艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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イベントのことを完全に忘れていた


小さな反逆、大きな変化

 なにか変わったのかと言えば、私は艦娘になってしまったことくらいだろう。

 私はずっと彼女たちに憧れていた。恐らく、同世代の子たちの中では最も艦娘という存在を愛していただろうと自負しているほどに、彼女たちを尊敬し、そんな存在になりたいと夢に見ていた。

 

 そんな私が愛する者を奪われようとしていた時に、私の前に妖精が舞い降りた。

 多くの葛藤があった。私にとって艦娘とは高嶺の花のような、ずっと高いところに在って私なんかが踏み入れていい領域に存在しているものではない。宗教で言うならばいわば彼女たちは神でしかなかった。私にとっての彼女たちと言う認識はそれに近かったのかもしれない。

 死の恐怖があった。それ以上に、守りたいものを奪われる恐怖があった。

 私を奮い立たせたのは、紛れもなく私の中にある誰かの存在、そして憧れへの強い羨望だった。

 

 そんな憧れに、私は追いついた。

 

 私の最も大きい変化。そして、この世界の大きな変化。

 

 よくテレビで聞く「1秒間にテニスコートひとつ分」だとか。

 そんな漠然とした単位でもいい。いったいこの海はどれほどの速度で深海棲艦に奪われていっているのか。どれほどの速度で自由と平和が奪われていっているのか。

 この世界は人知の及ばない力で大きく変わっていく。終わったはずの戦いが再び私たちの時代に訪れた。

 

 そして、そんな時代に立たされている私は今。

 艦娘記念館で頭を膝に埋めて苦労していたときのように、人生の大きな分岐点に立たされたあの瞬間のように、いやあの時以上に。

 

 悩んでいたのだ。

 知っているが為に、過去にこの世界を救った者たちがいることを知っているが為に。

 その憧れの存在たちと同じ土俵に立たされて、やるべきことも明確になって、使命とか記憶とかいろんなものがごちゃ混ぜになってしまっているこの状況で。

 憧れというものが大きすぎるほど、彼女たちが辿った道を進もうとすることは苦しくなる。

 道半ばで彼女たちに追いつくカギを手に入れたが、残りの道はずっと厳しくて。それでも追い風が私の背中を押していたのだ。だから私はその道でさえも進むことができた。

 

 鍵を使って開いた扉の先に、天に届くほど高く聳える塔があった。

 私の知らない歴史の事実がそこにはあり、私は思わず膝を突いた。

 その頂上に辿り着けない限り私は永遠に苦しみ続けるだろう。

 

 あの戦いは結局は償いでしかなかったのだ。

 そう気付かされた時に、この戦いに身を置く私でさえ、まるで過去の償いの為に戦っているようで馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 

「右舷、駆逐ロ級2隻急速接近!!」

 

「…………」

 

「――――砲戦用意!さっさと沈めるわよ!!」

 

 艦娘の原動力。そんなことについて話したことがあった気がするなぁ。

 祈りとか、願いとか、そんなの。

 

「み、右舷さらに敵艦出現!重巡リ級elite、軽巡ホflagship級、ト級elite!!!単縦にて接近!!」

 

「あー、今日の敵はやけに多いな!腕が鳴るぜ!!」

 

 それで、深海棲艦にあるのは負の感情。艦娘が持つのは正の感情。

 相反する魂を持つ者同士だからこそ戦うことができる。ある意味、大衆に向ける言葉としては十分なのだろう。

 だが、正直言って滑稽だ。こんなお伽噺のような言葉に艦娘への信頼を扇動される者も。

 

「やだ……数多い、逃げよう。帰って寝たい」

 

「だ、ダメですよぉ!!ほら、頑張りましょう!!」

 

「吹雪っ、そっちから2隻来るわよ!!」

 

「…………」

 

「吹雪?」

 

 戦う理由を失ったわけじゃない。私が戦う理由にそんなものは関係ない。

 しかし、私と言うひとりの元人間が今に至るまでの間、そこには少なからず私が信じ続けてきた理想があったはずなのだ。

 つまるところ、艦娘史でさえ他の歴史と何ら変わりはない。

 脚色されて誇張されて、聞こえの良いように作り替えられたものが後世に伝わっていくのだろう。これは一種の歴史の定めだ。そのまま、未来に伝えることができないものなんていくらでも存在してきたのだ。

 

 それで?

 それを知って今更私はどうする? 

 

「―――――吹雪っ!!」

 

「吹雪ちゃん!前に出すぎです!!」 

 

 一度私は戦っているのだ。

 私の信じた彼女たちの姿を、それを否定する存在と。

 奇しくもそれは私のよく知った顔だった。

 

 あの後少しだけ考えた。

 例えば、彼女を動かしていたものが憎しみだったとしたら。自身が背負ったものへの大きな憎しみ。背負わされてしまった宿命とその身に余りすぎる力。

 

 彼女は「自分こそが艦娘だ」と叫んだ。

 あれはもしかしたら、その通りだったのかもしれない。

 

 そして、あの海の色さえ、血の色さえ、見える世界の色さえも変えてしまう強い感情は、彼女を彼女じゃなくしてしまう。そんな瀬戸際で私は戦っていたのだと思う。

 

 こんなこと考えたくはないのだが。

 もしあの場所に私がいなかったらあんなことは起こらなかったのだろうが……。

 もし、あの場所に私がいなかったら、彼女はあの黒く渦巻く感情に心も体も支配されてしまっていたのではないか。

 

 それは、きっと深海棲艦になることだと思う。

 

 『そんなのは嫌だ。私の大切な人がそんな存在になるのは嫌だ』

 ただ、それだけだったのかもしれない。

 きっと、それがあの時の私を奮い立たせていた理由だったのかもしれない。

 

「吹雪……ッ!!」

 だからこそ、きっと私は信じ続けなければいけないのだろう。

 どれだけ過去を嘆こうとも、どれだけ未来に絶望しようとも、そのお伽噺に騙されていると今は思っていたとしても。

 

「――――――――――――――――――ッ!」

 

 それは、紛れもなく私の原点なのだから。

 彼女たちへの憧れこそが、彼女たちの心や想いこそが、今の私を私たらしめているのだ。

 馬鹿と呼ばれようとも良い。単純だとも、間抜けだとも呼ばれてもいい。

 

 

「さぁ、先を急ごう……」

 

 私はお伽噺を語り続けよう。

 たとえ、歴史とどれだけ食い違っていようとも。

 彼女たちの記憶や想いがそこになかったとしても。

 彼女たちの存在を語る全ての物語には、きっとそれがあったはずなのだ。

 

 信じる神すら失い、幼き少女たちに縋るしかない希望の失われた世界で、女神の如く人類を護る彼女に行き場のない想いを預けたのだと。

 

「えぇ、そうね。こんなところで止まってる暇はないわよ」

 

 私はそう宣言したのだ。全てを失い狂う親友に楯突いたときに。彼女の間違いを私の中の正しさで打ち破った時のように。それが彼女にとって救いであったのか、それは今はどうでもいいのだ。

 大切な者に言い放って見せたのだ。一時はそれで彼女を打ち破ったのだ。あの時紛れもなくそれは私の信条であり、実力で到底敵わない彼女に打ち勝てる唯一の武器だったのだ。

 今更放り捨てる訳にはいかない。

 

 どれだけ否定されようとも私は私の信じたものを貫き通す。

 だからこそ、何度でも言う。

 

 

 そこに、願いはあったのだと。

 そこに、祈りはあったのだと。  

 

 その時代に、彼女たちは立っていたのだと。

 この時代に、私たちは立っているのだと。

 

 

 

       *

 

 

 

 北方海域は少し気温が低いように思えるが、時期が時期だけに寒いと感じるほどではなかった。

 ただ、やはり海の上は少し肌寒く感じて、タイツでも履きたくなるなどと思いながらちらりと隣に目をやった。

 

「……何?」

 

「何でも。まだ怒ってるの?」

 

「はぁ、正直どうでもいいわ。終わったことだし」

 

「じゃあ、なんでむすっとしてるの?怖い顔してるよ」

 

「だったら、私は元からこんな顔よ。それより少し船速を抑えるわよ。深雪と磯波が遅れ始めてるわ」

 

「……そうだね。周囲に敵影はないし、少しだけ休憩しよっか」

 

 今回は北方海域の偵察任務だった。実際のところは威力偵察に近いのだが。

 四方八方が海である日本は、深海棲艦の発生と同時に窮地に立たされることになる。

 常に深海棲艦に囲まれているような状況だからだ。事実、深海棲艦の勢力の拡大は異様に早い。

 

 だからこそ、安全圏を確立する必要があり、欠かさずに哨戒任務を行う必要が出てくる。

 ただ、今の時代は航空機の発達もあり、艦娘が毎日遠出して見回る必要もなくなった。今回は航空防衛軍から敵勢力が集結し始めているとの情報から偵察任務を行うことになった。可能ならば、敵勢力に損害を与えることも。

 

「単冠湾泊地と幌筵泊地を経由して、北海の哨戒、敵艦隊への偵察任務を行え」

 各泊地には海軍の艦艇と航空防衛軍の輸送機があり、そこで補給と簡単な整備を行えるようになっていた。整備は主に各自でやることになったが。

 

 初めての遠征任務であり、敵に殴り込み、どれだけの力があるのか確かめる威力偵察。

 案の定、「浸蝕域」に足を踏み入れた瞬間襲ってきた。

 

 ここ最近の出来事で少しだけ私は不安定だった。やさぐれている自覚が少しだけある。

 そのせいか叢雲ちゃんの半ば監視に近い視線を良く感じる。本人は心配してくれているのだろうが、ちょっと怖い。

 私の姉妹艦と呼ばれる子たちもたくさん着任した。

 白雪ちゃん、初雪ちゃん、深雪ちゃん、磯波ちゃんの4人だ。最初にこの4人が着任して、その後に軽巡の方が2人、重巡の方が1人、軽空母の方が1人、と次々と艦娘が増えていった。

 

 そんな彼女たちからよく「怖い」と言われるのが私だ。

 理由はなにか達観しすぎていて、普段と海の上でのギャップが大きくて、少し常識はずれしていて、などなど。

 彼女たちにとって私は少し感性が違うのか、やっぱりちょっとおかしく見えるらしい。

 

 あまりこういうことを言いたくないのだが、私が人間生まれだからこういった違いもあるのだろう。私が生まれてきてからずっと積み上げてきた経験や、送ってきた日常、その中で積み上げられてきた常識や価値観は、明らかに戦時を生き抜いてきた魂の宿る彼女たちとは違ってくる。

 

 

 命に対する考えも、戦いに対する熱意も、夢に対する熱情も、何もかもが違う。

 

 

 そんな違いがあるのは私自身理解していた。私の中にもあるからだ、船の魂が。

 

 軽巡の方に言われた。

 私は少し激しすぎるらしい。まるで生き急いでいるように見えるらしい。

 何かに焦っているのか。それは自分でもわからないけど、無力だった頃の私が一度深海棲艦に襲われて、その無力さを呪った。心のどこかでひたすらにあの時刻み込まれた遺伝子的な恐怖を振り切れるだけの力を欲しているのかもしれない。

 

 

 かもしれない、だけど。

 

 

 ロ級に砲撃を叩き込み、叢雲ちゃんの砲撃が当たったと急に魚雷を叩き込み、そのままリ級にも砲弾と魚雷を叩き込んでやった。ホ級は砲撃を外してしまったが、5人の一斉砲火であっという間に沈んでいった。

 こんな相手にそんなに時間はかけていられなかった。

 私はいつかもっと大きなものと戦うような予感がしていた。嫌な予感だった。

 

 とにかく先を急いだ。

 今私たちに求められているのは速さだ。どれだけ速く自分たちが置かれている状況を把握し、対処できるかどうかを問う速さが必要だ。

 軽巡ホ級flagship、軽巡ホ級elite、軽巡ヘ級elite、駆逐ロ級elite、駆逐イ級elite、駆逐イ級elite、などなどなど。

 

 elite級以上の艦で編成された敵の哨戒部隊が何度も私たちの前に現れた。

 それを全て一瞬で蹴散らして、寂れた北の海をただひたすらに進み続けた。

 

 電探が嫌な気配を捉えた。私の感覚が一気に海の上を駆けて張り巡らされていく。

 叢雲ちゃんに合図をした。すぐに近くの岩礁地帯を見つけて隠れると他の子たちに索敵警戒を任せて、私たちは本隊の観測を始めた。

 

「……それで?」

 私は叢雲ちゃんに問いかけた。額から汗が流れ落ちる。

 

「厄介なことになったわね……」 

 さっきから私の電探にも反応がたくさんあった。奥に大規模な艦隊が待ち構えている。

 双眼鏡を取り出して、目視で海を確認する。

 近くに潜望鏡はない。偵察機も飛んでいない。だが、ずっと奥に大きな影がいくつも並んでいる。

 

「白雪ちゃん!初雪ちゃん!そっちは?」

 後方で散開して索敵を行っている4人。そのうちの左後方側に展開していた2人に無線で声をかける。

 

「こっちは大丈夫です。空に偵察機が飛んでいる影も今のところありません」

 

「多分、大丈夫……」

 

「深雪ちゃん、磯波ちゃん!そっちはどう?」

 今度は右後方。

 

「はい……こちらも大丈夫だと思います……あっ」

 跳ねるような彼女の声に無線を耳に押し込んだ。

 

「えっ?どうしたの?」

 

「おーっと、敵が来やがったぜ!1、2、3、4、5……6隻だな!」

 ザァァァ、っと急いで移動する音に紛れて、深雪ちゃんのどこか楽しそうな声が耳に入ってくる。

 

「あの形、多分ワ級です。補給物資の輸送部隊だと思います」

 磯波ちゃん側からの情報が入り、私は叢雲ちゃんと顔を見合わせた。

 

「白雪ちゃんと初雪ちゃんも戻ってきて……どうする、叢雲ちゃん?」

 

「この戦力で本隊に殴り込むのは馬鹿のやることよ。やることは決まってるわ」

 

「わかった……磯波ちゃん、あの部隊が来た方角記録しておいてね」

 

「は、はい!」

 

 私の視界にも輸送部隊が入る。ワ級は資料でしか見たことがなかったが、なるほど。

 タンクのような、コンテナのような、そんなお腹をしている。

 あんな感じで物資を運んで浸蝕域を広げていくのか。

 

 

 

「――――みんな、あの部隊だけでも叩くよ」

 岩礁地帯からゆっくりと抜け出すと、比較的低速で輸送部隊がやや遠方を通り過ぎていく。

 

「陣形、単縦陣!両舷最大戦速!」

 先頭に立つ叢雲ちゃんの声が静かな海に響いた。

 

「魚雷をいつでも撃てる準備をしておきなさい!突っ込むわよ!!」

 別に比喩でも何でもない。そのままの意味だ。

 

 私たちはまっすぐ、槍のように、輸送部隊の横っ腹を抉るように突っ込んでいった。

 駆逐艦の高速性を活かし、敵が対処してくる暇すら与えずに、照準を合わせる時間すら与えずに。

 

 当然、敵艦隊は逃げようとする。本隊の方へと。そこに行けば戦艦に空母といった戦力が待ち構えているからだ。そこまで逃げられれば私たちの負けだ。

 

 同航戦。

 進む向きを合わせた状態で砲撃戦から始まった。

 

「他の艦はいい!ワ級だけ狙って!!」

 

「チッ……邪魔よ!沈め!!」

 私と叢雲ちゃんは随伴艦を狙う。邪魔な壁はそこそこの力を持った深海棲艦で固められている。

 それを排除すれば、あとは撃ち込めば爆発する弾薬庫が裸のまま泳いでるようなものだ。

 

「初雪さん!ちゃんと構えてください!こちらの弾幕が薄くなりすぎてますよ!」

 

「やだぁ……おうち帰るぅ……」

 

「特型駆逐艦の名が泣きますよ!よく狙って……撃ち方始め!!」

 今にも泣きだしそうな初雪ちゃんを鬼のような形相で叱責する白雪ちゃん。

 あのさ、白雪ちゃん。

 『海の上に立つと吹雪ちゃんは人が変わりますね?』って言うけど君も大概だよ?

 

「よぉし!もういっちょ~!磯波ぃ!もっと気合い入れろぉ!!」

 

「ごめんなさいぃぃ!ていっ!当たって!当たってぇ!!」

 

「……あれ?なんか飛んでいったか?まぁいいや!!当ったれーい!」

 白い歯を出して大笑いしながら砲撃する深雪ちゃんと、こちらもまた泣きそうな磯波ちゃん。

 深雪ちゃん。被弾してるの気付いて。笑ってる場合じゃない。

 磯波ちゃん。前見て。あっ、ワ級に当たった。

 

 

「よしっ、魚雷戦用意!!」

 砲撃が止み、海上に炎が広がる。

 散らばる鉄の残骸と漏れ出した燃料に引火して文字通りの火の海になる。

 

 混乱と動揺、それに勝る彼女たちの負の感情は動けない身体になっても真っすぐに私たちを睨んでいた。

 

 ちょうどいい。その視線を辿ってぶち抜いてやる。

 

「あれぇ!?魚雷管が片方ねえ!!」

 

「あ、あのぉ……さっき飛んでいきましたよ?」

 

「マジか、磯波!まぁ、いいや!!」

 

「……深雪、帰ったら懲罰ね」

 

「アハハ。ほどほどにね、よしっ、魚雷発射!!」

 

 片方の魚雷管から4本の酸素魚雷を放つ。

 散らばったワ級や海上に浮かぶ残骸に当たり、まるでプログラムされて連鎖的に爆発するかのように海面が跳ね上がっていった。

 

 炎の中で崩れゆくワ級の大きな腹部に引火して膨れ上がって破裂する。

 中に蓄えていた燃料や弾薬に一気に火が付いたのだろう。今まで見た深海棲艦の最期よりずっと炎が多くて煙よりも炎の柱が立っていた。

 

「――――斉Z!!急いで!!」

 

 爆発から数秒置いて叢雲ちゃんが横に右手を広げて叫んだ。

 遠くの空に黒い点々が広がる。静かな海だ。耳を澄ませば、虫の羽音のようなエンジン音が聞こえて来そうだった。

 

「全艦転身!!最大戦速で泊地まで帰還して!!」

 私もそう叫んだ。4人はコクリと頷いて一気に離れていく。

 

「吹雪っ!!あんたが嚮導しなさい!!」

 叢雲ちゃんの声に4人の後を追おうと思っていた私は振り返った。

 

 どうして彼女はまだ向こうを見ているのか。

 後姿からはっきりとわかる。彼女はかだここで戦うつもりだ。

 

「……白雪ちゃん。泊地まで嚮導任せるね」

 

「ふ、吹雪ちゃん!?何のつもりですか!」 

 

「ちょっと馬鹿に付き合ってくる」

 もう一度転身して私は彼女の横まで進むと、あからさまに不機嫌そうな顔を見せてやった。

 

 

「この戦力で本隊に殴り込むのは馬鹿のやること、じゃなかったの?」

 

「どこかの馬鹿が移ったのよ……嘘よ、少し教え込んどいた方がいいと思って」

 

「教え込むって、何を……?」

 そう尋ねると、彼女は笑った。珍しく、得意げに、ちょっと彼女には似合わない無邪気ささえ感じる笑顔で。

 

 

「此の時代に艦娘在り、ってことをね」

 

「……ふふっ、なるほどね。付き合うよ」

 

 このまま帰れば、一度相手の補給線を叩いただけで終わりになる。

 せっかくならば、知らしめておこうという訳だ。

 この時代の、この国に、この海に、あなたたちの脅威になり得る存在がいるということを。

 ちょっと気取ってるような感じもするが、面白い。

 

「戦艦ル級flagshipに、eliteが2隻。ヲ級flagshipに、ヌ級eliteが3隻……」

 

「まともにやり合えば一瞬ね、まともにやり合うつもりなんてないけど」

 

「……魚雷、重いね。全部叩き込んで帰ろうか?軽くなって足も速くなる」

 

「乗ったわ。でも、魚雷の射程に入る前に戦艦と爆撃機が来るわよ?」

 

「いつものことだよ」

 私のやり方は変わらない。学ぶことができない。船の戦い方というものを理解しても、その通りに戦えと言われて簡単に動く身体じゃない。

 だから、いつも通りだ。

 

「はいはい、まーた馬鹿のひとつ覚えで突っ込んでいくのね。本当に死ぬわよ?」

 敵機の偵察機が頭上を翔けて行った。

 私の主砲は狼煙を上げるかのように、その偵察機を撃ち抜いた。

 

「常に死の瀬戸際で戦うのが駆逐艦だってさ。誰かがそんなこと言ってた気がする」

 

「はぁ……仕方ないわね。行くわよっ!」

 

「うん!」

 

 第1波は爆撃機の嵐だった。すぐ隣の海が爆発していく。海面というものが消えて、水柱が幾本も立って視界はほとんど白に染まる。

 第2波は戦艦の砲撃の嵐だった。至近弾と呼べないような場所に着弾しても、空気を圧縮して飛んでくる鉄の弾の轟音は、海面にぶつかると同時に衝撃を足下に伝えてきた。

 

 海の下で幾度となく何かが爆発するような感覚は地震に似ている。

 

「もう無理よ!!これ以上近付くと本当に沈むわよ!!」

 

「じゃあ、ここでいい!!全部ばらまけぇぇえ!!」

 

 アドレナリンでも出ていたのだろうか?

 死が隣に立っているかのようなこの状況下で私は恐らくハイになっていた。

 

 文字通り全部ばらまいた。魚雷管に装填していたものも、爆弾を避けながら再装填したものも全部ばらまいた。

 装填する以上、地獄のような場所で敵の攻撃を長時間避け続けなければいけないと言う生き地獄を味わったので、多分こんなことは2度としないと思う。

 

 足を止めれば間違いなく死ぬし、一瞬でも気を緩めれば首にかかった大鎌が思いっ切り引かれることになる。

 魚雷が当たったかどうかなんて見てなかった。

 

「叢雲ちゃん!もう終わった!!」

 

「終わったわ!逃げるわよ!!!」

 

「逃げれると思う?」

 

「逃げるのよ!!!」

 

 私が魚雷を全弾撃ち尽くしたのとほとんど変わらないタイミングで叢雲ちゃんも撃ち尽くしたらしい。

 逃がしてもらえるような状況とは思わなかったが、とにかく戦線離脱に全力を注いだ。

 

 すると、追撃はそれほどなかったのだ。

 何かいい方向に事が動いていたのかもしれない。

 

 私が中破一歩手前の小破状態、叢雲ちゃんは小破止まりだった。

 

 機関が爆発するんじゃないかと思うくらいの速度で逃げ出して落ち着いたところで両舷微速にまで速度を落とした。

 そして、吐いた。海に思いっ切りぶちまけて、しばらく呼吸がおかしかった。

 

「……どう?」

 口を海水で濯いだ。少し口の中を切っていたので染みたが、吐瀉物を洗い流したかった。 

 

「どう、って何がよ?」

 

「成功したかな?」

 

「知らないわよ。いちいち確認してる余裕なんてなかったわよ」

 

「じゃあ、ダメじゃん」

 

「いいんじゃない?こんだけ派手に暴れた駆逐艦が2匹、人間側にいると分からせれば十分よ」

 

「……はぁ~、夜戦でもないのになんでこんなことしてるんだろう?」

 

「ホント……ふふっ」

 

「クスッ……アハハハハッ!!」

 なぜか笑えてきた。なんでこんな馬鹿なことやったんだろうって。

 初めての遠征任務で、しかも結構重要な任務だったはずなのに。

 更には、これを思いついたのは叢雲ちゃんだ。こんなことを叢雲ちゃんが思いついたという事実だけで、もう笑えてきた。

 こんな子どもじみた悪戯みたいなことを。

 

「さて、さっさと帰りましょ。敵に見つかったら燃料が切れるわ」

 

「そうだね。まぁ、一応成果はあったし」

 

 薄暗くなった空の下を少し速度を落として帰った。

 空を流れていく雲を何気なく見上げていた時に、私は何か深く悩んでいたような気がした。

 そして、思い出した。

 思い出すと、さっきまでの行動が本当におかしく思えてきた。こんなに真剣に悩んでいたのに、馬鹿馬鹿しいことをよくもやってみせたものだと。

 

 願いに、祈り。確かにあるのだろう。

 私はそれこそが私たちの原動力だと信じ続けなければいけないのだろう。

 譲る気はない。何かに媚びるつもりもない。

 駆逐艦だからと、元人間だからと、そんなものを言い訳にするつもりはない。

 

 いつかもう一度知らしめる必要がある。

 その感情で動いている私たちがこの海を守っているのだと。

 深海棲艦はきっとこのことを恐れるだろう。恐れた分だけ力を付けてやってくるだろう。

 そして、いつの日か真っ向から私に向かってくる強大な何かと私はぶつかることになるのだろう。

 

 でも、何とかなりそうな気がする。根拠はないけど。

 

 幌筵泊地に帰り着くと思いっ切り怒られた。白雪ちゃんにびっくりするくらい怒られた。

 私も叢雲ちゃんも晩御飯抜きになった。本当に辛かった、本当に。

 こうして初の遠征任務は終わり、敵勢力の偵察任務も終わった。

 

 何より大きい成果があった。敵の補給線の大きな見積もりができたのだ。

 

 

 

 

「なるほどな。確かにこれは大きな成果だ、ちょうどいい」

 司令官はそう言うと、携帯端末を執務机の上に置く。立体映像のコンソールとディスプレイが展開され、この鎮守府の情報が一気に羅列していく。

 それを見ると私たちがいなかった間に、新たに着任した艦娘がいたらしい。

 その艦種を見て、私の心は跳ね上がった。

 

「それなりに戦力も整ってきた。《霧島》、《扶桑》、《飛龍》の建造にも成功し、ちょうどいい頃合いだろう」

 

「こっちから叩きに行くのね?敵の補給線……いいえ、補給基地といったところかしら?」

 

「……わぁい、戦艦だぁ、正規空母だぁ」

 隣で叢雲ちゃんと司令官が真面目な話をしている中、私は恐らくトリップしていた。

 

「どこかの無人島を乗っ取っているはずだ。陸上型も存在しているだろう」

 

「対陸上兵装は整っているの?」

 

「大急ぎで用意する必要がある。それと、大本営に作戦案を送ろう。鏡参謀に目を通してもらった方が確かだ」

 コンソールを操作して、一気に艦娘のリストから名前を引き抜いていく。

 そして、海図を引張り出すと、今回のデータを元に敵泊地の見積もりがされていった。

 最適な航路、必要な兵装、後方支援、ありとあらゆるデータを羅列していき、資料が完成していく。

 

 

「さて、こちらからお邪魔することにしよう」

 司令官が久し振りに悪い笑みを浮かべていた。

 恐らくこれがこの人の本性なのだろう。

 

 簡単に言えば、多分ドSだ。

 

「徹底的に焼き尽くしてやる……」

 

 

 

 

 

 




 お目を通していただきありがとうございます。
 絶賛イベント中です。堀をしながらつらつらと駄文を書き進めていきましたが、今回の話が描き終わるまでに、目当ての艦は出てきませんでした。

 さて、ちょっと予定が狂いましたが、あと二話でこの章も終わりです。
 ようやく、この章の冒頭に戻ります。どんな始まり方だったか忘れた人は是非プロローグあたりにお目をお通しください。


 次話ではいろんな形での「再会」が中心です。


 では、今後ともよろしくお願いします。
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