世界か、君か―――PROLOGUE
《私が初めて目を醒ましたのは、真っ暗な部屋だった――――》
100年前、人類は深海棲艦との生存をかけた戦争を行っていた。
しかし、人類の持つ兵器は全く深海棲艦には効かず、序盤は人類は一方的に嬲り殺され、駆逐されていき、世界の人口は一気に減少した。それこそ、滅んだ国もあったらしいし、上陸を許し、街そのものが跡形もなく消し飛ばされたか、深海側の手によって基地に作り替えられたり、人類が築き上げた彼らの生存権は次々と黒く染め上げられていった。
数多くある島国の中でも先進国であった日本国は周囲が海であったため、深海棲艦との戦いはまさに国家の存亡を賭けたものであった。だが、同時に全てを包囲されることもなく、上手くやれば、どこにでも海と繋がることができるという利点と、それを可能とする技術が少しだけ生きていた。
そして―――希望を生む最初の計画が遂行される。
《マルロクイチ計画》―――別名「第一建造実験計画」。
人体をベースとして深海棲艦に対抗できる可能性のある仮説を基にした実験により、脅威に対抗しうる存在を作り出す計画。
その仮説こそが「深海棲艦は大戦時に沈んだ戦船の負の感情が形を成したもの」という突拍子でもないものであったが、その存在が艦隊行動をとることやこれまでの発生地点などを元に提唱されたこの仮説は、見事に的中した。
年齢層は広く八歳の孤児から、三〇代の死刑囚。性別は男女ともに関係なく。
人類は追い詰められていた。もはや倫理など失われた実験。異を唱えたものは非道的に抹消されていき、国家でさえそのことを肯定した。無論、反対する者も多かったのだが、国民の大半、いや国民どころではなく、地球市民のほとんどが、この実験計画に賛成したのだ。
結果、被検体五〇名―――――成功、十四歳少女一名。
後の建造ドックの前身となる装置から目覚めた彼女は、名前を聞かれてこう答えた。
吹雪型駆逐艦、《叢雲》である、と。
これが世界で最初に誕生した深海棲艦に対抗する希望であり、最初の艦娘であった。
―――――と、言うのが艦娘史の始まりだ。
この実験、艦の記憶と魂を身体に定着させるだけなどと言う簡単なものではなかった。
当時の技術すべてを人間一人の身体に押し込んだのだ。彼女の身体を調べれば当時の科学技術すべてがどの水準にあったのかが分かるくらいに。
そのせいで、性能はぶっ飛んだものとなった。
速度、機動性、航行性能、規格外。消費資源は大和型並み。
対人近接戦闘は負けなし。砲撃訓練雷撃訓練、すべて命中。
在りし日の戦船が人になったどころの性能ではなかった。逆にこの艦娘を船にして大戦期に送り込めば無双できるほどのチート性能だった。
当然デメリットもあった。消費資源のこともあったが、後の技術に付いていけなくなった。例をあげると、後に開発された「高速修復材」が彼女には機能しなかった。
そんなデメリットを背負いながら、色々とあった彼女は一人の提督を育て上げる。
その代償として両脚を失い、半生を車椅子と義足の生活に捧げることになったのだが、彼女が育て上げた提督はすこぶる優秀だった。
結果として、終戦までに最も功績を上げ、人類の勝利に大きく貢献した。
そろそろ、なぜ私がこんな話をしているか教えよう。
この提督と叢雲が私の家系の祖だからだ。そのせいで私の家系は代々海軍に属する者を輩出し続けてきた。祖父は引退し、今は父と私の兄が従軍している。
そして、私は――――艦娘だった。それは生まれた時から。
いや、私は少し特殊だった。非常にややこしい話なので簡単には説明できないのだが、終戦時に連合艦隊総旗艦であった叢雲は、今後の未来を危惧していた。
全ての深海棲艦を葬り去った。そして、今この力は必要ない。艦娘はみな解体されるべきだ。
――――それが本当に正しい判断なのか?
そして、私の一族は一つの役目を背負うことになる。
それが「代々、艦娘を生み出す役目」だ。いわゆる、巫女のようなものだ。
この世界と艦娘の存在を決して断つことなく、結びつけておく役目。
具体的には、妖精の召喚と観測。深海棲艦の発生を知らせる存在、などなど。
理由は多くあったが、とにかく私は生まれた瞬間から艦娘だったのだ。しかも、父と母の遺伝子から生み出されたのではなく、初代叢雲のクローンに近い方法で生み出された。
それは初代が、元々人間だったからだ。あくまで私は人間社会で生きる。そのことだけは重要視された。だから、私は自我こそ確立していたが、赤ん坊の状態で生まれ、普通の女の子のように成長した。何より、艦の記憶というものがそれほどなかった。
思い出そうとすれば確かにうっすらと覚えているのだが、記憶に飲み込まれると言ったとはあまりなかった。
生まれた瞬間から自分の生き方を決められ続けた私は相当荒れていた。
艦娘が何か。艦隊運営が何か。戦略・戦術論、防衛論、云々。
加えて先代譲りの髪色だ。多少顔立ちはよかったが、当然奇異の目に触れた。
小学校に入った頃は酷かった。
私の髪の色を馬鹿にした男子を病院送りにした。一気に札付きになった。異性の友達はおろか同性の友達さえできない上に上級生に目を付けられ、散々な学校生活になるだろうと思ったのだが、そんな私にも運命の出会いとやらがあった。
休み時間は基本的に図書館にいた。外で遊ぶにも遊ぶ相手がいなかったし、ここで争い事を起こそうとする者はいなかった。私が来ると少しざわつくのだが、比較的に静かで落ち着く場所だ。
で、その日は何の気紛れか、私は艦娘についての本を読んでいたのだ。確か「妖精のひみつ大特集」などという変な本だったが、実は私はそういう力があるとは言われてきたが、妖精を見たことはなかった。
それで、そんな変な本を読む者は私くらいかと思ったが、それを読んでいて食いついてきた人物がいた。
それが、彗だった。
曰く「自分以外に読んでる人を初めて見た」とのことで食いついてきたのだ。
右手には「艦娘マル秘研究ノート」と慣れない漢字を頑張って書いたらしいノートを持っていたのをよく覚えている。
「ねえねえ、シンカイセイカンって何を食べると思う?」
そして、唐突にこんなことを聞いてきた。私が同類とでも思ったのだろうか?
「てつを食べるらしいよ!!知ってた!?」
当然知っている。前回の戦争でどれだけの民間船が食い散らかされたことか。
「でね!にんげんのからだっててつを持ってるんだって!つまりね、シンカイセイカンってにんげんも食べるのかな?」
「ぶふぅ!!」
こんな感じで噴き出した。今考えれば噴き出すようなことでもなかったのだが、不意打ちだったというか、女子小学生の考えることじゃない。
一気に視線が集まって恥ずかしかったし、とにかく私はこの場から離れたかった。それで席を立ったのだが、仲間を見つけたと言わんばかりの視線を突き刺しながら私に付いてきて、延々と艦娘の話をしてくるものだから、途中で足を引っかけて転ばせた。
これで終わればよかったのだが、次の日私の教室に来た。
「どうしてそんなに艦娘が好きなの?」
「んー?かっこいいから!!」
本当に純粋だ。本当はどんな存在だったかも知らずに。
それで札付きだった私に絡むものだから当然目を付けられた。以前伸してやった上級生に掴まったのだ。しかも、仲間も大勢。体格差もあり、まとめて相手するのはとても面倒だった。 特に何も考えずに主犯の奴をもう一度伸してやり、スイを奪還すると一目散に逃げた。
手を掴んで必死に走った。とにかく逃げ切れば勝ちだった。
「あんたもう私に関わるのやめた方がいいわ」
そう忠告しようと思った瞬間、詰め寄られた。目をキラキラ輝かせて、
「すごいよ!!とってもかっこよかった!!カンムスみたい!!」
「あんたっ、自分がどうなったか分かってないのっ!?」
「あのくらい大丈夫だよ。わたしはカンムスになるから、あのくらい平気。それよりラクちゃん!どこであんなに強くなったの?」
「…バカなの?」
「えっ?酷い!!」
「ホントにバカね…ホント…ふふっ」
「ん?なんで私笑われたんだろ?まあ、いいや。それよりね、せんすいかんのせんこううぎじゅつはね―――」
「ねえねえ、ラクちゃんは優しいね」
「はあ?あんた何を見たらそう思えるのよ」
「わたしのお話しちゃんときいてくれるのラクちゃんが初めて。みんなつまらないってきいてくれないから」
「……あんた友達いる?」
「ううん、でも寂しくない。わたしにはカンムスがいるから」
「そんなに万能じゃないのよ、艦娘は……」
「……どうしてカンムスって生まれてきたんだろうね?どうしてカンムスは戦いつづけたのかな?なんのために?そういうふうにつくられたから?ううん、それはちがうと思う」
その通りよ、絶対。そういう風に作られたのよ、艦娘という化物は。
「だいすきなひとがいたのかなぁ?」
「は?」
「カンムスはきっとだいすきな人にずっと笑ってほしかったんだと思う。ずっとその声をききたかったんだと思う。だから、とぎれないようにその声がずっととどきつづけるように。海の底にしずんでしまわないように」
そう語るあなたの横顔は不思議なほどに穏やかで、
「いつか、平和になったせかいで、だれかといっしょに笑いたいから」
悲しいくらいに純真無垢で
「それにね、カンムスのぎじゅつはすごいんだよ!今はつくれないみたいなんだけどもしつくれたら何かのやくに立つかも!」
私が穢れていると思えるほどに、
「これってせかいまもれるよ!カンムスになれるよ!!」
眩しかった。
「ねえねえ、ラクちゃんも笑いたいんでしょ?」
「え?」
「だったら、わたしがカンムスになってラクちゃんが笑えるせかいにする!!」
艦娘はそんな存在じゃない。戦うためだけに生み出された存在だ。
ただ、人間が自分たちの将来を護るためだけに生み出された残虐非道の結集なのだ。
倫理も道徳もない血と涙の世界に生まれた―――
「そうね、楽しみにしてるわ」
「あっ、ラクちゃん笑った!わたしカンムスだぁぁぁああ!!」
現実なんてどうでもいい。事実なんてどうでもいい。
ただ、伝説と成り下がった彼女たちの姿を追いかけて、目の前にいる子の少女がどんな未来を描くのか。艦娘と同じように平和のために犠牲となるのか。それとも……
家族以外の誰かと二人きりでこれほど長い時間を過ごしたのは、多分初めてだった。
あの子の夢はいつも非論理的だった。突拍子もない仮説を立てては夢を語る。
でも、いつも心に触れようとするあの子の思いは真っすぐだった。
もしかしたら…もしかしたら、艦娘の本質は私が知っているようなものではなくて、あの子の方が私よりずっと艦娘らしいのかもしれない。
ただ一心に「愛するものを護りたい」という想いこそが艦娘の本質なのかもしれない。
私は彼女の行く末を見守りたいと思った。
この娘こそが艦娘の守った未来を、次の未来へと繋げていく存在なのだと信じていた。
気付けばいつもあの子の側にいた。誰も耳を傾けないであろう彼女の言葉に耳を傾けて彼女が描く未来地図に私も心を馳せていた。
あの子はよく笑った。私もつられてよく笑うようになった。
そのお陰で少しずつ周囲とも打ち解けていった。
級友と言葉を交わすことも増え、逆に拳を握ることは減っていった。
とても些細な出会い方だったのだが、私の人生にはとても大きなものだった。
それでも、時々本音が出そうになる。楽しそうに話す彼女の口から「艦娘」という言葉が出る度に胸が騒ぐ。ついついきつい言葉を吐いてしまうが、常日頃から少し口調がきついからか、あの子はあまり気にしない。あの子がそういうのを気にしない質であったのも幸いしたのだろう。
でも、彼女の夢を否定する度に、私の人間の部分が少し痛んでいく。
この頃から妙な感覚を感じるようになった。
突然、意識が変な方向に飛んで夢を見るようになったのだ。
それは海上を走る自分の姿。青い海は突然途切れ、深海の闇に似た黒が広がる。
空は暗雲が立ち込めて、頬を撫でる風は生暖かい。
そして、現れる黒い影。こちらに向ける悪意に満ちた赤い目は、私の心臓を握り潰すほどの威圧を私の身体に突き刺した。
そして、目が覚める。
いつも記憶に特に支障はないことから、ほんの一瞬の間にあの映像を見ているのだと察した。
誰から答えを与えられたわけでもない。
この身体に染みついた魂の記憶が答えを知っていた。
先代の予感は当たっていたのだと――――
「艦娘は平和の犠牲になった」
どれだけあの子を傷つけたか分からなかった。でも、彼女の未来を決めるにあたって、現実から目を背けさせ続けてはいけない。真実を継ぐ者としていつか彼女に全てを知らせなければいけない。
決して美しい世界ではないことを。
「私、艦娘になる」
初めて会った時のことを思い出した。
全く変わらない。馬鹿がつくほどの純粋な目でそんなこと言われたら、もう何も言い返せない。誤魔化すように席を立ってしまった。
海軍は早急に準備を始めた。
深海棲艦の強襲に備えたシミュレーションは極秘に行われており、艦娘を作り出す技術の復元もある人物の協力があればすぐに行えることであった。
だが、そのある人物が協力を拒んだ。
まあ、私なのだが。
艦娘の建造に不可欠な妖精と言う存在。私と言う存在がこうして現代にも残されているのは、艦娘が唯一妖精と対話し、彼らを召喚する力を持っているからだ。
私は妖精を呼び出すことを拒んだ。
私は艦娘になることを拒んだ。
だが、私があの夢に魘されることは日を追うごとに増えていった。
夢を見なくても、胸騒ぎを感じるようになった。
そして、とうとう漁協組合が浸蝕域のことに気が付いた。もはや、海軍がこれ以上水面下で何かを行うのは限界があり、公に行動を起こすしかなくなっていった。
私は妖精を召喚した。
その瞬間に私は艦娘としてのすべての力を得ることとなった。
妖精は艦娘である私の指示の下で、早急に建造技術の復元を行った。
そして、三人の艦娘が建造された。
「私は戦わない」
役目が終わると、私は父にそう言った。父は何も返さなかった。
私はこの国のために、この世界のために戦うつもりは一切ない。たとえ、この身を艦娘などと言う悪魔に売り渡したとしても、私が護る者はただ一つだ。
栄光なんていらない。名声なんていらない。
私が護りたいものは、あの日私に初めて夢を見せてくれたあの子が作る世界。
艦娘が守り、作り出した平和な世界なんて必要ない。
私のすべてをあの子に捧げよう。不確定な未来に投資しよう。どんな手段を使ってでもあの子だけは護り抜く。たとえ、父と敵対することになったとしても。
私が護るべきものは、世界か、それともあなたか。
答えは私の中でとうの昔にできていた。
私は艦娘が嫌いだ。
こんな不完全な艦娘として生まれてしまった、私が嫌いだ――――
少しずつこの作品の世界観も出していきたいと思い、この話を第二章の始まりとして持ってきました。