G.O.D.-禁忌ノ娘と贄ノ巫女-   作:亀川ダイブ

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15.エピローグ

 時は、一八九九年。

 大魔導都市アーカムシティ――科学全盛でありまた魔導全盛でもある混沌の一九世紀末、文明社会の中あってこの都市の名を知らぬ者は、皆無と言って過言ではない。その理由は偏に、アーカムの中心にその威容を構える、巨大な赤煉瓦造りの建物にある。

 その建物は、世界最高の頭脳と技術とが集まる世界の科学の最先端にして、世界中の――場合によっては、この世のモノではない――能力者とアーティファクトとが集まる、魔導の中心地。その名も高きミスカトニック大学の、中央大講義棟である。

 小さな町程度ならその身の内に収めてしまいそうな、けた外れの巨躯を誇る中央講義棟。そのど真ん中を貫くように聳え立つ、全高一〇〇メートルを超える時計塔――黄金に輝く満月に照らされたその大鐘楼の上に、いくつもの影が躍っていた。

 

【;vフイdqcmオデmヴェイ@ア唖ァァ!】

《Rah――――――――――――――――――――》

 

 屋根に張り付く黒影は、イウヴァルトの群れ。足場の悪い急角度の屋根瓦に鎌状の脚を突き刺すようにして立ち、耳障りな咆哮を上げ、上空の白い影――エンジェルの集団を威嚇する。一方のエンジェルたちも黄金の杓杖を振り上げ、一触即発の空気が場に満ちる。

 そして――大時計の針が、深夜零時を指し示した。

 

【げヴぁ悪・いユイんc::q;アッーー!】

《Rah――――――――――――――――――――》

 

 大鐘楼が荘厳な音色の鐘を打ち鳴らす中、《天使》と【悪魔】はお互いに相手を殺さんと、弾かれたように飛び出した、しかし!

 

「――せいッ!」

 

 突如現れた人影が、エンジェルの顔面に堅く握った左拳を叩き込んだ。

その一撃は《光盾》をブチ抜いて老聖人の仮面をも叩き割り、エンジェルは鼻血を撒き散らしながら遙か下の地面へと落下していった。

 

「やあッ!」

 

 間を置かず、獲物を横取りされ怯んだイウヴァルトの横っ面に、凶暴な凹凸のついた靴裏が蹴り込まれた。【障壁】が割れ、頭殻が砕ける。体液を撒き散らして断末魔を上げるイウヴァルトを踏み台にして跳び、人影は大鐘楼の頂点へと降り立った。

 そして悠然と屹立し、屋根に蠢くイウヴァルトの群れと、上空に群れるエンジェルの一団を睥睨した。すらりと伸びた長身を黒革のコートにすっぽりと覆い隠してはいるが、豊かな起伏のある身体付きから、女性と知れる。しかし、フードを被ったその顔立ちは、月光を背負っているために逆光となり、判然としない。

 突然の闖入者に、エンジェルもイウヴァルトもしばしの間様子を窺うが……そもそもが、下級天使に下級悪魔。あまり我慢強い性質の生き物ではない。

 

【@しmヴぇうぃfァァッ!】

 

 先に動いたのは、イウヴァルトだった。

無数のイウヴァルトどもが叫びながら屋根を駆け上がり、尚も余裕たっぷりに立っている女へ向けて、振り上げた鎌腕を猛然と振り下ろす!

 ザクリと、何かを切り裂いた感触……しかし、イウヴァルトたちの鎌腕に引っかかっているのは、無残に切り裂かれた黒革のコートのみ。中身は、あの女はどこに消えた!? 混乱するイウヴァルトの耳に、音が聞こえた。

 ちり、ちりん――小さな、鈴の音?

 

「行きますよ、サヤ」

『任せて姉ちゃん!』

 

 声に夜空を見上げれば、そこに在るのは数体のエンジェル・金色の満月・満天の星……そして、袖なしの尼僧(シスター)服に身を包み、長い黒髪をかんざしで緩く一つにまとめた、長身の東洋人。

 彼女の――アヤの、剥き出しになった右腕の〝刻印〟が銀色に輝き燃え盛り、脇に構えた日本刀へと《聖気》が流れ込んでいく!

 

「変身」

『〝ヤスツナ〟 《ライト》 リベレイション!』

 

 アヤの言葉に〝日本刀〟からの――正確には、日本刀を納める〝鞘〟からの声が応え、白銀の燐光に包まれたアヤの姿が変化した。

 その髪は青白。究極無比に透き通った、穢れなき青。

 その瞳は紺碧。完全無欠に輝き映える、迷いなき蒼。

 煌く《聖気》を纏ったアヤは、眼下でうろたえるイウヴァルトどもへ、宙を蹴って突撃した。

 

「……抜刀我流〝桜花〟」

 

 僅かに青みがかった銀の燐光の尾を引いて、アヤは大鐘楼の屋根に降り立った。その瞬間にはすでに抜刀しており、イウヴァルトたちが斬られたと認識したときには、刀は鞘に納まっていた。

 ――〝童子切安綱〟。かつて極東にて猛威を振るった大鬼を斬り捨てたと伝えられる、鬼殺しの妖刀。刀身に宿る鬼の霊気が神速の居合術を可能とするが、一度抜いたが最後、悪鬼妖魔の類を斬り伏せその血で刀身を濡らさない限り、決して鞘に戻ろうとはしないという。

 

「……事も無し。つまらぬものを、斬りました」

 

 ちり、ちりん――一瞬の間を置いてイウヴァルトどもの身体はズレて落ち、まるで乱れ咲く桜花が如く、どす黒い血が周囲に散った。アヤはその血華の中央に、ことさらに力むこともない自然体でただ立っていた。刀の柄に手をかけるその表情は涼しげでさえあり、しかし同時に、どことなく愁いと翳りとを帯びた、疑いようのない美女であった。青白い燐光が舞うその姿は聖女とも巫女とも見えたが、そんな静謐さを湛えた美しき彼女を、天の憲兵は許さない。黄金の杓杖を振りかざしたエンジェルたちが、猛然と突っ込んでくる!

 

《Rah――――――――――――――――――――!》

 

 けたたましい咆哮が耳朶を撃つが、アヤの動きはあくまでも流れる水が如く、一切の無駄がなかった。ただ勢いに任せ突っ込んでくるエンジェルたちが技の半径に入った瞬間、音もなく踏み込み、鯉口を切る。神速、鬼殺しの刃が鞘走り、

 

「あたしも混ぜなさいっ!」

『〝ギロチン〟 【ダーク】 リベレイション!』

 

 真横から叩き込まれた大質量の処刑鋸が、猛然と回る必殺の黒鋸刃が、エンジェルどもの身体を数匹まとめて引き裂きながら掻っ攫っていった。噴き出す鮮血を回転する鋸刃の風圧で吹き散らしながら、大鐘楼に降り立ったのは――

 

「楽しそうなことしてるじゃない、アヤ」

「久しぶりですね、レイヴン」

 

 漆黒の髪に黒紫の瞳、【魔力】の燐光をその身に纏う、小柄な魔少女――レイヴンである。

 レイヴンは処刑鋸を屋根に突き立て、傲然と胸を逸らす。無駄な力を抜いた自然体で刀に手をかけるアヤとは、まるで逆。背中合わせに仁王立ちするその顔に浮かぶのは、ただひたすらに野性的な、獲物を前にした狩人の笑みである。

 

「……いつ以来でしょう、こうして背中を合わせるのは」

「さあ、ね。知ったことじゃないわ。それよりアヤ、あんた腕が落ちたんじゃない? こんなゴミ虫どもに五秒以上かけるなんて、あたしにはとても真似できないわ」

 

 おどけた様子で肩をすくめて見せるレイヴンに、日本刀の〝鞘〟――サヤが噛みついた。

 

『レイヴン! 姉ちゃんをバカにするなっ、短小矮躯の幼児体型のくせにっ!』

「ううううっさい! これが新しい人類の求めるべき理想の黄金比なのよっ!」

『はんっ、一部の大きなお友達が追い求める幻想世界のペド妄想の間違いでしょ!』

「うっさいわねこの骨董品のオナホもどきが! 種馬のナニぶち込んで叩き割ってやろうか!」

「よしなさいふたりとも!」

『黙らんか小娘どもが!』

 

 アヤとパンドラに同時に怒鳴られ、レイヴンとサヤはしぶしぶ口をつぐんだ。

レイヴンは不満げに口を尖らせるが、それも一瞬。霊的直観を震わせる悪寒が、ぞわりと背筋を駆け上がった。二人は背中合わせのまま、すっと表情を引き締めて油断なくあたりに目を配った。

 

【ヴMOOOOオオぉ悪汚ォォォおォ!】

 

 醜悪な咆哮と、鼻を衝く腐った魚のような悪臭。突如として大講義棟の屋上に現れた巨大な【影】から、五本脚の巨体が這いあがってきた。深海魚のような濡れた肌、雄々しくそそり立つ鹿の角、血走り見開かれた黄色い一つ目。

 足元を這いまわるイウヴァルトたちが卑小な蟻にすら見えるその巨躯は、醜き馬頭の大悪魔、中級第二位【ロステル】である。

 

《Hah――――――――――――――――――――》

 

 黄金の満月を切り裂いて、巨大な鳥影が現れた。猛禽類を思わせる両翼と尾羽、しかし獲物を一掴みにする鋭い鉤爪があるはずの位置から生えているのは、人間の、それも女性のそれによく似た六本の腕。そして首の位置からは、腕のない女性の上半身が生えている。

 中級第三位天使《パワー》。エンジェルたちが恐れ敬い道を開ける雄大にして巨大なる威容には、六つの手首と女性の背中、大小七つもの光輪が輝いている。

 

「あらあら、ずいぶんな歓迎じゃない。ドレスで来た方がよかったかしら」

 

 レイヴンは上空と眼下、現れた二体の巨躯を睥睨しながら口の端を吊りあげ、左手一本で処刑鋸を引き抜いた。そして、一瞬で鞄形態へと変形したパンドラを肩に担ぎ提げる、いつもの姿勢へ。黒紫の燐光は剥がれ落ち、その姿は金髪碧眼へと戻っている。

 

「……感謝しています、レイヴン」

 

 一方のアヤは静かに瞼を閉じ、背中合わせのままレイヴンに語りかける。

 

「私たちを、助けてくれて。あの《天獄》から、引き摺り出してくれて」

 

 右腕の〝刻印〟から銀の炎がすっと引いていき、全身を覆う青白い燐光が消えていく。艶めく長い黒髪へと戻ったアヤの姿は、瞑想するシスターそのものであった。

 

「だから、こうして戦える。……また、サヤといっしょに」

『姉ちゃん……アヤ……』

 

 腰に構えた〝鞘〟を握る手に、ぎゅっと強く力が籠る。それをその身に感じたサヤは、愛する姉の名――そして今や、自らの主人にして契約者の名――を、呟いていた。

 レイヴンはパンドラを左肩に担ぎ提げるいつもの姿勢のままそれを聞いていたが、

 

「……ふん。左手が痒くなっちゃうわ」

 

 とだけ言葉を返した。

 背中合わせもそのままに、不機嫌なふりをしているレイヴンの左手には、傷がある。

 普段はロンググローブに覆われて見えないが、わざと残している、傷がある。それはアヤが、サヤの形見のかんざしで突いた傷。かつて自分がされたように、かんざしで突き刺した傷。レイヴンに手を放させるために、アヤの命を諦めさせるために、突き立てた傷。

 そして――それでもレイヴンが諦めなかった、証拠の傷。

 

「この戦いが終わったら、もう一度言います、あのことばを。レイヴン」

「ふん、そう。せいぜい期待させてもらうわ。アヤ」

【ヴMOOOOオオぉ悪汚ォォォおォ!】

《Hah――――――――――――――!》

 

 アヤとレイヴンとの間を引き裂くように、《天使》と【悪魔】が咆哮した。ロステルは涎まみれの口に濁った紫色の【魔力】を燃え上がらせ、パワーの光輪には恐ろしい圧力の《聖気》が渦を巻いて集中した。臨戦態勢に入った大天使と大悪魔に付き従う有象無象の天使と悪魔も、それぞれに気勢をあげ敵意を露わにする。

 憤怒に満ちた《天使》たちの眼が捉えるのは、今や【悪魔】たちではない。

 憎悪に満ちた【悪魔】たちが睨み付けるのは、今や《天使》たちではない。

 

 その視線の先にあるのは、〝禁忌ノ娘〟。

《天使》と【悪魔】を殺し尽す〝災厄の権化〟にして、《天使》も【悪魔】も《神》も【魔王】も、憎悪と憤怒に狂わせる〝最凶の災厄〟。

 

 その視線の先にあるのは、〝贄ノ巫女〟。

 大いなる《熾天使》の《聖気》と億千万の【悪魔】の【魔力】とをその身に宿す〝生ける人柱〟にして、《天獄》と【地獄】の双方に堕ちた〝忌まわしき巫女〟。

 

 ――今や二人となった、〝禁忌ノ娘達〟。

 

「行くよ、アヤ」

「ええ、レイヴン」

 

 背中合わせに言葉をかわす、二人にもはや迷いはない。

レイヴンはパンドラから銃を引き出し、アヤはサヤから刀を引き抜いた。

 

「変身ッ!」

「変身……!」

『〝オニキス〟 《ライト》 リベレイション!』

『〝ヤスツナ〟 【ダーク】 リベレイション!』

 

 その姿は白銀。髪を、瞳を染め上げる白銀の燐光が、レイヴンを《聖気》で満たしていく。

 その姿は紅蓮。右腕の〝刻印〟から溢れだした灼熱の【魔力】が、アヤを紅蓮に染め上げる。

 銀聖銃は悪を滅する聖弾をその身の内に煌かせ、抜刀された鬼斬刀には両断の豪気が宿る。白銀と紅蓮、二色の燐光が渦を巻いて舞いあがり、ミスカトニックの大時計塔を雄々しくそして美しく煌かせた。

 レイヴンとアヤは――〝禁忌ノ娘〟と〝贄ノ巫女〟は、それぞれの敵をその眼に捉え、今、高らかに宣戦する!

 

「「さあ、パーティーの始まりよ(イッツ・ショータイム)!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うふふ……計画通り。計画通りね、わたしの〝G.O.D.〟』

『愛しいわ、本当に愛おしいわ。心の底から愛おしいのよ、わたしの〝G.O.D.〟』

『未完成で、出来損ないで、本当に醜いわたしの〝G.O.D.〟。わたしの――』

 

『――わたしの、愛する〝娘〟――』

 

『次回も、また……楽しくなりそうね……』

『うふふ……うふふふふ……あは……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!』

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