「ありがとうございますご主人様……では、少しばかり待っていてください。」
そう言いながら光はロープの先に力を集中し始める。その間、やることが無くなった陽は陽鬼と共に次に何をするべきか考えていた。
「ねぇ……私加勢に行ったほうがいい?」
「月魅と黒音が心配だが……いや、やっぱり済まないが加勢に行ってくれ。こんなに戻ってくるのが遅いと言うことは二人共何かに苦戦しているのかもしれない。
あの2人が苦戦しているのならなるべく加勢に行った方がいい……頼まれてくれるか?」
「言われればいつでも行く気だったよ。まぁ行くなって言われても行くつもりだったけど。」
そう言って陽鬼は飛び始める。陽鬼の姿を見送った陽は光の方に視線を戻して考え込む。どうやって助けに行くか、だ。
先程はスルーしていたが、恐らく陽が他三人を助けに行こうとすれば止めようとするだろう、何せ戦える人物をそこで全部割いているからだ。
矢を結界の角に射る事でこの結界を貼った人物に気づかれず近づくことが出来るからだ。が、それはロープを不可視にすること前提ではあるのだが。
「……そう言えば、矢を作り上げた後にその長いロープを不可視にして……どれ位の時間がかかるんだ?」
「……約30分ほどだと思うのです。矢自体は簡単に出来てしまうので多分問題は無いのです。しかし不可視にするのはかなり時間を割く行為なのです。」
「30分か……」
長い、と陽は感じていた。そんな長い時間待つのなら今すぐにでも陽鬼達を助けに行きたいと思っていた。
しかし、空を飛ぶことが出来ない以上陽はこの森の中を歩かなければならない、森の中を歩けば歪んだ空間のせいで進めない、結局の所助けに行けないという事を陽でも理解している以上、もどかしい思いしかできないのだ。
「……出来る限り、私も急いでみるのです。」
そして、光は自分でも気付かない内にその月魅以上の無感情な顔が焦ってたのだった。
「ぐっ……なかなか面倒な結界を張ってくれる。私の能力すら通さないとは思わなかったぞ。」
「あーもう!面倒臭いわねほんと!!」
「フェンリルで突破できないんじゃどうしようもないよー……」
「わ、私達には無理ですぅ!!」
そして、月魅達は今拮抗状態とかしていた。月魅が結界を張り、黒音が結界の上から幾重もの魔法を重ね掛けしている特注の結界を作り出していたからだ。
その結界は、触れられる前に防衛魔法による範囲攻撃を有している為、フェンリルでさえも結界に触れる前に攻撃されてしまい迂闊に近づくことさえできなくなっていた。更にこの2人を無視しようと結界の左右上下のいずれかの方向に向かえば特大の魔法が飛んでくる為にフェンリル達は上手く通れないでいた。
「はぁはぁ……ち、ちいと魔力を使いすぎてしまったのじゃ……これではもう戦えんのじゃ……魔法を維持するだけで手1杯じゃしの……」
「それはこちらも同じですよ……結界の維持の為に霊力の消費がかなり多くて正直、気が抜けない状況になっています……」
フェンリル達がヤケを起こして結界を突破して来るのか、それとも結界とそれを覆う魔法を維持できなくなるかの持久力と忍耐力の勝負が開始されていたのだった。
「……ティンダロスが入ればまた話は変わってくるのだろうが……いや、彼女でもここを突破するのは難しいか。
だが、いつまでもここに立ち往生しているわけにもいくまい。」
「けど弾幕を使っても向こうの迎撃魔法で全て落とされちゃうじゃん。4人で一斉に撃ってるのに一つも当たらないなんてどういう魔法なのさ。」
「わ、私達は三人までしか増えれませんから……残りに任せるしか無いんですぅ………」
「……お前ら3人には感覚と思考の共有が可能な代わりに三人までしか増えれない、黒空白土は無限に増えることが出来るがただの劣化した分身体だけ……この場合は黒空白土を連れてきた方が良かったのだろうな、三人全員を取り込ませて行けばここの突破も可能だったはず……まぁ無い物ねだりをしてもしょうがないがな。」
4人は話し合いをしながら解決策を探っていく。こんな話し合いを起こせるのだから時間稼ぎとしてはバッチリだろうと黒音は考えていた。
しかし、切れてしまえば途端に負けが確定しているのも事実なため、意地でもこの結界を維持しなければならないと考えてもいた。
「……間が悪いですね、こんな時に。」
「陽鬼か……確かにこのタイミングはちいと悪い意味でのジャストタイミングと言うべきかのう……」
そして、そのタイミングで結界の後ろの方に陽鬼がやって来る。陽鬼は困惑しながらこの状況の整理をなんとかしていた。
「何この状況……月魅と黒音は変な結界みたいなものに入ってて、同じ顔した奴3人ともう一人大きい女が話し合いしてて……え、ほんとに何この状況。全然整理出来ないんだけど……」
陽鬼が結界の向こう側に行くかどうか考えていると、中にいる月魅が後ろ姿しか見えなかったが、首を横に降っているのが陽鬼に確認出来た。
「結界の向こう側に行っちゃ駄目ってこと……?何でかわかんないけど月魅がそう言うのならほんとに通っちゃ駄目なんだよね……けどどうしてなのかな……」
向こう側に行ってはならないということだけ理解出来た陽鬼。しかし、それ以上の事は聞いても返事が来ないのでどうすればいいのか陽鬼は本当に困惑していたのだった。
「……ご主人様、ついに完成しました。後はこの矢を射れば………ロープの位置は自分でも察して下さい、光学迷彩を使っているので。」
「了解だ。頼むぞ光。」
そしてこちらは陽と光。光はコクリと頷いてから結界の一番上かつ、四つの端に1番近い所を目掛けて弓を構える。そして、ある程度狙いが定まったら目標に向かって矢を飛ばす。
矢は迎撃される事も無く端の近くに勢いよく刺さる、否くっついた。
「さて……じゃあ俺は一気に登らせてもらうよ。」
陽は見えないロープを掴んでゆっくりと登っていく。見えないものを掴むのは恐ろしく不安定な足場にいるのと同等の恐怖なんだな、と陽は1人納得していた。
「……結び目の団子状になっているところとか結構びっくりするな……だけど、支えにはなるしとりあえずこれを足場にして……」
ゆっくりとはいっているが、あまりに遅すぎるのもバレてしまう原因なので、とりあえず陽は大急ぎかつ慎重に登っていくのだった。
そして光はその様子をじっと眺めていた。もし陽が足を踏み外してしまったら、もしロープが切れたら、もし陽が登っていることがバレてしまったら……と心配故の色んなネガティブな想像してしまっていた。
「ご主人様……どうか無事で……」
その陽は登るのに慣れてきたのか登っていく速度が早くなってくる。最初こそかなり慎重だったが、今はそれよりも早く登ることの方が大事と言わんばかりに登っていくのだった。
「………おかしい、陽の奴はどこ行きやがった?まさか森の中でまだ寝てるんじゃねぇだろうな?」
その頃、特殊空間内にいた白土はこの状況に違和感を持っていた。陽の眷属は三人ともケルベロスとフェンリルと共にいる。
しかし、陽だけがいつまで経っても出てこない。陽の事だから憑依をしてでも助けに来るだろうに……とさえ思っていたのが一切助けに来ないのがとても気になったのだ。
気になった白土は、一旦陽が探す目的で角を覗いて陽を探そうとするが、その前に結界の全角に向かって大量の矢が飛んできていることに気づいて迎撃を始めるのだった。
「ちっ……このタイミングで矢の乱射だと?タイミングがいいと言うべきかなんというか、狙ってやるってるようにも思えるが……だが、放っておいたらこっちの空間に入ってくるし……仕方ねぇ、全部撃ち落としてから考えるとするか。」
その白土の言う大量の矢は、光が自分の中の力を使って光り輝く天使の力を込めた矢である。普通の矢と違うのは、光の思い通りに飛ばした後の矢を動かせることにある。
その力を使って光は結界の四隅を狙っているのだった。
「くそっ……どんだけ撃つつもりだよ。エネルギー切れ起こしても構わねぇってか?新しく陽にくっついていたあのガキ結構やるみてぇだな……」
白土が忌々しげにイライラしているその頃、光は大量の矢の展開とそれの操作によりかなり疲弊してしまっていた。
陽が登りきるまでずっと矢を射続けなければならない、ここで力の使いすぎで倒れてもしょうがないとさえ思っているが、彼女はなるべく倒れないように意識を無理やり繋いでいた。倒れてしまえば、壁に張り付いている矢が消えてしまうからだ。
「この大量の矢は……光か……これ以上アイツに無理をさせちゃいけないな……!」
陽は大量の矢を見て急がないといけない、と思って登るスピードを上げていく。見えないので必要以上に登るスピードを上げようとすれば足を踏み外してしまうかもしれないが、それすらも躊躇せずにただひたすら真っ直ぐに登っていく。
「……よし……!」
そして陽は遂に矢が張り付いているところまで登りきる。光はそれを確認して矢を射るのを止めて状況を静観することに徹する。
「やっと止んだか……ってか、ケルベロス達はまったく何やってやがんだ……あいつら自分の能力すらまともに使えねぇのかよ。
しゃあねぇ、俺が手伝って━━━」
白土は異空間の中でケルベロス達に対して少し愚痴る。そして手助けに行こうとして手を伸ばした時と同時に陽は半分賭けで結界の角に手を伸ばす。
「なっ!?俺以外にこの空間に入ってくるだと!?クソが!陽の奴か!!」
ティンダロスの能力、直角ならばどこにでも特殊な空間を作り出してその中に入る能力だが、それ自体はただ直角に入口を作ってそこから出入りさせるだけの能力だけである。
つまり、入口を開きっぱなしにしていれば当然他の者にも入れる可能性があるという事だ。入ろうとする者は少ないどころかいるとは思えないが。
「どっ……りゃあ!!」
陽はそこから勢いよく飛んで空間内に入る。そこには白土が忌々しげに睨みながら武器の準備をしていた。
「よくもまぁ入ろうと思ったもんだ。アホなのか?」
「お前だったのか……まぁいい、お前を倒して結界から出させてもらうぞ!!」
陽も白土と同じように自身の獲物を構える。白土はティンダロス一人を体内に入れている状態、陽は誰も憑依させることができない状況である。だが白土の能力は強力なものである事は陽が良くわかっていた。
「なら逆に俺はお前を殺してHAPPYENDになってやるよ。アイツにはよろしく言っておいてやる。」
「この……妹のことしか頭にないシスコンがァ!!」
「るっせぇ!幼女四人も侍らせてるロリコンがァ!!」
お互いの刀をぶつけ合う陽と白土。しかし、物を創造する陽と物を別の物に変えれる白土では白土に分がある。
白土は1度陽との間を開けるととっさに刀を短刀に変えて投げる。当然陽はそれを避けるが、その間に白土は手持ちの紙から銃を作り出して一気に打ち出していく。それに加えて弾幕も使って陽の目の前を埋める。
「っ!」
限界を無くす程度の能力により咄嗟に回避しようとする陽だったが、避けきれずに足にダメージを負ってしまう。
しかし、痛みこそあれ今の陽はその程度の傷はすぐに治ってしまうものであり、大してダメージが入るものではなかったのだ。
「……とんでもねぇ回復力だな。ミンチにしても治るのか?」
「ミンチになったことが分からないからな……なんとも言えないけど治るんじゃないか?そんな気がする。」
「そうかよ……なら、1回ミンチになれや!!」
そして二人共一気に前に出てぶつかり合う……と思われたが、思わぬ来訪者によりぶつかり合うのは回避されていた。
金の髪に紫を主な色とした服を着ている女性、八雲紫の姿がそこにあったからだ。
「なっ……!?紫!?」
「なんで八雲紫がここにいやがる……!」
紫は何も言わずにそのままものすごい速度で2人に近づいてくる。そして、直前まで近づかれて陽は漸く気がついた。姿形こそ八雲紫だが、それは姿だけの話であり、これは八雲紫に化けている別の何かなのだと。
「がっ!」
「ぐっ!!」
二人は頭を掴まれてそのままスキマに飲み込まれてしまう。そして、気づいた時には頭から手は離れ、空中を自由落下している所に陽はある姿を見た。
八雲紫が、大きな剣をもってそれを自分達に振り下ろそうとしている瞬間を。
振り下ろされる、その光景を信じたくなくて陽は目を瞑って……真っ暗なまま意識までもが刈り取られたのであった。