「にゃにゃ! にゃ!」
「……」
今陽がいる場所はマヨヒガ、陽の二つ目の能力『創造する程度の能力』の特訓の為に紫がここで遊んでくれと言い渡されたのでいつもここにいる八雲藍の式神、
名目としては特訓となっているが、実際のところ白土に襲われた時に精神的ダメージがあっただろうということでここで癒されに来たというのが本来の目的だ。
だから陽が今行っていることは、猫じゃらしを作って橙と遊んでいるのだ。
「……本当に猫なんだな……」
「猫っ! のっ! 式神っ! ですからっ!」
取られそうになったら動かし、また取られそうになったら動かすという行動の繰り返しをしている内に陽も何だか微妙に楽しくなってきた様で動かし方も段々と複雑になっていく。
「あ、今笑いました」
「ん? そんなにおかしい事か?」
「貴方全然笑ってくれないんですもん。私とこうやって遊んでる時もずっと無表情でしたし」
陽は始めて知った。自分がずっと笑っていなかった事では無く、橙と遊んでる時に今笑った事を初めて知ったのだ。
紫にも言われては無かったがもしかしてずっと笑って無かったのだろうか。自分では分からずに笑ってる時が少しくらいあってもいいものなのにその少しすらも無かったのだろうか。
猫じゃらしを振りながら陽は考えていたが不意に近くの茂みで音が鳴る。橙も陽もその音が鳴った場所に目を向ける。
「……橙、臭いとかで向こうに隠れているやつの種族とか分からないもんなのか?」
「にゃー……橙も鼻は利く方ですけどそこまで便利じゃないですよー……」
まぁ当たり前か、と思いつつ鉄パイプを創造の能力で作り出して手に持つ。なるべく動きやすい様に片手持ちにして段々と近付いていく。
「ぅ……」
と、陽が確認するよりも先に茂みの中から恐らく音の正体が現れる……と同時に目の前で倒れる。陽と橙は駆け寄って倒れた人物を確認する。
赤い髪に小さい体。恐らくはまだ子供の妖怪なのだろう。そして目立つのは両のこめかみから後ろ向きに伸びたように若干斜め上の角度になっている角である。紫は陽に色んな妖怪の知識を教えているが陽はその中の『鬼』という種族を思い出した。
鬼の子供、しかも女の子が何故ここにいるのかは分からないが陽はとりあえず一旦橙と遊ぶのを切り上げる。
「ごめん橙、俺はこの子を一旦連れて帰るから遊ぶのはまた今度な?」
「いいですよ、私も流石に倒れてる子を無視して遊んでください、なんて言いませんから早く紫様のところに連れて行ってあげてください」
ありがとう、と軽く一声伝えて陽は走り出す。走りながら陽は彼女の状態を確認する。見た感じはかなりボロボロではあるがあくまで服装がボロボロなだけであり、体にパッと見大きな怪我はないように見える。
しかしこうやって衰弱してる以上恐らくは何か大変な事がこの子に降り掛かったんじゃないか、と陽はある程度予想しながら八雲邸に急いだ。
「良かったわね、私が見た限りあの子は無事よ。しばらくしたら目を覚ますわ」
「ほっ…………」
数時間後、陽に例の子を渡された紫は幻想郷内で唯一であるといわれる医者の所へ運んでくれた。
紫がそこに行く時は陽も珍しく付いて行きたいと言うのでその唯一である医者の所……永遠亭に向かったのだ。
「えっと……」
「
ところで……貴方、紫の新しい式神かしら? 九尾に猫又がいるというのになんで人間を式神にしたのかよく分からないけど……」
「彼は私の式神でもなければ餌でもないわよ。私が気に入って彼も住みたいという双方の同意をもって一緒に暮らしてるのよ」
陽が永琳と会話している時に後ろから紫が話しかけてくる。その顔はどこか不機嫌そうな顔にも見える。
「あら、どうしたのかしらそんな不機嫌そうな顔をして……お気に入りの彼があんな小さな子供に取られる事に嫉妬しているのかしら?」
「……そんなんじゃないわよ、ただ他の所に行く度に餌や役に立たなさそうな式神なんて言われ続けていると腹が立ってくるものよ。一々説明しなきゃいけないし……彼自身から言ったところで『お前が知らないからだ』『式神じゃないとすると餌か』みたいに言われるのは目に見えているもの」
「それは確かに言えてるわね」
2人が話している間に陽は病室の中を覗く。横たわった少女……角自体はかなり短かく仰向けに寝るには支障はきたしてない様でほんの少し安堵した。目の前で死ぬのを見るのはかなり精神に応える、彼は二人が話している間ずっと少女の事を見ていた。
「それにしても……貴方ここに来てからかなり変わったわね」
不意に紫が彼に声を掛ける。何の事かさっぱり分かってない陽は少しだけ思案する……が、結局何の事だか分かっていない。
理解していないと気付いた紫は少し微笑みながら陽に問いかけだす。
「ここに来る前までの貴方だったらよく知らない他人の為に必死になれるかしら? 無事だったと聞いてほっとするかしら?」
この問でようやく陽は気付いた。そう言われてみれば以前の自分だったら彼女を助けたりしただろうか? わざわざ残って無事かどうかの確認までしただろうか?
いいや、きっとしなかっただろう。そもそも名前も素性も敵か味方かでさえも分からない人物なんて彼は見て見ぬ振りをしていただろう。橙が目の前にいたから? 他人の目を気にするほど繊細ではないと彼自身が一番知っている。
(……何で助けたんだろう、俺ってこんな誰かを助けるほど余裕持ってるやつだっけ……)
少年は悩む。何故人助けなのに苦悩している自分がいるのか、何故頭より先に手足が先にこの子を助けようとしたのか。
「それでね……あの子が起き上がり次第確認したい事があるのよ。勿論貴方にも同席してもらうかもしれないわ」
「……それって俺があの子を拾った責任があるから同席しろって事? 俺は別に良いけど……」
「いえ、それも少なからずあるのだけれど……もしかしたらあなたという存在が必要になってくる可能性もあるのよ」
「……俺が、必要になってくる……?」
陽は少し困惑していた。確かに能力持ち二つが珍しいというのは分かっているがその二つの能力のどちらもこの子を助けるのには若干不向きな気がしているからだ。
「一応言っておくと能力は全くと言っていいほど関係ないわ。能力じゃなくて貴方自身よ。
まぁそれは彼女が目を覚ましてからね……永琳、これ渡しておくからもし彼女が起きたらそれを破くか握り潰すかして頂戴。私に連絡がいく様になってるから」
そういいながら紫は永琳に1枚の紙を渡す。その紙には不可思議な紋様が描かれていて、陽にはどういうものか理解出来てないが実際はただの一方通行な連絡用の式神であり、この式神を潰せばすぐに持ち主にその事が伝わるという簡単なものである。
「えぇ、分かったわ。起きたらすぐに連絡するつもりだから」
そうして紫は陽の手を引いて八雲邸に戻っていく。一応安心だと分かった陽は頭を切り替えて今日これからどうするかを考える。彼はもう今日やる事は飯を作る事だったからだ。
そう考えると外界で生きてきた彼にとって幻想郷と言うところに送られてきてしまったらかなり暇な時間がある事に気付いた。
「……これから、何をするべきか……」
「自分で考えてご覧なさい。暇だと感じる様になったのなら、貴方は世界に興味を持ったのと同義なのだから。
貴方は幻想郷に来て変わったのよ……自分でどう考えて、どうすればその暇を無くせるか……考えてご覧なさい」
「自分で、考える……」
外界で生きてきた生活の中で、彼はその殆どを流されるまま受動的に過ごしてきた。普通なら尊敬出来るはずであろう親は希にしか帰って来ず、そのせいで料理や選択などが上手くなっていくという皮肉を味わった。
親がどんな職業なのかもいまいち覚えておらず、高校にだって入学した理由は特に無く『ただ近いから』だった様な気もする。
ゲームは親がたまにしか帰ってこれない状況で買ってもらえるはずもなく特にそんな娯楽は味合わえずに生きてきた。
無感情になったのはいつごろだっただろうか。15になる頃には既にそうなっていたし今現在17だが夢も希望も何も無かった。絶望も、現実も無かった。
「……あ、今日の夕飯は貴方の能力を使って何か美味しいの作ってくれないかしら? 食材は好きに使っていいわよ。能力の特訓になるし丁度いいと思うわ」
「……使えるのは創造だけだと思うけど、せいぜい道具が精一杯のような……」
「道具でも味は変わるものよ、貴方の生きてきた外界と幻想郷は違うのだから道具なんて丸々変わってしまうもの。1度、貴方の慣れたやり方で料理を作ってみたら案外味が格段に美味しくなると思うわ」
この時、陽は外とここで道具の違いというのを考えていた。そして最も違う部分に目をつけてそこを外界のと同じにして料理をしようと思ったのだ。
そう、カセットコンロである━━━
「んー♪やっぱり外界のものって料理が手早く出来るから便利よね〜」
「……まぁ、それには同意はしますが……」
作ったものは肉じゃが、幻想郷にある食材でなおかつ外界でも知られている料理と言ったらこれしかないと陽が考えた料理である。
余程気に入ったのか箸を手早く動かしてパクパク食べていく紫と若干の渋い顔をしながらゆっくりと箸を動かしていく藍。どうやら藍は分かり辛いが二人共気に入ってくれた様ではある。
「藍、あなたの言いたい事も分かるわよ。けれどこれ位のものなら無縁塚にもゴロゴロ転がってる。香霖堂の店主に見せても名前とその用途しか分からないから誰も使おうと思わないわ。
……けど、あんまり使っちゃいけないのも事実なのよね。だから今日は所謂『特別な日』よ。」
「……紫様がそうおっしゃるのなら……」
陽はその会話を聞いて何故カセットコンロでこんなにも真剣な話し合いになっているのかよく分かってなかった。
しかし今それを聞くのは野暮かと思い、後で自分で聞く事にして一旦考えていた事を置いておいて今は自分の作った肉じゃがを口へ運ぶだけだった。
「にしても美味しいわね〜釜戸でも出来無い事は無いけど火の様子を逐一見なきゃいけないし必要だったら薪も入れなきゃいけないしで火の加減が必要な料理には不向きなのよね〜
河童に頼んで家だけ外界みたいにしてもらおうかしら? ここに外界の知識を持った人物が一人だけいるのだし」
「……何で河童……? 河童ってあの池に住んでて頭の皿を割られない様に生きてる胡瓜が大好物の妖怪だって言うのは外で言われてる話だけど……」
「あぁ、そういえば知らなかったわね。
幻想郷にいる河童は機械好きなのよ。もっと正確に言うなら外の世界の物をバラしてその仕組みを知りたいと思う探究心があるの。
前は箪笥とかをバラしていたのだけれどいつの間にか機械になってて……いつの間にか外の世界もびっくりする様なのを作ってたりするんだから」
「……例えば?」
「光学迷彩、意志を持った機械人形、自分で自分が動くのに必要な電気を発電して充電する機械人形などなど……まだまだあるみたいだけど知っている限りはこれくらいかしら。
そう言えばそれが顕著になりだしたのは山に守矢が居座ってからかしら……」
陽は驚きを通り越して最早何故そこまでするのか、という疑問に駆られていた。彼には今の今まで探究心というものを知らない生活をしていたので河童達の機械への探究心がそこまで強いのは最早それは河童じゃなくて別の妖怪なのでは無いだろうか、と疑問に思っていた。
だが、その疑問のおかげか彼は河童という存在に興味が出てきた。
「まぁ今は河童の話より肉じゃがの話よ。藍、丁度いいから今度彼に外界の道具の使い方を教わりなさい。そしたら貴方の料理の腕も上がるんじゃないかしら」
「紫様……私は料理であっても楽な道を選ぶ、という行為自体をしたく無いのですが……」
「藍、楽な道を選ぶという事と効率よく動くという事は全く別物よ? 火加減を常に見張るなんて行為は料理において恐らくは要らない行動なのよ。
強いと思ったら弱められる、弱いと思ったら強められる……その行為が出来れば料理自体に集中し易くなって俄然美味しいものが出来上がり易いのよ。
彼に教わるのは恐らくは貴方のプライドが許さないのだろうけど……1度教えてもらいなさい。妖怪と人間という差があれどそんなところまでいがみ続けられても私には困るのよ。ある程度のルールを決め、そのルールの範囲内で仲良くする。
どちらかがルールを破ればそれ相応の制裁が待っている……この世界はそういう世界なのよ」
こんな真面目な話をしているのに肉じゃがを頬張る度に嬉しそうな顔をしていると威厳も何も無いただの普通の女性に見えるな、と考えながら紫が肉じゃがを食べ終えるまで食事中はほとんど紫の顔ばかりを見ていた陽であった。
またもや新キャラ登場……ですが今回は名前すら出ずに終了です。