ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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生前1

突然だが、オレには前世の記憶のようなものがある。

 

ようなもの、と随分曖昧な言い方をするのはオレ自身その記憶が前世のものかどうかが疑わしいからである。小さい頃は頻繁に見たものの大きくなってからは滅多に見ることがなくなったし、そもそもニホンという国の名前をオレは夢以外で見たことも聞いたこともなかった。99人いる弟達に至っては長子がまた面白いことを思いついたのかと目を輝かせて「ドゥリーヨダナ兄上!それはなんの遊びですか?!」と聞いてくる始末である。それを幾度となく繰りかえすうちに自然と、オレは夢のことを口にすることがなくなった。そんな色々考えても答えがでないことを考えるよりも愛する弟達と遊ぶ方がよっぽど有意義だったし何より楽しかったからである。

 

とはいえふとした時に前世の記憶がぼんやりと脳裏に蘇ることはその後も何度かはあった。パーンダヴァ兄弟の三男たるアルジュナと初めて会った時などは後少しで何か得られそうなところまで思い出しかけたが、その直後にパーンダヴァ兄弟の次男であるビーマが弟達をいじめ始めた為殴りかかったことで思い出しかけたナニカを忘れてしまった。アイツ絶対いつか潰す。

 

そんな決意を胸に秘め日々あいつらを蹴落とそうとしていたオレを含めた百人兄弟は御前試合の自分の出る種目を各々終えた今、絶賛暇をもてあましていた。「兄上、暇ー」「もう帰ってよくない?」「俺もいい加減帰りたい」「なー、飽きたよな」などとあちらこちらで不満を言い募り、長男であるオレに期待を込めた眼差しを送ってきている。正直オレとしても帰りたい。けど一応これ御前試合だから。オレが王になるまでの我慢だと思って欲しい。

 

「ドゥリーヨダナ兄上がそう言うなら…」

「でもアルジュナがすごいって言って終わりだろ」

「俺達だって頑張ってんのにな」

「師範、アルジュナの奴が特にお気に入りだからな」

 

いつもは聞き分けがいい弟達も、パーンダヴァ兄弟が絡むと話は別らしい。軽く諌めたもののそれでも不満を漏らす弟達にオレは苦笑した。オレ自身、パーンダヴァ兄弟が絡むと途端に理性がきかなくなってしまうし人のことを言えたものではない。それに師がアルジュナ贔屓なのを不服に思うのはオレ達全員であった。贔屓されているアルジュナが気まずそうな顔をするのもまた腹立つ。いっそのこと「この私が寵愛を受けるのは当然でしょう?」ぐらい言ってみせろ。いやそれはそれで腹が立つけど。

 

「うわー、すげー歓声…」

「兄上ー、いっそ俺達は罵声浴びせる?」

「俺達百人揃えば結構な声になるんじゃないかな」

「あのすまし顔腹立つよな」

「うわ、相変わらずえげつねー腕前…」

 

口々に言いながらも弟達の視線はアルジュナからは外れない。弟達だけではない、オレを除く、その場の誰もがその腕前に見惚れていた。師に至っては始める前から賞賛している。いや、それは流石に駄目だろう。

 

(…ん?)

 

そんな風に一人冷めていたからだろう、オレはその場にいた人間の中で唯一、一人の痩せた男が弓を手に取ったことに気づいた。

お世辞にも身分の良さそうな人間には見えない。しかしオレはその男の瞳が爛々と輝いているのを、あのアルジュナのバケモノ染みた腕前を見た上で目を輝かしてみせたその男を面白いと思った。いっそ帰ってやろうと思って上げた腰を下ろし、頬杖をつく。

 

 

 

そうして、その男はアルジュナと同等…いやそれ以上の腕前を披露してみせた。

 

 

 

オレはさっきとはうってかわって、上機嫌でその男を褒め称えた。すげえ、こいつ、すげえ!その心意気に伴った腕前を持ってやがった!律儀にぺこりと頭を下げるその素直さもいいじゃないか。ん?アルジュナになんか話しかけてるな。勝負でも挑んでんのか!こりゃますます気に入った!

 

「ちょっとオレ、あいつをナンパ、違ったスカウトしてくる!」

「兄上、ちょいちょい変な言葉混ぜるのやめて下さい。…勧誘するなら私も行きましょうか?」

「いや、オレ一人で十分だからいい。あ、でもアイツら来たら潰すの手伝え」

 

横にいたドゥフシャーサナに一応声をかけて、オレはアルジュナとその痩せた男のもとへと上機嫌に歩を進めた。しかしその機嫌も近づくにつれ聞こえる、その男に対し投げかけられる侮蔑を含んだ物言いによって急降下した。どんな身分だろうがなんだろうが、この男は堂々と挑んであれだけの腕前を大勢の前で見せつけた。また、この御前試合そのものが”身分を問わず”開催されたものである。よってたかって痩せた男を責める者達の方が身分はどうであれ品位のなさを表していた。

 

「!ドゥリーヨダナ!貴様、何をしにきた!」

 

その男に一番に食ってかかっていたビーマがオレに気づくと同時に声を荒げた。相変わらず五月蠅い男である。その問いに笑みをもって返し、罵倒されるがままになっていた男を見上げる。整ってはいるもののその表情の乏しさから冷たささえ感じさせるその男の瞳は、太陽のように美しかった。

 

 

「オレはドリタラーシュトラ王の長子、ドゥリーヨダナという。太陽をその目に宿した男よ、お前の名はなんだ」

「…カルナだ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ドゥリーヨダナがその笑みを浮かべた時、パーンダヴァ兄弟の全員が警戒心を高めてその男を注視した。幼き頃から度々衝突を繰り返した兄弟達の、長男であるその男が艶やかさを滲ませた笑みを浮かべる時は必ず碌でもないことを仕出かすことを長年の付き合いから知っていたからだ。カルナと名乗った男にたいして身分を問うていたことも忘れ、その場にいた全員がその男の一挙一動を見守る。「ほう、カルナか。…おい、パーンダヴァ兄弟、また先程からこの者を責め立ていた者達よ。この男、カルナが良家の出ではないというだけでパーンダヴァ兄弟が三男、アルジュナと戦えないというなら」と低くもないが高くもない落ち着いた声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「このオレがカルナをアンガ国の領主に任命する。―――そら、これで問題はないだろ」


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