G.O.D.-禁忌ノ娘と贄ノ巫女-   作:亀川ダイブ

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私の中の中学二年生が、暴れ回っていたころに書いた作品です。
あえて内容は修正せずに、ハーメルン用に形だけ整えての投稿です。
お付き合いいただければ幸いです。


0.プロローグ

 時は、一八九四年。

 魔女狩りの時代より二百余年――産業は革命を終え、しかしオカルトもまた世に満ちる十九世紀末。未だ世界には科学と迷信とが混然一体として、街角の暗がりには、ガス灯では照らしきれない【闇】が蟠り・蔓延り・蠢いていた。

 いったい誰が言ったものか、そういった【闇】は悪魔の巣窟であるというのが、当時の人々の一般的な認識であった。煌々と電燈輝く蒸気機関の走る、鉄道橋の下。折からのスモッグが頼り無いガス灯をさえぎる、寂しげな路地。そういった《光》の隙間とも言うべき場所には悪魔が潜み、一人歩きをする紳士淑女をあちら側の世界に引き摺りこむ。そういう話である。

 だがしかし、このような怪談に怯えるものは、まだ幸せである。

なぜなら――第八深度魔導惨禍(レベルⅧデモノハザード)発生都市、セイラム市。二十年前より恒久封鎖されているこの古き都では、【闇】は人を引き摺り込まない。

 【闇】がこちらへ、這い出してくるのだ。

 

 

 

 

「このクソ蟲どもがあぁっ!」

「畜生! 畜生! 畜生!」

 

 恒久封鎖境界線(シールドライン)から二㎞ほど。煉瓦造りの街並みは廃墟と化し、石畳の罅割れからは瘴気に歪んだ雑草が溢れだしている、旧市街。錆びついた「welcome」が踊る看板を蹴散らして、二人の男を乗せたトラックが、かつてのメインストリートへと突っ込んでいった。雄牛ほどの大きさがある赤黒い【モノ】が、逃げ惑うトラックを追っている。

 それは、身にまとった襤褸の裾から、昆虫にも水棲の節足動物にも見える脚部を覗かせていた。頭部らしき膨らみには正面に切れ込みがあり、そこから蛸とも海鼠ともつかぬ、薄緑色の粘液にまみれた触手を突きだしている。

 

【;vフイdqcmオデmヴェイ@ア唖ァァ!】

 

 醜悪な硫黄臭をまき散らし、人の耳には聞き取れない咆哮を上げるそれの呼び名は、無数にある。クソ蟲、人喰い蟷螂、蟠る魔蟲、そして――下級第三位悪魔【イウヴァルト】。

 男の一人はトラックの荷台に備え付けられた銃座(ターレット)に齧りつき、つかず離れず生殺しに追ってくるイウヴァルトの群れに、弾丸をブチ込み続けていた。

 

「おい弾! 弾ァよこせクソ兄貴!」

「自分でやれ畜生!」

「ファック! クソ役立たずのクソ畜生野郎が!」

「そっから落ちて喰い殺されちまえ、クソ糞野郎!」

 

 運転席の男はバックミラー越しに、荷台の男に怒鳴りつけた。闇法具屋(アンダーマーケット)のオヤジに一発五百メルテもぼったくられた法儀式済機銃弾(シルバーバレット)は、イウヴァルトたちが展開する【魔導障壁(シールド)】に阻まれ、濃い紫色の燐光を散らすばかりである。運転手の男は舌打ちを一つ、フロントガラスに貼り付けていた妻の写真をむしり取った。

 

「畜生……愛してるぜ、俺の雌豚。男の子だったら、俺の名前を付けてくれ」

 

 膨らんだお腹にキスをして、胸ポケットにしまう。その瞬間だった。

 

「畜生ッ……!」

 

 トラックの前に躍り出たイウヴァルトが、口から伸びた触手で運転席を強打した。あまりの衝撃に運転席は高さが半分ほどに潰れ、ひしゃげた鉄板の板挟みになった男の頭は、石榴のように弾けた。トラックは荷台の積み荷と男をばら撒きながら、崩れたパブの建物に突っ込んでいった。一瞬の間をおいて、爆発・炎上。

 

「あ、兄貴ぃ……!」

 

 荷台から投げ出された男は、折れた肋骨の痛みに呻きながらも、燃え盛るトラックに手を伸ばした。が、届くはずもない。燃料が引火し、再度、爆発を起こす。

 

【4mc@xdwクェイc、qアq;cミw零!】

 

 勝鬨のつもりか、何匹かのイウヴァルトが燃えるトラックを足蹴にし、咆哮を上げる。下腹部あたりから蟷螂のような鎌腕をぬらりと突き出し、ギチギチと不快な音で関節を鳴らした。

 ……無力! 圧倒的な無力! 絶対的な・決定的な・絶望的なまでの無力!

 たとえ位階的には最下級の悪魔・イウヴァルトであったとて、牙も爪も持たぬ人間風情が、悪魔を殺すなど。殻も鱗も持たぬ人間程度が、悪魔に立ち向かうなど。翅も翼も持たぬ人間ごときが、悪魔から逃げのびるなど。不可能を超えて滑稽である。

 ――ならば、何が。

 何が悪魔を殺しうるのか。何が悪魔に立ち向かうのか。何が……何が、逃げることすらかなわぬ人間を、悪魔から護ってくれるというのか。

 唇を噛み砂を握りしめ、ただ悪魔どもに殺されるのを待つしかなかった男の眼に、《光》が映った。太陽色に輝く光。燃える炎の光熱ではない。心を直接暖めるような、慈愛に満ちた光である。その《光》を放つのは――

 

「兄、貴……!?」

 

 頭の上半分が潰れた、運転手の男……の、死体。で、あるはずの、なにか。

首にぶら下がるようにしてくっついている下あごからだらりと舌を垂らして、痙攣するような動きでトラックから這い出してきたなにか。その体から発せられる《聖気》に満ちた光に、イウヴァルトどもは威嚇をしながらも、にじり下がる。

 手足を不自然な方向に捩りながらようやくトラックから這い出し終えたなにかは、清浄なる光を背負って、ただ直立する。すると、その胸から腹にかけて、十字架を描くように肉が裂けた。華を咲かすように鮮血を噴き出す傷口……《聖痕》が、刻まれたのだ。

 

【見アshjヂオウェcm:!】

 

 怖れるように叫んだイウヴァルトの声を打ち消して、清浄な、清浄極まる、清浄に過ぎる歌声が、大気を満たした。

 

《Rah――――――――――――――――――――》

 

 瞬間、男の肉体は十字に裂け、光の粒子となって天に昇った。飛び散った鮮血も白金色(プラチナ)の旋風に姿を変えて舞い上がり、まるで無数の光の華が咲いたように空間を飾り立てる。

 《天使》の、降臨である。

 四つに裂けた男の肉片から、それぞれ一体ずつ。純白の僧衣に身を包み、白銀の羽衣を纏い、精緻な細工の施された黄金の杓杖を手に構えた、半人半鳥の痩身。その顔には、慈悲深く微笑む老聖人の仮面が嵌っている。輝く翼を羽ばたけば、舞い散る羽根が光となって降り注ぐ。歌姫のように響く《讃美歌(エンゼルボイス)》は、瘴気に汚染されたこの大地さえ浄化していく。

 下級第三位天使《エンジェル》。人を門として現世に顕現し、魔を懲罰する天の憲兵。

 

《Rah――――――――――――――――――――》

【げヴぁ悪・いユイんc::q;アッーー!】

 

 一方は黄金の杓杖を構え、一方は触手と鎌とを振り上げ。天と冥府の御使いとしての責務を果たすため、お互いに飛びかからんとした、その時だった。

 

「随分と、楽しそうじゃない」

 

 嘲るような声色。男とも女ともつかない声質。突然背後から聞こえた声に、エンジェルの一体が振り向き――その顔面に、凶暴な凹凸のついた靴裏が蹴り込まれた!

 

《Guuwaah!?》

 

 天使を守る《守護光盾(シールド)》が硝子のように割れ砕け、エンジェルはゴム毬のように地を跳ねて吹っ飛んだ。白銀に煌く《光盾》の破片が舞い散る中、エンジェルは怒りと動揺の、そしてイウヴァルトは疑問と威嚇の雄叫びを上げ、突然の闖入者を睨みつける。

 計数十もの人外異形の視線に射抜かれるのは、黒衣をまとった小柄な人間。

 

「あたしとも、遊んでくれない?」 

 

 嘲るような口調、微笑すら浮かべながらサングラスを投げ捨て、刃のような目元を覗かせたのは――女。それも、少女であった。

 高い位置で一つ縛りにした、流れるような金髪。透けて通る瑞々しさに満ちた、白磁の肌。漆黒のロングコートに身を包み、手足には装甲板入りのグローブとブーツ。黒革銀鋲のガンベルトで締めた腰も、短いパンツから伸びる脚も、同様に細い。やや低めの身長こそ年相応ではあったが、不敵にほほ笑む仕草には、まだ十代の半ばらしい未成熟を塗りつぶすほどの妖艶さがあった。そのアンバランスさは妙に蟲惑的で背徳的な、危うい色香を漂わせている。

 彼女は自分の胴体ほどもある黒塗りの〝鞄〟を左手一本で肩に担ぎ提げ、天の憲兵、地獄の魔蟲、たった一人の小柄な少女という、本来なら成立しようもない三竦みの場の中心へと、悠々と歩み出した。そして鞄をずさりと下ろし、椅子のように腰掛ける。軽やかな動作で足を組み、指を三本、ぴんと立てる。

 

「あたしには、嫌いなコトが三つあるわ。待つこと・待たせること・待たされることよ」

『虚言を。我はよく待たされる』

「うっさい」

 

 ブーツの踵が、〝鞄〟を蹴った。

 

「ともかく。まどろっこしい前口上はいらないし向いてないしやりたくもない。そういうわけだから……」

 

 青い瞳にあふれんばかりの悪戯っぽい輝き。立てた指を二本折り、中指一本だけを立てる。ぺろりと赤い舌を出し、《天使》と【悪魔】を蔑んだ。

 

遊んであげるわ(シャル・ウィー・ダンス)クソ畜生ども(マザーファッカー)

《Rah――――――――――――――――――――》

 

 飛び出したのは、先ほど少女に蹴り飛ばされたエンジェルだった。瓦礫を撒き散らし土煙を巻き上げ、地表すれすれを猛禽のように翔け抜ける。遅れて他の天使たちも宙に舞い、憤怒の歌声を響かせながら、黒ずくめの少女へと飛びかかった。

 一斉に振り下ろされる、黄金の杓杖。重い打撃音が廃墟に響き、少女は無残に叩き潰された骸をさらす、かと思われたが、しかし!

 

「〝ブラッドオニキス〟!」

『把握した』

 

 短いやり取りと同時、一体のエンジェルの上半身が、轟音とともに弾け飛んだ。鶏のように羽根を散らし爆ぜた肉の残骸は、光の花弁となって掻き消える。

 鞄を盾に攻撃を防いだ少女の手には、漆黒の大型拳銃(オートマティック)が握られていた。軽く40センチはある銃身に、冗談のような大口径。艶のない漆黒に塗られたその姿に、血色の深紅で書き殴られた【紅ノ呪詛】は不吉に過ぎる。

 ――〝ブラッドオニキス〟。千の重罪人を斬首した処刑斧から鍛造された、呪われし黒の魔銃。ただの鉛弾さえ致死の呪弾に変える魔力を秘めたこの銃は、天使の死に際して歓喜の悲鳴を上げるという。

 

「まずは、天使どもからね」

 

 鞄を振り回し、敵をまとめて吹き飛ばしながら、少女は叫んだ。

 

「……変身ッ!」

 

 そして、それに応えるように、黒い〝鞄〟から声が響く。

 

『〝オニキス〟 【ダーク】 リベレイション』 

 

 轟ッ……! 大地を震わせる【魔力】の迸り。少女の金髪が夜よりも濃い漆黒に染まり、蒼玉石(サファイア)のような青き双眸は、闇の如き黒紫へと変貌した!

 

さあ、パーティーの始まりよ(イッツ・ショータイム)!」

 

 少女は黒死銃(ブラッドオニキス)を連射、致死の呪弾を撒き散らしながらエンジェルに突撃。途中、振り降ろされたイウヴァルトの鎌を鞄のカドで一撃、粉々に打ち砕いた。続いて左右から襲いかかってきた鎌をジャンプ、二つが重なるタイミングでブーツの踵を叩きつけ、まとめて地面に撃ち墜とす――反動で跳躍。その頂点で弾倉再装填(リロード)し、落下しながらの呪弾連射で、エンジェルの一体を血霞と光華に散らした。天使の断末魔を上塗りするように、黒死の銃口は歓喜の悲鳴を上げる。地に降りたところへ、別のエンジェルが大振りのナックル。スウェーでかわし、老聖人の仮面をつけた顔面に、鞄の一撃をブチ込んだ。陶器質の仮面は《光盾》もろとも容易く粉砕され、鋲の打たれた鞄の角が突き刺さる。エンジェルは鼻血を撒き散らしてのけぞった。

 

「〝ザンシュフの処刑鋸〟!」

『〝ギロチン〟 【ダーク】 リベレイション』

 

 少女は鞄の中に黒死銃を叩き込み、鞄の取っ手を両手持ちにした。その瞬間、鞄の表面に複雑な魔導紋様が怪しく蠢き、無数の歯車・発条・金属板の集合体へと、鞄そのものが変化した。

 

「ゥあらアァァァっ!」

 

 気合一声、少女は変形したそれを、質量保存則さえ無視して顕現した破壊工具を、猛然と回転する超金属の機械刃を、無限魔導機関【王室ノ双生児(ヴァイス・アストラルエンジン)】によって駆動する超大型斬首刑用チェーンソー〝ザンシュフの処刑鋸〟を、躊躇いもなく振り下ろした。

 

《Rah、Ah――s:c、OエんヴぃうWhぇ;qc!?》

 

 生命を削る背徳の刃が、エンジェルの身体を両断した。天使の骸が光華に散るのも待たず、少女は処刑鋸を横薙ぎに振り回した。最後の一体となったエンジェルは宙に飛びあがってそれをかわし、偶然刃の軌道上にあった建物の柱が、回転する鎖刃の破壊力に粉砕された。レイヴンは返す刃で瓦礫と土埃を振り払い、処刑鋸の超重量をものともせず、空中のエンジェルのさらに上空に飛びあがった。振り返る間も与えず、背中から処刑鋸を突き通す。鎖の一つ一つに神を冒涜する呪印を施された鋸刃が、エンジェルの背骨・肋骨・胸骨を砕き貫く。少女は貫いたそのままの勢いでエンジェルを地面に叩きつけ、アクセルを全開にした。無限魔導機関が唸りを上げ、エンジェルと地面とを縫い留める鋸刃が、回転数をあげる。

 

《Rah――Ah――》

「バイバイ、ダーリン。お待ちの殿方がいらっしゃるの」

 

 少女はウィンクを投げ、ぐりと刃を捻る。断末魔の歌声とともにエンジェルは絶命、光の華と弾け散る。

 

「変身!」

 

 少女の言葉に応え、処刑鋸から〝鞄〟の声が謳い上げる。

 

『〝ギロチン〟 《ライト》 リベレイション』

 

 ズゥン……! 大気に轟く、《聖気》の波動。曇天の雲さえ吹き飛ばした《聖気》の中心には、変貌を遂げた少女がいた。

 その髪は白金。絹糸にも勝る、純粋にして穢れなき白。

 その瞳は白銀。何物にも犯されぬ、強靭かつ絶対の白。

 つい今までの【魔力】に満ちた黒づくめから一転、《聖気》溢れる白の容姿。

 同時、ザンシュフを駆動させる無限魔導機関【王室ノ双生児(ヴァイス・アストラルエンジン)】はその霊的同一性(アイデンティティ)を反転。守護神機関《王室ノ双生児(ヴァーチュ・アストラルエンジン)》へと自身を変貌させた。回転する呪印の鋸刃は、瞬く間に輝く聖銀の鎖刃へと錬金術的変化(アルケミカルメタモルフォーゼ)を遂げ、大気中に溢れ出でんばかりの《聖気》を漲らせる。

 少女は猟犬のような笑みでクソ蟲どもを睥睨しつつ、処刑鋸の回転数をさらに上げた!

 

故郷(ジゴク)売女(ママ)挨拶(ファック)してきな!」

『〝ギロチン〟 《ライト》 エクスキューション!』

 

 少女と〝鞄〟、二つの声が重なって、高く勇ましくその名を――悪を噛み砕く必殺の牙を――呼び醒ます!

 

『「チェインドライヴ・エクスキューション!」』

 

 聖銀のチェーンソーが猛然と回転、まるで戦車のように石畳を砕きながら、凄まじい加速度で爆走する。少女は半ば引き摺られるようにしながらも荒ぶる処刑鋸の手綱を引き、イウヴァルトどもを進路上に捕える。

 

【:l,acxdhうぃウクォhン!】【カj;cm;いs!】【@しmヴぇうぃfァァッ!】

 

 猛スピードで石畳を食い荒らし、白き烈風となって走りまわる処刑鋸。巻き込まれたイウヴァルトたちは、哀れ、聖銀の猛牙に噛み裂かれ両断され或いは粉砕され、瓦礫とともに後方へ吐き出された。引き裂かれた襤褸布と砕けた甲殻とが高く舞いあげられ、粘ついた体液が辺り一面に撒き散らされる。

 

「これでェー……ッ、ラストォォォォーーーーッ!」

 

 十数体のイウヴァルトを数十秒で一掃し、オロオロしていた最後の一体に突撃。半分崩壊した煉瓦壁に叩きつけ・建物ごと噛み砕き・瓦礫とともに斬り上げた。

 粉砕された煉瓦と木片、窓硝子が曇天に舞い上がり、バラバラになったイウヴァルトの死体とともに、少女の周囲に降り注ぐ。その衝撃で瓦礫の小片が巻き上げられ、体格に倍する処刑鋸を振り上げた銀髪銀眼の少女の姿は、灰色の土煙の中に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 もうもうと上がる土煙を、びちゃびちゃと降り注ぐ悪魔の体液が鎮めていく。少女の容姿は元通りの金髪碧眼へと戻り、処刑鋸は内側に畳み込まれるように小さくなって、黒い鞄の姿に。少女は何でもない様子で鞄を担ぎ提げ、前髪をかきあげる――その様子だけを見れば、どこにでもいる、年若い旅行者と何ら変わりない。

 

「ば、化け物、だ……」

 

 男の声に、気だるげな顔で、少女が振り向く。

 

「悪魔殺しに、天使様まで……化け物だ……」

「ま、拍手喝采、チップジャラジャラとは思ってなかったけどね」

『毎度のことだ』

 

 脅え後ずさる男を前に、皮肉めいた笑みを浮かべ、歩き出す。男は弾かれたように立ち上がった。震えながら左右を見て、落ちていた鉄パイプを拾い、錆び付いた切っ先を少女に向ける。

 

「く、来るな! 化け物め!」

「別にアンタにゃ用はないわ。街に行きたいだけよ」

 

 おどけた様子でひらひらと手を振り、道の先を指さす。男は腰の引けた様子で少女を睨みつけた、が、数秒もせず。

 

「こ、この、クソ畜生の化け物野郎め!」

 

 捨てゼリフを残し、全身の怪我を感じさせないスピードで、走り去っていく。投げ捨てられた鉄パイプが、カラカランと空しく転がった。

 ひとり、取り残された形になった少女は、自嘲気味に嗤う。

 怯えろ。そう、怯えるがいい。

 あたしは〝禁忌ノ娘〟。《天使》も【悪魔】も殺し尽す、〝災厄の権化〟なのだから。

 

「――ま、〝人喰いパンダ〟よりはマシかしら」

『その前は、〝怪奇・オセロ女〟だったか』

「それといい勝負ね」

 

 嘲るように苦笑して、少女は歩きだす。

 燃え盛るトラックの熱風が、金糸のような髪を撫でる……と、同じ熱風が、トラックの 積み荷だったらしい、薄い小冊子を少女の足もとに運んだ。少女は気にも留めず、踏みつけて通り過ぎる。

 少女の靴跡がついた表紙には、〝インジゴ聖教義典〟の文字。そして〝翼の生えたフラスコと蛇〟の紋章。同じ紋章を頂く建物が、少女の行く先にもあった。

 インジゴフラスコ教団本部大聖堂。その中央礼拝堂大尖塔――それは、恒久封鎖都市セイラムの、背の高い建物はその大半が崩壊して久しい廃墟の街並みにあってひとつだけ、今もなお荘厳たる威容を維持している建物。六つの小塔が中央の大尖塔を取り囲む、独特な形状。小塔と小塔の間には、湾曲した高い城壁が巡らされており、城塞とも監獄とも取れる、異様な雰囲気を漂わせている。

 

『レイヴン』

「何、パンドラ?」

 

 〝鞄〟の呼びかけに、少女は足を止めずに答えた。

 

『我が〝欠片〟の気配がする』

「パンドラの欠片……今回は、いくつ集まるかしらね」

 

 来訪者を威圧するように聳え立つ大聖堂を見上げ、少女は口の端を吊りあげた。その笑みは、先ほどまでの皮肉や自嘲の嗤い顔ではなく、狩人のそれ。年頃の少女にあるまじき、血と闘争に歪められた、獲物を前にした狂戦士のそれである。

 

「ここで一気に百個ぐらい集まれば、楽なんだけどね」

『いや、数ではない』

 

 〝鞄〟の低い声に――普段から、地の底から響くような声なのだが――少女は立ち止まる。

 

『〝大物〟だ。戦略級の禁忌兵装やも知れん』

「珍しく、期待させてくれるのね」

 

 歪んだ笑みに、凶暴な好奇心の色が加わる。今にも、舌舐めずりの一つでもしそうなほどの狂気/狂喜/凶喜。少女の金髪がざわめき、コートの裾からチロチロと、【魔力】と《聖気》の燐光が漏れた。無意識、鞄の取っ手を握る手には力が入り、足は勝手に歩き出す。

 

「ねぇパンドラ。あたし、あなたのそういうとこ、嫌いじゃないわ」

『ふん、何を言うか。意味不明だ』

 

 少女は鞄を担ぎ直し、小さく、愉悦の吐息を漏らした。

 

「今回も、また……楽しくなりそうね」

 

 




ああああ!
読み返してみると中二病全開だああああ!
これ書いたとき、私、二十歳超えてたんですよ……ノリノリで書いてた自分が恥ずかしい……でも、嫌いじゃない、とあえて言っておきます。
レイヴンとパンドラの戦い、一応文庫本一冊分は完成していますので、ちょいちょい更新していきます。お付き合いいただけたら幸いです。
感想・批評もお待ちしています。どうぞよろしくお願いします。
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