魔女です! あの子は魔女です! 認めます、認めますから、もう……もうやめてぇっ! もう認めますから! お願いします、あの子は魔女です! 邪悪な儀式を! 儀式をして! 魔女ですから! やめて! いやぁっ、もうやめてぇっ! いや、どうして、認めたのに……そんな……いや……いや……お願い、助けて……いや、いや、いやいやいやいやいやいややめてごめんなさいいやむりですそんなのごめんなさいごめんなさいもうしわけありませんすみませんでしたあやまりますごめんなさいやめていやいやいやそんなのむりですやめてごめんなさい、いや、いや……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
女神像が割れ砕け、制御中枢を失った円柱内の霊気は、暴発した《過剰祝福》と【奈落堕ち】によってその全てが消失した。レイヴンは爆発的に押し寄せた巫女の残留思念に、脳みそを乱雑に掻き回される幻痛を覚えながらも、何とか姿勢を崩すことなく着地する。しかし、胸の奥にタールのように蟠るどす黒いむかつきは消えず、無意識に胸元を掻きむしってしまう。
「くそっ……さっきから、この……っ!」
吐き捨てるレイヴンの耳に、くぐもった破裂音と苦痛の叫びが届く。両足を不能にされ体重を支え切れなくなった偽神像は無様にもべしゃりと腹這いになっていたが、それでも動きを止めることはなかった。
「うぼおげぇえあああァァああアっ!」
偽神像は〝触手〟を自らの近くに引き戻し、五つの口から一斉に、腐蝕の粘液を吐き出した。
全てを腐らせる赤黒い吐瀉物が濁流の如く押し寄せてくる中、レイヴンは素早く視線を巡らせた。残る四本の柱は、偽神像を挟んだ向こう側。奴を越えなければ破壊できないが、これでは……
「それなら……パンドラっ!」
レイヴンは一瞬で思案、鞄形態に戻ったパンドラから
『〝エル・シード〟 《ライト》 リベレイション! エクスキューション!』
花吹雪のように銀の燐光を散らし、剣舞を舞う。ごく短い、しかし凄まじい密度で舞われた二振りの黄金剣は、空間上に煌く金色の軌跡を残し、華美に装飾された正十字を基調とした、立体的な紋章を描きだす。
かくして、召喚されるのは――
『「レギオン・ファランクス・エクスキューション!」』
黄金の重装甲冑に身を包み、金色の大盾と長槍を構える、一千人の
「全軍ッ、突撃ぃーーーーッッ!」
レイヴンの号令に、地鳴りのような怒号が応える。同時、《黄金聖気》で形作られた重装槍兵軍団は、左手の大盾を微塵の隙もなく敷き詰め、右手の槍を針鼠のように突き出した防御方陣を一部も乱さぬままに、全速力で疾走した。黄金重装槍兵軍団は金色の大堤防となって赤黒い腐蝕粘液の大津波に激突し、最前列から順番に腐り落ちていきながらも、確実に偽神像の喉元へと進撃していった。一方の偽神像も吐き出す腐蝕粘液をさらに増大し、腕を振り回して近寄る黄金槍兵たちを打ち払い、叩き潰す。
『レイヴン、このままでは!』
「知ってるわ!」
進撃する黄金重装槍兵軍団も、途切れることのない腐蝕の濁流と剛腕の攻撃にその数は瞬く間に削られていき、何とか偽神像に肉薄した時には、すでにその隊列は百に満たないものへとなり果てていた。
「ゥばああああぁああァぁぁア!」
咆哮と同時、百騎足らずの歩兵部隊など一呑みに喰らい尽くさんと、粘液塗れの〝触手〟は大口を開け、五方向から一斉に襲いかかった。しかし、
(……今っ!)
瞬間、黄金の槍兵団は霞のように消え去り、兵団を構築していた《黄金聖気》は白銀に輝く《
自らの肉を失う痛みに苦悶する偽神像の叫びを背後に聞きながら、レイヴンは三本目の柱、下腹部に〝刻印〟を刻まれた女神像の前へと顕現する。
「みいぃっつッ!」
双剣双閃、円柱ごと女神像を胴斬りにし、輪切りになった円柱を達磨落としのように蹴り飛ばして、真横に跳躍。四本目の円柱に一飛びに飛び付いた。この柱の女神像は、両腕の手首から肘の内側に至るまでびっしりと、おぞましいまでの傷痕が残っていた。そして同様の痕は、首筋にも夥しく残っている。人間だったころのこの少女を、何がそれほどまでに追い詰めたのか――そんな感傷を微塵も持たず、レイヴンはただ剣を振り上げ、
「よおぉぉっつッ!」
女神像の額の〝刻印〟に向けて、二振り一息に振り下ろす!
斜め十文字に断ち割られた女神像の〝刻印〟から膨大な霊気が溢れだし、渦を巻いて燃え盛る。霊気が刹那的に、爆発的に暴走しようとするが、その直前、レイヴンは全身のバネを全力で弾けさせ、渾身の力で黄金剣を投擲した。
「五つだあぁぁぁッ!」
まるで銃弾のように一直線に飛んでいった黄金の双剣は、五体目の女神像の胸と頭とに、脳と心臓を刺し貫くかのように突き立った。左腕に〝刻印〟を刻まれた女神像に無数の亀裂が走り、その亀裂は瞬く間に円柱全体にまで広がった。崩壊を始めた円柱の内側から暴力的な圧力の霊気が溢れだし、《過剰祝福》と【奈落堕ち】が始まった。
ねんね……ん……ころり、よ……おころ……り、よ……ぼうやぁ、は……よいこぉ、だ……ねんね……しな……ねん……ね……し、な……ね…………んね、し……………………な………………ね………………ん………………ね……し…………な………………ぼう………………や………………は、よ………………………い………………こ………………………だ………………
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
…………………………………………………………………………………死にたく、ないよぉ
あなたはいましあわせですかいきることはたのしいですかこんなにもよごれたわたしはいきていてもいいのですかそうですかあなたもわたしをよごすのですねでもいいのですわたしはこんなにもしあわせなのだからいきていてもいいのですどんなによごれてもいきていていいのですだってそうでなければおかしいですよこんなにもわたしはふこうなのにたのしいひとはわたしをみくだしているからいきるのはたのしいですからよごれてもいいのですよねほんとうにふこうならわたしはしあわせだからよごしたらいいのですなにもかもこわせばいいのですあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
「げえェえがあああぅウびゃああああぁあァァあああァおおォぉォォォオ!」
酷い吐き気と割れるような頭痛の渦の中からレイヴンの意識を引き摺りだしたのは、偽神像の絶望的な悲鳴だった。
偽神像はいまや満身創痍、顔面と腹の皮膚は無残にも破れ裂け、あらゆる内臓器官を体外へとぶち撒けていた。濁った眼球は眼窩から糸を引いて垂れ下がり、割れた頭蓋骨からは形の崩れた脳漿が零れ落ちている。穴のあいた腹腔からは血塗れの腸が垂れ下がり、床一面に広がる自分自身の腐蝕粘液に触れて、生きながら腐っていく。皮膚と筋肉が弾け飛んだ左腕は、不気味な方向へ折れ曲がっており、口と左肩から生えていた〝肉の触手〟は表面が腐り始めている。その地獄の苦しみの中でさえ死ねない、キメラの生命力……偽神像は、唯一残された右腕で地団駄を踏むように地面を叩き、のた打ち回る。
レイヴンはその光景に、頬の片側だけを無理やり吊り上げる残虐な嘲笑を浮かべながら、崩落した円柱の瓦礫の中から立ち上がる。
「結構な悪酔いね。明日は久々に、二日酔い決定だわ」
『これほどまでの負の情念、何が巫女なものか。これでは、人柱ではないか……!』
「ふん……。あの胸糞悪い、クソ生ゴミ野郎を産み出すためなら、その、ぐらい……必要って、こと、ね……くっ……!?」
――くらり。また、か……畜生めっ!
悪態をついてなんとか堪えたが、レイヴンの意識は途切れる寸前だった。意に反して崩れ落ちそうになる膝を何とか押し留めて立つが、変身のほうはそうもいかなかった。ただでさえ尽きかけていた《聖気》と【魔力】をエクスキューションの連続発動で放出し、レイヴンの霊気はもはや残滓に等しい。髪と瞳とを染め上げていた銀の燐光ははらはらと剥がれおち、レイヴンは金髪碧眼の少女へと戻っていく。
「かはっ、ぐ……」
変身が解けたその瞬間、吐血、そして鼻血。左腕の傷がまたも開いたのか、何重にもきつく重ねたはずの呪化黒帯から、ぼたぼたと滴るほどの血が流れ始めた。酷使を重ねた身体の、当然の反応としての出血……レイヴンは右手で顔の血を拭い、にやりと口元を歪めた。
「ふっ……あたしが本当に、完全に……〝禁忌ノ娘〟だったらよかったのにね」
自嘲と共に毀れ出たのは、そんな言葉。
『……レイヴン』
「身体は人間のままだから、こんな程度で
『…………すまん』
「あらあら、勘違いさせちゃったわね。大丈夫、弱音じゃないわ。だから……」
吐血が、鼻血が、流血が、止まらない。レイヴンは白くなった頬に無理やりの笑みを浮かべながら、左手でパンドラを担ぎ提げた。それは、レイヴンが無意識にとってしまう、いつも通りの立ち姿。しかし、血の足りないその手が冷たく、小刻みに震えていることにパンドラは気付いていた。
だから、それが、単なる強がりだとしても。
もう、霊気が尽きかけているのだとしても。
本来の目的と子供っぽい意地を、混同してしまっているのだとしても――
「謝らないでよ、パパ。ワガママにつき合せてるの、あたしのほうなんだから」
――〝
『……レイヴン』
「何?」
ひとしきり喚き散らした偽神像はもはや痛覚すら麻痺したのか、血と臓物を引き摺り、皮膚の殆どを捲れ上がらせたままに、残された右腕と右肩の〝触手〟を脚代わりにしてレイヴンの方へと這いずり、近寄ってくる。
その様を真正面に見据えるレイヴンに、パンドラは背中から語りかける。
『まったく、手のかかる娘だな』
「そういう言い方、好きよ」
残る柱はただ一本。右腕に〝刻印〟された巫女――アヤの女神像が彫り込まれたその柱は、今、こちらに這い寄ってくる偽神像のすぐ傍にある。レイヴンは刃のようなその瞳に、女神像と化したアヤの顔を映していた。
――あたしは〝禁忌ノ娘〟。《天使》も【悪魔】も殺し尽す、〝災厄の権化〟。
――《天使》も【悪魔】も《神》も【魔王】も、憎悪と憤怒に狂わせる、〝最凶の災厄〟。
――でも、そんなあたしでも。〝ばけもの〟と呼ばれるあたしでも。
――あのことばは、うれしかったんだから。
「行くわ、パパ」
『把握した、娘よ』
レイヴンは最後の霊気を振り絞り、パンドラから
枯渇寸前の今の霊気では、
『……行けぇッ!』
瞬発力で速攻即決、電撃的に決めるしかない!
「はあああぁぁァァッ!」
「ぐぼあぁぁぁぁアアぁぁあああアっ!」
レイヴンは地を蹴り割る勢いで、大きく前に跳躍した。同時、偽神像は〝触手〟を猛然と突き出してくるが、大きく口を開けたその横っ面を、パンドラで横殴りに一撃。深手を負った左腕での一撃には破壊力など皆無に等しく、〝触手〟の狙いを僅かに逸らすのが精一杯。……だが、今はそれで構わない。打撃の反動を使い、レイヴンは空中にいながらにして方向転換、もう一本の〝触手〟の攻撃をもかわし、偽神像の側面に回り込んだ。
「BINGO!」
そこは、最後の柱まで一直線の位置。レイヴンはぼろぼろの身体に残されたありったけの集中力の全てを籠めて、女神像へと狙いを定めた。照星の先に女神像の――アヤの眉間を捉え、そして今、トリガー引く!
「……んくッ!?」
しかし、気力・体力・霊力ともに限界に来ているレイヴンには、変身による強化なしで五十口径の大型拳銃を制御しきる腕力は残されていなかった。撃った銃弾は見当違いの方向に飛んでいき、レイヴンはその反動で銃だけでなく全身のバランスまでも失い、地面に叩きつけられるように墜落した。
「がっ……!?」
瓦礫に顔面をしたたかに打ちつけて、前歯の何本かが砕けて欠けた。視界を覆う緋色の霞がより一層濃くなっていく。レイヴンはパンドラを支えにしてなんとか立とうとするが、その瞬間、尋常でない量の鼻血が噴き出し、レイヴンの意識をどす黒く澱ませた。
『レイヴン、気をしっかり持て! まだ終わっていないぞ!』
「うっ……さい、わね……っ!」
パンドラの叱咤激励に視線を上げると、レイヴンの目前、鎌首をもたげた〝触手〟が、鼠を喰らう大蛇がごとく襲いかろうとしていた!
『跳べ!』
以心伝心、パンドラが黒死銃を
「くっ……!」
レイヴンは地を蹴り跳躍、寸前でそれを回避するが、思った以上に飛距離が出ない。踏ん張りが利かない。着地の衝撃に、足腰が耐え切れない。膝と手をついて着地したレイヴンは、小さく舌を打った。限定強化さえもままならないのか……っ!
『後ろだ!』
「なっ!? きゃっ……」
完全な不意! 伸び切った後、ゴムのように反動をつけて戻ってきた偽神像の掌に、レイヴンの反応は遅きに過ぎた。極太の筋繊維と鉄のような質感の肌が、レイヴンを掴み、握り潰す!
「くあっ……ぁがっ……が……ぐ、ぃぎ……っ!?」
『レイヴン……っ!』
あまりに強力すぎる、そして余すところない全方向からの破壊的な重圧に、レイヴンは呼吸もままならない。レイヴンの背でパンドラのフレームが嫌な音を立てて歪みひび割れ、装飾品が拉げていく。上腕骨が軋み、大腿骨が軋み、骨盤が軋み、肩甲骨が軋み、肋骨が軋み、背骨が軋み、頭骨が軋んだ。皮膚の内側で行き場を失った血液が毛細血管を破裂させ、全身のいたるところに内出血を起こす。限界を超えて圧迫された腹腔の中で、内臓がお互いを潰し合う。本来はその中身を守るはずの頭蓋骨が、万力のように脳を締め付ける。逃げ場のない全方位からの圧迫とは、重圧とは、握り潰しとは、かくも効率的に人体に苦痛を、凌辱を、破壊を、与えるのだ。
「あァぁあ! あばばばああアアあぁァぁぁぁァあぁぁオ!」
勝利を確信した偽神像は、ぐちゃぐちゃに崩れた顔にこの上ない喜色に満ちた表情を浮かべて雄叫びをあげた。耳を聾するその咆哮の中、レイヴンの耳には自らの骨が罅割れ砕けていく音ばかりが、やたらと大きく響く。辛うじて指の隙間から飛び出していた左腕とつま先も、次第に足掻くことすらできなくなり、ぴくりぴくりという間を置いた痙攣へと成り果てる。レイヴンは堅く握りしめられた偽神像の掌の中で白目をむき、泡を吹いて、失禁した。――しかし、それでも。
「ま、だ……っだああああぁぁぁぁぁッ!」
意識が途切れる最後の一瞬に、レイヴンは左腕に何重にも巻きつけていた呪化黒帯を解いて伸ばし、不揃いの円柱の最後の一本に――アヤを象った女神像に、雁字搦めに縛りつけた。同時、両足に施していた限定強化を左腕に変更。強化を失った足の中で、肉が潰れ、骨が罅割れる。開いてしまった傷口からは鮮血が吹き出し、身体の中でぶちぶちと何かが切れる音がする。血の足りない心臓が灼熱して暴れ、罅の入った胸骨を狂ったように叩き打つ。
……だが、躊躇はしない!
「パンドラあぁっ!」
腕をも千切れよとばかりに、残された腕力/霊力/気力の限りを尽くして、呪化黒帯を引き絞った!
『リベレイションッ!』
刹那、円柱に何重にも巻きついた呪化黒帯に、《聖気》でも【魔力】でもない、純粋な霊気そのものが、圧倒的な圧力をもって迸った。
それはレイヴンの身体の奥底深く、遙かな深淵につながる精神の深みから汲み上げられた、純粋にして無垢、原初にして根源的な〝生命〟と〝意志〟の力。
それは、言葉を以って名付けるなら――『魂』とでも、言うべきもの。
レイヴンの『魂』を注ぎ込まれた呪化黒帯は、凄絶な輝きを放ちながら
右腕に〝刻印〟をされた女神像も同様に砕け散り、その身の内に溜めこんだ膨大な量の霊気が爆発的に解放された。レイヴンを握り潰そうとしていた掌は血袋と化して弾け飛び、レイヴンは血塗れになって放りだされた。全ての力を使い果たしていたレイヴンはこのまま落下しても受け身を取ることすらできない有様だったが、レイヴンの身体が地に投げ出されるよりも早く、景色の全ては《白》と【黒】とに塗り潰され――
――そして最後の。最期の、《