黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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待っていた方も待っていなかった方もお久しぶりです:(´◦ω◦`):しばらく病気にかかっていた間に面白い食戟のソーマの作品が増えていて負けてられないと( 。•̀_•́。)思った次第です。


三十二話 良い料理人の条件

 

 

 

『得点は92点です!! なんと連続で90点以上出ました!!』

 

 近いようで遠くに見える背中。

 その背中を小さい頃から追い続けるボクにとっての存在は凄く大きかった。今日この日まで、兄ちゃんの隣に立てたと自分の胸に誇ったことなんて一度もない。それくらいまでにボクと兄ちゃんとの料理人として才覚はかけ離れていた。

 普段はどこか抜けていて天然だけれど、コックコートを着ると別人のように見える。いくら追い掛けても、追い付くことの出来ない遠い背中はボクにとっての目標であり、道しるべでもあるんだ。

 

 立派な料理人の兄ちゃんに比べてボクは、イサミ・アルディーニは出来がいいとは言えなかった。料理人として負けたくないために、いつも頑張って頑張って、それでも足りなくて。兄ちゃんの料理に勝手にアレンジを加えて怒られたり、本当にボクは良い料理人じゃない。

 良い料理人の条件、なんてものが決まっていればボクは絶対にそんなものを守れていないとは思っている。ロッシにもボクは言われっぱなしで返す言葉もないほどにボロボロに言われた。本当にその通りだと思う反面、料理人として立ち止まるわけにはいかない。

 

 まだボクらが小さかった頃。勝手に兄ちゃんの料理にアレンジを加えてお父さんに叱られ、独り泣いていた時に兄ちゃんは声をかけてくれた。

 メッザルーナ。半月の名を持つ包丁、兄ちゃんはボクらにピッタリだと言ってくれたんだ。欠けたものが二つ合わさった時に完全なるものが生まれる、アルディーニはボク達二人揃ってこそだと。

 ボクの料理の全てを見ていない男、ジュリオ・ロッシ・早乙女にボクを語られる謂れなんてない。いつも道を示してくれる兄ちゃんはボク達、二人揃ってこそだといってくれたあの日から今日まで頑張ってこれた。今日という、この舞台で料理人としての全てを見せてやろうじゃないか。

 

『お兄さんであるタクミ・アルディーニ選手に続きますのは、イサミ・アルディーニ選手です!! 兄弟連続で高得点となるか、期待されますね!!』

 

 カルツォーネ。

 イタリアの両面焼きの穀粉、バター、ショートニング、ベーキングパウダーまたは卵等の材料を焼いて作った食べ物。そのカルツォーネをベースに特製のカレーソースを合わせたカレーカルツォーネはボクにとっての力作だ。特製のガラムマサラソースを夏休みの多くを使って完成させた、この一皿にボクの料理人としての歩みを見せる。

 

『こ、これはカルツォーネじゃないか! 普通はモッツァレラチーズ等、ピザの具を食材にするはず……』

 

『つまりこれは中には……カレーがっ!? イタリア式のカレーパンだというの!?』

 

『ジューシーなトマトのコクがカレーから溢れてくる!! し、しかもこのコクはまるでトマトをまるごと余すことなく使われているかのようじゃないか!!』

 

 トマトを鍋に敷き詰め、加熱して酸味によく合う特製のミックススパイスを加えてトマトの旨みがしっかりと出た濃厚なカレーに仕上げてみた。これは、トマト以外に水を一切加えずに作ったボクだけのオリジナルのイタリア式カレーパン。生地には自家製のぶどう酵母で焼いてある。

 表面はパリパリ、噛むとモチモチした甘い食感にコクのあるカレーとの絶妙なハーモニー。この品でボクは、兄ちゃんに近付きたいんだ。

 

『イサミ・アルディーニ選手の得点をお願いします!』

 

18、17、16、18、19の数字が表示され、最後の19という数字を見て悟ってしまった。

 

『得点は88点です!!』

 

 悔いなんかない、兄ちゃんを追い越すことなんて出来なかったけど料理人としてまた一歩近づけた、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 ふう、待ちくたびれてしまったわね。ようやく実力が見れるというとこかしら。料理人として緋沙子を蔑むんだから、それ相応の実力を持っていなければ軽んじられるわけない。薬膳料理を作らせて右に出る者と言われれば、なぜか何でも作れそうなリョウくんが思い浮かぶけれど他は知らない。

 薬膳料理という一つのジャンルを極める料理人に口を挟む、イタリア料理を極めるロッシくん。さて、どれほどのものなのか見せてもらおうじゃない。

 

「アリスお嬢様」

 

「? 緋沙子。どうしたのそんなに真剣な顔をして」

 

「ロッシくんの作る料理を見たことがありますか」

 

 突然どうしたの、緋沙子。

 そんな言葉が喉から口まで出てくるのを忘れさせるほどに、その一つの皿の繊細で華やかさに見とれてしまった。

 見とれてしまうのもつかの間のことで食べなくとも分かるほどに料理人として一つの皿から漂うものを感じとってしまった私は呆然としてしまう。

 何の感情もこもっていない、料理を見るのはこれまでで数回しかない私でも感じ取れる嫌な料理。

 

 普段からリョウくんの料理を見て、食べていると凄く暖かくなって気分が良くなって美味しいと頬がゆるむことはある。それは作り手である、料理人が食べるお客様のことを考えて美味しいって笑顔になってほしいと一生懸命に作るから。

 でも私から見えるその皿には何も感情がこもっていない。無機質、といってもいいくらいに何も感じられない。

 だからこそ恐ろしく感じてしまう。極端なまでのプライドの高さと傲慢さは料理にも人としての面が現れる、私が言えたことではないけどロッシくんの料理人には料理人としての傲慢さが絶対に見えると思っていたのに。

 

『ジュリオ・ロッシ・早乙女選手です! アルディーニ兄弟のイタリア料理に続きますね!!』

 

「ああ、その言い方はやめてほしい。彼らの品のないイタリア料理と一緒にしてほしくないのでね」

 

『……し、失礼しました』

 

 

 フリッタータ。

 イタリア料理の一つでオムレツやタルト生地を省いたキッシュに似た卵料理。肉、魚介類、チーズ、野菜、パスタ等の具材を多目に入れて塩胡椒と刻んだハーブ等で味付けすることが多いのだけれどもロッシくんはどうやらバターカレーフリッタータにしたようね。 繊細で華やかさな見た目とは裏腹に無機質で何も感じ取れない、審査員だけが分かる味ということしか分からないわ。

 

『ッ!! 濃厚なバターのコクがスパイスと非常によく合っていて美味いの一言に尽きる!! 卵の甘みがバターとスパイスを包み込むようで素晴らしい!!』

 

『お、美味しいのだが……何か大事なものが欠けてるような気が』

 

『これこそが美食、というものでは?』

 

 違う。

 美食、というものはこんなものを指すわけないじゃない。ただ否定しているわけじゃない、身近に最も美食に近い料理を作る人を見ているからこそ見えてくるものがある。真に美味しい料理を作る人間はあれほどまでに冷たい料理を作らないわよ。

 

「あの審査員達……まるで分かっていないわね」

 

「……いえ、ロッシくんの腕は確かです。香りから察するにスパイスにナポレオン級の特製コニャックを使っているようです、さらにスパイスは甲殻類の殻を漉して作るフランス料理のソースをベースにしたもの……スパイスに非常に合うコニャックを使うことによって香りの深みを増させてバターのコク、スパイスの奥深さ、止めに卵の甘みで包むという料理人として審査員達の心は射止めています」

 

 緋沙子の言葉の一つ一つは料理人としての目線で冷静な分析、私がもし緋沙子の立場であるなら今のように冷静な分析なんて出来るわけがない。

 

「……私が言うのもなんですけど、黒木場くんがロッシくんの料理を見たら怒りよりも悲しみの方が込み上げてくると思うんですよね」

 

 そう語る緋沙子の背中はどこか、私には寂しく見えた。

 

 

 




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