艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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 下種を書くのは大好きです。


似て異なる者 -呉鎮守府にて-

 人並みに傷つく。こんな能天気な私でも。

 月影や継矢が、艦娘は人間じゃないとか、そんな話している度に実は傷ついてたりしてた。

 人にできないことをやれば、怖がられるか、珍しいと思われるかどっちかだって知ってた。自分が普通ではないことを知ったあの日から一種の諦めのようなものを感じていた。

 

 確かに楽しかったのだ。他の誰もできない未知の力を使って過去の遺物を弄っているときは。

 特別視されたかったわけじゃない。きっと仕方のないことだったと思う。

 こんな能力を持って生まれる依然に私と言う人間の好奇心は留まるところを知らない。

 

 いや、私はきっと人間じゃないのだろう。

 月影や、継矢や、辰虎や、織鶴姉妹、彼らとは違う。

 私は艦娘の血を受け継いでいる訳じゃない。艦娘の力そのものの一部を受け継いでしまった。

 

 真っ当な人間じゃない。

 だからこそ、彼女たちに出会った時に思ったのだ。素直に、嬉しいと。

 些か、彼女たちに失礼なのかもしれないが、ようやく私は「同じ存在」に出会えたのだと。

 愛おしかった。どんな子たちでも私の妹のように思えた。

 

 私は守りたいと思った。普通の人間にはきっと理解できない感情なのだ。そりゃそうだ、私は普通じゃないのだから。

 普通に生まれていれば、こんなことはなかっただろう。きっと月影たちのように「艦娘とは何者なのだろう?」とか呑気に話し合っていた。

 

 今は普通に生まれなくてよかったと思う。

 彼女たちの側に立って、唯一彼女たちをこの身を持って理解できる人間たという自負が、私を強くしてくれた。

 

 仲良くなりたかった。

 同じ女同士だからすぐに打ち解けられると思ったが、少し警戒心が少ない程度で私に対する疑いの目は強かった。彼女たちからすれば私も立派な人間で、自分たちを訳の分からない容器に納めてしまった得体の知れない存在なのだ。

 200年近い眠りから覚めて、自分の知っているはずの存在が、自分の知らない存在に変わってしまった時ほどの恐怖はきっと大きいだろう。

 

 少しだけ、わざとふざけてみるのもアリかと思ってちょっと意地悪したら嫌われた。

 こればかりは自業自得だと思って、次の日からは馬鹿みたいに書庫に籠って文献を読み漁った。

 私の好奇心が彼女たちを壊してしまっては元も子もない。

 しかし、彼女たちを知り、私自身の好奇心を満たすには、限界というものを知る必要がある。

 私が調べたのは、彼女たちの限界だった。というよりは、壊れないようにするための仕組みだ。

 

 FGFの「スロット」について説明するときに、よくモデルとして用いられるのはベンゼン環だ。

 あの形はとても美しいと私は思うのだが、ベンゼン環に基が結合する際に、ベンゼン環の結合が一部解けて腕となる。

 

 艤装とFGFを結ぶのはこの腕だ。そして、FGFが持つこの腕のことを「スロット」と言う。

 スロットは艦種によって異なり、一般に増やすことは不可能だ。FGFは格子状の骨組みの概念であり、艦娘の練度の上昇はFGFと艦娘本体の適合率の高さ、近代化改修と呼ばれる強化にはその骨組みの骨を太くしているようなもので、基本的な構造は変わらない。

 しかし、構造を変えて、スロット数を増やすような施術を「改造」と言う。

 膨大なエネルギーを必要とし、更には艦娘側の練度も高くなければ、改造後に適合せず肉体が崩壊、FGFを壊れてしまう。

 

 FGFとスロットの間には大量の結合子が存在すると考えられており、その艦娘の艤装を換装した時に、FGF内にある結合子が適合する艤装でなければ、装備できないという仕組みだ。

 結合子の存在しない艤装を装備した場合、エラーを起こし、一時的にFGFの力が大幅に制限される。

 余談ではあるが、FGFと艤装の結合は非常に強力で、デリケートだ。これは艦娘が「艦艇」であった時に艤装は船に固定されているという概念から生まれているようなもので、艤装を手放して投げたりすると、強力なFGFの結合を切るエネルギーが艦娘側に負荷としてかかり、最悪身体が吹き飛ぶ。

 

 まぁ、こういうことを少し勉強してから、私は艦娘の研究を始めた。

 装備可能な艤装や、最も実力を発揮できる艤装など、最初は漣にばかり押し付けていたが、人数も増えるうちに一気に私の研究は進んでいった。

 

 そして彼女たちが最も扱いやすい装備を作り、彼女たちに与えた。彼女たちの生存率を上げるために、単なる火力や性能だけを重視した装備は与えなかった。

 当然、一部からは(というか、主に曙)不満が飛んだ。仕方ないので、ちょっと艤装側を弄ったらそれなりに満足してくれた。

 

 結局、私がやっていることは「彼女たちが人ではない存在である」ことの証明にしかなっていなかった。

 しかし、よくよく考えてみれば私がしたいのは別に彼女たちが立派な人間と認められる事ではないのだろう。所詮は私も人間でありながら、人間とは思えない力を持って生まれてしまった異形だ。

 

 私なりに彼女たちを肯定する方法を我武者羅に探っていたのかもしれない。

 艤装を弄っているときや、彼女たちの訓練を眺めているとき、装備の具合を試験しているとき。

 

 彼女たちと関わっているときが私は一番生きている実感が湧くのだ。

 

 つくづく私は酷い女だ。ずるい女だ。こんな腹黒な女の実態を知った時、私の側に残ってくれる者なんてきっといないだろう。

 だから、せめてお調子者でも気取っていよう。天性の能天気さを振りまいておこう。

 私と言う存在を否定しないために、彼女たちを利用しているに過ぎないこんな女を守るために、私は私を隠し通そう。

 

 

 そのつもり、だったんだけどなぁ……。

 ホント、上手くいかないものだ。

 

 

      

     *

 

 

 

 私は今、間違いなく怒っている。

 恐らく私は生まれて初めて怒りと言う感情に身を任せている。怒りと言う感情は何度か体験したが、ここまで激しく身体を駆る感情は初めてだった。

 身体が熱く、ろくに頭も回らず、車のアクセルを強く踏み込んでいるかのようにエンジンが唸りを上げて、私の身体を強く突き動かす。

 気持ち悪かった。正直言って、この感情は気持ちが悪い。

 

 でも、きっとこのまま体の中に押し込めておいたら爆発するだろう。

 私の手足も吹き飛んで、首も内臓も何もかも吹き飛んで、姿を現した私の中のもっと恐ろしい悪魔的な感情が姿を現すだろう。

 まだ人間としての形を保った私の理性の箍も今にも砕け散りそうであった。

 今にも切れそうな橋のケーブルのようだ。張り詰めて、ギチギチと軋みながら幾本もの鉄線を束ねて作られたワイヤー。それが1つ、1つ、繊維が切れていって最後にはブチンッ!となる。

 

 橋は落ちる。私の中の心の橋が落ちる。落ちた先にあるのは地獄だ。

 

 呉鎮守府緊急出撃。

 『浸蝕域』に侵入してしまった輸送船の救助。違法行為であり、普通ならばあり得ない話だった。

 それでも上から通達された任務であった。艦娘たちは向かう。

 そして、深海棲艦の襲撃こそ受けてないものの浮遊する輸送船を発見した。

 船長は小太りの中年の男。若い副船長と痩せこけた操舵士と他に数名。負傷者はなし。

 

「帰れ、化物共が。我々は化物の力を借りるつもりはない」 

 船長の男が放った言葉だった。艦娘に向けて、直接甲板から見下ろして、ゴミを見るような目で言い放ったのだろう。音声通信から聞こえた情報であったが、そのくらいの推測は男の語気から分かった。

 船は進み出した。艦娘たちの指示を無視して、誘導する側とは全く異なる方向へと。

 

 直後、深海棲艦の襲撃。電探に引っかかった反応。目視での確認までほんの数秒。 

 初めからこの船を狙っていたかのように接近する無数の高速艦隊。

 一瞬で戦場となった―――いや、ここは元々戦場だったのだが、混乱が渦巻いていたその場で冷静に指揮が飛び交い始める。とにかく、輸送船の護衛が優先であった。

 

 敵はほとんどが駆逐艦であったが数が多かった。

 

「何をしている!?この化物共が!あの化物から我々を守るのが貴様らの仕事だろ!!化物は化物を殺して一緒に死ね!!」

 彼女たちの誰かが歯を噛み締める音がした。はっきりと。

 そんな男の声を掻き消すようにひとりの少女の声が戦場を駆ける。訳の分からない思考に陥る前に彼女は戦うことに駆り立てた。

 

 戦場は動く。合計6隻しかいない艦隊で輪形陣を組む。

 しかし、輸送船はこちらの指示に従わない。彼女たちの誘導に従わず進路は全く別の方向を向いていた。羅針盤が狂ったかのように。

 そして、彼女たちの隙間をすり抜ける影。たった1本の魚雷。

 

 まっすぐに船へと突き刺さる進路。輸送船の側にぴったりと付き、船長の男と交渉を繰り返していた彼女はすぐにそれに気付いたが遅かった。

 できた行動は盾となることくらい。小さな身体は吹き飛んで、海面を転がった。

 

 爆発が輸送船さえ揺らす。破片がスクリューを掠めて出力が落ちた。

 それでも彼らは艦娘に従うつもりはなかった。やがて『浸蝕域』を抜けた。それでも深海棲艦は追いかけてくる。

 艦娘も限界だった。ダメージが蓄積していき、深手を負った1人をも守りながら戦わねばならなかった。

 砲弾が輸送船に向かう。至近弾。浸水を起こし、船内が一気に騒めいて、彼女たちを罵倒する言葉が海上に飛び交う。

 

「……あれ、沈めた方が楽なんじゃないの?」

 1人が呟いた。艦隊に沈黙が広がった。私も言葉を見つけることができなかった。

 一体、何のために戦っているのか分からなくなってしまった。この恐れていた事態は最も避けたい状況であった。

 

「ダメだよ……人間は弱いから、守らなきゃ。ハハッ、ホントに草も生えない連中だけど……」

 掠れた声が艦隊に広がる。ボロボロであろう身体から滲み出る弱弱しい声が反逆を否定する。

 彼らの被害を一番に受けているはずの彼女が。

 

「仕方ないよ。知らなきゃ怖いだろうし……ほら、提督も言ってるじゃん。知らなければどんな手段を使ってでも知ればいい。それができない可哀想な人なんだよ」

 息が詰まるような気がした。口は開いた。声が出なかった。

 私は何を言いたかったのだろう。見捨てろか、沈めろか。任務を真っ当しろ、なんて言葉ではなかっただろう。

 

「可哀想……だから、助けなきゃ。知らしめなきゃ」

 何の為に戦うのか。それはきっと守るためだ。何かを守るため。

 守る必要がないと吐かれ、彼女たちは見失った戦う理由を。それを埋める1つの言葉。

 艦隊に士気が戻り、ボロボロになりながら、鎮守府まで帰り着くことはできなかったが最寄りの港に無事彼女たちは帰還した。

 深海棲艦は途中から撤退を始めた。佐世保方面から駆け付けた増援に救われたのだ。

 

 あの男に借りを作るのは、後々考えれば癪に障ることだったが、私はすぐに彼女たちが帰り着いた四国へと向かった。

 

 

 着いた私が見たのは、顔に痣を作り、縄で縛られた小太りの男。この男が船長なのだろう。

 若い男が側にいた。副船長なのだろう。

 

 艦娘の子から聞いたが、途中からやけに素直に輸送船は艦娘の指示に従うようになったと言う。

 その理由は、船長を副船長が殴り倒し、指揮権を奪ったからだとか。

 とりあえず、副船長は殴っておいた。

 

 そのまま、船長を引きずった。コンクリートの上を肌が擦れて血の跡が残っていく。そんなもの気にしなかった。近くの倉庫に入ると男を壁に叩きつけた。

 壁に背中を打ち付けて呻く男がゆっくりと身体を起こし、顔を上げる。

 その瞬間に、顔面を踏みつけた。一切の手加減はなかった。何度も何度も踏みつけて、革靴に鼻血が付いたが気にならなかった。 

 この時の私はやけに意識がはっきりしていた。色も音も鮮明だった。

 それなのに、私の身体は私の意識とは他のところで動いていた。

 

 怯える顔。

 あぁ、私が脅かしているのだ、その間抜けな顔の主を。

 まっすぐと伸びる私の腕。躊躇いのなさを感じる、一切の震えもなく握られた拳銃。

 側は必死に冷静で保とうとしているのかもしれない。その冷静さが躊躇いを掻き消して今にも折ってしまいそうな人差し指が、なんだか自分のものでないような気がして。

 

 未知のギャップに私自身が着いていけていなかった。

 

 

「―――提督」

 誰かが私の腕を掴んだ。私の前に立ち塞がり、拳銃を覆うように掴んで私の腕を抱きしめた。

 ボロボロの服で、ズタズタの皮膚で、焼け焦げた髪で、流れ出る血潮で、そんなもので構成されている小さな彼女の中の、大きな瞳と目が合った。

 

「もう、大丈夫です……漣たちは、大丈夫ですから」

 悲しそうな目で私を見る理由が分からなかった。死にかけている身体でどうしてそんな笑い方ができるのかが分からなかった。

 白い軍服に彼女の身体から滲み出る血が染みていく。

 力が抜ける。私の手から拳銃が離れて、足元が少しだけ覚束なくなる。

 

 駆逐艦娘《漣》は拳銃を拾い上げると、ふぅ、と小さく息を吐くと咳き込んで荒い呼吸を始めたが、座り込むことはなかった。ゆっくりと振り返りながら、怯えた顔をした男を睨みつけていた。

 そして、何の前触れもなく、私から奪った拳銃を向けて引き金を引いた。

 

 パン、パン、パン。乾いた音が3つ並んだ。

 

 セメントの壁に穴が3つ。ふわりと白い粉が舞い上がって、カランカランと薬莢が音を響かせる。

 男は泡を吹いて意識を失った。どさり、醜く肥えた身体が地面に沈む。

 

「あーあ、すっきりした。ぼのたちもやる?」

 漣は後を追ってきて入り口で固まっていた自分の僚艦を向いて、笑みを浮かべながらそう尋ねる。

 3人は激しく首を横に振った。ひとりは今にも泣き出しそうだ。

 

 4人揃ってボロボロで、年頃の少女とか思えないような怪我をして、それでも自分の足で立っているのだから、やっぱり彼女たちは強いのだ。人間と違って真っすぐで、純粋で、誠実で、濁るものがないからそれ故に強いのだろう。

 

「人間って残酷でしょ?時に、深海棲艦よりも残酷。それは賢いから。心が発達しすぎたから」

 その場に座り込んだ。身体のいろんなところが痛かった。被っていた帽子を手でぐしゃりと潰して顔を隠した。

 

「身体と違って心は簡単に傷つく。でも、簡単には治らない」

 艦娘にも心はある。人の心は、心を傷つける。人の心は、深海棲艦さえも打ち砕く艦娘の心さえ蝕む。

 

「どうする?私だって世間一般的にはきっと人間だよ。深海棲艦よりも怖い敵を君たちは信頼できるの?」

 この世界で一番醜い生き物は人間だ。

 数世紀前から、10数世紀前から、ずっと変わることはない。

 

「あー……それについては大変残念なことなのですがー。他に信じる相手もいないので、漣たちは信じるしかないんですね」

 

「そう……かわいそうだね」

 

「可哀想ですか。少なくとも漣たちは誰かを信頼できるという感情を抱いたことができただけ、それは喜びに近いですよ」

 そう言って、漣は私の方に拳銃を捨てるように投げた。

 重いはずのこの銃も、軽い音を立ててコンクリートに叩きつけられる。

 

「ねぇ、提督……」

 漣が私を呼ぶ。ずっと彼女を見ていた私を彼女は見なかった。ぼんやりとどこかを見ていた。

 意識が朦朧としているのかもしれない。そんな憶測があったにも拘らず私は彼女に駆け寄ってその身体を支えようとすることもできなかった。

 

「ある意味、割り切ってるんだよ。てか、漣たちは船の時の記憶の方が強いから、自分が人間だなんてちっとも思ってない。だからさ、そこの男に化物呼ばわりされようとどうでもいい」

 

「そんなこと言わないでよ……」

 お願いだから、人間であろうとすることを否定しないで。

 お願いだから、蔑まれ怯えられる存在であることを認めないで。

 

「人間は弱いから、守らなきゃ……か。あれ、私に言ってたの?」

 

「ん?どうしてそう思ったの??」

 

「……なんでだろ。そんな気がした」

 あれは私に向けられているような気がした。

 独りじゃ生きていけない私が、なにか私の孤独を紛らわせるものを探して、ようやく見つけた。

 しかし、それにしか縋りつけずに、ただ紛らわし続ける私はきっと弱い。

 それを彼女に見抜かれた気がしたのだ。私の核にそっと掌を合わせられたような気がした。

 

「提督って寂しがり屋だよね?」

 唐突に彼女はそう聞いて来た。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「なんでだろうねぇ……そんな気がした。漣も多分、そうだから」

 さっきの私と彼女の問答と同じようなやり取り。最後の脚色がなければきっとそこで終わっていたのだろう。

 

「同じがいないと怖いんだよね。提督は特殊じゃん?だから、もしかしたらそうなのかもって。もし、この世界に艦娘が漣1人だったらきっととっても辛いかな」

 まるで私の心を見ているかのように彼女は口を開く。

 次々と流れ出てくる言葉がまるで私の口から放たれているものかのように。

 

「もし、あの時漣たちにぶつけられてた糞レスが、意外と提督にも効いたんじゃないかなって」

 

「漣ちゃんは辛くないの?」

 

「事実だから仕方ないっしょ。得体の知れない存在だって自覚はあるし。自分の事を自分で分かってもいないし。でもさ、提督は漣たちに自分たちを知ろうとする機会をくれた」

 

「あの言葉……」

 息も絶え絶えに私がかつて口にしたのだろう言葉を引用した。

 それは私の生き方だ。私の好奇心の生み出した残酷な言葉だ。

 

「そっ、だから提督は特別。今日はそうだって気付いた。初めて世間の漣に対する評価をはっきりと耳にして」

 しゃがみ込むと私の顔をまっすぐに見つめる。

 擦り切れた頬。裂けて血が滲んでる口角。こべり着いた煤。解けた髪。焦げた毛先。

 はっきりとこの距離で分かる彼女の身体。自分の心配をしなければならない、彼女の目は私を心配していた。

  

「ごめんね、提督。あの時漣がなにか言い返せてたら、提督も少しは楽だったのかな?でも、まだ分からないんだ。だから、言い返す言葉もなかった」

 申し訳なさそうな顔で彼女はそう言った。

 提督のように賢くないから、と。自分たちの事でさえはっきりと分かっていないから、と。

 

「もっと知らなきゃいけない。だから、今は化物呼ばわりされようがどうでもいい。そうでしょ?」

 

 ようやく私は頷くことができた。

 

「そうだね、まだ分からないことばかりだね……」 

 

「まだ、始まったばっかじゃん?こんなに早く答えが見つかるほど神ゲーってわけでもないっしょ?」

 

「悪い意味で、クソゲーだけどね。この世界は……ふふっ、そっか。確かにそうだよね」

 次にようやく私は立ち上がることができた。

 深く息を吸い込んでみた。まっすぐに伸びた身体を空気が駆け抜ける。少しかび臭い湿った倉庫の空気だったが。

 

「始まったばかりか……戦いってこんなに長く感じるんだね。でも、まだ始まったばかりなのか。そして、まだ私は私になり始めたばかり。漣ちゃんはまだ艦娘になり始めたばかり。全部知ってて、自分が何者か知ってて、生まれてくる人なんていないよね」

 私は十分に生きたと言えるだろうか?きっとNOだ。

 彼女は十分に生きて、十分に戦ったと言えるだろうか?きっと彼女はNOだと言う。

 

 私はまだ彼女たちを評価できるほどに艦娘と出会っていない。

 彼女たちは、まだ人間と自分たちの差異をはっきりと認識できるほどに、人間というものに触れていない。

 

 そうだ。「まだ」と言えるうちには、答えを出してしまうのはきっと間違いだ。

 

「気は晴れてない。問題は何ひとつ解決してはいない。私の怒りも収まり切ってはいない。それでも、ここに答えはない。下らない人間に付き合っている場合じゃないか。これは違うね」

 進んではいない。停滞の中でずっとぐるぐる回っていただけだ。

 長々と彼女と話して得たものはあったのだろうか?実感も重みもない。

 得たものはなかった。元々それは私の中にあったのだろう。実感も重みもないのはそのせいだ。それに気付いた。

 そして、得たのが違うという結論だ。

 

「じゃあ、戻らなきゃ。帰ろうか、鎮守府に?」

 ようやく笑えたと自覚できた。彼女に笑みを向けることができたと。

 しかも、いつも以上に自然に笑えた気がする。

 それに気付いた彼女も笑った。漣も安心した、というような笑みを浮かべた。

 

 そして、崩れ落ちた。

 

「あ、あれれ?動かない……はぅぅ、もうダメです」

 安堵とは緊張を奪う。時に緊張とは崩れ落ちそうな身体を支えるつっかえ棒のようなものになるのだ。

 彼女の身体はつっかえ棒を失って崩れ落ちた。ようやく、崩れ落ちることができた。

 これ以上、彼女が行動することはできないだろう。どこからどう見ても、限界を超えている。

 

「ほら、背中に乗って」

 彼女の手を取って私の首に回した。

 

「えっ……でも血とかたくさん付いちゃいますよ?」

 

「いいのいいの、ほら。陸で沈んじゃうよ?」

 そのまま、脚も抱え上げて勢いよく立ち上がる。

 背中に感じる重さが、彼女の存在を証明していた。これがどうしようもなく嬉しいのだ。

 

「ありがと……ご主人様」

 ぼそりと彼女の口から私を呼ぶ言葉が聞こえた。

 おかしいな。変に頬が緩んでしまった。

 

「うーん、できたらお嬢様、で」

 

「……やっぱりやめます」

 

「調子乗ってごめんなさい!ご主人様でいいから!!」

 

 本物の艦娘に会った時。いや、彼女たちに出会って完全に理解した時。

 私が何者か、はっきりとした答えを得る。例え、彼女たちの本質が何であってもそれを受け入れて、私を受け入れる。

 あの2人との答え合わせまで、私は私の答えを見つける必要がある。

 

 どんな形に仕上がろうとも、いつかは形を成すはずだ。過去と同じように。

 それを超えるこの歴史の最高傑作となるように、今は追い求め続けるだけだ。

 

 きっと大丈夫だ。

 私は、独りではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 




 今回もお読みいただきありがとうございます。
 
 次回からは横須賀に戻っていきたいと思います。
 余談ですが、この章は初めにプロローグとエピローグから作りました。こうして始めて、こうして終わろう、という感じに進めていたら、なんか中身がクッソ長くなりました。
 結構、反省しています......どうにか改善していきたいと思います。


 これからもよろしくお願いします。






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