食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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クウジョウ・イン・マイアミ

 何か酷い音がする。

 とても不快な、脳みそを揺さぶられるような音だ。

 ?? 

 どこか遠くで雷が落ちている? 

 

 いや……違う。鳴っているのはスマホの目覚まし音だ。

「…………うわっ、もうこんな時間かよォ」

 スマホを探し出し画面に表示された時刻を確認する。

 ヤバイ…………

 一気に目が覚め、私は飛び起きた。

 

 本当にヤバい、約束の時間にもうギリギリだ。

 

 あわてて服を脱ぎ捨て、シャワールームに駆け込む。

 お湯のタブをひねる。

 最近ヒーターが壊れたのでシャワーから出るのは身震いするほど冷たい水だ。冷水のシャワーを頭から浴びて、私は昨晩のバーボンを追い出す。

 乱暴に体を拭くと、バスルームを出て玄関に転がしていたトランクを開ける。

 トランクの中に突っ込まれた雑多なものを引っ掻き回し、今日のために持ってきたワンピースを掘り出す。

 

 だが、発掘されたワンピースを見て私は盛大に肩をおとした。

 

「………………やッべ、しわくちゃだ…………」

 出土した服は、ひどい有り様だった。ヤハリ、昨晩のうちにハンガーかなにかにかけておくべきだったか。

 今からではこのシワを伸ばすのは無理だ。

 

 私は躊躇なくワンピースを投げ捨て、普段着のジーンズに足を通す。

 着慣れない服を着るより、むしろこっちの方がいい。大体、あんな奴に会うために一張羅を掘り出すなんて発想が、そもそもおかしかったのだ。

 

 ストールの上に山積みにされている洋服の束を蹴っ飛ばし、鏡台に座る。

 ぶつぶつ言いながら化粧をしていると、後ろのベッドから、何やらゴソゴソと物音がした。

 

「……なんだよ、うっせーな……」

「ゴメン、起こしちゃった?……起きたついでに髪をまとめてくんない? もう少しで時間なのよ」

「あぁぁ?……オッ、オイオイ、もう10時かよ。約束の時間は12時だろ? こりゃあやべーんじゃねーか?」

「そうなのよ……あんな奴は、またせてもいいんだけど、まっ……ちょっとばかし可哀想だしね」

「おう……」

 

 そういうと、悪友Eはブラシを手に取った。私の絡まった髪が引っかからないよう、丁寧に、丁寧に櫛を梳かしていく。

 

 やっぱり悪友Eは気のいい奴だ。私は鏡越しに微笑みかける。

「サンキュー……助かるよ本当に」

 

「ケッ……なぁ、ちゃんと後で首尾を教えろよ」

「……わかってるわよ」

 

 そんな会話をしながら化粧を進めていく。実は私は化粧が好きではない。と、言うか大嫌いだ。

 ファンデーションて奴を塗ると、息が詰まる気がするし、リップを塗れば不味い臭いが口の中にいつまでも残っているような気がする。

 だいたい、めんどくさいのだ。ただでさえ人生は短い。短い限りある人生、ワザワザ化粧に時間をかけるなんて無駄無駄無駄……

 

 私はママが見たら呆れるほどパッパと『適切』に化粧を済ませた。

 ジャケットを羽織りバックを毛布の山から引っ張り出す。

 

 

 するとベッドの下から、ぬうっと手が伸びてきた。もう一人起きてきたのだ。

 いつの間にベッドの隙間に落ちていたのか、シーツを跳ね飛ばすようベッドに戻った悪友Fは、寝起きとは思えないほどのテンションで大声を出す。

「……ウォッ? 明るいぜ??」

 

 驚いている悪友Fを見て、私は心が自然と温まるのを覚えた。

 それは『あの事件の後』……以来、いつだって悪友Fを見るたびにわき起こされる感情だ。…………無事でいてくれて本当に良かった。

 それどころか5年前のあの事件の時、悪友Fがいなかったら……多分私達はみな死んでいたはずだ。

 

「おっ、徐綸ッ、もう行くのかよ」

 悪友Fは甲高い声でわめいた。

 

「ええ行くわ……エルメェス、FF、うまくいく事を祈っていてねッ」

 私はバックを肩にひっかけ、親友であるFFのアパートを出て行った。

 

 私の名前は空条 徐綸……今日は『生物学上の』父親に会う日よ。

 

◆◆

 

 私はFFのアパートを出て自転車に乗った。FFから借りた錆だらけの自転車だが、作りはしっかりしていて用は足りる。

 自転車にまたがり、ペダルをこいでぐんぐん加速させる。夏のマイアミ・ビーチの海の匂いと風が私を包み込む。

 

 でも正直、マイアミには嫌な記憶があるの。取り分け水族館にはね。

 

 ここマイアミには三つの水族館があるわ。一つは有名なマイアミ・シークアリウム……アメリカ最古の水族館よ。ここは、イルカのショーとか、そう言うのを一生懸命やっているところだわ。

 もう一つは、マイアミ州立海洋研究所付属水族館……真面目な研究施設が運営している、マニアックな生き物を展示しているところよ……そして今回の目的地だわ。

 そして最後の一つが、通称『水族館』、正式名称は『州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所』(G.D.St.刑務所)と言うところ。

 

 実は五年前、私は20年の懲役刑を被せられてこのG.D.St.刑務所に収監されたの。その罪状は窃盗・死体遺棄・そして殺人……

 

 ……もちろん私はそんな犯罪をやってないわよ……ただ私は、ボーイフレンドだったロミオが死体を遺棄しようとしているのを止めなかっただけ。

 ……つまり、ロミオが運転する車の目前に死体が投げ込まれたの。で、自分が人を跳ねたと勘違いしたロミオが逃げ出した横に、私が座わっていたってわけ。

 ……その話がいつの間にか、『私が、ボーイフレンドの車を盗んで乗り回している間に轢き逃げをした』ってことにされたのよ…………で、無実の罪で投獄されたってワケ……薄汚い策略に嵌められたのよ。

 

 そしてG.D.St.刑務所に収監され、そこでわたしを嵌めた張本人と戦い始めたの。その後、敵が引き起こした『ケープカナデラルの大惨事』を切っ掛けにして、わたしの審議がやり直しになったってわけ。

 

 で、その再審議の時に、私は『司法取引』って奴を使ったの。つまり私があるものを差し出して、政府はその対価として私の刑期を減免する……って言う取引よ。

 それでわたしは、友人2人(エルメェスと、FFの二人ね)と共に海兵隊に入隊する代わりに、釈放されたってわけ。私達には『特殊な才能』があったから、それで取引が成立したの。アメリカを守る最前線でその『ちょっとした』才能を生かせと……そういう事よ。

 

 それから5年間、私はJAPANやイラク・シリア等、主にアメリカ国外で勤務を続けていたわ。海外勤務が終わってこの国に帰ってきたのは、つい数か月前のこと。

 

 で、私はこうして、本物のマイアミの水族館に出かけることになったってワケ……親父と会うためにね。

 

◆◆

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

 

「…………」

「あら、美味しい」

「……ああ、そうだ……な」

「……そうよ……」

「…………そうだ、な……うまい……」

「…………」

「……」

 

(はっ、弾まね──ッ! か、会話が全然盛上らねぇぞ…………)

 ヤケクソになった私は、食前酒をぐいっとあおった。

 

 親父とサシで飯を食う。やはりコイツは想像以上にタフな展開だったわ。

 しかも私たちがいるのは個室だ。防音が行き届いているのか、部屋の外の音がほとんど聞こえない。

 つまり私たちが黙ってしまえば、この場には気まずい静寂が辺りをつつむ……ってワケだ。

 だが……こんなことでヘコタレル訳にはいかないッ! 

 少々気にくわないが、コイツがあんまり話さねぇんなら、私がこの沈黙を埋めるしかない。

 私は最近身の回りで起こった出来事を、頭に浮かんだ先から話し始めた。

 

「それでさぁ……共和党の大統領候補選だけど、どう思う? ひっどい人選よね? そう思わない? …………」

 …………アホか、私は…………とっ、飛びてぇ──ッ! 

 なぜ久しぶりにあった父娘が、開口いちばんに政治の話なんてするのよ! 

 

 だが親父はクソ真面目な顔でうなずくと、いたって普通に返事を返してきた。

「ま……共和党は思ったより弱体化が進んでいる。人口動態的にもますます不利になってきているからな。共和党の幹部どもは必死だろうぜ…………だが実は、いまはまだそれなりの力を持ってもいる」

 

「……そっ、そうね……でもさぁ、酷いネタ候補ばっかりじゃない。ヤッパリ奴ら全然ダメよ」

 

「どうだろうな。必死な奴は思いきったことをする。意外な結果になるかもしれねぇぜ」

 親父は腕を組んだ。その目がフッと笑う。

「だが結局はどんな人間が選ばれても、私たちのやるべきことは変わらない……がな」

 

「まぁ、そうよね」

(例えば父娘で会話して、親子の絆って奴を確認するとか、離婚した妻としっかり話してわだかまりをとる……とかね)

 私が心のなかで激しく突っ込んでいると、今度は親父のほうから話題を振ってきた。

 

「……で、徐輪…………お前の今後の計画を教えてもらえないか? 除隊するのだろ? 海兵隊の方は?」

 

(おおっ? オラオラ親父にしては、ずいぶん低姿勢だな…………ベネ)

 私は親父に対する評価を、ミジンコからアリンコと同等レベルまで引き上げた。

 その愁傷な態度に免じて、話してやるか。

 

「ええ……取引の際に条件として挙げられたのは、5年間。その5年がようやく終わったからね。決めたわ……」

 大きく、大きく息を吸い込む。

「…………アフリカよ」

「…………」

 

 親父は眉を吊り上げ、その唇が開きかけ……また閉じた。ただ黙っている。

 怒った様子はない。

 ただ、私の次の言葉を待っている。

 

 だから、もう少し説明することにした。

 だけど何となく腹ただしくて、続く言葉は自分が思っている以上につっけどんな口調になってしまった。

「B・S・A・A って言う団体に入ることにしたわ…………『いわゆる生化学的な問題』を解決する為の、NGOみたいな組織よ……で……その、アフリカ支部に赴任することになったってワケ」

 

 ふと、その話を真に受けたママの顔を思いだし、少しだけ罪悪感がよぎる。

 私はママには、B・S・A・Aがまるで国際貢献をするためのお花畑組織のように説明していた。でも実はそれは大嘘だった。

 B・S・A・Aの真の姿は、危険なバイオテロやオーパーツによる事件を解決する為の国際組織だ。その任務は過酷で、殉職率の高さが平均30%というベラボーなスーパーブラック組織なのだ。

 

「その組織の事は知っている」

 親父は重々しくいった。(いつだってそんな口調だけど!)

「何度か一緒に仕事をしたことがある……しっかりした、信頼できる組織だと言う印象がある……な」

 

「へえ、そうなんだ」

 もちろん親父は知っているはずだ。

 

 だがよーく見ると落ちついた様子は見かけだけのようだ。

 改めて見てみれば、親父がなんとか落ち着こうと努力しているのがわかる。

 ゆっくり懐に手をやり、タバコを取り出すと火をつけようとしている。その手もちょっと震えている…………

 

「ねぇ……ここ、禁煙よ」

 

 私の言葉にオヤジはちょっとびっくりしたみたいだった。

 

「…………そうか、そうだな…………」

 そういって煙草を消す。

 

 私は大きく息を吸って、心を決めた。

 やはり言わなくては。きっとこれは第二の爆弾を投下するようなものだけど……言わなくてはならないわ。

 わたしと親父の視線がぶつかる。

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

「じゃあB・S・A・Aの本当の任務も知っているわよね……私、その『最前線の任務』にエージェントとして就くことになったの…………もちろん私から『志願した』わ…………」

 

 今度こそ親父は、固まった。

 懐に戻そうとしていたタバコの箱が、床に落ちた。

 

 …………

 

 沈黙が流れる…………

 

「さっ……最初は訓練よ…………任務に就くのは、数ヵ月に一度なの」

 私は続けた。不覚にも親父の反応を見て動揺してしまったのか、少し声がうわずってしまっている。言い訳っぽくなっているのが我ながら腹正しい……

 

 親父が二、三度瞬きをした。ゆっくりと、口を開く……

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

「徐綸……」

「ハイっ」

「俺は……」

 

「!? ……」

 喉がカラカラなことに気がつき、グラスの水をあおる。

 コラコラコラ……クソ親父相手に何を緊張しているんだ、私は。

 

「俺はお前の判断を信じている……お前ならやれるさ」

 ガンバレよ……

 

 そういって優しく笑う親父に、私は言葉を失っていた。

 

◆◆

 

「オホンッ」

 咳ばらいが聞こえた。

 見上げると皿をもった長髪の料理人がたっていた。その料理人は、慣れた手つきで私に前菜をサーブしてくれた。

 ……渋味ばしった、なかなかいい男だ。

 

「邪魔しちゃったかな?」

 そう言うと、その男はさっと頭を下げてニコッと笑った。愛嬌のある……いい笑顔だ。物腰も柔らかく、自信たっぷりなくせに腰が低く、むやみにカッコつけたところもない…………好感がもてる。

 …………ドコカのオラ親父に、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい態度だ。

 

「こりゃあ、お嬢さんの新たな門出を祝うためのスペシャルコースだぜ……召し上がれッ」

 自信たっぷりにそう言うと、男は私たちの前に陶器の小さなポットのようなものを二つ、ポンと置いた。

「まずは前菜をどうぞ」

 

 その前菜は小さなポットの中に咲く花のように見えた。

 中心には三色のディップが入った小さな入れ物があり、その周りに添えられたカニの爪や、豚肉、エビ、魚の蒸し物……それに薄く切られたブロッコリーが花弁のように重なって、入れられていた。

 

「名付けて小盆菜(シャオペンツァイ)さ、香港料理の盆菜(ペンツァイ)を俺なりにアレンジした物になる……そのディップにちょっとつけて、食べてみてくれ」

 

 その皿からはとてもいい匂いがした。私は箸を手に取り、甲羅がはがしてあるカニの爪に緑色のディップを付け、口に入れてみた。

 …………口の中が旨味で爆発した。

 

─────────────────────

─────────────────────

「これ、本当に美味しいわ…………」

 私は体を大きくそらせ、宙に向かって手を伸ばす……その手は糸状にほどけ……また再び固まった。

 固まった糸は、蒼く、パワーみなぎる腕型をとっていく。それはスタンドと呼ばれるビジョン、私の精神の形・SF(ストーン・フリー)だ。

 SFの腕はほどけ、また固まっていく。

 ほどけた紐が別の形に編み上げっていく。紐を薄く、複雑に編み上げ、まるで蝶のような羽型にする。

 その羽をゆっくりとはばたかせ、わたしは宙を舞う…………

 

『オラオラオラオラッ!』

 親父の声が聞こえた。

 振り返ると、まるで神話の英雄のような筋骨たくましいレスラーが周囲を走り回っていた。レスラーはオラオラ言いながら、宙を舞うテーブル、イス……皿、それに個室の壁などを砕いて回っている。あれは親父の精神が発現させたパワーあるビジョン……スタンド・SP(スター・プラチナ)だ。

 レスラーは笑っている……

 遂に、腰の壁を叩き潰し、レスラーは宙を舞った。ホールの天井に、その拳を叩きこむ……

─────────────────────

─────────────────────

 幻影は去った。

 

 そこには何も壊れていない普通のテーブルと、尋常じゃない美味しさの皿が乗っているだけであった。

 私はあまりの美味しさにすっかり感動していた。

 

 そこにシェフが再びやって来た。

「よっ、気に入ったかい?」

 

「……あなたが、これを…………」

 わたしは思わず立ち上がり、シェフに握手を求めた。

「もッのすごく、美味しいですッ! ……カニも、エビも、魚の蒸し物も、どれもさっぱりとしていながら、それぞれに深い味わいがあります……触感も、味も違うのに中華をベースにした下味が作られているから……どれも味が違うのに、何か統一感のある味わいがあります」

 

 親父がコクリとうなずいたのが、目のはしに見えた。

「それに、この三種類のディップが只者ではないな。ユキヒラシェフ。黒味噌の濃厚なディップ、ソラマメとアヴォカドの爽やかなディップ、それにゴマと赤唐辛子、トマトの入った赤く辛いディップ……どれも全く違うが、どことなく共通点のある味だぜ」

 

「オウよ、タの字の……こりゃあ、ずいぶん頑張って工夫したんだぜ」

 

 タの字? 何それ? 

 私はユキヒラシェフが言ったことが理解できなかった。でもとにかく、この料理がたまらなく美味しかったことは理解できている。

「……とにかく、美味しくて感動しましたッ」

 

 私の握手に応じてくれたユキヒラシェフは満面の笑みを浮かべ、言った。

「ヘヘヘ……そりゃあよかったぜ……まだまだうまい飯は続くから、楽しみに待っていてくんな」

 シェフは、テーブルに続きの一皿をポンと置いた。

「これは『星のサラダ』だ。と、言っても、さっと茹でたり、マリネしたり、生のままのいろんな野菜を星形に切って、特製ドレッシングで合えただけだけどな」

 

 もちろんそのサラダも、さっぱりしていてとっても美味しかった。口の中がさわやかな野菜の触感、カオリに満たされ、リセットされる。この人……スバラシイ料理人だわ。

 

「……」

 そのとき親父は、黙って『星形に切られた人参』をじっと見ていた。その口元が、懐かしそうにほころんでいる……でも、どこか哀しそうな眼だ。

「? ……どうしたの『お父さん』」

「ある男の事を思い出していた……出会ったのはもう三十年前になるな……昔俺は……いや、俺達は香港でその男と出会った……旅の途中のことだった」

「何?」

「初め、奴は俺たちの敵だった。人参を星形に切ったものをジジイと俺に見せつけた奴は、俺達に戦いを挑んだ……」

 

「だから、何ッ?……ジジイって、オオおじいちゃんのこと?」

 

「……聞いてくれるか?」

 親父は、そう言って語り始めた。30年前に親父が経験したある『旅』の話を……

 

◆◆

 

 へぇ…………

 タの字のやつ、あんなにかわいい娘さんがいるなんて隅にもおけねぇ奴だ。俺は何やら話し込んでいる父娘を個室の入口からそっと見つめていた。

 

 タイミングを見て次の皿を出していく。

 その皿を見て、タの字の奴が昔話をする。娘さんの方はその話を聞いて、時に怒ったり、笑ったり、心配そうな顔でオヤジの腕を掴んだり……すっかり話に引き込まれているようだ。

 

 ……うまくいったな。

 

 そんな微笑ましい親子の姿を見て、俺の気持ちも温かくなる。まったく、頑張ったかいがあったってもんだぜ。

 

 今回俺が作った品は、こんな感じだ。どれもうめぇぜ……

 

 前菜:(シャオペンツァイ小盆菜):ストーンクラブ、エビ、魚の蒸し物、豚肉を重ねたもの

 ―香港料理―

 

 星のサラダ:

 ―香港風オリジナル料理―

 

 バクテー(肉骨茶):ぶつ切りの骨付き豚肉を出汁や香辛料と共に丸々一日煮込んだスープ

 ―シンガポール/マレーシア料理―

 

 ナン:ガーリックオイルに、ココナッツに浸した干しブドウをまぶし、スパイスで香りを付けて焼き上げたもの

 ―インド料理―

 

 フィッシュカレー:

 ―インド料理―

 

 ローズウォーター・アイスクリーム:

 ―イラン/アフガニスタン料理―

 

 ワニ肉のケバブ:

 ―トルコ料理をアレンジした物―

 

 ザクロ、イチジク、オレンジとモモのサラダ・ヨーグルトソース:

 ―トルコ料理―

 

 ライスプディング:

 ―エジプト料理―

 

 コーヒー:

 ―エジプト風―

 

 全てタの字の奴が廻った旅路で食ったものを聞き出して、俺なりに再現したものだ。しかし多種多様なアジアの料理をコースの一品としての統一感を考えながら味の統制をするのは、本当に苦労したぜ……

 品数も多いから、量はほんのちょっとずつだ。ワンスプーンに盛り付けたものもある。どれも口の中に入れた時に完璧なバランスになるように、味の調整をしている。ワンスプーンの料理は、中々いい経験になったぜ。

 

 そしてこれから出すのが、締めの和菓子だ。

 と、和菓子を運ぼうと盆に菓子を置いたところで、厨房でオレの名前を呼ぶ者がいた。振り返ると、果たしてそこにはディブと、マーティの奴がいた。

 

「……フ……ユキヒラ シェフ……」

 

「おお、どうしたよ」

 

「……感服しました…………ものすごいコースでした……私の負けです」

 マーティは俺の皿を食って何かを感じたらしい。最初の生意気な態度とは程遠い、ずいぶんと愁傷な態度でしゃちほこばっている。

「さすがでした……すべての皿が、その構成が、完璧でした……私が聞いた噂は、本当だった……いえ噂以上の腕前でした」

 

 申し訳ありませんでしたッ! 

 マーティが直角に頭を下げる。

 

 ……フム、生意気だが中々素直な奴だ。

 

「……僕は許せないな」

 ディブが険しい眼で言った。

「嫌味を言うだけならいい……だが、ユキヒラシェフの足を引っ張ろうとしたことは、許せないな」

 

「足を引っ張る? 何のことだ?」

 

「!? とぼけるなよッ!」

 

 言いつのろうとするディブを抑え、俺はマーティに改めて右手を差し出した。

「……ディブ、いいってことよ……マーティよぉ……アンタこそヤルな……料理していて改めて思ったが、ここはずいぶんと気合が入ったいい店じゃあないか」

 

「……ありがとうございますッ!……すべてXXX さんのアドバイスのおかげですが……」

 

「んん?」

 今、なんて言った? 

 俺は聞き返した。

 

「実は私、MR. AZAMIが開く美食倶楽部の会員なのです。彼の下に師事してもう3年になります。鍛えてもらったのですッ!」

 マーティが顔を明るくして、答える。

 

 その名前を聞き、俺は驚愕した。

「なん……だとぉ…………」

 

「ユキヒラシェフ……Mr.AZAMIをご存じなのですか?……彼はこのあたりの美食倶楽部の主宰なのです……」

 ディブが言った。

「実は、ユキヒラシェフのことも、Mr.AZAMIからうかがったのです」

 

「……へぇ…………」

 

「そ、それで……」

 マーティが頭をかく…………

「あの、Mr.AZAMIがそこまで褒めちぎる方がいるなんて……と」

 

「なるほどな。だが食材を買い占めるなんて、つまんねーことはもうすんなよ。オレの腕が知りたきゃ、いつでも勝負を挑んでくりゃあいいんだからよォ」

 

「!?? 食材の買い占め?」

 そんなこと、してませんよ……とマーティが言い……少し考えてポンと手を叩いた。

「そういえば、昨晩はMr.AZAMI主催の『饗食の宴』が開催されていました……『饗食の宴』の前には、Mr.AZAMIが前もってこの地域の食材のいいところを、全部抑えてしまうのですよ」

 実は私も食材の買い付けを少し手伝いました……

 ご迷惑かけて、スミマセン…………そう言って頭を下げるマーティの肩を、俺はポンポンと叩き、慰めた。

「イイってことよ……マーティ君……で、薊は今どこにいる?」

 

「それが、わかりません……」

 ディブとマーティがうなだれる。

「Mr.AZAMIは、『饗食の宴』が終わると、いつもひと月ほど姿を隠されます。先日も『宴』が終わったと同時に飛行機でこの地を去った……と聞いています」

 

◆◆

 

 ……語ってくれたのは、旅の話だ。すべて初めて聞く話だった……とても『奇妙』で、『刺激的』で、『楽しく』て、そしてどこか『悲しい』話だった。

 食事の間、わたしは父さんの話を、ただずっと聞いていた。

 ……思えば、口下手な父さんがここまでいろいろ話してくれたことが、あっただろうか? 

 ……わたしが父さんの話を、ここまで素直に聞いたことが、あっただろうか? 

 

 

「……さて、料理と会話は、楽しめているかい?」

 背後から、声をかけられた。振り返ると、ユキヒラ シェフがニコニコと笑っていた。その手に乗せた小さな盆を、そっと差し出す。

 

「あら? これは…………」

 

「これは、君たちだけのSpecial Desertだ」

 ユキヒラ シェフが優しく言った。

「これが何だか、君には良くわかっているはずだね」

 

「ええ…………」

 それは『ぜんざい』だった。小豆つぶあんが入った汁粉の上に、白玉もちや、甘栗、丸めたきんとき芋が盛り上げられている。その周囲には淡いクリームが飾られ、イチゴとオレンジが飾られている。

 

 それは『ぜんざい』をジョースター流にアレンジした、『聖子さんのGoodnessパフェ』だった。

 

 それは、わたしが小さなころに日本に遊びに行ったとき、ホリィおばあちゃんが作ってくれたものだ。(ちなみにGoodnessと言うのは、日本語の『ぜんざい』を英語に訳したものよ)

 私はGoodnessパフェが大好きで、日本滞在中は良く食べていたし、大きくなって父さんとママが離婚したあとでも、時折このパフェが食べたいと駄々をこねてママを困らせたものだった…………食べられなかったけどね。

 

「……懐かしいな」

 ひとすくい、口にふくむ……

 当時の思い出がよみがえる。まだパパとママが仲良くて、幸せいっぱいだったあのころの事が……

 

 父さんは、わたしが『聖子さんのGoodnessパフェ』を食べるのをじっと見ている。

「……お父さんも食べなさいよ。すかした顔しているけど甘いもの、大好きでしょ」

 

「……俺はいい……ちと、試食で食べ過ぎて……な」

「!?」

「イヤ、なんでもない……」

 

 そう言ったお父さんの頭を、なんとユキヒラ シェフがパンと叩いた。

 

「おい、タの字、本当のことを言えよ」

 ユキヒラ シェフが、お父さんのかたをつっつく。

 

「おじょうさん……実はこのパフェは君の『お父さん』の手作りなんだぜ」

「へぇっ??」

 

 お父さんは下を向いた。

「……ユキヒラ……テメェ……」

 なんか、そう呟いているような気がする……

 

「良くできているだろ? なにせ、このパフェを作るために君のお父さんはここ3日ロクに寝てないんだ」

 

「オイッ」

 耐え切れなくなったお父さんが、どすのタップリ利いた声を出す。

 

 ユキヒラ シェフは、おっと、しゃべりすぎちまったな……と頭をかいて、あわてて個室から出て行った。

 

 

「……ヤレヤレだぜ……」

「…………」

「……」

「……おとーさん……これ美味しいよ」

「そうか、良かった……」

 

◆◆

 

 他の客も含め全ての皿を出し終えた俺は、厨房をピカピカに磨き上げていた。

 借りた場所は元よりもきれいにして返す……それがオレの出張料理人としての心意気だ。

 

 へへへ……タの字のヤツ、頑張ったじゃあねェか。

 あの父娘の様子を思い出すと、なんとなく楽しい気持ちになる。俺は口笛を吹きながら後片付けを続ける。

 

 これが終わったら、一旦日本に帰るかな……俺も息子の顔が見たくなってきたぜ。

 ……薊のヤロウの消息も、銀や爺さんに連絡してやりてぇしな…………

 

「……ユキヒラ シェフ……ありがとうございました」

 これは、お礼です……と、ディブが包みを差し出す……財布のふくらみからすると結構な額の様だ。

 

 マーティも再び俺の前で頭を下げた。

「……シェフ、ほんとうに生意気な態度をスミマセンでした……」

 

「ハハハ、いいってことよ、マーティ君。今度、きみの料理を食わせに来させてもらうぜ」

「ハッ、その際は全身全霊を尽くして……」

「おう、まぁ……肩に力を入れすぎず、あせらず、じっくりやれよ」

「ハッ」

 

◆◆

 

 なかなかいい奴らだったな。

 俺は二人と……二人だけじゃあない。厨房を手伝ってくれたすべての人間と握手をしていく。

 

 バタンッ! 

 

 と、厨房のドアが大きな音を立てて開いた。

 振り返ると……そこには空条承太郎が立っていた。

 帽子を目深にかぶり、ポケットに両手撃突っ込んだまま、俺を見ている……その顔は少し赤い。

「ユキヒラ……テメェ……」

 その声は、マジ切れ5秒前……だ。

 

 オイオイ、ちょっとからかっただけなのに怒っているのか。

 マジい……

 俺は厨房の反対側のドアに向かって、必死に走った。

 

「まてユキヒラッ! テメェ」

 

 背後から、タの字……承太郎のヤツの怒鳴り声がした。

 

◆◆

 

「……まったく、ヤレヤレだわ…………」

 イイ年こいて必死に追いかけっこをしている大人二人を見て、私は盛大にため息をついた。

 どうして男って、こうも『基本的にバカ』なのかしら……

 

 逃げる方も追う方も、どことなく楽しそうなのが、私の『男はバカ』説を強力に補完しているわね。

 

 でも、これなら……出来るかもしれないわ……

 

 私は携帯電話を取り出し、意を決して《とある番号》に電話をかけた。懐かしい声が受話器から聞こえる。

『あらっ、私のジョジョ、元気なの?』

『…………ああ、ママ……わたしは元気よ……今、ちょっと時間あるかな……母さんに、少し話してほしい人がいるのよ』

『あらあら、一体誰よ……』

 

 私はママと携帯をつないだまま、ゆっくりと歩き出す。

 お父さん。アンタに……チャンスを上げるわ。


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