「……」
陽は閻魔と出会っていた。
裁判所の中に入り、小町が客室で待っていてほしいといったのでそこまで案内される中で偶然にも会ったのだ。
しかし、陽は目の前の少女が閻魔だとは気付いていなかった。自分よりも頭一つ分低い身長、その上陽は閻魔が男だろうが女だろうが関係無く歳を食っているものだと予想していたから余計に気付いていなかった。
だから━━━
「あ、四季様裁判終わったんですね」
「……えっ、閻魔なのこの子」
「初対面の相手に随分失礼な方ですね。なんなら今ここで裁いてあげましょうか?」
━━━四季映姫・ヤマザナドゥの第一印象を悪くする様な事を、彼は言ってしまったのだった。
「あははは! だよねぇ! やっぱり四季様もうちょっと身長とか伸ばした方がいいんじゃないですか? まだ若いんですから成長期も終わってないでしょうし」
「……小町、明日のノルマは0:00から翌日……つまり明後日の0:00まで働く事に変更しておきましょう」
「あ、ちょ……四季様すいませんでした!」
調子に乗っていた事に気付き、即座に土下座に回る小町。人間本気で焦ってる時の土下座は恐ろしく素早いんだな、と陽は他人事の様に考えていた。
「それで? 賢者八雲紫がよく分からない……気持ち悪いものを持ってきて私にどうしろというのですか?」
自分も被害に遭う事は全く考えてなかったので、映姫の言葉は陽に刺さっていた。
流石にこれは陽の自業自得だと紫は溜息を吐いて陽の頭を軽く撫でてから一歩前に出る。
「申し訳無かったわ閻魔様。更にもう一つ申し訳無いのだけれど……頼み事があるのだけれど聞いてくれないかしら」
「おや、八雲紫の能力ですら出来ない事もあるのですね。
恐らく彼関連でしょうね……頼み事はそうですね……『そこの彼の魂を元に戻してほしい』といったところですか?」
陽は息を飲んだ。まだ何も言ってないのに紫の、自分達のして欲しい事を看破する。やはり閻魔だから魂が覗けるのか、それとも心を読む術でもあるのかと陽は色々考えていた。
「えぇ、その通りよ。やっぱり……彼の魂が凄い事になっているのが分かるのかしら?」
「分かるも何も……目の前で三つの魂が混ざっているのでは無く、複雑に絡み合ってるのなんて見た事が無いですからとんでもない、って事くらいなら分かりますよ」
やはり悪い状況だったのかと陽は改めて再確認していた。今でこそ少しの体調不良があるとはいえ、それだけだったので少し楽観視していたのだ。
「……一体、何をどうしたらこうなるのですか? 例え悪霊に憑かれていたとしてもこうなりませんよ。あれは元々の魂を押し退けようとするものですから」
「……となると、下手な悪霊に取り憑かれた時より酷いという状況なのね……ねえ、貴方の方から彼をなんとかできないかしら? 元々彼は人間……今彼の魂に絡まっているのは彼の式神みたいなものなのよ。
彼や私にとっても大切な存在……何とか出来ないかしら?」
紫がそう頼むと映姫は顎に手を当ててじっと考え始める。恐らく可能ではあるが、難しい……と考えている表情に陽には見えていた。
「……可能……そう、可能ではあります。しかしこれは……その事情を考慮すると物凄く慎重かつ、長時間の作業になりそうですね……ただ悪霊が絡まってるだけなら彼の魂だけを傷付けない様にすればいいだけですから」
「……長時間って、どのくらい?」
陽が恐る恐る聞き出す。慎重になればその分時間も増えるのは彼にも分かる。しかし、わざわざ『長時間』と言っているからには、かなりの時間を要するという事になるかもしれないからだ。
「……ざっと3日間……ぶっ続けでやった場合で理論上それが最短時間ですね」
「……3日間、ぶっ続け……」
陽も紫も……絶句していた。何せ3日間ぶっ続けでやり続けてようやくの最短時間と言っているのだから。
しかもそれはあくまで『理論上での最短時間』なのだからどう考えても倍以上の時間は掛かるのだろう。逆にいえば、陽の容態は二人が思っている以上に酷い状況という事になる。
紫は陽以上には深刻に考えてはいたものの、流石にそこまでの時間を労するとは思ってもみなかったのだ。
「しかも、途中放棄が出来ないですから……理論上可能ではあっても現実的には不可能という事になりますね。
さすがの私も仕事を放棄する訳にはいきませんから」
「……他に、治せそうな人物はいないかしら?」
「……そう言えば西行寺幽々子にはもう相談したのですか? 私より彼女の方が治せそうな気がしますが」
そう言って紫は苦笑する。どうやら彼女では無理な様だと言いたい様で、映姫は何となくそれを察して考え出す。
しかし、どれだけ考えてもいい案が思い付かなかった。他にもレミリアに任せる、魔法使い組に任せる等と色々な案が出されたが、全て誰かの拒否が入った。
「……やはり西行寺幽々子に任せた方がいいのではないでしょうか?」
「……そう、ね……少し心配だけど彼女に任せてみようかしら……」
という事になり、紫達は白玉楼に行く事になった。
そうと決まればここに既に用がないので、帰ろうとして立ち上がって部屋を出た矢先、陽だけが映姫に止められた。
「……貴方は、地獄に送られない様に気を付けて下さいね。
こんなところに送られるのは大体『何者かを殺した』という人物だけが送られてきますから。
例え……何があっても『誰かが傷ついて周りが見えなくなる程怒っても』絶対に……人を殺してはいけない」
「へ? は、はぁ……?」
少し陽は困惑していたが映姫はそんな陽を放っておいて着ている服のポケットから鏡を取り出す。
「これは浄瑠璃の鏡といわれるものです。これは本来罪人の罪を暴くもの……これの前ではいかなる嘘も通じません。
だからこそ……罪なんて作っちゃいけませんよ」
そう言うと映姫はそのまま紫の進んだ方向とは真逆に廊下を進んでいく。一体なんだったのか、と陽は困惑していたがとりあえず映姫の忠告だけは頭の中に叩き込む様に覚えておいた。
「さて……すぐに来た訳だけれど」
「えぇ、事情は閻魔様が教えてくれたわ〜。彼を治したいのよね〜」
彼岸からすぐさま紫のスキマを使って白玉楼まで飛んできた。
しかし、やはり一度三途の川を渡って裁判所のある側とは反対側に行かないといけない様だ。
その間に映姫は幽々子に連絡を取っていた様だ。それなら話が早い、と紫は飛び出す様に幽々子に迫った。
「そ、それじゃあ早く治してくれないかしら?」
「わ、分かってるわよ〜……けど、今からやる事に絶対に口出ししちゃ駄目よ?」
真面目な顔付きになって紫に確認をとる幽々子。一瞬紫は躊躇ったが、陽を治す為だと深く頷いた。
「それじゃあ……彼には死んでもらうわね♪」
「え━━━」
その言葉の真意を聞き出す前に陽は意識をブラックアウトさせてその場に倒れ込んだ。
一瞬の出来事だった為に紫すらも少しの間呆気に取られていた…………が。
「ゆ、幽々子!? あなた何をしたのか分かってるの!?」
「落ちつきなさい紫、これが一番手っ取り早いのよ。それに……ほら、見てみなさい、彼の体を」
「へ……?」
幽々子の胸倉を掴んでいた紫だったが、幽々子に言われて陽の体を見る。すると、陽の体から赤い炎と青白い光が吹き出して、陽の体を挟む様にしてその二つが左右でそれぞれ人の形を成していく。
「……あ、あれ……? ここは……白玉楼? なんで私達こんなところにいるの?」
「……最後に記憶があるのは、例の蛇男との戦いの時ですね……私達は死んでしまった……訳では無さそうですね。紫、これは一体どういう状況ですか?」
━━━陽鬼と月魅の二人だった。どうやら陽が死んだ事で強制的に憑依が解けてしまった様だ。
しかし、元々の目的が叶ったとはいえそれの為に陽を殺す事は無いのでは無いのか? と思った紫だったが、その直後に━━━
「う、うぅん……? 何か今また三途の川に行っていた様な……?」
「っ! 陽! 生きてる? 体になんとも無い!? この指何本に見える!? 私の事分かる!?」
陽が起き上がった。それを確認した瞬間に紫は陽に抱き付きマシンガントークの如き早い口調で陽に質問攻めにしていた。
その様子を一部始終見ていた妖夢は幽々子に視線を向けて質問していた。
「……幽々子様、貴方の能力で彼を一度殺した事は理解しました。ですが、それ以降がよく分かりません……なぜ彼は死んでから元の姿に戻ったんですか?」
「簡単な事よ〜
生きている内に絡まり合い貼り付き合っている魂をきちんと元の姿に分けたいのなら
「……しかし、こんな事をすると閻魔様からの小言がうるさいのでは?」
妖夢の質問に対して依然として表情を変えずに幽々子は微笑んで答える。
「一度死んでも復活する事なんて沢山あるわよ〜今回も
「……はぁ、一応彼に今から雑炊を作ってきますね。一時的にとはいえ死んだ事は変わりありませんし消化にいいもので暖かいものを食べさせないといけませんから」
「えぇ、頼むわね〜」
自信の主の奔放さに呆れながらも妖夢はそのまま台所に向かう。それを見送った幽々子は再び紫達に視線を向ける。
そこでは未だに紫が陽の心配をしている場面が展開されていた。その光景を見て幽々子はこう思った。『仲睦まじいわね』と。
「ゆ、幽々子……その……」
「お礼は要らないわ〜そもそもその子一回私が殺してるんだから寧ろこっちが申し訳無いくらいなのよ〜」
「え、俺一回幽々子に殺されてんの?」
そしてようやく真実を陽は知った様だ。しかし、幽々子を感謝こそすれ恨む様な真似をしようとは陽は思わなかった。
生きている間に無理なら死んでからすればいいという合理的な考えを彼は理解していたからだ。
勿論それを本当に実践するとは思わなかったし、恐らくこんな事が出来るのは西行寺幽々子ただ一人だろうと思っているが。
「そうなのよ〜今妖夢がお粥作っているから食べていってちょうだい〜」
「お粥!? 食べる食べる!! 私何でか知らないけど物凄くお腹減った!!」
「貴方は白玉楼の財政も白玉の如く真っ白に染めるつもりですか……いえ、私も何故かとても腹が減っているので出来れば頂きたいです……」
幽々子は微笑んだまま了承する。相変わらず真意が分からない、と陽は思っていた。さとりでもない限り絶対に分かる事は無いだろう、とも。
しかし今は助けてくれた事には感謝していた。ここまでされて感謝の一つもしないほど非常識な人間じゃないと思いながら陽は幽々子に軽く頭を下げる。
既に陽鬼と月魅は屋敷に上がっており、お粥が来るのを今か今かと待ち焦がれていた。
「……そう言えば、俺も……腹、減っ━━━」
不意に、陽の視界が真っ暗に染まる。そして、暗くなった直後に意識も何かに持っていかれる様にブラックアウトした。
「……よ、陽!?」
「落ち着きなさい、紫……今の死亡と蘇生がすぐに来たせいで彼の魂に負荷が掛かっていたのよ、そしてそれが今になって体にも影響を与えた。
そもそも彼憑依が解ける前から結構顔色悪かったじゃない。多分妖力や霊力を消耗し過ぎたのよ。
今は寝ているだけだから寝かせて上げなさい……せめてお布団くらいは貸して上げるから、それを使って彼を寝かせてきなさい」
「え、えぇ」
『寝ているだけ』というのを信じて紫は屋敷の奥まで移動する。そして陽を敷いた布団の上に寝かせて上から掛け布団を掛ける。
そしてしばらくしてから紫は立ち上がって陽鬼達のいる部屋に向かった。
「陽の様子はどうだったー?」
「えぇ……ぐっすりおやすみになってるわ。よほど疲労が溜まっていたのね……当たり前だろうけど……あれだけ長い時間、それも二重憑依を行ったのだから」
「今は休ませて上げましょう〜お粥は妖夢がどうせいっぱい作ってくれるし〜」
そういうと台所からいい匂いがしてくる。陽鬼は目を輝かせながら今か今かとソワソワと待っていた。
「……さて、彼が目覚めるまで……というか、もう夜遅いのだからせっかくだし泊まっていけば〜? どうせ彼が目覚めるまで待たないといけないだろうし〜」
「うーん……そうね、お言葉に甘えるとするわ。陽鬼達もようやく解放されて多分疲れているだろうし……ね」
「なら決まりね」
今夜は泊まる、となれば連絡がいると紫は藍に連絡を飛ばす。勿論スキマで、である。
陽が目覚めるまで……恐らくは朝まで起きないというのは予測しきっているので紫としては全く問題無かった。
そして、白玉楼での夜は更けていったのだった。
陽の死亡回数:1
まぁ複数回死ねる人間なんて普通いませんけどね。