食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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Fighting Braver

 早朝、朝日が上った数時間後:

 

 六壁神社の境内に上がる長い階段の途中に、小さな小道があった。その小道は今にも消えそうなほど細く、樹々の間を縫うように巡っている。小道のそのまた分岐、ほとんど獣道と言ってよいような微かな踏み跡をたどったその先に、小さなお社があった。人などめったに来ないような山深くにあるそのお社は不思議なほどにしっかりとしていた。境内にもほとんど下生えが生えておらず、とても良く手入れがされているようだ。

 

 その境内に、康一と由花子が隣り合って座っていた。朝日が二人を照らし下り階段に長い影をつくっている。

「ふぅ……由花子さん、寒くて体がしびれるねぇ。冷えていないかい?」

「大丈夫よ康一さん……フフフ、心配してくれて嬉しいわ。康一さんこそ、風邪をひかないでね」

「ゆっ、由花子さんこそ」

 

 康一が手をにぎると、由花子はそっと頭を康一の肩にもたれかける。

 それまで二つに別れていた影が、ゆっくりと一つにまとまっていく……

 

 と……

 

 ぶしつけに、頭上の木から二人の目の前に飛び降りてきたモノがいた。

 ミキタカだ。

 ミキタカは頭上3mの高さにある木の枝をつかんだまま、ヒョイッと地上に降り立った。なぜか、まるで手長猿のように恐ろしく腕が長い。地面に足がついているのに、まだ枝をつかんでいる。

 枝を離してその長大な腕をぶらんと揺すると、その腕はまるで伸びきったゴムの片端を離したかのように、あっという間に縮み、普通の人間の腕の長さに戻った。

「お二人、料理人の皆さんがそろそろやって来ますよ」

 

(なっ、なによ。良いところで邪魔してッ)

 由花子がミキタカを睨み付けた。

 

 そんな視線はどこ吹く風と、ミキタカはマイペースで話をつづける。

「計画通り、若き料理人達にはジョルノさんがついてくれています」

 

「それじゃあ、次は僕の番だね」

「そうです。でも少し待ってください」

 

 と、境内の周囲をおおう藪が揺れた。そして藪の下から数匹のリスが走り出てきた。

 リスはミキタカの足元に駆け寄り……両肩に駆け登ってきた。ミキタカの肩に爪を立て、キキァーッと鳴き……やがてその姿が崩れ、ミキタカと一体化した。体の一部を切り離し、リスの姿をとらせて探索に送り出していたのだ。

「……彼らを見つけました。反対側の山道を降りてくる所のようです。後10分位でトリイの下につきます」

「それじゃあ出掛けてくるよ……『ヤマアラシ』さんを迎えにね」

 

「康一君、気を付けてね」

「由花子さんこそ。ついていってあげられなくてゴメンね」

「そんなことどうでもいいわ。とにかく康一君……無事でね」

「ハハハ。わかったよ。またね、由花子さん」

 

 康一は一人立ち上がり、山道の奥へと歩きだした。

 

 由花子はそんな康一を見守っていた後で、大きく伸びをして立ち上がった。

「さぁて、私も行くわ」

 

「由花子さん、あなたこそ気を付けてくださいネ」

「……うるさいわよミキタカ。アンタこそ、ちゃんと康一君に見張りをつけてよね。そして彼に何かありそうだったらすぐに私に知らせなさい。いいわね。もし連絡が間に合わなかったらアナタを血祭りにあげてやるわ。分身したリスごと縊り殺してあげるからね……」

「わっ、わかっていますよ」

「そう……信じるわ」

 

 由花子はジロリとミキタカを睨みつけていった。先ほどまで康一に向けていた穏やかな笑みも、声もどこにもなかった。

 その髪がザワザワと蠢く。それが彼女のスタンド:ラブ・デラックスだ。髪を自在に伸ばし、強烈な力を込めて動かすことが出来る。彼女の性格と相まった最恐のスタンドなのだ……

 

 

◆◆

 

 木枯らしに吹かれて真っ赤な木の葉が舞った。その一枚がジョルノの肩に止まる。ジョルノはふっと笑い、自分のスタンド:ゴールド・エクスペリエンスに木の葉をそっと掴ませた。

 

 すると木の葉はその姿を変え、赤とんぼになった。赤とんぼは空に飛び立ち、ジョルノ・ジョバァーナは再び独りになった。

 独りには慣れている。だが不思議なことに、ジョルノは、杜王町にいるとどことなく暖かくほっとした気分になれる気がしていた。血で血を洗う母国イタリアでのギャングのボスとしての生活からは望むべくもない心境だ。

 

 白いワンボックスカーがジョルノの前に止まった。

 ドアが開き、中から遠月学園の生徒たちがゾロゾロと出てきた。遠月の生徒たちは運転席に向かって頭を下げ、礼儀正しく送ってくれた礼を述べた。

「早人先生。ありがとうございました」

「朝早くから、すみませんでした」

 

「イヤイヤ僕は仗助さんに頼まれたから、みんなを順番に送っただけさ。大したことじゃないから、気にしないで」

 運転席の窓を開け、20代前半の青年が顔をひょいっと出した。先生……と言うからには、学校の教師なのだろう。

「頑張ってね。僕は君たちを応援しているよ。それから、5時にまた迎えに来るからね。山から下りたら携帯電話の電源をONにして、僕を呼び出してね」

 

「わかりましたッ」

 

 遠月の生徒たちにまじって、ひときわ背の高い屈強な男が青年に向かって頭を下げた。

「ワザワザ朝早く助かりました、川尻さん。痛み入る」

 

「いえッ、頭をあげてください堂島さん。ボクはただちょっとドライブを楽しんだだけですよ」

 丁寧に頭を下げた堂島に、青年はあわてて駆け寄る。その時に青年の目がジョルノとぶつかった。すると、青年はそれまで見せていた優しそうな表情を消し、厳しい目付きになった。ジョルノに何か話しかけようと口を開く……が結局その言葉をのみこみ、軽く会釈を送ってよこした。

 ジョルノが会釈を返すと、早人青年はジョルノをもう一度ジロリと眺め、車に戻った。ジョルノに向けた視線を解かないまま車を発進させる。

 

 ジョルノは苦笑した。

 彼は自分の風体や雰囲気から何かを感じて、警戒心を抱いたのだろう。という事は人物を見抜く観察力があるということだ。きっと教育者としてとても優秀な男なのだろう。

 

 学生たちは、今度はジョルノに向かってぺこりと頭を下げた。

「よろしくお願いしますっ」

 

 ジョルノはその態度に改めてびっくりした。自分が同じ年だったころに比べて、とっても行儀が良い。

 自分が彼らぐらいの年には、ずいぶんとヤンチャなことをしたものだ。空港の係員にワイロを払って白タクをやったり、泥棒をしたり……

 時代が違う……ということなのか、それとも育ちや国民性の違いなのか。

 

 彼らが少し、眩しく見えた。

 

 ジョルノは最敬礼をする瓶底メガネの少年の肩をポンと叩いた。

 その背後にいた銀髪の少女が、ジョルノを見てほほえんだ。彼女はスカートの端をつまみ、それは優雅なお辞儀をして見せた。いかにもお嬢さま然とした品のいい美しい女性だ。確か名前はアリスとか言ったか。

「ジョルノさま、ワザワザありがとうございます」

「イエ、貴方のような素敵なレディをエスコート出来るなんて、光栄ですよ。お荷物、お持ちしましょう」

 ジョルノは如才なくアリスの手をとった。そしてアリスの手から荷物を受け取ろうとする。

 

 横にいた堂島があわててそれを押し止める。

「ジョルノ……殿、出迎え痛み入る。しかし荷物は彼女に運ばせてくれまいか? これもまた『教育』の一環なのでな」

「それは失礼しました」

「いえ、こちらこそ。貴殿こそ我々の為に骨を折ってくれて、大変ありがたい」

 

「では行きましょうか。目指す社はこの山道の先です」

 

 ジョルノは先頭に立って一行を案内した。細い山道に差し掛かる小枝を押し退け、進んでいく。

 

 紅葉した落ち葉が道上に積もっていた。岩の上に落ちた葉を踏むと足が滑りそうになるため、気をつけて、一歩一歩、進む。

 気が付くと、ジョルノの隣には堂島がいた。

 

「……ジョルノ殿、少しだけ話があるのだが」

「わかりました。では一緒に歩きましょう。話は歩きながら」

「ウム……」

 

 二人は生徒たちを先に行かせ、少しだけ『話し合い』をした。

 

「……本来、アナタのビジネスと、我々の世界は相いれない……貴殿に敬意は表するが、残念ながら我々と貴殿の間の関係はこれで最後になるだろう」

 堂島がボソッと呟いた。

 

「それはまぁ、そうでしょうね。僕のいる世界に相応しいのは『真夜中に料理をする者達』でしょうから」

「理解していただいて、ありがたい」

「いえ……教育者であるアナタのご懸念は尤もです。ですが安心してください。我々の目的は別のところにありますし、あなた方はワタシには眩しすぎる……この課題が終われば我々は日本を離れます。もう、会うことはないでしょう」

「むっ……」

 

 再び黙って歩く二人。山に入ってから2時間ほどたったところだ。後をついてくる生徒たちの額にも汗が浮かんでいる。

 そんなジョルノの肩に、木の上から一体のリスが飛び降りてきた。リスはジョルノの耳元にそっと口を寄せたかと思うと、すぐにまた近くの木に飛びついた。そしてあっという間に森の中へ消えていく。

 

「なんとジョルノ殿、野生動物が貴殿の肩に……今のは珍しいな」

「そうですね……」

 

 ジョルノはうなずき、足を止めた。

 

「む、どうした? ジョルノ殿」

 

「……堂島殿、申し訳ないのですが急用を思い出しました。すみませんが貴方たちとはここでお別れです」

 ジョルノは堂島に向かって手を差し出す。力のこもった握手をしながら、ペコリと頭を下げた。

 

「……なんだか、貴方の声を聴いていると少し懐かしい気持ちがしました。短い間でしたが貴方にあえて良かった」

「いや、私は……」

「後10分もすれば、社につきます……チャオ。遠月の生徒さんにもよろしくいっておいてください」

 

 ジョルノはそういうと山道を少し降りた。そしてリスに変身したミキタカが警告してくれた『敵の襲来』に備えた。

 

◆◆

 

 同時刻:

 東方仗助もまた、若き料理人達と歩を並べ社に向かう山道を登っていた。

 この森では何が現れるのかわからない。仗助も周囲を警戒しながら歩いていく。

 

 仗助の前後では、若き料理人たちが重い荷物を担いでヒーヒー言いながら山道を登っていた。確か彼らはまだ高校一年生だったはずだ。ちょうど自分が命を懸けて殺人鬼:吉良吉影と戦っていた頃と同じ年齢だが、スタンド使いでもない彼らを危険な目には合わせられない。仗助は、ますます気を引き締めた。

「それでトニオさんは何を作るんスかぁ?」

 だが警戒している内心とはうらはらに、仗助の口調はのんびりとしたものだ。

 

 ノンノン……

 

 トニオが首を振った。

「何も作りませんよ、仗助サン。今回のワタシはサポートです。料理を作るのは、彼らですよ」

「おおっと、そうっすねェ……で、何を作るんだい? 涼子、悠姫」

 

「和風イタリアンでぇすっ」

 吉野が答えた。グイっと仗助に詰め寄られ、少し頬を染めている。

 

「へぇ、そいつは旨そうッスねぇ。で、何を作るんスか?」

 

「まぁだ内緒ですよぅ♡」

 吉野が笑った。

 涼子も同じく、少し顔が赤い。

「でも、絶対美味しいヤツを作っちゃうから、期待してくださいッ」

 

「おぉー頼むッすよぉ」

 

 と、仗助の視界のアチコチに、プチトマトの妖精のようなスタンドが目に入った。トニオのスタンド、パール・ジャムだ。そのパール・ジャムの一体が吉野の頭の上にチョコンと乗っかり、仗助に話しかけてきた。

 

『仗助さん……周囲の様子をワタシ、チェックしました。私は危険なものを見つけていません。しかしパールジャムの一体が近寄ってくる噴上サンをみつけタようです。もしかするとハイウェイ・スターが何かを見つけたのかもしれません』

『ウイっす。了解だぜ、トニオさん』

 仗助も自分のスタンド:クレイジー・ダイヤモンドを使って返答した。今この場で、若き料理人たちに会話を聞かれたくなかったからだ。

『もしかすると、この娘たちの料理が食えなくなるかも知れねぇっつーのは、確かに残念っすけどねぇ。だが俺が守りますよ。安心してください』

 

『仗助さん、信じていますよ』

 パールジャムが答えた。

 

◆◆

 

「クッソ……こんな玩具でよぉ……」

 仗助たちがむかっている社の境内では、グィード・ミスタが一人ブツブツいながらエアガンをいじっていた。

 試しに近くの立木に乗せた空き缶に向かってエアガンを引いてみる。するとぴょんと情けない音がして、弾丸がエアガンの銃口から弓なりに飛び出した。

 弾丸はかろうじて空き缶にあたったものの、完全に威力を失っていた。弾が当たった空き缶はへこんでさえいない。

 無理もなかった。威力が弱すぎるのだ。

 

 モノがもつエネルギーはJ(ジュール)と言う単位で表されている。

 一般的な拳銃が弾丸を発射させるのに用いるエネルギ-が300Jだとしたら、このエアガンは1J以下だ。そんなエアガンの口径を無理やり広くして、大きく、重い特注のゴム弾を装填しているのだから、威力などまったく期待できるわけがなかった。

 

 へにゃへにゃだ。

 

 だが仕方がなかった。ここはイタリアではない、平和で治安がしっかりしている日本なのだ。禁制品の銃を持ちこみトラブルを起こすわけにはいかなかった。

 ミスタは再びエアガンを構え、引き金を引くッ! 

(チッ、見ての通りだ。気合を入れて蹴らねぇと、ヘニャヘニャになっちまうからなぁ~~。踏ん張れよぉ、ピストルズッ)

 

『オッけぇーだ。ミスタッッ』

 ミスタの陰から、5体の小さなスタンドが飛び出す! 

 そしてッ! 

 

『喰らえぇっ!! ツィンシュートォッ』

 

 ぼよぉんんと飛び出した弾丸を、二体のピストルズが同時に蹴り上げたッ

 弾丸は上下左右にブレながらも、急速に速度を上げる。

 

 と、一体のピストルズが逆立ちをした。その足の上にもう一体のピストルズが乗っかり、タイミングを合わせてジャンプするッ

『よしっ、スカイラブ・ハリケェ──ンッ』

 

 宙を飛んだピストルズが、弾丸に頭突きを食らわせるッ

 そして……

 

『喰らえッ! 反動蹴速迅砲ッッ』

 残った一体が頭突きの瞬間に飛び込み、飛んできた弾丸をカウンターを当てるように、蹴り返すッ! 

 速度を増した弾丸は中空に『竜』を描き、空き缶を破壊っ! 

 

 さらに、地面をえぐり、小さな隕石が激突したかのようなクレーターを作り出したッ! 

 もうもうと立ち込める砂、その中から声が聞こえた。

 

「びっ、ビックリしたぁっ!!」

 見るとそのクレーターの横に、少女が姿を現していた。少女はサングラスを額に乗せコワゴワと出来立てのクレーターの中を覗き込んでいる。

 彼女の名前は、静・ジョースター。十数年前にジョセフ・ジョースターに拾われ、養女となったスタンド使いだ。その能力は『透明』になる事。東方仗助から紹介され、ミスタとタッグを組むことになった相手だ。当然だがその立ち振る舞いは見るからに素人。ミスタは頭が少しクラクラするのを感じた。

 

「オイ、あぶねぇじゃあねーかッ。静ぁ……てめー姿を消してうろついてんじゃねぇッ!!」

「だっ、だってさぁ……ちょっと『偵察』してただけだっつーの」

「味方からも隠れちまったら、意味ねぇんだよッ」

「だっからぁ~あやまってんじゃん。ゴメンって、てへっ」

「てへっ、じゃねぇぇ。真剣な場でふざけんな」

「何よ、アンタだって自分のスタンドでキ〇プ〇ン翼ごっこしていたじゃあない。何のつもりなのよ」

「あっ、ありゃあピストルズたちが、勝手にだなぁ」

「なによ、自分のスタンドも制御できないの?」

「ウッせぇ──。てめえは自分のチッポケナ胸でさえセーギョできねぇくせによ」

「ああっ、言ったわねッ」

「おおっ」

 

 ギャーギャーと本格的なけんかになりかけたころ、噴上のハイウェイ・スターが二人の間に現れた。

 無数の足形が二人の間で幾重にも重なり、人型をとる。

 姿を現したハイウェイ・スターは二人に向かって『森の奥』を指差して見せた。

 

『二人とも、もうじゃれるのは止めな。お客さんがやって来るぜ』

 

『お客さん? 『俺』へのかい? へへっ、待っていたぜ』

 ミスタはにやりと笑った。

 

「ミスタ……油断しないでね」

「何を言ってんだガキ。お前こそしっかりやれよ」

 

◆◆

 

 ぺラっ

 

 少年ジャ〇プや百科事典の切り抜き程の大きさの紙が宙を舞っている。そしてその紙が集まり、人型……紙人間を作った。だがその紙人間が先ほどからあちらこちらをフワフワと舞っているのに、タクミたちの目には入らなかった。その紙人形がスタンドだったからだ。

 紙人間:ペーパー・バック・ライターは一行の先頭を歩いていたイクローの所まで移動すると、その耳にそっとつぶやいた。

 そして再び無数の紙にばらけて森の中を漂っていく。

 

 イクローはすぐに足を止めた。一行の最後尾を歩いていた億泰の所に行き、少し話し込む。うなづき、今度は学生たちに向かって優しく語り掛ける。

「ここでお別れだよ。社は狭いから全員は入れない。だから僕は少し戻るよ。さっき通り過ぎた木のふもとで君たちの帰りを待つことにする。だから直接応援は出来ないけれど、タクミ君……それにニーノとルチアも……全力を尽くして頑張ってくれ……それから丸井君と吉野ちゃんによろしく」

 

「はいっ、がんばりますッ」

「ういっす」

「イクローさん、ここまで送ってくれて、ありがとうございましたッ」

「まっ、俺もついてるからよぉ~~。ここはひとつ、『大船に乗った』気分でいてくれや」

 

「ああ、億泰クン、頼んだよ」

 イクローは拳をぐっと突き上げて見せた後、小道を戻っていく。

 

 残されたタクミ、ニーノ、ルチアそして億泰の四人は、イクローが茂みの陰に隠れるまでその姿を見守った。

「おし……アルでーに、行くか」

 イクローの姿が消えると、タクミの顔をのぞきこんで億泰がニカっと笑った。

「オめーらようやく気合の入ったいー顔になったじゃぁねぇ~~かよ。で、どうだ? 作るもんはバッチリ決まったか」

 

「もちろんです」

 タクミの返答に、ニーノが噛みつく。

 

「ほんとかよ? オメー昨晩はなんも料理しなかったじゃあねーかよ」

「あのとき一番大事だったのは、お前達がどこかまで出来るのか、見極めることだったからな。それに、コースは全部頭の中で組み上げている」

「ソリャアー スゲー」

「ニーノ。あんたこそ、手切ったりするんじゃぁないわよ」

「俺は大丈夫だぜ。ルチア、おめえこそ恥ずかしい失敗すんなよ」

 

 和気あいあいと山道を進むと、やがて目指す社が見えてきた。

 社の入り口には木製の鳥居が立っていて、そこには岸部露伴と億泰の娘の那由多が待っていた。

 岸部露伴は相変わらず不機嫌そうだ。

 那由多は父親の姿を見つけて、嬉しそうに山道を駆け下りてきた。

 

「おぉ~~。那由多ぁ、いい子にしてたかぁ」

 億泰は目を細め、愛娘をぐいっと持ち上げた。愛娘は喜んでパタパタと手足を振り回す。

 

「お父様……それで、『ヤマアラシ』はいつやってくるの?」

「おぉーすぐ来るんじゃあねぇーか……那由多よぉ、大人しくしてるんだぞぉ」

「はぁーい」

 

 会場に到着したタクミ達は、早速持ってきた荷物を広げ、野外調理の準備を始めた。

 その様子を見守る億泰、そこに岸辺露伴が近づいて来た。

 

「那由多ちゃん、ちょっと頼みがあるんだ。あの料理人の準備をしているお兄さん達の警護を代わってくれないかな」

「わかった。任せてッ」

 

 那由多はタクミ達の元にパタパタと駆けていく。そして、野外調理の準備をする様子をしげしげとのぞきこみ始めた。時折、タクミ達にあれこれと質問をしては、ちょっと手伝おうとして器材をいじくり始めたりしている。

 

 その様子を確認してから、岸部露伴は億泰に毒づき始めた。

「……フン。遅いゾ、ウスノロッ」

 

「へっへぇ~~。まあ荷物も重かったしなぁ」

「なんだ貴様、ニヤニヤするんじゃあない」

「なんだよ露伴センセーイライラしてんじゃぁねぇか。その様子じゃあ、那由多の前じゃあずいぶん無理してネコかぶってた見てぇだなぁ~~」

「……そんな下らない話をするために、お前に話しかけたんじゃあ無いぞ」

「へぇ、俺にとっちゃあデージな話だがなぁ……まっいいか。で、どんな様子よ?」

「ウム……『今のところ』は順調だ。そろそろ彼らがゲストを連れてきてくれるだろう」

「そりゃあ良かった」

 

「だが、こっちはきついことになるかもしれん」

 露伴が深刻な顔をした。

「すでに1匹、忍び込んできた『岩蟲』を排除したが……思ったよりも手ごわい」

 

「ムシがぁ?」

「茶化すな……ここにはお前の娘もいるんだぞ」

「那由多は強ぇえぞぉ~~あんまり心配いらねぇ。それに露伴センセー、悪りぃがアンタを頼りにしているぜぇ」

「フン……」

 

 そのとき

『……気を付けてください。もうすぐ香西 定文が奴らを連れて来ます』

 ペラッ

 いがみ合う二人に向かって、紙人間が警告した。

 

「おおっと、こりゃあユックリしていられねぇかぁ?」

 億泰は頭を掻き、調理の準備に取り掛かるタクミたちに合流した。

 

 その後しばらくして、山の山頂に続く小道から二人の男がやってきた。

 

 一人は海兵帽をかぶったすきっ歯の男、香西 定文だ。彼は麦刈 恭帆の紹介でやってきた見知らぬ青年だったが、強力なスタンド使いであった。定文は礼を言うオクヤスたちへは近づかず、さっと手を振ると、再び道の警護をするために来た道を登って行った。

 

 そして残された一人は……

 2Mはあるかと言う強大な体躯の男であった。

 

「初めまして。岩柱 三太(いわしら さんた)という」

 その大男は、タクミたちに向かって絵を上げて見せた。

「わが主……この山で暮らす岩の一族の王、有定 和彦(あるてい かずひこ)の代理としてやってきた」

 

「初めまして、『山おろし』さま」

 皆を代表してタクミがペコリと頭を下げた。

 

「なるほど、お前達が今年の『包丁試し』に出られる若者か」

 三太が目を細めた。

「では、腕前を試させていただこうか」

 

「はぃっ、タダイマッ」

 タクミは設定を終えた野外キッチンの中央に陣取ると、ニーノ、ルチアに『仕事を始める』よう、合図をした。

 

◆◆

 

 オーギュスト・エスコフィエ

 およそフランス料理にかかわるものなら、その名を知らぬ者はいないであろう。

 近代フランス料理の祖型を築き上げた男だ。その男が1902年に出版した料理本:ル・ギッド・キュリネール。それは100年以上たってもなおフランス料理のバイブルと評せられる。5000ものルセット(レシピ)がかかれたその本を、食の物知り博士:丸井善次はとっくに読破し、内容をそらんじていた。そのバイブルからエッセンスを切り取り、イタリアン仕立てにアレンジを加え、さらに現代の分子料理のエッセンスを加えたもの。

 

 それが、今回アリスと丸井組が出そうとしている料理であった。

 

「丸井君、そろそろサーモンのポシェ(沸騰させない状態で、じっくりと茹でること)をお願い」

「わかった」

「下ごしらえは終わっているぞ」

「堂島シェフ、ありがとうございます。よし、では……」

「ソースの準備は終わったわ。ロゼッタも焼きあがったから、どちらもここに置いておくわ。これはあなたが最後までお願いね」

「了解」

 調理自体はアリスが主で丸井はサポートという形で進行しているようだ。二人は時折喧々諤々の議論をしながらも、中々に息の合ったところを見せ、スムーズに調理を進行させていた。

 

 

 そして……

「出来上がりました」

 アリスと丸井が、ゲストの出石 恵心(でいし えしん)と由花子の元に一皿目を出した。

 二人は少し怖々と皿を置いた。何しろ由花子からはさわれば斬れるような敵意と気迫が溢れているし、この恵心と言う年齢不詳の男は、この寒いのに上半身をはだけ、赤い石やらなにやらをゴチャゴチャと首から下げた、異様な風体なのだ。

 

 由花子は一言も口を利かず、恵心をにらみつけている。

 対する恵心は、見た目よりもまともな人物らしかった。サーブをしたアリスにも丁寧に頭を下げ、礼儀正しい口調で質問をした。

「これはおいしそうですねぇ。説明してくれませんか」

 

「はっ……前菜はブーシェ・ア・ラ・オランデーズ風、チーズフォンデュ―です」

 丸井が、眼鏡の位置を直しながら説明した。

「ブーシェとは、折り込みパイ生地で作ったパイケースに各種の料理を詰めた温製オードブルです。オランデーズソースをかけたブーシェは、フランスで100年以上昔から伝わっている伝統ある前菜です」

 

「それをイタリアンと分子料理のエッセンスを加えて再構しました」

 アリスが胸を張る。

 

「なるほど。折り込みパイの代わりに、イタリアのパン:ロゼッタを小さく作ったものを使ったのか。そこに、カキ、刻んだセロリやニンジン、タマネギを詰め……上からチーズを注ぎ込む……と、そういうわけだな、ナルホド」

 恵心はコクリとうなづき、スプーンを手に取った。火傷しそうなほど熱々のチーズをたっぷりと絡ませたカキをすくい、口に運ぶ。

 一瞬の躊躇ののち、由花子も恵心にならってチーズフォンデュを口に入れた。

 

「あらっ?」

「なっ!」

 二人は、目を見合わせる。

 

「フワフワの触感……これは、ただのチーズじゃあないのね? これは泡、泡のチーズなのね」

「なるほど、カキに普通のチーズをからめては濃厚すぎて、味わいがくどくなってしまう。これは泡チーズとすることで、チーズの方にふんわり感を持たせ、味わいを調節しているという事か」

「それだけじゃあないわ、このさいの目に切ったセロリ、タマネギも絶妙のアクセントになって、カキの旨味をあっさりした後味にリセットさせる効果を生んでいるわ」

 

 ぎくしゃくしていた二人が、今は嬉しそうに料理の感想を言い合いながら、一心不乱にアンティパストを口に運んでいる。

 

「ウム、ウマイぞ! 例えるならば、健康で勇気ある戦士の芳醇な血にも似た鮮烈さだッ」

「よく考えて調節された繊細なお味ね。次の料理への期待を高めると言う意味で、これはアンティパストとして最適ね」

「ワタシは世界中を旅行している。もちろんローマにも訪れたことはあるが、これほどのレベルの料理は、本場でもなかなかお目にかかれないレベルだな」

 

 続けて丸井がプリモ・ピアット(二皿目)を出した。

「ロッシーニ風オムレツを崩した カルボナーラ仕立て です」

 

「ロッシーニ風とはどういう意味だね」

「18・19世紀に、ジョアキーノ・ロッシーニ』という作曲家であり、美食家でもあった方がいました。その人が愛した料理のスタイルを『ロッシーニ風』と言うのです。その特徴はフォアグラにトリュフを合わせたソースにあります」

「ロッシーニ氏はフランスにその名を残しましたが、元々はイタリア人なのです。そんな彼の愛したオムレツを『貧乏人のパスタ』調に味を調え、パスタとして再構築してお出ししています」

 この『貧乏人のパスタ』のアイデアは、涼子からもらったものだった。

 

「ほっほー、これも『泡』か?」

「そうです。ですから正確にはオムレツと言うよりもスフレを崩したものです。実は今日のコースは、すべてのソースが泡仕立てになっています。お楽しみを」

 

 アリスの脳裏に、一年生の春に起こった出来事が思い浮かぶ。

 ホテルのビュッフェを模した朝食の試験の時の出来事だ。アリスの隣のブースでスフレを作っていたソーマは、ビュッフェに並べた先からスフレを潰してしまい、危うく退学の危機だった。まさかあの時の男に自分が料理勝負で負けるなんて、あの時はまったく想像もしていなかった。

 このアレンジはアリスがその時のことを思い出して提案したものだ。どうせいつか潰れてしまうのならば、最初から半分潰して提供した方がよっぽどいいのだ。

 

「面白い工夫ね。でも肝心なのはお味よ。そこはどうなのかし……らっ」

 

 一口食べた由花子の髪の毛がゾわっと動いたような気がして、アリスは目をこすった。改めて見返すと、もちろん髪の毛が動いたりしていない。当然だが……

 

「腹立たしいけれど美味しいわ……これ、どうやって作るの?」

「素晴らしい工夫だなッ。初めはちょいとテクニックに走っているような気もしたが、そんなことはないな。濃厚なフォアグラのコクとトリュフの香味を、スフレ状に仕上げた泡が優しく包み込む」

「そうっ、それに粗く挽かれたコショウの薫りと、同じく薫り高いパンチェッタ(イタリアン ベーコンの様なもの)が、ピリッと味を引き締めているわッ」

 

「お楽しみいただいて、ありがとうございます」

 だが、そう言って次にアリスが出してきた皿を見て、ゲストの顔は一気に曇った。

 

◆◆

 

 ほぼ同時刻:

 トニオがサポートする吉野と涼子の班、億泰がサポートするタクミとトニオの子供達の班も、順調に調理を進めていた。

 それぞれの班が出したアンティパストは

 

 吉野・涼子班

 涼子のクロスティーニ:吉野の山菜&ヤマドリレバーのディップを添えて

 

 タクミ・ルチア・ニーノ班

 パンツァネッラ(固いパンをオリーブオイルで柔らかくして、サラダに合えたトスカーナ州の郷土料理)

 

 であった。

 

 涼子のクロスティーニは、さらに工夫を重ねて洗練さが増していた。加えて吉野が提供した山菜とヤマドリのレバーを加えて、野性味を増している。そしてトニオが行った異次元の下ごしらえが、元々の味を1ランクも2ランクも上に引き上げている。

 

 タクミ達が作ったパンツァネッラも絶品であった。元々タクミがイタリアの店で働いていた頃からの得意料理だったが、そこに遠月での研鑚とスタジェールで学んだことを組み合わせたことで、味のレベルが飛躍的に上がっている。

 

 加えて二人の料理は、この寒い天気を考慮してパンやソースなどを温めて提供していた。元々どちらも比較的『冷たい』料理であったものが、適切に熱を入れることによって、その味に新たな魅力を付け加え、さらには食べたゲストの満足度も向上させている。

 

 二人はきちんとゲストや会場を『観た』上で、彼らなりにそれを料理に反映していたのであった。ところが……

 

◆◆

 

 一方のアリス・丸井組

 その場の空気は凍り付いていた。

 それはそうだろう。真っ赤なトマトソースに絡められたその皿には、茹で上げられた『ザリガニ』がうずたかく盛りつけられていたのだ。

「ウチダザリガニのトマト煮、ボルドレーズ風です」

 

 すぐさま由花子が怒鳴りつけた。

「ザリガニッ! ふざけないでよ。アンタ私にそんなドブクセェものを食べさす気なのッ? その頭に入っているのはオガクズかなにかでしょ、この頭の軽いド低能ッッ」

 

「あら、ご存じないのですか? フランスではザリガニは立派な食材ですわ」

「ここは日本よッ! この腐れ脳みそッ。そんなドブにへばりついた腐った泥みたいなもの、ワタシに食べさせようとするんじゃあないわよッ!」

「まぁ、なんて斬新な例えでしょう」

「……アンタ、私のコトをナメテイルの?」

 

「まぁ待ちたまえマドモァゼル」

 恵心が由花子を制した。

「確かにヨーロッパではザリガニは一般的な食材ではあった。まず食べてみてから味の判定をしてみないかね?」

 

「ワタシがザリガニを口にするうぅっ? ………………まあ、いいわ、もしこれで不快な思いをさせられたら、そうね。ただじゃあおかないからね」

 

「ご安心あれ、お客様。絶対にご満足していただけるはずですわ」

 激高する由花子に向かって、アリスは大胆不敵に笑って見せた。


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