「おーい、どこだー」
「橙ー、いるなら返事をしてくださーい。」
マヨヒガにて。ここで陽は紫に頼まれて月魅と共に最近姿を見ない橙の様子を見に来ていた。
紫も藍も忙しいのでこちらに様子を見に来ることが出来ず、比較的時間に余裕のある陽達が探しに来ていたのだ。
「……いつもならこの辺りの猫達と一緒に寝てたりどこかに散歩していたりするんだけどな。」
「猫の数は前に来た時よりかなり多くなってる気がしますけどね……こんなにいてご飯には困らないんでしょうか?見たところ食べ盛りの子猫までいるみたいですし。」
「困らないからこうやってここに集まってきてんだろうな……事実、今俺の足に群がってきている猫はみんな凄く毛並みがいいしな……おーよしよし。」
足に擦り寄ってきた猫の1匹の頭を陽は撫でていく。猫は気持ちよさそうに目を細めているが、他の猫達が我先にと言わんばかりに次第に陽の方へと群がっていく。
月魅の撫でていた猫も全てが陽に群がっていく。
「なぁ、お前橙の場所を……ちょ、ちょっと待て落ち着けそんなに群がられても困るって……ちょ、ほんと落ち着け……!」
「……マスター、好かれてますね……尋常じゃないくらいに、猫に……ってマスター?どこにいるんですな?流石にそう猫に群がられていると居場所を判別しにくいんですけど……」
月魅がそう質問すると、群がって出来た猫の山から1本の腕が生えるように出てくる。手をひらひら降ってるのを見て月魅はあそこに陽がいると言うことを覚えた。
そして、近くにいた一匹の猫の目の前でしゃがんで目線を合わせる。
「すいません、橙の居場所を知っていますか?私達はあの子を今探しています。できれば案内して欲しいんですが……」
月魅がそう質問すると、その猫は踵を返して真っ直ぐ歩いていく。ある程度歩いたところで振り返って月魅の事をじっと見ていた。
「案内してくれるんですか?ありがとうございます。」
そう言って月魅はその猫について行き始める。そして陽は陽で猫達となんだかんだ言って猫に群らがられているのを楽しんでいるのであった。
月魅は猫についていき、最終的に開けた場所に出た。そしてそこでは橙が丸まりながらすぅすぅと寝息を立てながら寝ていたのだ。
「橙……こんなところで寝てたんですね……ん……?」
月魅は橙に近寄って、あることに気づく。橙は今でこそ寝ているが、その頬には何かの跡が付いていた。その跡は目から一直線に頬を垂れているような跡になっていた。
「……まさか、泣いてたんですか……?」
「んにゃ……」
小さな声を出す橙。一瞬月魅は起こしてしまったのかと焦ったが、どうやら寝ぼけていただけらしく、すぐにまた眠りにつく。
しかし、月魅は橙が泣いていたのだとしたら何故泣いているのか気になった。
最近藍や紫、そして自分達もなかなか会えないことが多くなっていた。となると、橙の遊び相手は猫達だけしかいないということになる。
「……なるほど、寂しかったんですね。
そりゃあそうですよね……橙もまだまだ子供だったという事でしょうから。」
月魅は寝ている橙の頭を軽く撫でる。夢でも見ているのか、橙は撫でられるとホットしたような表情を浮かべていた。
何故橙がこんなところで寝ているのか、月魅はこう予想していた。
あの人里の火事の日から紫や藍は忙しい毎日を送っている。紫は幻想郷の賢者としての第三者的立場で会議に参加することが多い。
そして藍はそんな紫のサポートに入っているが為に紫がやっている仕事の4割を加えられている。
当然そこまで増えてしまえば藍も紫も出ずっぱりになってしまう。故に、橙と会える時間も少なくなっていく。
そして、橙はそんな2人に対して拗ねてしまっていたのだろうと予測していた。
「……その少女が橙なのですか?」
「はい、そうですよ……それにしても貴方がここに来るなんて思いもよりませんでした……もしかして、人探しが得意だったりするんですか?」
月魅は声のした人物の方へと振り向く。そこには、陽が預かってきた天使の少女がいた。
少女は何を思ったのか橙の隣で寝ていた子猫の頭をゆっくりと、しかも恐る恐る撫でていく。
「……猫、好きなんですか?」
「……分からないのです。私が何を好きで何が好きじゃないのか、なんて……今まで私は主の為に全てを費やしていました。
別にそれが普通で、当たり前だと思っていたのです。自身の主のために身を削って働き、そして人生を使い切る……
しかし、八雲紫と話している時に彼女はこう言っていたのです。『貴方の好きな様に生きなさい』と。」
猫の頭を撫でながら少女は答える。月魅は彼女とは共通点があるような気がしていた。
喋り方や見た目の共通点もそうだが、元々自身の主のために身を費やしていたという所がである。
「……しかし、自分の好きな様に生きろと言われても自分には何も出来ない、分からない……そんな所でしょうか?」
「……あなたは心を読むことが出来るのですか?それともそれは自身の経験則からくるものでしょうか?」
「後者ですよ。類は友を呼ぶとはよく言ったものですね……それで……何もしたいことが分からないのなら……まずは自分の生き方を時間がかかってもいいから模索する方がいいと思いますよ。」
月魅がそう言うと少女の猫を撫でる手が止まる。その瞳はじっと猫を見ていたが、少女自身は自身のやりたいことを考えていた。
「……分からないのです。自分の生き方も、自分自身も……模索するにしても一体何をどうしたらいいのですか。」
「それを自分で考えることが大切なんですよ。
まぁ……私だってマスターの為に働いてしまっているんですけどね。ただ自分の趣味を見つける事はとても大切な事だと思います。貴方は……やってみたい事を探すよりも先に……まずは幻想郷を見て回らないといけませんね。
そうしないと見識もへったくれもあったもんじゃありませんから。」
そう言いながら月魅は少女の隣に座る。少女はじっと何かを考えていたが、何を思ったのか橙をおもむろに抱き上げて歩き始める。
「ちょ、ちょっと?一体どこに行くんですか?」
「……八雲藍が探していた橙というのはこの子の事だと分かっているので……いっその事家まで連れていこうかと思っているのです。」
「……なるほど、それなら私も手伝いますよ。
途中でマスターを引っ張り出さないといけませんから。」
少女の初め手の『やりたいこと』はどうやら橙を八雲邸に連れていくことなのだと、月魅は納得した。
納得してから、月魅は軽く走ってから少女の前に行ってから振り向く。
「では、貴方の最初に見つけたやりたいことは『橙を家まで連れていくこと』ですね。
その調子で何度も何度も小さな事でもいいからやりたいことを見つけるべきだと思います。」
「……これが、私のやりたい事……」
「そういう事です、では早く戻りましょう。」
こうして2人は途中で猫達に群がられていた陽を引っ張り出してから、八雲邸に帰っていった。
連れて帰ってくると藍が大慌てしていたが、事情を説明すると理解してくれたのか、ほっとため息をついていた。
少女は、藍のその橙を心配するということが酷く新鮮で、珍しいものに見えていたのだった。
「……」
「何してるんだ?こんなところで。」
夜、縁側に一人座り込んでいる少女を発見した陽は、なんとなく気になって声をかけていた。
「……私のしたい事を考えていたのです。手当り次第に誰かの手伝いをするのではなく、本当に自分のしたいと思ったことは何があるかを。」
「橙を連れて帰ってからずっと色んな人の手伝いとかサポートとかしてたもんな。
紫にはマッサージをして、藍には休ませれる布団を敷いてあげてて、陽鬼にはご飯、月魅には刀の手入れ道具の準備の手伝い、黒音は紙を整理して上げてて……どうだった?人の手伝いをするっていうのは楽しかったか?」
「……楽しい、という感情はよく分からなかったのです。けど、手伝いをして上げた人から笑顔をもらうと……胸が、ドキドキするのです。
これは一体……何なのですか?」
少女の質問に陽は考え始める。ドキドキするのは恐らく楽しかったからしているのだろうと予想はしているのだが、それでこの少女の中に『ドキドキ=楽しかった』とするのは些か躊躇われるからだ。
日本語を間違えて覚えさせてしまうの流石に躊躇する、ならばどうするかを陽は考えていた。
「……あの、もしかして私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのですか?」
「あぁいや、そういう事じゃないんだけどさ。ちょっと難しいなって思って。」
「……難しい……?」
「感情って言うのは簡単にまとめられるようなものじゃないんだ。ただ……それが何の感情か分からないにしても、それがもう1度体験したい様なものならきっとそれはいい感情なんだとおもう。
……どうだった?皆の手伝いをして、感じたドキドキは心地よかったか?それとも嫌な気分になったか?」
少女は、陽にそう催促されて考え始める。感情がないことは無いだろうと陽は思っていたが、逆にそう思っているからこそ少女の次の返事に緊張していた。
「……皆、手伝ったら笑顔になってくれました。作り笑いのような嫌な感じもしませんでした……それを見たら『この笑顔が見たい』って思えるようになったのです。」
「……そっか、それはきっと……いい感情なんだろう。もっとあの笑顔が見たいんだよな?」
「……はい、私はみんなの笑顔をもっと見たいのです。」
「なら、もっとしてやらないとな。」
そう言って陽は少女の頭を軽く撫でる。月魅以上に無表情な彼女だったが、どうやら撫でられるのが心地いいらしく目を細めて撫でられるのを受け入れていた。
「……そういや、名前つけ忘れていたな。名前つけておかないと呼びづらいし……どんな名前がいいとかあるか?」
「……私は別に認証別に与えられる固有名詞は何でも構いません。」
「要するに特にないってことか……じゃあどうしようか……」
陽は少女を眺めていく。じっと眺めて眺めて眺め続けていると、ある一つの名前が頭に思い浮かぶ。
「……何というか、感情を学んでいく道は明るそうだし……なんだかんだ言っても子供が真っ直ぐ成長してくれるなら……それでいいかな、って思える名前……『
「光……単純ですが、わかりやすいかつ呼びやすい固有名詞なので問題は無いと思われます。」
言い方が回りくどいせいで陽は少し分かりづらかったが、気に入ってくれたことだけは感じ取れたので再度、少女……光の頭を撫でていく。
「ん……」
「気に入ってくれたか?」
「気に入る気に入らない、というのが良く分からないのでなんとも言えません……しかし、何だか……ぽかぽかするような……そんな気持ちになります。」
「そうか……んん……!……ふぅ、なら良かったよ。俺はもう寝るけど……光の部屋は案内したとおりだからな。
あと何かあったら誰でもいいから1人でもたたき起こしてくれよ?」
光の言葉を聞いて満足した陽は、立ち上がって軽く背を伸ばしてから部屋に戻ろうとする。しかし、戻る前に軽く光に言うことだけを言ってから部屋に戻っていったのだった。
「……光、私の名前……私だけに名付けられた……私だけの名前……」
光は呟きながら空を見上げる。既に月が登っている空には、満月が自分の存在を認めさせようと言わんばかりに輝いていた。
光はそれを見あげて……ただじっとその輝きを見つめ続けるだけだった。