艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第四十一話 私は・・・人殺しだ。

ダ~~~~~~~~~~ン!!!!

 

テーブルをたたき割りそうなほどの勢いで拳が振り下ろされ、静まり返った会議室に木霊した。その音は平素ならば皆飛び上がるほどのものだったが、出席者たちは皆一様に鈍そうな表情を向けただけで、また俯いてしまった。

「何故だ、何故なんだ!?」

拳にテーブルがたたきつけられたのち、静まり返った会議室の中で、ただ一人ビッテンフェルトの大声が響く。拳の主は彼だった。

「我が艦隊が、あんな深海棲艦如きに後れを取るはずなどない!!そうではないか?アトミラール・ナシハ。」

応えはすぐには帰ってこなかった。ややあって、ビッテンフェルトがなおも言葉を放とうとした時、ようやく重たげな返答が返ってきたのだった。

「・・・・現に私たちは敗北したわ。それも取り返しのつかないものを失って・・・・。」

葵が両手を祈るようにして組んだまま、それに額を押し付けている。それ以上反応しようという者は誰もいなかった。ビッテンフェルトは傲然と、と表現してもいい様子で艦娘たちを見まわした。

「確かに、我が艦隊は取り返しのつかない損害を被った。だが、一度や二度で負けた程度で引っ込んでいてどうする!!卿等は善戦した!深海棲艦共の卑劣な攻撃にも屈さなかったではないか!!」

「ビッテンフェルト提督。」

小さな、だがはっきりした声が彼の演説を遮った。

「あなたは・・・・あなたの麾下だった龍驤さん、白露さんに対して、その程度の認識しかなかったのですか・・・・?」

ビッテンフェルトがにらみ返した相手は、翔鶴だった。重傷を負って未だ癒えぬ体に包帯を巻きながら彼女は気丈にも会議に参加していたのだ。

「ちょっと、翔鶴姉!?」

瑞鶴が慌てた様に姉の袖を引っ張る。普段ならこういう事は自分が言って、姉が止めるのが普通なのだが、今その状況は逆転していた。

「龍驤さん、白露さん、那智さんもですが、皆味方を、私たちを逃がそうとして盾になってくださったのです。皆推進装置が破損して動けない中、まともに動けるのは自分たちだけとおっしゃって・・・・。その志を無下にするのですか?」

その痛烈な言葉に対してビッテンフェルトの表情にはいささかの変化もなかった。

「では逆に質問しよう。仮に卿ならばどうした?卿自身が動けたならば、卿はどうしていた?」

「仮に私も動けるようでしたら、迷わず私も行っていました。」

翔鶴は迷わず応えていた。

「そうか、卿の覚悟は分った。だから質問に答えよう。俺の認識などどうでもよい。だが、一つだけ言っておく。」

ビッテンフェルトは翔鶴を正面から見た。二人の間には一瞬火花が散ったようだった。

「俺の指揮下を離脱して敵に突撃していった奴など、我が艦隊の麾下などとは認めん。」

うめくような声がした。皆が信じられないと言った顔でビッテンフェルトの顔を見たが、誰しもが衝撃を受けていた。

「認めん、認めるものか・・・・・。」

ビッテンフェルトの歯は食いしばられており、拳は血の出んばかりに握りしめられていた。

「何が麾下だ。彼奴等はもったいない奴らばかりだった。俺には過ぎた奴ばかりだった。なのに俺自身がロクな指揮もできず、彼奴等を死なせてしまったのだ。俺のせいなのだ・・・・。」

ビッテンフェルトもまた、苦しんでいたのだった。

「・・・申し訳ありませんでした。」

翔鶴はビッテンフェルトに頭を下げた。

「俺などに謝ることはない。俺などよりももっと苦しんでいる方がいるではないか。」

皆がビッテンフェルトの視線を追って、その席に目を移した。いつもなら中央の司令席に座っているはずの若き上級大将の姿はここにはなかったのである。

「・・・・もう三日目になるそうだな。」

隣に座っていたファーレンハイトがビッテンフェルトを見た。最大戦速で切り抜けたブリュンヒルトだったが、その後も敵は次々と現れた。エネルギーもつきかけ、誰しもがもう駄目だと思った矢先、ファーレンハイト艦隊が現れたのである。それも少なからぬ援軍を伴って。

ファーレンハイトはラインハルトから密命を受け、各泊地を回って援軍志願者を集めていたのである。もはや横須賀からの指令に従っていては埒が明かないと感じていた各地の艦娘たちはこぞってファーレンハイト艦隊の麾下に入った。扶桑、天城、親潮、春雨等である。その新進気鋭の艦娘たちは散々に深海棲艦を打ちやぶり、アースグリムからエネルギーをいくらか補充してもらったブリュンヒルトはアースグリムと共にすぐに海域を離れ、マリアナ諸島泊地に戻ったのだった。

 それを見届けたラインハルトは司令官室に姿を消し、出てくることはなかったのである。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム提督には、必ず立ち直ってもらわなくてはならないわ。それでなくては何の為にあの子たちが死んでいったのか・・・・何の為に、私たちはあの人と共にここまで来たのか・・・・。でも・・・・。」

梨羽 葵がファーレンハイトとビッテンフェルトを見た。

「でも・・・私にはわからない。あの人をどうやって戻せるのかがわからない・・・・。」

「・・・・・・・・。」

誰も何も言わず、会議室は重苦しい空気に包まれた。葵の意見は艦娘たちはおろか、ビッテンフェルト、ファーレンハイト両提督の意見でもあったからだ。

 

 

 

結局、会議では何一つ決まらぬまま解散となった。三々五々艦娘たちが重い足取りで席を離れる中、一人俯いて席に残った者がいる。それを見て何人かが彼女の元に足を進めた。

「赤城さん。」

加賀が赤城に話しかけたが、赤城は身じろぎ一つしなかった。自然皆も、身動き一つせず、彼女の周りに佇んでいた。

「ローエングラム提督が、今何を考えていらっしゃるか・・・それをずっと考えていたの。」

10秒ほど後に不意に声が漏れ出てきた。

「提督がお考えになっていらっしゃるのは、決してご自分の事ではないわ。死んでいった仲間たちの事を、傷ついた私たちの事を、そして今も怯えて暮らす人たちのことを、お考えになっていらっしゃる。もし提督がご自分の事をお考えになっていらっしゃるのだとしたら、それはご自身を責めることだけ・・・・・。」

最後に声はかすれ、細くなり、宙に溶けて消えていった。

「私には提督のお気持ちが痛いほどわかる・・・・痛いほど、苦しいほど・・・伝わってくる・・・・でも、私には・・・・提督に立ち直っていただく言葉が探し出せない・・・・見つからない・・・・。」

「ローエングラム提督は孤高の人だから・・・・。」

瑞鶴がかすかに髪を揺らしながらつぶやいた。

「キルヒアイス提督が死んだときくらいだったか。あの人が打ちのめされた時は。」

長門がつぶやいた。

「なに!?キルヒアイスが死んだだと!?」

ビッテンフェルトが例によって大声を出したので、艦娘たちは彼に対して説明をするのにやや時間を取られた。

「よくわからんがまぁいい。それはどうせ物語の中の一つの話なのだろう。だが、今俺たちが直面しているのは紛れもないこの世界での事なのだ。どうあってもローエングラム提督には立ち直っていただく。たとえ司令室のドアをけ破ってでもな!!」

「あの・・・・それはさすがに強引なのではありませんか?」

翔鶴が遠慮がちに言う。

「我が主君を助けるのに手段をいちいち選んでいては、助かるものも助からんぞ!いいか、フロイライン・アカギ、今から卿が行ってローエングラム伯をご説得申し上げてこい。」

赤城は数秒間何を言われたのかがわからないようにぼんやりとビッテンフェルトの顔を憂い顔で見つめていた。だが、徐々にその顔が動き出し、驚愕の色を纏っていった。

「わ、私がですか?」

「そうだ、考えてもみろ。卿はローエングラム伯の秘書官ではないか!俺が再会する以前からずっとローエングラム伯の御傍にいるのは卿だ、そうだろう!?」

「ヘ~イ!!私も御傍にいましたヨ!!」

金剛が抗議の声を上げるが、ビッテンフェルトには届いていないらしく、ますますまくし立て上げる。

「卿は気づいていないかもしれないがな、ローエングラム伯は時折寂しそうな様相を見せていらしたのだ。やはり御姉君やキルヒアイスに会えないことが大きかったのだろう。俺などは力になれず、ただ見守るだけだった。だが、卿と会話をしている時だけは違っていた。あのように楽しげに話されるところなど、ついぞ見たことがない。なぁ、ファーレンハイト。」

「俺はまだローエングラム提督の側に来てまもないのだぞ。」

ファーレンハイトは苦笑交じりにそう言った。

「だが、俺もビッテンフェルトの意見には賛同する。元々秋霜烈日なお方だが、お前と話すときは違う表情を見せていたことは確かだ。ここにいる中ではお前が一番ローエングラム提督との間に絆を持っているのだろう。」

「私が・・・・・。」

赤城は自分の胸に手を当てていた。

「お前も艦娘の一員なのだ。ならば提督に頼るのではなく、自分の力で運命を切り開いて見せろ。提督の下で職務を遂行するのも艦娘の役割なのだろうが、いざともなれば提督を支えるのもまた、艦娘の仕事なのではないか?」

「・・・・・・・・。」

赤城が黙っているとファーレンハイトが彼女の肩に手を置いた。赤城は彼を見上げた。

「何も言葉を探す必要はないさ。卿自身の想いをローエングラム提督にぶつけてやればいい。それで駄目ならばローエングラム提督も所詮はその程度の人間だったという事だ。」

赤城また視線をテーブルに戻し、2分ほど黙って考え込んでいた。その様子を一同はじっと見つめていた。会議室の広い窓から波音が聞こえ、潮の香がするのは、風通しを良くするために空けているからなのだろう。

 

全くと言っていいほど不意に赤城が立ち上がった。

 

「・・わかりました。」

赤城が決意を秘めた眼で司令室の方を向いた。そこに至るまでには幾重もの区画や壁があるはずだったが、彼女の眼はそれらを越えてラインハルト・フォン・ローエングラム提督の元にそのまなざしを送り続けているようだった。

「やってみます。」

 

 

 

* * * * *

扉の前でしばらく佇んだ赤城は認証コードを打ち込んだ。これはラインハルトのほかには秘書官である自分しか知らないものだった。平素ならこのドアは空いているものであり、いかなる者をも拒むことがない。だから、このコードを教わった時、まさかそれを使うときが来るとは思いだにしなかったのである。

「閣下、赤城です。入ってもよろしいでしょうか。」

ブリュンヒルトの司令長官公室からは何一つ物音がしない。

「閣下、おられますか?」

赤城のノックは虚ろにあたりに響くだけだった。彼女は手をとめてしばし扉に手の平を押し付けていたが、

「・・・失礼します。」

意を決したようにドアを開けた。カギはかかっていなかった。司令長官公室に許可なく立ち入る人間がいるとすれば、それは敵兵かあるいは狂人か。だが、赤城はどちらでもなかった。

「・・・・・・・・。」

コツ、コツという靴音だけが部屋に響き、やがてそれは部屋の中央に敷かれた分厚い絨毯に吸収されて聞こえなくなった。赤城はあたりを見回しながらそっと歩を進めていった。司令長官公室はきちんと整えられていたが無機質で個性という物が感じられなかった。ラインハルトらしい性格だと思いながら赤城は周りを見回し、一点で視線を固定させた。そこは奥の部屋、すなわち彼の私室であったのだがそこから声が聞こえたような気がしたのだ。

「閣下。おられますか?」

赤城は奥に向かって声をかけたが、吸い込まれていった音に対しての返事はなかった。赤城はしばらくたっていたが、不意に歩を進めて奥に入っていった。近づくにつれ、酒類特有の匂いがかすかだが鼻を襲った。私室と公室の境界線の敷居に立った時、赤城はその正体を知った。

「・・・・・・・。」

私室の窓越しに取り付けられた半円テーブルから、血が滴っているのが公室天井の薄暗い明かりの中でもわかった。私室はわずかに半円テーブル前のブラインドの隙間から洩れてくる夕日だけが光源だった。そしてその弱々しい光に照らされて彼女の提督が豪奢な金髪の頭を力なく項垂れさせて、椅子に腰かけていた。

 

 その姿に赤城は衝撃を受けていた。内心覚悟してここにやってきたが、これほどまでだとは――。

 

糸が切れた操り人形のようだった。左手はだらんと垂れ下がり、右手はテーブルの上にのせられているが、その手の先には横倒しになったワインボトルがグラスを巻き添えにして力なく転がっていた。

 滴っているのが血ではなくワインで、ラインハルトが怪我をしていないと知った赤城はひとまずほっとしたが、すぐに駆け寄って片膝をつき、滴りおちるワインを拭き取った。

「・・・フロイライン・アカギか。」

赤城は衝撃を受けていた。未だかつてこれほど弱々しい声を彼の口から聞いたことはなかった。

「閣下。」

何を言っていいかわからず、赤城はただ目の前の作業に没頭するしかなかった。

「・・・私は人殺しだ。」

ハンカチを手にした赤城の耳に声が落ちてきた。その虚ろな声がラインハルトから出たものだと認識するまで、赤城は数秒を要した。

「何が提督だ、何が指揮官だ。私は自らの慢心と倨傲を相手に踊っていた。その結果は・・・・。」

わずかに顔を上げたラインハルトは手を夕日にかざした。ワインに浸されたその両手は、彼には血のついた手のように見えたに違いない。

「フロイライン・シラツユ、フロイライン・リュウジョウ、フロイライン・ナチ・・・・・。卿等の仲間を私はヴァルハラに送り込んでしまった。」

拳が震え、それがほどかれたのち、手は何かを探すようにさ迷い、赤城が起こしたワインボトルをまたひっくり返してしまった。白露、龍驤、那智・・・・・。ブリュンヒルトを、そして艦娘を守って、死んだ。

「ローエングラム提督。」

赤城は意を決したように口を開いた。

「提督は万全を尽くされました。自らを殿として敵を食い止め、味方を逃がそうと最後まで奮戦なさったではありませんか。」

応えはなかった。自身の声が空しく部屋に溶けるのを感じながら赤城は諦めずに言葉を続けた。

「提督、あなたは卑怯者ではありません。最後の最後まで努力をなさったことは事実です。」

「努力だと!?」

ラインハルトは顔を上げた。血走った眼はここ一両日彼が寝ていないことを示していた。

「努力というのはな、フロイライン・アカギ、その帰結するところが輝かしい勝利であればこそ光るものなのだ。私が行ったことは指揮官としては最低限度果たさねばならぬものであり、それとても犠牲を少なくすることには至らなかった。私は――。」

「では、無駄だったとおっしゃりたいのですか?」

突然投げ込まれた静かな問いだったが、ラインハルトの言葉を遮るのに十分だった。

「提督、一つだけ申し上げておきます。仮に無駄だったとおっしゃるのであれば、それはご自身だけではなく、白露さん、龍驤さん、那智さんたちに対する侮辱です!何故なら・・・・!」

不意に赤城が言葉を閉ざした。声が止まったのを不審に思ったラインハルトがゆっくりと顔を上げる。彼女の肩が震えているのがはっきりとラインハルトの眼に見えた。

「何故なら・・・!何故なら・・・!同じではないですか!提督と同様、皆、守るために、殿を務めたのです。」

赤城の目に光るものが何なのかを認識したラインハルトは目を見開いていた。彼もまた赤城がそのような表情を見せることを想像だにできなかったのだから。

「あなたと同じなんです!!!」

赤城の渾身の叫びがラインハルトの耳を貫いた。

「提督も艦娘も関係ありません。傷を幾重にも負いながら、懸命に、追いすがる敵を跳ね返して・・・・!!そうではないのですか!?それを、それを・・・・!!」

赤城はもどかしそうに左腕を振りぬいた。涙が数滴、空を切って分厚い絨毯に落ちていった。

「あなたは私におっしゃったではありませんか!?『卿を支えてきた多くの人々の思いを無駄にするのか。』と!!それを忘れたんですか?!」

ラインハルトのアイスブルーの瞳が見開かれた。

「それともあなたは、それすらをも否定するんですか!?彼女たちの最後を、命を張って守ろうとしたものを、彼女たちの誇りを、意地を、あなたは侮辱するんですか!?踏みにじるんですか!!」

言葉にならない嗚咽と共に赤城はラインハルトのひざ元に崩れ落ちた。ほとんど四つん這いになりながら赤城は泣いていた。もうたくさんであり、我慢の限界だった。第一航空戦隊として皆を律し、導いてきた彼女は自分の器に溢れんばかりの感情の奔流をほとばしるようにして吐き出していた。

 不意に、肩を掴まれ、顔にあてがわれたものを感じ取って、赤城は顔を上げた。

「フロイライン・アカギ。」

膝をついて同じ目線まで顔を近づけたラインハルトが自分のハンカチを赤城に差し出していたのだ。押し返そうとしたがラインハルトは無言でなおもハンカチを押し付ける。しゃくりあげながら赤城はハンカチを受け取った。

「・・・すまなかった。フロイライン・アカギ。」

ラインハルトは静かに言った。

「皆の思いを、そして卿の気持ちを私は踏みにじってしまった。提督してあるまじき行為だった。すまなかった。」

ささやくような声だったが、その声音はとても悲痛で、とても切々としていた。

「いえ・・・提督。申し訳あ・・・りません。私こそ・・・提督をお支え・・・しなくてはならないのに。」

しゃくりあげながら答える赤城の声もかすれていた。

「いや、フロイラインの叱咤はどのような秘薬・霊薬にも勝る。卿の言う通りだ。いつの間にか私は根本的なものを見失っていたのやもしれぬな。」

ラインハルトの瞳に静かなきらめきが戻ってきた。それはまだ弱々しいがかつてのブリュンヒルト艦上で指揮を執るあのラインハルトの瞳だった。

「指揮官も艦娘もない。皆が皆、それぞれ守りたい物を胸に秘めそれを糧にして戦うのだ。」

「はい・・・はい・・・!」

赤城は懸命に呼吸を整えようと努力していた。

「それと提督、もう一つあります。志を一つにして強大な敵に当たれば、どのような困難も排除できる。私たちはそう教わりました。他ならぬあなたに、です。」

うん、とラインハルトはうなずいた。

「ヴァルハラに旅立ったフロイラインらの志を我々は受け継がなくてはならぬ。そうしなくては何の為に散っていったのかとあの世で叱責を受けるだろうからな。」

ラインハルトは立ち上がった。

「それに、負け放しで終わるというのは私の性分には合わぬものだからな。」

一瞬だったが、あの不敵めいた笑みが彼の顔に浮かんでいた。そうなのだ、たとえ多くの将兵の犠牲を出そうとも、この方は立ち上がることを辞めないだろうと赤城は思っていた。彼の掲げる大義を果たすため、そしてそれこそが死んでいった人間たちの意義を全うするものだということを信じて――。

「フロイライン・アカギ。」

不意に赤城は柔らかな腕の中に抱えられているのを感じた。そして耳元で彼の声がしたかと思うと、また赤城はラインハルトの前に立っていた。今のは夢だったのか、と思うほど奇妙に感触がなく、一瞬の事だった。

「フロイライン・アカギ。」

「はい。」

赤城は姿勢を正した。まだ自分の頬に涙の跡は残っているが、今のラインハルトの声はいつもの、あの指令を下すときの声だった。

「卿に命じる。今から全艦隊に12時間の休息を与える。私も同様だ。それが終わり次第マリアナ諸島泊地司令部に赴く。そこで改めて作戦を協議することとしよう。」

「はい!!」

マリアナ諸島泊地は壊滅したとはいえ、司令部建物自体は奇跡的に倒壊を免れていた。本来であればブリュンヒルトの司令部にて行うのが望ましいのかもしれないが、敗北を改めて認識しその上で出直そうとなさっておられるのだと赤城は思った。流麗なブリュンヒルトはラインハルトにふさわしいのは当たり前なのだが、今、自分たちに必要なのは敗北を顔を背けることなく受け止め、次の一歩を踏み出すことなのだ。

 

 だからこそ、と赤城は思う。この人を支えていきたい。この人の麾下にあって一緒に共に歩んでいきたい。そしてそのためにならば――。

(私はどんなことでも、やってみせます!!)

 

そう思いながら、姿勢を正し、赤城は心からの敬礼をささげたのだった。

 

 

* * * * *

与えられた自室のベッドに横たわり、彼は脳裏を支配する灼熱の痛みに苦しんでいた。

 

あの激闘の海域から元の島に戻ってきたのは、他に行く当てもなかったからだった。空母棲鬼が取り繕ってくれたおかげで脱出したことはばれずに済んだようだったが、以来彼はずっと頭痛に苦しんでいたのである。原因はわかっていた。あの白い船を見てからだ。あの海域で白い船の奮戦、そして離脱を見届けた時、何かが彼の頭の中ではじけたのだ。

 

どこかで見覚えがある。何かが引っかかっている。

 

そんなもどかしい思いが頭痛を呼び寄せたのだろうか。日ごとにそれはひどくなり、しまいには部屋の中でベッドの毛布にくるまって動けない日々が続いていた。空母棲鬼が頻繁に見舞いに来て薬などを置いていくが一向に効き目がない。

(真実に至る道は遠く険しい・・・・。)

 不意に彼はそんな格言を思い出した。何故か、というわけではなかったが、なぜか今の状況にふさわしいような気がしたのだ。

 

 そう、自分はすべてを知っている。すべては自分の手の届くところにある。それなのに自分はそれに触れることも、見ることすらできないでいる・・・・。

 

 焦れば焦るほど、頭痛はひどくなり、どんどんと遠ざかっていくような気がしている。万華鏡のようにとりとめもない言葉や絵が、彼の頭の中でちりばめられ、混とんとした様相を呈している。

(どうにかして、この状況を整理しなくては・・・・そして、見つけなくては・・・・真実を・・・・・!!)

 真実!?彼はその言葉を無意識のうちに描いていたことに自分でも驚いていた。何が真実なのだろう。自分はこの世界に確かにいる。見も知らぬ深海棲艦たちと多少の齟齬はあれど生活を共にして、お茶を飲んで、作戦を立てて――。

 違う、違うのだ。何かが違う。彼はそう口走った。口走ったことにまたまた驚きを禁じ得なかったが、いったん違うと思い始めると、それは容易に彼の脳裏を離れなかった。

 

今いるこの世界に対して彼は急速に違和感を覚え始めていた。

 

元々自分はこのようなことをしているはずではなかった。もっと違う何かを、そう、何かをしていたはずなのだ!!

 それは何なのだ?私は一体誰なのだ?何をしていた?何をすべきなのか?私の帰るべき場所は?

 

 場所?わからない。それを思い出させてくれる言葉はどこにある?何でもいい。どんなことでもいい。ヒントがあれば、せめてヒントが欲しい。ヒント、それは自分が最も真実に近づくための道標・・・・。

 

 自分がこの世界にいることに違和感を覚えているというのなら、探せばよいのだ。自分と同じ世界観を感じ取れるものはなかったか?違和感を共有できるものはなかったか?そもそも、どうして自分はこのような状態になったのか・・・・・?

 

 白い船・・・・!!

 

彼の脳裏にあの白い鯨を思わせる優美な艦体を持つ艦の映像がうかんだ。頭痛にうめく彼の口から、不意に途切れ途切れに単語が漏れ出たのはその直後だった。

「あれは・・・白い船の司令官・・・ブリュンヒルト・・・・ラインハルト・フォン・ローエングラム・・・・・。」

まったくそれは彼自身にも予期しえない事だった。無意識と言ってもいいかもしれない。

彼は両手で抱えていた頭を不意にもたげた。先ほどまでずっと激痛で苦しんでいたのだが、突然それが消えたのだ。過ぎ去ってみると、頭痛前よりもずっと頭がクリアな気分だった。今までどこか頭の片隅が眠っているようなぼやけた思いを味わってきたのだが、今はそれはすっかり消え去っている。だからこそ、わかるのだ。自分が何者なのか。そして、なぜここにきているのかも何もかも推察できる。そう、すべてを――。

 

 

「思い出した・・・・・。」

ヤン・ウェンリーは深い吐息を吐き出していた。

 




 皆様以前にご指摘の通り、「彼」はヤン・ウェンリーでありました。
 今までヤン・ウェンリーを「彼」と表現していたのはこの記憶喪失が原因でした。そしてこの記憶喪失こそがラインハルト・フォン・ローエングラムがこの世界に来た原因とかかわりがあります。
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