ほのぼの日常系の短編
二月 聖バレンタインデー作戦
Ⅰ
『バレンタインデーは女の子の戦場!』
今私の視線の先には、女の子向けの雑誌の見出しにはデカデカとそう書かれている。別にこっちに見せつけるように四人揃ってまじまじと読まんでもよろしい。チラチラと暁がこっちに時々目配せをしながら響、雷そして電と作戦を練っているようだ。
最近は友チョコだとか色々あるようで、この時期の艦娘は何かとその話題で盛り上がる。貰った側からすればホワイトデーのお返しをどうするか頭を抱えることになるわけだが、何せ倍返し以上で返すのが暗黙の了解になっているのだから、それはもう大変だ。お財布にダイレクトアタックだ。
「いいかいみんな、チョコレートっていうものは買ってきた物をそのまま渡すのが一番手軽でなお且つおいしいんだ」
響がホワイトボードの前に移動し三人に講義を始める。雰囲気作りなのかポケットから伊達眼鏡と指示棒を取り出し講義を始めた。
「はい、響先生に質問です」
ビシッと手を挙げ雷が挙手をする。
「雷さん、質問はなんだい?」
「手作りはなぜだめなのかしら?」
それを聞いた響は眼鏡をクイと上げる仕草をする。インテリ気取りなのだろうが幼い彼女にはあまりにあっていないように見える。
「確かに手作りチョコの方が温もりあるとか、貰った側からの好感度が既製品をそのまま渡すよりもアップするのではないか?と考えてしまいがちですが、ここには大きな問題があります。
チョコレートは一度工場やプロの料理人が作ったものだ。それを溶かして型にはめ込めばそれだけで手作りチョコレートと言っても差し支えありませんが、完成品の味は手を加えれば手を加えるほど当初の物からすると劣化してしまう。普通に考えても、素人では機械やプロの味を超えられるわけがない。だから下手にアレンジを加えるよりもお店でチョコを買ってきて、感謝気持ちとかメッセージを書いたカードでも添えたほうがずっと無難。補足として付け加えると、そもそもこの日は世界的に見れば男性から女性に贈り物をする日なのだけど、このへんじゃ独自の文化が発達していて女性がチョコレートを贈る日になっています。義理チョコ、友チョコ、百合チョコなど多様に派生したものがあるよ」
三人は響の言うことを真剣に聞いている、任務前のブリーフィングもこれくらい真面目に聞いてくれたら私からは何も言うことはない。
「それでも手作りの物を渡したい場合はどうすればいいのです?響ちゃん先生」
「少なからず作ってみたいという子も出てくるだろうと思って、用意しておきました。
プロが一から教えてくれるチョコ作り教室。予約は早めに済ませておいた方がいいかな」
響は時間や場所をホワイトボードに書き込んでいく。
「そんでもって響は色々教えてくれたけど、あなたはどうするの?」
これまで黙々と三人のやり取りを聞いていた暁が口を開いた。
「私はお店で買うことにしたよ。手っ取り早くて確実だ。みんなはどうするのさ?」
「私は手作りチョコに挑戦してみたいけど、一人じゃ不安ねぇ」
暁が雷、電の方に助けを求めている。見かねた雷が暁の肩をポンとたたき、慎ましやかな胸を張る。
「私がいるじゃない。雷様に任せときなさいって」
「流石私の妹ね、姉思いのいい子だわ」
暁はうんうんと頭を頷きながら、偉そうにしている。いい子はいい子でも都合のいい子というのは、怒らせたときに物凄く怖かったり凄まじかったりするものだがお子様にそれが分かるはずもない。私は、何かがきっかけで雷がぐれてしまわないかがとても不安だ。
「電は市販のものにするのです」
こうしてみんなどうするのかが決まったらしい。
Ⅱ
そしていよいよその日がやってくる。私はこの日までの間に、彼女たちがどうしてきたのか何も教えてもらえなかった。
時は流れ二月十四日バレンタインデー当日、私は艦娘の座学を担当しているので授業の終わりに生徒からチョコレートを渡された。この後の休憩時間にでも食べてみようかと考えながら、執務室に戻ると私のところの四人娘が待ち構えていた。
「司令官お疲れさま」
雷が声をかけてくる。響は私が持っている二つのラッピングされた包みに目を向けると、
「そのプレゼントはどの娘から渡されたんだい?」
問いかける響の話を聞きながら、私は椅子に腰かける。
「ああ、これは白露たちと睦月達からもらったんだ。ガトーショコラとチョコチップクッキーだって言っていたかな」
「司令官も隅に置けないね。それはさておきはいこれプレゼント」
そう言うと、響は市販のラッピングされたチョコレートを渡してくる。私でも知ってる老舗メーカーの高級品じ
ゃないか…。さりげなく添えられたカードには買い物の荷物持ちをさせてあげる券と書かれている。
「ホワイトデーのお返しは楽しみにしているよ、司令官」
このチョコレートの倍返しはお財布がすごく痛いような気がする。買い物の支払いも強いられているのではなかろうか?懐は春を超えられそうにない。
「私と暁からはこれ。暁もかなり頑張って作っていたチョコなんだから味わって食べなさいよね」
チョコ作り教室にいって作ってきた二人からは、手作りのチョコレートに彼女たち自らがラッピングしたらしい袋を渡してくる。おまけのカードには、肩をたたかせてあげる券の文字が、ふつう逆じゃないのか?何かいろいろとおかしいんじゃないかと首を傾げていると、今度は電が寄ってきて両手には段ボールを抱えている。お菓子メーカーの名前が書かれているな…
「電、一応聞くがこれは何だろうか」
「ブラックサ○ダーを一箱分なのです」
まさか電がネタ路線に走るとは思わなかった。姉三人の毒気にやられてしまったというのか?サン○―ってどっちかっていうと雷の方じゃないかな…
「カードの方も見てほしいのです」
電は、私にそうするように促す。えーと何々、司令官さんが困ったときに何でも助けてあげるのです券って書いてあるな。させてあげるネタが続かなくて本当によかった。
「何でもって電、いくらなんでも大胆過ぎないかい?」
「献身的な妹だなぁって私は思うけど」
「電にはまだ早いと思うわ!」
姉三人が末の妹に向けた一言がこれだった。暁と響の言いたいことがちょっとよくわからない。
「じゃあ電、君には執務室のお菓子が切れてしまったから買い物を頼みたいんだが、やってくれるか?しばらくチョコレートが続くだろうからチョコ以外で」
「分かったのです。和菓子洋菓子よりどりみどり買い漁ってくるのです」
「いいなぁ電、私もついて行ってもいいかしら。ねぇ司令官」
お子様暁が、駄々をこねだした。
「暁ちゃんはここで留守番しておくのです」
電はきっぱりと暁をつっぱねて、暁はガックシとしょげる。
「かわいい子には旅をさせよって言うだろ暁、妹の旅立ちを送り出すのも姉の務めなんじゃないか?」
「そうなんだけどさぁ…」
暁は不服そうにブツブツ何か呟いている。
「とびっきりのお返しを期待しているんだからね。約束よ」
ホワイトデーまではまだ猶予が一か月ある。さてなにを用意しようか、私はチョコレートを齧って飲み物で流し込む。
…チョコと緑茶はあまり合わないかもしれない。バンホーテンのココアの方が個人的にはよかったかなって。
季節外れの本作品ですが、書き上げたのは今年の2月16日。
間に合わなかったんですね…あまりにも不憫なのでそこからさらに半年明けての投稿となりました。
拙いですが、もし楽しんでいただけたなら幸いです。