艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第四十話 最大戦速でこの海域から離脱せよ!!!

 

 三方向、いや、背後を扼している艦隊を含めると数百隻の大艦隊に包囲されたローエングラム・マリアナ諸島泊地連合艦隊は恐慌状態に陥っていた。これほどまでの大兵力が一か所に集中し、なおかつ自分たちを包囲することなど未だかつてなかったことである。同数の艦隊戦ならば艦娘たちに有利だ。それがたとえ3戦、4戦あったとしても何とかしのぐことができる。だが、数百隻の艦隊を一度に相手取ることなど、どう考えても不可能だった。

 

 こんな非常識そのものの兵力集中をやってのける相手はラインハルトの思い当たるところ一人しかいない。

 

「ヤン・ウェンリー・・・!!貴様は、ここにまで・・・・!!」

 

ラインハルトがうめくように声を絞り出したのを艦娘たちは聞き逃さなかった。

「ヤン・ウェンリー!?」

「ローエングラム提督が不覚を取ったただ一人の相手が!?」

「それが、どうしてこんなところに来てるんだよ!?」

「よりによって最悪な・・・・。」

「しかもこれ、どうするわけ・・・?」

ブリュンヒルト艦橋の艦娘たちも外に出て陣形を展開していた艦娘たちも、戦意を覚えるどころか、どうすればいいのかというそもそものところで思考が止まってしまっている。だが、それはあくまでこちら側の状況だという事を否が応でも悟ることになった。敵は待ってくれなかったのだ。

 激しい衝撃が来た。敵の艦載機隊が一足先に殺到し接触してきたのである。ばね仕掛けのように体を伸ばしたラインハルトは生気を取り戻した。

「全艦隊に告ぐ!!作戦は中止だ!!全速後退!!可能な限りの速度をもって、この海域から離脱せよ!!」

ラインハルトは叫んだ。この瞬間、彼は自分を取り戻し、数十倍の敵を相手に奮戦すべく闘志をあらわにしたのである。

「ファーレンハイト艦隊に緊急連絡、此方の位置及び状況を打電!」

「それだけですか?」

「それだけで良い!」

ラインハルトは夕張に無造作にそう言い放った。

「本艦は最後衛にあって、退却戦を掩護する!!可能な限りの武装システムはすべて起動せよ!!防御シールド最大展開!!機関最大戦速!!多少負荷がかかっても構わぬ!!」

たちまちアラームが鳴り響き、艦内は大騒ぎになった。妖精たちがあわただしく駆け巡り、手の空いている者は夕張をサポートすべくオペレーター席に座り、忙しく機器を操作し始めた。

 

* * * * *

『無駄ダ!!無駄ダ!!』

重巡棲姫は艦隊の前方にあって慌てふためく艦娘たち、そしてブリュンヒルトを目視して嘲った。

『圧倒的ナ物量ノ前ニハ絆ナド無意味!!無価値!!マダソノコトニ気ガツカナイカ。』

『皆沈ンデイケ、絶望シテ水底ニ沈ンデイケ!死ンデ地獄二堕チルガイイ!!』

戦艦棲姫、水母水鬼、戦艦水鬼などがあざけるような笑いを上げている。

『今コソ、『御姉様』の仇!!』

重巡棲姫が軋るような甲高い悲鳴のような叫び声をとどろかせると、周囲の深海棲艦が一斉に金属質の悲鳴を上げて共鳴した。

「う、うるせぇ~~!!!」

「なんなの!?」

「駄目、耳が壊れる!!」

艦娘たちは耳をふさいだ。

『全艦隊、砲撃、開始!!』

重巡棲姫の艤装が稼働し、禍々しい狂気のような主砲がその歯をぎらつかせて口を開けた。

『沈メ・・・・沈メェェェェッ!!!』

轟音とともに発射されたのは重巡棲姫の主砲のみならず、各艦隊の主砲だった。上空から鳥がこの光景をみれば無数の黒点が煙を吐き上げながらまっすぐに艦娘たちに飛来していくのが見えただろう。

轟音とともに無数の光球が炎となってはじけ、四散し、艦娘たちを包みこんで焼き尽くした。

「キャァァ!!」

「わぁっ!!」

「嫌ぁぁッ!!!」

そこかしこで悲鳴が沸き起こり、艦隊の隊列は乱れ、四散した。艦載機を発艦させようと果敢に構えた瑞鶴も赤城も加賀も、次々と飛来してくる敵弾に発艦のモーションすら取れないでいる。鳳翔は大破して護衛の朝潮に支えられているし、龍驤も次々とくる敵弾を交わすので精いっぱいだ。それほど敵の砲弾は流星群のように容赦なく降り注ぎ、ブリュンヒルトとその周辺に林立する水柱を作り続けている。あたり一面に主砲弾の炸裂する轟音、飛翔音、甲高い深海棲艦の叫び声が満ち、その圧迫感はこれまでの戦闘の比ではなかった。

「翔鶴姉ッ!!」

瑞鶴が不意に悲鳴を上げた。彼女の前方で姉の翔鶴が敵の巨弾の直撃を受けたのだ。轟沈にはならなかったが、海面に倒れ込んだのを朧と秋雲がとっさに抱きかかえなくてはならなかった。

『第二航空戦隊、被弾多数!!』

『前衛第二艦隊、損害甚大!!』

『本隊付第三水雷戦隊、旗艦阿賀野、重傷!!離脱します!!』

『駄目だ!支えきれない!!』

『救援を要請します!!』

『敵の数が多すぎる!!』

主砲弾が炸裂し、爆炎がそこかしこで立ち上る戦場下、秒単位で次々と絶望的な報告が入るのをラインハルトはただ唇をかんで聞くだけだった。その間にもブリュンヒルトは可能な限り敵艦隊と艦娘たちとの間に割り込んで壁となり、盾となっている。そのブリュンヒルトにも容赦なく敵艦隊からの砲撃が集中する。

「シールド効率87%に低下!!」

夕張が狼狽気味に叫んだ。

「やはり負荷がかかりすぎています!このまま兵装システムと併用すれば、ブリュンヒルトの動力炉にまで影響が!!」

「構わぬ!!このブリュンヒルト一隻をもって卿等の後退を支援できればそれでよい!!」

ラインハルトの反応は一瞬のためらいもなかった。

『ホウ・・・・ヤルモノダナ・・・・。ナラバ、コレハドウダ!!』

重巡棲姫が後ろを振り向き、さっと手を上げる。数秒後、地鳴りのような轟が海を波動となって駆け抜けた。一点に急速に巨大な影が青みを増して浮上し、海面が上昇し始めたのだ。

「海面に異常反応!!何者かが急速に浮上してきます!!」

夕張が叫んだ。

「重巡棲姫の周辺から深海棲艦が離れていきます!!」

まるで畏敬するように左右の戦艦棲姫も空母棲姫らも離れていく。その彼女の背後の海域が急速に膨れ上がったかと思うと、巨大な深海棲艦が姿を現した。

 

三頭のケルベロスのような巨大な顎をもつ巨大な生物が巨大な4本の腕を自らの身体を支えるように海上に手をつく。波しぶきと水煙が噴き上がり、あたりは霧のような状況になった。

「何・・・・あれ・・・・!?」

葵がつぶやく。もはや戦意を喪失したと言ってもよかった。圧倒的な物量による速攻かつ猛攻を、それも次々と波状攻撃として受け、戦列は乱れに乱れている。その状況下にもかかわらず、敵は更なる一手を投入してきたのだ。

『マズハ・・・30%デ試シテミルトスルカ・・・・。』

重巡棲姫が右腕を上げた。深海棲艦の開いた大口に搭載された大口径主砲の前方の空間が揺らめき、そして――。

強烈な咆哮と共に打ち出されたのは実弾ではなくエネルギー流だった。閃光が巨獣の巨大な口腔内できらめいたかと思うと、一直線に向かってきた奔流は暴れ馬のように容赦なくブリュンヒルトの艦体を蹴りつけ、揺さぶった。

艦内に悲鳴があふれ、総員は所かまわず何かにしがみつかなくてはならないほどだった。ラインハルトですらも危うく転倒をするところだった。

「シールド効率、76%に低下!!」

「武装システムのロックは解除できないか!!」

シュタインメッツに斬りつけるように尋ねたラインハルトだったが、

「駄目です!依然として武装はロックされており、反応ありません!!」

「この期に及んでだと!?前回のマリアナ諸島泊地襲撃の時は対空システムはロック解除できたのだぞ!!何故だ、何故なんだ?!」

と、ビッテンフェルトが吼える。

「シュタインメッツ!貴様ブリュンヒルトの艦長だろう!!何とかしろ!!それともシステム一つ掌握できないほどの無能者か、貴様は!!」

「無茶なことを言うな!!」

シュタインメッツもビッテンフェルトに怒鳴った。

「何が無茶だ!?いざともなればブリュンヒルトの計器類をたたき割ってでも強引に作動させる気概でかかればよいではないか!!」

「私だとて、できれば撃ちたいのだ!!」

シュタインメッツが怒鳴り返した。視線は一瞬アンネローゼそっくりの女性に向けられ、次いで転じた時には怒りの視線となってビッテンフェルトを正面から見据えた。

「だが、武装をロックされている・・・私ですらそれを外すことはできないのだ。前回の空襲の際に卿が所かまわず叩いたせいではないのか!?」

「なんだと!?」

「やめよ!!!」

ラインハルトの怒声が二人の耳朶を打った。

「帝国軍人たる卿等が、このような時に言い争いをするのは何たることか!?」

二人は直立不動の姿勢を取り、深々と頭を下げた。

「もうよい、卿等は私、いや、我々にとって必要不可欠だ。それをわきまえよ。・・・アトミラール・ナシハ。」

「何?」

「離脱しえた艦娘はどれくらいだ?」

「・・・それが、未だゼロ。完全に包囲されているわ。長門、陸奥たち戦艦戦隊が風穴を開けようとしてくれているけれど、敵は増える一方よ。」

突破は無理か、とラインハルトは思った。だが、このままでいけば連合艦隊は圧倒的な包囲網によりすりつぶされてしまうだろう。

「ローエングラム提督、一つ提案があるのだけれど――。」

「前方の敵エネルギー反応急速上昇!!」

夕張の叫び声が葵の声を破り、二人の注意をディスプレイにそらした。

「先ほどの砲撃よりも――。」

指し示す夕張のかなたのディスプレイには重巡棲姫、そして背後の巨大深海棲艦の三頭獣(ケルベロス)の顎が開き、咆哮と共に――。

 

「強力な砲撃!!来ます!!!」

 

「全艦隊、ブリュンヒルトから離れろ!!」

ラインハルトが叫ぶのと同時に、閃光がきらめき、対閃光ウィンドウを降ろすのと同時に奔流がブリュンヒルトを襲う。

「嫌ァァァァァッ!!」

「キャアッ!!」

艦内は先ほどの砲撃とは比較にならない揺れが1分間にわたって続き、総員はこらえきれずに吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられた。

「くっ!!」

ラインハルトは歯を食いしばって耐えた。信じられない脚力と鋼鉄の意志が彼を司令席前から離さなかったのだ。

「シ、シールド効率、46%に低下!!」

夕張が愕然となった。敵の出力は上昇し続けているのにこちらのシールド効率は低下している。後一回砲撃を受ければブリュンヒルトは消滅するだろう。

「・・・・シュタインメッツ。」

艦内に非常アラームが鳴り響く中、ラインハルトはシュタインメッツに尋ねた。

「はっ!」

「ブリュンヒルトの全速航行は可能か?」

「可能です!」

「艦内の全エネルギーをシールド及び機関部に回せ!全艦隊を収容後、ブリュンヒルトの快速をもってこの戦場から緊急離脱する!」

ラインハルトは葵を見た。それを言いたかったのよ、という表情で葵は頷いて見せた。

「了解しました!しかし――。」

「何か!?」

「先ほどまでの砲撃によりブリュンヒルトに負荷がかかり、後3分間はエネルギー移行及び充填に必要です!」

「構わぬ!すぐに取り掛かれ!!アトミラール・ナシハ!!」

「わかっているわ!!・・・全艦隊に告ぐ!!抗戦を停止して速やかにブリュンヒルトに移乗!!この海域を離脱するわ!急いで!!」

 

* * * * *

艦内がこのような状況の下にあったが、外の艦娘たちはその間敵と激烈な戦闘を繰り返していた。負傷した鳳翔、翔鶴をいち早くブリュンヒルトに移した艦娘たちは圧倒的な物量で押し寄せてくる敵に対して絶望的な奮戦を続けていたのである。

「チィ、倒しても倒しても!!」

長門が主砲を撃ち続けながら舌打ちする。その隣でスクラムを組んでブリュンヒルトを守り続けている陸奥も、

「キリがないわ!!」

敵は今や四方向から押し寄せてきている。正面に展開するのは重巡棲姫とその背後の巨大深海棲艦、背後に護衛艦隊が展開している。

 3時方向からは敵の主力艦隊が、9時方向からは敵の水雷戦隊が、そして6時方向からは敵の別働部隊、さらにその外縁からは敵の機動部隊が間断なく艦載機を放ってくるのである。敵の主砲弾により海面は煮えるようであり、どの艦娘も次々に傷を負って落伍していく。前後左右、あらゆる方角から攻撃が来るのだ。

「榛名ッ!!」

金剛が叫んだ。榛名が身を挺して金剛を庇い、砲撃を受けたのだ。よろめいた榛名を潮と卯月が支える。

「すぐにブリュンヒルトに榛名を!!」

金剛の指令で二人はブリュンヒルトに榛名を運んでいった。先に山城も被弾して、これで戦艦艦娘で脱落したのは二人となった。

「いいか!!ブリュンヒルトの準備が整うまで、絶対にブリュンヒルトに砲撃を許すな!!」

長門が発破をかけるがそれは無理という物だった。艦娘がみるみるうちに傷つき、後送されていくのに対し、敵はその数を増やす一方だったからだ。当初攻撃に加わっていた重巡棲姫、戦艦棲姫等は後方に下がってその様子を猫が鼠をいたぶる目で見ている。

「これまでか・・・・!!」

これほどまでに圧倒的な攻勢を受けるのは初めてだった。ふと、戦いのさ中にもかかわらず長門の胸にある思いが浮き上がってきた。

(なまじ中途半端な勝利を重ねていたためなのか・・・?)

長門は思う。

(なまじ中途半端な攻勢がこうした事態を呼び起こしたならば・・・・!!)

何の為に戦っているのか?

長門は陸奥を見た。一瞬交錯した視線の中に互いは同じ思いを感じ取っていた。

 

 

* * * * *

「これは・・・・!」

分捕ってきたという小型艇に乗って遥かな戦場をスコープで見つめていた彼は息をのんで海戦の様相を見つめていた。いや、これは海戦ではなく、一方的な虐殺ではないか。

「あれは・・・!?」

「ワカッテイルダロウ。アレガ人間、ソシテ艦娘ドモダ。」

傍らでは空母棲鬼が腕を組んで赤い眼で彼方を見つめている。白い髪が海風に揺れている。彼女も臨戦態勢に入っているようで白い艦載機たちが彼女の周りに浮かんでいる。飛ばさないのは万が一、艦娘たちがこちらにやってきたときに備えての事だろう。

「あんな一方的な虐殺をなぜ止めないのですか?!」

「オ前ニ私ヲ命令デキル権利等ナイ。」

一方的にそう言われた彼は一瞬顔色を変えたが、それ以上何も言わなかった。確かにその通りなのだ。

「私は・・・こんなことに手を貸していたのか・・・!?」

空母棲鬼は「やれやれ。」というように軽く頭を振った。

「一ツ言ッテオク。アンナ光景ハ私モ初メテ見タ。普段ナラバ我々ハ広域二展開シ、艦娘ドモハ各個撃破ヲ狙ッテクル。ガ、今回ハ戦力集中ヲヤッテノケタ。オ前ノ策ノオカゲデナ。」

「空母棲鬼さん、これは戦争ではない。いや、その、戦争に正々堂々も何もないのはよくわかっていますよ。でも、これは、一方的な虐殺だ。こんなことを続けていれば――。」

不意に彼は口をつぐんだ。彼の言いたいことも、そしてそれを拠り所にしていることも、空母棲鬼にはわかっていた。だからこそ彼が口をつぐんだ理由もまたわかるのだ。何しろ自分たちは人間ではない。従って当てはめる必要などないのだ。彼が拠り所にしている人道などというものに。

 自分の作戦が何十、何百という生命を消し去ろうとしている事実に彼は改めて気が付いた。いったん回り始めた歯車を作戦立案者である彼自身が止められないのは何という皮肉なのか。まるで――。

 彼の脳裏に不意にある事象がよみがえってきた。それは原子力、太古の昔に人間が発明しながらもその力の恐ろしさを制御できず数々の事故を引きおこした力。そして廃棄するすべも知らず、腫物のように補完するほかなかった力。

(太古だって・・・?何故そんな風に思うのだろうか。私は一体・・・誰なんだ?)

彼の脳裏には目まぐるしい思考の渦が巡っていた。

「モウ一ツダケ言ッテオク。」

空母棲鬼の声で彼は我に返った。

「仮ニ私ガオ前ノ言ウ事ヲ聞イテ助ケニイッタトシテモ、スグニ返リ討チニサレルダケダ。イクラ私デモ数百隻ヲ相手ニハデキナイシ、第一私ノ上位互換デアル空母棲姫姉様、空母水鬼姉様タチガアソコニハイル。」

空母棲鬼は腕を組んだままじっと水平線に広がる戦闘を見つめている。

「忌々しい事だがな・・・・。」

「えっ!?」

彼は空母棲鬼を見つめた。一瞬だったがあのエコーが途切れ、素の声が聞けたような気がしたのだ。

「ドウシタ?」

「あ、いえ、別に何でもありません。」

「モウイイダロウ。ココニコレ以上イテモ何ノ利点モナイ。」

空母棲鬼は項垂れている彼にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

戦場において最も困難なことは攻めることではなく退却することにこそある。那智はそれを肌で感じ取っていた。退却戦において残された唯一の希望はブリュンヒルトただ一隻のみである。だが、そのブリュンヒルトも敵の強力な攻撃の下、思うように動きが取れていない。

「ブリュンヒルトを退却させるのには援護が必要だ。」

那智はつぶやいていた。そのことは誰もが思っていた。だが掩護しようにももう傷一つなく残っている艦娘は一人もいない。

「こんな戦どうにもできへんわ。」

龍驤がつぶやく。もう艦載機も放ち尽くし、大小の傷を負ってボロボロになっていた。

「いや、まだだ。まだやれる。」

「は!?」

「私が残る。」

那智が前を向いたままつぶやいた。そのつぶやきを聞き取った者は残らず那智を見た。

「何を言っているの!?何を・・・駄目よ、姉さん一人では死んでしまうわ!!」

足柄が那智の袖をつかんだ。

「だが、このままでは皆が死んでしまう。だとすれば必要最低限の犠牲で済ますべきだ。そうだろう?」

「だからと言って一人なんて無謀すぎるわ!!」

「みんな推進装置をやられて満足に動けない。だが私はまだ大丈夫だ。」

那智は皆の足を見まわした。相次ぐ敵の攻撃で無事なのは自分と龍驤、白露くらいなものだ。だから自分が残る。これは犬死でもない。未来の為に。仲間の為に。そしてかけがえのない平和の為に。

那智は足柄の肩を叩いた。

「お前のような妹を持てて、誇りに思うよ。」

「駄目・・・駄目・・・・!!お願い、姉さん!!」

「妙高姉に、そして羽黒によろしく伝えてくれ。」

そう言いざま那智は足柄を突き放すように飛ばすと、転進、猛然と深海棲艦に向かって突っ込んでいった。たちまちのうちに深海棲艦群はたった一人の艦娘に砲撃を集中した。

(ローエングラム提督・・・・。)

無数の砲弾が体に降り注ぎ、艤装を破壊し、傷をつけ、頬を切り裂いていく。

(武人として、あなたに会えたことは私の誇りだ。)

初めてラインハルトと出会った時の感動を今でも那智は思い起こすことができる。あれはマリアナ諸島泊地からフィリピン海域に向けて出撃しようという時だったか。

「卿がフロイライン・ナチか。話には聞いている。幾たびも自らを盾にして味方を守ってきたのだと。」

誰にも何も言わなかったが、那智は常に駆逐艦娘や同僚を敵の砲撃から守り続けていたことに誇りを持っていた。表だっていえば礼を強要していると言われるだろうと思い、じっと我慢していたのだ。それを一瞬でこの若き帝国軍上級大将は見破っていたのだ。

その高揚感は次の一言で急速にしぼんだ。

「だが、仮に卿が卿自身の武勲の為だけにそのような行動をとっているのだとしたら、容認するわけにはゆかぬ。」

愕然とする那智にさらにラインハルトは言う。

「武勲を得るその先を見つめよ。何の為に武勲を得るのか。卿は何の為に戦うのか。その意義を見出した時、卿は更なる道を進むことになろう。」

激闘のさなか、まるでモノローグのようにはっきりと、ラインハルトの声を思い出すことができた。那智は一瞬自分の心をつかむように、そこに根付いている者を確かめるように、胸元を握りしめた。

「ローエングラム提督・・・・。あなたには武人としての矜持と心構えを改めて教えてもらった。そして今、私にはあなたの言う『先』が見えている。だからこそ私は戦うのだ。戦えと私の心が命じている。それを止め立てすることはあなたでもできない。・・・・戦わせてくれ。」

那智が撃ち放した主砲は接近してきた重巡を貫いて大爆発を起こした。

「それが、艦娘としての、矜持!!」

那智の右わきを鋭い痛みが走った。敵の砲撃が走り抜けたのだ。よろめいたところに敵の艦載機が勝利の雄叫びを上げて突っ込んできた。那智が主砲を構えた時だ。立て続けに艦載機が爆発し、零戦がその脇をすり抜けていった。

「あんた一人にさせられへんで!!」

龍驤が叫んだ。その左隣には白露が煙の出ている主砲を構えている。

「お前たち??!!」

どうしてここに!?と、那智は血と汗を腕でぬぐって声を上げた。

「駆逐艦が護衛しないでどうするんですか?いっちば~んな私が隣にいれば大丈夫ですよ、ねっ!?」

「貴様らはビッテンフェルト提督の麾下だろう!!」

「うちのビッテンは艦娘一人見捨てて退却せい言う提督なんかじゃあらへんよ。・・・きっとわかってくれるはずや、ビッテンはな。だから・・・・。」

龍驤はにいっと笑みを浮かべた。こんな戦闘のさ中には似合わない満面の笑顔だった。

「最後にしばき倒したろうやないか!!あの深海棲艦共をなァ!!」

那智は引きつったような顔を浮かべ、次いで顔をそむけたが、二人に視線を向けると大きくうなずいた。傷だらけの龍驤がうなずく。白露もうなずく。そうして互いの意志を確かめ合った三人は押し寄せる敵勢の中に突入し・・・・消えた。

 

 

 

 

* * * * *

ラインハルトは目の前の光景を見つめていた。次々と艦娘が討ち減らされ、負傷してこちらに運び込まれていく。再三包囲網を突破しようという試みも、悉く潰えてしまった。

(これはアスターテの時と同じではないか・・・!!何のために俺はここに来たのか!!先の戦いから俺は何も学んでいないのか・・・!!いや、違う。ここにこうして座しているだけの指揮官など・・・・無能そのものではないか・・・!!)

ラインハルトは両手を見つめた。

(俺にもっと力があれば・・・!!この大軍を前にしても屈しないほどの力があれば・・・!!たとえこの身がどうなろうと・・・・!!何と言われようと・・・・目の前の兵たちの命一つ守ることができるのならば・・・俺は・・・俺は・・・・。)

その時だった。すっとアンネローゼによく似た女性が立ち上がり、ラインハルトに近寄ったのは。

(俺は・・・俺は・・・!!)

ラインハルトの拳が握られ、もう片方の拳は胸元のペンダントを握りしめていた。

(俺は・・・・!!)

大声を張り上げて麾下の艦隊を指揮していたビッテンフェルトは異様な気配を感じて背後を振り向いた。

(キルヒアイス・・・!!姉上・・・・!!頼む、力を貸してくれ・・・!!)

「閣下・・・・!!」

ビッテンフェルトは唖然としていた。目を閉じて集中しているラインハルトの体からオーラが立ち上り、それに同調する形でアンネローゼによく似た女性からもオーラが立ち上っている。一瞬――。

艦内の電源がすべてオフになり、全ての装置がシャットダウンされてしまった。夕張が何か叫ぼうとした時、それらは再び復活した。

「これは・・・・これは・・・!!」

夕張が信じられない顔でディスプレイを見つめている。

「対空システム・・・・起動・・・・機関部・・・・フル稼働・・・・。まだ、まだ続いている。次々とロックが・・・・外れている・・・・!?」

彼女の指が次々とシステムを確認していく。すべての装置が「解除」を示す青い光を放ち始めている。

「主砲制御装置・・・起動!?・・・・艦内全システム・・・・・起動!!!」

夕張は司令席を振り向いた。信じがたい奇跡が出現していた。どういうわけかわからないが、ブリュンヒルトの全システムが奇跡的に復活したのである。

「まだ諦めぬ・・・・。」

ラインハルトは眼を開け、ペンダントから手を放した。アンネローゼによく似た女性の存在に気が付いたかどうか、それはわからなかった。ラインハルトが目を開ける前に、彼女は元の席に戻っていたからである。

「シュタインメッツ!」

「はっ!」

「艦のエネルギーの状況はどうか?」

「はっ!信じがたい事ですが、全てのエネルギーがフルパワーになりました!!シールド効率の回復に費やしても余力は十分にあります!!」

「全砲門、開け!!目標!!敵の第一陣だ!!本艦周辺の敵に対し全方位斉射!!ミサイルも全弾発射せよ!!」

「了解いたしました!!」

シュタインメッツはすぐに準備に取り掛かり、数十秒後には完了した旨ラインハルトに告げた。大きくうなずいたラインハルトは腕を振り下ろした。

「ファイエル!!」

この時、この瞬間まで艦娘たちはブリュンヒルトの威力のほどを全く知らなかったことを思い知らされた。砲門が嵐のように深海棲艦を撃ち抜き、棲姫クラスで有ろうと一瞬で爆散させ、消し飛ばしていくのである。金属質の悲鳴でさえも砲撃の嵐に打ち砕かれた。数百隻の敵が木枯らしにあったように吹き散らされていく。

「全艦隊、ブリュンヒルトに戻れ!!」

「艦隊、ブリュンヒルトに撤退せよ!!」

ラインハルトが、ビッテンフェルトがそれぞれの麾下に叫んだ。残っていた艦娘は支えあいながらブリュンヒルトに飛び込んでいく。

「提督!!エネルギーが!!」

夕張が狼狽した声を上げる。いったんはフルパワーになったエネルギーが急速に減少していくのだ。これしきの事でブリュンヒルトのエネルギーは空にならない。何かがおかしい。夕張はちらっとアンネローゼによく似た女性を見た。顔色が悪い。心なしか席に寄り掛かってぐったりとしている。それをいち早く見つけたのか、シュタインメッツの顔色も悪い。

「収容は終わったか!?」

「終わったわよ!!」

葵が怒鳴り返す。だが、その胸の内は悲痛を帯びていた。完全に収容が終わったのは「生きている」艦娘だけだったからだ。

「機関部にエネルギーを回せ!!最大戦速でこの宙域から離脱せよ!!」

ラインハルトが叫んだ。

「オノレェェェェッ!!」

重巡棲姫が叫び、巨獣もろともブリュンヒルトの前に立ちふさがった。

 

 

アノ、忌々シイ艦ヲ粉々ニシテヤル!!!

 

 

咆哮と共に大きく口を開けた巨獣の口腔にまた閃光がきらめき始めた。

「あの巨獣には生半可な攻撃は通用しないわ・・・・。最大出力で主砲を斉射するしかない。」

葵がラインハルトに提案した。

「エネルギーの残弾はどうか?!」

「最大出力で主砲を斉射したら、残りいくらもありません!!」

夕張が叫んだ。

「最後の賭けだ・・・!!」

ラインハルトはこぶしを握り、あらん限りの気迫をもって振り下ろした。

「主砲斉射!!」

ブリュンヒルトから放たれた青い閃光が一直線に空を切り裂いて飛翔する。咆哮を続け、エネルギーを解放しようとしていた巨獣、そして重巡棲姫を一直線に撃ち抜いた。

「ナゼ・・・・・私・・・・ガ・・・・・!!」

金属質の悲鳴を上げてのたうち回る巨獣が海に沈んでいく。重巡棲姫は撃ち抜かれた箇所から流れ出ている体液を手で掬い上げた。急速に消失していく視力に、目の前に迫る白い鯨の巨体が見えた。

「マタ・・・・沈ムノカ・・・・黒イ・・・・水底・・・・ニ・・・・。」

重巡棲姫の視界は一気に暗黒に閉ざされていった。その重巡棲姫をかすめたブリュンヒルトはみるみるうちに速力を上げて、遥か彼方の水平線に霞となって消えていった。

 

 

 

 




このお話もあと数話で終わりになります。書き始めた当初は一時的なものだと思っていましたが、なんだかんだで40話になりました。
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