G.O.D.-禁忌ノ娘と贄ノ巫女-   作:亀川ダイブ

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8.公共墓地・中編

 バヂュオオオオオオオオンッ! 凄まじい電圧が大気を破裂させ、ビクリと身体を硬直させたレイヴンを吹き飛ばした。その勢いはぶつかった墓石を次々と砕いていき、六個目の墓石にぶつかってようやく止まった。地に落ちたレイヴンはバチバチと身体中に電光を弾けさせ、ビクビクと身体を痙攣させている。

 

「れ、レイヴンっ!」

「巫ィ女ォ!」

 

 電極頭の大男はレイヴンに駆け寄ろうとしたアヤを片手で抑えつける。すると、似たようなローブを着た武装神父たちが現れ、そのうちの一人がアヤを後ろから羽交い絞めにする。

 

「や、やめっ、離してくださいっ! レイヴンっ、レイヴンっ!」

 

 アヤはもがき、拘束を逃れようとするが、さして大柄ともいえない武装神父たちは恐ろしい力でアヤを抑えつけ、びくともしない。

 

「……静ィまりなさい生贄の巫女ォ」

 

 電極頭は熱のない無機質な視線でアヤを見下ろし、ゴキリと指の関節を鳴らした。拳のボルトから黒紫の放電が迸り、アヤの身体を撃った。アヤは悲鳴すら上げられず、ただ白目を剥いて仰け反り、がっくりとうな垂れた。呼吸はしているが、意識はない。電光の残滓が、パリパリと肌を跳ねている。

 

「今まで泳がせてやったのですからそろそろ儀式の座にィ! 戻ってェ、もらいましょう」

 

 男の拳に根元まで埋まっていたボルト電極が、泥を泳ぐように皮膚の上をずるずると滑って行き、腕から肩、首筋をたどり、禿げた頭へと戻っていった。電極頭は腕を振って合図し、武装神父にアヤを連れて行かせようとした。が、その時。

 

「待てコラァーーッ!」

 

 叫びとともに、墓石が電極頭に投げつけられた。電極頭は羽虫を払うような平手の一振りで墓石を粉砕し、砕けたコンクリート片がパラパラとローブに降り注ぐ。

 

「無粋なァ……生きていましたか」

「挨拶もなしにグーパンくれるなんて、シビれるマネしてくれるじゃないの金属ハゲ」

 

 痺れる身体を引き起こし、パンドラを背に担ぎ提げるいつもの姿勢。レイヴンは好戦的に口の端を吊りあげ、凶暴な笑みを形作った。一つ縛りにした金髪がざわと逆立ち、《聖気》と【魔力】の燐光を散らす。

 

『レイヴン。あ奴ら、外見こそ教団の武装神父だが……正体が掴めん』

「……そうね。あたしも初めてよ、こんな感じ」

 

 闘気をあげて相対しながら、レイヴンは奇妙な……存在への違和感、とでも言うべきものを、目の前の武装神父たちに感じていた。外見上、彼らは人間に見える。感情のない灰色の瞳も、レイヴンに拳を叩きこんだ身体能力も、人間であっても手に入れる方法はある。彼らは、インジゴフラスコ教団の武装神父。巨大宗教組織たる教団なら、私兵としての【悪魔憑き】や天使との《契約者》を用意していても不自然ではない。拳の電撃ボルトにしても、《神器》や【魔具】、錬金兵装の類なら、あの程度の能力を持ったモノはいくらでも存在する。

 だがアレは、そういったモノではない。レイヴンの霊的直観(シックスセンス)が、そう警告していた。

 

『契約者や悪魔憑きの類なら、我が霊的な気配を感じよう。ただの人間ならば、貴様が気配を感じるだろう。だが奴らは、我らの両方に気づかれることなく、肉薄した』

 

 ヒトとしての物理的気配も、《聖気》や【魔力】などの霊的気配もさせない、人間にしか見えない存在。《天使》でも【悪魔】でもなく、そしてヒトでもない存在。

 自分と似て、非なる……異なる奇妙な存在感。

 

聖気(ライト)でいくか魔力(ダーク)でいくか、悩みどころね」

『奴らの能力を見極める必要がある。次の一撃を、確実に回避するのだ』

「あの金属ハゲ、ポップコーンみたいに弾けさせてやるわ」

 

 レイヴンはパンドラを背中に、両手を自由にした。前後左右に上空地下、どこから攻撃が来ても回避できるよう、腰を落として軽く身構える。それを開戦の合図と取ったのか、電極頭は武装神父を下がらせ、一歩前に踏み出してきた。

 

「巫女のゥ護衛、ご苦労でした。魑魅魍魎の跋扈するこォの魔都・セイラムゥ……。天使の本能的な守護だけでは不安があったものでしてねェ。迎えにやった力天使(ヴァーチャー)まで殺されたのは困りましたがァ……」

「キャンキャン吠えるから、躾てやっただけよ。アンタのケツにも弾ぶち込んで、仔犬みたいに鳴かせてあげるわ」

「フゥウン、でェエはァッ! 護衛の褒美に教えてさしあげましょうウゥ我が名はサンダーボルト……」

 

 電極頭は胸の前で両拳を突き合わせ、力を籠めた。十数個のボルト電極が、頭から首へ肩へと這い降りて、拳へと移動していく。手の甲に集まったボルトは黒紫の放電、六芒星の魔法陣(ヘキサグラム)を描きだした。

 

「大教祖様に創ォォ造されし戦士ィッ! 轟・拳のォッ! サンダァァアアボォォオオルゥゥトであァァアアーーるゥッ!」

 

 ヂュオォォォォンッ! 落雷ではなく、翔け上がる稲妻。黒い雷光が辺り一面に跳ねまわって、黒土にしみ込んだ雨の水分が、一瞬のうちに蒸発する。あたり一面に白煙がもうもうと立ち込め、視界が全く効かない。レイヴンは跳躍、白煙から飛び出し、墓石の上に着地した。素早く視線を巡らせて、アヤを肩に抱えた武装神父たちが、人間ではありえない跳躍で飛び去っていくのが見えた。

 

「チッ、行かせるかっ!」

 

 追おうとしたレイヴンの周囲を取り囲むように、何発もの黒雷が立て続けに落ちた。墓石は砕け土は焼け、耳を聾する轟音が響き渡る。そして時間差、落雷の檻に閉じ込められたレイヴンの頭上に黒い稲妻が、大気を貫き降り注いだ。

 

「クソッ、邪魔するんじゃないよ金属ハゲ!」

 

 数メートル離れた地点に、二色の燐光を散らしてレイヴンが出現。咄嗟に短転移魔法(ハイドアンドシーク)を発動、寸前で直撃を避けたのだ。吼えるレイヴンの目の前で水蒸気の白煙は晴れていき、その中に隠れていた電極頭の異形が、暴かれる。

 

「我ァが名はァッ! ゴォォゥ拳のォ、サンダァァァァッ! ボォォルトであァァァァるゥゥウゥルァアアァァァァァァァァァァァァアアッッッ!」

 

 形でいえば、それは確かに人型なのかもしれない。盛り上がった全身の筋肉も、二メートルを大きく超える体格も、形だけなら人間のそれに近いと言えるだろう。しかし、その全身には黄金色の幾何学紋様が縦横に走り、皮膚は漆黒、滑らかな金属光沢を放つ、ほとんど鎧のような質感である。幾何学文様の上には、頭部から分散したボルトがずるずると這い回り、激しい電気火花を散らしている。そして、おそらく眼なのだろう、起伏のないぬるりとした顔面に刻まれたスリットから黒紫の雷光が漏れ、その下には、子供の落書きようなギザギザの線で表現された牙と口が、濁った雷気を吐いている。

 

「大教祖様に逆らう、愚ゥ者よォ……後ォォォウ悔せェェエエよォォオッ!」

 

 気勢とともに、何十本もの電撃がサンダーボルトの身体から迸り、墓地の敷地内を所狭しと駆け回った。のたうつ電撃の蛇は蜘蛛の巣のように絡まり合いながら半球状に組み上がり、公共墓地を稲妻の檻に閉じ込めた。

 

金属ハゲ(中ボス)を倒さなきゃ、先に進めない……ってコトかしら」

 

 霧雨を上空で蒸発させ、刻一刻と形を変化させる雷の格子――電撃を媒介とした、即製の全属性型物理/霊子結界(ヤオヨロズ・シーリング)である。触れれば勿論感電し、転移魔法も通さない。アヤの追跡を妨害すると同時に、一対一の決闘場を造り出す。

 

「……あの電極頭、随分と腕に自信があるらしいわね」

『気をつけろ。この電撃は魔力(ダーク)属性(エレメント)だが……まだ、能力が知れん』

聖気属性(ライト)で行くわ。黄金剣を」

『把握した。油断するな』

「もちろんよ。……変身」

『〝エル・シード〟 《ライト》 リベレイション』

 

 輝く《聖気》が波動を奔らせ髪を染め、瞳を煌かせた。レイヴンは腰のパンドラから、右手に聖剣コラーダを、左手に光剣ティソーンを引き抜いた。二刀一対の黄金剣を、レイヴンは腰を落として天地に構える。一方サンダーボルトは両の拳を振り上げ、自身の筋力・打撃力を誇示するような構え。

 

「行ィくぞォォォォォォォォゥウアァァァアアッッ!」

 

 叫び、サンダーボルトが地を蹴った。一歩ごとに大地を蹴り砕くような突撃。体重差で押しつぶす気か。レイヴンは直線的なその軌道の側面へステップ、あの勢いでは方向転換もままなるまい。すれ違いざまに脇腹、そして首筋に双剣撃。相手の生命力のほどは不明だが、人型である以上致命傷に近いはず。相対距離、速度、位置関係……

 

「……そこぉッ!」

「ゥ遅いッ!」

 

 必中のタイミングで振りぬいた双剣が、かわされた。空を斬った刃に絡まるのは、黒い放電の残滓。レイヴンの背後で落雷のような轟音が鳴り、突然、あの存在感が出現した。帯電する両拳が堅く握り合わされ、無防備な背中に振り下ろされる。間一髪、パンドラの展開した《光盾(シールド)》がハンマーパンチを防御するが、超高圧の【魔力】の電撃が光盾を貫通、レイヴンの身体を駆け巡った。全身の筋肉が硬直し、続いて突き上げられた鎚のような膝が、脇腹に深く突き刺さる。肋骨か背骨か腰骨か、レイヴンの腹中に、硬質な破壊音。サンダーボルトは凶暴な笑みを浮かべてレイヴンの頭を鷲掴みにし、白目をむいた顔面を、近くの墓石に叩きつけた。

 

「ゥングルァァアアァァイヤアアァァァァエエィッッッ!」

 

 そしてそのまま、全身のボルトを右腕に集中し、最大電圧の大放電。闇夜を照らす黒雷の光球が現出、レイヴンの全身の穴という穴から沸騰した血液が吹き出し、皮膚組織は炭化し、筋肉繊維は焼き切れた。雷光が消えた後、サンダーボルトの掌に残ったのは、無残に焼け爛れた感電死体――それが、ただの水の塊となって流れ落ちた!

 

『〝ウンディーネ〟 《ライト》 リベレイション』

「シャワー以外で、初めて使ったわ」

 

 背後で声。悪戯者の水精霊が封印されているという薄青色の小瓶〝幻惑する水精霊〟が、レイヴンの口に咥えられていた。レイヴンは小瓶を吐き捨て、ガラ空きになったサンダーボルトの首筋に黄金剣を突き下ろす!

 ガキィィィィンッ! 天使のそれによく似た、《聖気》の光盾。二つの切っ先がそれに弾かれ、白銀のフラッシュが眩く散った。

 

「……ッ!?」

 

 光盾に守られたサンダーボルトは、全身を白銀に染め上げながら振り向いた。

 

「短慮であるゥッ!」

 

 舞い散る白銀の燐光を吹き飛ばすように、身体全体を回転させるバックブロー。飛び退くレイヴンの頬を裏拳のボルトが浅くかすめ、青白い《聖気》の電撃が、頬を焼いた。連続後転で距離を取り、苔むした墓守小屋の屋根に着地。顔を上げたレイヴンの眼に映ったのは、白銀の筋肉体――サンダーボルトの咆哮に応えるように、その身にまとう電撃が、戦場を封鎖する電撃の檻が、一斉に青白い雷光へと姿を変えた。

 

「あいつ、まさか」

 

 レイヴンが気付いた〝可能性〟に、パンドラも重く同意する。

 

『……有り得る』

「確かめるわ。ブラッドオニキス!」

『〝オニキス〟 【ダーク】 リベレイション』

 

 轟く波動が大気を揺らし、【魔力】の燐光がレイヴンを黒紫に染め上げた。パンドラを手に取り黄金剣を突っ込むのと同時、黒死銃(ブラッドオニキス)を引き抜いて、レイヴンは宙に躍り出た。眼下のサンダーボルトから、頭上の電撃の檻から、不規則にうねる青い電撃の蛇が次々と降り注いでくるが、レイヴンは魔力足場(ヴォイドステッパー)を次々に構築、青白い雷鳴の嵐の中を、地に着くことなく跳び回る。だがそれも、十秒ともたない。落雷のカーテンに前方を塞がれ、地上に降りた瞬間に、目の前には帯電するサンダーボルトの拳が迫っていた。体重の乗った右スレートを、腰を折って掻い潜る。続く左の電撃フックを、大きく後ろに跳んで回避しながら、ブラッドオニキスのトリガーを引いた。展開された光盾を貫きうる、【魔力】の呪弾。しかしそれよりもさらに速く、サンダーボルトは再び【魔力】を解放していた。

 

「笑ォォオオ止ィィイイッ!」

 

 黒紫の波動が全身を黒く染め上げて、その身を護っていた白銀の光盾は渦巻く黒紫へと変貌した。黒紫の【魔導障壁】が、呪弾たやすく受け止める。【魔力】に【魔力】は通らない……!

 

「ゥウンブゥルァアアァァァァッ!」

 

 再び黒き筋肉の塊となったサンダーボルトは咆哮、黒雷渦巻くショルダーチャージ。レイヴンは魔導障壁を展開するが、凄まじい衝撃と電圧に耐えきれず、障壁が弾け飛ぶ。毬のように吹き飛ばされ、二度、三度、地面を跳ねて、墓守小屋の石壁に激突、ようやく止まる。すぐに起き上がるが、左腕を抑えて苦悶した。コートは肩口まで弾け飛び、肘上までを覆うロンググローブも、大きく焼け融けている。滑らかな白磁だった皮膚は酷い火傷を負い、赤黒く引き攣り湯気をあげている。

 

「ぐっ、クソッ……二度も直撃もらうなんて、いつ以来かしら」

 

 額に玉の汗を浮かべ、口の端を釣り上げて自嘲する。

痛みがあるなら、神経は無事。武器も持てる。あの金属ハゲをカチ割って、腐ったウジみたいな脳髄をブチ撒けてやることもできる……ッ!

 奥歯を噛みしめるレイヴンに、パンドラが珍しく緊迫した調子で言った。

 

『しかし、これではっきりした。あ奴の気配の理由……』

 

 レイヴンは頷き、筋力を誇るような構えを取るサンダーボルトを、刃の視線で睨みつけた。

 《天使》は《聖気》を身に纏い、【悪魔】は【魔力】を滾らせる。生命体の霊的同一性(アイデンティティ)の固定は、太陽が昼に輝き月が夜を照らすのと同等の、不変にして絶対の法則である。通常、霊的同一性を反転可能なのは、生命を持たない物質・物体に限られる。しかもそれさえ、無限魔導機関や守護神機関などの機械的装置による圧倒的大出力があって、初めて可能となるものなのだ。

 それが通常。それが正常。それこそが世の理。

 だが、もし。もしも、その理に従わぬ、外なる存在(アウター)があるとしたら。

 もし理に反し、霊的同一性を自在に入れ替える生命体が、あるとしたら。

「……合成獣(キメラ)、ね」

 錬金術における人造生命(ホムンクルス)の錬成。種の尊厳を蹂躙した交配。霊的生体組織の人工培養。それら、魔導全盛のこの時代でさえ忌み嫌われた外道の技術(アウトスキル)を総合し、創造された外道の魔獣(モンスター)

 魔科学的錬金術の提唱者にして、霊的生物学の権威。インジゴフラスコ教団大教祖・アゾットの肩書が、忌わしい心証となって脳裏に閃く。

 

「そおォォの通ォーーりッ!」

 

 傲然と胸を反らすサンダーボルトが、大声で叫んだ。

 

「神聖なる天使の聖気そして忌まわしき悪魔の魔力双方兼ね備えた我が肉体こそォォッ、最ッ、強ッ、にしてェッ、無敵ィッ! なァァらばゥアッ!」

 

 サンダーボルトは胸の前で激しく拳を突き鳴らし、ギザギザの口から雷気を吐いた。黄金の幾何学紋様を放電ボルトが駆け回り、全身の筋肉が打ち震える。

 

「強靭な筋肉ゥ! 猛烈な電撃ィ! そして強固な信仰心を持つこのサンダーボルトが勝利するのは、当然であアアアアッ――――、るゥッッッ!」

 

 様々な生物・非生物の長所を混ぜ合わせた生命の粘土細工(ゴーレム)であるキメラは、短い寿命と引き返に、自然には発生しえない特異な能力が与えられている。このサンダーボルトの場合、人間離れした筋力と尽きる事ない雷気、《聖気》と【魔力】を自在に反転可能な霊的アンデンティティが、そうなのだろう。

 

「言ってなさいよド腐れ脳筋が」

 

 嘲笑いながらも、レイヴンは思考を巡らせていた。

天使の《聖気》と、悪魔の【魔力】……両者を併せ持つ存在、キメラ。

 天界最上位たる《熾天使》の召喚儀式と、億千万の悪魔を呼び出す【地獄門】。

その先にあるのは……〝キメラ〟という名のピースは、最後の空白に合致する。

 大量生産か、新種製造か、それとも……

 

(何れにしても、タチが悪いわね)

 

 レイヴンは想像に吐き気を覚え、血混じりの唾を吐いた。しかし、気勢を上げるサンダーボルトは、そんなことには毛ほどの注意も払わず、拳を打ち鳴らして電圧をさらに上昇させていた。

 

「わァれこそは大教祖様の忠実なる僕! 轟く雷鳴のキメラァァッ! 轟拳の、サンダァァアアブオォォルトでェ……あァァァァーーーーるゥゥッッ!」

 

 黒い落雷が墓守小屋を直撃し、石造りの小屋は木っ端微塵に吹き飛んだ。吹き荒れる爆風の中から転がりだしたレイヴンに、追撃の雷蛇が襲いかかる。次々と襲い来る黒雷の蛇を、墓石を盾に防ぎ飛び跳ねてかわし、全速で墓地を駆け抜けながら黒死銃を連射した。呪弾は障壁に阻まれ、サンダーボルトには届かない。

 

『どうする。我が魂の欠片は、そのほとんどが神器か魔具だ』

 

 パンドラを通して武器を出し入れすることでしか、レイヴンは霊的アイデンティティを反転できない。それに対してサンダーボルトは、まるで呼吸でもするかのように易々と反転させていた。攻撃にしても防御にしても、レイヴンはどうしても一手間分、出遅れてしまう。その一手間の差は、戦闘においては大きなハンディキャップとなる。

 しかも。こちらの攻撃は通じないが、あちらの攻撃は、バカみたいな筋力と圧倒的な電圧によって、こちらの防御を貫いてくるのだ。

 

『〝大佐〟クラスの兵装ならば、さすがに通用しようが……そんな隙もあるまい』

「知ってるわ。そんなに時間かけてもいられないし……」

 

 鉄壁の防御。自在に属性を反転し、《聖気》には光盾、【魔力】には障壁を瞬時に展開する。聖剣の刃は弾かれ、魔銃の呪弾は貫通せず。一見、完全に見えるこの防御に、何か。何か、弱点は……回転するレイヴンの脳裏に、ある光景がフラッシュバックした――

 

 

 

 

「待てコラァーーッ!」

 

 レイヴンはサンダーボルトに向かって叫び、近くに転がっていた墓石を、力任せに投げつけた。唸りを上げてブッ飛んでいった墓石は、呆気なく、平手打ちの一振りで粉々に砕け散ってしまう。ローブに降りかかったコンクリートの砕片を払い落しながら、サンダーボルトは忌々しげに呟く。

 

「無粋なァ……生きていましたか」

 

 

 

 

 ――これだ。

 レイヴンは走りながら弾倉を入れ替え、呪弾を連射。サンダーボルトと距離を取り、回避運動を続けながら、壮絶な笑みで犬歯を見せる。

 

「策は、あるわ。思いついた」

 

 レイヴンは跳ねまわる雷撃を避けながら、姿勢も低く墓地を駆け、立ち木を蹴って三角飛び。雷気を吐くサンダーボルトの顔面に、残る呪弾をブチ込んだ。全てが魔導障壁に弾かれるが、黒紫に煌めく刃の視線に、迷いの翳りは微塵もない。空になった弾倉を落とし、新たなものを叩きこむ。

 

『策だと?』

「すぐわかるわ。サードオニキス!」

『把握した。〝オニキス〟 《ライト》 リベレイション』

 

 パンドラはレイヴンに従い復唱、銀聖銃(サードオニキス)を吐き出した。レイヴンは黒死銃を左手に持ち替え、右手で銀聖銃を受け取る。両手に銃を持ったレイヴンは、再び白銀に染まった瞳から、《聖気》の燐光を散らして着地。執拗に喰らいついてくる雷撃を、踊るようなステップで回避する。

 

「無理無駄無益豆鉄砲などォォオオオオーーッ!」

 

 岩が割れるような大声で叫び、サンダーボルトはまたしても霊的アイデンティティを反転した。輝く《聖気》が巨体を包み、筋肉が白く染め上げられる。

 

「爆ァァぜるがよいわァッ!」

 

 サンダーボルトは蒼き電撃を特大の雷光球に固め、投げつけた。レイヴンは墓石を蹴って飛びあがり、それを回避。特大雷光球は地面で炸裂、何百匹もの蒼雷の蛇を、あたり一面に撒き散らす。荒波の如く荒れ狂う雷蛇の群れを光盾で防いで着地し、サンダーボルトを正面に見据える。そして――切れ長の双眸に悪戯っぽい笑みを浮かべ、戦闘態勢を解除した。

 

『なっ……レイヴン、何をしているっ!?』

「《オニキス》 【オニキス】 〝無属性(ニュートラル)〟……って、ところかしら」

「はっはァッ! もォう諦めたか〝禁忌ノ娘〟よォオッ!」

 

 金髪碧眼、僅かに二色の燐光が散るのみの、無防備な姿。銃を握った両腕をだらりと垂らす、無為の構え。サンダーボルトはそれをレイヴンの戦意喪失と早計し、侮蔑も顕わに咆哮した。胸の前で両拳を突き合わせ、全身の電極ボルトを拳に集中。《聖気》も【魔力】も纏わない、ただの小娘となった獲物を誅殺せんと、ありったけの電圧を籠めた雷光球を作り上げた。雷光球を帯電させた両拳を振り上げて、サンダーボルトは猛然と突撃する。

 

「叩きィィッ……潰すゥゥウオォアァァァアアッ!」

 

 咆哮に違わぬ、一直線かつ破壊的な突進! 激突の寸前、レイヴンは爪先で【魔法陣】を描き、短転移魔法(ハイドアンドシーク)でその場を離脱。空を切って振り下ろされた両拳は大地を砕き、炸裂する電撃がさらに地面を破裂させた。雷気を孕んだ噴煙が巻き起こる中、レイヴンはサンダーボルトの背後に出現。サンダーボルトが動物的な直感で繰り出したバックブローを、手首を蹴って迎撃。反動で跳躍、サンダーボルトの頭上高くに飛びあがった。そしてにやりと微笑み、銀聖銃をサンダーボルトへ向けた。トリガーに指がかかるが、《五芒星形の旧き印(エルダーサイン)》も輝かず、全自動錬金術式(リローダー)も作動しない。それも当然、今のレイヴンは《聖気》を解放していない。このままトリガーを引いたとて、撃ち出されるのは聖弾ではなく、ただの鉛弾にすぎない。

 

「ンンんな虚仮脅し(ブラフ)がァァァァアアッ!」

 

 自分の真上に落下してくるレイヴンに吼え、両手に再び雷光球を帯電した。落ちてきたところに、二発動時に叩き込む……先の水精霊の身代わりのように、今度は本物を焼け爛れさせてくれる!

 息巻くサンダーボルトの耳に、おどけたようなレイヴンの声が届いた。

 

「ポップコーンはいかがかしら?」

 

 ドドドドドォンッ! 五連続、重い破裂音。しかしその射撃音が、サンダーボルトの耳に届くことはない。

 

「グバゴォォォォッ!?」

 

 肉と骨片と電極ボルトが、弾けた脳漿とともにブチ撒けられる。超音速の五十口径弾が、《聖気》の欠片も籠らないただの鉛弾が、サンダーボルトの頭部の上半分を、木端微塵に吹き飛ばしていた。

 

「き、貴様ァァァ……ッ!」

 

 キメラの寿命は短いが、生命力は桁外れに強い。たかだか頭を吹き飛ばした程度で、死ぬような代物ではないのだ。ギザギザの口から血混じりの雷気を吐きながら、サンダーボルトは無茶苦茶に腕を振り上げた。レイヴンは拳を銀聖銃で叩いて方向を逸らし、受け流す。そして隙の生まれた懐へ潜り込み、分厚い胸板に黒死銃を押し付けた。サンダーボルトは半ば反射的に【魔力】を解放、盛り上がった筋肉は漆黒に染まるが、黒死の銃口が吐き出すのは、致死の銃弾ではない。キメラの魔導障壁では防げない、ただの鉛弾。肉を貫き内臓を引き裂く、五〇口径ホロー・ポイント弾である。

 

こいつをくれてやるわ(メリークリスマス)!」

 

 ウィンク、人差し指がトリガーを引き、七連続の轟音が響く!

 

「ゴボォォォォ……ガァ……」

 

 七発ものホロー・ポイント弾を一息に叩き込まれ、サンダーボルトは左胸から肩口にかけて、ごっそりと肉を削ぎ落された。尋常の生物なら死んでいる重傷だったが、おぞましいまでの生命力が、サンダーボルトを生かしている。苦し紛れに振り下ろされた右腕一本のハンマーパンチをバックステップでかわし、レイヴンは再び距離をとった。シリンダーをスイングし弾倉を落とし、パンドラが吐き出したリローダーと新しい弾倉を、空中でキャッチ、リロードする。

 

『これが策か』

「そ。ゴリ押しで障壁弾けさせるよりも、スマートでしょ」

『……心臓に悪い』

「そんなもん、どこにあんのよ」

 

 ――《聖気》の刃も、【魔力】の弾丸も、完全に防ぎきるキメラが、ただ投げつけられただけの墓石を、わざわざ手で払い落した。では、《聖気》も【魔力】も籠らない弾丸ならば。ただ火薬で撃ち出されただけの鉛弾ならば、どうか。

 つまり、第三の属性――〝無属性〟なら、攻撃は通るはず。

 それが確認できた以上、時間をかけるつもりはない。一刻も早く、サンダーボルトをブッ殺し、雷電の檻を突破する。

 

「次で決めるわ。弾、五百発ぐらい用意しといて。バラでね」

『今度は何をする気か知らぬが……把握した』

 

 一つ縛りにした流麗な金髪を靡かせて、レイヴンは再度、サンダーボルトに向かって疾駆した。

 

「グゥルアァァァァ! ガアアァァァァァァァァ!」

 

 もはや理性も何もなく、サンダーボルトは無秩序に黒雷を吐き、雷光球を撃ちまくっていた。落雷の豪雨を駆け抜け、うねる黒雷の蛇を潜り抜けながら、レイヴンは二丁拳銃(オニキス&オニキス)を連射する。膝を貫き脇腹を射抜き喉仏を抉りとり、音速の銃弾が次々とサンダーボルトに突き刺さる。そして至近距離、お互いに手を伸ばせば届く距離まで接近した時には、サンダーボルトは既に身体の半分以上をボロボロの肉塊へと変じていた。しかしそれでも、キメラの禍々しき生命力は、サンダーボルトを死なせない。もはやまともな意識もないサンダーボルトは、唯一まだ動く右腕に残る電極ボルトを寄せ集め、渾身の電圧を籠めた拳を振り上げた。同時、レイヴンは両手の銃を投げ捨て、パンドラを手に取った。そして電撃の拳を受けとめるように大きく蓋を開けば、そこにびっしりと虫の卵のように、五百発ものホロー・ポイント弾が並んでいる!

 

「削れて消えな、電極頭(フランケン)!」

 

 サンダーボルトの拳が弾丸の群れに叩き込まれ、迸る電撃が、五百本の雷管を同時に起爆。五百発もの五〇口径弾が、一斉に撃ち出された。その銃声はもはや、艦砲射撃のような大轟音。一塊の弾丸の壁が、サンダーボルトの上半身を、根こそぎ削り取っていく。肉が爆ぜ骨が砕け、千切れた筋繊維と引き裂かれた内臓が、血霞とともにブチ撒けられる。朦々と立ち込める硝煙が晴れれば、そこにあるのは血を噴くサンダーボルトの下半身。

 それが今、ぱたりと。力を失い倒れ伏し……僅かな燐光を散らしながら、灰の塊となって崩れ落ちた。

 

「……ふぅ。面倒な相手だったわね」

『その点は、同意だがな』

 

 不機嫌そうに言ったパンドラから、空薬莢がジャラジャラと流れおち、地面に跳ねた。

 

『無属性で戦うなど、無謀な真似を。相手の防御は抜けるかも知れんが、こちらも光盾/障壁(シールド)を展開できんのだぞ』

「知ってるわ。でもどうせ、あたしのシールドじゃ耐えきれなかったし……痛っ」

 

 黒死銃を拾い上げた左手に、激痛。戦闘の興奮が過ぎ去って、痛みがぶり返してきたようだった。サンダーボルトの黒雷は、凄まじい電圧を以ってレイヴンの魔導障壁を貫通し、その身を焼いた。皮膚は引き攣り、筋肉は焼け固まり、痛みもあって動かしづらい。もしもう一撃でも、あの雷撃が直撃していたら……それを考えれば、回避に専念した方が合理的だった。

 この傷はかなりの深手だが、あまり気にしてもいられない。サンダーボルトを倒したことで、公共墓地を封鎖する雷電の檻も消え去ったはず……だったのだが。

 

「檻が、消えない……?」

 

 見上げたレイヴンの視界の隅に、突然、紅蓮の炎が膨れ上がった。そして背後では、冷気を孕んだ疾風が、猛烈な勢いで吹き荒れる。劫火は渦を巻き炎弾を辺り一面に撒き散らし、吹雪は荒れ狂い巨大な雹弾を無数に吐き出した。レイヴンは咄嗟に、崩れた墓守小屋の瓦礫に飛び込んで、振り注ぐ炎氷の猛威をやり過ごす。しかしその直後、炎の竜巻それ自体が墓守小屋に突撃、瓦礫を巻き上げ焼き尽くした。

 

「クソッ、何だってのよ……!」

 

 紙一重、短転移魔法(ハイドアンドシーク)で難を逃れたレイヴンは、焼け残っていた立ち木に降り立ち、突然の猛威を睨みつけた。墓地を覆う電撃の檻は、劫火と暴風に取って代わられた。灼熱の大気が肌を焦がし、雹混じりの寒風が身を切る冷たさで吹きつけてくる。

 その矛盾した猛威、巻き起こる炎風と雪風の中心点。そこにいたのは、金色の幾何学紋様を走らせる、筋骨隆々の巨体。

 

「ゥ我が名はァッ! スピットファイアァァ、で、あァァーーるッ!」

「ゥ我が名はァッ! タァイフゥゥゥゥン、で、あァァーーるッ!」

 

 一体は漆黒、【魔力】の波動を身に纏い、幾何学紋様の上に突き出た放熱板に、紅蓮の劫火を燃え滾らせている。そしてもう一体は、輝く白銀の《聖気》を漲らせ、全身の噴射口から、煌く氷粒混じりの烈風を轟々と吐き出していた。

 

「ったく、意地悪な難易度ね。セーブポイントとかないのかしら」

『気配のなさも、姿も似ている。先のキメラと同系統と見て相違ないだろう』

「そうね。攻略法も分かってるし、楽勝……」

 

 銃を構えようとした左手に、激痛が走る。焼けて引き攣った皮膚が、音を立てて罅割れた。

 

『……無理はするな』

「ふん。五分で片ァ付けてやるわ!」

 

 痛みに構わず、引き抜く。横枝の上に仁王立ち、咆哮するキメラたちを見下ろし、パンドラを肩に担ぎ提げる。口でスライドを引いて、初弾を装填した。

 

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