◇
「で、少しは落ち着いたか哲也?」
「うん、全然落ち着いていないけど落ち着いたよ」
思いっきり叫んだことで少しは冷静さが戻ってきた。
だからと言ってこの意味不明な状況が解決したことに繋がらない。
きちんと、分かるように、説明してもらわないと納得できないぞ。
というかストレスでもうどうにかなりそう。
「う、うむ。そう睨むでない。説明をしなかったことは謝るから」
「謝罪は後でいいから説明して」
「うぅ、サクラ~。孫がワシを睨んでくる~」
そう言ってまたじいちゃんはサクラさんに抱きついた。
くそ、全然話が進まない。いい加減はっ倒してやろうかな。
「すみません。あの、マジで睨まないで。あと無言が怖いです」
「…分かったよ。もう睨まないから説明してよ、じいちゃん」
そしてじいちゃんはサクラさんから離れ、居ずまいを正した。
「まず哲也が抱いとる疑問は三つじゃろう。ワシが何故この場にいるのか。サクラたちが何故この場にいるのか。そして【お役目】とは一体何なのか」
「うん、そんなとこだね」
「では順番通りにいくとしよう。最初のワシについての疑問からじゃな。ワシは死んでいるよ、あの一週間前に」
やっぱりそうか。
あの出来事が夢なんかじゃないし、俺だけを騙すタチの悪いドッキリでもない。
じいちゃんは死んだ。覆らない事実だし、現実だ。
ああ、クソ。やっぱり受け入れられないよ。
「そんな顔しないでくれ、哲也。命あるものはいつか必ず死んでしまう。ワシだって例外じゃないんだ」
じいちゃんは少し複雑そうな顔をして、笑っていた。
そしてその声は、俺が子供時代に励ましてくれていた時の優しい声色だった。
「じいちゃん……」
その声を聞いて堪えきれなかった。
あふれ出してくる感情が目から零れ落ちていく。
「全く、幾つになっても泣き虫は変わらずじゃな」
「うん、…う…ん。……ああぁ、ああ…………あああああああああぁぁぁぁ」
「ありがとう、哲也。ワシのために泣いてくれて。それだけでワシは生きててよかったと思うよ」
「うぁぁぁあああああ、ああああああああああああ」
「ありがとう、ありがとうな、哲也」
じいちゃんは俺の隣へと移動して、そっと俺の頭を抱きしめてくれた。
じいちゃんのゴツゴツした手。それに骨と皮だけの腕。
いつも俺が泣くとじいちゃんはこうやって俺の頭を抱きしめてくれていた。
子供時代の俺が一番安心するのがこれだった。
ただ、子供時代と一つだけ違う点があった。
それは温かさ。
人間の温もり、それが無い。それだけが無い。
それだけだというのに、その一つだけだというのに、じいちゃんはこの世にはもういない存在なのだとガツンと頭を殴られたように認識させられた。
「ゴメン、説明しろとか言ったのに俺が泣きだしちゃって…」
その後、泣いた俺はようやく落ち着くことが出来た。
「なに、死んだ身でありながらまた哲也の子守りが出来たんじゃ。言うことは無いよ」
「じいちゃん」
「さて、これでまた泣き出したらキリがない。続きいくぞ」
「うん」
そしてまたじいちゃんは俺の正面に座る。
そういえばサクラさんたちがいつの間にかいなくなっていた。
気を使ってくれたのか。何か悪いことしたな。
「それで死んだ身のワシが見えるということは―」
「俺の子供の頃の体質が戻った、ってわけだよね」
そう、俺は小学校の高学年ぐらいまであるモノが【見えて】いた。
そのモノというのが、本来ならば普通の人間には絶対に認識できない存在。
【幽霊】という存在だ。
子供の頃は誰もいないはずの場所を指さして、「○○君、遊ぼう」なんて言っていた。
両親は相当心配していた。それこそ毎日カウンセリングやら精神科に通っていた。
何度もそんなとこ連れられて、子供の俺でも分かった。
俺には人には見えないモノが見えてしまうんだ、って。
だけどそれを誰も分かってくれない。俺を腫物扱いしてくる。
このままいけば俺はロクでもない奴になっていただろうな。
でもそれを救ってくれたのがじいちゃんだ。
じいちゃんも俺と同じように、見えないモノが見える人だった。
だから俺の唯一の理解者だった。
だけど中学校に入ったぐらいからプッツリと幽霊が見えなくなってしまった。
じいちゃんに聞くと、「子供時代は多感な時期だから見えやすい、哲也も中学生になって大人に一歩近づいたというわけじゃ」と言っていた。
なるほどと思った。それに幽霊が見えてもいいことなんかないし、清々していた。
それが恐らく今になってまた蘇ったようだ。
現に幽霊であるじいちゃんを見れているわけだし。
「そうじゃな。しかも子供の時より強くなっているぞ」
「え、そうなの!?」
嘘だろ。子供の時、あれだけ苦労したっていうのにまた付き合うことになるのかよ。
俺これから社会人になるんだよ?
人間関係やら仕事関係やらで悩むはずなのに、それ以上悩み事を追加されたら死んじゃうよ。
「本当じゃ。現に一週間前まではサクラたちは見えていなかったのに、今は見えているだろう?」
「確かに……ん?サクラさんたちが?なんで?」
「おっと、これは疑問の二番目じゃな。サクラたちは人間ではない」
ん?
このご老人はまたオモシロイことを言っておるな。
「え?だってじいちゃんの家政婦さんだろ?」
「まぁ家政婦だな。最近は身の回りの世話をしてもらってばっかだったしな」
「それで、人間じゃないと?」
「そうじゃ。正式に言えば幽霊でもない。花の神格、【
………
……
…
「…は?」
「……そうじゃ。正式に言えば幽霊でもない。花の神格、【
「いや、ごめん、聞こえてる。俺の耳はじいちゃんほど遠くない」
「なんじゃそれは!馬鹿にしておるのか!!」
またじいちゃんが何かキレてる。
いや、そんなことはどうでもいい。
「え…っと、つまりお爺様は、サクラさんたちが【神様】だって言いたいわけですか?」
「そうじゃよ」
「そうでーす、テツ君、衝撃の事実発覚!」
ローテンションながらもツワブキさんが俺の隣でプピープピー何かを鳴らしている。
パーティグッズでよくある、息を吹けば三方向に延びる奴。それにご丁寧にヒゲめがねを付けていらっしゃる。
すごいシュールなんだけど、これ。
「じゃなくって!!!」
「うぉ、びっくりした」
「ホントにサクラさんたちは神様なの?」
未だに信じられない。
だってサクラさんたちは普通の人間だったぞ。
幽霊みたいに嫌な気がしない。むしろ一緒に居てとてもホッとする。
まぁ幽霊と神様を比べること自体間違っていそう。というか罰が当たるな。
「ごめんなさいねテッちゃん。本当は騙すつもりはなかったの」
そしていつの間にかじいちゃんの右隣りにサクラさん。
じいちゃんの左側にヒマワリさん。その隣にツワブキさんが座っていた。
「子供の頃のテッちゃんに私たちの正体を明かして、それがテッちゃんに正しく伝わるか分からなかったの」
じいちゃん、そしてサクラさんたちはとても真剣な目だった。
だからこそサクラさんたちが【神様】だというのは本当の事なのだろう。
「すまんな、哲也。お前を騙していて」
子供の頃の俺は幽霊を毛嫌いしていた。
相手にしたら両親や友達に白い目で見られるし、幽霊に連れて行かれるような命の危険すらもあった。
だから俺は幽霊なんかいなくなればいいと思っていた。
荒んだ子供時代の俺はじいちゃん、そしてサクラさんたちしか心を開けなかった。
そうか、だから俺に隠していたんだ。
子供の頃の俺が幽霊と神様の違いを認識できたか。
絶対出来なかっただろうな。
「テッちゃん、言い訳にしか聞こえないかもしれない。だけど鉄次郎様はテッちゃんのことを思って―」
「うん、分かったよ。俺のためだったんでしょ?」
俺は幸運だったんだな。
こんなに優しい人たちに囲まれて、育っていたんだ。本当に良かった。
この人たちに出会えて本当に良かった。
「あれ?でもさ、俺は子供時代サクラさんたちを見れていたよ?」
そう、確かに中学に入ってからは幽霊が見えなくなった。
それが今はサクラさんたちを見ることが出来る。つまりは子供時代の幽霊が見れる状態に戻っただけ。
それなのに見る力が強くなったってどういうことだ?
「【花神】の性質から伝えた方が良いか」
それからさっくりとサクラさんたち【花神】の性質をじいちゃんが教えてくれた。
花神の性質は全部で五つ。まとめると―
一つ、花神をこの世に顕現する場合、依り代となる木が必要になる。
一つ、花神をこの世に顕現する場合、契約者の魂を分け与える。
一つ、花神をこの世に顕現した場合、霊視の力を持たない人間からは認識されない。
一つ、花神をこの世に顕現した場合、固有の力を一つ持つ。
一つ、花神をこの世に顕現した場合、契約者の魂の状態で力の強弱が決定される。
―このようになる。
「まぁ詳しいことは牡丹から後で聞いておいてほしい」
「うん。それで俺の【霊視】だっけ?その力が強くなったのとどう関係があるのさ?」
「一番最後の性質を覚えておるか?」
「えっと、魂の状態で、力の強弱が決まる、だっけ?」
「分かりやすく言うなら、ワシが死にそうになればサクラたちも弱くなる、ということじゃ」
あ、何となくわかってきたぞ。
「とすると、俺が子供の頃はじいちゃんはまだ元気だったし、サクラさんたちも弱っていなかったってこと?」
「そう、そして現在、ワシは死んでいる。魂がスカスカで風前の灯火の状態。だからサクラたちも限りなく弱っている状態」
「だから、子供時代の俺でも見ることが出来ない状態であると」
そして俺の言葉を肯定するようにじいちゃんは頷いた。
おいおい、マジか。子供の時よりも強くなっているって洒落にならんぞ。
どうしよう。
「でも何で急に霊視の力が戻ってきたんだ?」
「うむ、おそらくじゃが、ここは東京よりもそういうものが多い。それに感化されて、というのもあると思う。だが、一番の原因は死んだワシともう一度会いたいと願ったはずじゃろう?」
…そのとおりだ。
死んだじいちゃんともう一度会いたい。会って最後にゆっくりと話をしたかった。
そして一言、「ありがとう」と言いたかった。
子供の頃の俺を救ってくれて感謝の言葉を伝えたかった。
他にももっと色々話したかったことはあるけれど、それが一番の心残りだった。
だからこの一週間で何度も何度も願った。
一度だけでいいから会いたいと。
それが俺の霊視の力を戻すキッカケになっていたなんて。
「さあ最後の疑問じゃ。九堂家が23代という長い時をかけて行ってきた【お役目】。それは―」
「それは?」
「現世に未練を持ち、未だ成仏できていない霊を成仏してあげること。これが【お役目】じゃ」