「……あんた達、一体何を主にしたの……これが、この殺気の大きさが人間とは思えないわよ」
未だ、幽香は陽の異常で異様な殺気に当てられていた。今の陽は幽香が今まで敵対してきたどの人間よりも大きく、突き刺さりそうなほど鋭く、どんな黒よりも黒いといわんばかりの純粋な殺気に満ちていた。
「っ……! よ、陽! ちょっとは落ち着いて! 余計な事言われて怒ったのはわかるけどもう勝敗はついたんだし負けを認めたのに殺す必要は━━━」
「陽鬼! くっ……!」
それは、一瞬の出来事だった。体力の回復してきていた陽鬼が陽を止めようと説得し始めた瞬間に、陽の視線が陽鬼に向きすぐさまナイフを振り下ろしたのだ。
それにいち早く気づいた月魅がギリギリのところでナイフの攻撃を止めた。
「……自分の従者にまで問答無用……本当に八雲紫は……何を拾ったのよ……」
まるで自分の視界に入った者、聴覚を阻害する者、そして触れた者をすべて殺さんとする勢いだ。
幽香は地面に座りながら腕の回復を待っていた。殺すこと自体に一切躊躇のないのはさっきと変わらない、だけど決定的な何かが変わっている。
「……何かが変わったと明確に分かるのは、明らかに殺気の量が尋常じゃない事。量どころか質も違う。
挑発されただけではあぁはならない……ならなんで……何が原因でああなったの……?」
「マスター! 目を覚ましてください! 私です! 月魅です!!」
「陽! 私達が分からないの!? ねぇ!!」
ナイフで問答無用に攻撃してくる陽に月魅と陽鬼の二人は何も出来ずにいた。
どうにかならないものか、と二人は頭を回すが疲労のせいでいまいちうまく頭が回らなかった。
「……しまっ!」
そして、つい陽の事に考えが集中してしまっていたせいでナイフを一度防げずにそのまま、陽のナイフが月魅の顔を誘うとしたその瞬間━━━
「━━━まったく、自分の従者にまで手にかけようとするとは……少し期待していたのだけれど…………見損なったぞ……なぁ? 咲夜」
助けが来た。紅い瞳に青みがかった髪、そして全体的に赤い服を身にまとった少女……レミリア・スカーレットが日傘を持ってそこに居た。
「えぇ、そうですわね……しかも、ちゃんとした理由があって葬るならまだしも……意識すらも曖昧な状態、月風陽……今の貴方はただの殺人鬼ですわ」
咲夜は一瞬で現れたかと思えば、殺されかけていた月魅と陽鬼をいつの間にか背負っていた。恐らく時を止めて2人を助けたのだろうと、その場を見ていた幽香は考えていた。
そしてレミリアはいつもと口調が違っていた。額に青筋を浮かべていつもの高貴そうな口調が周囲を圧倒する様な口調になっていた。
日傘を持っているのはまだ今の時間帯が日傘を持っていなければダメな時間帯という事だろう。
「本来ならば私が始末するところだが……咲夜、任せていいな?」
「勿論ですわお嬢様……お嬢様の命令とあれば全てを壊す覚悟くらい出来てますわ」
その瞬間咲夜の姿がその場から消えて一瞬で陽の周りにナイフが現れる。
時を止め、ナイフを配置……十六夜咲夜の得意とする戦術。
そしてナイフが勢い良く飛んでいくが、陽は軽くそれらを全て弾いていく。
「ま、待って! お願いだから陽を殺さないで! おかしくなっちゃってるだけなんだ!!」
「ほう……お前達を殺そうとしたのだぞ? それでも殺さないでくれ、というのか? そうするとお前達もあの男と同類……という扱いにするが?」
前にあった時には見た事も無いレミリアの冷たい視線。陽鬼は一瞬だけそれに臆してしまうが、籠手に包まれた拳を握ってレミリアと視線を交わす。
「それでもいい、私達には陽が必要なんだ。陽も私達が必要なんだ。今は……ちょっと疲れてるだけなんだ。それにさっきまで戦っていたから……きっと、すぐにいつもの陽に戻って……」
「……咲夜!!」
レミリアは陽鬼の顔から視線をそらして咲夜の方に向いて一喝する。咲夜はそれで何をしろと言われているのか理解したらしく、レミリアの方を一瞥した後にすぐに姿を消す。そして気付いた時には陽の目の前にはナイフが迫っており、咲夜はレミリアの日傘を代わりにもってレミリアの傍に待機していた。
「っ……!」
「『共依存』という言葉を知っているか? お互いがお互いに依存し過ぎている状態を言うんだ。お前達の信頼関係は信頼関係などというものでは無い。ただの共依存だ。
従者と主というのなら……せめてもっとまともな主を探す事だな」
陽が倒れる音が聞こえた。陽鬼と月魅は陽が死んだのでは? と考えていた。この2人にとってそれは一番考えたくない事だが、直前の光景が頭に、目に焼き付く様にはっきり覚えていた。
陽に咲夜のナイフが迫っていた姿、あれで死んでない訳が無い。刺さる瞬間に二人共目を逸らしてしまったのだが、刺さっていない訳が無い。
しかし━━━
「……なんだと? なぜ起き上がれる……?」
陽は起き上がった。その顔にはナイフが刺さった様子は無かった。レミリアもナイフを投げた本人である咲夜本人もこれには驚いていたが、よく見れば陽の後ろにあった木にナイフが刺さっていた。
つまり、陽は倒れた事には倒れたがどうやらナイフをあの状態から避ける事に成功していたという事になる。
「……人間の反応速度じゃないわね。霊夢でもないのにこうだとちょっと自信無くすわね……」
「……おい、二人共。
レミリアは少し冷や汗を掻きながら陽鬼と月魅に尋ねた。当たり前だ、時を止めて目の前に配置したナイフを倒れたとはいえいとも簡単に避けるというのはレミリアですらなかなか出来ない技だ。その技で避ける事が出来た、というには単純な反応速度の速さだけでは片付かない問題なのだ。
「陽は……人間だよ。霊夢や魔理沙、咲夜とは違って弾幕も使えないし空も飛べない……能力を持ってる人間の中では一番人間っぽいと思ってる」
「だが、実際奴は目の前に突然現れたナイフを避けた。奴の能力を使ってもどう足掻いても間に合わない。限界を無くす程度の能力……だったか? そんな能力を使ったとしても間に合わない事は分かっている。使っている間に刺さるだろうからな」
レミリアは陽に向かって歩を進めていく。陽も迫ってくるレミリアに気が付いて一瞬力を貯めたかと思った次の瞬間には飛び込んでいた。
「まったく……まさか咲夜のナイフを避けるとは思わなかったな……まあしかし……これで終わりだ」
飛んで迫ってくる陽に向かってレミリアは拳を構える。そして、その構えた拳を陽の顔面へとクリーンヒットさせる。直撃した陽は吹っ飛んでナイフが刺さっている木へと向かっていく。そして、刺さっているナイフの柄に頭が打ちつけそして、それっきり動かなくなった。
「……まったく、ここまで手を煩わせてくれるとは……最近の人間もおかしくなってきたものだな。そこらの妖怪よりよっぽど妖怪らしいじゃないか」
「お嬢様、流石にあそこまでイカレた人間は滅多にいませんわ」
「……それもそうね」
殴り飛ばしたレミリアは陽の元に走っていく陽鬼達を一瞥した後にそのまま真逆の方向へと歩いていく。
途中幽香に目線を向けたが特に彼女の方もレミリア達に興味が無かったのか全く見向きもしていなかったのを確認するとそのまま帰っていった。
「陽!? 陽ってば!?」
「……脈はあります、大丈夫……生きています」
「……ほっ……よかったぁ……」
脈が確認出来ると陽鬼はホッとして倒れてしまう。かなり疲労が溜まっていた事を今更ながら思い出した陽鬼だったが倒れてしまってからでは遅かった。完全に動けなくなってしまったのだ。
「……月魅、私と陽をおぶれる?」
「私の体でそんなこと可能だと思っているのですか?」
「……だよね。無理しなきゃ良かったかなぁ……」
その様子を幽香はまじまじと見つめていたが、正直幽香からしても彼らをおぶる気力も体力も無いしもっと言えばそんな事をする義理も無いし興味も無かった。
「……動ける子が八雲紫を呼びに行けばいいじゃない。それじゃあ駄目なのかしら?」
「……正直私にもそこまでの体力はありません。飛んだとしても途中でブッ倒れるのが目に見えています」
満身創痍だった。敵も、味方も。何もかもある意味では危機的状況だった、誰もこの場に彼ら3人をおぶれる程の力を持っていて、なおかつそれでスキマのところまで連れてってくれる人物が欲しいと陽鬼達は切実に思っていたのだった。
「……はぁ、どこなの? 八雲邸へ繋がるスキマは」
ある意味ではその願いは叶った。いつの間にかその場に咲夜がいたのだ。陽鬼達は驚いていたが咲夜はそんな2人を無視している。
そして、質問されている事に気付いた陽鬼が慌てて答え始める。
「え、ええっと……む、向こうの森の中心辺りだけど━━━」
「はい、付いたわ」
「……流石、時を止められるだけはありますね」
気付いた時には陽鬼達はスキマの前まで運ばれていた。月魅は咲夜の能力の事を思い出して、改めて恐ろしい能力だという事を理解した。
「……けどなんで? 別にレミリア達には私達を助けるメリットなんて無いんじゃないの?」
「それが実はあるのよ。まぁはっきり言って貴方達の主は今気絶しているからどうしようもないけれど……貴方達には八雲紫に『レミリア・スカーレットが助けてくれた』という事実だけを伝えて欲しいのよ」
陽鬼はどういう事か理解していないが月魅は意図を察せた様で少しだけ渋い顔をしていた。
「……要するに恩を売りたい訳ですね。貸しを作っておけば後々都合がいいから……」
「ま、そういう事ね。偶に八雲紫と家……というか基本的に八雲紫は他の勢力とよく交渉してるわよ? そうじゃなかったらウチも……というか色んなところが成り立たなくなるもの。一応助けられてる事には変わりないけど、交渉というものは貸しを作っておけば後々楽になるのよ」
月魅が陽鬼の為に分かりやすい様に説明してそれでようやく陽鬼も理解した様で納得した様な表情を取っていた。
そして話はここまで、と言わんばかりに咲夜が話を変える。
「それで? 結局スキマに投げ込んだ方がいい? それともスキマに入って一緒に戻してあげた方がいいかしら?」
「いえ、マスターは私が何とかおぶって行きます」
「あれ? ねぇ月魅、陽はそれでいいとしても私はどうするの? 一応動けないんだけど」
「帰った後に体力が持たなかったら藍にでも任せます、もし伝える前に倒れてしまえば終わりですが」
「なるほど、つまりどっちにしても私はおいてけぼり確定か」
陽鬼と月魅のやり取りを見て溜息を吐きながら咲夜は陽鬼を抱き上げる。陽鬼はその咲夜のその行動に目を丸くした。
「な、何で? 別にここまでしなくても……」
「ただ単純に貴方達に言わせるより八雲紫か式神の狐の方にでも姿を見せた方がいいと思ったからよ。そのついでに貴方達を抱き上げていったりすれば更に恩を売れるじゃない、だからよ」
そう言いながら咲夜は陽鬼を抱き上げながらスキマに入っていく。月魅は慌てて陽をなんとかおぶさりながら続いてスキマの中に入っていく。
「━━━助かったわ、十六夜咲夜」
「感謝の言葉を言うのならば、私より私に動く事を命令したお嬢様よ。そして言葉だけで終わらせるくらいなら、言葉はいらないから行動で示してほしいわ。
『今度の交渉の時は楽しみにしている』とお嬢様は仰っていたわ。という訳で私は帰らせてもらうわ。あ、さっき使った入口からでいいわ」
そして、3人を紫に預けた事を確認してから咲夜は入ってきたスキマから帰っていく。
スキマから帰った事を確認すると紫が未だ気絶している陽の頭を撫でて少しホッとした顔になっていた。
「……さっき聞いた話をまとめると、貴方達は緑色の髪をした植物を操る女性に襲われたのよね?」
「はい……何で襲われるのかは分からないままでしたが……」
「……襲われる原因は間接的には藍のせいよ、あの子例の白土って男に襲われたところにその女性……風見幽香の向日葵畑に逃げ込んだのよ。
そしたら白土がその向日葵畑を爆撃していった……それで何らかの方法で藍だと分かったのでしょうね。
だからこそ陽を狙った……藍の不始末を他の者に償わせる為に。挨拶させていったのがまずかったのかしら……恐らく霊夢とか魔理沙とかその辺りから聞いたんでしょうね」
紫の言葉に月魅は顔を伏せる。完全に八つ当たりも甚だしいところだが彼女にもちゃんと理由があったのだから上手く言葉が出なかった。
「……とりあえず、陽が目覚めるまで待ちましょう?」
「……はい」
月魅は空を仰ぎ見ながら返事を絞り出した。空は、いつの間にか綺麗な夕焼けになっていた。
因みに咲夜は、陽を運んでから陽鬼を運び、最後に月魅を運ぶといった往復を繰り返していました。