艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
ラインハルトは隅々まで見まわした。目に飛び込んで来る光景は往時の艦隊司令官時代の座乗艦のものと同じであった。戦闘の都度、緊迫した声を飛ばし続けたオペレーターや通信士官が座っていた席、あの豪胆で沈着冷静な艦長が座っていた席、そして、かつて自分が座っていた司令席。その傍らには今にもあの赤毛の相棒が佇んでこちらに微笑みかけるさまが目に浮かぶようであった。
下士官・兵士らの乗員の姿はない。ただ静かにコンソールディスプレイだけが青い光を放っているから、少なくともブリュンヒルトは死んではいないようだとラインハルトは思った。その証拠の一端を示す事実もある。一人だけ、ラインハルトにとって見覚えのある人間がこの艦に乗り込んでいたのである。
「閣下!!」
かつての第四次ティアマト会戦、そしてアスターテ星域会戦でブリュンヒルトを指揮した剛直な艦長がラインハルトが艦橋に入ってきたときに立ち上がって敬礼した様を、ラインハルトは後々の日まではっきりと思い描くことができた。
後にラインハルトはこの時のことをシュタインメッツにこう語っている。
「まるで往時の光景そのままだった。卿が立ち上がって私を出迎えた瞬間、イゼルローン要塞への最初の航海のことをつい昨日のように思い出した。」
そう言って懐かしむ目をシュタインメッツに向けたのであった。
ともあれそれは様々な出来事が整理されてからの事であり、今のラインハルトはかつての部下を目の当たりにして、驚きもし、また喜びもしたのである。だが、その背後には一抹の寂しさも潜んでいた。シュタインメッツには申し訳ないが、これが姉上やキルヒアイスであったならば、彼の喜びは数倍の物であっただろう。
だが、さしあたってはラインハルトはこのかつての艦長を歓迎し、驚きもしていた。
「シュタインメッツではないか!!」
艦橋に入り、この敬礼を受けたラインハルトが真っ先に口にしたのはこの驚きの言葉だった。ラインハルトに続いて、ビッテンフェルトもこの新たなる僚友の出現に驚きもし、かつ大いに喜んだのであった。
「なんだ、卿か!!驚いたぞ!!どういう風の吹き回しだ!?」
シュタインメッツは今にも両の肩を叩きそうな僚友を制してから、ラインハルトに向き直った。
「あの会戦のさなか、ブリュンヒルトに被弾した際、卿も無事では済まなかったと思っていた。だが、よく生きていてくれたな。」
ラインハルトが万感の思いのこもった言葉をシュタインメッツにかけた。
「よもやとは思ったが、もしや卿がブリュンヒルトを運んできてくれたのか?」
「いえ、小官も気が付けば、この地球とやらの海上に閣下の御乗艦ごと漂っていたのです。あの時は小官の不手際で閣下の御乗艦に被弾を許したこと、謝罪の言葉もありません。」
シュタインメッツは深々と頭を下げた。
「艦長の責任は艦の進退それのみにある。卿はその点は充分によくやった。ブリュンヒルトが被弾したことに責任があるとすれば、それは私の指揮に帰することだ。卿の失態ではあるまい。」
ラインハルトは穏やかに艦長を諭した。どこか寂しそうではあったが、それはアスターテ星域での敗戦を思い返していたからかもしれない。そしてシュタインメッツもラインハルトの表情のわずかな曇りを見逃さなかった。あの敗戦の責めは確かに総司令官であるラインハルトに帰するものなのかもしれないが、かといってラインハルト一人が負うていいものではなかったとシュタインメッツには感じられる。それを部下を責めもせずただ一心に自己の責任としているこの若き司令官を見た時、確かに心の中に何か動くものがあったのだった。
「閣下・・・・。」
シュタインメッツは一瞬何か熱いものを目の中に感じたようだったが、少なくともそれを表立って出すことはしなかった。代わりにここに来た時点から、ラインハルトたちと邂逅するまでの経緯を語った。驚いたことにあのアンネローゼによく似た女性もシュタインメッツと共にブリュンヒルトに乗っていたのであった。
「気が付けば、そこのフロイラインも艦に御乗艦されていましたが、言葉が通じません。身振り手振りで話をしても詳細なことが何一つわかりませんでした。しかし、そこの艦娘とやらのフロイライン方と接触でき、おぼろげながらこの世界のことがわかってきたのです。」
シュタインメッツが向けた視線の先には、新顔の艦娘二人が赤城たちに囲まれ、にぎやかに話をしていたが、話題が自分たちに向けられたと思ったのか、会話をやめてこちらを見た。
「トロキナ泊地所属、第一遊撃隊所属重巡洋艦青葉ですぅ。恐縮です!」
「トロキナ泊地所属、第一遊撃隊所属駆逐艦卯月でぇす!司令官に・・・敬礼、ぴょん!!」
『ぴょん!?』
期せずしてラインハルトとビッテンフェルトが同時に声を上げた。彼らも徐々に艦娘とやらの性質については理解し始めていたが、目の前の二人もまた異色の艦娘のようであった。夕立の「ぽい!」も衝撃的だったが、卯月とやらの艦娘については「ぴょん!」などというふざけた(帝国軍人にすれば)語尾を聞いて、お互いに顔を見合わせるばかりであった。しかしシュタインメッツはもう慣れてしまったのか、意に介さずに話をつづけた。
「小官が意識を取り戻したとき、ブリュンヒルトは一切の兵装が使用できず、飛び立つこともできない状況でした。通常の洋上航行は何とかできましたので、あてもなく海上をさまよっていたところ、こちらのフロイライン方と出会ったのです。先ほどのトロキナ泊地とやらが深海棲艦とやらに襲われて壊滅し、逃げてきたとおっしゃっていました。」
シュタインメッツの言葉に一転暗い顔をしながら二人はうなずく。状況と二人の顔から察するに、マダン、ポートモレズビー、そしてラバウルと似たような運命をたどったのだろう。
「そのフロイライン方から、ラバウル鎮守府とやらに行く途上との話を伺い、何かしらの手がかりがあればと思い、こうしてやってきた次第なのです。」
「待て。」
ラインハルトがシュタインメッツの話をとめた。
「卿の話ではブリュンヒルトは一切の兵装が使用できないと言ったな?フロイライン・ユウバリもそれを話していた。どういうことなのだ?」
「待ってください。それについて説明する前に、まず私たちの状況を説明しなくてはならないんです。」
夕張が話を引き取った。ラバウルが深海棲艦の襲撃を受けたのは今朝方のことである。圧倒的な戦艦と空母群の姿を目撃した夕張は、それでも応戦を試みたが、多勢に無勢と悟り、すぐさま妖精たちと艦娘たちを退避させ、自分も殿を務めながらいち早く逃げだした。敵は追撃してこなかった。そのことに夕張は疑問を抱かなかったわけではないが、目の前の深海棲艦の艦載機隊から妖精たちの乗った輸送船たちを守るので精一杯だった。
ようやくのところで追い払った夕張たちの眼に、白い鯨のような優雅な船体が飛び込んできた。それがブリュンヒルトだったのである。驚いた夕張たちが逃げかけた時、艦から滑るようにやってきた人間がいた。それが青葉たちだったのだ。疲れていた夕張たちは驚きもし、喜びもしながら、思わず洋上で立話をしてしまった。
この時、敵の艦載機隊が数機、接近してきたのを見逃したのは致命的だった。だが、それを致命傷にさせなかったのが、ブリュンヒルトの対空システムである。レーダーに映った「敵影」に気が付いたシュタインメッツは対空システムを起動させようとしたが、上手くいかなかった。だが、システムはどういうわけか勝手に作動したのである。
「小官が操作したわけではありません。いえ、操作を試みようとしたのですが、システムにロックがかかっており一切のアクセスができない状況だったのです。それがフロイライン方に敵の艦載機隊が襲い掛かろうとした刹那、突如ロックが解除され、自動的にシステムが働いたのです。」
シュタインメッツが説明する側で、アンネローゼによく似た少女の顔にほんのかすかな影がよぎった。夏の小麦畑をさっと通り過ぎる雲の影のような一瞬であったが、赤城、そしてラインハルトはそれを見逃さなかった。
「つまりはブリュンヒルトの航行、生命維持、レーダーシステム等を除いた全システムは今現在は使用できないというわけだな?」
ラインハルトが念を押すと、シュタインメッツと夕張はうなずいた。
「代わりにメディカル施設、工廠、発着所、要するにラバウル鎮守府にあった設備が全部ブリュンヒルトに入っているんですよ。まるで鎮守府が洋上に来たみたいなんです!!しかも設備が全部最新鋭のもので、今まで見たことのないものばかりなんです!!!」
夕張が興奮を隠し切れない様子で叫んだ。技術責任者としては無理もない反応だろう。仮に銀河帝国の技術の粋がそのままここに来たのであれば、全く色合いの異なる次世代の兵装や艤装も作成できることになるだろうから。
それからしばらくして――。司令官私室にて――。
■ ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将
一渡り話を聞いたところで、いったん小休止をすることとなった。その間俺は艦を隅々まで見て回ったが、驚いた。往時のブリュンヒルトとほぼ変わりがない。いや、フロイライン・ユウバリの言った機能が追加され、兵装が使えず、洋上を漂うしかなく、通常航行しかできないという点は決定的に違うがな。
話をしたと言っても、状況をおおよそながら理解したことに過ぎない。わからないことも多々ある。まずは俺の姉上にそっくりだったあのフロイラインだ。シュタインメッツもフロイライン・アオバもフロイライン・ウヅキも、そしてフロイライン・ユウバリたちもわからないと言っていた。何者なのだ?さきほどシュタインメッツとフロイライン・ユウバリがブリュンヒルトに起こった状況を話していた際に、わずかに表情が動いたのだが、あれはなんだったのか?
まさかとは思うが・・・いや、考えすぎだろうか。あのフロイラインもまた艦娘とやらなのかもしれない。フロイライン・シラツユから海を渡ってきたという話を聞いたとき、とっさにそう思ったのだ。だが、俺の予測は外れた。フロイライン・アカギらがそれはありえないと言ったからだ。フロイライン・アカギらが知っている艦娘たちの容姿とは全く異なるのだという。確かにそうだ。おまけに偽装もつけていないというのだからな。
次に、ブリュンヒルトだ。何故この世界に出現したのか、なぜこのような状況になってしまっているのか、俺にはわからない。システムを見てみたが、ロックがかかっており、それを解除することはできなかった。バカげた考えかも知れないが、ふと、俺の頭に思い浮かんだことがある。フロイライン・コンゴウがこの状況を見て「動く大本営と言われたブリュンヒルトが可哀想デ~ス!」と言っていたが、俺はまさにこれこそがブリュンヒルトがやってきた理由なのではないのかと思ったのだ。
ブリュンヒルトは「動く鎮守府」としてその役目を果たすべくやってきたのではないか?
そう思ったとき、俺自身がなにやら抑えがたい気持ちを胸の内に感じていた。規模はまるで違うが、このブリュンヒルトに座乗し、前線で艦娘たちの指揮を執り、深海棲艦共を葬り去る、それこそが俺に課せられた使命なのではないか?だからこそシュタインメッツ、そしてビッテンフェルトが来ているのではないか?
全部の疑問が解明されたわけではない。色々と考えなくてはならないこともある。そしてやらねばならないこともある。だが、俺はなぜ自分がここにやってきたのか、その答えの一片を受け取ったような気がしたことに満足している。いや、まだこれからだ。深海棲艦共を一掃し、もってこの地球とやらの人々を救うための戦いはこれからなのだ。
俺はペンダントを取り出して開いた。蓋の裏についている顔を見るたびに悲しさも増すが、二人がそばにいて俺を見守っていてくれている気が束の間なりともするのだ。
そうだろう?キルヒアイス。そうでしょう?姉上。二人とも見ていてくれ。俺がこの世界にやってきた理由、そしてその意義を必ず見出して見せる。約束だ。
シュタインメッツもアスターテ星域会戦には参加していませんが、便宜上その中に入れておいたのです。