艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
通された部屋は何もなく、ただ椅子が一脚あるだけのそっけない部屋だった。ラインハルトはあたりを見まわしていたが、ふと、壁の一画に歩を進めて手を当て、静かにそれを撫でた。明らかにそれは防音性のものであった。
「ローエングラム。」
未だかつてこれほど無礼な呼び方をされたことはないが、もはや彼を連れてきた憲兵たちはそれまで彼に対して持っていたわずかな敬意を捨て去っていた。あるのは敵意だけだ。
ラインハルトは振り返った。部屋の入り口には二人の憲兵が、そして反対側には二人の人間が立ちはだかり、銃口が彼に向けられている。無機質な撃鉄を起こす音がし、銃口に劣らぬ冷たい目が彼を見つめる。
「問答無用、というわけか。」
ラインハルトは静かに話しかけた。彼の目の前にいる二人のうち、一人は会議室にいた軍上層部の一人らしかった。もう一人は憲兵隊司令の一人のようである。
「そうだ。ローエングラム、貴様の存在は我々にとっては邪魔者でしかないのだよ。昼間貴様と話したことで全員がそれを認識した。」
「私は卿らに敵意を持つ者ではないが?」
「貴様の意志などどうでもよい。貴様はそのカリスマ性と天性の才能で、我が艦娘たちを手なずけてしまっている。今はまだ一部にすぎんが、いずれ全軍が貴様の指揮下に入る危険性がある。」
「・・・・・・・。」
「そうなる前に芽を摘み取るのだ。我が海軍の指揮は我々海軍軍人がとる!」
「・・・・・・・。」
「ローエングラム、貴様がしたことは我々の戦力を強奪した、ケチなコソ泥と同じだ!!」
目の前の海軍軍人は自らの言葉に興奮してきたのか、次第に声を荒げていった。
「艦娘風情が勝手に指揮官を替え、その下につくなどと、言語道断だ!奴らは所詮人間ではない。兵器にすぎん!兵器は黙って我々の指示に従っていればいい!」
「・・・それが、卿らの考えというものか。」
静かだがその声は洋上に遠く広がるどす黒い雲から発せられる雷鳴のようだった。海軍軍人は気圧されたように口をつぐんだ。
「兵士など、艦娘など、使い捨ての備品のように扱ってよいと、そういうことなのか?」
ラインハルトの拳が固く握られる。
「そうだ!それのどこが悪い!」
「兵士一人一人に、艦娘一人一人に、それぞれの人生がある。人としての尊厳がある。これからの生き方がある。卿はそれを認識していない。」
「代替品にそのようなものなどないわ!!」
海軍軍人が喚いた。
「我々の意志こそがすべてにおいて優先されるべき事項だ。手足などいくら切り捨てても代替品で賄うことができるが頭脳はそうはいかない。軍において守られるべきは我々頭脳なのだ!」
「腐った脳漿を守るために、手足が犠牲になるというか。いささか私は誤っていたな、貴様らは帝国軍人よりもさらに始末が悪い。彼奴等は無能だったが無能なりに国家に忠誠を誓っていた者も多かった。」
ラインハルトのアイスブルーの瞳は怒りにきらめいた。憲兵隊司令は今度は気圧されなかった。憎悪という感情が恐怖を消し飛ばしてしまっていたのである。
「・・・ひとつあの世への手土産に話を聞かせてやろうか。」
海軍軍人はどす黒い笑みを浮かべた。
「貴様は知るはずもないがな、今の艦娘のバックアップ計画は既に進行中なのだよ。完成すればいくらでも代替はきく!!今栄光の第一航空戦隊などとちやほやされているあの赤城、加賀ですら、幾十人も生み出すことができる!そうなればもう奴らは用済みだ!!」
「・・・・・・。」
「驚いたか、言っただろう。所詮彼奴等は兵器に過ぎないのだよ。」
海軍軍人が手を振って合図した。憲兵隊司令、そして二人の憲兵が銃を構える。
「おしゃべりはここまでだ!これだけ話を聞かされて生きてここを出られると思うな!死ね!ローエングラム!!」
銃声が鳴った。硝煙の匂いがあたりに立ち込める。だが、呻きを上げて倒れたのは憲兵隊司令、そして一人の憲兵だった。とっさにラインハルトが身を沈めたので、彼を狙った弾丸はそれぞれ司令の腕、憲兵の右胸に命中したのである。
身を沈めたラインハルトはばねのようにして伸びあがると、華麗さを思わせる体の動きを見せて全体重を込めた拳を海軍軍人の頬に叩き込んだ。吹っ飛ばされた海軍軍人は部屋の壁に激突してズルズルと床に伸びた。
「貴様!!」
発砲しようとする憲兵を今度は椅子がうなりを上げて襲い掛かった。したたかに顔面に食らった憲兵は仰向けにひっくり返り、ものすごい音がした。
「・・・・・・ッ!!」
不意に焼けるような痛みが左腕に走った。キッ、とラインハルトが振り返ると負傷して床に転がっていた憲兵隊司令が震える手で銃を構えていた。
「ギャアアアアア・・・・アアアアアッ!!」
憲兵隊司令が喚き声をあげて叫び続けた。彼の銃を持った右手をラインハルトの足が強かに踏みつけたのである。鈍い、嫌な音がした。激痛にのたうち回る司令から銃を奪い取ると、ラインハルトは部屋を見まわした。もはや彼に抗おうとする戦闘力の残っている人間は一人もいなかった。
組織というものは、とラインハルトは口の中でつぶやきかけてその言葉を打ち消した。これは組織という外套を被り、その中で自己の権益のみを育ててきた者どもではないか。そのような人間が組織論を振りかざしていることそれ自体が滑稽で有り、空虚で有り、そして・・・・どこか悲惨さを感じさせていた。
このような人間どもに使役され続けている艦娘こそが、哀れではないか。傷だらけになりながら奮闘し続けている艦娘たち。大小の思いの違いこそあれ、それは個としての違いに過ぎず、むしろ歓迎すべきものである。本質的な思いは誰しもが等しく抱いている。それはとても純粋で色など付けられない。
この海洋を深海棲艦共から死守し、人類を守り切ること。このひたすらに純粋な思いを背負って彼女たちは戦っている。
その上に立つ人間もまた、それに負けない思いを背負って戦わなくてはならないのではないか。少なくとも彼女たちの思いを無にするような言動は慎むべきだろう。
ラインハルトはそのような思いを抱き始めていた。いつからかはわからない。だが、艦娘に接し、そしてこの横須賀にきてから、その思いははっきりと形となって現れてきたようだった。
「閣下!」
「ローエングラム提督!」
バ~ン!とドアが開け放たれ、赤城、ビッテンフェルトが飛び込んできた。
「閣下、ご無事でしたか!?」
「提督、腕がお怪我を――!!」
赤城がはっと口元に手を当てたかと思うと、素早く駆け寄って手当てを始めた。
「大事ない。弾丸が腕をかすめた程度、ほんのかすり傷だ。よく来てくれたな、フロイライン・アカギ、ビッテンフェルト。」
ほんの一瞬、本当にほんの一瞬の事だったが、赤城が目を潤ませて頬を染めたのがラインハルトに見えた。その視線を感じ取ったのか、彼女は手早く手当てを済ませると、つっとラインハルトのそばを離れた。
「閣下。お手間を取らせてしまい申し訳ありません。すぐにここを脱出しましょう。見張りは我々が倒しました。外にファーレンハイトらが待機し、脱出路を確保しております。」
ビッテンフェルトの言葉にラインハルトはうなずいた。
彼らが飛び出していった後、部屋に倒れている者の中で一人、動いている人間がいた。憲兵隊司令である。
「おのれ・・・このままでは済まさんぞ・・・・・。」
苦心して無線機を取り出し、必死に声を絞り出した後、再びその人間は床に倒れ伏した。
* * * * *
海軍軍令部会議室において、老提督、副司令以下の提督たちが椅子に座り、目つきの鋭い男が一人、老提督の傍らに佇んでいる。誰かを待っているように誰も身動きをしない。
やがて室の外に来訪を告げる凛とした声が聞こえてきた。
「入れ。」
末座の男が促すと、ガラッとドアがスライドし、一人の艦娘が入ってきた。
「長門、参りました。」
靴の踵が鳴り、長門が直立不動で敬礼を施す。武人の鏡というべきオーラがあふれ出ていたが、誰もそれに感銘を受けた様子もない。海軍上層部の面々はただ無表情に見返す。それだけだった。
「ローエングラムなるものが、我が艦隊を伴って横須賀港湾外に逃走を図ろうとしている。これを阻止し、奴を捕えろ。」
目つきの鋭い男が指令を下した。長門は提督たちの顔を見るが、一様に苦い顔をしている他、表情は読み取れない。
「了解しました。・・・・万が一同行している者たちが抵抗した場合は、どうなりますか?」
「排除しろ。武力行使を許可する。」
「排除?!」
誰かが声を上げたようだったが、老提督、そして目つきの鋭い男がそちらを見ると、声はしぼんでしまった。
「失礼ですが。」
長門が声を出した。
「彼女たちもまた、日本海軍の一員であります。私が説得して連れ戻しますから――。」
「命令だ。」
おっかぶせるように目つきの鋭い男が声を出した。一瞬喉が鳴り、さっと表情が白く鳴った後、再び無表情に戻る。長門があらわした反応はそれだけだった。
「承知、いたしました。」
再び敬礼を施し、さっと提督たちに背を向けると、長門は室を退出していった。彼女が退出し終わるまで誰も何も言わなかった。
「あのラインハルト・フォン・ローエングラムとかいう孺子は我々にとって邪魔者でしかない。それに加担する者は皆同じだ。たとえ艦娘であろうとも、いや・・・所詮艦娘だからこそ、そういう行動に出るという事だ。」
目つきの鋭い男が嘲笑を浮かべた。
「これが我々軍人であればたとえ制裁を受けようとも組織に反抗することなどない。だから艦娘という者は――。」
「しかし、その艦娘に我々は助けられているのでは、ありませんか?」
末座から声が上がった。皆が声の主を見る。今度の声の主は委縮をすることなく、その視線を跳ね返し続けていた。彼は昼間の会議にはいなかった。軍令部から召集指令を受けて、先ほど到着したのである。これと言って目立つところのない、どこか頼りないと表現してもいい青年軍人であった。ただ、その瞳には鋭さはまるでなかったが、意志の強さは確かに宿っていたのである。
「呉鎮守府の孺子か。軍令部から左遷されて地方に飛ばされた青二才だな。」
目つきの鋭い男の隣にいた、提督の肩章を付けた重厚な胸板を持った巨漢が唸る。
「貴様もあの人間に加担するか。」
目つきの鋭い男がすくい上げるような視線を送ってくるのを、青年はじっとそれを受け止めて目をそらさなかった。
横須賀鎮守府、そしてそれらを取り囲む港湾施設には警報音が鳴り響き、サーチライトの光が鋭く照射されていた。逃亡者共を捕まえようと警備、憲兵隊が駆け回り、怒声があたりの空気を引き裂く。
ラインハルトと一緒にいるのは、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、そして赤城、加賀、飛龍、金剛、榛名、夕立である。他の艦娘はブリュンヒルトに残っている。彼らは埠頭に近い倉庫群の陰に身を潜めていたのだ。
「て、提督さん!どこにいくっぽい!?」
夕立が息を切らし膝に手を当てている。ずっとここまでかけっぱなしだったため、さすがの艦娘たちの中にも息が上がる者が多かった。一行の近くでは「追え!」「逃がすな!」「抵抗する場合には銃器の使用を許可する!」などという叫びが口々に飛んでいる。
「そこにランチがある。それを強奪してブリュンヒルトに戻る。」
ラインハルトはいささかも息を切らさずに答えた。ビッテンフェルト、ファーレンハイトも同様である。さすがは帝国軍人だと赤城たちは思わずにいられなかった。
「あの、提督、申し訳ありません。艤装を失った私たちではお役に立てることができなくて・・・。」
飛龍がファーレンハイト、そしてラインハルトに謝る。
「気にするな。お前は海上でこそ、その本領を発揮する。それでいい。艦が陸上で暴れまわるなどという話を、俺はあまり聞いたことがない。」
ファーレンハイトが飛龍の肩を叩いたのち、
「閣下。どうやってあそこに向かいますか?見張りがおりますが。」
一行がそっと身を乗り出すと、急きょ招集されたであろう軍用車両数台と装甲軽戦車一両、十数人の軍人が武器を手に手にたむろしている。とてものこと、正面突破できそうにはない。
「さて、どうするか・・・・。」
ラインハルトが考え込んでいる。他のみんなも考え込んでいたが、
「ローエングラム提督。」
乾いた声がした。加賀がラインハルトに視線を向けていたが、それにはある決意が宿っていた。
「私が、囮になります。」
加賀の言葉に皆が目を見張った。
「か、加賀さん!それは――。」
「いいえ、赤城さん。今この場で誰かが注意を引き付けなければ、あの正面は突破できない。」
加賀が珍しく強い調子で言った。
「この役目、私が引き受けます。」
「いいえ、ならば私が!!」
「赤城さん、あなたはローエングラム提督の秘書官。秘書官の務めは最後まで提督の御供をすることです。違いますか?」
「それは・・・・・。」
赤城が俯く。
「だったら私がやります!」
「私もやるっぽい!駆逐艦が一番足が速いっぽいもの!」
「ヘ~イ!私を忘れてもらっては困りマ~ス!」
榛名、夕立、金剛が口々に言うが、加賀はそれを制した。
「大丈夫。私なら上手くやれます。その代り、ローエングラム提督。一つ約束をしてください。」
ラインハルトは加賀を正面から見た。加賀の眼に込められた力が強まる。
「必ず・・・・深海棲艦を撃破し、さらに、この国をより良いものにしていくことを。」
ラインハルトが何を言うか、皆はそれを見守っていた。もっとも注視していたのは他ならぬ加賀、そして赤城だっただろうが、彼は全く予想外の行動をとった。
「フロイライン・アカギ。」
ラインハルトが赤城を振り返った。
「通信機でブリュンヒルトと連絡はとれるか?」
「え!?ええ、とれると思いますが・・・・。」
「提督。私の話を――。」
「フロイライン・カガ。」
ラインハルトは加賀を見た。
「卿の勇気と覚悟には賞賛を禁じ得ない。だが、卿を預かる提督としては到底それは許可できない行動だ。」
「しかし、この状況下では誰かが犠牲にならなければ――。」
「犠牲を平然と受け入れる指揮官には、私はなりたくはないのだ。」
ラインハルトの声はさほど大きくなかったにもかかわらず、加賀の胸をうった。
「こと、他のありとあらゆる可能性を試さずにそのような方法を取ろうとする指揮官にはな。」
「・・・・・・・。」
「一つ方法がある。少々手荒な方法だがこれしか手はないだろう。フロイライン・アカギ。」
うなずいた赤城がブリュンヒルトから持ってきた指向性の通信機をいじっていたが、やがて反応があったらしく、ラインハルトに渡した。
* * * * *
「長門。」
「・・・・。」
「本当に、やるの?」
「・・・・。」
「彼女たちは私たちと艦隊を組んでいたのよ。それを沈めろと?」
艤装を装着し、スタンバイを終えていた長門はドッグの暗い照明の中、声の主を振り返った。
「命令だ。それが不服なら、ここに残っているか、陸奥。整備不良という事で、後で報告書を書けばいい。」
「そう言う問題ではないでしょう。」
軽く相棒をたしなめるように言うのが、長門型2番戦艦、陸奥だった。
「艦娘どうし、まさか相打つことになろうとは思わなかったわ。」
「まだわからんさ。止め立てする方法が少しでも残っているのなら、私はそれを試すまでだ。」
「愚かなことだな。」
不意に声がかかる。二人が振り返ると、超戦艦武蔵が腕を撫しながら主砲の角度を調整していた。
「我々は兵器だ。与えられた戦場で力を発揮するそれだけが・・・・・!!」
暗い照明の中でも、殊更その威力を誇示しようというように、主砲砲身がギラリと光る。
「我々の存在意義だろう。」
「そうだ。」
長門は胸の内にあるものを押し殺そうと、息を吐き出した。
「その通りだ。余計な感情などいらない。だが、それはあくまでも最後の手段として考えたい。行くぞ。」
最後の声は、武蔵、陸奥、愛宕、高雄、大鳳、千代田、千歳、神通、川内、嵐、荻風、長波、敷波、夕雲に向けられたものだった。横須賀鎮守府はその麾下をもって逃亡者たちを沈めるべく、指令を下したのである。
と、その時だった。ものすごい衝撃と音がドックを襲った。出撃用意を終えていたとはいえ、艦娘たちは体制を崩さないようにするのが精いっぱいだった。
「何があった!?」
留守を預かり、階上の司令室にてドックの調整を行っていた飛鷹が慌てた様に通信を行っていたが、すぐに真下の長門たちに叫んだ。
「敵の戦艦が湾内に突っ込んできました!!」
「なに?!」
誰もがその言葉を理解するのに数瞬を要した。
戦艦が埠頭に突っ込んできた!?バカな、ありえない!そんな思いが誰しもの脳裏を支配していたが、事実はまさにその通りだった。
外ではブリュンヒルトがその巨体を埠頭に乗り上げていた。すさまじい大波が岸壁を洗い、装甲車、戦車などをさらっていく。もちろん何度も事前に発せられた停船警告など聞くはずもなく、巨体が向かってくる前に逃げ散った兵隊たちは今や手に手に火器をもってブリュンヒルトを包囲しにかかっていた。
「全速航行で湾内を離脱せよ!!」
艦橋に立つラインハルトが叫んだ。既に艦娘全員が収容されている。ブリュンヒルトは乗り上げた岸壁からその身を離すと、ゆっくりと湾内を後進し始めたのである。