「……え、今日だったかしら?」
「そうですよ紫様、今日は結界の様子を見に行かないといけない日なんですよ? ……まぁ、私もタイミングが悪いなとは思っていますが……」
陽達が永遠亭に入院してから数日後、陽と月魅が二人揃って退院出来るという事で迎えに行こうとしていた紫。しかし、運悪く定期的に結界の様子を見に行く日と被ってしまっていた事を忘れていて迎えに行こうとしていた今言われたのだった。
「ええっと……じゃあ私が様子を見てくるから藍はあの2人にお粥か何かを……」
「駄目ですよ、八意永琳に言われたんでしょ? 心身が弱ってるから保護者である貴方が行かないといけないって。昨日言ってたじゃないですか……自分でもじゃあどうしろと、とは思いますが」
そう言えばそうだった、と紫は思い出した。入院してる間に何度か見舞いに行っている時、永琳には1番大事に思われている自分が行くべきだと。
「……じゃあ、逆にしてしまいましょうか」
「逆?」
「貴方が結界の様子を見に行って私があの子達を迎えに行く……どう? 何ら問題は無いでしょう?」
紫がそう言うと藍は軽く溜息を吐いた。それに対して紫は少しムッとしたが、式神とはいえ長い間自分を見てきた者なのだから何か思うところがあるのかもしれない。
だから紫はそのまま落ち着いた声音で話し始める。
「その溜息の理由を教えてもらいたいわね、藍。私が看護も出来ない様なお馬鹿な主だと思ってるのかしら?」
「いいえそんな事は……けれど紫様、お粥作れるんですか?」
藍のその言葉に紫は固まった。八雲藍は料理がかなり上手である。それは紫がそういう風な式神として藍を作ったからでは無く、藍が自分で料理やその技術を覚えたからである。
だったら反対に紫はどうか? 何百年藍に料理をさせてきたか既に分からない上に最後に自分が料理をしたのはいつだったか……そもそも自分は料理をした事があったのか……そんな事を彼女は頭の中でぐるぐる考えが回っていた。
「……わ、私だってお粥くらい作れるわよ。陽が料理作る度にメモ残してるからどこかにお粥のメモくらい……」
「確かに残してるかも知れませんがご飯をどうやって炊くか、なんて書いてませんよ。料理をいつもしている者にとってはご飯を炊く事は当たり前の事ですし」
「う、うぅ……私にはその当たり前が出来ないって言うのかしら?」
恐らく藍は覚えているのだ、八雲紫が料理を出来ないという事を。しかし自分が覚えてない以上何故かつまらぬ意地を張ってしまいたくなってつい言い返してしまうのだ。
「いえ、別にそんな事は言ってませんが……」
「なら私にも出来るわよ! ご飯を炊く事くらい簡単だわ!!」
「本当ですね? ならいいですけど……あんまり無茶しないでくださいよ? お粥といっても味を付けないといけませんから梅干しか卵を入れる事をオススメしておきますね……それじゃあ私が先に結界の方へ赴きます」
そう言った藍に無言でスキマを開いて結界の方に送る紫。その後で顔を手で覆いながら『やってしまった』と後悔していた。
藍が可能な事が自分に可能だとは限らない。おそらく料理が出来ない事を藍は知っていたのになぜ自分はつまらない意地を張ってしまったんだと酷く後悔していた。
「……けどやってしまった事はしょうがないし後は自分でやるしか無いわね……
とりあえず二人を迎えに行ってから作るとしましょう……陽鬼が料理出来たらいいんだけどそもそもあの子料理出来ないって自分で公言してたし……あぁ、あの素直さが今の私には羨ましいわ……」
そう言って先程とは別のスキマを開いて紫は永遠亭へと向かった。流石に二人の前で辛気臭い顔は出来ないので無理矢理にでもニコニコしながら、だが。
そして二人を迎えに行き、何とか八雲邸まで連れて戻ってきてから。
「……まず釜戸に火を点けて……あぁ、その前にご飯を洗わないといけないのよね。確か白いのが無くなるまで丁寧に洗わないといけないのよね……あれ? でもこれ白いの流したらお米まで流れて行く気がするんだけど……でもザルに入れたらダメなのよね……藍はどうやって水を流していたのかしら」
八雲紫は料理が出来ない。元来、妖怪というのは食事は必要とするが料理を必要としないものなのである。そして八雲紫もまた、料理はしていない類の妖怪だった。しかし、長い間料理を藍が作ってくれていたので自分が料理をしていたかどうかというのをすっかり忘れてしまっていた。
「あ、手でお米が流れない様にすれば問題無いわね。それでこの水で洗う作業を何回も繰り返して水が透明になるまで繰り返せばいいと。なんだ、意外と簡単じゃない」
そして紫は自身の言った通りに米を水で洗う行程を繰り返していく。知識だけはあるのでこうやってするのは簡単である。しかし、知識だけではどうにもならない事はある訳で。
「洗えたのはいいけれど……火が点かないわね……こういう時外の世界の炊飯器が欲しくなるけど……生憎ここには電気が通ってないのよね……河童に自前で発電してくれる炊飯器でも作ってもらおうかしら……」
そう言いながらも紫は息を吹き込んでなんとかかんとか火を点ける事に成功する。しかし、またしても問題が発生した。
「……陽のメモはどこかしら。流石にお粥の作り方なんて知らないわ。お米の磨ぎ方くらいなら覚えてたけど……」
紫はそこら辺を探しまわる。箪笥の中や色んなところを探し回る。しかし見付からないので仕方無く直感でする事にした。
「えーっと……あぁやってお米が若干溶けた様な見た目になっているんだから絶対に水は多めに入れないとダメよね……となると卵や梅干しを入れないとダメだけど……二つ一緒に入れたら味は絶対に悪くなりそうよね……じゃあ卵粥にしようかしら……多分一煮立ちさせる間に卵を入れてかき混ぜれば白身と黄身がいい具合に分かれるだろうし……」
そう言いながら紫は鍋の中に洗った米(1合)にその倍の量の水を注ぎ込んでいく。普通の量じゃあ駄目だと分かっているのでとりあえず鍋に入れれるだけの水を入れたのだ。
「それから卵卵……二つあるわね……一つじゃ足りなそうだし二つとも使ってしまいましょうか」
そう言って別の器に卵二つを入れてある程度掻き混ぜてから鍋の中に入れる。そして、そのままかき混ぜ始める。
「本当に驚くくらい簡単に出来るわね〜……あ、お米だけじゃあ栄養も足りないし野菜……比較的柔らかいのを入れましょうか」
そう言いながら紫は具材を入れながらかき混ぜていく。煮立つ前に全体的に卵を馴染ませようとしているのだ。しかし、既に工程としては間違っている事に気付いていない。
「あ、あら……?」
ある程度沸騰したところで鍋敷きの上に鍋を置いたのはよかったが、紫は自身の作った料理を改めて見直していた。
「卵粥と言うより何だかとても卵雑炊に見えるわ……け、けど間違って無いわよね……? だってかき混ぜないと卵が全体的になじまないし……き、きっと私の勘違いよ……凄く卵雑炊に見えるけれどこれでも立派な……あ、味付けないといけないわね。
流石に卵とお米だけじゃ少し味気無いかもしれないし……塩はどこに置いてあったしら……あったあった……あれ、赤色の蓋、青色の蓋、黄色の蓋があるわね……どれが塩かしら? 多分もう一つは砂糖だけど……三つ目は何かしら……」
悩む紫、普段台所に立たない彼女に取って蓋の色で調味料が分けられているなんて思いもよらなかったのだ。恐らく藍は料理が出来ると言った自分が嘘を吐いている事を確信していてどれが何の瓶かを教えてくれなかったのだろうと確信していた。
「……そう言えば外の世界じゃあ青色の蓋の塩が売られてたわね。確か赤色は塩ではなかったけど……万能調味料とか言われてたのは覚えてるわ。という事は……黄色いのが砂糖で青いのが……ってよくよく考えたら舐めれば早い話よね」
そう言いながら紫は鍋の上……では無く、ちゃんと零さない様に少し離してそれぞれ舐めとっていく。
「……黄色が塩だなんて思いもよら無かったわ。藍は外の世界の事をよく知らないんだし外の世界の基準で考えたら駄目ね。
それじゃあ塩を……どのくらい入れたらいいのかしら? 少し味をつけるだけなんだし……けど1振りや2振りじゃあ絶対に足りないわよね……5振りくらい振ってみようかしら、うん、それ位がいいわね」
そう思って瓶を5回ほど鍋の上で振って塩を入れていく。内蓋に小さな穴が空いている物なので問題無く中身が投入されていく。
そしてまたかき混ぜていく。
「ふふふ……これで問題無いわね。さて、後はドロドロになるまで待てばいいわね」
そしてある程度かき混ぜた後、鍋の蓋を閉めて火の様子を見ながら鍋が沸騰したらすぐさま火を消すつもりで紫は火と鍋を見守るのであった━━━
そして数分後
「出来たわよ〜」
既に席についていた二人とそれを見守っていた陽鬼の前に鍋が置かれる。てっきり藍が作り置きしているのかと2人は思っていたが紫が料理を作れるとは知らなかったと素直に感心していた。
「はい、私特性の卵粥よ〜ゆっくり火傷せずに食べてね?」
そう言いながら鍋つかみを使って紫は鍋の蓋を取る。もわっと蓋を取った瞬間に湯気が立ち上り鍋の中身が見えてこないがすぐさま立ち上る湯気が消えたかと思うと紫特性の『卵雑炊』が姿を現した。
「……これが卵粥ですか。美味しそうです」
「そう、だな…………」
「美味しそうだねぇ〜」
月魅と陽鬼は卵粥がどういうものかよく分かっていなかった。月魅は元・月の出身者だが月には命を奪う、という事を出来なかったので卵を使う事は無かった。
陽鬼はそもそも体調を崩す事が無いのでお粥を食べる事が無かった。だから二人は結果的に卵粥というものがどういうものかいまいち分かっていなかった為に卵雑炊を卵粥と勘違いしてしまっているのだ。
「……」
別に問題があるという訳では無い……が、陽はこれは卵雑炊だという事を伝えるべきかどうか悩んでいた。
二人は勘違いしているしそもそも注意したところで新しいのを作らせる訳にもいかない。黙っていた方が水を差さないで済むのかもしれない、というところを考えると彼女達に真実を伝える事をやめておいた方がいいという結論に陽は達した。
自分も何か腹に入れないとまずいのでいただきます、と食事の挨拶をしてから皆で卵粥を食べ始める。少し塩辛かったが、しかし美味しいし暖かい事には変わりないのでそのまま陽は食べ続けた。
「ふぅ……」
あの後、2人で食べていても余った分は陽鬼がかきこんでいったので何も問題は無かったが少し食べて体の体温が上がっていたので夜風に当たって陽は涼んでいた。
「陽……ちょっといいかしら?」
「……ん?」
涼んでいると紫が横から陽に話しかけてくる。既に夜になっていたのもあるが部屋の明かりと月明かりが紫の金髪を輝かせる。綺麗な艶だな、と見惚れていた陽だったがぼーっとしかけてたのを軽く頭を振って紫に再度向き直る。
「あれ、卵粥のつもりだったけどどこか間違っていたかしら? 何だか食べている間ずっと様子がおかしかったけれど?」
うっ、と陽は言葉に詰まった。なるべく気にせず食べているつもりだったが紫はどうやら気付いていたのだろう。
「……いや、別に不味かったとかじゃなくてさ……卵粥じゃなくて卵雑炊になってるって事だよ。それだけの些細な事さ」
「ふふ、それじゃあ今度教えてくれないかしら? 卵粥の作り方、っていうのをね」
「……う、うん……」
紫の珍しい自分に向けられた微笑み。いつも頼っている彼女に頼られているという今の事態で陽は驚きでついしどろもどろな返事を返してしまうが、少しの嬉しさが後から彼に湧き上がってきてたのはまた別の話。
「ただいま戻りましたー……紫様、ご飯はちゃんと作れましたかー?」
「藍? 流石の私も雑炊くらいなら作れるわよ? 点検が遅かった事と私を馬鹿にしていた事の罰として今日の夕飯は抜きにさせてもらうわね」
「え!? ゆ、紫様お許しを!!」
夕飯は既に陽鬼の腹の中に全て収まっているからたとえ罰を与えられなかったとしても今日の晩飯は藍は抜きだっただろうと陽が密かに思っていた事は秘密である。
「……とりあえず、具材さえ入れなかったらそれだけで卵粥になるからそれだけ教えればいいか……」
目の前で藍が紫に平謝りしているが、そんな平和な事を言い合える事が本当に楽しそうな彼女の表情を見ているとからかっているのが理解出来た。とりあえず藍用にうどんでも作ろうと考えた陽は夜空に浮かぶ星を見ながら何を入れるか考えていたのであった。
本来雑炊だと鍋の残り物でそれにご飯などを入れた後に一煮立ちさせたものなのですが今回はお粥に材料を加えたものを雑炊だと言わせてもらいました。