「それじゃあ一件目はここよ」
人里に買い物に来ていた陽鬼と月魅。2人は買い物をしている最中に鈴仙・優曇華院・イナバと出会いそこで彼女が薬売りをしていることを知った。
薬売りの仕事に少しだけ月魅が興味を持っている事に気付いた鈴仙はその場で二人に薬売りの手伝いをしないかと誘う。急がなくても良かったし今日の晩御飯などに使う食材を買ってた訳では無いため時間に余裕のあった2人は……と言うよりも月魅は快く引き受けた。
離れる訳にもいかない陽鬼も仕方無く月魅達に付いて行く事となった。
しかし、鈴仙が二人を誘った理由は仕事を円滑に進める為であり子供っぽい陽鬼と大人ぶってる大人しそうな感じの月魅ならば薬売りの主な顧客である老人達に受けがいいと考えた為であった。
そんな事も露知らず、2人はそのまま鈴仙に連れられて初めての薬売りを体験する直前であって。
「お邪魔しまーす、いらっしゃいますか〜?」
「おぉおぉ、鈴仙ちゃんいらっしゃい……おやおや、その子達は? 随分可愛らしい子達ね〜」
鍵の開いている扉を開けて鈴仙が元気よく声を出す。すると奥から人当たりの良さそうな老婆が出てくる。
「よ、陽鬼……です」
「月魅です、今日は鈴仙さんの薬売りの手伝いをする事になりました。よろしくお願いします」
「はいよろしくね〜、ふふ……そっちの赤い子は緊張しているのかしら? 随分と可愛らしい角が生えているのね〜」
人里にいる妖怪ならば怖くないのか老婆は陽鬼の頭を優しく撫でる。陽鬼はそれが気持ちいいのか撫でられて至福の表情を浮かべていた。
「それじゃあ奥に上がって頂戴ね〜……今お菓子出してあげるからね〜」
「お菓子!?」
「あなたは少しがっつき過ぎですよ……」
お菓子という単語に反応した陽鬼はいの一番に老婆の後ろをついていき、それに続く様に月魅、鈴仙も後から歩いていく。
そして、奥に着いてから老婆と鈴仙が向かい合う様に座り、それを眺める形で月魅と陽鬼が2人の横に座っていた。
「さて━━━」
そして、ここから鈴仙の問診が始まった。体の調子を聞いて老婆が答えられる範囲での答えを全て聞き終えた後にその状態に見合う薬を提供する形で次々と薬を選んでは出してそれが違うと分かったらしまうの繰り返しをする。
そして、その老婆に一番適切な薬が分かったところで今度はその薬の値段交渉に入る。
量が多いのならそれ相応に値段も高くなる……が、老婆の体は至って健康そのものなのである程度の健康支援薬を渡しておけばそれで済み、値段も老婆が問題無く払える値段で交渉が終わった。
「━━━それじゃあ私達は帰りますね。お体を大事にしてください。きちんと薬の間隔は空けて飲んでくださいね? そこまでの強い薬では無いですが時間を開けずに飲んだら体が過剰摂取と判断する事もありますから」
「えぇ、分かっているわ鈴仙ちゃん。またお願いするわね?
陽鬼ちゃんや月魅ちゃんも色々話せて良かったわ、また遊びに来てちょうだいね?」
「うん! また遊びに行くよ!!」
「迷惑でなければ……また越させてもらいます」
老婆は自身の家の前まで見送ると陽鬼達が見えなくなるまで手を振ったのだ。陽鬼達もそれに応えてずっと手を振っていたのだった。
そして次も、そのまた次も……ただひたすら老人の家に行っては陽鬼達は可愛がられ行っては可愛がられの繰り返し。
そしてそのまま5件の家を訪問して1時間ほど経過してから━━━
「あー、今日の薬売りは終わり! 手伝ってくれてありがとうね〜」
「……つ、疲れたよ。まさか可愛がられるだけでここまで疲れるなんて思わなかった……」
「同感です……孫みたいなものと認識されているのだからああいう反応は知っていましたが……予想していても疲れました……あまり強く言えないのもあって緊張して、余計に……」
団子屋でグッタリとしている陽鬼と月魅。その反面とても嬉しそうにしている鈴仙。とても気分がいいのか二人を連れて団子を奢っているのだ。
「疲れた時には甘いものが一番よ〜ほらほら、お食べなさいお食べなさい。好きなだけ食べても構わないからね〜」
そして可愛がられていない鈴仙が一番元気な訳だが『ただ話をして薬を渡しているだけじゃないか』と大声で叫びたかった陽鬼だが実際それが仕事なので何も言い返せずにいた。
だからこそ、ならば言う通りにしてやろうと思った陽鬼は3色団子を一つ手に取って一気に三つを頬張る。そして完全に無くなったら今度は店員に追加注文をして持ってきてもらったものをまた頬張っていく、その繰り返しをしていく。
「ちょ、ちょっと……?」
「鈴仙、陽鬼相手に『好きなだけ食べていい』と言ったのは失策でしたね。陽鬼は八雲家の食事量の半分を占めているんですよ。それがいつもの事です」
「え、ちょっと待ってあの人数で食事量の半分……!? わー! 待ったストップストップ!!」
「『一度走り出したら急には止まれない』とはよく言ったものですね、確かにその通りだったみたいです」
陽鬼は鈴仙の静止なんて全く気にもせずにひたすら団子を頬張っていく。次第に10皿,20皿と枚数が加速度的に増えていく。
「お願いぃ! 待ってぇ!! これ以上食べられると私の必死に貯めてたお小遣いがスッカラカンになっちゃうう!!」
これ以上は不味いと察した鈴仙は席を立って羽交い締めにする様な感じで陽鬼を抑える、だが━━━
「ねぇ鈴仙? 頼んで出されたものは食べないと失礼だよねぇ……?」
「な、何が言いたいのよ」
「私もうこれに10皿追加注文しちゃってるんだよね〜ほら、私って馬鹿だから『言われた事は本当にそれを行っちゃう』んだよね〜だから……私は好きなだけ食べてるんだけど? まぁでも鈴仙が駄目って言うならもう追加注文しないよ」
もう注文はしない、その言葉に一旦は安心する鈴仙。そして、自分の頭も冷静になってから考えて少し気になったので自分の財布に入ってある貯金額を確認する。
「……丁度、空?」
目が点になっているというのはこういう事だろうかとお茶を飲みながら思っていた月魅。先程まで自分の仕事が上手くいっていたのに自分の予想しえないところで金がスッカラカンになってしまった者の顔を見ながら団子を頬張った。
「さーて、それじゃあ団子食べよーっと」
「そうですね。出されたものは全部食べないと失礼ですものね」
その言葉に鈴仙は反応はしなかった。というよりも自分の財布の中身が0になった事が確定してしまったため呆然としているだけなのだろう。ついて行きたいと言ったのは自分達だが現実は可愛がられて仕事が長引くのを恐れた鈴仙が自分達を体のいい物として扱っただけの報いを味わわねばなるまいと思った月魅は鈴仙を既に視界に入れていなかった。
「団子! 美味しかったよ! それじゃあまたね鈴仙!」
「うん……またね……」
トボトボと歩いていく鈴仙。自業自得にも程があるのだが流石に団子の皿を積み重ねるほど食べた陽鬼もそこそこ本気を出したというところだろう。よくこれで太らないものだ、と少しだけ羨ましいとも月魅は思っていた。
「さて……買い物は終わらせてあるし後は帰るだけだね」
「そうですね、他は特にやることがありませんし…おや? あれは前にいっていた寺子屋の教師じゃないですか? 青い服ですし」
「へ? ……あ、ホントだ。慧音何してんだろあんなところで……おーい! 慧音ー」
陽鬼が大声を出して手を振ると少し離れたところにいた慧音が陽鬼達を見付けて近付いてくる。
「お前達か、今日はどうしたんだ?」
「人里までお買い物……だったんだけどさっきまで鈴仙の薬売りの手伝いしてた。慧音こそ何1人で黄昏ながらぼーっと空を眺めてたの?」
「……いや、人に物を教えるって難しいものだと思ってな」
そう言いながらまた空を眺める慧音。何の事かよく分かってない陽鬼はともかくとして何の事か予想出来た月魅は慧音に確認をとる形で確かめる。
「生徒かその親にでも教え方が悪いと言われたんですか?」
「生徒の方だ……後それと守谷の巫女にも分かりづらいって言われたんだ……」
「あぁそう言えば彼女外の世界出身だったもんね……って明らかに年齢違うのに分かりづらいって言われたの? それって教師としてどうなの?」
陽鬼の直球な物言いが心に刺さったのか近くの物に腰掛けながら慧音は俯き始めてしまう。
「……元々私は歴史専門なんだよ……計算はともかくとして文学は全然問題無いんだ……計算も、無いはずなんだ……」
「他に教師雇えば? 自分の出来る範囲なら問題ないんじゃない? 歴史は得意なんでしょ? 外の世界の出身なら早苗でも雇って他の授業をやらせればいいんじゃない?」
そう言った途端更に慧音の顔が曇り、俯き方が酷くなる。あ、これ何か言っちゃいけないこと言っちゃったかなと陽鬼は思ったが何が悪かったのかよく分かってないので適当に謝る訳にもいかず結局何も言えないままポツポツと慧音が話し始める。
「……分かり易いって、言われたんだ」
「……へ?」
「その守谷の巫女に試しに教師やらせてみたんだ……自分がやってみる、って言ってたし今まで私しか授業をしてこなかったから……試しに彼女のやりたい様にやらせた日があったんだ。
そしたら……生徒が皆彼女の方が分かり易いって言ってたんだ……文学も、計算も……歴史も……」
それを聴いて陽鬼と月魅はかなり気まずくなった。自分の全てを否定された様な気分になったのだろうと流石の陽鬼も理解するほどに気まずい空気が流れていた。
「……一度、どうやったら分かり易くなるのかその守谷の巫女に教えてもらえば良いのでは?」
「……いや、もう教えて貰っているんだが……なかなか上手くいかないんだ」
「……何だったのですか? 教えて貰って上手くいかないという事は……喋る速度や喋り方という事ですか?」
慧音はそのままの体制で一度黙った。話そうとしないのかそれとも話そうとして悩んでいるのかが表情で判断出来ないのでゆっくり待つ事にした。
「……その、私自身も無意識なのだが歴史と絡め過ぎてしまうらしい」
「……どういう事? 月魅どういう事か分かる?」
「……多分、気付いたら全部の授業が歴史になるくらいには知らない間に歴史と絡めてしまっているんでしょう」
あぁなるほど、と手を叩いて納得する陽鬼。それに反応する気も起きないのか慧音は黙ったままである。
「……あれ? でも歴史ならそんなに問題無いんじゃあ……」
「重要な単語が出る度にその歴史を語ってしまっているんでしょう……慧音は余計な説明をし過ぎて授業が全く進まない類の教師の様です。
確かにこれは中々直せるものでも無いですね……」
「なるほど、納得」
「……余分な事を喋ってるからどこが大事か分からないそうだ。確かに一度の授業(60分)で結構な回数話がずれる事はあるけど……」
「……因みに大体どのくらいとか言われた?」
陽鬼がそう聞くと慧音は黙ったまま右手を広げたまま二人に見せる。
「5回かぁ……まぁでもそのくらいならそこまで多くない様な━━━」
「50らしい」
「……いや普通に多くない? もしかしたら生徒が鯖読んで回数ものすごく増やしてるのかもしれないけど……」
「……じゃあ、試してみましょう。一度の授業でそこまで話がずれるという事は恐らく生徒の方も注意してるからこその回数なのでしょう」
月魅がそう言うと陽鬼は月魅の方を見て顔を俯かせていた慧音も顔を上げる。
「試す……って何を?」
「私達も……慧音の授業を受けるという事です」
こうして1時間限りの寺子屋の授業が幕を開けた。因みに本日の授業は無い日らしいので慧音としても問題無いのである。
1時間後
「いやぁ、まさか本当に開始1分くらいで別の話に行くとは思わなかった」
「平安時代……というのをやっていたはずなのに江戸時代というのや、石器時代というものに移り変わるのはむしろ神業の代物ですね。一応言っておきますが褒めてはいませんよ」
「本当にどうすればいいんだ……はぁ……」
「……誰か雇えばいいんじゃないですか? 歴史の方に関してはやり方を変えてみるというのも手かもしれません」
月魅のその言葉に再度慧音は反応する。藁をも掴む思いである時の表情というのはこういう表情なのかと月魅は妙に納得してから話し始める。
「計算に関しては魔女であるアリスなどが適切の様にも思えます。魔法を使うには計算が必要と聞いた事がありますし。文学は……当てが無い様なら守谷の巫女などに頼めばいいと思います」
「それで……やり方を変える、というのは?」
「もういっその事一つの授業で重要人物の歴史を語り尽くしてしまえば何ら問題は無いでしょう。一つの時代より一人の人物を軸に置いた方が慧音の喋り方にもあっています」
鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしている慧音。気に入らなかったのかと少し不安になった月魅だったが慧音が『その方法がいい』と言わんばかりの表情をした為、すぐに杞憂だと分かった。
「なるほど! 助かったよ! 今度からその方法を試してみようと思う! じゃあな!!」
「は、はい……」
今すぐにでも実行せんとばかりに走って帰っていく慧音。それに少し驚いた月魅はたじろいだがすぐに溜息を吐いて陽鬼の方を向く。
「帰りましょうか、陽鬼」
「そうだね、今度こそ帰れる様にしないと……ってまた誰かに会いそうだなぁ……」
まだまだ太陽が明るい幻想郷の人里。その中を銀と赤は闊歩していた。
後半普通に慧音と月魅が会話していましたけど一応初対面なんですよねこの二人。