「……」
男は空を見上げていた。自分の狙っている標的をどうやって殺しに掛かろうかと考えながら。
この男には名前がなかった。昔、持っていた名前があったがその名前は捨てて名無しへと戻っている。
だが、腹が減っては戦はできぬという言葉があるように、彼自身や彼の愛用している特殊な剣は力を蓄えねばならなかった。
腹を満たし、その特殊な剣に必要なエネルギーを満たしながら絶対に倒せる算段を考え続けていた。
「なっ……!?」
しかし、そんな時に男は地面に突如現れた扉に吸い込まれてどこか知らない空間へと飛ばされるハメになった。
当然、充分に回復しきっていない剣を構えながら男は、飛ばされた空間でひたすら警戒心を募らせていた。
「よく来ましたね……えー、名前が分からないので何と呼べばいいのでしょうか。」
「……別に好きに呼べばいい、俺は名前なんてものはとっくの昔に捨ててしまってるんだからな。」
警戒心を更に強めながら男は、目の前に現れた男か女かわからない中性的な人物に剣を向けていた。
明らかな警戒心を向けているのに、まったく相手にされないこと自体が男の警戒心をさらに上げてしまっていた。
「そうですね……まぁ考えるのは面倒なのでそちらにお任せするとして……私の名前はマターオブ・ホライズンと言います。以後お見知りおきを。」
「……それで?そのホライズン様が一体俺に何の用だ。見ての通り俺はお前に構うほどの余裕は持ち合わせていないんだ。
用件はさっさと言わないと……殺すしかなくなる。」
「もっとゆっくりして行けばいいのに……まぁいいでしょう。
実は貴方に頼みたいことがあるのです。私では出来ないことを貴方に託してみたいのです。」
用件を話されたことで男は少しだけ警戒心を弱らせた。しかし同時に疑問を抱いた。男に直前まで気づかれることなく、そして男を、異空間へと引きずり込めれるほどの力を持った目の前の人物にできないことを自分ができると思っているのだろうか、と。
「あなたの考えていることはだいたいわかります。簡単な話です、私はこの空間から出られないんですよ。出たらちょっと大変なことになってしまうみたいなので。」
「……なるほど、確かに至極簡単な理由だな。で?お前が俺に頼みたい事とはなんだ?俺が人間だと考慮して欲しいんだけどな。」
「いいえ、この事自体は理論上は貴方にも可能ですよ……月風陽を殺してください。無論、私の作戦指揮下での話ですが。」
「……俺もあの男は殺すつもりだった。だが、少し予想外の戦法を取られてしまってどうやって殺すか少し悩んでいたところだったんだ……作戦を考える頭が俺にはないからな。」
男は、完全に警戒を解いた。いつでも反撃できる体勢を取ってはいるものの、少なくとも今の男には警戒心が存在していなかった。
「それは丁度良かったです。私には使える手足がいない状態だったんですよ。そうなると痒いところに手が届かないむず痒さを延々と味わうところでしたよ。」
「そうかよ……で?何故俺なんだ?わざわざ月風陽を殺そうと思ったというところは、一応何人か雇ったんじゃないのか?お前はここから動けないみたいだしな。」
「それがですね?1人は月風陽に倒されるし、もう1人は裏切るしさらに1人はその裏切り者に殺されてしまったんですよ。お陰で私は貴方に協力をしないといけなくなりまして。」
「そうか、ならしょうがない。元々月風陽は俺の標的ではあったからな。だから俺があいつをお前の代わりに殺すと約束しよう。」
ホライズンは意外そうな顔で男を見ていた。こんな簡単に協力関係が結べるのなら、一々白土の妹を人質に取らなくても黒空白土という男は協力してくれたのだろうか?という疑問を考えながら。
「……それで?何か策はあるのか?」
「人生はあまり急いでは駄目ですよ……殺すべきタイミングで殺さないといけませんからね……あまり急いでしまっては八雲紫や八雲藍の妨害が入ってしまう恐れもありますしね。
前のあなたみたいに八雲邸にまで乗り込んで無理矢理突破されてしまえば今度こそあなたは殺されてしまうでしょう……そうなると私はまた手足を探さないといけなくなります。最低でも10人ほど次は集めるつもりですし。」
「……ふん。面倒だなんだと言いながらやろうとしている事は何も変わりないじゃないか。
まぁいい……ならば、俺を元の空間に戻せ。作戦が決まった頃にでも呼べばいいだろう?」
そういった男に対して、ホライズンは溜息を吐いた。あからさますぎる態度を取っているために男は少しイラッとしたが。
「貴方を元の空間に戻したら後からまた探すのが面倒なんですよ。ここに入れば見つかって殺されることもなし、おまけに腹は減らないから便利だと思うのですが?」
「ちっ……分かった。なら俺はここにいる、入ればいいのだろう。それで文句はないんだったら、お前の要求通りお前の満足のいくまでここにいてやる。」
「それでいいんですよ。あぁ、それとそこの剣のエネルギーですが……これでいいでしょう。」
そう言ってホライズンは少しの間剣の方に手を向ける。すると、一瞬で剣のエネルギーがMAXとなり男は驚愕の表情でそれを見ていた。
「……なるほど、こんなことが出来るのか。」
「私の能力の応用ですね……エネルギーが溜まりきっていないという事象を否定して溜まりきった事象にしました。本来ならばそこまで高度には操れませんが、こういう使い方ならば完全な操作が可能になりますし。」
「……まるでレミリア・スカーレットの能力のようだな。」
「否定はしません。私と違って彼女は能力を使って勝負に勝とうとはしませんがね。」
「それで?わざわざ今のタイミングでこいつを全快させたということは作戦自体はあるのか?」
またもホライズンは溜息をつく。人をイラつかせるのが目的なのかと男は錯覚してしまうが、ムカつきを抑えて冷静に話し合おうと決めた。
「まぁあるにはありますけどね?さっきも言った通り、タイミングでを見計らわないといけないですから。
八雲紫が警戒して月風陽を八雲邸に閉じ込めでもしたら手が出せなくなってしまいます。貴方は八雲紫に勝つ手段でもあるつもりですか?既に一度戦った相手に彼女は容赦ありませんし、研究もし尽くすでしょう。」
「要は戦闘不能にまで持っていけばいい事だ。わざわざ殺さなくても問題はあるまい。」
「……前にあなたのことを拝見した時から思っていましたが、貴方は月風陽を殺す以外は絶対に相手のことを殺そうとはしませんね。
情けをかけている、私にはそう見えますが彼女達に対しては本気を出せない理由でもあるのですか?」
その問に男は答えない。答えないのならどうでもいいと、ホライズンはそういえば何の話だったかと思い、何を話していたかを思い出そうとする。
「あぁそうそう、作戦の話でしたね。
単純な作戦ですよ、彼が外に出た時にお供がいようといまいと関係なく襲います。勿論、なるべく周りを巻き込む形で暴れた後でほかの妖怪や誰かしらがくれば退避する……毎日それを繰り返していけばなんとかなると思っています。」
「……そうして博麗の巫女や人里の守護である上白沢慧音を誘き寄せてはあの男がいることだけを示し、いなければ人里は守られるというジンクスでも築こうという訳か?時間はかかるし悪質ではあるが……まぁ、確実に成功はするだろうな。」
「えぇ……彼がどれだけ信頼されていようとも、貴方が暴れることで彼への信頼はどんどん減っていくでしょう。
最初の頃こそ『彼は巻き込まれただけ』と思う人の方が多いかもしれません。しかし、そんなことが何度も何度も続けば『またか』と思うものが現れ、そして最終的には『こいつがいるから被害に遭うんじゃないか?』という怨恨へと変わります。
例えそうでなくとも、博麗の巫女が異変として見ればすぐさま異変の原因を排除しようとするでしょう。」
「その場では殺されることはないかもしれんが……段々と孤立していき、完全にあいつらが孤立したところを……」
『一気に潰す』最後まで言わずともこれだけは理解出来ていた。単純でしかも時間がかかるが、こういう作戦ほど確実に成功しやすいのが現実の非常さである。
男は一瞬物悲しそうな顔をした後に剣を強く握りしめて、覚悟を決める。
「ふふふ、人を殺す覚悟……それは相当なもののはずなのに……貴方は、どうして月風陽を殺そうとするのですか?」
「それをお前にいう必要はあるのか?」
「いいえ、タダの知的好奇心ですよ。言いたくないなら別にどうでもいいですしね。
ただ、貴方からは彼を恨んでいる様な黒いものを感じませんし……どちらかと言うと、義務の様な感じだってしますよ。」
「……人殺しが義務なんて馬鹿らしい事、あったらたまったものではないな。きっと殺されるやつはよほどの悪行をしたんだろうし……殺すやつは余程のことをさせられるのだろう。」
まるで自虐するかの様な言い方だが、『何も言わないのであれば』と考えているホライズンはそれ以上興味を持つ事も無く黙り始める。
だが、一つだけ忘れていることを思い出して男の方に再度視線を向ける。
「貴方のことはなんと呼べば?ずっと貴方というのも回りくどいですし。」
「ん、あぁ……俺をなんと呼ぶか、か……別にお前の好きな呼び方で構わん……」
「そうですね……だったら、今日から貴方の名前は……『ツキカゼ』ということにしましょう。」
その瞬間、男……ツキカゼがホライズンを睨みつける。何も文句こそ言いはしなかったが、その名前だけは気に入らないと言わんばかりにツキカゼはホライズンを睨む。ホライズンもそのことには気付いてはいるが、完全にスルーを決め込んでいた。
「貴様……」
「何でしょうか?殺す相手の名前だから気に食わない、なんてことを気にする人ではないでしょう?
もしかして……何か他に理由でもあってその名前は嫌だとか言うんですか?そうですね……過去の名前が、捨てた名前が偶然私の言った名前と一致してしまったとかでしょうか?」
「……いい性格をしているな。協力関係を結んでいなければ貴様を斬り殺していただろうに……残念だ。」
怒りを沈めながら無意識で構えていた剣をツキカゼは下ろす。深呼吸を何度か繰り返した後に、改めてホライズンに向き直る。
「いいだろう……貴様の言う通り、今日からその名を名乗ってやる。だが……言った以上は確実に約束は守ってもらうからな。」
「えぇ、理解しています……ま、この空間から動けない以上彼を殺すのはあなたしかいませんけどね……さっき言った10人云々の話は流石に私でも無理ですし。」
「……ふん……俺は少し休む、何かやる事があるのならまたその時にでも呼べ……」
そう言いながら男はその場に座り込むが、壁すらもない空間だった事を思い出して仕方なくその場に寝転ぶのだった。
ホライズンはツキカゼがその場に寝転ぶまで見届けてから、その場から移動を始める。
この空間には何も無いが、何かを出すことは出来る。ホライズンは外の様子を遠隔で確認することが出来るため、その様子をその場に映し出して色々と確認をし始める。
「……あの時、カマをかけてみましたが案外簡単に引っかかったことには驚きましたよ。
やはり、ツキカゼは……何らかの理由でこちらの世界に来た……月風陽の可能性がとても高いということですかね。
しかし、そうなると私との面識が無いことが少し気になりますね……あの程度のカマ掛けに引っかかるのですから何らかの反応があってもいいものを……」
そう言いながらホライズンはツキカゼが八雲邸に侵入した時の映像を見ていた。
情報だけではほぼ確定とも言えるのに、ならば何故?どうして?という部分が多く出てしまっていた。やはりしばらくは様子見をするべきだと、ホライズンは思ったのだった。