開幕を知らせる花火が上がる。
年に一度のこのお祭りの日に学園の中にも外にも、今か今かと始まりを告げるオープニングコールを待つ人達が溢れ返っていた。
その人々の興奮が最高潮に高まろうとした頃、学園の生徒会長が前振りをして、後の魔王最愛の妹がついに始まりの一言を告げた、――もとい、鳴いた。
『にゃ~~~~♪』
鬨の声が上がる。
今日この日、ここで小さな戦争があることを、今はまだ誰も知らない。
「~♪ ~♪」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、C.C.は白色のリボンで自分の髪を括っていく。
普段は絶対に使わない鏡の前に立ち、胸のタイやスカートがおかしくないかチェックする。
「よし、完璧だ」
完全なアッシュフォード女学生に変装したC.C.は、自分自身のその姿に自慢気に鼻を鳴らした。
その普段の彼女なら行わない仕草に、彼女の興奮具合が見て取れた。
着替えを終えたC.C.が、ベッドの上に置いてあった本日の武器を手に取った。とある科学者謹製のとても軽く、そして割れない大きな皿を。
「では、行ってくるな? チーズ君。戦果を期待して待っててくれ」
愛用の人形に話しかけ、C.C.は足取りも軽やかに部屋を後にしようとする。
廊下に出たC.C.が後ろ手にドアを閉める。
扉が閉められ、その姿が完全に消えようとした、―――その直前。
「食べ放題~~♪」
……何か、聞こえた。
露店が開かれている通りを一通り廻り、時折発生したトラブルを全て対処し終えたシャーリーはポッカリと空いた時間を持て余していた。
生徒会メンバーの仕事は多いが、それでも楽しめるようにと心優しい副会長が全員のスケジュールを完璧に調整してみせた結果だった。
どうしようか、と暫し悩んだシャーリーだったが学園祭、片思い、乙女とくれば自ずとやることは決まってくる。
先日、一度は失意の底まで叩き落とされた恋心だったが、やはり彼が好きだと再確認してからは、前と同じ、いや、前以上に積極的にシャーリーはアプローチをかけていた。
もちろん、やりきれない想いはある。ルルーシュがゼロなら、思うことが全くないとは言い切れない。
でも、それでも、なのだ。
否定されても、拒絶されても、迷惑に思われても。
自分にだって、譲れない想いはあるのだ、とシャーリーは思った。
頭の中で先日叩き込んだ目的の相手のスケジュールを思い浮かべる。その予定表をチェックし、いざ目的の場所にシャーリーは突貫しようとして。
く~~。
自分のお腹から聞こえた健康的な音に顔を赤らめた。
一度、意識してしまうと周りから漂う食欲を誘う匂いがどうしても気になってしまう。
食べていきたいところだが、これから片思いの相手の所に行こうというのに、ガツガツ食べてしまうのはどうか、という乙女的思考がシャーリーの食欲に待ったをかける。
食べたいけど食べれない。そんな乙女のジレンマにシャーリーは思い悩んだ、―――のは一瞬だった。
(そうだ! 一緒に食べればいいんだ!)
名案、とばかり手を打つシャーリー。実際、ルルーシュは生徒会メンバーの中では飛び抜けて仕事が多く、学園祭準備期間中も遅くまで仕事をしており、私的な時間を大分削っている。
今朝も朝食の時間を削って、今日の最終調整を行っていたのは確認済みだった。
なら、と思いシャーリーは居並ぶ露店に目をやった。
ルルーシュの好みを思い出し、良さそうな物を見繕う。――もちろん、妹のナナリーの分も。
さりげない好感度アップのポイントは逃がさない。ちょっと懐が寂しくなるが気にしない。
何せ、今や、恋のライバルが存在するのだから。
(あれ……?)
丁度、シャーリーがその人物のことを思い浮かべた時だった。人混みの中に、その人物の姿が見えたのは。
遠目だったが間違いない。あの特徴的な髪の色はそうそう見間違えたりはしない。
ただ、そうなら一つだけ疑問に思うことがあった。
「何で、ウチの制服?」
少女が着ていたものが、自身が今着ているものと同じだったことにシャーリーは首を傾げた。
ひょっとして、同じ学園生だった? と思うもすぐに違うと否定する。だって、ルルーシュにあれだけ近い女子生徒がいたら自分が気付かないはずがないと、シャーリーは確信を持って言えるからだ。
「よし!」
敵を知り己を知れば百戦なんちゃら。考えるより動け。
心の中でギュッとハチマキを締めて、シャーリーは恋敵に向かって突撃した。
喜び勇み、学園祭に乗り込んできたC.C.だったが、目的の目玉イベント、巨大ピザ作りまで、まだまだ時間があった。
だが、別段C.C.に苛立ったような様子は見れない。あっちに行ったり、こっちに行ったりと学園のあちこちで行われているイベントを一人楽しそうに廻っている。
時折、祭りの熱に浮かされた男が、そんな魔女の魅力に惹かれて群がってきたりしていたが、そんな男達を冷たい眼差しと「魔王になってから出直してこい」という一言で撃退しながら、程々にC.C.は学園祭を満喫していた。
「ふふっ……」
彼女の口から笑い声が零れる。それは、現状の楽しさから漏れたものでもあったが、それ以上にこれから訪れる至福の時に思いを馳せたが故という部分の方が大きかった。
そう。この日のために、C.C.は多くの策を講じてきた。
何故か早々に学園祭で巨大ピザを焼くことを知っていたC.C.を胡乱げに見るルルーシュの視線を無視し、様々なアドバイス―C.C.にとっては―をしていたのだ。
枢木スザクには何があっても、くるくるさせ続けろ。妹と語らう時は、時と場所と妹を選べ。ピンクに捕まるな、無理なら追い出せ。魔女をトマトに落とすな、せめてチーズにしろ等々……。
そんな事を昼夜問わず、さらには寝ているルルーシュの耳元で囁いたりしていたものだから、ノイローゼ気味になったルルーシュがふざけるな、俺の計画は完璧だ、狂いがあってたまるか、と激昂し、さらにそこからいつもの皮肉の応酬をしていたら、なんと、もし失敗したらピザを好きなだけ食べさせてやると言質を取ることにC.C.は成功したのだった。
つまり、成功したら巨大ピザが食べ放題。失敗しても、ルルーシュで食べ放題というC.C.にとっては、どっちに転んでも食べ放題な明日が約束されているのだ。
「フフフフ……」
もうすぐ、手の届くところまで来ている未来に、C.C.は身体を震わせる。まだかまだか、と気持ちを逸らせながらも、メインディッシュの前の前菜を味わうような気分で学園祭を楽しんでいた。
「ん?」
丁度その時、人混みの中に見知った顔を見た気がした。遠目だったが、間違いない。あの特徴的な髪のモジャモジャ具合は、間違えたくともなかなか出来ない。
しかし、C.C.の気を引いたのはそっちではなく、その隣り。何か雰囲気は違っていたが、帽子から覗いた銀色の髪と褐色の肌は先日仕留め損ねた女性軍人だった。
それを見たC.C.は、どうするか、――などと刹那も考えることもなく、どうでもいいと切り捨てた。
何が悲しくて、赤の他人の恋路などというゲテモノを至福のメインディッシュの前に味わわなくてはならないというのか。
とりあえず、後でルルーシュに教えておこうと考える。前以て知っていれば、あの程度の小物、ルルーシュがどうとでもするだろう。そう結論づけたC.C.が、さて次は、と視線を別の所にやろうとして。
「あの……!」
後ろから来た、別の恋路に取っ捕まった。
(うぅ……っ)
その切れ味鋭い眼光が向けられると、シャーリーは思わず竦み上がってしまった。煩わしいと、口ほどに物を言うその視線に思わず、すみませんでしたと言って回れ右をしたくなる。
(が、頑張れ、私!)
そんな弱気を叱咤しシャーリーはC.C.に頭を下げた。
「そ、その! その節はどうも」
ありがとうございます、と頭を下げるシャーリーにC.C.はああ、と返す。
「今日は、どうしたんですか?」
「ピザを食べに来た」
「ピザ…、お好きなんですか?」
「当たり前のことを聞くな」
「す、すみません!」
「…………」
「…………」
途切れてしまった会話に、シャーリーはう、と内心で呻き声を上げる。シャーリーとしてはC.C.と話をしたいところなのだが、当のC.C.にその気がないので会話が続いていかない。
「もういいか? 気持ちは分かったから、もう私に話し掛けるな。アイツの周りの人間と話をするのは、私としてもあまり都合が良いとは言えんからな」
そう言ってその場を後にしようとするC.C.を、シャーリーは慌てて止める。何とか引き止めようと、話題を探そうとして、――パッ、と閃いた。
「そうだ! お礼! お礼させて下さい!」
「礼だと?」
「はい! あの、私、生徒会メンバーなので、ちょっと顔が利くというか、融通が利くというか…、その、ピザ、食べたいんですよね? だったら、お礼に焼き立ての美味しいところ、食べられるようにしますから、もう少しだけ……」
お話を、と恐る恐る告げるシャーリー。それにC.C.は考える素振りを見せているが、その何かを期待するような表情からするに、答えは出ているのだろう。
「…いいだろう。約束は守れよ」
「それで? 何が聞きたいんだ?」
手渡された飲み物に口をつけながらC.C.は問い掛けた。
「あ、はい、あの、え~~と……?」
「? ああ、名前か。C.C.と呼べ」
「し、しぃつぅ?」
口馴れない名前に、シャーリーが戸惑いながらも、たどたどしく少女の名を口にする。
「何だ?」
「い、いえ! その、珍しい名前だな~、って……」
「そうか? ルルーシュは良い名前だって言ってくれたぞ?」
「む」
嘘である。良い名前じゃないか、とは確かに言っていたが、それは本名の方だ。こっちの方は、むしろやり過ぎだ、と言っていたくらいである。しかし、そんな気配を微塵も感じさせず嘘を吐くあたり、流石は世界を騙しきった男の共犯者と言えよう。
何となく、ちょっとだけ敗北感を覚えたシャーリーはそれを誤魔化すように一つ咳払いをして、自分の名前を告げようとする。
「えっと、私は――」
「知っている。シャーリー、だろう?」
自分が名乗るのに先んじて、相手の口から自分の名前が出たことにシャーリーは驚く。口を半開きにして、いかにも驚いてますという風にC.C.を見るシャーリー。その様子にC.C.は挑発的な笑みを浮かべた。
「アイツの話によく名前が出てくるからな」
「そ! それは、その…、どういう……?」
「さて、……何だったかな?」
「むむむ!」
からかわれているんだろう、と分かる。それでも、気になるものは気になるし、悔しいものは悔しい。
だが、それ以上に気になるのは、やっぱり少女とルルーシュの関係だった。
親密な関係だというのは、この間のアレで何となく察しはついていた。だが、思っていた以上に自分の思っている方向に親密な気配が感じられて、シャーリーの中の恋心がそわそわし始めた。
「ず、随分と、ルルと仲が良いみたいですけど、その、C.C.さんはルルと、どのようなご関係で?」
頬やら口元やらをピクピクさせながら、それでも笑顔で問い掛けてきたシャーリーに、C.C.はふむ…、と神妙な雰囲気を漂わせる。
関係。ルルーシュと自分の関係。
表面上は共犯者だ。いや、正確にはそう言った面もあるというべきか。少なくとも、C.C.の中には共犯者として、何があっても離れず、最後までその罪を分かち合おうという気持ちがある。ただ、そういったルルーシュへの強い感情の源泉は何なのかと言われれば、少しばかり困る。正からくる想いなのか、負からくる想いなのか。C.C.にもはっきりと分からない。
ただ、はっきり言えるのは。大切だということだけだ。
ルルーシュのことが。とても…………。
しかし、そんな内心を素直に吐露するようなC.C.ではない。不安げに答えを待つ少女を、ちらりと横目で見てから、しらっ、とした顔ですっとぼけた。
「そうだな、…周りからはよく愛人と言われているな」
「あんちん!?」
「誰だ、それは?」
驚きのあまり舌が回らず変な言葉がシャーリーの口から漏れる。
「あ、あい、あ、じ、……愛人!?」
予想の斜め上すぎる。親密な関係どころじゃない。ただならぬ関係どころか爛れた関係だ。
まさか、そんな。あのルルが……、と混乱しながらぶつぶつ呟いているシャーリーに、C.C.はさらなる追い討ちをかける。
「他にも内縁の妻とか、皇妃とか、まあ、色々言われたな」
「妻……、妃……」
次々出てくる、かなりな関係を指し示す言葉にシャーリーはがくり、と項垂れた。
どこまで本当かは分からない。だが、そう言われたということは周りからはそう見えるくらいの関係であることは確かだ。
一、二歩リードされているとか、そういうレベルではなかった。周回遅れですら可愛らしい。暢気に好感度アップとかしている場合ではなかった。
「まあ、そういう訳だ。お前も頑張っているようだが、私とルルーシュの間に割って入るのは難しいと思うぞ?」
「うぐぐ……」
上から降ってくる勝ち誇った声に、シャーリーが悔しげに唸る。
このままではいけない。ここで引いたらダメだ。負けるな、シャーリー。
自分自身に発破を掛けて奮い立たせる。
負けられない。他の何かで負けるのはいい。でも、この恋だけは負けられない――――!
「わ、私だって、私だって……!」
言葉が続かない。反論したいが、自分とルルーシュの間柄は友人、級友、生徒会仲間。とても、愛人やら妻やら皇妃やらに勝る関係とは言えない。
でも、負けない。負けたくない。引くな、引くんじゃない、シャーリー――!
そんな気力だけが、どんどん空回りし、気付けばシャーリーの目はグルグルと鳴門を描き、頭からも湯気が出ていた。
「ふふ、無理するな。何しろ、私とルルーシュは将来を――」
「ルルを思って書いたポエムの数なら誰にも負けないもん!!」
フレイヤが爆発した。
一年後であれば、そう言われるような爆弾がシャーリーの口から飛び出した。
大声、かつ、あまりにぶっ飛んだ内容にC.C.はおろか、周りにいた人達も驚き、シャーリーを見ていた。
「ほ、他にもルルと私を主役にした妄想小説とか、ルルを思って作った曲とか、ルルの写真をプリントアウトして作った等身大抱き枕とか、色々……!」
気付くんだ、シャーリー。君は今、自分で地雷を埋めて自分で踏むという曲芸をしていることを。
しかし、残念ながら、そんな忠告をしてくれるような人物はその場にいなかった。
故に止まらない。暴走が加速する。
「あ、あと、早起きしちゃったりマフラー編んじゃったり滝に飛び込んでルルの名前叫んじゃったり――……」
暴走が止まらない。恋する乙女号は加速し続ける。
ブレーキ? あれば、暴走なんてしない。
ゲフィオンディスターバー? それは、対策済みさ。
「と、とにかく! 貴方とルルが実際どんな関係か分かりませんけど! つ、積み重ねてきた想いとか、時間なら貴方には負けません!」
「ほお………」
C.C.の目が冷たく細まる。シャーリーの熱気に当てられたのか、普段であれば冷笑と共に流したであろう発言に何やら反応してしまうC.C.。
魔女モード、無駄に発動。
「言うじゃないか、小娘が。ただ一方的に募ってきた想いが、私とルルーシュの絆に勝ると?」
「負けません! 虚仮の一念だって、岩をも……、えっと、岩をも、い、岩を持ち上げるんだからぁ!」
魔女モードの冷たい声のC.C.に、負けじと言い返すシャーリー。両者、一歩も引かなかった。
「ほほう? だが、片思いなら相手からアプローチされることもあるまい? 言っとくが、私はルルーシュに手作りの料理を作ってもらったことがあるぞ。何度も、だ」
「な……ッ!」
違うな、間違っているぞ。
もし、ここにルルーシュがいたら、そう言っていたことだろう。確かに手作りはしたが、それはC.C.が催促してピザを作らせていたのが殆どで、そんなほのぼの系イベントではないと。
しかし、そんなことを知らないシャーリーの頭の中にはある光景が浮かび上がる。スーツを着て仕事に行こうとするC.C.に手作り弁当を渡すエプロン姿のルルーシュが。……何かが違う。
どうだ、と言わんばかりに胸を張るC.C.。しかし、シャーリーも負けるものか、と反論する。
「た、確かに羨ましいけど……っ、でも、私だって、一緒に買い物行ったり、遠出したり、そう! 二人で仲よく共同作業とかしたことあるもん!」
「む……!」
違うな、間違っているぞ。
ルルーシュがいたら、そう言っていたかもしれない。
それは、大抵生徒会の買い出しで、共同作業も同様に生徒会のイベントや仕事で、そんな甘酸っぱい何かを感じさせるものではなかったと。
しかし、そうとは知らないC.C.は若干だがたじろいた。その脳裏にある光景が浮かび上がる。大きなケーキを前に二人でナイフを入れようとするタキシード姿のシャーリーとウエディングドレスのルルーシュが。……違う、と言いたい。
その後も二人の言い合いは止まらず、ヒートアップしていく。周りの様子も目に入らずに、あーだこーだと言い続ける。
もはや、誰にも止められそうになかった。さながら、それはフレイヤが飛び交う戦場のようなものだ。それを誰に止めることが出来よう。
「何を、……やっている」
いや、一人だけいたか。
凍てつく波動が発せられる。将来の魔王が発する冷気に言い合いをしていた二人だけならず、周りにいた全ての人がその動きを止めていた。
「何やら、生徒同士が揉めているというから来てみれば……」
その王者の貫禄を宿した瞳が、キッと一人の魔女を捉えた。
「答えろ、C.C.。貴様、ここで何をやっている」
「決まっているだろう」
魔王の鋭い視線に晒されながらも、魔女は平然とこう告げた。
「ピザ」
後にシャーリーはこう語る。
人が本気で怒った時って、本当に火山が噴火したようなイメージなんだな、と。
そして、それを見て、普段怒らないルルの怒った顔が見れてラッキー、とか思っているあたり、この子も大概懲りていなかった。
幕間が終わる。束の間の休息は終わり、次の幕が上がる。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは――」
運命の時が始まる――…
次回から、いよいよ特区になります。