コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 ハーメルンよ、私は帰ってきた!!

 ……はい、調子に乗りました。スミマセン。

 なんやかんや忙しかった時期も過ぎて、中盤くらいまでそこそこ話が固まったので、またボチボチ投稿していきたいと思います。


PLAY:16

 何事にも流れというものがある。

 

 時間、歴史、……人の意志もそうだろう。

 常に絶えず、変化し、移ろいゆく。それを流れと人は呼ぶ。

 世界にも、流れがあった。

 始まりは理想か、そうと気付かなかった妄執か。

 いや、彼等が魅入られた力の原点を辿れば、果たして始まりは何時になるのか。

 ともあれ、世界もまた、一つの流れの中にあった。

 心地よい言葉に乗せられ、酔いしれ、その果てにあるものが誰かにとっての都合の良い世界に至る破滅の道だと気付く事もなく。

 

 ずっと、ずっと………。

 

 しかし、移ろうからこそ、流れである。

 ひたすらに緩やかに、穏やかに、都合よく流れ続けていく事など、決してありえない。

 

 流れが変わる。

 

 高みにありて、自分達こそ絶対なのだと思い上がっていた者達の作り出した流れは、一つの雑音(ノイズ)によって、大きくその流れを変えようとしていた。

 

 

 バタバタ。バタバタ。

 慌ただしく世界が動き回る。

 人の口は絶えず、その足は止まらず、目は忙しなく文字を追い、耳は常に何かしら、誰かの言葉を聞き取っている。

 ひっきりなしに鳴る電話の音が煩い。文字を書く手が疲れた。途切れることなく行われる会議、話し合い、論争に声はしゃがれ、喉はカラカラで痛い。

 それでも、誰も止まらない。まるで、一歩でも足を止めれば、乗り遅れてしまうとばかりにせかせかと動き続けていた。

 その発端は、たったの一日。たったの一夜の出来事。

 しかし、その僅かな間に起こった出来事は、世界を急き立てた。

 誰が予想していただろうか。

 常勝無敗、絶対強者として世界に覇を唱えていた神聖ブリタニア帝国のその不敗の神話が、何の前触れもなくあっさりと崩れ去ろうなどと。

 まして、それを成したのが、かつてブリタニアに敗北し、その全てを奪われた小さな島国の一組織の反逆によるものなどと。

 誰も予想だにしなかっただろう。

 でも、だからこそ、この事実は人々の心を惹き付けた。

 古いお伽噺のような奇跡の一夜は、多くの人々の心を震わせ、希望を与えた。

 誰もが思った。俺達だってやれると。

 誰もが考えた。後に続けと。

 足元さえ見えない、真っ暗な闇の中を標もなく歩み続けるのは難しい。

 果たして、ゴールはあるのか。それは、自分達の望むものなのか。いつ、辿り着くのか。

 不安、疑心、焦燥。まとわりつく負の感情が人の歩みを鈍らせ、やがてその足を止めてしまうからだ。

 でも、今は違う。

 その真っ暗な闇の中に、確かな足跡が残された。

 望む先に辿り着いた軌跡が、確かに刻まれたからだ。

 辿り着ける。終わりがある。ならば、自分達もそこに。

 それを知ったが故に、誰も足を止めようとはしなかった。

 バタバタ。バタバタ。

 慌ただしく世界は駆け巡る。

 その胸に、時に言の葉に、この奇跡の体現者たる男の名前を残しながら…………。

 

 

 

 ガシャン、と冷えたビールのジョッキが音を立てる。

 何度目になるか分からない音頭に沸き立ち、ジョッキの表面から滴り落ちた水滴に手を濡らしながら、一息にキンキンに冷えた中身を飲み干していく。

 そこかしこで歓声が上がり、笑い声が絶えず、時折、喜びに涙を浮かべ泣いている者もいた。

 奇跡の夜明けを経て、再び陽が沈んだトウキョウ租界、――いや、日本国首都、東京。

 僅かとはいえ、初のナンバーズの国土奪還という偉業を成し遂げた黒の騎士団の面々は、現在、政庁一階の大ホールで東京奪還並びに日本の復国を祝した酒宴の真っ最中であった。

「……んでよぉ、こいつはやべぇって思った瞬間、俺は直ぐに動いた訳よ。落下しそうになるカレンを助ける為に、一人、な」

 おおっ、と歓声を上げる後輩の団員達に気を良くしながら、玉城はぐびり、とジョッキを煽る。

 いつもの安酒とは、全く違う。

 総督、――つまりは、皇族が口にするような高価な酒は、いつも以上に玉城の口の滑りを良くしていた。

「きっと、あれだな。ゼロは分かってたんだろうな。あの状況で動けるのは、この俺様しかいねぇってよ。……ならぁ、答えねぇ玉城様じゃねぇって事よ」

 大袈裟に誇張した自身の武勇伝を身ぶり手振りで語っていく。

 普段であれば、流石に苦笑するであろう話の盛り具合も、半日経っても興奮の冷めない団員達には、丁度良いのだろう。

 玉城の話の要所要所で歓声を上げ、拍手をし、口笛を鳴らし、盛大に盛り上がっていた。

「……ったく、しょうがないな、玉城の奴は」

「まあ、気持ちは分からなくはないがな」

「だな」

 その光景を、南達が遠くから眺め、苦笑する。

 のんびりと酒瓶を傾け、いかにも落ち着き払った風を装ってはいるが、栓の開いた酒瓶の数を数えれば、彼等も玉城と似たり寄ったりな状態であると分かる。

「ふむ、美味い……」

 その近くでは、所狭しと並べられた料理に舌鼓を打っていた藤堂と、その一言に嬉しさと安堵が交ざった表情を見せている千葉や他の四聖剣の姿があった。

「しかし、まさか、日本酒まであるとはな」

 最近では、めっきり見かける事のなくなった郷里の酒の味に懐かしさを覚えながら、仙波がくいっ、とお猪口を煽る。

「ブリタニアの連中にとっては、奪った国の物は全て戦利品かコレクションだろうからな。好き者が寄贈した物もあるんだろう。……っと、藤堂さん、どうですか? もう、一杯」

「む……、だが、これ以上は………」

 嬉しそうに酒瓶を差し出してくる部下に、僅かに顔を赤くした藤堂が渋る。

 上機嫌に酒を勧めてくる千葉の酌もあって、流石の藤堂も少しばかり酔いが回ってきていた。

「まあまあ、藤堂さん。今日くらいは良いんじゃないですか? あの敗戦の日から、ずっと根を詰めに詰めてきたんですから」

 生来の生真面目さもあるだろうが、長く戦い続けた軍人としての性が隙を見せるのを良しとしないのだろう。

 折角の酒を程々で済ませようとする藤堂に、朝比奈も口を挟んだ。

「千葉が藤堂さんに喜んで貰おうと張り切った料理も、まだ沢山ありますし、もう少しだけ僕達に付き合って下さい」

「おいッ、何を言って…………!」

 余計な事を言う朝比奈に、千葉が真っ赤になりながら慌てふためく。

「ふむ……、そうだな。では、もう少しだけ付き合おう」

 羽目を外し過ぎるのは良くないが、自分が抑えてしまっては、部下達も気持ちよく飲む事は出来ないだろう。

 そう考えた藤堂が、千葉に向かって自分のコップを差し出した。

「それにしても、今回のゼロは随分と気前が良かったな」

 その光景を肴に、酒を楽しんでいた卜部が、ふと思い出したようにそう言った。

 それに、それを聞いていた者達も、同意見だという様に頷く。

 普段は、有象無象の集まりである騎士団を統率する為に、必要以上に厳しい態度を取るところがあるゼロではあるが、今回、酒宴を開くにあたっては、特に何かを言うことはなかった。

 それどころか、今夜だけだが政庁にあるものを自由に使っても良いという許可すら出しているのだ。

 流石に金品には手を触れるな、という厳命はあったが、それでも普段のゼロを思えば、考えられないくらいの気前の良さである。

「流石のゼロも、今回の大勝利に浮かれているんだろ?」

「かもな。それでも、付き合いの悪さは変わらないみたいだが」

「仕方ないわよ、ゼロの正体を知っているのは幹部だけなんだから。仮面を付けたまま、参加なんて出来ないでしょ」

 この酒宴の席に、当然、ゼロはいない。

 今回の勝利をもたらした最大の功労者であるにも関わらず、宴の始まりから今に至るまで、彼は一度も此処に顔を出してはいなかった。

「……でも、本当に良いんでしょうか? こんなに騒いでいて」

 ちびちびとノンアルコールの飲み物に口を付けていたカレンが、ぽつり、と呟く。

 確かに、東京を奪還出来た事は喜ばしいが、それでも、もう戦いが終わったかのように騒いでいて、本当にいいのか。

 そんな思いに、ゼロの姿が見えないという事実が加わり、一人素面なカレンは皆と同じように騒ぐ事が出来ずにいた。

「まあ、騒ぎ過ぎるのは確かに良くないが……」

 隣にいた為、カレンの呟きが聞こえていた扇が苦笑しながら、楽しそうに騒いでいる仲間達を見回す。

「でも、ようやく―――、長年、夢見続けてきた悲願が形になったんだ。今日くらい羽目を外して騒いだって、バチは当たらないさ、きっと」

 そう語りかけてくる扇の声は、とても満足そうだった。

 兄がいなくなり、崖っぷちに立たされた組織を四苦八苦しながら維持し、ゼロの下、仲間達を盛り上げてきた扇だ。

 感慨もひとしおなのだろう。

 そんな気持ちに水を差す気にもなれず、カレンは感じていた不満を飲み物と一緒に飲み込んだ。

「さて、それじゃ……」

「扇さん? 何処かに行くんですか?」

 まだ宴が終わる気配もないのに、腰を上げ、席を立とうとする扇に疑問を感じ、カレンは声を掛けた。

「あー、いや、その、……ちょっとな………」

 歯切れ悪く、視線を逸らし、答えを濁して部屋を後にする扇にカレンは首を傾げる。

 どうしたんだろう、と思うが特に追及する気も起きない。

 相手は扇。滅多な事なんてあるわけがない。

 何か用事でもあるんだろう、と思ったカレンは、ふう、と息と共に疑問を吐き出した。

 そのまま、何となく扇の消えていった入口から、部屋の中に視線を流して―――、気付く。

 ゼロがいないのは当たり前だが、あの目立つ髪の女の姿も見当たらない事に。

 先程、ちら、と見掛けたような気もしたが、今はもう影も形もない。

 おそらく、いや、間違いなくゼロと一緒にいるのだろう。

 彼女一人だけ………。

「………………ふん」

 それが、カレンには面白くなかった。

 先程とは別の感情が湧き上がってくるのを誤魔化すように、目の前の肉に、ぶすり、とフォークを突き立てる。

 ゼロの正体を、幹部達はもう知っている。

 勿論、カレンもだ。

 もう、あの女一人だけが特別という訳ではないはずなのだ。

 だというのに、何も変わらない。

 近しいのは、変わらず、やる気も熱意もない、人を煙に巻くような気に障る言動をする少女一人だけ。

 いや、カレンの勘が確かなら、前より――――。

「……何よ、アイツだけ」

 もやもやする。

 それが何に由来するものなのか、カレンは深く考えずに、不機嫌そうにおおぶりの肉を頬張った。

 

 

「―――分かった。合流希望の組織全てにメンバーのリストを提出させろ。提出後、三十分以内に此方で編成を行い、所属と配置を連絡する」

 政庁上階、執務室の一つ。

 朝の戦闘後、その後処理が一段落してからルルーシュは此処にずっと引き込もっていた。

 必要書類を片手に、絶えず鳴り続けるパソコンのタイピング音をBGMにしながら、耳に付けた携帯でディートハルトを始めとする一部の部下達に次々と指示を出していく。

 雑務から重要案件まで。

 今や、大きく動き出そうとしている世界の中心。ピンからキリまで数えたら、処理しなくてならない事は膨大なんて言葉では片付かない。

 その全てを一人でこなす事は、以前のルルーシュであれば、流石に無理があったであろうが、今、ここに座しているのは二ヶ月だけとはいえ、世界の全てを握り、自分の思うがままに動かしていた無敵の皇帝。

 圧倒的な情報の海を前にしても、呑みこまれ、溺れるどころか、どこか楽しそうに彼はその海を捌いていた。

「ああ、それとメンバーには文官としての素養があるか、適性検査を受けさせろ。判定B以上の人材は日本政府の方へ回せ。後は神楽耶様と桐原公がどうにかする」

 一通りの指示を出し終えるとルルーシュは携帯を切る。

 しかし、一息も入れる事なく手元の書類を素早く捲り、先程以上のスピードでパソコンを操作していく。

 その時、パタン、と軽い音がした。

 誰かが執務室に入ってきたようだが、ルルーシュは顔を上げない。一々確認しなくても、誰が入ってきたのか分かっているからだ。

「下の様子を見てきたぞ」

 いつもより、少し高めの声で呼び掛ける。

 声から滲み出る喜色が、彼女がご機嫌だと告げていた。

「奴等、揃いも揃って浮かれきっていたぞ。戦いが終わった訳ではないのに、あれでは、これから先が思いやられるな」

 やれやれ、と愉しそうに告げるC.C.。

 しかし、もしルルーシュが顔を上げていたら――ひょっとしたら気付いているかもしれないが――お前が言うなと言っていたかもしれない。

 片手に宴の場から頂いてきたトッピング多めのピザが乗った大皿を抱えていては、説得力も何も無いだろう。

「アイツらはあれで良い。一応は目的を達したといってもいい状態だ。下手に締め付けてしまえば、そちらの方こそ使い物にならなくなる」

「へぇ?」

 面白い事を聞いたという様に眉を上げ、C.C.は笑む。

 そのまま、クルクルと大皿を回しながらルルーシュの前まで来ると、執務机に身を乗り出した。

 大きめの机の為、身体の殆どが机の上に乗っかり、もはや寝そべると言っていいようなだらしない姿のC.C.がルルーシュの視界の端に入るも、ルルーシュは特に何も言わずに作業を続けていく。

 そんなルルーシュに、C.C.はニヤリと笑いながら、それで? と問い掛けた。

「都合の良い事を言って、ひたすらに国の為に戦ってきた、いたいけな黒の騎士団の連中を除け者にして、奇跡の救世主サマはどんな悪巧みをしているんだ?」

「人聞きが悪いな」

 C.C.の意地の悪い言い方に、フッ、とルルーシュが笑う。

「今は好機だ。世間が騒がしく、世界が慌ただしい今だからこそ、やれる事、やるべき事が沢山ある。彼等とは違い、俺にはやる事があるだけだ」

「それが悪巧みではない、とは言わないんだな」

 返る答えは、沈黙。つまりは、そういう事だった。

 いつかのように。そして、いつものように。

 世界中が求める正義の味方には似つかわしくない笑みが、何よりも答えを物語っていた。

「……C.C.、ここで食べるな。向こうに行け」

 ことり、とC.C.が目の前にピザの大皿を置いたのを感じたルルーシュが、首を微かに振って応接用のソファを示す。

 今更、この魔女のだらしなさについて言及するつもりはないが、流石に目の前で机に寝そべりながら食べられては、仕事がし難いし、気が散る。

 だが、そんなルルーシュの反応が気に入らなかったのか、C.C.はむっ、とした表情を見せると唇を尖らせた。

「随分な扱いだな。折角、私が気を利かせて、お前の為に持ってきてやったというのに」

「何だと?」

 ぴたり。

 今の今まで、止まる事を知らなかったルルーシュの指が止まる。

 顔を上げ、信じられないものを見る目付きで、目の前の不貞腐れた魔女を見る。

「……おい、魔女。俺はお前に雨を降らせとは一言も頼んでいないぞ?」

「お前も、大概、酷い言い草だな。魔王」

 はぁ、と一つ溜め息を吐くと、C.C.は先程までとは変わって真剣な表情で、ピザをルルーシュの方に押しやった。

「いいから、食べろ。寝食を忘れて働き続けるお前の姿は見たくない」

 思い出すのは、あの最後の日々。

 取るものも取らず、眠りを忘れ、少しでも何かを残せるようにと。

 生き急いで、死に急ぐ、あの皇帝の姿を魔女は誰よりも近くで見ていた。

 色褪せていく絵画のように、日に日に生が磨り減っていくその姿を逃げもせず、傍で見続けてきた彼女だからこそ、それを彷彿とさせる姿を、あまり見たくはなかった。

「………そうだな」

 僅かに表情が柔らかくなったルルーシュが、手に持った資料を机に置き、耳に付けた携帯を外す。

「折角の魔女の気まぐれだ。受けておいて損はないか」

 からかうようにルルーシュが言うと、ふん、と鼻を鳴らしてC.C.は自分もピザを食べようと一切れ摘まみ上げた。

 ――ここで、二人の間にちょっとした意識の差異が生まれる。

 今、C.C.がピザを取ったのはあくまで自分で食べる為だ。

 しかし、話の流れから、ルルーシュの方はC.C.が自分にピザを手渡そうとしていると勘違いしてしまった。 

 つまり―――

「お……………ッ」

 驚きの声が、喉に詰まる。

 C.C.の細い手首を掴んだルルーシュは、あろうことか、そのままC.C.の持っていたピザに大胆にもかぶりついた。

 小さく口を開いて、ぱくり、と食い付き、ルルーシュの薄い唇がC.C.の指先に触れて、……離れた。

「おま、えな…………」

「何だ?」

 以前のルルーシュでは、とても考えられない行動にC.C.は驚き、少しだけ鼓動を乱すも、当の本人は特に意識した様子もなく、C.C.から奪い取ったピザを上品に食べている。

「……何でもない」

 途端に自分の反応が馬鹿らしくなる。

 分かっていた反応だろうに、と呆れながらC.C.は今度こそ自分の分のピザを手に取った。

「で? 結局のところ、どうなんだ?」

 とろり、と伸びたチーズを指で絡め取り、改めてC.C.はルルーシュに何をやっていたのかを問い掛ける。

 すると、ルルーシュは黙ったままパソコンを操作し、あるデータを展開すると、C.C.が見えやすいようにパソコンの向きを変えた。

 ピザを食べながら、パソコンの画面を覗き込み、それが何のデータか分かると、C.C.は面白そうに金色の瞳を細めた。

「日本以外の政府機関から十六、傭兵斡旋・レジスタンス支援等の非政府組織から四十五、その他、大小含めたレジスタンス、地下組織の類は既に百以上。……たった半日で、よくも、まぁ」

 くくっ、と喉を震わせてC.C.が笑う。

 それは、朝の日本復活の宣言が世界中に流れてから、この半日の間にゼロに接触を図ってきた組織、機関の数だった。

「皆、それだけゼロに期待しているという事だ。縋る藁すら、中々見つけられない今の情勢では特に、な」

「そのせいか、素直なところが多いな。『今以上の厚遇でゼロを迎え入れる準備がある』『黒の騎士団としての協力が難しいようなら、ゼロだけでも構わない』。……七割近くが、お前だけ来てくれという要請だ」

「澤崎の例があるからな。どの国も、ほぼ日本人で組織された黒の騎士団の介入は可能な限り避けたいんだろう」

 先のキュウシュウ戦役の中華がそうだったように。

 程度の差はあっても、可能性がある以上は避けられるものなら、という事なのだろう。

 成程、黒の騎士団には見せられない情報だな、とC.C.は一人納得する。

 そんなC.C.の様子を見ながら、ルルーシュは画面を別のものに変える。

「E.U.と中華の反応も想定した通り。身内に問題を抱えている彼等にとっては、この状況は追い風だからな。下手な介入は、まず無いと言える」

 どの国も、大きく動き出している。現状に抗おうとする気運は、この瞬間にも加速度的に高まっており、世界の流れは、ブリタニアからルルーシュにとって都合の良い方向に流れを変えようとしていた。

「だが、肝心のブリタニアには大きな混乱は見られない」

 甘い考えを切り捨てるような魔女の一言に、しかし、ルルーシュは反論する事なく頷いた。

 トウキョウ決戦の最中は、ゼロによって振り回されたブリタニアだが、冷静に戦局を分析すれば、損害そのものは大きくない。

 確かにトウキョウ租界を奪われ、エリア駐留軍は半壊したが、言ってしまえば、それだけだ。

 氷山の一角が崩れたとはいえ、未だ帝国の強大さは磐石のまま。

 今は、トウキョウ租界にいるユーフェミアを始めとするブリタニア市民が万単位で人質状態にある事。自分達の想像を大きく上回ったゼロを警戒して大人しくしているが――――。

「それも長くは続くまい。シャルルやシュナイゼルであれば、あっさりと切り捨てるだろうからな」

 もはや世間に関心はないシャルルと、必要であれば自国民を首都ごと爆弾で消し去るシュナイゼルだ。躊躇いなど期待するだけ無駄である。

 ユーフェミアも人質も無視して、掃討戦を仕掛けてくる事は想像に難くなかった。

 攻め入る理由も、いつものように関係者全員を皆殺しにしてから、都合の良いようにでっち上げれば良い。

「ブリタニアにとっては、単純明快だ」

 そこで、C.C.は机の片隅に手を伸ばした。

 そこにはルルーシュが置いたのか、それとも此処を使っていた人物が置いたのか、チェス盤が置いてあった。

 それを手繰り寄せると、何も置いていないチェス盤の隅に黒のキングを一つだけ置いた。

「ゼロを倒す。それだけで良い」

 そう言いながら、C.C.は黒のキングの周りに白の駒を次々と置いていく。

「劇的な復活をしたところで、日本はかつてブリタニアに敗北し、全てを吸い上げられ、痩せ細った国。そんな国を従えたところで、国力差は明らかだ」

 ビショップ、ナイト、ルーク、クイーン……。次々と置かれていく駒によって、あっという間に黒のキングの周りは白で覆い尽くされた。

「この騒ぎの火付け役となったゼロと日本が潰れれば、世界は夢から覚める。反ブリタニアの気運は高まったままだろうが牽引役がいなければ意味のない事だ。負け犬の遠吠えが少し喧しくなったところでブリタニアは揺るがない」

 違うか? とチェス盤からルルーシュに視線を移すと、ルルーシュは満足そうに頷いた。

「お前の言う通り、それがブリタニアの考え方だ。冷静で合理的。油断なく事に当たれば、万が一もない。そう考えている」

「そう言う割りに余裕だな? 見ろ、状況は圧倒的に不利だぞ」

 そう指で指し示すのは、先程のチェス盤。

 白の駒に囲まれて、盤上の隅で身動きが取れなくなっている黒のキングだった。

「それはお前もだろう? 随分と楽しそうじゃないか?」

「何。私は、お前がここからどんな悪知恵を働かせて、この状況をひっくり返すのか。どうやって世界やブリタニアを騙すのか、見物だと思ってな」

「口の減らない………」

 言葉は悪いが、何だかんだでルルーシュへの信頼を見せるC.C.に苦笑する。

「確かにブリタニアの判断は、冷静で合理的だ。()()()()()()()()()()()()

 すっ、と手を伸ばし、ルルーシュは黒のキングを手に取った。

「合理的に考える事が、全てにおいて正しいとは限らない。世界はそれほど単純ではないし、人はもっと不完全で、曖昧で、感情的で………、でも、だからこそ、時として、思いもよらない力を発揮する」

「だが、それでも大局的に見れば、ブリタニアは正しい。お前がいなくなれば、たとえ抗う意志が世界に根付こうとも、何も変えられないだろう。思いだけでは何も成せない。これまでがそうだったように、これからもどうにでも出来ると予想している筈だ」

「そう。予想しているだけだ。実感ではない」

 その時のルルーシュの瞳の色を何と言ったら良いのか。

 遠くにある何かを懐かしむような、……憧れるような。尊いものを見るようなそんな瞳をしながら、ルルーシュは手の中のキングの駒をくるくると弄ぶ。

「彼等は知らない。泥に塗れながらも立ち上がる人の強さを。理不尽に耐える人の強さを。誰かの為に命を投げ出せる人の強さを。国を想い続ける人の強さを。一途に誰かを想う人の強さを。そして、絶望の中で希望を見つけた時の、どれだけ苦しくても、それでも『明日』を求める人の、その想いの強さを彼等は理解していない。それがこの局面で判断を誤らせた」

 タンッ、と音を立てて、黒のキングがチェス盤の中央に置かれる。

「何より、悪逆皇帝(オレ)を見誤った」

 中央に置かれた黒のキングを遮るものは何もない。

 白の駒は隅に固まり、黒のキングは盤上の何処へでも好きに動かす事が出来る。

「ブリタニアは、あの戦いでゼロを勝たせるべきではなかった。どれだけ犠牲を払おうとも、どれだけ醜態を晒そうとも、日本に閉じ込めたまま、倒してしまうべきだった。だが、くだらないプライドに拘り、合理的にしか物事を判断出来ずに、ゼロを世界に解き放ってしまった」

 その顔に笑みが浮かぶ。世界全てを相手にする事になっても、崩れる事のなかった不敵な笑みが。

「同じく世界全てを敵に回した者として、全てを敵にした者が敗北に甘んじれば、どういう結果を生むのか……。直々に教えてやるとしよう」

 但し、授業料は高いがな、と囁く顔は、魔王と呼ぶに相応しく―――。

「やはり、正義の味方には見えないな」

「そうか? ……そうだろうな」

 そんな軽口を叩きながら、魔王と魔女は二人だけで、こっそりと笑い合った。




 映画見てきました!
 何か、C.C.が既にR2並にルルーシュに優しい感じがしたのは気のせいでしょうか?

 そして、やはりブリタニアはゲスかった。
 この小説では、そんな彼等に悪逆皇帝サマの正義の鉄槌が下ります。容赦なく下します。なので、悪逆なのに正義とは何ぞ?というツッコミはどうか無しでお願いします。

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