黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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三話 秘められた想い

 

 

 

 

 

 入学式から月日が流れ、宿泊研修を控えた前日の夜。

 お嬢は高等部というまったく新しい環境でも相変わらずのマイペースさを発揮し、適応するのにそう時間はかからなかった。俺自身も常にお嬢の傍にいるのでこれといって環境の変化はない。

 あるとすれば、お嬢が見くびられていることだ。高等部に上がる以前に食の魔王の血族であるえりな嬢が遠月十傑に名を連ねたが、お嬢は名を連ねていない。薙切の名を疎ましく、嫌い、羨み、様々な感情を持つ輩はえりな嬢ではなくお嬢に感情をぶつける。それはえりな嬢には勝てないが、お嬢になら勝てると思ってのことだろう。

 

『食戟の勝者ーー薙切アリス!!』

 

食戟(しょくげき)

 遠月学園伝統の料理対決による決闘。学園の生徒たちの間で争いが発生した場合、これに決着を付けるために行われる。食戟に挑む者は自身の立場に見合った“対価”を差し出さねばならず、勝負に負けた者はその対価を取られて学園内の地位や権限を失ってしまう。

 くだらない感情を持つ輩は分かっていない。お嬢が料理に対する想いを。えりな嬢と対等になりたいがゆえに自分だけの武器を手にするために努力をしたお嬢の頑張りを。そのか細い背中にはたくさんのものを背負い込んでいるということを。

 

「お疲れ様っす、お嬢」

 

「……ねぇ、リョウくん。私ってえりなに劣ってるのかしらね。えりなに勝てないから、私に食戟を挑んでくるんでしょうね。あまつさえ、リョウくんにさえーー」

 

「お嬢は十分強いっすよ。えりな嬢には神の舌があろうとも、お嬢だけの武器だってあるじゃないすか」

 

「え、えぇ……そうよね。もうっ駄犬のリョウくんに慰められるようじゃ私もまだまだね♪」

 

 

 

 

 最近のお嬢はどこか様子がおかしい。屋敷に戻ってからもぼーっと天井を見つめている。最近というか、入学式の後のお茶会にお嬢を迎えに行った時からもう様子がおかしかった。心ここにあらずというような感じでいつもうわの空だ。お茶会の時の話を聞いても途中で口ごもってリョウくんには関係ないでしょという始末。えりな嬢への劣等感を感じているお嬢は一度足りとも努力を怠ったことはない。

 

 普段ならお嬢相手の食戟は俺が始末をつけるのに、入学以来はお嬢が自ら食戟をしている。お嬢の勝ちは確信しているがどこか焦りや不安が見える。何に対して焦っているのか、不安に思っているのか、付き人としては出来る限りは取り除いてやりたいと思うもののうまくは聞き出せない自分にガッカリする。

 

「お嬢、勝ったってのに浮かない顔してるっすね」

 

「……そうね、このままずっと考え込むのも無駄だわ。リョウくん、私に何か隠してることない? 私は隠しごとされたり、先に追い越されるのが嫌いなの」

 

「お、お嬢。顔近い顔近いっす」

 

 ぐいっとお嬢が顔を近付けてくる。透き通るような銀髪。白い肌。真紅の瞳。薄桃色の唇。お嬢の整った綺麗な顔。同年代の女子の中でもグラマラスな体型をしているお嬢の胸が形を変えて押し付けるように当たっている。

 

「ーーリョウくん、必殺料理作れるの??」

 

「……っ!!」

 

 必殺料理。

 最高の一皿とも呼べるソレを最後に出したのは何年も前の薙切薊との料理対決のみ。当時の俺の必殺料理を出しても薙切薊を仕留めることは出来なかった。薊が作った料理と引き分けに終わり、必殺料理と呼べるものではなくなったのではないか。でもあの日以来、研鑽を重ねて自分だけの料理人としての最高の一皿は出来上がった。

 なぜ今になってお嬢が俺の必殺料理について聞いてきたのか、皆目見当もつかない。あの日あの場所にいたのは薙切に仕える使用人のみだったはず。ここで変にごまかすとお嬢は機嫌を悪くするか、最悪泣き出すだろう。

 

「……うす、作れます」

 

 正直に答えたのになぜかお嬢の瞳が潤んだ。

 

 

 

 

 

「……うす、作れます」

 

 リョウくんの答えは私の思った通りだった。過去に薊叔父様との料理対決で必殺料理を作り、引き分ける時点で私とリョウくんの力には圧倒的な差があるというのは明白な事実。港町のレストランで出会った時から強く、気高い料理人ということと、その性格に私は惚れ込んだ。実力差も料理対決をする度に届きうると私は自分自身にいつも言い聞かせていた。

 でもそれは私の思い違いだった。えりなと同じ、いやそれ以上の実力の持ち主が今目の前にいる。決して届かないであろう高い壁。努力しても真の天才には届かない、認めたくはないけれど。色んな感情が渦巻いて気付いたら涙が出てくる。なんて情けないのかしら。

 

「お嬢……泣かないでくださいよ。俺が必殺料理作れるっていうのをお嬢に黙ってたのは悪いと思いますが、そんな泣くことないでしょう」

 

「ひ、ひくっ。わ、わたしはリョウくんがとっくの昔にっ手が届かないとこにいるのが悔しいのーーーー!! もう誰かに置いていかれるのは嫌なのーー!!」

 

 呆れたように困ったような笑みを浮かべるリョウくんの胸をポカポカ叩く。本当に悔しい。自分の付き人が私の遥か先の高みにいる。隣に並びたいえりなよりその先に。ずるいずるいずるい。私も遥か先の高みを見てみたい。

 

「お嬢、頑固っすから俺のアドバイスなんて聞かない気がするんすけど」

 

「当たり前でしょっ!! 駄犬のリョウくんなんかのアドバイスなんてっ!!」

 

 あうう。違う、違うのよ私。思ってることと言いたい言葉が別になってしまう。本当は貪欲にアドバイスが欲しい。料理人として先に進みたい。もう、昔みたいにえりなに置いていかれるのは嫌なの。誰かに置いていかれたくない。リョウくんはちょっと私の前を進んでいるくらいって思ってたけど全然そんな感じじゃない。車みたいなスピードで先に先に進んじゃう。

 

「違うのよっ……馬鹿」

 

 もう誰にも置いていかれたくない。独りぼっちは寂しいのよ。北欧でリョウくんに会う前はずっと研究室に篭もりっぱなしの日々で同年代と話す機会なんてもうなくて大人に囲まれて話すだけだった。

 

 

 

「お嬢、大切なこと……忘れてるっすよ」

 

「えっ?」

 

 リョウくんはそう言うと私を厨房まで手を引っ張った。厨房に何があるというのかしら。大切なことを忘れてるって私が一体何を忘れているというのよ。リョウくんなんかより記憶力は絶対に良い自信しかないけれど。

 

 

「一体何を……」

 

 ハチマキを巻いて包丁を構えて目を瞑りながらブツブツ何かを言うリョウくん。カッと目を開いたかと思えば、厨房にある冷蔵庫から鮭を取り出して瞬く間に洗って一瞬で鮭をおろしていく。相変わらずの絶技ね。魚料理に関して右に出る者はいないとまで思うほど。

 ここ最近はリョウくんのことを気にしすぎるあまり、料理を作る姿なんていうのは見ていなかった。私が色々考えている間にもリョウくんは成長していくのね。本当に、生意気よ。

 

「お嬢は忘れっぽいから」

 

 鮭と砂抜きされたアサリに白ワインと水を加えて炒め煮していく。アサリの口が開いたらプチトマトとハーブソルトを入れ、軽く混ぜて水分が飛ぶまで弱火で炒める。ここまでの流れるような調理作業を見て作る品は大体分かった。

 

 リョウくんは今、鮭のアクアパッツァを作っている。お好みでローズマリーを加えることによって香りに深みが出る。良い香りね、香りだけで美味しいっていうのが分かるわ。でもなんで鮭のアクアパッツァなのかしら。アクアパッツァには何の思い出もないのだけれ、ど。

 

「まぁ、一口食えばコレを作った意味が分かるっすよ」

 

 一つの皿。見栄えも良いし深い香りが広がるアクアパッツァ。この一つの皿に何があるというのかしら。

 

「いただきます……っ!!」

 

 一口目を口に頬張ると自然と瞳から涙が零れた。流したくないのに、なぜか流れる。それは一口、二口、と味わう度に流れ落ちていく。そんな私にリョウくんは微笑みを浮かべてくる。

 

 リョウくんと初めて出会った北欧の港町のレストラン。初めてやった料理対決。たくさん足を運んでやっと得た勝利。付き人への勧誘。私のために日本へ行ってえりなに手紙を渡してきてくれたこと。二人の思い出という思い出、楽しいことや悲しいこと幸せだったこと全部思い出してしまう。私が今までリョウくんと一緒に歩んできた道は間違ってなんかいないし、成長している。リョウくんは私を置いていくなんていうことは今までしていない。たとえ、先に行ったとしてもそこでずっと待っててくれていた。いつだって手を差し伸べてくれた。その料理はまさに大切な思い出を引き出してくれる最高の料理だった。

 

「もう……馬鹿っ。リョウくんの馬鹿!! 本当に……もうっ!!」

 

「付き人が遠月学園の頂点を獲るなら、お嬢にはもっとその先の頂点を獲ってもらわないと」

 

 

 今はまだ追い付けないけれど、今に見てなさい。リョウくんなんてあっという間に抜いて凄い料理人になってみせるんだから。どのくらいの時間がかかるかわかんないけどねっ。

 

 





次話 宿泊研修 編
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