状況を招いてしまったのは私なのだ。私が引き起こした張本人。なら、どうにかしないといけないのは私…。

 

「なあ、いろは」

 

 再び深く考え込んでいた私の名を、先輩が静かに呼ぶ。そっと先輩に目を向けると私は見ておらず、鳥居の先を見つめていた。先輩は一息ついて両手を横につく。

 

「少し、俺の話を聞いてくれないか」

 

 相変わらず遠くを眺めながら先輩は言った。その言葉は少し重くて、けれども私の中のすっと入ってくる。私は自然と返事をし、耳を傾けた。

 

「俺が奉仕部にいたのは知ってるだろ。俺は、俺達はあそこに持ち込まれる様々な依頼を受けた。簡単なものから、無理難題までな。そこで俺はたくさん無茶やった。周りの事も考えずに自分だけで、自分だけが泥かぶればなんとかなるって、そう思い込んで馬鹿なことたくさんやった。その結果、多くのものをぐちゃぐちゃにして、傷つけた」

 

 語る先輩の横顔はどこか儚げだ。それでも噛み締めるように言葉を紡いでいく。

 

「俺は繋がりが欲しかったんだ。やっと近くまで来たそれをなくさないように、傷つかないように自分が何とかしようって。でも違ったんだ。俺がやっていたことはただの傲慢で、独りよがりで、誰のことも信じちゃいなかった。誰も見ちゃいなかった」

 

 優しい風が私達の間をすり抜けていく。それが先輩のアホ毛を揺らした。

 

「そう思い知って、もう俺は求める資格なんてないって思った。でもそんなときに、ここでお前と会ったんだ。初めて会ったはずなのにそんな気が全くしない。懐かしさすら感じる。正直意味わかんなかったよ。でもそんなお前が、俺に最後のチャンスをくれた」

 

 ふと先輩が私の方を向く。

 

「昨日待ち合わせ遅れたじゃん? あれ本当は雑用なんかじゃなくてさ、実は奉仕部に行ってたんだ。んで、全部話して思い切り謝って、もう戻らないこと言ってきた。自分でも勝手だと思うけど、正しかったかも全然わからないけど、それでもそこしっかりしなきゃお前とは歩けないと、歩いちゃいけないと思ったから…」

 

 そう言って先輩は顔を綻ばせる。そして私の目をじっと見て続けた。

 

「お前が何を知っていて、何に気づいたかはわからない。でもじいさんの話から俺達が昔会ったことがあるのはほぼ確定だ。もし今、お前が抱えていることが俺達のことならお前が一人でしょいこまないでくれ。それは俺とお前の二人の問題なんだ」

 

 先輩はそこで区切ると真面目な顔になる。私は何を言うことも、何をすることもできずにただただ先輩の瞳に映る自分を見つめていた。

 

「だからさ、俺にも一緒に背負わせてくれよ。俺達の過去のことも、これから先のことも」

 

 風が止む。周囲の音という音がすべて遠くなっていく。私の中で先輩の言葉が反響して色んなものを包み込んでいく。いつのための止まっていた思考がゆっくり動きだし、言葉を噛み砕いて飲み込んだ。そこで私はようやく意味を悟り、それと同時に体が芯から熱くなっていくのを感じる。

 

「え、え! こ、これから先もって…」

 

 先輩の方を食い入るように見ると、急に顔を赤くして膝に埋めてしまった。

 

「あれ、何言っちゃったの俺。やっちゃったよ。こんなつもりじゃなかったのになー。勢い怖いわー」

 

 ぶつぶつ呟く先輩の肩の服を引っ張って私は言葉を絞り出す。

 

「先輩、今の、本当ですか?」

「嘘じゃない。こんな嘘は二度とつかないって決めたからな」

「二度とって、やったことあるんですか…」

「言ったじゃん、たくさんやらかしたって。知りたいか?」

 

 私の呟きに先輩は律儀に答えてくる。話の通りなかなかの事をやって来たみたいだ。

 

「その話は今度でいいですよ。まったく先輩って人は…」

 

 思わずため息をついてしまうが、どこかおかしくて笑ってしまう。私はつい浮わつきそうになる気持ちを落ち着け、先輩に向かって胸にある言葉をそのまま吐き出した。

 

「人に背負わせろって言うんだからちゃんと先輩も私に背負わせてくださいよ。まあ、もし一人でしようとしても私が無理矢理かっさらいにいきますけど…」

 

 最後の方は先輩の方を見れなくて、つい反対に顔を向けてしまった。隣で先輩がばっと顔をあげた。

 

「え、それはつまり…」

 

 ぼそっとそう言う先輩に私は振り向いて、思い切り手をぶんぶん振りながら言う。

 

「は、恥ずかしいから皆まで言わないでくださいよ。それに私達にはその前に片をつけないといけないことがあるじゃないですか」

「そうだな、それまでこの話は置いておくか」

 

 私の言うことに納得したのか先輩は言葉を引っ込め、かわりにそう言った。

 

 私達が一緒に歩き出すのは欠けたピースがすべて埋まってから、ぽっかり空いた穴にかつてあったものを取り戻してからだ。だってそれは、きっと私達にとってかけがえのないもので、なくてはならないものだから…。

 

 大きく楓の木がざわめき、たくさんの葉を宙に投げ捨てる。若干傾き淡いオレンジになった太陽の光が私を照らした。

 

「じゃあ先輩、今度は私の話を聞いてください。私の夢の話を…」

 

 

 





 今回はいつもより長めでしたが、待っていた方はすいません。この話ももう少しでクライマックスを迎えます。最後までよろしくです。

 ではまた次回。

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