「……まず、変な男……八蛇という自称八岐大蛇の男に襲われた。その男に襲われて……けれど、陽化も月化も通じなくて無我夢中で二重憑依をした。
それで勝てたのはいいけれど元に戻らなくなって……帰ってきた、と。」
「……うん、大体その通り。憑依が解けないせいで体の調子が時間が経つ事に悪くなってきてるから……早く治さないと、とは思ってるんだけど……どうすればいいのか分かんないし、永遠亭は多分そんなの専門外だろうし……って思って紫なら何か分かるんじゃないかな……って」
八雲邸にて。陽は憑依が解けないまま一旦八雲邸へと帰還していた。帰ってきた瞬間にこそ溢れんばかりの殺意を当てられたものだが、紫はすぐに陽だと気付いた。
藍は悪霊に取り憑かれたものだとばかり思っていたらしいが。
「……難しいわね。単なる悪霊憑きなら私の力でも剥がせない事は無いかもしれないけれど……今貴方達の魂は複雑に混ざりあってるのよ。
餅みたいなものだと考えたらいいわ、あなたの魂という箸に陽鬼と月魅という別々の餅が絡み合っちゃってるのよ。
無理矢理引き剥がそうとすればこびり付いている部分があなたの魂に張り付いちゃって陽鬼達に何が起こるか分かったものじゃ無いわ」
魂の一部が抉り取られる。陽には想像出来ない事ではあるが何と無くどうなるかは察しがついていた。
魂が切り離されるのでは無く、魂がバラバラになる。その違いが分からない程陽は考えられない訳では無かった。
「けど、そうなるとどうやったら元の姿に戻れるんだ? いつもの要領じゃ憑依は解けない……いつも以上に気を抜いても意味が無い……それが分かっているからこうやって相談しているんだ」
「落ち着きなさい。私だって何も手がないと言っている訳じゃ無いわ……いい? とりあえず試してみたい事があるからまずはその方法を試してみましょう?」
試してみたい事? と陽は首を傾げた。もしかして憑依が解ける可能性もあるというのだろうか、と少し期待していた。
「……まず、その二重憑依のスペルカードを作りましょう。陽化や月化の様にスペルカードを依り代、代行詠唱、霊媒としてその二重憑依のを作るべきだと思うわ」
「スペルカード……この姿になる為の、二重憑依を行う為のスペルカードって事か?」
「えぇ……本来スペルカードはその技を弾幕ごっことして変化させる為のものなのよ。
だから例えて言うなら……そうね、魔理沙のマスタースパークや霊夢の夢想封印なんかはスペルカードが無くても行える技だし、弾幕ごっこで使わない時はとても威力の大きい技でもあるわ」
その二つとも陽は見た事が無いが、まぁ要するに本来スペルカードは技ありきで作られるというものだとよく理解した。
という訳で、陽は紫と共にスペルカードを作る事となったのであった。
「……考えてみたら俺ってまともなスペルカードを作った事無いんだよな。陽化も月化も、どっちも知らない間に出来ていたものだし……」
「そうよ、だから今此処で覚えておいても損は無いって事よ……憑依をしていない貴方だけのスペルカードを作る時が来るとしたら覚えておいても損は無いと思うわ」
いざ作るとなれど特殊過ぎる陽のスペルカードは恐らく一筋縄ではいかないと紫は考えていた。
そもそも何故スペルカードが勝手に出来るのか、何故いつの間に出来ているのか。それが誰にも分からないのが問題だった。
「……で、どうすればいいんだ?」
「まず、どういうものかを考えてこの紙にその考えを上書きするの。そしたら自然と出来上がっているもの……なんだけど……普通そういうのは技とかで使われるべきなのよね。武器とかなら考えやすいからいいのだろうけど……」
紫はうんうんと唸っていた。本来、スペルカードは技を起こしたり武器を呼び出したりするものであり、現象を収めるものでは無いのだ。
スペルカードによって雷や地震などの現象が起こるのは、それが現象では無く技だからである。
「………イメージ、か」
しかし、陽にはイメージが既にあった。夢の中で見た月と太陽が混ざり合うあの夢、あれこそが今の陽の姿の象徴とも言えるだろうと確信していた。
何故自分が月と太陽を一つにする手段を持っているのかは未だに判明こそしていないが、使えるのであれば使うしいずれ判明させればいい事だと考えていた。
「……結構、すぐに出来たのね……何かそういうイメージがしやすいものでも見てきたのかしら?」
「……夢で、太陽と月が一緒になるところを見たんだ……それが……多分この状態を生んだんじゃないかなって……思ってる」
今でも陽の頭で鮮明に思い出せている。陰も陽も、光も闇も、天も地も全てがグチャグチャになっていくあの感覚。
視覚も、聴覚も、触感も全てが矛盾していくかの様な感覚が陽は今でも思い出せていた。
「夢……ねぇ……何かの啓示や暗示みたいなものだろうけれど、陽は外で生まれたれっきとした人間……陽のその力に関しては血筋や土地柄が関係無いとすれば……魂、前世かしら」
「前世?」
急に出てきた前世という単語。その意味自体は陽も理解している。俺の生まれた世界、生まれ持った種族、この幻想郷において……陽が陽鬼や月魅と一つになったりするのは流石におかしな話であるという事はどれだけ陽の出自を調べ尽くしても分からない事ではあった。
自分が他の人間と違うところといえば、せいぜい全ての事、無論自分にも一切興味を持ってない事ぐらいであった。
だがそんな事は自分の能力とは全く関係無い。血筋、土地柄でも無いとするならば、残っているのはたった一つ……魂である。
「えぇ、本来ならば魂というのは天国に行こうが地獄に行こうが輪廻転生してまた別の命へと転換されるもの……つまり、前世と後世では全く関係無い別の魂になるの。
けれど、一つだけ例外がある……それは、前世で魂に何らかの術を施しているものだけが稀に現世に何かを残す事が可能になるのよ。
例を挙げるなら……この前教えた、
そういう例も幻想郷で見られるから……可能性は捨て切れないわね」
「……じゃあ、向かう場所は白玉楼なのか? 魂といえばあそこだろうけど……」
陽がそう言うと紫が微笑んで訂正する。
「いいえ、向かう場所は白玉楼じゃないわ。魂が天国に行くべきか地獄に行くべきかを判断する場所……彼岸よ」
「んー……? こりゃまた珍しいお客さんもいたもんだね。その上その珍しいお客さんが珍しいものを引き連れていらっしゃると来た。
ここまで珍しいものを見るのは滅多に無いだろうねえ……」
「死神女の体が上下に分かれる様はもっと珍しいけれど……見てみたいかしら?」
「おっと、遠慮するよ。あたい達は魂を運ぶのが仕事のただの暇人さね。だからバラバラ死体になる気も見る気も端から無いって事さ。
それで? 死人でも無いお二人さん……賢者八雲紫と世にも奇妙な鬼と妖精の混血……なのかい?
魂がぐっちゃぐちゃになってて何だかとても気持ち悪い存在に見えるんだけど? なんだい? 人工的に混血種を作ろうとして失敗でもしたかい?」
彼岸、正確には今はそこの手前の三途の川の目の前まで来ていた。
川を生きて渡る為には紫のスキマの能力で行くのは駄目らしく、仕方無くスキマを使って川の一歩手前まで来ていた。
そこには赤毛で着崩した服を着用している鎌持ちの女性が大きな岩を背もたれにして寝転んでいた。
「……小野塚小町、私はそういう話はしに来てないわ。船を出してもらえるかしら? 貴方の能力でならすぐに私達を向こうまで連れて行く事が可能でしょう?
距離を操る程度の能力……例え私達がどれだけ長い距離を渡る事になろうとも、ね」
「はいはい、分かったから……もうそんなにキレないでおくれよ。けれど、あたいがあんた達に手を貸したって事は言うのは構わないが責任を擦り付けるのだけは止めておくれよ?」
「無論、そのつもりよ。そもそも貴方に責任を擦り付ける程私は弱くは無いわ。
貴方もそれが分かっているでしょう?」
「えぇ、えぇ、分かっているとも。だから少しだけ待っておくれよ。あたいの舟を出してくるからさ、出してくるまで時間が掛かるからねぇ」
そう言って小町は歩き出した。歩いているはずなのに妙に速い。歩幅と歩く距離が全く合っていない感じを陽は味わい、そしてこれが小町の能力なのだと理解した。
「……いつ見ても見てると変な気分になるわね。まるで彼女の歩いてる地面だけ動いてるみたいに見えるもの」
そう言われて陽はベルトコンベアーを思い出していた。本当にそんな感じなので陽は内心納得していた。
「ほら、持ってきたよ」
ガリガリと音を出しながら小町は船を引き摺ってきた。それを見た陽は船が三途の川の河原の石などで削れるのでは無いかと思ったが、こんな事をしているという事はそもそもの船が頑丈なのだろうと自分で結論に達していた。
「船を川に置いてから運べば良かったんじゃないかしら?」
「あー駄目駄目、そんな事したら他の舟渡の邪魔になっちゃうからね。邪魔したらあたいが四季様に怒られちまうよ。
怒られるくらいなら船を引きずってでも陸上から持っていくよ」
「……そう言うならサボるのをやめなさいよ」
「あたいはノルマを達成してるからそれに関しては何と言われようと止めるつもりは無いね。何でわざわざ終わっている事をやらなくちゃあいけないんだい」
行くなら早くしないか? とか陽は思ったが、今回は自分のせいでここまで来ているのだから文句を言えないでジッとしているしか無かった。と言うか、陽はいまいち口を挟めないでいた。
「それじゃ、そこの坊ちゃんがとても行きたそうな顔をしているからさっさと向こうまで運ぶよ」
そう言って小町は船を川辺に下ろす。それを見た陽と紫は無言で船に乗る。それを見てから、小町は船頭に乗って船を漕ぎ始める。
そして、船を漕ぎ始めてからふと陽は回りに霧が立ち込めてきた事に気付いた。
前が、隣に乗っているはずの紫すらも見えないくらい濃い霧が立ち込める。
「……なぁ、お前がそんなに良くしてもらえると思ってんのか?」
そして、正面から聞こえる声。聞き覚えがあるものだが……陽にとってはそれは絶対に聞こえてはいけない声であった。
霧の中から声の主は姿を現す。自分の真正面に同じ様に鎮座して座っていた。
「……俺?」
「そう、俺はお前でお前は俺だ。言葉遊びなんかじゃ無く……正しく、月風陽そのものなんだよ」
突然現れた自分を自分と名乗る男。しかし、その声や仕草……認識している癖まで全て自分と全く同じであり、陽は困惑していた。
「お前……何で外の世界で家族がほとんど一緒に過ごして無かったか分かるか? お前が気持ち悪いからだよ……嫌っているからこそお前は家族に見捨てられたんだよ」
「……見捨て、られた……」
陽と瓜二つの男……いや、最早もう一人の月風陽と言って差し支えない程全てが同じ男は喋る。
「そうさ。お前の家族はきっとお前の能力を見て気持ち悪がったんだ。だからある程度育ってから段々と放置していく様になった」
「け、けど……紫達はそんな事……」
「しないって言えるか? そもそもお前の今の姿見てみろよ……本来は人間であるはずなのに鬼と精霊と一つになれるという異質な力を持っている。
そんな男が気持ち悪がられないとでも思ったか? んな訳無いだろう……いずれ八雲紫達からも忌み嫌われる……お前は誰からも好かれず、全ての人間から嫌われ、呪われ、恐怖される存在なのさ。
そうだろ?
「━━━陽? どうしたの?」
「っ……え? ご、ごめん……何か言った?」
「いえ……何だかぼーっとしてたから……」
気付けば周りに霧など無く、隣にはちゃんと紫がいて船頭には小町が乗っていた。今までのは白昼夢なのだろうかと、思い出すと少し体が震えていた。
「お前さん、何か思ってることがあるんじゃないのかい? ここの川は心に何か思うところがあるやつを逃さない、あんたは川に自分との話し合いを求めさせているのさ。
さぁ、だべっている間に時間も距離も進んでいく……着いたよ。ここが閻魔……四季映姫・ヤマザナドゥ様がいる裁判所だよ。
本来ならば死人と死神しか入れない場所だが、あんた達は特別さ。さ、入った入った」
陽の目の前には大きな建物があった。これからそこにいる閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥに会いに行く。紫がその人物にどうさせようかというのは分からない。
だが、元に戻る為には藁にも縋る思いだった。だからこそ、手段を選べない、という事で陽達はその建物に入っていったのだった。