艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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すみません。別作品書いてたらこっちの投稿が遅れました。

では、第四章。始めていこうと思いますのでよろしくお願いします。


第四章 「時代を紡ぐ日々に贈る旗」
横須賀にて ‐PROLOGUE‐


 水煙の立つ海上、東京湾沖合。

 風は弱く、波は低い。空は快晴。気温は温暖。

 やや湿った気候なのはこの国特有の温暖湿潤気候。

 あまり高くない気温でもジメッとした空気が変え身体にまとわりついて、火照った全身から汗を噴かせる。

 

 顎のラインに沿って伝っていく雫を右手で拭う。

 宙を舞う飛沫がパラパラと海面を叩いて波紋を広げる。

 

 ガシャン。

 重々しい金属音の割りには非常にコンパクトに収まった鉄の機甲。

 くるりと回転し、空いた四つの筒のような機構に銀色の棒が装填されていく。

 左手に握る兵装は『12.7㎝連装砲B型改二』。引いたトリガーは軽く、小さく舌打ちしながら、主砲内の機構を動かして次発装填を行っていく。

 その間、身体は両舷第一戦速。戦場では随分と遅い船速だが、彼女は敢えてこの速度で航行することを選んだ。

 

 

 周囲に目を凝らす。奇襲を受け、殿を受け持った。その時に左舷より被雷。仲間から切り離され孤立。集中攻撃を受けたが、奇跡的に命中弾は0。結果、周囲の海水が一気に爆散し、水煙が視界を悪くしている。

 こんな状況下で高鳴る鼓動を抑えられずに少女は少しだけ困惑しながらも、今はその衝動に身を任せようと、身体を動かした。

 面舵を切り、両舷全速。

 海上を突っ切り、一気に視界が開けた先で待ち構えていた一人の少女。

 

 あぁ、まるで別人だ。

 半年ぶりに対面した彼女の姿を見て、少女は不敵な笑みを浮かべながら主砲を掲げる。

 照準はまっすぐに目の前の少女に合わせながら、トリガーを引く。

 次の瞬間、彼女の姿はそこにはなく、大きく同方向に先を行く感じに進んでいった。

 ちらりと、首だけで振り返りこちらを見る。着いてきてみろ。そんな挑発ともとれる仕草に少女はまんまと乗ってやった。どのみち彼女をどうにかしなければ、この戦い、自分たちに戦局が傾くことはない。

 

 同航戦。小口径の砲弾が飛び交いながら、一発も命中することなく、二人の航跡がジグザグに海面に残されていく。

 しかし、それは途端に螺旋を描くようなものに変わる。

 そして、一点で交差する。二人の少女が零距離でぶつかり合う。それは船としてあるべきかつての姿を完全に否定する戦い方であり、不条理とも言える行いであったがそれを可能であり、非常に合理的なものにしてしまうのが彼女たちなのだからその戦い方を否定することは難しい。

 それに彼女たちは貪欲なのだ。

 戦艦や空母に比べれば戦術的価値も火力や耐久といった戦力としての価値も乏しい。

 だからこそ、誰よりも勝利に貪欲で意地汚く泥臭い戦いを好む。それはもはや本能だろう。風吹けば消えそうなほど脆いこの小さな力を必死にこの海に存在証明するために。

 

 

 自分自身の肯定。

 

 

 同時に、今の彼女たちの間にあるものは、相対する者の否定。

 巨大な錨の一撃を両腕で受け止め、直後に至近距離で放たれた主砲による砲撃を身を翻して避けながら、相手を推すことで後方への推進力を得てさらに砲撃を行いそのノックバックで後ろへと距離を開いていく。

 体勢を崩した相手の姿を捉えた瞬間に、間髪置かずに魚雷を全管発射。 

 目に映る彼女は主砲を海面に向けて迎撃しながら、真正面に突っ込んできた魚雷に錨を投げつけた。

 海面が一気に膨らみ爆散。衝撃が海面を走り足の裏から全身を打つ。

 

 荒げた息をゆっくりと整えながら彼女と距離を取っていく。

 

 これでもダメか。

 

 なかなか仕留められない強敵を前にして、少しばかり苛立ちを覚える。

 

『―――吹雪っ、大丈夫なの?被害の方は?』

 

「掠り傷にもならない程度。何とか撒いたから一旦合流するね。こっちからは見えてるから」

 

『えぇ、そうね。体勢を立て直してもう一度、今度はこちらから行くわよ』

 

 

『電さん、大丈夫ですか?』

 

「大丈夫なのです。小破……にもならない程度みたいなので」

 

『すみません。叢雲さんたちがなかなか援護に向かわせてくれなかったもので』

 

「……一度、合流するのです。雪風さん、最後の艦隊戦で決着を付けましょう。吹雪さんは一人で相手するのは少し難しいのです……」

 

 

 海上にあるのは十二の駆逐艦。六対六の駆逐隊による実戦演習。

 その中で偶然発生した一対一の駆逐艦同士の戦闘。

 

 偶然か、はたまた必然か。

 近くて交わることのない二人の思想が、その境界で互いを拒絶し反発する。

 

「……ねえ、叢雲ちゃん?」

 

『どうしたの?』

 

「私っておかしいのかなぁ……?」

 

『……えぇ、おかしいわ。艦娘として歪だもの。でも、私はそんな吹雪でいいと思うわ。退屈しないもの。それにそっちの方があんたらしいわ』

 

「叢雲ちゃんがそう言うならそれでいいや」

 

『……何か言われたの?』

 

「……」

 

 

 

〈―――吹雪さんは何の為に戦うのですか?〉

 

 

 

「……さぁね」

 

『何よそれ?まぁ、今はどうでもいいわ。早く合流して、一気に叩くわよ』

 

「うん!」

 

 きっと揺らぐことはないだろう。それが原動力なのだから捨てることもないだろう。

 ただ、まっすぐ進み続けた先に何かぶつかるものがあるのならば、舵を切る必要がある。この航路が間違っているのならば。

 だが、問題ないはずだ。進路を見てくれる目がある。友が、司令官がいる。

 

 あぁ、それにしても……

 

「……頭が痛くなるなぁ」

 

 艦娘になって半年を既に過ぎた。そろそろ、真面目に慣れてきたと思ったのにここに来て雲がかかる。声が響く。知っているのに、知らないように聞こえる誰かの声が。

 その声が自分を肯定するものなのか、否定するものなのか、曖昧で聞き取れない。それがもやもやして気持ち悪い。

 

 今日も追い風が背中を押す。

 

 

 

   *

 

 

 横須賀鎮守府、艦娘たちの憩いの場所『食事処 間宮』。

 少し前までは普通の食事処として一般公開していたが、半年前に人類の強敵『深海棲艦』が復活してから軍事施設の一部へと変わった。

 しかし、その目的は変わることなく、戦いに疲れ果てた少女たちに「食」を提供し、舌でその疲れを癒してもらうためにある。

 艦娘たちにも恩給が出る。そこから日々の食事配給以外の娯楽や私用に購入する物品などは差し引かれることになっている。

 「人としての姿を持ち、人に代わって深海棲艦との代理戦争を行う」。彼女たちに与えられるものにしては些か貧相なものかもしれないが、少なくとも戦乱期を生きた彼女たちにとっては間宮での甘味はこの上ない至福と言っても過言ではないのだ。

 

 調理場の方で割烹着を身に着けた女性が鼻歌を歌っている。

 その歌に耳を傾けながら、入り口に近いところの、角の席に腰を下ろす二人の少女は久々の再開を祝いながらも、浮かない表情をしていた。

 ソファーにかかるほどの長い青い艶のある髪を持つ少女と、ピンク色の髪をさくらんぼを模した髪留めでツインテールにまとめている少女。

「こちら間宮特製パフェでございます」

 ウェイターの少女が二人の前に大きな器に入った山のような甘味を置いた。

 コーンフレークにバニラアイスをこれでもかと。ウエハースやチョコ菓子などを巻くように置かれた生クリームに差し、更にはみかん、もも、さくらんぼなどが小さく切られて飾ってある。

 手前側に飾ってある可愛らしい錨型のチョコクッキーが少女たちの心をくすぐっていた。

 

 「間宮」と言えば、羊羹。だが、駆逐艦娘たちが簡単に手に入れられるものでもなく、いつの間にか売られていて、いつの間にか売り切れている。

 

 ピンクの二つ結いの少女―――駆逐艦娘《(さざなみ)》は細長い匙を手に取りながら、溜息を吐いた。

「ねえ、サミィ。そっちの提督はどんな感じの人?」

 

 正面に座っていた青色の長い髪の少女―――駆逐艦娘《五月雨(さみだれ)》は顎に人差し指を立てた手を当てながら天井を見て考えていた。

 

「えーっと、と、とても真面目でかっこいい方ですよ。でも、ちょっと目が刃物みたいで怖いかなぁ……そ、それと肩車してもらうと凄く高いんです!」

 ちょっとした事なのに必死に提督の良いところを言おうと頑張ってしまっているその姿が何とも愛らしい。抱きしめたいなぁ、などと思いながら、漣は愚痴を吐いていた。

 

「あぁ……漣もそっちがよかったですわー……おっ、間宮パフェ、ウマーーー!!!」

 匙で掬って少しだけバニラアイスの部分を口に含んだ瞬間、漣は席を立ちあがって叫んだ。

 口の中に広がるまろやかな甘みと鼻の方までじんわりと広がるバニラの香りが下の上で冷たさを広げた瞬間に優しくこの身体に溶けていく。

 疲れなど吹っ飛んでしまうほどのおいしさ。堪らず二口目を掻きこんだ。

 

「アハハハ……な、なんだか大変そうですね?とても素敵そうな女性の方に見えたけど、あっ、本当に美味しいですね……」

 頬に手を当てて、至福の感覚に思わず口角が上がる。

 

 あっという間に半分ほどを食べてしまった、漣はちょっと休憩というように小さく息を吐いた。

「うーん、いつ人体改造されるか分かんねえ恐怖に毎日怯えて過ごすって感じでわかるかなぁ」

 

 ビクンっ、と五月雨の方が跳ねて、表情が苦笑いに変わってしまう。

「……ア、アハハ、変わった方ですね」

 

「ホント、草も生えないわー……あぁ、にしても横須賀に来てよかったわぁ……」

 束の間の、憩いの時間を堪能している二人。

 

 ズガァァアアン!!!!

 

 突然、屋外で響いた轟音に慌てふためいて五月雨は匙を落としてしまった。

「あぁぁぁ!!私ってば、またドジばっかり……」

 

「いや、今のはドジじゃないっしょ。あー、多分またうちの提督が……」

 何事かと窓の外を覗く二人の目の前を白い軍服を着た女性と、深い紫色の少女がすごい勢いで走り抜けていった。

 先を走る女性の顔は、にっこりと笑っているが、それを追う少女は全身の毛を逆立てているかのような気迫を纏って鬼のような形相である。

 

 ミヤコワスレの花に鈴を付けた髪留め。長い髪をやや右寄りの後ろで束ねて、揺れる度にリンリンと鈴が鳴っているがそんな音さえ気にしなくなるほどに彼女は荒れ狂っていた。

 無論、その原因は先を走る女性提督である。

 

「こんのっ!!クソ提督!!また私の艤装を勝手に改造しやがってぇぇぇええ!!」

 まるで親の敵にでも暴言をぶつけるかのように叫ぶ少女―――駆逐艦娘《(あけぼの)》は主砲を片手にして、目の前を走る女性に照準を合わせていた。

 

「ハッハッハ!!でも、駆逐艦で三連装砲だよ?すごくない?ほら、訓練場いってデータ取らなきゃ」

 撃たれれば致命的。しかし、そんなことも気にせずに笑顔のまま走っていく女性提督。

 乱雑に羽織られた上着の下からは蒼色のつなぎが見えている。

 

「データが欲しいなら、アンタを的にしてやるわよ!!逃げるなぁぁぁあああ!!」

 

「あれれー?ぼのたん速力が足りないんじゃないのー?私に追いつけないなんて、これは今度機関部も新調しないとねー」

 

「勝手に改造の予定入れてんじゃないわよ!!止まれぇぇぇぇェええ!!!」

 始終叫びながら駆け抜けていった曙を見慣れた光景のように見送る漣。

 何が起こっているのか分からずに呆然と二人を見送った五月雨。

 

「……毎日あんな感じ」

 

「た、楽しそうですね……」

 漣の言葉に引き攣った笑みを浮かべながらそう答えることしかできなかった五月雨は、腰を下ろしてウェイターの人が替えてくれた新しい匙を手にしてパフェを崩していった。

 

「……騒がしいな」

 

「あっ、提督」

 そんな二人のところに、上背の白制服の男性がやってくる。

 腰の辺りまで伸びた髪を後ろの低い位置で白い帯のようなもので結っている。

 目は細く切れていてまさに刃物のような目つきをしている。

 

 五月雨の提督である男性―――鏡 継矢(かがみ つぎや)大佐は二人の少女を引き連れて間宮に訪れていた。

 

「おっ、サミィのところの提督?一度会ったことあったかなー?」

 

「……あぁ、バk……証篠(あかしの)のところの駆逐艦か」

 

「今、バカって言おうとしましたよね?ねえ?」

 

「提督、どちらにおられたんですか?」

 

「少し横須賀の射場にいた。従妹の腕を確かめようと思ったが……期待外れだった」

 呆れた様な声でそう言った鏡の後ろから、ひょこりと現れた白髪の女性。

 五月雨と漣の顔を見ると、にっこりと笑って小さく頭を下げた。

 

「あら?みなさん、こちらにおられたのですね?」

 その姿を見て相手が何者かを察した二人は反射的に席を立ち、ビシッと姿勢を正した。

 

「わっ、翔鶴さんまで」

 航空母艦《翔鶴》は二人を懐かしむような目で見る。

 かつて見た彼女たちの面影、いや、今の彼女たちには船の記憶として接するのが正しいのか。

 

「お久し振りです、漣さん。それと五月雨さんでしたか?こちらの世界では初めましてですね」

 

「は、はは、初めまして……綺麗な方ですね」

 ぺこりと頭を下げる五月雨が漣にそう耳打ちする。

 

「うん、それにいかにも歴戦って感じの風格だね。まるで何百年も艦娘をやってるみたい」

 

「お食事中でしたらお邪魔して申し訳ありません。あの頃とは違うのですから、そんなに畏まる必要もありませんよ」

 

 駆逐艦に比べて、空母や戦艦と言った存在は並ぶことのできない雲上人のようなものだ。

 提督の扱いを雑にすることがあっても、船の時代から同じ海で戦い抜き、主力としてあり続けた彼女たちに対して、礼を尽くさぬわけにはいかぬと、駆逐艦としての本能が語り掛けてくるのだった。嫌でも背筋が伸びる。

 

「え、えぇっと……じゃあ、失礼します」

 そう言って二人が腰を下ろした直後に、快活な声が翔鶴の後を追って響いた。

 

「継矢にぃ歩くの早いよぉ……うわっ、ここにも駆逐艦がたくさんいるっ!」

 その女性は二人を見てぎょっとした顔で驚いていた。

 

 海軍……の人間ではない。それは一目でわかった。

 制服というか飛行服。深緑色の服を着ている。

 鷲の翼と頭が描かれた腕章と胸章が着けられている。

 その制服の色に溶け込みそうな、深緑の髪。少しボサついているが艶のある夜の水平線の海の色のような色をしている。その髪を二つ結いにして白いリボンで束ねている。

 まだ顔にも声にも幼さの残る少女のような女性。

 

 ふと、目が合った次の瞬間、白い手袋を付けた手が彼女の脳天に急降下。

 手刀が叩き込まれ「痛っ!」と声をあげて涙目になる。

 

「おい、瑞羽(みずは)。お前も軍人なんだ。だらしないことはあまりするな。あと、『鏡大佐』だ、公私混同するな。それと一応、俺はお前よりかは階級上なわけだ。もっと敬意を払え」

 

「私、空の人間だしぃ」

 むすっと頬を膨らませてすねる様にそっぽを向く。

 

 そんな彼女を優しく諭すように翔鶴が歩み寄って、

「所属こそ違いますが、上の方々に敬意を払うのはどの社会でも常識ですよ?それに瑞羽さん、いくら親戚だと言っても公私混同はよくありませんよ。鏡提督も部下の手前で面目がなくなってしまいます」

 

 ちらっと駆逐艦娘二人を見る。翔鶴の眼を追って二人を見ると、彼女もそれ以上何も言えず、

「むぅ……」

 と更にふてくされた。その様子を見て少しだけ翔鶴の顔つきが厳しくなった。

 

 まるで我が子を……いや、妹をしかりつけている姉のようだ。

「それと見て驚くのは失礼です。ちゃんと挨拶もしましょう。それは人としての常識です」

 

「あぁぁ!!もううるさいなぁ!!痛っ!!」

 上から目線の圧迫に耐え切れず声をあげた彼女の脳天に再び手刀が急降下。

 

「はぁ…瑞乃(みずの)がお前の教育が大変だと言ってた理由がはっきりとわかったよ」

 呆れた気持ちを表情だけでなく溜息にして吐き出すと、そのまま奥の方へと歩いていった。

 

「すみません、見苦しい姿をお見せして。失礼しますね」

 翔鶴がそう言い残して、彼女の背中を押して鏡の後を追っていった。

 

 

 嵐とは言わないが、大きな凩が去った後のように静かになった席で、二人は一度顔を見合わせた。

「……なんだか姉妹みたいなお二人ですね」

 

 五月雨のその言葉に漣は驚いて肩を跳ねる。

「えっ、てか姉妹じゃないの?ん?サミィの提督の親族?」

 

「私もよく知りませんけど……翔鶴さんは別の提督の所属の方ですし……一体どういう繋がりなんでしょうか?」

 

「そう言えば、なんか従妹とか言ってたねー」

 

「……姉妹と言えば、漣ちゃんの鎮守府は姉妹艦の方々が揃ってるそうですね?」

 

「あー、うん。駆逐艦なんてたくさんいるのになぜかすぐに揃っちゃってさぁー、まあ、漣としては嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、こう新鮮味がないっつーか……」

 

「私のところはまだ全然ですねぇ……夕立姉さんと時雨姉さん、涼風ちゃんは建造されましたが、その後は軽巡や重巡の方ばかりで」

 

「戦力としてはそっちの方がいいじゃん?でも、やっぱ……提督だよなぁ。サミィ、提督だけ交換しない?」

 

「え、えーっと、ダメです」

 

「ちぇー……」

 山盛りのパフェを崩しながらゆっくりと進んでいく時間。

 こうゆっくりとできる時間というものは徐々に激化しつつある戦局の中では、そうありつけないものだった。

 最初の一か月ではあるが、共に過ごした旧友との語らいは短い時間であったが、二人にとってはかけがえのないものであった。

 

 

 そんな二人のところに次の来客が訪れる。

「あっ、漣ちゃんその……演習終わったから次で、準備しないと」

 入口の柱の陰に体半分を隠して、しきりに周囲を怯えるかのように見ている少女。

 肩にかかる黒いストレートヘア。ハの字に折れた眉。ほんのりと赤らんだ頬。優しい顔立ちをしているが、彼女自身は一刻も早くこの場を去りたさそうな表情をしている。

 

 駆逐艦娘《(うしお)》が迎えに来たのを見て、漣は時計を見ると、あっ、と声をあげた。

「ありゃりゃ、もう漣たちの出番か。ほいさっさー、すぐ行くってぼーろに伝えててー」 

 漣が親指を立ててそう答えると小さく頷いて、ちらりと五月雨の方を見た。

「うん、あっ、さ、五月雨さん、よろしくお願いします!!じゃあ!!!」

 

「えっ?は、はい、よろしく……行っちゃいました」

 

「ごめんごめん、うーしーは恥ずかしがり屋だから。よっし、じゃあさっさと食べちゃて漣たちも演習行きますかー!!サミィも頑張ろうね!!」

 

「うん……えっ?」

 

「えっ、って……次の演習組み合わせ、呉と舞鶴だよ?知らなかった感じ?」

 

「えっ……?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!」

 

 

 

   *

 

 

 

 「間宮」で一人の少女の叫び声が上がるより少し前。

 波止場で双眼鏡を手に、遠くを眺める人影が一つ。

 浅黒い肌には黒や白の痣が多くあり、骨ばった顔つきから鋭い眼が遠くを望んでいる。

 

 

「――――どうだ?勉強になるか?」

 彼の後ろから現れた白い軍服を着た好青年。声を掛けられて振り向くと、踵を揃えて指先まで伸ばして、深く頭を下げた。

 

「はい大変……御雲大佐、このたびは」

 いかにも堅苦しそうな空気でお辞儀をする青年に向かって、その空気を払うように御雲 月影(みくも つきかげ)は手を振った。

 

「あぁ、そんな堅苦しい挨拶はいい。しかし、驚いたものだ。これほどにまで高い練度の駆逐隊に……正規空母《翔鶴》か」

 

 御雲は青年の隣に立って彼方を見る。水柱が立ち、遅れて砲撃音が届く。

 

「私は何も。ただあの子たちが頑張ってくれてるだけです」

 

「そりゃ、あそこは最前線だ。嫌でも練度は上がるだろうな……だが、今俺が評価しているのはそんな線上であの子たちを十分に活かしている貴官の手腕だ。どうだ?あんな辺境ではなく、本土に来ないか?」

 御雲はじっと青年の眼を除き、その意志を試すように提案する。

 少しだけ黙り込むと、青年は首を縦に小さく振った。

 

「……翔鶴の夢はこの国に帰ることでした。今日、御雲大佐のご厚意でその夢が叶いました。翔鶴もこの地に足を下ろしている方がいいのかもしれません」

 

「では」

 

「ですが、奇しくも私はあの場所で今の地位を貰い、あの子たちと出会い、そしてあの場所の妖精たちに、あの場所に宿る命に支えられてこの場に立っています」

 

「……」

 

「大変見苦しいことを言っているのは存じております。ご厚意を無碍にしていることも。ですが、私はあのような辺境でも、あの場所に留まるべきでしょう」

 後半に行くにつれて青年の声は少しずつ震えていった。隣にいるのは軍人で階級や立場に厳しい世界の人間。かたや自分はこの男の厚意で階級を貰い、軍人の肩書を借りているような立場の人間。

 

 

「いや、俺の方こそ無粋なことを言った。許してほしい」

 軍帽のつばを少しだけ下げて御雲はそう言った。

 

「許すも何も、咎められるべきは私の方では?」

 

「じゃあ、許す。だから許せ」

 

「……分かりました」

 やや無理やり丸め込めたようになったが、青年はそれ以上何も言わなかった。

 

 

 ビィィィィ、っとブザーが鳴り響いた。

 

 砲撃音が止み、少しざわついた雰囲気が周囲に流れながらも、二人の提督はまっすぐ海を見ていた。

「……終わったようだな。軍配は俺の方か。だが、被害状況を見る限り僅差と言ったところか」

 

「恐らく偶然でしょう。それに私側の旗艦の損害が大きい。駆逐隊としてこれは良くないことでしょう」

 

「見ていてどうだった?何を思った?」

 

「駆逐艦のまとまり……統制がしっかりとしている。あの旗艦の子の存在、それと一度切り離されながら自力で戻り、仲間のフォローまでしっかり行う副旗艦の存在。あの二人でしょうか?良いコンビです。駆逐艦そのものの練度も高いです、砲撃の命中精度が違う」

 

「司令塔とその補佐、司令塔についていけるだけの隊としての実力、練度。多少の無茶でも通してしまう。そして、どんな状況でも臨機応変に動ける。序盤の奇襲はよかった。しかし、その後失速した」

 

「練度を作戦で補おうとしましたが……やはり、時間とともに積み重ねの差が出ましたね」

 

「電と雪風、両名の動きは叢雲と吹雪に匹敵する。しかし、まだ電が駆逐艦をうまく束ねきれていないな。先んじた結果狙い撃ちにされた。もう少し時間が必要だ」

 

「はい、勉強になります」 

 

 御雲はちらりと腕時計を見る。

「半刻後に呉と舞鶴の演習が始まる。今度は駆逐隊同士じゃない艦隊同士の演習だ。学ぶことは多いはずだ。戻ってきた艦娘たちを労ったら、またゆっくりと見るといい」 

 

「はい、ありがとうございます」

 

「私はこれから大本営に向かうために少し席を外す。何かあったら叢雲に尋ねるといい。では」

 そう言い残して御雲はその場を離れていった。

 まったく、こんな日に呼び出すとは、などと心中で愚痴で吐きながら、決して表情には出さないようにする。

 

 

 半年だ。たった半年。

 一〇〇年前まで続いていた長きに渡る艦娘と深海棲艦の戦いの歴史に比べれば、かなり短い期間にも拘わらず、こうも伝説と呼ばれる存在が蘇り続け、それに呼応するように戦局も変わっていた。

 同時に次々と持ち上がる問題。平和の代償とも言える多くの準備不足。国連の承認を待ち続けた結果遅れた各国の連携。その間に絶たれていったシーレーン。

 横須賀鎮守府に籍を置く提督として、彼の両肩に乗るものは他の提督とは比べ物にならないほどにある。

 

 もし、これから一〇〇年前と同じような長期的な戦争が始まったとしたら?

 想像するだけで死にたくなる。今よりもずっと忙しい時期が続いていくのか。

 それよりも、また多くの人間が死んでいくのか。

 多くの艦娘たちの命が失われていくのか。

 

 急激に起こる戦局の変遷に少しばかり短期決戦を夢見たが、そんな慢心は今は捨て置こう。

 それに、これから先どうなるか、神のみぞ知ること。

 準備は重要だ。警戒も大切だ。常に相手の一歩先を征くことも次の一手を読み、先に手を打つことも、常に最善を尽くすことも重要だが。

 それでも、無駄な杞憂ばかり重ねていてはこの身が持たない。

 

 今は……あぁ、そうだ。 

 あまりにもこの半年で起こったことでも整理して、それからこれからの事でも考えよう。

 

 

 さて、綴ることにしよう。

 過去と今を結ぶ彼女たちの日々の話を。

 

 

 

 

 

 

 




こんな感じで、第二章から半年後の物語を送っていきます。

時系列としては

「第一章」
 ↓
「第二章」
 ↓ 
 ↓  ←「第四章」が挟まる。
 ↓
「第三章」

 ↓  ←「第四章」が挟まる。

「第四章プロローグ」

 ↓

「第四章」が更にここで来る。

 ↓

「第五章」

こんな感じです。時間が前後して少しごちゃごちゃになるかもしれませんが、できる限り分かりやすいように表現していきますので、ご容赦ください。
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