艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
太平洋中部のとある島が深海棲艦の一大根拠地であり、彼女らの世界の中枢であることを知っている人間はいない。便宜上深海棲艦を「女性」ととらえるならば、だが。
だが、ここにどう見ても女性ではない存在が島にぼんやりと立って海のかなたを見ていた。
「アレハダレ?」
「サァ・・・マタ『オ姉様』が深海カラ拾ッテキタンジャナイ?」
「拾ッテッテ・・・・アレハ人間ダゾ。」
「私ニイワレテモ困ルンダッテ!」
流石の深海棲艦たちも困惑した様子でささやき交わしながらわきを通っていく。当の本人はいっこうに気にもせず、海のかなたをぼんやりと見つめていた。見る人が見ればその見つめ方は夢想や考え事とは少し違っているように思えたかもしれない。
それは、深い深い眠りから覚め、今自分がどこにいるのかをしばらく忘れていて思い出そうとしているような、そんな眼差しだった。
サクサクと砂を踏む音がし、真っ白な、血が通っていない手が「彼」の肩を叩く。叩かれた方も負けず劣らず白い肌をしている。だが、髪だけは黒く、やや収まりの悪い頭髪をしている。その顔を人間が見れば、紛れもない東洋人だというだろう。
「ドウダ。気分ハ落チ着イタカ。」
彼はぼんやりした目のまま自分の肩に手を置いている深海棲艦――空母棲鬼――を見た。
「どうも気分が落ち着かないのですよ。自分が一体何者なのか、どこから来たのか、そいつを未だに思い出せずにいるのですから。」
そう言って髪を掻きまわすのだが、そうしたところで思い出せるはずもなかった。この仕草を空母棲鬼は何度も見ている。
「無理ニ思イ出ス必要ナドナイ。貴様ガ何者ナノカソノヨウナコトハドウデモヨイ。貴様ガ現レテカラ、我々ノ状況ハ好転シツツアルノダカラ。」
「あなたにとってはどうでもいいでしょうけれど、私にとっては喫緊の課題なんだけれどなぁ・・・・。」
彼はぼやいた。そういいつつも一向に深刻さが伝わってこないのは彼の性分なのだろうか。
この「人間」がどうやって現れたのかは空母棲鬼でさえも知らない。彼女たちの「お姉様」より彼を参謀にする旨が伝えられ、深海棲艦たちは彼の作戦に従って動くこととなった。その結果が吉か凶かを判断するまでにそう長くはかからなかった。南方は彼の電撃作戦によってフィリピン海域を覗いてはほぼ深海棲艦サイドに手に落ち、南米における艦隊決戦においても勝利を重ね、強大なアメリカ海軍とその艦娘たちさえも本土沿岸に封じ込めることに成功したのである。特に、ハワイにおける戦いの采配ぶりは戦術という物を軽視していた深海棲艦たちに与えることとなった驚きと新鮮さのあの感覚は、今も彼女たちの脳裏に焼き付いている。
だが、当の本人はいっこうに嬉しさを出さず、いつものままだった。つまりはいつもの顔でいつものように昼寝をし、時には書物(人間たちの根拠地から分捕ってきたものをここに保管していたのである。)を所望してぼんやりと読みふけるばかりだったのである。
空母棲鬼はそんな彼の御目付役と世話係として彼の側にいることを命じられた一人であった。はじめのうちは退屈で仕方なかったが、彼の話を聞き、彼の書物を読んでいるうちに、彼に対する認識を改め始めた。今では彼の深層心理が理解できるようになってきていると思っている。
「ドウモ貴様ハ人間ノ最モ怠惰ナ部分ヲ濃ク受ケ継イダヨウダナ。朝寝坊、ソシテ午前中ハイツモ昼寝、ゴ飯ヲ食ベタラマタ昼寝、夕方オキテ本ヲ読ンデ晩御飯ヲ食ベタラマタ夜寝。ソレバカリダナ。少シクライハ体ヲウゴカシタラドウダ?」
この問題は初めて彼女から彼に発せられたものではないらしく、どう答えようかと彼が考えていると、二人の下にまた新しい深海棲艦――重巡棲姫――がやってきた。
「『オ姉様』ガオ呼ビダゾ、二人トモ。新タナ作戦ガ発動サレル。」
「新タナ作戦?マリアナ諸島泊地ノコトカ。」
空母棲鬼が尋ねた。
「ソウダ。以前オ前ガ『御姉様』ニ上ゲタ作戦ダ。」
「随分ト急デハナイカ?」
と空母棲鬼が言うのと、
「あれはまだ早いと思うのですが。」
と彼が言うのとが同時だった。
「急?私ハソウハオモワナイ。」
重巡棲姫の顔に血管のような物がうかんできた。怒っている時の彼女の表情である。
「アノ『ローエングラム』トカイウ奴ニ我々ハ散々煮エ湯ヲ飲マサレテキタデハナイカ。ラバウルトソノ周辺ノ艦娘ドモガ基地壊滅ノ中デ生キノビタノモ、ソシテ、港湾棲姫ヲ葬リ去ッタノモ、アノ人間ノシワザ・・・・。」
ビリビリという闘気が彼女の身体から発散された。
「ダカラ私ハアノ人間ヲ、ローエングラムヲ、叩キツブス!!!」
重巡棲姫は二人の前でそう宣言すると、身をひるがえして去っていった。
「やれやれ、どうも性急な気がするのですがねぇ。自分で立案しておいてなんですが、あれはローエングラムとか言う――。」
「ドウシタ?何カアッタカ?」
突如彼が言葉を途切れさせたまま固まってしまったので、空母棲鬼は尋ねた。
「あ、いえ、何でもありません。何か頭の奥で動いたものがあるのですが・・・すぐに消えてしまいました。・・・そうそう、ローエングラムとかいう人間が横須賀とやらに赴いている間に実行すればよかったのです。今となってはそれほど脅威にはならないでしょう。」
「横須賀トヤラニ対シテ打ッテイタ手ガ台無シニナッタノデ『御姉様』ハ立腹ナノダロウ。サ、我々モイクゾ。」
空母棲鬼に促された彼も砂浜を歩き「御姉様」の元に向かう。その表情は遠い空を見上げ、先ほど感じ取っていた何かをしきりに具体化しようとしているようだった。
マリアナ諸島泊地――。
ブリュンヒルトがその優美な巨体をマリアナ諸島泊地付近海上に停泊させたのは、横須賀を脱出した2週間後だった。
「艦、指定ポイントに投錨完了しました。」
シュタインメッツが報告する。
「ご苦労。」
ラインハルトは司令席から立ち上がった。
「ファーレンハイト提督のアースグリムも既に入港しています。」
ファーレンハイト艦隊は途中、ラインハルトの指令によりブリュンヒルトから離れて別行動を取った後に、一足早くマリアナ諸島泊地に到着していたようだった。
「ローエングラム提督、梨羽提督から入電が入っています。至急お会いしたいと。」
赤城がラインハルトを見た。その眼にはかすかな微笑が含まれている。赤城だけでなく他の彼の麾下の艦娘たち皆も同じ表情をしている。
「こちらもそのつもりだった。あれを見れば嫌でも知りたがるだろうからな。」
ラインハルトの眼前ディスプレイには続々とマリアナ諸島泊地飛行場に着陸する大小の航空機集団と多数の輸送艦隊、それを護衛する船団等の姿が映し出されていた。
30分後――。
梨羽葵の司令室にはラインハルトを始めとしてビッテンフェルト、ファーレンハイト、そして赤城、夕張ら彼の麾下の艦娘たち、そしてファーレンハイト艦隊の飛龍らが集まってきていた。
「まったく、一体何をどうしたらああいう手品ができるのか、不思議でしょうがないわ。」
葵は半ばあきれ、半ば感嘆の眼差しを銀河帝国軍上級将官に向けていた。
「アトミラール・ナシハ。既に卿にはこのことは話してあったはずだが。」
「話してもらっていたわよ。でも、こんなに、こんなに・・・・!!」
驚きで口がまわらなくなっていたが、話し出すうちに勢いが止まらなくなった。それほど若き上級大将が持ってきたものは葵の予想以上だったのだ。
「烈風、烈風改、それに流星、流星改、彗星甲、新型5連装酸素魚雷、そして六〇一航空隊。おまけに一式陸攻、飛燕を始めとする陸軍航空隊まで引き連れてくるんだもの。それに、あの物資、資材の山!さらに加えて、極秘開発中の艦娘改装設計図まであるじゃない!一体どうなっているの?まるで横須賀の鎮守府と軍令部がそっくりそのままうちに来てしまったような――。」
そこまで言ってから「ハッ!」と葵は息をのんだ。
「まさか、横須賀鎮守府に押し入って強奪してきたわけじゃないでしょうね!?」
ラインハルトは苦笑交じりに首を振った。
「そのような事をすれば私は即刻処刑されてしまうだろう。」
「だよね。でも、どうしてそこに――。」
葵は視線をラインハルトの隣に移した。
「横須賀鎮守府の鎮護と言われたあなたがいるわけ?長門、それに陸奥も。」
室内にいる全員の視線が自分の顔に向けられるのを感じながら、長門はあの時、ローエングラム上級大将と初めて顔を合わせた時の事を思い出さずにはいられなかった。
* * * * *
目が覚めた時、そこがメディカル施設だという事は分ったが、どこか違和感を覚えていた。自分は負傷したのか、どこをどうやって戻ってきたのか、今一つ思い出せなかったのだ。
かすかに人の気配を感じて顔を左に傾ければ、そこには豪奢な金髪とアイスブルーの瞳の持ち主が立っていた。
「お前は・・・!!」
「気がついたようだな。シュラハトシッフ・ナガト。」
その呼び名はラインハルトがいつも呼びかける「フロイライン」とは違っていた。事前に赤城から「長門さんに対して『フロイライン』を使うのはやめてくださいね。どう見ても『長門お嬢さん』という風情ではないですし、あの人は特に自身を武人として自分を律していらっしゃる方なのですから。」と言われていたからだ。
「ローエングラム提督か・・・・では、ここはブリュンヒルトなのだな。そうか・・・・。」
長門は息を吐き出した。胸が上下し、それに合わせてベッドも上下する。
「我々は負けたのだな。」
あの指向性の機雷にとりつかれ、なすすべもなく砲火の中に意識を失っていったことを長門は思い出していた。
「卿等は奮戦した。ブリュンヒルトも少なからず損傷を負ったが卿等ならばこそできた業だろう。見事だった。」
ラインハルトは静かにそう言った。ブリュンヒルトの損傷した装甲は既に剥離されて急ピッチで修復が進んでいる。ただし、損傷したのは装甲のみであって、機関部は全くダメージを受けていなかった。火災発生はそれに便乗して意図的にラインハルトが起こした疑似的なものだったのだ。すべては敵を引き付け、指向性の機雷の散布海域に誘導するためだった。重巡、軽巡戦隊を始めとして、ほぼすべての艦娘がこれにかかった。唯一空母部隊のみは遠距離であったため、退避、離脱していたが。
「敗北してしまえば、多少の奮戦など意味をなさなくなる。貴様は長門級、そして大和級と戦い、これを打ち破った。我々は敗北した。これは事実だ。」
長門はラインハルトを見ず、装飾が施された天井を見上げていた。
「陸奥は、武蔵は、他の艦娘たちはどうしているか?」
長門の質問に、かすかに呻いた声が答えた。顔を向けると、右隣のベッドに横たわる陸奥がこちらを見ていた。
「長門・・・・。」
「陸奥・・・・。」
やはり捕虜になったのか、という無言の確認を双方の瞳が行った。
「卿等追撃艦隊はほぼ我々が捕捉した。現在は各区画に分散させ、そこで面倒を見ている。重傷を負ったものはいないし、死者も出ていない。」
「・・・武蔵はどうした?」
「シュラハトシッフ・ムサシは独房に入れてある。こちらに収容する際に相当抵抗があった。」
みると、ラインハルトの頬にかすかに傷があるほか、腕に包帯を巻いている。
「艤装を外してもなお、あのような力を有するとは卿等艦娘はやはり無限の可能性を秘めているのだな。」
「無限の可能性、か。・・・・フッ。」
長門が自嘲するように笑った。ラインハルトのかすかな表情の変化を認めながら、
「いや、貴様を嗤ったわけではないさ。だが、貴様が我々の現状をまだ知っていないことも事実だ。・・・・見ただろう、上層部の人となりを。」
横須賀鎮守府の軍上層部との不愉快な会見、憲兵隊に射殺されそうになったこと、ラインハルトとしても良い思い出はない。
「何故卿等はあのような者共に仕えるのだ?無能、無為、無策を体現したような奴らに。」
「軍属としてはそうするほかなかった。」
「軍の階級だけがすべてではない。」
この言葉に長門は何も言わなかった。ただ、少し右手が探るように動いて、陸奥の方に差し伸べられたのをラインハルトは見た。陸奥は黙ってその手を握り返した。
「帝国軍上級大将フォン・ローエングラム。」
長門はラインハルトの正式名称を付属させた。
「何故、赤城たちが貴様に従うのか、その理由を聞いたことはあるか?」
「共通の大敵を相手に共に戦うのに、理由など、ましてやその正当性を論じる必要などない。要するものはただ一つ、相互における信頼それのみだ。それがある限り、いかなる敵を前にしても我々は負けはしない。」
「共に戦う明白な理由が不要だという事か?」
「そうは言わぬ。だが、その理由を時として秘めておきたい者もいることだろう。そのような者に向かって無下に理由を問いただすほど私は無作法ではないつもりだ。」
「・・・・・・・・。」
「だが、どうやら卿は違うようだな。」
長門は長い事黙っていたが、やがて息を吐き出すと、ゆっくりとうなずいた。
「恥を話すことになるかもしれんが、これだけは貴様に知っておいてもらいたい。」
そう前置きして話し出したのは、彼女らが横須賀鎮守府に着任してからの軍上層部の彼女らに対する扱いだった。まるで兵器を扱うがごとく無作為に扱われ、人間として見られることは皆無だった。時に疲労を考慮されずに連続で出撃をさせられたこともあるし、中破しても治療を受けることすら許されないこともあった。「まだ、大破ではない。」というのが上層部の言い分だった。ある時など連続で南方に出撃させられ、苦労して南方棲姫と呼ばれる大物の深海棲艦を打ち破って帰ってきても、すぐさま北方に差し向けられるというありさまだった。何のねぎらいもないまま。
彼女にできるのは、自分の麾下の艦娘を庇い続け、守ってやることくらいだった。
彼女の話が終わった時、ラインハルトは一つだけうなずいたが、そのうなずき方はぞんざいなものではなく、全てを理解したのだということを長門に伝えるに充分な意思表示だった。
「卿等はもう充分にその職責を果たしたのではないか。」
ラインハルトは静かに言った。
「この上は卿等自身の路をゆくべきだと私は思うが。功績をもって報いるにあまりにも過小な扱いをされてきたではないか。」
長門は彼の言葉を咀嚼するように数秒間黙ったが、ぽつりと言葉を漏らした。
「てっきり貴様は『我が艦隊に加われ。』などというかと思っていた。」
「私には強制はできない。それに、仲間を見捨てて単身自らの利害の為だけに動くような卿ではないと思うが。」
長門ははっとした。ごく短い会話の中でラインハルトは長門の人となりを看破していたのだ。
「その通りよ。彼女は自分の為だけにあなたに降るような人じゃない。」
陸奥がラインハルトを見つめながら言った。その隣で長門はしばらく黙っていたが、
「私が欲するのはただこれだけだ。今の我々が虐げられることなく、艦娘として、武人として存分にその意義を全うできる主君に仕えること。フォン・ローエングラム。果たして貴様にその資格があるか?」
「卿自身がそれを見極めればよい。私がその力量ではなかった時には離脱すればよいのだ。私にはそれを止め立てする権限はない。」
長門はまたしばらく黙り込んだ。
「だが、横須賀にはまだ我々の仲間が残留している。仮に私が抜ければ後に残された仲間がどれだけの扱いを受けることか・・・・。」
と言った。
「わかっている。そこで一つ卿等に提案があるのだ。」
ラインハルトはそう前置きした後、長門、そして陸奥にある案を提案したのである。