「……藍、一つだけ頼み事があるのだけれど……いいかしら?」
「私は紫様の式です……紫様が頼まれることなら、主が命令することなら聞きますよ。」
「助かるわ……ただ……命令することは一つだけよ。『侵入者を排除しなさい』
全力で……よ。どうしても無理そうなら私に連絡を寄越してくれれば構わないから。」
「分かりました……八雲藍、行ってまいります。」
そう言って藍は飛び出して走り去っていく。詳しい場所なんて伝えなくとも構わない、嗅ぎ慣れない匂いがあれば彼女は真っ先にそれの始末に向かうことを紫は知っている。
そして、紫は少しばかり嫌な感じがしていた。ただマヨヒガに通じる森に入っただけなのならばそれを侵入者の扱いにはしない。
彼女が侵入者と扱うのは、『正式な手順を踏んでマヨヒガに入ろうとする者』だけである。
そして、今来ている侵入者はそれを行っている。実力の程はわからないが、こういう場合は自分で向かうよりも藍の鼻に任せた方が追い払うのが早いということを紫は知っている。
これで藍がやられるような事があれば、それこそ本格的に排除しなければならない……紫はそう思いながら事態を静観していた。
八雲藍は走っていた。紫が侵入者と定義した者を排除するために。
だがしかし、その侵入者の場所を探ろうにも彼女の鼻は異質な匂いを感じ取れていなかった。
「……おかしい、いつもなら、いつもなら分かるのに……何故だ、何故……?」
森の中についている匂いは、藍の中で三種類にわけられている。
一つは、よく通る橙の匂い。もう一つはここにやって来たり、出ていったりする猫の匂い。
そして三つ目は、陽達の匂い。この三つだけである。藍自身や、紫は紫のスキマを使って移動することが多いため匂いがこの辺りに染み付くことがないのだ。
「……いや、染み付いているとしても……これは……そこか!!」
藍はとある匂いの濃い場所に弾幕を放つ。木々が抉れるほどの威力を持った物を当てられて侵入者は姿を現した。
「ちっ……八雲藍の鼻は誤魔化せないということか……厄介なもんだ……」
「……そう言えば、色んな姿に化けることが可能な剣を持った男と戦ったと陽から聞いている……その剣がそうか。
今は家にいるはずの彼の匂いがかなり濃いだなんておかしいと思っていたんだ。その剣は化けた者の匂いまでも完全に真似ることができるようだな。」
藍が納得の言った表情で男を見ながらそう言う。しかし、男はそれに応えることなく軽く笑みを浮かべたまま剣を構える。
藍はこの男の匂いを、完全に排除する為に覚えておこうと匂いを嗅ぐ。しかし、臭った瞬間に藍は驚愕する。
「馬鹿な……何故だ、今のお前の姿は彼ではない!なのに何故彼の匂いがする!!」
「さて……何故だろうな?お前の賢い頭で考えてみるといい。妖怪の賢者である八雲紫の式であるお前ならば……考えたらわかるんじゃないのか?」
「くっ……!」
目の前の男から陽の匂いがする。最初こそ、陽の姿に化けてしまったために匂いが付いたのかと藍は思った。しかし、姿を真似るだけで匂いが移ってしまうのであれば既にこの男の匂いは入り交じったような匂いになっているだろうと即否定もした。
ならばなぜ臭うのか?もしかしたら匂いはすぐには抜けきらないだけかもしれない、と藍はそこで結論づける。
今考えるべきは男の匂いの謎ではなく、侵入者である男の排除だけである。
「……意外に冷静になるのが早かったな。ま、出した結論が正解しているかどうか……お前の頭でもう一度考えてみろよ……!」
「戯言をっ!!」
そうして二人はぶつかり合う。藍は弾幕を放ち、男はそれを切り裂いていく。
大剣だと言っても、振り方一つで普通の剣と同じように使えることも可能だと言うことを藍は改めて認識する。
「くっ……匂いが溶け込んでいるせいで……!」
既に周りは陽の匂いが染み付いていた。そして、目の前の男からも陽の匂いがすることにより、匂いでの場所の判別はつかなくなっていた。
仕方ないので、藍は嗅覚中心から感覚や聴覚中心の戦い方へと変える。
一瞬で動きが変わったことに少し驚いた男は、藍に対する認識を改めていた。
匂いに縛られない程にまで、八雲藍の実力は高いのだということを。
「伊達に九本の尻尾を持っている訳じゃあ無いわけだ。匂いがダメなら耳で、それすらもダメなら今度は目で戦うつもりか?ある意味では惚れ惚れする才能だ。
まぁあの八雲紫に認められて式になったのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないがな。」
「名も知らない男………侵入者に何を言われても褒められている気がしないな。そんな程度で驚いてくれるなら帰ってもらっても構わないぞ、私の主が逃すとは思わないがな。」
「………そう簡単に帰れる訳もなし。どこにいるかわからないやつよりもどこにいるか分かるやつだ。
標的は場所がわかっている方がいい……って訳だ。」
男は大剣を薙ぎ払うような構えをして藍に突っ込んでくる。藍は突っ込んでくる男をじっと観察してどう動くかを予測していく。
男が剣を振るう、しかし、横一閃ではなく刀を上に持っていくための作業で攻撃をする。
藍はこれをジャンプせずに横に避けて回避、すぐさま振り下ろされた剣は地面をえぐるほどの威力を持っていた。
「っと……まさかその剣にそこまでの力があるとはな……私が聞いた時はただの剣だと思っていたが……舐めてかかると即ミンチにされる様だ。」
「そりゃあこいつを振るうのに大事なエネルギーは、あの時予想以上に消費していたからな……元気いっぱいの時ならこいつはかなりえげつないものだ。」
「なるほど、だがそのエネルギーとやらを補給するのに一体何を使った?探せば外の世界のエネルギー資源程度ならあるかもしれないが……お前の剣にはそういうものを感じない。
それ以前に……血の匂いが染み付き過ぎている。一体誰を何人殺した?」
「分かってるだろ?人間に決まってるじゃないか。とは言っても善人を斬るのは流石の俺も後味が悪い……だから人里の地下にある牢屋、あの中にいる悪人共を全員この剣の力にした。
久しぶりにこいつは元気いっぱいになったさ……人の『生きたい』という生命をばっちり吸収しきっている。」
男は剣を藍に向けて笑みを浮かべる。偽善者を気取って悪人殺しを行っているこの男を藍はどうとも思っていなかった。強いて言うならばそういう評価しか生まれてこなかった。
結局は排除するのだから、変わらないものだから。強いて言うならば、排除するのにさらに遠慮が無くなった程度である。
「それで?お前のそのエネルギーは一体どれ位持つ?1週間か?一ヶ月か?まぁ例えどれだけ長かろうと関係ない。
お前の剣の腕ではまず私には勝てない。弱すぎるんだよ、人間よりも遥かに強い力だが、妖怪には勝てない。もっと言うならば、お前に人間でありながら人間を超える才能は無いということだ。」
「そんなの昔から何度も何度も言われてきた事だ……俺の愛した人からは特に何度も何度も言われてきた。
けど、そんなの関係ねぇんだよ。剣の腕だけで駄目なのなら他をプラスする事で無理やり上にいけばいい……それだけだ!!」
『合致[ロイヤルストレートフラッシュ]』
男の剣から機械音が鳴り響く。藍は予め聞いていたため、このこと自体は知っていた。だが、この音声のことは教えられていなかった。
何が来るのかと構えていたその時、男が三人に増えた。
「聞いていたのと違うな……長い名前の割りには、効果自体は似たようなスペルカード、という事か?」
「いいや違うな、似たような……じゃない。含まれている、と言った方が正しい………つまり、俺は同時に5枚のスペルカードを使っているも同然ということになる。」
「……なんだと?」
「合致[ワンペア]合致[ツーペア]合致[スリーカード]合致[フォーカード]合致[フルハウス]……この5枚だ。月風陽からは何枚か効果を聞いていると思うが……さて、どれ位対処できるか見ものだな。」
三人になった男が襲いかかってくる。藍は素早く避けて弾幕を放つ。三人の男は防ぐような事はせずに全て受けきる。
藍は少し驚いたが、ダメージを受けていない男を見た瞬間にすぐに理解出来た。
陽から教えられていない五枚目のスペルカードの効果はせいぜい相手から受ける攻撃の無力化、といったところだろうと予測していた。
「一度でも当たれば他の2人の俺がすぐに追撃をする。そうしたら剣の12連撃だ。気をつけることだな。」
「スペルカードは使う割には……弾幕は使わないんだな……それとも、使えないのか?」
「ふん……たとえ俺が弾幕を使えようが使えまいが……あれは本当にごっこ遊びの範疇に収まる代物だろう?その遊びの範疇に収まるものなら……どっちにしろ使えない。
だがまぁ……望むのなら、こうしようか。俺の知る限り飛びっきり弾幕勝負に強いものだ。」
そう言って男達は剣のレバーを倒して上げる。剣の柄が動き始めてあるところで止まる。
『06[フランドール・スカーレット]』
『06[フランドール・スカーレット]』
『06[フランドール・スカーレット]』
全員の剣から一斉に音声が鳴り響く。そして、その音声と共に藍も知っている人物の1人、悪魔の妹フランドール・スカーレットとなる。
能力やスペルカードなどすらも完全コピー出来るのなら、この男が狙っているのは……と藍はフランが持っているスペルカードの1枚の存在を思い出す。
「恐らくお前が予想しているとおりだが……まぁ、さっさとしてやろうか。禁忌[フォー・オブ・アカインド]」
フランとなった三人の男達は、フランのスペルカードを唱える。このスペルカードはフランが4人に分身するものであり、それを三人同時に使用すれば、当然数もその四倍となる。
「さぁ、中身が違うとはいえ……お前は12人のフランドール・スカーレットを相手に戦えるかな?何人か逃してしまう可能性もあるだろう……なっ!!」
そう言って1人が突っ込んでくる。それに続くかのように他の数人も藍に突っ込んでくる。
そして突っ込んでこない余った者達は弾幕を放ち続ける。
「くっ……お前のその増え芸だけは大したものだと認めてやる!!だが、私をこの程度で甘く見てもらっては困る!!その分身は攻撃を与えていけば消えていくもの!ならば手数で勝負をすればいい!!
式神[十二神将の宴]!!」
藍のスペル宣言とともに打ち出されていく弾幕。藍だけから出すわけではなく、藍が周りに魔法陣を展開していきそこから弾幕が放たれる。
今回は魔法陣をより強固なものとするためにその中心に式を配置させてそれぞれが弾幕を放っている状態にしてある。
「ちいっ……だが、お前のその攻撃がいつまで持つか見ものだな!こちらだって使えるスペルカードが一枚なわけないだろう!!禁忌[クランベリートラップ]!」
「禁忌[レーヴァテイン]!」
「禁忌[カゴメカゴメ]!」
それぞれがスペルカードを唱えていく。そして、ほぼ同時に唱えられたスペル宣言により、藍はある事を見落としてしまっていた。
この時、唱えられたスペル宣言は合計で九つだったのだ。そしてまた、この場にいるフランとなった男の数も9人までしかいなかったのである。
「……八雲、紫……やはり待ち伏せしていたか。」
「あらあら、可愛い侵入者さんだこと……けれど、貴方はその姿のまま私と戦う気かしら?姿を変えるその剣……わざわざ吸血鬼の妹に姿を変えてしまって……勝てるつもりかしら?
私の能力のことがわからないわけじゃないわよね?何せ、私そのものに化けたらしいじゃない、貴方。」
「……フランドール・スカーレットの能力は有機無機問わず、物にある『目』を自分の手のひらに移して壊すことで対象を破壊できる能力。
しかし、その一撃で破壊できる目が確認出来なかったら当然破壊することは出来ない。
そして八雲紫、お前は━━━」
「境界を操る程度の能力にて私の目の存在を曖昧にしてあるのよ。さて……もう一度聞くわ。
貴方は、フランドール・スカーレットの力を借りただけで私に勝てるとでも思っているのかしら?」
男は黙る。力を使えるといっても限界はある。剣のエネルギーが切れれば変身も解ける。そんな状況でここを突破することが出来るのかと。
しかし、男は突破できるかできないかは考えていなかった。『突破出来る』とだけ考えていた。
そして、どちらとも言わず……2人は戦いを始めたのだった。