食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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チェイス・ザ・レインボウ

「うぉぉ……さ、寒い……」

 丸井善二はガタガタと震えながら目を覚ました。目を覚ますとテントの真っ白なキャンパス地がぼうっと見えた。もうろうとした手つきで眼鏡を探し、起き上がる。あまりの寒さに寝袋の口の部分が少し凍っている。ちょうど自分の息がかかっていた所だ。

 隣のタクミもちょうど目を覚ましたところのようだ。そしてタクミの向こう側に置かれたもう一つの寝袋は、もう空っぽだ。

 それに気が付いた丸井は慌ててコックコートに着替えようと、着替えの入れてある袋に手を伸ばした。寝間着を脱ぐと東北の冬の寒さが身に染みて、ガタガタと歯が鳴った。

 

「て……テントは寒いねェ」

 起き上がったタクミの顔はげっそりとしていた。

「君たちはいつもテント暮らしだったんだろ? 頭が下がるよ」

 

「テントなんて贅沢なものは使っていなかったよ。ずっと野宿さ」

「野宿?」

「そう、テントも何もなしで、外で寝袋に入って寝ていたよ。たまに雨が降りそうなときだけ、木の枝と落ち葉で作った屋根をさしかけて、その下で寝られたんだ」

「それはまた壮絶だね……」

 

「でも、ここの方が寒い気がするよ。たき火がないからかな」

 丸井はそう言いながらテントの外に出た。まだ早朝4時、周囲は真っ暗だ。昨晩は急に増えた人員をトラサルディー家の屋内に収容しきれず、遠月の男性陣……堂島銀、タクミ、丸井の三人は庭にテントを張って寝ることにしたのであった。

 

 丸井とタクミは、真っ暗な中月あかりをたよりにテントをたたんだ。そして庭を横切り遠慮気味に厨房のドアをノックする。すぐに中から、コックコートに着替え終わった遠月の女性陣が顔を出した。

「おはよう……よく眠れた?」

 

「もちろんッ」

 強がったタクミは、だが急に吹き付ける夜風に思わず身を縮こませた。

 

「……早く入ってきなさいよ」

 涼子はドアを開け二人を厨房に招き入れた。

 急に暖かな部屋に入ったため、丸井のメガネがあっという間にで真っ白に曇る。

 

 厨房の中にはすでにアリスと吉野がノートを手に何やら話し合っていた。

「起きたわねッ! じゃあ、さっそく作戦会議をしましょう!」

 アリスが二人を手招きした。その手には、ポットが握られている。

「これ……つい先ほどマエストロ・トニオが煎れて下さったエスプレッソよ」

 二人のカップに、ドロドロのコーヒーを注ぎ込む。

 タクミと丸井はアリスに礼を言うと、その死者さえも目を覚ましかねない濃厚なコーヒーを一気に飲み干した。

 

◆◆

 

「さて……と。何を作りましょうかね。チームごとに話す?」

 吉野の提案に涼子が首を傾げた。

「チームごとに分かれるのはまだ早いんじゃない? 少なくとも、それぞれのコースのコンセプトぐらい理解していないと最後のコースがうまくまとまらないわよ」

 

「その通りだ。僕も涼子さんの考えに賛成するよ」

「でも、まずチームで話し合わないと、そもそもコースが決められないじゃない?」

 

「どのチームも同じコンセプトでコースを作ったらどうだろう」

 丸井が提案した。

「そうすれば色々考えやすいし、それぞれのコースから一・二皿ぬいて新しいコースを作ってもなんとかまとまるはずさ」

 

「あら、そんなのダメよ。確かに無難にまとまるかもしれないけれど、それでは通用しないわよ」

 アリスが口をとんがらかす。

「ミンナの得意技を結集した最高の料理をぶつけなければ、最初の関門も潜り抜けられないわよ」

 

「でも、それじゃあリスクが高すぎるよッ! 少しはバランスを考えないと」

「何ぬるいことを言っているのよッ」

「…………」

 丸井とアリスの議論が平行線に達したところで、涼子がおもむろに提案をした。

「まず、ひとコース決めてみたらどうかしら? そのうえで調整をしてみては? 私と吉野は『和』イタリアン・コースにしようと思っているのだけれど……」

 

「もちろんその食材は、このあたりの山からとれた新鮮食材を使うよッ。昨日、涼子がだいたい組み上げていたコースがあるから、そこに私が提供する食材を生かすための工夫を加えるわけ。こんな感じで……」

 吉野はピースサインをした。そして涼子と吉野チームが提供する『和』イタリアン・コースの説明を始める

 

 アンティパスト:涼子のクロスティーニ:吉野の山菜ディップを添えて

 プリモ・ピアット:塩納豆パスタ

 セコンド・ピアット:柚子味噌風味のミートボール

 ドルチェ:蜜柑のマチェドニア

 

「『和』イタリアン……いいじゃない」

 アリスはパチパチ……と手を叩いた。

 

「いや、もう少し王道の品にした方が他のチームの品と合わせやすいんじゃないかな……」

 丸井が抗議する……が、悲しいかな、そのコメントは全員から華麗にスルーされていた。

 

「バランスが取れたコースだと思うけれど、サッパリとした味わいが続きすぎていないかな。アンティパストとプリモ・ピアットにもう少し濃厚なアクセントを足すべきでは?」

 

「……なるほどね」

 涼子はあごに手をやり、うなずいた。

「確かにそうかもねタクミ君。そうすると…………ねぇ吉野、いいアクセントになりそうなものを足せないかな?」

 

「ちょっと待ってよ。プリモピアットのミートボールは、ジビエなのよ……十分濃厚よ。だからアクセントはアンティパストだけに入れておけば十分よ」

 

「ジビエ……ならば、アンティパストのクロスティーニの一つに、ジビエを使ったペーストを入れたら?」

「ほう……」

 

 アリスはポンと手を叩いた。

「ひらめいたわッ! クロスティーニの土台はパンを分解してムースにして……表面だけ固めてみたら? そこにトリュフの成分を抽出したソースをかけるのッ! さらに遠心分離機で醤油の香り成分だけを抽出してぇ……」

 

「確かに……ジビエのペーストは、いい考えかもね」

「そうね、せっかくだからレバーを使って……クドクならないように生クリームを調整してェ」

 涼子と吉野はアリスの『ひらめき』を無視して、クロスティーニに塗るレバーの作り方を話し始めた。

 

「…………で、私たちは何を作りましょうか?」

「そうだね……古典的フレンチをイタリアンにアレンジしてみるとか?」

「それより徹底的にイタリアンを再構成してみない? 私の分子ガストロミーを駆使すれば……」

「それは面白いけれど、味の再調整にどのくらいかかりそう?」

「……ざっと3日ぐらい徹夜すれば、やってやれないことはないわよッ」

「間に合わないよ……そこはアクセントに留めない?」

「ううぅ……仕方がないわねェ」

 

 色々アイディアを却下され手持無沙汰になった丸井とアリスは、二人でコースの相談を始めた。

 

 皆があれこれと相談しながら準備を始める中、タクミは一人残されていた。皆の話を聞きながら壁にもたれて腕を組み、黙って目をつぶっていた。

 そうしていると厨房の扉が乱暴に開かれた。そしてトニオから伝えられていたタクミのパートナーが現れた。

「遅いッ!」

 タクミの鋭い声が飛んだ。

 

「……チッッ」

「こらニーノ。生意気な態度をとるんじゃないって……よろしくお願いしますッ。タクミさん……」

(チッ、さかってんじゃあねぇぞ。色ボケ女)

(あっッ?……この間おねー様に全く相手にされなくてベソをかいてたお子ちゃまが良く言うわねッ)

 

 

(ふぅ……まいったなぁ)

 早速こそこそと口喧嘩を始める二人を見てタクミは頭を抑えた。

 昨晩タクミが指定されたパートナーは、トニオの子供:ニーノ・トラサルディーとルチア・トラサルディーの二人であった。

 

「まっ、よろしくな。がんばろう」

 気を取り直してタクミは二人に手を差し出した。

「よろしくお願いします……」

 ルチアは握手にこたえた。だがニーノは手をポケットに入れたままだ。そのままタクミの顔を舐め回すようににらみつける。

「おう……」

 

(クソめんどくさいな……)

 いっそガツンと言ってやろうか。生意気な下級生にイラついたタクミは、大声を出そうと大きく息を吸った。

 

 その時……

 

 ゴツンとニーノの脳天にゲンコツが降ってきた。

「痛ッテェッ! 何すんだよッ」

 頭を押さえ顔をしかめたニーノは勇ましく後ろを振り向き……シオシオになった。

 背後にいたのは……

 

 それは、『筋肉』であった。

 

◆◆

 

「痛ッテェ」

 頭を抱えるニーノ。

 

 堂島は意に介さず、ただ肩を怒らせてポージングをとった。

「きちんとした言葉遣いができないのなら、それ相応の人間として取り扱うぞ。いいのか?」

 その分厚い筋肉がピクピクと脈動する。

 

 ニーノは反撃しようとし……堂島の太い二の腕をみて気を変え、黙りこんだ。

 

「真剣にやれ。これは君たちの編入試験を兼ねていることを忘れるな。我が遠月学園は一流のオーナーシェフになりうる人材を求めている。一流シェフになるためには料理の腕前だけではなく、知識、教養、人格もまた高い素養が要求される。つまり態度が悪ければ不合格だ」

 

「……ヘイ」

 ニーノはペコリと頭を下げた。

 

「まだ改善の余地はあるが、少し態度を改めた と受け取っておこう」

 堂島はにやりと笑った。

「君たち二人にはぜひとも合格してほしい。がんばれよ」

 

「……ありがとうございます」

「頑張りますよ。この学園で俺の『本気』と『根性』を親父に見せつけてやれば、俺の『夢』への道が開かれるってんのなら……やってやるよ」

 ニーノは少し不貞腐れたように言った。

 

 昨晩、音石明の演奏の後で、ニーノは『演奏が出来なかった』。贖罪の気持ちを込めた魂を揺さぶるような熱量のギターを聴いたニーノは、もし自分が次に演奏したらこの素晴らしい演奏の余韻をぶち壊してしまうことを悟った。そして悔し涙を流しながら次の演奏を拒否したのだ。

 だが、そのニーノの選択を、むしろトニオは大いに評価した。そしてミュージシャンになるというニーノの夢に対して、トニオとヴェルジーナは条件付きで了解したのだ。提示したのは『遠月学園を卒業する』という条件であった。簡単な条件ではない。

 ニーノは少し躊躇したが、その条件を飲むことにしたのだ。

 一方、別にミュージシャンを目指しているわけではないルチアには、『遠月学園』に通う必要はなかった。だがタクミやアリス達に刺激されたのか、ルチアは自分から『遠月学園』に通うことを直訴したのであった。

 

 そのため、入学試験がわりに二人はタクミのサポートにつくことになったのであった。

 

「そうだな。『キアイ』『根性』を証明する機会ならば、学園にはたっぷりとある。期待していてくれ」

 

 それだけ言うと堂島はニーノとルチアに背を向け、厨房の様子を確認し始めた。

「ウム……すでに皆、ちゃんと動き始めているようだな」

 

「どっ、堂島シェフは我々よりも早く起きられていましたが、どこに行かれていたのですか?」

「何、ちょっとトニオと話してその後は肉体のメンテナンスをな」

 

 丸井の質問に、堂島はムンッ! と気合を入れて見せた。すると全身の筋肉が膨れ上がり、肉体の凹凸がバリバリに強調される。

「今日は君たちのことが気になって、軽く5KM走っただけで切り上げたがな……どうだね丸井善治君、今晩の夜練に付き合ってみないかね?……失礼だが、君の課題の体力面がこのスタジェールでどれだけ強化できたのか、是非とも私に見せてくれないか」

 

「……ハハハハっ、ありがとうございます、しかし……」

 

 死んでしまう……と断ろうとした丸井の言葉を遮り、堂島は強引に今晩の夜練を設定した。

「うむ、では早速夜練のメニューをアレンジしなくてはな。まぁ初めての夜練だし、今日のメニューは『ごく軽く』だな。1kmの水泳に、3kmのラン、それから軽いウェートトレーニング……フム、筋肉量からして40Kgのベンチプレス、50Kgのレッグカールとレッグエクステンション、30Kgのスクワットをそれぞれ10回2SET、腹筋と背筋を50回ぐらいか 」

 

「い、いやそれは軽くないのでは無いでしょう……」

「……うむ、軽く3セットにしておくか。丸井君ならばもっとできるとは思うが、何分初めてだからな。ここは『軽め』にしておこう」

「…………」

 勝手に納得し満足している堂島の横で、丸井は白目を向いた。

 

 と、堂島が丸井とアリスのいるテーブルを離れた。そしてゆっくりと歩き出す。

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

(ヒィィ、こっ、コッチに来るッ)

 

「吉野君もどうかな?」

 

 堂島がにやりと笑う。吉野の目には、その笑みが飛び切り邪悪なものに見える……

 

「けけけけ、ケッコーですッ!」

「なに、君は2セットにしておこう。余裕だろ?」

「いっ、イエ、自分はか弱き乙女でして……その……『筋肉』にはあんまり興味が」

「それはイカンな。調理人たるもの、体力は……つまり『筋肉』は必須だぞ」

「たっ、体力ならイクロー師匠の下でしっかり……」

 

 しどろもどろになる吉野、その眼に涙がうっすら浮かんでいる。

 

 堂島はドンと吉野の背中をどやしつけた。

 

「ハッハツハッ、吉野悠姫クン。確かに君にはこれ以上の『筋肉』は不要かもしれん。すでに体力を飛躍的に上げたように見えるからな。どうだったね、マタギの元での修業は? これまでに、君もそのコミュニケーション力を使って猟友会の狩りに参加したりしていたようだが、マタギの狩りは、また違っていただろう?」

「はっ、はい」

「ジビエとは『野性』だ。この体験で君の中の『野性』が呼び起され、君の料理がもう一段上のステージに到達していることを期待しているよ」

「お、押忍っ、もちろんです」

「今日の料理も楽しみにしている……だが、もし君の中の『野性』が足りないと判断したら、及ばずながら私が君の『野性』を引き出してあげよう」

「ううっ」

「なに、簡単だよ。人は肉体的に追い込まれれば、自然と『野性』に目覚めるものだからね……」

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

 堂島は硬直した吉野をしり目に、隣の涼子に話しかけた。

「どうだね、榊君。トニオのもとでの修行は……楽しかっただろ?」

 

「ハイっ! 大変でした。でも、毎日とても楽しかったです。スタジェールもあっという間でした」

「……スタジェールはまだ終わったわけではない。気を抜かないようにな」

 

 堂島はそ榊の手元にあるノートをチラッと見た。ノートには、几帳面でしっかりものの榊らしく、事細かにその日の出来事、気づき、習ったこと、そしてトニオに刺激されて思いついた様々なアイディアが、事細かく書かれていた。そして簡単なイラストと丁寧で綺麗な字でページが埋め尽くされている。

 堂島は、その字が日増しに力強くなっていること、感嘆符が増えていることに気が付いた。顔を上げると、榊の上気した表情が目に入る。榊は構想しているレシピを、あれこれと吉野に向かって説明している所であった。その語り口は落ち着いてるが、力強い。

(情熱の見せ方、表現の仕方にも色々ある……ということだ。榊くんは、どうやらわかったようだな)

 ふっと笑みを浮かべると、榊に向かって大きくうなずいて見せた。

「榊君……キミにはあえていろいろ言うまい。だが、その『方向』は正しい。自信をもって、自分のペースで取り組むことだ」

 

 すっかり満足した堂島はこんどはアリスに目を向けた。

 アリスも他の生徒たちと同じように、一心不乱に試作料理に取り組んでいた。

 しばらくその様子を黙って見守ったのち、堂島はポンとアリスの肩に手を置いた。

「動きがまだ固いな。もっと肩の力を抜いて取り組みなさい」

 

「うわぁっ!」

 急に肩をたたかれたアリスは、驚いて素っ頓狂な声を上げた。

「誰かと思ったら、堂島のオジサマ。急に話しかけないでょ。びっくりして食材を落としそうになったわ」

 

「ハッハッハッ、すまんな」

 と、アリスが落としかけた食材を見て、堂島の顔が曇る。

 

「アリス君、本気でこの食材を使うのか?」

「ええ、本気ですわよ」

「……これは癖の多い食材だ、勧めないな。他の食材を使うべきだ」

「でしょうね。堂島オジサマがそう思われるのは、予想付いておりましたわ」

「ならば、どうしてそう思うのか、理由はわかっているだろう。『杜のレストラン列車』の調理室で修業をしたのだ。客のことを考えて調理する……キミはそれを掴んだはずだ」

 

 なのになぜだ……

 憤懣やるかたない様子の堂島に向かって、アリスは「掴んだからよ……」

 とペロリと舌を出して見せた。

 

◆◆

 

 そして数時間後、トニオが厨房に現れた。

 その後ろには東方仗助とジョルノ・ジョバァーナがいる。二人はそれぞれ、寸同鍋をささげ持っていた。

「取り組み中に、失礼しますよ」

「おぉーっ、みんなガンバってんなぁ……よぉ~差し入れだぜ」

 

「皆さん、休憩しましょウ」

 トニオがカセットコンロを二口、テーブルに置いた。

 仗助とジョルノがその上に寸同を据え付ける。そして再び厨房を出ていくと、すぐにクーラーボックスを下げて戻ってきた。クーラーボックスのふたを開けると、そこには杜王町原産の新鮮な食材が詰まっていた。

 

「今日は彼らがまかないを作ってくれるそうですよ」

 トニオがニコニコしながら仗助とジョルノを指さした。

 二人は、頭をつつき合わせて何やら真剣に相談している。ちょっと自信なげな口調だ。

 

「ええっっと、はじめに何をするんだ。億泰と由花子の奴、何て言ってたっけか?」

「まず、材料を確認しませんか。確かジップロックの色が同じものが、二つずつあると。色が同じジップロックに入っている材料は、一緒にゆでていいんでしたよね」

「おお、サンキュー ジョルノ。そんで固いものから茹でていくんだったな……」

「ああ有りましたよ、メモ。これですよね。億泰と由花子さんのアドバイスを朋子さんがメモしておいてくれたものを見つけました」

「どれどれ……」

 

 二人はなにやらごにょごにょ言いあいながら、メモを片手におっかなびっくり食材をとりだした。ジョルノがニンジンを、仗助がゴボウを取り出すと、それぞれ包丁を掴む。

 

「お二人、まずは食材を洗って下サイ」

 

「ああ、そうですよね」

 ジョルノが手早くニンジンを洗い、慎重に包丁を使い始めた。最低限、持ち方は理解しているようだ。

 

 仗助の方はゴボウの泥と皮をこそげ落とそうと金タワシに手を伸ばしたところで、トニオにその手を掴まれた。

 

「仗助サン、ゴボウの泥と皮をを落とすのに、それはだめですよ。金気が付いてしまいますからね。代わりにこれを……」

 そう言ってトニオが渡してくれたのは、ヘチマを乾燥させたものだ。

 

「これでそっと、泥だけを落としてください。ゴボウは皮のところに風味がありますからね」

「うっす」

 

 素直にゴボウをこすり始める仗助。

 

「そうそう、そうやって優しく泥を落としてくださイ。もっとタワシを持つ手から力を抜くといいですよ」

 

「ジョルノさん、ニンジンをカットする大きさは……それから包丁は……」

 ジョルノは苦笑して、トニオの言葉を遮った。

「トニオシェフ……ご指導・アドバイスはありがたいのですが、我々は皆さんのようなプロの料理人ではないので、お手柔らかにお願いしますね」

 

「おっと、これは失礼しました」

 トニオは自分の頭をコツンとたたき、二人から離れた。

「ダメですね。つい余計なアドバイスをしてしまいそうになりマス。彼らはプロの料理人ではないのだから、うるさく言ってはダメなのにネ」

 

「マエストロ・トニオ、どうして仗助さんとジョルノさんが……?」

「それはお二人に直接尋ねてみては?」

 タクミの質問に、トニオは肩をすくめて見せた。そのトニオの肩越しに、タクミと仗助の目が合った。仗助はパチッとウィンクをして見せた。

「別に大した理由なんて無いッすよ」

「最後の課題、君たちはほとんど寝ずに取り組んでいると聞きました。その料理に対する黄金の情熱・覚悟に敬意を払おうと思ったんですよ」

 二人はそう言いながらも、手を休めない。メモを片手のおぼつかない手つきながらも、着実に、段取り良く進めていく。そして……

「もういいんじゃないかな、仗助?」

「んっ? そうっすね。オシッ!完成したッすよぉ~~『東方家特製、杜王町風芋煮』ッス。せっかく杜王町に来たんだから、名物を食っていかねぇとッスねぇ」

 ジョルノが寸胴を開けると、味噌の濃厚な香りが厨房を包み込んだ。

 

「あらっ?」

「フム、いい香りだな」

「やったぁ~~これで少し休もうッ」

 集まってきた遠月学園の生徒たちに、仗助が具だくさんの芋煮をふるまう。

 

 濃厚かつクリーミーな品だ。

 

「ふうん? これが芋煮なのね」

「正確には『杜王町風』の芋煮だね」

 首を傾げながら里芋をつつくアリスに丸井が説明を始めた。どこか嬉しそうだ。

 

 食の物知り博士と呼ばれる丸井は、古今東西の食に関する文献を研究する『中里ゼミ』のエースだ。

 だがそんな彼も、こと分子ガストロミーに関しては権威であるアリスの知識に歯が立たない場面が目立つ。だから『彼女(アリス)が知らなくて自分が知っている』ことがあるのが単純に嬉しいのだ。

 

「芋煮はサトイモを使った鍋料理のことなんだけれど、お雑煮のように地域ごとにアレンジがされている料理なんだ。ちなみに、青森県を除く東北地方各地では、秋に河川敷などの野外にグループで集まり芋煮を作って食べる行事があって、芋煮会と呼ばれているんだよ。芋煮会を開催する人々にとっては野外での宴会(またはお楽しみ会)のひとつであり、春の花見・秋の芋煮会として双璧をなすといわれているんだ。民俗学者の野本寛一は、「芋煮会」はこのようなサトイモの収穫祭が発展したものではないかと言っているよ……」(出典:WIKIPEDIA)

 

「おお、よく知っているッすねェ」

 仗助が顔をほころばせた。

「コイツは豚肉に杜王町の渓流と海岸でとれた魚介、ゴボウ、里芋、ニンジン、コンニャクと、山で採ってきたキノコをぶち込んで作ったもんすよ。海のもん、川のもん、山のもんと、杜王町の食材がありったけ詰まっているんす」

 

「仗助……味噌で味付けしたのは理解できるのですが、牛乳とチーズを足したのも日本の伝統なのかい?」

 ジョルノが首をひねる。

 

「あぁ、それはここ10年ちょっと前から ウチで始めたアレンジっすね……(ジョースター家の伝統)って奴をちょっと取り入れたって事っすかね」

「……あぁ、そうか。イギリスは酪農王国だものね」

「そうっす。むかし承太郎さん達と芋煮会をやった時に姉さんにもらったアドバイスっすよ」

「承太郎? 姉さん? そうか、そうでしたね……」

「何でもホリー姉さんが子供の時にお祖母ちゃんから教わったワザらしいっすよ」

「なるほど、確かに『優しい味』ですね。『おふくろの味』とは、こんな味のことを言うのでしょうか」

「ウチのお袋は、『優しい味』なんてものとは縁がない、尖った性格ッスけどねぇ」

 仗助とジョルノが、苦笑し合う。

 

 

「このキノコはさっと干したものを使っているのね。それで味が濃くなり食感もアップ、植物性の出汁も楽しめるってわけなのね」

 涼子が感心したようにうなずく。

 

「それに三陸海岸の貝類が色々入っていて、それがさらに濃厚な出汁になっているってわけね」

 吉野が嘆息する。

「暖かいわぁ──、沁みるぅっ!」

 

「この豚肉の柔らかいことっ、豚の甘い油が出汁に溶けて、コクを増しているね。味付けは味噌と牛乳、チーズでまろやかな塩味を楽しめる。出汁が強いから、味付けはほんのチョッピリだけ、それが実にいいね」

 タクミもうなずく。

「郷土料理として、素晴らしいですね」

 その脳裏に浮かぶのは、芯が強い、おさげの少女のことか。

 

「フム……確かに逸品の家庭料理だな。味噌ではなく、出汁が主体の味噌鍋とは……面白い味の組み立てだ。もちろん料亭やレストランで出すには、洗練さが足りない。だがまさに『租にして野だが、貧ではない』と言った料理だな」

 一口で椀を空っぽにした堂島もうなずく。

 

「この、畳みかけるような強い出汁の重ねづかい……なんだかリョー君の料理みたいね」

 アリスの感想に、堂島は我が意を得たり……とうなづいた。

「そうだな、確かにまるで黒木場クンが作る料理のような、旨味が濃縮された美味い料理だ」

「……皆気が付いたか? 隠し味に、イワナの骨酒を入れているのを。これにより、薫り高い出汁、旨味が濃縮された出汁、上品な出汁が混然一体になっている」

 

「骨酒はあるとき良平爺さんが酔っ払って、自分の飲んでいた骨酒をウッカリ『芋煮』に入れちまったのが最初だって聞きました。失敗したと思ったら逆に美味くなっていて、皆ビックリしたらしいっすねぇ」

 

 遠月勢の話を聞きつけた仗助が骨酒の由来を説明した。そして鼻をこする。

「さっ、どんどん食べるっすよぉ~~」

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