艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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神の盾

『いいでしょう―――ザザッ――がお相手します……ッ!!かかって来なさい!!』

 

『――――お願いっ、撃って!!一機でもいい、引きつけて……ッ!!』

 

『まだ終われません…お姉様たちが命を賭して守ったこの大地を―――守らなくては……』

 

『主砲っ、対空砲っ、撃ち続けて!!この国を守るためならこんな身体どうなろうと大丈夫です!!』

 

『当たって―――当たってッ!!ああっ――――!!』

 

『被弾、した……ま、まだやれます……主砲撃て!!』

 

『こっちを向いて。こっちを狙って……届いて……届いてッッ!!』

 

 

『―――――――――――』

 

 

 

『お姉様、ごめんなさい……』

 

 

『これが、これが、残された―――ザァ――の運命ならば……これが――ザァ――の背負わなければならない運命だと言うのならば』

 

 

『全て…受け入れます…』

 

 

『ごめんなさい……』

 

 

 空を仰ぐ度に脳裏に過るこの映像は何だろう?現実の空と重なり空に伸びるこの手は何だろう。

 黒い空、青を阻む鉄の城。その向こうにあるなにかを求めて、喉が焼き切れるほどに叫び続けるこの声は―――誰?

 私の中で未だに空に手を伸ばし続け、その頬に涙を流すあなたは、誰?

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

「――――御雲司令ッ!呉、舞鶴より入電!まもなく到着するとのことです!!」

 

「はぁ…やっとか。結構ギリギリだったぞ…」

 水平線より流れ出る黒煙に目を細めていた御雲月影は、長い間遠くを見過ぎたせいで凝ってしまった首をぐるりと回し、窓から離れ席に着く。

 あまり座りごこちは良いと言えない革の椅子に腰を掛けると、深く溜息を吐いて、電報内容を読み上げる部下の声に耳を傾けた。

 ここにきてようやく遅れを取り戻せる。十隻しかこの国に配備されていないイージス艦を2隻失い、さらに残った2隻は先程の本土空襲で僅かであるが損傷を受けた。

用意していた12隻の護衛艦は昨晩、艦娘の到着までに奮闘したが、装甲を紙のように貫かれ健在しているのは5隻。うち損傷がないのは後方に下げていた3隻のみ。

 実際に目の当たりにして実感するその脅威。大きさは人と変わりもしないのに、神の如く人類の産物を踏み砕いていく。

 技術力、兵装の性能、どちらも第二次大戦時よりも遥かに進んだ技術だ。

 

 それなのに、あの黒鉄の肉体に孕む怒りを掻き消すには能わない。

 一体先人たちはこの化物たちからどうやって生き延びてきたのだろうか?

 艦娘などという希望さえ存在しなかった世界で。

 

 

 先程の防衛戦は少なくとも我々の勝利だった。

 予想していたよりも敵機の数が少なかったため、2隻のイージス艦と2人の艦娘の連携で上手く撃墜することができた。

 艦艇と艦娘の共同戦線。過去に事例があったかどうか、少なくとも月影自身は知らないため、うまく行くかどうかの自信はなかった。

 だが、今回の戦闘データを元に何かしらの策を練ることができるかもしれない。

 

 なにより、我々人類には艦娘の数が少なすぎる。たとえ、性能が劣ると分かっているとしても、既存の護衛艦隊を盾にしてこの国を守らなければならない。

 

 どのようにして奴らとうまく戦うか―――この時代の艦娘艦隊の司令官としてその手腕が問われる。

 そのプレッシャーは「修羅」と謳われる父と無言のまま2時間向き合って座っていたあの時よりもずっと重い。

 

「―――《こんごう》と《きりしま》は一足先に横須賀に返すと報告しろ。戦闘も反撃されないように。接近を許したら即海域を離脱しろとも」

 近付かれればおしまいだ。昨晩に至っては距離を取ろうとも戦艦の射程に苦しまされた。こういった生の経験を積み重ねて戦場を知るしかない。今は過去の情報だけではなく、現在の情報さえも必要なのだ。明日起こるかもしれない敵艦隊の侵攻のためにも一つでも多くの情報がいる。

 

 語り継がれるだけでは知りえない実際の脅威の姿。

 我々、人類の力だけでは勝てない。そう痛感することしかできない。

 だから、彼女たちに全てを託すしかない。

 

「戦闘を行い、データが欲しいのならば、うちの艦娘たちの邪魔はするなとも伝えておけ。特に呉のあの馬鹿にはよーく伝えておけ」

 

「はい!では失礼します!」

 焦るな。だが、急げ。

 一刻も早くあの時代に追いつけ。

 この世界を一度守って得た名声、海軍としてその矜持を保つために、この地を奴らの血で汚すことはさせない。

 

 古き兵たちの声に耳を澄ませ――――希望(みち)はそこにあるはずだ。

 

 

 

     *

 

 

 

 杖を前に突き出す。

 頭部の口が開き、次々と溢れだすように小さな黒が飛び出していく。

 

「ヲッ!」

 一気に空に広がる艦載機の数が増えた。溢れ出すようにヲ級の格納庫からUFOのような艦載機が複眼を光らせて私たちの頭上を飛び交う。

 

「―――ッ!…ッ!…ッ!!」

 この光景はいつかテレビで見たような気がする。

 イルカが小魚の群れを追い込むあれだ。

 私たちの周りを囲む艦載機の大群はまさに黒い壁。一歩も退くことも進むこともできないように、狩りのように私たちを追い詰めていく。

 

 しかし、退く必要はない。後ろには彼女がいる。

 顔も知らない、名前も恐らく知らない。そんな彼女だが信頼できる。

 彼女の存在が私を支えている。私を強く立たせている。

 後は私の体の中で燃え上がる闘志を爆発させるだけだ。私の手にある高角砲が火を吹き、黒い壁を火の玉に変えていく。

 

「……」

 焦る気配もない。戸惑う気配もない。急降下爆撃をしようとした爆撃機、雷撃を放とうとする雷撃機、こちらに機銃を向けて迫る戦闘機。多くの敵機の中から最も迅速に対応しなければならない機体がこの子には見えている。

冷静に主砲のトリガーを引き、淡々と正面からくる敵機を撃墜していく。

 

「左、雷撃」

 

「うん―――――ッ!!」

 背中越しに届く声に答えて、私たちは立ち位置を変えて、雷撃機が放った魚雷を撃ち落とす。

 

「―――――ッ!」

 更に入れ替わり、飛び去ろうとした雷撃隊を殲滅し、その直掩機に砲口を向ける。

 めちゃくちゃに機銃を撃ちながらこちらに突っ込んでくる艦戦隊が右舷から迫る。

 

「……ちょっと押すわよ」

 

「えっ、ちょっ……!?」

 背中に負っている艤装同士が激しくぶつかりバランスが崩れる。

 彼女の目と鼻の先を機銃の弾が横切って水飛沫が上がっていく。

 そんな悪い体勢で彼女は主砲を動かして、艦戦に1発2発3発、3機すべてを撃墜。少し前のめりになった姿勢をすぐに正して、急降下してくる爆撃隊に向かって弾幕を展開する。

 

「ふっ……」

 火薬の匂いが鼻を掠める。砲撃の反動が身体に響き、私の心は昂揚していく。

 

 ここが私たちの戦場。

 答えを求めた海の上。

 放たれた弾丸が小さな機体を撃ち抜き、翼を抉り、狂気の爆弾魔の魔の手が私たちに届く前に叩き落とす。

 

「ありがとう……」

 

「口開く暇あるなら撃ちなさい……」

 水柱が立つ。掃射された機銃が海を穿つ。海中で爆発する魚雷が、爆弾が、低く唸って炸裂し、私たちの足下から海を突き上げる。

 

 トリガーを引き続ける。仰角を大きくとり空を仰ぐ砲身から弾丸が滑り出すように飛び出して、空を駆る黒い鉄塊を撃ち抜いていく。

 

 残った弾薬全てをフルで回す。それは自動装填じゃない。私の意思で行われる。敵に照準を合わせ、電探に耳を傾け、高角砲を持ち上げて撃ちこむ行程全てに意識を休むことなく回し続ける。

 

 身体的疲労に相まって精神的疲労が積み重なっていきながらも、鳴りやむ気配のない爆発音、機銃音、砲撃音。不思議な戦場のリズムが私の意識をより鮮明に研ぎ澄ましていく。

 

 不思議な気分だ。戦場に意識が没入していく。

 そして、ようやく現れた敵の穴を私は見逃すことはしなかった。

 

「……あっ」

 孤立して無防備なヌ級。背後の子に息を合わせながら反転し、魚雷管を水面に向ける。私に向かおうとした敵機に向かって彼女が無防備な横っ腹を撃ち抜いて、残りは牽制しながら私の時間を作った。

 

「当たって……っ!」

 この距離なら当たる。残った右脚の魚雷管から四本の魚雷を放ち、海水に触れた魚雷は生を得たかのように泳ぎ、ヌ級へと向かっていく。

 

「……ッッ!?!?」

 沈んだ半身に魚雷の弾頭が食い込む。酸素魚雷の炸薬が起爆し、炸裂した爆風が海に響き渡る。

 

「よしっ!」

 これで残るのは僅か。勝敗が決するまで…それほど時間はかからない―――――

 

 

 

     *

 

 

 

 背後で爆音が響き、海上にヌ級の破片がまき散らされる。

 どんな生き方をしていたかは分からないが、対空戦闘が少し下手だが、魚雷の扱いには慣れている。

 

 この子……強いわね。

 

「ガァァァァァァッ!!!」

 真正面からどこに隠れていたのかイ級が飛び出し、大きく口を開く。不潔感漂う口内から黒く主砲が伸びる。

 

「キシャァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 加えて右舷から重巡リ級まで。恐らく、襲撃してきた深海棲艦はこれで全てだろう。

 この戦いも終局へと向かってきたというところか。いずれにせよ、私に降りかかる火花は消すだけじゃ済まさない。

 踏みつけて、潰し、砕き、引き裂くまで徹底的にやる。すべてを蹂躙しつくして私は勝利を得る。

 情け容赦など、こんな異形の生物どもには必要ないだろう。

 

「……邪魔よ」

 

「ガッ……」

 アームを動かし、上空に向けていた砲口をイ級に向け、間髪置かずに撃つ。砲塔を吹き飛ばし、イ級の腹が見えたところに砲撃とほぼ同時に放った魚雷が突き刺さる。

 小さなイ級の身体が粉々に爆散する。それを見届けると対空砲火を強めながら、横目でリ級を見据える。

 

「―――――ッ!」

 1発砲撃を放つ。まっすぐに空を切り飛ぶ弾丸はリ級が掲げた砲塔に命中し、腕ごと抉り取る。

 

「ガッ…っ!?」

 隙だらけだ。回避行動をとるか距離を取ればいいものを。

 魚雷を装填。射線上を飛ぶ煩わしい蠅どもを追い払い、四本の魚雷を放った。

 

「……くらいなさいっ」

 雷跡が広がり、リ級が逃げる方向にも伸びていく。

 

「ヲッ!ヲッ!」

 味方の危機にヲ級が反応した。杖を振り、リ級の近くを飛んでいた艦戦隊を呼び戻し魚雷を迎撃させるように指示する。

 

 機銃が海面を激しく撃ち、1本、2本、3本と海中で爆破して無駄になる。

 だが、1本がまっすぐリ級の足元に突き刺さり、海面を盛り上げた。

 

「!?!?」

 その一撃でリ級の身体は大きな水柱の中に消える。打ち上げられた海水が落ちていき、海面に大量の体液が漏れ出していた。

 死んだ敵に用はない。そう思って目を背けた時に、電探になぜかその反応がかかる。

 

「……ちっ、こいつもかッ!!」

 煙る海上に赤い光が灯り私をまっすぐに見据えていた。魚雷管や片腕が捥げたその姿は今にも崩れ落ちそうであるが、全身から溢れだす狂気の威圧は逆に増していく気配を見せる。

 直撃したにも拘らず立っていられるほどタフではないはずだ。だが、存在している以上、上手く避けたのだろうか。

 何はともあれ、ここでリ級eliteの相手をしている暇はない。制空圏下のないこの状況下で重巡を相手にするのはマズい……

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 断末魔のような奇声が鳴り響く機銃と砲音に紛れて、強い潮風を裂き私の耳に反響する。

 

 これほど苛立ちを覚える声はない。不快な音は私の世界から消えてしまえ。

 だが――――

 

 私は遠くのヲ級を睨みつけた。

 動揺も焦りも怒りも、何の色も見せない白い肌。

 全く変化しない冷たい表情に、黄色い炎を灯す眼は私を冷たく射止めている。

 明らかに押されていると分かりながら、冷静な判断。

 私にリ級を相手する暇を与えないように、艦載機たちに指示を与えている。

 

「このっ――――ッッ!!」

 焦りからか、それとも怒りからか、自分の中でぐちゃぐちゃになった感情に声を上げた時、私の頭上を何かが翔けていく。

 空を仰ぎその姿を見た。武装はない。機銃も爆弾も魚雷も何もないが疾い……。

 チカチカと何かが光り、そのまま頭上を去っていく。呼応するようにリ級の砲塔がこちらを見た。距離はある、が私の背筋を冷たい汗が駆け下りていく。

 

 間違いない……あれは偵察機だ。どちらのものかは分からない。でも――――

 

 これほど狼狽えたのは初めてだった。

 いや、逃げるな、臆するな。戦場に立つことを決めたのは私だ。傷つくことを選んだのは私だ。

 1秒にも満たない瞬間で多くのことが脳裏を過っていく。作業のように主砲は火を噴きつづけるが。

 認めてやる。一撃くらい受けてやる。

 

「――――撃ってきなさい」

 赤い瞳が私に焦点を合わせた。頬が抉れて剥き出しになった牙がギリギリと軋み合わさるのが窺えた。

 

 その一撃程度耐えてやる―――

 

 

 

「―――――任せて」

 背後からその声が聞こえた瞬間に芯のあるしっかりとした背中に、強い力でこの背中を押し込まれた。

 

 

 

     *

 

 

 

 左肩に力を入れて、少し体を左に動かして身体を捻るようにして押し込んだ。

 脚は大きく後ろに踏み込んで(踏み込むという動作は艦としてどうなのか?)、もう片方の足を少し前に踏み出す。背後の艤装がぶつかり引っかかり、私たちは回るようにして場所を入れ替わる。

 その赤い眼と対峙した刹那、高角砲の仰角を下ろしリ級に方向を向ける。

 結構、賭けだった。敵機も迫っているし、正面じゃなくて真横に撃つような形だ。

 トリガーを引き、弾丸が緩やかな弧を描いていく。

 リ級の仰角を私たちに合わせた砲塔を1発の弾丸が撃ち抜いた。続けてもう1発が腹部に突き刺さり爆発する。

 

 背中を守られ続けた。迫ってきたイ級もリ級も片付けてしまった。

 ただ守られるのは嫌だ。彼女にこの背中を任された以上、何かを返したい。その一心で身体が動いた。

 ここは彼女だけの戦場じゃない。私の戦場でもある。ただの置き砲台なら鉄の塊でもできる。

 私は艦娘だ。その手を伸ばし、守ることができる。

 

「……へぇ、やるじゃないあんた……助かったわ」

 

「えへへ……うわっ!!」

 上機嫌になっていたところを爆撃が襲う。間一髪のところで直撃は避けたが、熱と破片が身体を打ち、服を焼き焦がしていく。

 リ級の撃沈がまるでひとつの括りで、ここからは別の戦いだと言うかのように一斉に爆撃隊と雷撃隊が襲い掛かってきた。

 

「残ってるのはもうヲ級だけよ!!気張りなさい!!」

 

「うん!任せて」

 両目を閉じることなく空を仰ぎ続ける。

 黒い壁の奥に見える青い空を、必ず取り戻す―――

 

「……ヲッ」

 仲間の死に怯むことなく、残った艦載機を発艦し、戻ってきた艦載機を着艦させる。

 空を仰ぎ、敵機を狙ってトリガーを引いていく。撃て、撃ち続けろ。弾薬が尽きるまで撃ち続けろ。

 逃げる敵機を追うように照準を修正して、高角砲を撃ち続ける。

 

 

カチンッ……

 

 

 

「あっ……」

 空虚な音を響かせて、突然私の高角砲が黙り込む。トリガーが軽く空を切り、身体に響いていた衝撃もなくなって突然身体に虚無感が訪れる。

 

――――弾薬が切れた。

 

「う…そ…」

 最悪の事態だ。ただでさえ敵の攻撃が激しくなったというのに、ここで私ができることがなくなってしまった。

 いや、予備の砲塔がある。本来艦娘として生み出された私は元になった駆逐艦《吹雪》にそこそこ忠実に作ってある。砲塔は1つだけじゃない。12.7㎝連装砲を予備の砲塔として艤装に積んでいるのだ。

 だが、電探が警報を鳴らす。こちらに煙を吐きながら突っ込んでくる爆撃機が1機。

 既に被弾している。それでも執念だろうか?暗い眼光がまっすぐに私を見据えていた。主砲を取り出すのには時間がかかる。少なくとも、敵艦載機に囲まれているこんな状況下でできるものじゃない。

 

 間に合わない―――その前に敵機が来る。

 後ろの彼女に助けを呼ぶには精神的な余裕がなかった。ここに来て何か大切な気持ちが途切れてしまった。

 恐怖が身体を支配する。腰から下が全く言う事を聞かない。

 視界が暗くなる。電探音が聞こえないほどに鼓動が強く、早まっていく。

 怖い。嫌だ、逃げ出したい。

 

 絶望が…私を飲み込んでいく――――――

 

 

 

 

 いや、違う。

 艦娘(わたしたち)とは何だ?艦娘と敵の違いは何だ?

 似ている。私たちは在りし日の戦船の魂の残滓。その意志を受け継ぎ、生物の肉体を得た者同士。

 

 対となる、感情をその身に抱く者たち。

 

 私たちには必要ない。絶望などと言う負の感情は…それは深海棲艦(あちら側)のものだ。

 私が抱くべきものはただ1つ。

 

 諦めない。希望という光こそが私たちの核なのだから。

 

 

 視界が冴え渡り、光が戻る。全身を縛っていた恐怖の鎖が解け、私の頭は、私らしく、無茶なことを考える。

 それがただひとつ私にできることだ。何かできるのならば、それこそが光だ。

 最後の掴む糸が切れた時に絶望すればいい。糸が残っているうちは目を閉じるな。自分に言い聞かせろ。

 

 

 戦えッッ!!

 

 

 高角砲には簡単に手放さないようにベルトで固定してある。万が一落としてもすぐに手繰れるようにだ。

 それを引き千切って、私はそこそこの重さのあるそれを片手で持つと、肩の上に担ぎ上げて、身体を少し捻った。

 

 そして、投げた。

 

 

 艦娘の体の構造がどんなものなのか、私は詳しくは知らない。人間と差ほど変わらないとは聞いている。だが、こんな重い艤装をもって動き回るのだから、何かしらの肉体強化はされているのだろう。

 私の場合はそれがあまりなかったのか、元々の身体が貧弱過ぎたのか。

 肩から腕にかけて、今まで感じたことのない痛みが走った。

 

 

 船とか艤装とか、そんな概念、別に破ったっていいだろう。

 私たちは艦娘だ。人の身体をしていて、人と同じように体は動く。

 

 何より、私は元々人間だ。

 船の記憶に拘束され続けるようなことはないはずだ。常識を守れと言われた方が困る。

 

 人間には火事場の馬鹿力というものがある。

 人間は本当の全力を出さないように制御がかけられているとかいう話だが、危機的状況などではそれが外れることがあるのだと言う。

 まあ、迷信なのだが要は気持ちの問題だろう。とはいっても、本当の全力を出せば身体がぶっ壊れる。

 

 自分の骨が耐えられる力以上の力を出せば、骨は悲鳴を上げるのは当たり前だ。筋肉も同じ。とにかく、自分の身体がどうなったのかわからないが、無理やりこじつけてでもしないほどに、痛かった。

 

 それで、高角砲だが、不思議と当たった。

 メキョ、とか鈍い音がして、こちらに墜ちてきていた艦載機はそのまま真下に急降下して私のところまでは来なかったのだ。

 

 運に救われた、そう思うしかなかった。

 投げた高角砲は敵機を叩き落とした後、急な放物線を描いてぼちゃんと海面に着水した。そのまま浮いてくることはなかった。

 

 

 ふと、思ったが今の私はどういう状況だったのだろう?砲塔が吹き飛んだみたいな状況なのだろうか?

 

「ふぅ…助かった」

 何はともあれ、命拾いをした。

 あの状況で身体があんな風に動いたこと自体が奇跡だ。

 

「―――ッ!?」

 そんな呑気なこと考えながら息を吐いて顔を起こした瞬間に、額に軽く鋭い衝撃が走り後ろに少しのめる。反射的に閉じた片目の代わりに、空を仰ぐ私の目に映る3機の黒い影。

 

 しまった―――終わったつもりになっていた。

 当然だ、あんな数いたのだからまだかなり残っているはずだ。油断したところを額に機銃の弾が掠めたのだろう。

 すぐに体勢を立て直して、顔を拭う。

 左手にはべっとりと血が付いていた。さっき掠めた弾丸が額を切ったのだろう。かなりの量だ。

 

 その鮮明な赤に意識を囚われてる間に、次の爆撃機が私に襲い掛かってきた。

 もう投げるものはない…そもそも、投げられる腕がない。右腕は壊れてしまっている。

 今度こそ、覚悟を決めた方がいいのかもしれない。

 だが、眼は閉じない。最後に目を向けたのは、唯一残ったヲ級。絶対に目は逸らさない。この眼光で射抜くくらいの気迫で。

 

 ここで私が逃げて沈むのならば、それは私の負けだ。

 最後の最後まで向き合って、私は私の運と戦って見せる――――

 

 

 そんな激しく揺れる視界の中で、私の目に映るヲ級に天から訪れた巨大な白い矢が叩きつけられた。

 

 刹那、強烈な爆発音と熱風が私たちを襲う。気流が掻き乱されて行き、海上に巨大な炎の柱が上がった。

 そんな風に紛れて、勇ましい少女たちの声が響いてくる。

 

 

「―――――お任せください!やぁーっ!!」

 

「―――――これが!漣の!本気なのですっ!!」

 

 

 

 

 真横から薙ぎ払われて投下する直前で火に包まれて、敵艦爆は四散した。

 砲撃音、機銃音が響き続ける。私の他に3人の砲撃音が……

 

「えっ…?誰が……」

 目を開けた私の身体は健在だった。浸水も損傷もない。ちゃんと海の上に立てている。

 

「ふふっ……遅かったじゃない、二人とも」

 背後の少女が笑いながらそう呟いた。

 

 2人…? そうだ、誰かの声がした。

 あの声はどこかで聞いた――――――

 

 次々と敵機が私たちから剥がされていく。私たちの砲撃じゃない。他の誰かの支援砲撃だ。そのお陰で状況を整理できるだけの余裕ができた。

 まずは私は生きている。後ろで弾幕を張っている彼女も健在だ。

 

 そして――――こちらに向かってくる2つの人影。

 海上を滑走し、両手に持つ主砲と高角砲を空に向けながら、その砲口は火を噴いて敵機の接近を許さない。

 

「徹底的にっ!やっちまうのね!!!」

 そう叫びながら、片目を瞑って気取るピンクのツインテールの子。スカートはメイド服のようなもので、箱のような主砲の上になぜかウサギが乗っている。

 

 駆逐艦《漣》、彼女の名前は確かそうだ。

 

「もう、どじっ子なんて言わせませんからぁ!!たぁーっ!!」

 必死に声を張って勇みながら真剣な顔つきで高角砲を持った手を伸ばす青いロングヘアの子。袖のないセーラー服から覗く腕は興奮からかうっすらと赤みを帯びている。

 

 駆逐艦《五月雨》、彼女はそう名乗っていた。

 

 

 海軍の艦娘たち。確かもう一人いたはずだが、ここに3人集結した。

 救援が来たことに安心して胸を撫で下ろす。良かった……助かった。

 

 いや、それだけじゃない。

 私はヲ級の姿を目で追った。黒煙に呑まれた海上に浮かぶ物体。一体、何が起こったのか全く理解できない。

 いや、理解するよりも早く電探が感じ取った。私たちの右舷後方。水平線のさらに向こう側に何かの反応がある。

 

「――――敵?」

 

「敵じゃないわ。味方よ」

 私の声を聴いたのか、背後の少女がそう答えた。

 ということは彼女の仲間なのだろうか?

 

「え?い、今のは?」

 

「あれはハープーンよ。本当は昨日来るはずの馬鹿どもがやっと駆けつけたのよ……」

 そう言いながら彼女は遥か水平線に目を向けた。

 

 

「――――――この国の神の盾が」

 

 

 




オルフェンズ観てます。大好きです。日曜の楽しみです。

賛否両論ありますが、自分はあの泥臭い感じが堪りません。

やっぱりすげえよミカは…


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