G.O.D.-禁忌ノ娘と贄ノ巫女-   作:亀川ダイブ

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10.死都セイラム・前編

 ――その日。魔都は死臭に満たされた。

 

 珍しく土砂降りに降り続いた夜雨に大気中を舞う粉塵と瘴気は洗い流され、空気は爽やかに透き通る。晴れない曇天こそ暗灰色だったが、魔都・セイラムは比較的、静謐な朝を迎えていた。

 だが、異変はすぐに訪れた。

 始まりは、《光》だった。街の中心に聳え立つ、インジゴフラスコ教団本部大聖堂。今日もその威容は、聖金属の紋章を中央大尖塔に輝かせ、朝の営みを始めた街を見下ろしていたが……その聖金属の紋章が、突如。真夏の太陽のように猛烈な《光》を放ち始めた。重い暗雲に太陽を隠されて久しいセイラムに、瞼すら透過するような烈光が、燦々と降り注ぐ。闇市場通り(ブラックストリート)に、市民居住区に、ギャロウズ・ヒルに。白銀と白金の間を煌きながら変わっていく《聖光》は、街を遍く満たしていく。それはまるで、良い知れぬ畏怖、そして恐怖、自然と感じたそれらの感情を、聖なる輝きを以って、白く塗りつぶすようだった。

 事実、〝翼の生えたフラスコと蛇〟を媒介として放たれた《聖光》には、内包するスペクトルに、呪術的な操作が加えられていた。それは一種のサブリミナル効果となって、人々の無意識に、ある命令を刻み込んでいく――曰く、「祈れ」と。

 

《Rah―――――――――――――――――》

 

 凛と澄む、《歌声》の多重奏。無意識の命令に従い、重い鎧戸を開き窓から曇天を仰ぎ、祈りを捧げる人々に応えるかのように。白き翼を羽ばたかせる《天使》たちの霊子体(ゴースト)が、天から舞い降りてきた。しかしこの状態ではまだ、《天使》は人の目には映らない。濃密な霊子の塊が、温度差に揺らぐ大気のように、幽かに認識できるのみだ。

 

《Rah―――――――――――――――――》

 

 一体の《天使》が、インジゴ教団の教義書を片手に、粛々と祝詞を読み上げる妙齢の女性に、狙いを定めた。この魔導に汚染された魔都で、心の救いを教団に求めているのだろう。祝詞を読み上げるやつれた顔には、悦びと充足の色が見て取れる。《天使》はその信心に満足し、女性の痩せた肢体へと、未だ実体のない霊子の身体を滑り込ませた。

 

「天上の神々に、科学と信仰と、深き祈りを……を……?」

 

 言葉を紡いだ舌先が、十字に裂けた。そのまま傷は縦横に広がり、女性の頭を十字に引き裂く。噴き出す血潮が襤褸布のカーテンを鮮やかに染め上げ、女性は全身を痙攣させながら、背を限界まで反り返らせた。そして、皮膚がびちゃりと外側に弾け、飛び散った血が銀の燐光となって天に昇る。華咲く光に飾られて、女性の死体から飛び出すのは、確固たる肉体を得た|下級第三位天使《エンジェル>の姿。同じようにして、祈る人々の肉を引き裂き、神の御使いたちが次々と現世に降臨する。飛びだしたエンジェルを追うように、また別のエンジェルが顕現し、窓辺から飛び立った。見下ろせば、白き巨体のプリンシパリティが隊列を組んで行進し、その隊列に、大きな影が覆いかぶさる――巨大な鳥型に女性の上半身が生えた、六本腕の異形。中級第三位天使《パワー》が、悠然と風に乗っていた。そしてパワーを追うように、家々の壁に《聖命》の荊が蔓延り、無数の白き猟犬が駆け抜ける。それら天使の集団に徒歩で並走するのは、輝く銀色の甲冑に身を固めた、白翼の聖騎士。下級第二位天使《アークエンジェル》であった。数え切れないほどの天使たちが次々と降臨し、行進する様は、まさに壮観の一言に尽きた。

 しかし、飛び散る血潮は光華に散っても、粘りつくような血臭は、《聖気》に満ちた大気の中に、しつこく蟠っている。その血の臭いに誘われて、邪なるモノたちの気配もまた、銀の燐光が煌くセイラムに、蠢き始めていた。

 

【:l,acxdhうぃウクォhン!】

 

 地を震わせるような【咆哮】が、《歌声》を掻き消した。聖金属の紋章からの《聖光》が届かぬような、例えば、闇市場通り(ブラックストリート)の裏路地。浮浪児たちが寝床にしているような、下水の流れる地下水道。そこには、表の世界、地上の世界から追いやられた、行き場のない瘴気が濃密な塊となって滞留し、恰好の【悪魔】の召喚場所となっていた。

 照らす《光》が強ければ、それだけ【闇】も深くなる……今、街中の裏路地から、そして下水を塞ぐマンホールから、最後の防壁を突き破った【悪魔】たちが、わらわらと蟻の大群のように這いだしてきた。

 

【卑ィ@あ悪ォァ―――――ァヰ――――――!】

【ヴMOOOOオオぉ悪汚ォォォおォ!】

 

 ギチギチと耳障りな足音を立てて走り回るイウヴァルト。おそらく浮浪児のものだろう、喰いかけの子供の腕を口の端にぶら下げたオリウィエル。蝙蝠の羽根と毒蛇の尻尾を持った、三本角の黒い大男――下級第一位悪魔【べリアス】は、特徴的な三叉槍に人間の生首を突きさし、戦意高揚の舞踏を舞っている。醜悪なる馬頭のロステルが、狭い路地影から粘液にまみれた身体をぬるりと這いださせ、足もとのイウヴァルトを踏みつぶしながら咆哮した。ロステルの口から飛び散る唾を避けるように、巨大な蜘蛛が、建物の壁面を這いまわっていた。八本の脚は全て女の腕、膨らんだ腹にも一面に女の顔が張り付いている、爛れた肌色の大蜘蛛。中級第三位悪魔【ウェリエル】は、頭部に張り付く美女の顔を奇妙に歪め、嗤っている。

 邪悪としか形容し得ない【悪魔】の軍勢も、目指すところは《天使》たちと変わらない。

 つまり、インジゴフラスコ教団本部大聖堂。

 一方は、《光》に引き寄せられるように。そしてもう一方は、憎悪の限り《光》の源を破壊し尽さんがために。

 ただでさえ《天》と【冥府】の忠臣として、互いの血を浴び肉を喰らってきた《天使》と【悪魔】である。大聖堂に輝く《聖光》の紋章という明確な対立軸を与えられ、セイラムという狭い舞台に押し込まれれば、両者のとりうる行動など、たった一つしかあり得ない。

 

《Rah―――――――――――――――――》

【げヴぁ悪・いユイんc::q;アッーー!】

 

 振り上げた鎌腕と黄金の杓杖がぶつかり合い、尋常ならざる色合いの火花を散らした。絡み合う両者の得物を掻い潜り、イウヴァルトの触手が老聖人の仮面を叩き割った。叫ぶエンジェルの背後から急降下したオリウィエルの群れが、首を、翼を、肩の肉を、すれ違いざまに喰い千切る。しかし、そのまま通り過ぎようとしたオリウィエルたちは、プリンシパリティの長剛腕に数匹まとめてつかみ取られ、力任せに引き千切られた。プリンシパリティはそばにいたイウヴァルトを踏みつぶし、三叉槍を突き出してきたベリアスを、片手の一振りで薙ぎ払う。ベリアスは壁に叩きつけられ、全身の骨を粉砕骨折。ぴくりとも動かなくなった三本角の悪魔に、猟犬の牙が襲いかかる。ヴァーチャーはべリアスを噛み砕き、イウヴァルトの群れを荊の槍で串刺しにした。勝鬨を上げたその時、ロステルの吐いた魔炎弾がヴァーチャーを直撃、周囲の悪魔をも巻き込んで、大爆発を起こす。数体のプリンシパリティたちがロステルを抑えつけようと近づくが、強靭な脚で蹴り飛ばされ、家を壊して倒れ込む。倒れた白き巨人はウェリエルの糸に絡め捕られ、強靭な顎に噛み砕かれ、伸縮自在の八本腕に肉を千切られ、数十秒と経たずに醜い挽肉へと姿を変える。なおも傍若無人の暴虐を繰り広げるロステルだったが、その脚に荊が絡みつき、ついに動きを封じ込めた。ロステルは次々と炎弾を吐くが、甲冑の聖騎士・アークエンジェルが手にした盾で炎弾を弾き、荊を焼き払うことができない。そうこうしているうちに、パワーが上空からロステルに迫り、六本の腕を器用に絡めて馬頭を締め上げ、一つ目を爪で突き潰した。血の涙を流し、倒れるロステル……しかし、最後のあがきにパワーの腕に噛みついて、一本を無理やり噛み千切った。真っ赤な血飛沫を散らして上空に逃げるパワーを、オリウィエルの大群が迎え撃った。死肉に群がる蠅のように、手負いのパワーを圧倒的多数で取り囲み、喰い尽くす。羽根を、腕を、乳房を、胎を、肉という肉を喰い千切られたパワーは、数ブロック先の屋上に肉塊と化しながら墜落し、光華に散った。

 殺し殺され、喰い喰われ。《天使》は【悪魔】を殺し、【悪魔】は《天使》を殺し。その間で人間は、ただ餌か消耗品として命を使い潰されていく。祈りを捧げる人間たちの意志など、塵芥ほどの意味も持たない血みどろの闘争。そんな、【魔道】の真理を体現したかのような光景が、銀色の《聖光》が降り注ぐこの街を、満たしている。

 大聖堂の外にいた人間の大半は死に絶え、ほぼ無尽蔵とも思える《天使》と【悪魔】の軍勢が、修羅が現世に溢れたような狂騒を、途切れることなく繰り広げる。そして、遂に陽が西の地平へと沈み始めた、その時。

 闇市場通り(ブラックストリート)裏、東端の廃教会。その屋根の上――そこに、レイヴンはいた。

 

 

 

 

「パンドラ!」

『〝ギロチン〟 《ライト》 リベレイション』

 

 舞い散る銀の燐光が、レイヴンの姿を夕闇の中に浮かび上がらせる。黒のパンツに黒のブーツ。裸の上半身には最低限、呪化黒帯(エンチャント・バンテイジ)が、胸と腕とにきつく何重にも巻かれているだけである。

 

「らあァァァッ!」

 

 レイヴンはザンシュフの処刑鋸を右手一本で背に担ぎ、朽ちた屋根瓦を踏み砕きながら疾駆した。数匹のイウヴァルトが進路を塞ぐように立ちはだかるが、そのまま突撃。力任せに処刑鋸を振り回し、一気に三匹を胴斬りに引き裂いた。そしてそのまま、横薙ぎに振り抜いた遠心力を利用して大上段に振りかぶり、残る一匹へと振り降ろす。甲殻が割れ砕け粘土の高い体液が飛び散り、青灰色の脳髄がブチ撒けられる。

 

「……次ィッ!」

『八時方向、三本角(ベリアス)

 

 パンドラの声に従い、レイヴンは稲妻の速度で振り向いた。下級一位【ベリアス】が突き出した三叉槍を、処刑鋸を盾に受け、右腕の筋力だけで押し返す。よろけたベリアスの顔面にブーツの靴底を叩き込み、縦穴が二つ並んだだけの鼻の穴から赤黒い鼻血を噴き出したところへ、処刑鋸を大上段から振り下ろす。ベリアスはとっさに三叉槍の柄でそれを受けるが、無慈悲極まる魔導鎖鋸刃は呪化黒鉄の三叉槍ごと、ベリアスを左右に両断する。しかし、

 

【鬼ィヒ狒狒ヒヒ霏ひうぃhc;p――】

 

 左右半分になったベリアスの身体は尚も死なず、硝子を引っ掻くような耳障りな叫び声を上げながら、踊る。右半身は切断された三叉槍の穂先、左半身は毒蛇の尻尾を狂ったように振りまわし、レイヴンに襲いかかってきた。

 

「……うぜェんだよ糞餓鬼がァァッ!」

 

 気が触れた道化師のように踊り狂うベリアスに、咆哮。レイヴンは処刑鋸を両手持ちにし、鋸刃を回転させないまま、力任せに薙ぎ払った。その瞬間、刃物ではなく鈍器となった処刑鋸はべリアスの右半身を十メートルも吹き飛ばし、屋根の端に立っていた十字架に叩きつけた。頑丈な鋳鉄製の十字架はその衝撃に根元から折れ、ベリアスの半身は倒れた十字架の下敷きになり、潰れて飛び散った。レイヴンはその勢いのまま一回転しながらイグニッションワイヤーを引き、守護神機関《王室ノ双生児(ヴァーチュ・アストラルエンジン)》を再起動、今度は鋸刃を猛回転させて左半身の足もとを薙ぐ。足を斬り落とされた左半身は為す術もなく倒れ込み、レイヴンの眼前に、臓物の詰まった切断面を晒す!

 

「ああああァァァァ――――」

 

 叫び、処刑鋸を投げ捨てる。そして一切の躊躇なく、レイヴンは剥き出しになったベリアスの心臓を鷲掴みにし、引き摺り出した。続いて脳髄。眼球。肺腑。腸。手当たり次第に掴んでは引き摺りだし、千切ってはブチ撒ける。最初の内は痙攣しながら掠れた悲鳴を上げていたベリアスも、身体の中身を半分ほどもブチ撒けられた頃には、ピクリとも動かなくなっていた。

 

「――――ァァァァアアッ!」

 

 そして最後、何だかよく分からない暗赤色の内蔵器官を千切り捨てると、べリアスの残骸は黒い霞となって消えていった。あとに残るのは、赤黒く粘ついた血溜まりのみ。

 

「……ふぅ」

 

 レイヴンは息を吐き、ゆらりと立ち上がった。全身に浴びた下級悪魔の返り血を拭おうともせず、投げ捨てた処刑鋸を拾い上げる。そして、普段パンドラをそうするように、レイヴンは処刑鋸を左手で背中に担ぎ下げ……

 

「くっ……」

 

 肉に裂けるような、骨に割れるような痛みが走った。同時、戦闘状態が解除(ディスペル)され銀の燐光が剥がれ落ちるが、レイヴンは努めて表情を変えずに処刑鋸を右に持ち換え、担ぎ提げた。そして、油断ない視線であたりを見回す。

 

「ここは終わりかしらね」

『……うむ』

 

 パンドラの声色は、レイヴンを気遣う言葉を飲み込んでいる。それに気づきながらも無視して頷き返すその視界の隅に、倒れた十字架の腕にちょこんと座る小柄なセラーの姿が映った。

 

「スマートじゃないネー」

「……うっさい」

「最後、武器を投げ捨てたの、アレ自分の意思じゃないネ。思わず手を放してしまったように見えたヨ?」

 

 フゴフゴと、半分笑うような調子で言うセラーに、レイヴンは苛立ちを隠せない。処刑鋸を乱暴に屋根に突き立て、それを背もたれにして座り込む。

 

「ふん。ヤブな薬掴ませてくれちゃって」

「その左腕だけどネ」

 

 セラーは愉しげに眼を細めて(間違いなく、ガスマスクの奥でそうしているはずだ)、レイヴンの左腕を指さした。レイヴンはわざと無視しているが、左腕にきつく巻きつけた呪化黒帯には、返り血ではない染みが滲んでいる。

 

「並の治癒術師(ドクター)に治療させたら、壊死してるところヨ。それを日暮れ前までにそれなりに使える程度にはしたんだから、ワタシたち、感謝こそされヤブなんて言われる筋合いはないヨ。まったく、プンプンしちゃうネ」

「ふん、知ってるわ。感謝だけならいくらでもしてあげるわよ、モグリの名医(ブラックジャック)先生」

 

 レイヴンは忌々しげにパンツのポケットを探り、リーグ金貨を放り投げた。セラーはその金貨をあわあわとお手玉して、十字架から転がり落ちる。

 

「で、アヤ……」

 

 レイヴンは一度言葉を切り、改めて言い直す。

 

「刻印の巫女はどこ?」

「大聖堂の地下、儀式装置に捕らわれてるヨ。儀式はもう始まってるけど、まだ時間はあるみたいネ。……どの門も、生きてるのや死んでるのでごった返してるケド、南門あたりからなら、少しは入りやすいかもネ」

「あら、攻略情報までくれるのね。サービスいいじゃない、夜と違って?」

「お客サン、お得意さんだからネ」

 

 ぶつけたお尻をさすりながら立ち上がり、セラーは金貨を被り物の下に仕舞い込む。レイヴンの皮肉は分かっているのかいないのか、ガスマスクの下で愉快そうにフゴフゴと笑いながら、大仰な仕草で深々と一礼した。

 

「ではでは、ワタシたちはこれで退散するヨ」

 

 言葉と同時、異国の文字で綴られた魔導式がセラーの周囲を取り囲み、蛍のように明滅する。

 

「ワタシたち、いつでもどこにでもいるヨ。お客サン、おカネ、ある限り、命以外なら何でも売るヨ。また、ご贔屓に頼むネ……」

 

 言葉の最後を掻き消すようにして、空間転移魔法はセラーを何処かへと飲み込んでいった。後に残るのは、レイヴンとパンドラと、人外異形の修羅の喧騒。

 

「行くわよ、パンドラ」

 

 レイヴンは立ち上がり、処刑鋸を引き抜いて鞄形態に戻す。右手で肩に担ぎ提げる、何となく慣れない姿勢。首筋がむずむずして、レイヴンは首の骨をコキコキと鳴らした。

 

『レイヴン』

 

 右後方から聞こえるパンドラの声に、「何?」と短く応じる。

 

『存分に我を使え。我で敵を撃ち、我で敵の牙を受けよ。貴様は我が欠片を集め、我は貴様の力となる。そういう関係だ、我らは』

「……パンドラ。あたしね」

 

 レイヴンが指を鳴らす(スナップ)と、パンドラから無数の呪化黒帯(エンチャント・バンテイジ)が吐き出され、レイヴンの周囲に渦巻き、そして新しいコートを形作った。以前のものよりも硬い布質の、襟から裾までが何本ものガンベルトで装飾された、趣味的なデザインの黒衣である。レイヴンはその袖に腕を通さず、肩に羽織るようにして身に纏う。

 

「あなたのそういうとこ、嫌いじゃないわ」

『何を言うか。意味不明だ』

 

 不満げなパンドラの声に満足して、レイヴンは廃教会の屋根から跳び、そのまま屋根伝いに闇市場通りへと駆け抜けた。死臭に沈んだ闇市場通りを、流れるような金髪が、流星の如く翔けていく。

 

(アヤ……)

 

 胸中に案ずるレイヴンの青い瞳の先には、街の中心で六本の尖塔を堂々と屹立させる、教団大聖堂があった。

 

 

 

 

 そこには《聖》と【魔】が入り乱れ、名状しがたき〝混沌〟が生じていた。

 

(トモ……エ……)

 

 ついに始まった儀式の中で、アヤは自分の中に猛烈な嵐が巻き起こっているのを感じた。六人の巫女たちの意識と無意識が混じり合い、この世のものとは思えない極彩色の異界の熱量が、決壊寸前の脳髄を掻き乱す。

 それは、尋常の現世人であれば即座に発狂するほどの《過剰祝福による聖気暴走(オーバーフロー)》。六柱の生贄の巫女を通して、俗世の教団信徒たちの祈りと、天界の最上位天使格たる《熾天使》とが、直接感応している証左。

 

「その御名は! その大いなる御名は、《セラフィム》!」

 

 目を血走らせ、唾を飛ばし、アゾットは天を仰いでかの者の名を――いや、かのお方の御名を呼ぶ。無辜の信徒二〇年分の祈りを集め、その洪水にも似た意志と願いの奔流にて、天と地との境界を突破せんとしている。そう、境界を超えるのだ! 超えるのだ! 超えるのだ!

 

「その、ためにはァッ!」

 

 楽団の指揮者が如く儀式を操作するアゾットは、もはや無我の境地に達しつつある。魔導式を刻印した杖を指揮棒のように振り回し、アゾットは次なる段階へと、儀式を進めた。

 

(アッ……アァッ――――?)

 

 杖の魔導式が禍々しく輝き、床面積のほぼ半分を占める環状構造物――【冥府の門】が、ゆるり、ゆるりと回転を始めた。大地を挽き潰すような重い鳴動と共に動き出したそれは、その円環内に孕む地底湖のような【闇】の水面をも蠕動させる……【門】に内蔵された無限魔導機関【外ノ門(ヨグ・ソトース)】が、ついに動き始めたのだ。

その瞬間、アヤは、今まさに無限の《聖気》に、無限有たる〝混沌〟に昇り詰めそうになっていた意識が、底なしの【魔力】に引き摺り下ろされるのを感じた。これは何? これは、この先にあるのは――

 ――これは、〝虚無〟?

 無限に与え続けられる《聖気》、拷問のような快楽が、無限有たる〝混沌〟ならば。この、どこまで堕ちてもなお底の見えない【魔力】、果てし無く甘い堕落は、無限無たる〝虚無〟ではないのか。どこまでもどこまでも、【堕ち】ては《昇る》意識の中で、アヤは次元の壁を超える一瞬を感じた。その先に見えるのは、夜空にも似た光景。満天の星空、いや宇宙そのものか。無数の星が、那由多の星々が、惑星が、恒星が、超新星が、ガス雲が、星雲が、銀河が、星間宇宙が、暗黒物質が、そして――宇宙の外が見える!

 

『あらあら。これは予定外。予定外ね。予想以上って言い方もできるかしら。ま、予定でも予想でも、狂ったところでどうということもないけれど』

 

 そこに、二人称ははは存在しなイ。宇宙ノ外外外側は未DA人類にニニ認識せざる領域でari,そこには「あなたたたた」はイナi。いルノハ常に「「Waたし」」であり、、、、、自ブンで自ぶんを認しししkiする認識されざるモモノノノノであル.

 

『三流のくせしてなかなかやるものね、アゾットのボウヤも。自力で〝G.O.D.〟の基本理論を掴んでいただけはある、ってことなのかしらね。人間って、ホントわからないわ』

 

 わたしはだれ? わたしはだれ? わたしはだれ? わたしはだれ? わ■しはだれ? わたしはだ■? わたし■だれ? わ■■はだれ? ■たしはだ■? わたし■だ■? ■たしは■れ? ■■しはだれ? わ■し■■れ? ■■しはだ■? わた■■■れ? ■■■はだれ? わ■■は■■? ■た■■■れ? ■■し■■れ? ■た■は■■? ■■■■だれ?

■■■■■はだれ?

 

『だけど、これは駄目。駄目ね。失敗するわ。まだまだよ。まだまだ、わたしたちには届かないわ。及ばない。出来損ないね。いいセンはいってるわ。でもただの人間じゃ、その程度ね』

 

 おかあさんだいすき! おとうさんもだいすき! おにいちゃんもだいすき! おねえちゃんもだいすき! おじいちゃんもだいすき! おばあちゃんもだいすき! でもわたしはきらい! わたしなんてしんじゃえ! しんじゃえ! しんじゃえ! しんじゃえ! きっとわたしがしんじゃったら、おかあさんもおとうさんもほかのみんなもわたしをすきになってくれるよ! だからしんじゃえ! 百匹の家畜に犯されて死ね! 片腕だけ柱に縛りつけられ鴉に喰われて死ね! 完全防水の箱に閉じ込められて池の底に沈められて死ね! 全身の関節の一つ一つに錆びた鉄釘を打ち込まれて死ね! 手足を少しずつ擂り潰されて死ね! 便器として汚物を咽喉に詰まらせて死ね! だいすきなひとたちにうらぎられてじぶんでしね!

 

『でも、面白いわ。とても面白い。だから戦わせてあげる。出来損ないの〝G.O.D.〟と、未完成の〝G.O.D.〟で。……うふふ。今回は、どんなゲームになるのかしらね』

「姉ちゃん……姉ちゃんっ!」

 

 う、う~ん……サヤ、どうしたの?

 

「どうしたのじゃないってー、もうすぐ着くよ。ほら、亜米利加! 港! もう見えてる!」

 

 あ、ほんと……うわぁ、あんなにキラキラして……帝都でも、あんなにはなってないわね。

 

「ガス灯とか電燈とかがすんごい普及してるんだってさ」

 

 ……それ、昨日私が言ったわよ?

 

「あちゃ。バレたか。たはは」

 

 もう、サヤったら……

「あ、がっ……」

 

 えっ……?

 

「何、これ……なんか、変……?」

 

 い、いや……イヤぁ……っ!

 

「ねヱ……ちゃン……」

 

 いや、やめて、連れてかないで……そんな、また、いや……

 

「……あリが、とウ」

 

 いやぁぁぁぁっ! 行かないでっ! サヤっ、サヤああぁぁぁあぁぁぁあああぁあぁっ!

 

『うふふ……今度のゲームは特別よ、特別。ボーナスステージ。EXミッションね。今回は、わたしたちのほうから、這い寄ってあげるわ。せいぜい足掻きなさい、未完成の〝G.O.D.〟。そうとは知らずにね』

 

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