「……ここがお前の新しい家だよ」
「ここがマスターの家ですか?」
「いや、ここにいる紫の家なんだけど……」
永琳から銀髪の少女を引き取ってから陽達は八雲邸の前まで戻ってきた。まずこれからやる事が一つだけあり、ある意味ではその為に帰ってきたといっても過言では無いのだ。
「……名前、皆で考えてやらないとな……いや、俺が考えた方がいいのかもしれないけど……」
「流石に今回ばかりはみんなで決めましょう? ……とは言っても貴方が出した名前がいいのかどうか皆で決めるだけだから……この子、陽が言ったらどんな名前でも受け入れそうだし逆に私達が言ったらどんな名前でも陽に意見を仰ぐに決まってるもの……」
そう、名前である。銀髪の少女には名前が無かったのだ。忘れた、とかではなく永琳曰くよっぽどの事じゃない限りクローンロイドには名前が付けられないと言っていたからなのだ。
一応その時に軽く陽達が確認したら少女は自身の『製造番号』を伝えて来たのでこれを少しだけ不憫に受けてしまった陽がみんなで決める、という事にしたのだ。
「さて……色々歩きながら候補は決めてきたんだけど………実は俺にはもう一つ心配事がある」
「心配事? 彼女が陽鬼みたいに物凄く食べるかもしれない、って事かしら?」
「……まぁ、陽鬼関係と言ったら陽鬼関係なんだけど……」
そう言いながら陽は
「むー……」
「…?」
陽鬼が銀髪の少女を睨み、銀髪の少女は何故自分が睨まれているのか全く分からないという表情をしている。
そして、陽自身も何故陽鬼が銀髪の少女を睨んでいるのかさっぱり分かっていなかったのだ。
「……何か、この娘連れてきてから陽鬼の機嫌がすこぶる悪い……」
「………取られる、って思ってるんでしょうねぇ……」
「取られるって……何を? 別にこの娘は誰かのものを盗ったりする子には見えないんだけど……」
「……あなたはもうちょっと他人の気持ちに気付いてやりなさいよ……」
「……?」
紫が言った事がよく分かっていない陽。とりあえず何か取られたりしない様に注意しておかないとくらいにしか感じていなかった。
「あ、紫様おかえりなさい……って、もしかして……その子……」
「……えぇ、家で預かる事になったのよ……一応言っておくけど私が了承を出したのだからあんまり邪険に扱ったらダメよ? 陽の事を主として懐いてるけどそれ以外の誰かを邪険に扱う子でも無いから……」
「分かっています。別に今更1人や2人増えたところで食事や洗濯に差がある様にも思えませんし……それに、髪が長いから弄りがいもありそうだ……」
藍はそう言いながら銀髪の少女に近付いてその長髪を手ですくう。それを見て更に陽鬼の頬が膨らんでいる。流石にここまでになると陽も分かったらしく『まぁまぁ』と言いながら陽鬼の頭を撫でて機嫌をなるべく損ねない様にしていた。
「……そ、そうね……そ、それより藍。橙はどこに行ったの?」
「橙ですか? ちょっと前にいつもの場所まで走っていきましたよ。会えてない猫達に会いに行くって聞かなくて……」
「まぁ……治ったんだったらその位は構わないわね。ぶり返す様な微熱でも無かったんでしょう?」
「えぇ……とりあえずここで話しているより家の中に戻りましょう。その方が落ち着けるでしょうし」
「そうね、この娘も陽鬼も一旦落ち着かせないと━━━」
一旦家に上がり、そこでまた話そうとしていた紫。今は陽鬼が怒ってはいるが家に上げたら一旦は落ち着くかと思っていたのだ。少なくともこの時までは……
「それで……えっと……」
「……」
なお、それらの問題は一切解決しなかった模様だが。
陽と紫が向かい合う様な形で座り、陽の左右隣に陽鬼と銀髪の少女。陽鬼と向かい合う様にして座っているのが藍である。
「……よいしょっと、これでいいよね」
「お、おい陽鬼?」
唐突に陽の膝上に座る陽鬼。それに困惑する陽。しかしその行動に関して銀髪の少女は一切気にする事無く平然としていた。
「えーっと……まず、あなたの覚えている事を言ってもらってもいいかしら? 勿論あなた自身に関係する事だけよ。
もしかしたら心配してくれる人がいるのかもしれないし」
「……分かりました、が。覚えている事といってもそこまで必要な事ではありません。前のマスターの家事や身辺警護等ばかりです。その辺りはきちんと記憶に入っています。
名前は先程お伝えしたとおりの製造番号です。何故倒れていたのか、何故月からこの土地まで飛ばされていたのか……覚えていません」
少女の言う事に紫は少しだけ思案する。覚えている事だと恐らくはまともな情報が手に入らないのでは? という考えが少しだけ紫にはあったのだ。少なくとも……彼女が持っているほんの少しの疑問を解決するにはまだ情報が足りて無いのだ。
だから、彼女は少女が
「質問を変えるわね……『月面戦争』『第2次月面戦争』『幻想郷』この三つの単語に聞き覚えは?」
「……一つも聞き覚えがありません。幻想郷というのはこの土地の事を表しているのは知っています、先ほど聞きましたから。しかし、月面戦争という単語に全く聞き覚えがありません」
この辺りで紫は二つの可能性を視野に入れていた。
一つはこの少女が『記憶喪失』である事。今聞いた単語で聞き覚えが無く、なおかつ彼女自身が覚えていないというのであればこの可能性がかなり高い。
そしてもう一つの可能性。永琳が言っていた様に彼女のクローンロイドという出自を加えるのであれば出てくる可能性である『時超え』である。永琳が言った様にクローンロイドは千年前の月面戦争よりも前に生まれて更に月面戦争が始まる前には廃れてしまった技術である。『覚えてない』のではなく『知らない』のであればこの説は通るし何より少女が千年前の存在という事が分かる。
しかし、そうなると何故時間を超えて今のこの時代に出て来たかが分からなくなるのだ。元々の種族はクローンロイドで間違いが無い、と永琳が言っていた事を考えるとそうなるが……紫達には今の彼女の種族が判別し難いのだ。何故ならクローンロイドの肉体は短命らしいのだから。
「そう……それと、これは本当に分からなかったら分からないでいいわ。今自分がどんな存在なのか理解出来る?」
「存在……あなた達で言う種族の事ですか。
私はクローンロイド……と言いたいところですが私は既に肉体を変える時期という事はよく分かっています。そして八雲様の言う事が本当であれば私の体は明らかに変化しています……けれど私には今の自分がどうなっているのか全く理解出来ません」
「そう……」
紫は得られた情報を頭の中で整理していたがいまいち真実が見えてこなかった。もう少し情報があるのなら彼女自身の頭の中で色々な推測を建てられたが、今少女が喋った情報ではせいぜい彼女が『記憶喪失』か『時超え』なのかが判別出来ないのだ。
「なら……話し合いはまた今度にして……今はあなたの新しい名前を決めましょ? 名前が製造番号だなんて悲しいから」
「……分かりました」
「それじゃあ……名前発表会、と洒落込むか━━━」
そして数十分が経過した。その間紫や藍が名前を考えるが残った少女以外のメンバーがNOを示していた。
そして、今先程陽が出した名前。
「『
「私もありかと思われます……ですがやっぱり『
「いえ、流石に雲母はないわよ雲母は」
「紫様の『
「はいはい、名前に関しての争いはまた今度にしてくれ。
さて……今日からおまえの名前は月魅、でいいか?」
陽が優しく少女に尋ねると少女は無言で首を縦に振って了承のサインを出す。それを見た陽は頭を撫でて彼女の名前を改めて『月魅』と命名した。その間、陽鬼はかなりつまらなそうな表情をしていたが、陽は気付く素振りさえも無かった。
「月魅……私の、名前……」
「ふーん、まぁいいんじゃない? 本人が納得してたら私は別にどんな名前でも良かったけど」
そして未だ機嫌を悪くしてる陽鬼に陽は少しだけ困惑しており、紫と藍は気付く事すら無い陽に苦笑いをしていた。
「そ、れ、よ、り! ご飯!!」
「あ、本当だな。そろそろ作らないと……ありがと、忘れるところだった」
そして陽鬼が頬を膨らませて飯を要求すると冷静に時間を確認してから今の時間が飯時の時間であることに気付いて陽鬼の頭を撫でながら軽く微笑んで感謝を示す陽。
「え、あ、う、うん……」
突然頭を撫でられた陽鬼は不意打ちをくらってしまって何だか恥ずかしくなって顔を真っ赤にしていた。そして陽は陽鬼が何故不機嫌だったのかをそのタイミングで勘違いしてしまい、『ずっと腹が減っていた』という一言で理解してしまった。しかし陽の内心の事だけにそれに気付くものは誰ひとりとしていなかった。
「じゃあ何か作るか……」
「私は好き嫌いなど全く無いですので私の好物を作ろうとしなくても結構です」
「ん、分かった」
陽は何か作ろうとして一度立ち上がるが、月魅の好物を聞こうとする前に月魅自身がそういうのを作らなくてもいいと拒否したのでそれも念頭に入れる陽。
「なら……私は肉じゃがが食べたいわね」
「お疲れの様ですしあまり味の濃いものは……」
「私が食べたいのだからいいのよ……陽、頼めるかしら?」
「分かった、肉じゃがだな」
そして陽鬼や月魅の代わりに紫が食べたいモノを提案してくる。特に目立って作ろうとしているものはなかったから紫の提案通りに肉じゃがを作る事にした。
「……美味しかったです」
「そっか、気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
飯を食べ終えてゆっくりしている一同。食後にお茶を飲んでいる時にふと、陽鬼が口を開く。
「……陽、今日は一緒に寝よ」
「あぁいいぞ……ん? ごめん今のもう一回言ってくれ」
「……一緒に、寝よって……ごめんやっぱり今の無し!!」
顔を真っ赤にしている陽鬼、しかし陽は軽はずみに返事したものの実は本当によく聞き取れていなかったので聞き返す。
しかし、更にそれが陽鬼の顔を真っ赤にさせていたのだが陽は何故陽鬼が顔を真っ赤にしているのか理解していなかった。
「それではマスター、私と一緒に寝ましょう」
「えっ」
そして月魅から放たれる爆弾。恐らくは自分の言っていた事が聞こえていたのだろうと思った陽鬼だったが陽はそこまで深刻な考えは持っておらず軽く返事を返す。
「ん? あぁ、一緒に寝るくらいならいいぞ。……にしても意外と月魅も甘えん坊なんだな……」
「いえ、誰かに襲われる可能性もあるので警護をしないといけませんから」
「……あ、あぁそういう事」
「……じゃあ私も一緒に寝る! こいつだけだと心配だよ!!」
大声を張り上げる陽鬼。陽は何故陽鬼が大声を上げたのかは分からなかったが彼としては別にやましい心も無いので一緒に寝るくらいどうって事が無いと思っていた。
「そ、そうか。別に俺としては問題無いし別にいいんだけど……」
そう言いながら陽はチラッとだけ紫の方を見る。紫は軽く溜息を吐いて渋々と言った表情を顔に出していた。
「まぁ……別にやましい気持ちがないならいいわ。けれど決して何があっても彼女達に手を出してはダメよ? 無いと思うけれど……ね」
「いや流石に年はともかく見た目が10歳程度の子供に手を出す趣味は無いよ……」
「そう……よね、そうよね……」
「「?」」
紫と陽のこの会話は陽鬼と月魅には理解出来ていなかったらしくキョトンとした顔をしていたが二人はこの会話の意味はなるべく聞かない様にしておいた方がいいとなんとなく感じ取っていた。
「あ、そうだ……月魅の今の状態を知るならなるべく調べやすい場所……紅魔館の図書館に行ってきたらいいと思うわ。あそこなら本が沢山あるし調べ物にはうってつけのはずよ。それにまた来てほしいって向こうから言われてるのだったらその行為に甘えて行くとしましょう」
「い、今からか? まだ昼頃だけど流石に今日は少し疲れたぞ……それに調べるにはちょっと時間が足りない気もするが……何時間掛かるか分かったもんじゃ無いし」
「流石に今日は行かせないわよ、私も疲れてるのよ。妖怪の私が疲れててあなたが疲れてない訳無いんだから……それに、あなたが言う様に時間が足りないかもしれないし行くのは明日よ」
「まぁ、それならいいんだが……」
こうして翌日、紅魔館に行く事が決まった。しかしこの後、陽は寝る時になってから地獄を見る事になるのだがそれはまた別の話。
銀髪の少女は月魅という名前になりました。
彼女の種族は一応は不明ということです。