主人公の異変に戸惑うデフロット
主人公→ユザク
第一部ネタバレあり
人間って奴は都合のいい生き物だ。
都合のいい事は諸手を挙げて迎えるし、そうであって欲しいと信じ込む。逆に受け入れたくねー事は何が何でも拒否ろうとするし、半端な事じゃ信じようともしねえもんだ。
別にそれが悪いなんて根本説を言う気なんかねぇし、例に漏れず俺だってそうだ。誰だってやな事は先延ばしにしたいし、都合の悪い事は受け入れたくねぇ…そりゃ当たり前の事だよな。
だけどよ…思考停止は駄目だ。
考えるのを止めちゃなんねぇ、それをやっちまったらただ楽な方へ流されるだけなんだ。
考えろ。やな事でも、どうしようもない事でも、手が出しようがない自分の及びもしない事態でも思考を止めたら駄目だ。自分は何も知らなかった、被害者だ、だから気づかなかったんだって逃げ道を作ってのらくら生きて後悔するのだけはもうしたくねぇんだ…例え100人中100人がお前は悪くねぇよと言ったとしても、あの時考えるのを止めずにあの村から逃げなければ何か出来たんじゃないかって、いつまでも後悔する自分がダサくてダサくて嫌になるからだ。
王都を奪還して少し、国内のゴタゴタが少しだけ落ち着いた頃に起きた教皇派によるラクロワの処刑騒動は、教皇代理であるゲオルグが直接部下を派遣し率先して制圧した。それは誰の目にも明らかに現在の教会の意思に反するものだと示す為に必要な事であったし、だからこそ成功を収めたと言って良いだろう。
魔女の疑いをかけられた少女を教会が救い出す、それは決別を誰の目にも明らかにするには効果的であったのだから。
(思えばあれが違和感の始まりか…いや、厳密に言えばあの玉座の間であいつが倒れてたあの時だ)
今でも時々思い出す…倒れて動かないあいつ、すがりついて泣くマリユス、そして漂ってきたむせ返るような血の匂い。
(あの時誰もがあいつが死んだと思った…いや、あいつは死んでたんだ。自分でもおかしな事言ってる自覚はある…じゃあ今生きてるあいつは何なんだって。更にラクロワを助けに行った時も、あいつは確かにでかい鉄球の直撃を受けたはずなんだぞ?)
あの時確かに巨大な鉄球があいつに向かって吸い込まれたように見えた。いや、角度の問題で見えなかっただけで鉄球は逸れていたとしよう、実際に当たる瞬間を見たわけではないのだ、決めつけるのは早計すぎる。
(だけどよ…アレはどう説名つけりゃいいってんだよ。どう考えたっておかしいだろ)
突然襲ってきた北方諸国の一つ、ゼムセリアへの侵攻は思わぬ形で同盟に変わった。移りゆく状況の中北方諸国の結束は崩れ、力関係は変化したのだ…グラナダがダーイラに、パラミティースがカメリアについた以上ゼムセリアが国として存続できる道はオルタンシアとの同盟しかない…それは少し知恵が回るヤツならすぐに思い付く事であるからそれ自体に不思議はない。
(不思議はねぇけど、元々カメリアとダーイラは表面上は繋がってる…となりゃあオルタンシアとゼムセリアは四面楚歌ってやつだ。だからこそゼムセリアはオルタンシアと手を組むしかないわな。キッツイ事になりそうだけど)
同盟を組むと聞いた時、素直に思ったのはやはりという気持ち。北方諸国が瓦解したと知った頃からそうなるかもなと思ったせいもあったのだろう。
そんな中、ダーイラと手を組んだグラナダに奇襲を受けたのだ…慣れない土地、慣れない雪の足場、そして何より大砲とか言う大量に人を殺せる兵器ーーー更に運が悪い事にその場にはオルタンシアを長い苦しみから解放した王女がいた。
こんな事になるんじゃないかと、危惧はしていた。
王族なんて戦場にいるもんじゃねえ…死んじゃいけない命があるって事は、それを守る為に誰かが犠牲にならなきゃいけねぇって事だ。マリユスの同行を最終的に許したあいつが一番それを知っていたーーー覚悟を持っていた。
(今でも思い出すと悔しくて苦しくてやり切れねぇ…あいつは死ぬんだ、俺はその瞬間一緒にいる事もできねぇのかよ!って暗く塗りつぶされてくような絶望感。あんなのはもうごめんだぜ…)
あいつが守ってくれと言ったから。
希望を繋げる役目を俺に託してくれたから。
犠牲になる事を決めたあいつはそれでも俺たちを信頼した。俺たちなら絶対生き延びてくれると信じた。
あいつを置いていく決断を、俺が出来ると信じてくれたんだ。
叫び出したかった。馬鹿言うな、俺はお前と一緒に最後まで戦うって言えたらどれだけ楽だっただろうな?
だけどあいつが、自分の終わりを決意して希望を繋いでくれって願った気持ちを背負うしか出来なくて、俺は残ろうとするマリユスを力一杯引っ張って逃げ出したんだ。
その後何とかゼムセリアの王都までたどり着いて、あいつを助けに戻るって叫ぶマリユスに何を思ったのかスレヴィが賛同して…部隊長のアーロンとか言うクソ寒い格好の奴とあの場所まで戻った俺たちは目を背けたくなるような惨状を目の当たりにしたーーー生きているもの全てが死に絶えたその場所を。
少数で残ったオルタンシアの騎士達は皆、大砲で吹き飛ばされた数名を除き斬り殺されていた。善戦虚しく多勢に無勢と言ったところか。
問題はダーイラとグラナダの兵の方。
何らかの圧倒的存在に蹂躙され尽くしたような有様だった。切られただろう者も居たが、明らかに何かに引きちぎられたような者や最早原型を留めていない者まで…戦場に慣れてきちまった俺でさえ直視できねぇ様な惨状の中、血だまりの中に沈む見慣れた…。
「ユザク!」
誰かが叫んだ。
「隊長!!」
誰かが嫌な水音を立てながら走り寄った。
全部が現実味がなく、全部が悪い夢みたいで頭が真っ白になる。気づけば俺自身全く無意識に、だけど全力疾走だったのか息切れすら起こしながらあいつに近寄り、白いマントが汚れるのも構わずあいつを抱え上げてたんだ。
「息がある…生きてる!」
マリユスの涙交じりの歓喜の声に反応したのか、あいつがうっすらと目を開いた。幾分混乱はしているし、怪我も負っているが意識はしっかりしていた為、急いで場を離れようと俺たちはあいつに肩を貸しながら帰還の途についたんだ。
「いや、あれは死んでただろ…なんかおかしいって」
アーロンの漏れ出た呟きに言い知れぬ不安を感じながら。
ゼムセリアとの同盟は上手くいったらしい。
そう言うややこしいもの
は責任者であるエメーリエ隊長に任せればいいし、今回の功労者でもある遊撃部隊は既に疲労困憊だ…隊長からの労いも兼ねて隊長であるユザク以下、帰国までのわずかな間休養が言い渡されていた。
マリユスはどうやらスレヴィに呼び出されたらしい…今回のユザク救出の発端であるわけだし、やや興味を持たれていた様だからその話だろう。ヘマをやらなければいいが。
(ま、俺には関係ねぇか)
正直容量オーバーだった。
時間が経つにつれ、疑問が湧き上がってくる…気持ちのどこかでこれはおかしいと、よく分からないがよくない事なんじゃないかと警鐘が鳴っているのだ。
(俺はあの違和感の正体を知ってる…あの時と、オルタンシア城で見たあの時と同じじゃねーか)
むせ返る血の匂い、倒れ伏すあいつ、泣いてるマリユス…。
帰路も、どう考えてもおかし過ぎた。あの状況下、あいつが無事だっただけでも奇跡と言うしか無いと言うのに、あいつは自力で歩き剣まで振れたのだから。
(どう考えてもおかしすぎだ…マリユスや周りの奴らは何で違和感を覚えない?いや違う、思考を止めたんだ…掘り下げたら嫌な結論に辿り着きそうで、無意識に思考を放棄した)
正直怖い。
気づいてはいけないことがそこにはあるような気がした。見えないふりをした方が楽になる、それは確信めいた感覚で。
(でも、それじゃきっといけねぇって何処かで俺は気づいてる…よく分からねえが考えることをやめたらもっとヤバいことになるんじゃねえかって、警鐘が鳴ってる気がするんだ)
見ないふりをする事は簡単だ。ただ目の前の事を盲目的に信じて都合よく納得すればいい。生きて再会出来た事だけを喜べばいい。
(でも…それじゃ駄目だ。俺はもうそう言う後悔はしたくねぇ…何か起こってからああしとけば良かったとか思いたくねぇんだ)
気付けば考え事をしながら少し歩いていたらしい。ふと周りを見渡すと、休めと与えられた王宮の一室から少し離れた中庭のような場所。雪深い国であるからか風景は白で埋められてはいたが、雪の中でも育つ低い植え込みや、昼間に使用人が雪をかいているのであろう整えられた様子が見える場所の中、中心に小さな東屋のような場所が見えた。
(誰か…いる?)
気付けば夜も深い、雪こそそんなに降ってはいなかったがこの寒さだ…普通のヤツなら暖かい室内に入っているだろうに。
「デフロット?どうしたんだこんな場所に。てっきりもう暖かい室内で酒を飲んでいると思っていたよ」
少し苦笑まぎれにそう声をかけてきた相手は見知った相手で。
休めと厳重にエメーリエ隊長から言い渡されていた筈の人物で。
何をするでもなく夜が訪れた中庭の東屋で、ぼんやりと風景を眺めていたらしい相手に呆れたような感情を抱きつつ、俺は大股で相手に歩み寄ったんだ。
「どうしたんだ?じゃねーよ。お前こそエメーリエ隊長に休めって言われただろーが!あんま無茶ばっかしてるとチクっちまうぞ」
「う…さっきまでは休んでいたさ。問題ないよ」
半分くらい本気の俺の言葉にユザクが怯む。一応無茶をしてる自覚はあるらしいが本気でこいつは懲りてない…どうせ王女が無事で良かったとか、同盟が無事に締結されてホッとしたとか、そんな事を考えていたんだろう。お前の無茶にこっちがどれだけ心配したり絶望したりしたか、きっとわかっていない。
だが、そう言う奴だから人が集まるんだろう…そんなこいつだから俺だってここまでこれた。
分かっちゃいるが、やはり内心面白くはないもんだ。お前いい加減自分の事考えろって苛立つ事もある。
全くこいつはと言う気持ちを込めて少し乱暴にユザクが座っていたベンチに腰掛けた。そんな俺の様子に多少怯みつつ、ユザクは少し端に寄り俺の座るスペースを広げると。
「数日安静にしてろと休ませて貰ったし、本当に問題はないんだ。何だか色々な事を考えていたら眠れなくなってしまって」
苦笑のようにそう告げたユザクに、そう言えばずっとこんな風にゆっくりする暇なんかなかったなと思い出す。内乱がやっと終わった筈のこの国は、今度は外敵の脅威に晒されているからだ…まるで呪いみたいにずっと戦火に晒されてるんだよなと、冷静に考えればゾッとした。
「まぁなぁ…ここんとこずっと戦い詰めだったし、いざゆっくりする時間が出来たら色々考えちまうのは分かんなくもねーよ。本当に色々ありすぎたからな」
本当に色々ありすぎた。考えがオーバーヒートする位には。
そんな気持ちを込めてそう呟いた俺を、ふと真剣な眼差しで見つめたユザクは、ゆっくりと噛みしめるように。
「デフロット…本当にありがとう。あの時お前ならきっとマリユスを守って脱出してくれると信じていた。俺を置いて行ってくれると信じていたんだ」
それは本心なのだろう。
あの時あの場所で、俺がどんな気持ちだったか知った上でこいつは言うのだ…俺が優先順位を間違えないと信じていたと。
あの時のこいつの目を覚えてる…終わりを決め、希望を繋ぐことを望んだまっすぐな目だった。己を置いて行ってくれると信じる目だったーーーそれがどれだけ残酷な選択を託したと知りながら。
「あんなのは…二度とゴメンだぜ」
だから正直な気持ちを短い言葉に込める。響いた短い言葉は長く言葉をつなげるよりも雄弁に俺の気持ちを表していたのだから。
「そうだな…悪かったよ」
俺の静かな、それでいて後悔や怒りや悲しみがごちゃ混ぜになったような一言に、どれだけ己の突き付けた選択が残酷であったか正確に理解したのだろう…ユザクもまた軽く息を吐くと小さく呟く。あれは戦場で、その場には王女がいたのだ…あれが最善であったことは間違いないのだし、それは俺たち二人共理解はしているが、やはり感情は割り切れないもので。何とかお互い無事に再会できたから良いものの、あれが最後の別れになるのだと、お互い理解していたのだから。
「なぁ…俺を信じてくれてるなら聞かせろよ」
不意に落ちた沈黙の時間の後、俺は小さな声でポツリと漏らした。あの時、もうこれが最後なんだと悟った瞬間に感じた明言し難いあの感情を思い出し背筋に嫌な寒さを感じてしまったのだ。
そんな俺のただ事じゃない雰囲気に、ユザクは目を瞬かせた後促すような視線を向ける。
だから俺は聞いたんだ。
どうしても引っかかっていた事を。
知らないまま見過ごしたくなかった事を。
「お前に何が起こってるんだ?今思えばラクロワを救出した後のささやかなパーティの後からちょっと様子がおかしかったよな?何か言われたのか?それに…今回の事だって数日で治るような怪我じゃなかったじゃねえか…何なんだよ、お前に何か起こってんのか?俺たちはまた知らねぇ内にお前を見送んなきゃなんねぇのか…!?」
勢いよく顔を上げ、ユザクの胸ぐらを掴むように問い詰める。必死すぎだろと自分でも軽く引く思いはあったが、蓄積した不安は溢れ出すように湧き出て俺をせっつくんだ…このままだといつか本気でこいつがいなくなるんじゃないかって。
「デフロット…」
だせぇくらいに焦りを見せた俺を見て、ユザクが驚いたような声を上げた。そりゃそーだろ、正直俺だって引いてる…でも不安が焦りを引っ張ってくるんだから仕方ないじゃないか。
そんな俺の手をそっと解き、ユザクは少し表情を暗くした。手に触れるあいつの手が少しだけ震えているのを感じてわずかに冷静さが戻ってくる…あいつは少しだけ震える手で、うつむきながら。
「わから、ない。分からないんだ…何が起こっているのか、俺はどうなっているのか。今回の事も残ってくれた皆が倒れた後大勢のグラナダ兵に囲まれたあたりから記憶が曖昧で…俺は一体どうなったんだ?何故無事だったんだ…?」
唐突に理解した。
こいつはずっと、この数日間ずっと不安に苛まれていたのか。
ずっと己の身に起きた不可思議な出来事に怯えていたのか。
(当たり前じゃねぇか。あの時こいつだって自分が死ぬと覚悟していた…そうなるしかない状況だったんだ。理由がわからないとか恐怖でしかねぇよ)
何かがおかしい、それはお互い感じていた事実で。
でもそれ以上俺にもユザクにもわからない訳で。
不安はお互い様だった…いや、当事者であるこいつの方が遥かにでかい。そんな事は当たり前の事だった。
不安は消えない、嫌な予感も忍び寄る不吉な気配も変わりなどしていない。だけどそれにビビってばかりしても仕方ない…そんな風に思ったのだ。
「そりゃ不安だわな。でもよ、お前の弱音初めて聞いてちょい冷静になったわ…何かが起こってるかもしれねぇ、ヤバい事になるのかもしれねぇ…でもよ、とりあえず俺たちは生きてる。生きてりゃ何とかなるもんだ」
ともすりゃ能天気に聞こえるような言葉を断言したら、ユザクは伏せていた顔を驚きに染め見つめてきた。そりゃそうか、この流れででるにはあまりにも楽天的だもんな。
だが案外真理かもしれねぇ、考えるのをやめる事と受け入れて先を見る事は全く違うものなんだ…この先何が起こったとしてもこの経験を下敷きに打開策を探せばいいのだから。
「俺の弱音で冷静になったとか、ひどいな」
ふと、苦笑するようにユザクも笑った。張り詰めていたものが少しだけ緩んだのだろう…不安は尽きないだろうがずっと張り詰めていたらいつか切れちまう、少しは気分転換できたならいいんだけどな。
「わりぃわりぃ。でもまぁ俺を信じたように自分も信じてやれって。何かが起こってんのは間違いねぇだろうけどよ…なにせお前はこの俺様が信じた男なんだからよ」
「はは、それは確かに信じるしかないな。…もし何かあったらデフロットが止めてくれるんだろ?」
穏やかに笑ういつもの気配の中のほんの少し。
ほんの少しの真剣さを込めてユザクが確認の気配を見せた。
何かあったら自分を止めて欲しいと、残酷な選択を願う気配。そんな気配を感じつつ、俺は言ったんだ。
「ああ、俺を信じてるんだろ?」
そんな俺の返答に、あいつが安堵する気配を見せる。あいつはそうやってまた俺にキツイ決断を渡すんだ…だがそれはひどく重い信頼でもあった。
「すまない。ありがとうデフロット、助かるよ」
「乗り掛かった船だ、しゃーねぇよ」
だから俺も笑った。
何が起きてるのかなんか分からない。だけど見届けてやるよってな。
思考停止だけはしたくない、だから俺は俺の出来る範囲で見届けよう。そして考えるんだ。
ーーーそれがこの戦いに関わった俺の出来ることで、多分やらなきゃいけねぇ事だと思うから。