せっかくなので、月影と叢雲の対話形式で進めていこうと思います。
まぁ、あれです。総集編的な?
番外編 時を越え、継がれるものたち ※まとめ回
横須賀のデスクで、御雲は大量の資料を前に、コーヒーカップにすら手を付けることもできないでいた。もうじきこの鎮守府で開催される一大イベントを前に、ここの責任者である、御雲に休む暇など与えられてはいなかった。
「はぁ……全く提督の戦いと言うものも辛いものだ。時々、逃げ出したくなる」
そんな愚痴を漏らしながらもサインを書く手を止めない御雲。
ちょうどその直後に、執務室をノックする軽快な音が聞こえた。
「失礼するわ。悪かったわね、執務を任せて席を外して」
戻ってきたのは叢雲だった。この鎮守府で提督の補佐に回る秘書艦を一任されているのは彼女であって、この鎮守府に在る艦娘すべて代表であり、提督に次ぐ指揮権を有する。
そんな彼女は、午前のうちは艦娘たちの訓練の指導に回っていた。艦種は駆逐艦に留まらず、軽巡も重巡も空母も戦艦も全ての艦種の訓練を彼女が監督している。そのために、彼女は執務室の秘書艦のデスクを空けていた。
更に今はブイン基地の艦娘たちも訪れて、ここに滞在している状態だ。
艦娘たちの管理に忙しく、叢雲が席を空けてしまうのも仕方のない状況であった。
「いや、あの子たちの指導も立派な秘書艦の仕事だ。だが、少し弱気になってたところだ。戻ってきてくれて助かった」
ふぅ……と長い息を吐きながら、御雲は一度背もたれに体重を預けて背伸びをした。
「弱音なんて吐いてみなさい。沖に捨てるわよ」
ギロッと叢雲の鋭い視線が御雲を射抜く。恐怖からか伸ばしていた腕が微妙なところで折れ曲がってしまい、変な格好で一瞬止まってしまった。
「はいはい……どうだ?この鎮守府の艦隊は?」
「駆逐艦の練度で他の鎮守府に負けてるとは思っていないわ。飛龍さんが来てくれたのは心強いわね。貴重な空母の戦力、しかも二航戦の飛龍。あんたには勿体ないわ。鏡さんにでも譲ったらどうかしら?」
「馬鹿を言え……」
「それに、やっぱり戦艦は圧巻ね。霧島さんに、山城さん。砲撃訓練の様子を見てたけど、思わず見惚れてしまったわ。こちらもとても貴重な戦力になるわね。あんたの采配にかかっているのだけれど」
「お前はいちいち俺の嫌みでも吐かなければ済まない質なのか?」
「えぇ、そうよ。知らなかったかしら?」
「知ってたような気がするよ……」
ここで思い出したかのように、冷めてしまったコーヒーを口に含んだ。見事に温くんってしまっていたが、仄かに広がった苦みが身体の中に溜まった疲労を押し出してくれるような感じがして、ホッとため息が漏れた。
「電、五月雨、漣……3人がこの鎮守府を旅立って、一時期は寂しくなったものだが、ここも少しずつ人数が増えてきて、賑やかになってきたな」
「あまり良い事ではないけれどね。それだけ艦娘の力が必要となってしまっている時代になったと言うことなのだから」
「それもそうだがな……少なくとも、声の数は多い方が良い」
そう言いながら、御雲はデスクの上に分けておかれた資料の一番上のものを手に取った。叢雲も執務机に手を乗せて、それを覗き込んだ。
【横須賀鎮守府】
・提督 御雲 月影 [大佐]
・所属艦娘
叢雲 [吹雪型駆逐艦 5番艦 秘書艦]
吹雪 [同上 1番艦]
白雪 [同上 2番艦]
初雪 [同上 3番艦]
深雪 [同上 4番艦]
磯波 [同上 9番艦]
飛龍 [飛龍型航空母艦 1番艦]
霧島 [金剛型戦艦 4番艦]
山城 [扶桑型戦艦 2番艦]
「まだ9人だけ、ね。軽巡洋艦と重巡洋艦が欲しいところね。本来水雷戦隊を率いるのは軽巡洋艦の役目なのだから」
目を通して意外と少ないこの鎮守府の戦力を知った。
今までやれてこれていたのは、ぶっちゃけ叢雲と吹雪が駆逐艦とは思えないほどの活躍をしてきたからだろうが、これから先ずっとそうなるとも限らない。
「何、横須賀だけで戦っている訳じゃない。足りないところは補い合えばいい」
「呑気なものね。ここに大規模な敵艦隊が攻めて来たらどうするの?」
「そうだな。その時は俺が何とか指揮するから、お前たちは頑張ってくれ。上手くった変えるような作戦を考えてやるから」
「戦うのは私たちなのだけれど……まあ、いいわ。どうせこれから少しずつ増えていくのでしょうから。でも、制空圏もなしに良く戦ってこれたわね、私たち」
自分たちがここまで上手く戦ってこれたことを少し不思議に思いながらも、叢雲は御雲が次に手に取った資料に目を向けた。
「舞鶴に行ったのは、確か五月雨だったわね。あの子は海の上では十分なのだけれど」
「あぁ……鏡が頭から熱湯をかけられてないか不安だ」
「大丈夫よ。あの人背が高いから、頭にかかることはないわ」
「そういう問題ではないような気もするのだが……」
【舞鶴鎮守府】
・提督 鏡 継矢 [大佐]
・所属艦娘
五月雨 [白露型駆逐艦 6番艦 秘書艦]
白露 [同上 1番艦]
時雨 [同上 2番艦]
村雨 [同上 3番艦]
夕立 [同上 4番艦]
涼風 [同上 10番艦]
由良 [長良型軽巡洋艦 4番艦]
那珂 [川内型軽巡洋艦 3番艦]
加賀 [加賀型航空母艦 1番艦]
日向 [伊勢型戦艦 2番艦]
「初期としては安定した艦隊ね。やはり、初期艦の姉妹艦が集まりやすい傾向があるみたい」
「あぁ、うちもそうだったな」
「五月雨は、意外と度胸がある子ね。それに責任感も強いし、技術も可もなく不可もなく器用貧乏ってところかしら。汎用的に動けるから応用性を求められる船団護衛なんかじゃ活躍できるでしょうね」
「一方で鏡は空母機動部隊での戦術を専門的に学んでいた。大規模な作戦では、アイツに空母機動部隊の指揮を任せようと思っていた。本隊の指揮を鏡に、護衛部隊の指揮を五月雨が務めれば、堅固な防御性を持合わせた機動性に富んだ艦隊が生まれるな」
「そうね。空母戦力も各地で揃ってきたところだし、そんな日も来るでしょうね」
「あぁ、空母と言えば……舞鶴には加賀か。鏡の奴、気まずいだろうな」
御雲は思わず苦笑いする。
叢雲も察したような表情をして少し笑っていた。
「えぇ。自分の祖先と同じ姿をした艦娘と向き合う気持ちはね……私は同じ姿をしてしまってるのだけれどね。あの子も」
「奇妙なものだな。血を受け継いでここに在り、その血の始まりでその姿を持つ者を目の前にすることも、その姿になることも」
「……どうなのかしら?あんたは」
「さあな。もう忘れたよ。15年も前の事は」
「つまらない男ね……」
舌打ちする叢雲にやや不満げな視線を送るも無視される。
ずっと自分を貶してばかりの部下である一応妹に苦い顔を浮かべながらも、御雲は次の1枚を手にする。
「呉に行ったのは漣だったわね。そして提督は―――あの人か」
「あぁ……証篠だ」
唯一の女性提督であり、提督たちの中でも個性的過ぎる人物だ。
声が神妙になる。この名を耳にする度にろくなことが起こった記憶がない。
「漣、大丈夫か?あいつのところに行って」
「漣は周りが良く見えてるわ。その集団の中で上手く立ち回る感じだったわね。真面目なのよ、あの子。その分、苦労してないか心配ね」
【呉鎮守府】
・提督 証篠 明 [大佐]
・所属艦娘
漣 [綾波型駆逐艦 9番艦 秘書艦]
綾波 [同上 1番艦]
敷波 [同上 2番艦]
朧 [同上 7番艦]
曙 [同上 8番艦]
潮 [同上 10番艦]
夕張 [夕張型軽巡洋艦 1番艦]
川内 [川内型軽巡洋艦 1番艦]
古鷹 [古鷹型重巡洋艦 1番艦]
蒼龍 [蒼龍型航空母艦 1番艦]
「割とまともなのが解せないわ……」
「あぁ、思っていたよりまともなんだよな。なぜか戦艦が集まったりとかそういうこともなく」
「ただ1つ言うならば、あの鎮守府の資源の消費量が他の3倍近くあるわね」
「報告には、装備の開発ってことになってる。『46㎝三連装砲』とか誰が使うんだよ……?」
頭を抱えながら、溜息を吐く御雲。大和型の艤装などまともに扱える艦娘など戦艦でもいないだろう。あるだけ無駄なものだ。
「今度会った時に〆ることにしましょう」
パキパキと指を鳴らして露骨に殺意を露わにする。資源を無駄にすることは、横須賀にてその管理を任されている秘書艦の目からして、許すことができない行為だ。漣もきっと苦労していることだろう。
「……どうなんだろうな。証篠は恐らく俺たちの中で人一倍艦娘という存在に敏感なはずだ。それに囲まれてどう思ってるんだろうな?」
御雲は思い出したかのようにそう口にする。
「あの人の力は少し異質なものね、いろいろと考えることでしょう」
「俺と鏡が心配していることでもあった。自分を重ねて、まともに指揮できなくなるんじゃないかと」
「なるほどね……それならある意味、漣は適していたのかもしれないわ」
「漣が適している?」
「あの子には人を見る目があるわ。そして自分がその人に対してどうあるべきなのか分かっている。あの子の戦う姿を見てそのことはよく分かったわ。相手が緊張しているのなら、少しふざけて緊張を解す。落ち込んでいるのなら、自分の知っている良さを教えて励ます。意地張ってる相手には、相手が気にしない程度にさりげなく手を差し伸べる」
「よく見てるな」
「あの子たちを育てたのは私だもの。そのくらいちゃんと見ているのは当然よ」
「そうか……いいコンビになるといいな」
安心したような表情を浮かべて、次の1枚を手に取る。
名前を見た瞬間、小さく舌打ちをした。
「天霧……こいつはどうでもいいな」
「待ちなさい。この人のところではひと悶着あったでしょう?そもそも、捨てられた犬を拾ってきたのはあんたでしょう?」
「拾わずに斬ってればよかった。上の命令じゃなければ斬ってた。しかし、電のことは驚いたな……」
そう口にすると、叢雲でさえやや目を伏せて声に覇気を失う。
「えぇ……まさかあんなことになるとはね。無事だったからよかったけど」
「知ってるか?あれが起きた時、天霧の奴、結構必死になってたんだぞ。その分、捜索を打ち切れと伝えるのは少し堪えたな……」
「実感したでしょう?あんたが背負っている決断と言うものの重さに」
「あぁ……2度とごめんだ」
【佐世保鎮守府】
・提督 天霧 辰虎 [中佐]
・所属艦娘
暁 [暁型駆逐艦 1番艦]
雷 [同上 3番艦]
睦月 [睦月型駆逐艦 1番艦]
如月 [同上 2番艦]
弥生 [同上 3番艦]
皐月 [同上 5番艦]
文月 [同上 7番艦]
長月 [同上 8番艦]
菊月 [同上 9番艦]
三日月 [同上 10番艦]
望月 [同上 11番艦]
球磨 [球磨型軽巡洋艦 1番艦 秘書艦]
龍驤 [龍驤型航空母艦 1番艦]
瑞鳳 [祥鳳型航空母艦 2番艦]
電 [暁型駆逐艦 4番艦] [除籍]
「……多っ!しかも駆逐艦ばかり」
叢雲は思わずずらっと並ぶ名前に驚いた。
「なぜかあいつのところには駆逐艦しか集まらないから『もっと建造させろ!』と言われてな。結果として、軽空母が2杯もいる」
「まぁ、邀撃艦隊としてはかなり活躍できそうね。航空戦力とその護衛を将来担っていけそうだわ」
「天霧の生まれもあって、賑やかなのはいい事だろう。あいつ、子ども苦手だが」
「鬼畜ね、あんた……別に同情なんてしないわ。生い立ちなんて別にあの人だけが悪いわけじゃないんだし」
「お前もお前、だしな。まあ、家族と思われてるだけお前の方がマシだろ」
「道具の間違いじゃなくて?」
「俺はそうは思ってないよ。お前は自慢の妹だ」
「そう、ありがたく受け取っておくわ……風の噂で聞いたんだが、ブートキャンプ並みの訓練をしてるらしい。なぜか近接戦闘もかなりやってるとか」
「陸上での白兵戦でもするつもりかしら……?」
「まぁ、天霧らしいと言えば、天霧らしい。自分の下に付く者たちの面倒ばかりはやけに手厚かった。そいつらに闇討ちを受けたことが何度遭ったか……」
「誰かの恨みを買うのは、御雲一族の十八番よ」
「言ってて悲しくならないのか、それ……」
身内の自虐の流れ弾を受けてやや凹む。事実なのだから余計に凹む。
なんだかんだあって、最後の1枚。それを手に取ると、2人してやや真剣な面立ちとなる。
「これは本当に驚かされた。まさかこの時代に血族以外の提督資格者が存在しているとは」
「えぇ……やや例外ね。それに鎮守府の面子も異質過ぎるわ。電が無事だったのは良かったけれど」
「事実は小説より奇なり、とはまさにこのことだ。クレイン、か……」
それはとなる南の海で起こった偶然に重なる偶然の先で生まれた1つの艦隊。
帰り道を失った少女と、時を超えて蘇った少女と、衝動に駆られて国を飛び出した青年の出会いから生まれた奇跡に近い偶然。
【ブイン基地】
・提督 クレイン [中佐(暫定)]
・所属艦娘
電 [暁型駆逐艦 4番艦 秘書艦]
陽炎 [陽炎型駆逐艦 1番艦]
不知火 [同上 2番艦]
黒潮 [同上 3番艦]
雪風 [同上 8番艦]
朝潮 [朝潮型駆逐艦 1番艦]
大潮 [同上 2番艦]
霰 [同上 9番艦]
霞 [同上 10番艦]
利根 [利根型重巡洋艦 1番艦]
翔鶴 [翔鶴型航空母艦 1番艦]
比叡 [金剛型戦艦 2番艦]
「お前は信じるか?100年前の艦娘がまだ生きていたなんて」
「俄かには信じがたいわ。でも、その経験と知識は大きな武器になるわ。翔鶴、彼女の存在はかなり大きいわね。電は正直、私はあの子はダメだと思っていたわ。戦う覚悟ができていなかったもの」
「今は変わったのか?」
「少なくとも、ここを発った時はまだ電はダメだったわね。何のきっかけがあったのか知らないけど、もはや別人よ。あと、あの子は5人の中で一番の努力家だったわ。陰での努力とその意地は認めていたわ」
「クレインという青年を提督にしてみせたのは、この2人の力あってと言うことか」
「そうでしょうね。もしくは、クレインとかいう彼から、電が何かを得ることができた。それによって今まで自分で押し込めてしまった、彼女の才能が一気に開花したというところかしら?」
「それを上手く制御してみせた彼の手腕も見事なものだ」
「恐らく、翔鶴さんが一から教え込んだんでしょうね。100年前の生き証人ほど頼りになる存在はいないわ。あと注目すべき点は……『奇跡の駆逐艦』雪風。まさかブインなんて場所に現れるとは思いもしなかったわ」
「艦艇は言うまでもなく、艦娘であった時も存在そのものが先代の《叢雲》並に伝説だからな」
「南方海域は激戦区よ。そこで今日まで生き延びてきた彼女たちの練度は他の鎮守府よりひと回り上でしょうね。頼もしいじゃない」
「今は、な……」
最後の1枚をこれまでの4枚に重ねて置き、再び背もたれに体重を預けて、長めに息を吐いた。
「こうやって改めて、自分たちが背負わされている命の数を見ると、気が引き締まるな。おちおち弱気になっている暇もなさそうだ」
鎮守府には提督が居り、艦娘たちを指揮している。
横須賀の月影には、提督たちをまとめ上げる責任がある。
提督たちと大本営の橋渡し。嫌な中間管理職みたいなポジションにいる。
加えて横須賀の艦娘たちの指揮も執る。こっちは叢雲がいるので幾分か助かっているが。
こうして、自分に命を預けている者たちの名を目の当たりにすると急に圧し掛かってくる、強烈な重圧。崩れ落ちて膝を突いてしまいそうなほどのこの苦しさは、実のところ慣れてしまっていた。何度となく味合わされた結果
慣れてしまったと言う皮肉だ。しかし、苦しいのに変わりはない。逃げた方が楽なのに変わりはない。
「これからもっと数が増えていくのよ?弱気になっていたら引っ叩くわよ?」
「はいはい……お前がいるから弱気になってる暇なんてないんだろうけどな」
こんな時に、彼女のような存在は心強かった。
ある時には鏡で、ある時には証篠で。逃げ場を塞いでくれる。そして、同じ方向を向いてくれる。背中を少し強めに叩いてくれる。この苦しみが紛れてしまうほどに強烈に、皮膚に響き渡るような痛みが、そんな時だけどうも心地よく思える。
「じゃあ、仕事でもするか!!」
上体を勢いよく起こし、立てていた万年筆をもう一度手に取った。
どれだけ技術が発達しようとも、重要なものは直筆と言う面倒くささ。
そのせいでこだわりの生まれてしまった万年筆だ。手にしっくりと馴染むほどに、自分も毒されてしまったと実感する。
「こっちが私の分ね……変な催しのせいで糞忙しいわ、全く」
秘書艦用の執務机に腰を下ろして、山積みの書類に目を細めて睨み合いをしている。
「お前は優秀だからすぐ終わるだろ?俺のも手伝ってくれよ」
サインを走らせながら、やや調子に乗った勢いで月影は提案した。
「私の分のチェックが終わるまで私もどうせ時間あるんだからいいわよ。当然、あんたの分もチェックして間違いでもあったらこってりと〆てあげるけど」
「お手を柔らかに……」
目が笑っていなかったので、爽やかに浮かべて見せた笑みが苦笑に変わる。学生時代に書いたレポートを目の前で教官にチェックされているような緊張感を思い出した。
「ねえ、あんた」
不意に叢雲が問いを投げる。
「どうした?」
「どうして提督になることにしたの?」
やや予想の斜め上を言った質問に、一瞬手を止めてしまった。顎に手を当て天井を見る。
「さあな、御雲に生まれた以上そうなるのが当然だと思っていたのかもしれん」
そんな答えしか思いつかない。
「つまらない人生ね」
特に目立った反応を見せることもなく、表情変えずに彼女はそう言った。
「全くだ。つまらない人生だ……知りたかったのかもしれない」
「知りたかった?何を?」
「艦娘という存在に……少女たちを戦いに導く司令官という存在が、一体どんなものなのかを、この身をもって知りたかったのかもしれない。それと……いや、なんでもない」
「言いなさいよ、区切りが悪いわね」
「言うまでもない些細なことだ……なぁ、叢雲」
今度は月影から問いかけた。
「何よ」
「お前はこの戦いが終わったら何がしたい?」
叢雲の手がぴたりと止まった。
「はぁ?」
やや怒っているような語尾の揚がり方をしていたが、表情は少し答えに困っていると言ったものだった。
「御雲の使命と仕事は俺がやってやる。お前は自由に生きていい。そうだとしたら、お前はどうするつもりなんだ?まだ海軍に残っているか?高校に入って、勉強し直すと言う手もあるぞ」
月影はある程度は覚悟していた。
この名を背負い、この道に進んだ以上は、生涯この道の上にいるのだろうと。
一方、艦娘は戦後割と自由に生きていたと言うのは言い伝えられている。様々な道に進んでいったと。
約半数は従軍したままだったらしいが、せっかくならば戦いを忘れられるような生き方をしてほしい。
「……そうね。私にもそんな将来と言うものがあるのね」
叢雲は微笑んで、ペンを机の上に置いた。
「ただ、まだ終わってもいないうちに理想を語るのは、死んだときに馬鹿みたいに思えるからあまり好きじゃないわ」
「まあ、ぶっちゃけ死亡フラグだしな。時間はあるしゆっくり考えとけよ。その代わり、艦娘として俺の下で頑張ってもらうからなー。言ってしまえば、恩の前売りだ」
「あんたって本当に外面だけはしっかりした内面ろくでなしよね」
「そうでもなきゃ、提督は務まらない。いかに上の権力に媚売って、いかに自分たちが生き残るかしか考えてないからな。あっ、自分たちにはお前らの事もちゃんと入ってるぞ。安心しろ」
「本音曝け出し過ぎよ……よくもまあ提督なんかになれたわね」
呆れたと言いたげな顔を見るのはもう飽きてきたが、呆れさせている張本人が言うのも何なので。
「わりとそんなもんだ。全員、国家防衛だの護国献身だの硬いことを信念になんかしてない。わりと自分の欲望に忠実に生きている。鏡も、証篠も、天霧も、多分クレインも」
「適当なものね、人間って……」
「全くその通りだよ。その曖昧さや適当さが、人間としてそれなりに楽しく生きていける秘訣なのかもしれんがな。それにしても、1つはないのか?今の地位も力も全て投げ捨ててやってみたいことは」
「そうね……少し前はそんな夢を抱くことも考えたことはなかったから。でも」
変わっていった自分を実感している。
もしくは、一度死んでしまった自分がいることを知っている。
生まれ変わったなんて、そんな大層なことでもない。でも、心変わりと言えるような、そんな些細なことなのだが、以前までの自分を認めたくない心が、変わってしまった自分を以前の自分と他人にしようとしていて。
それが嬉しいような悲しいような。丸くなったと言われると複雑な気持ちである。
それでも、過去ばかりに確執していた自分から少しだけ未来を見えるようになったのは、これは自分にしては少しだけ遅れてやってきた成長なんだと、前向きに捉えてみることにした。
自分がしたことを今更許すつもりもないし、なんとなく彼女に謝るつもりもない。
その代わりに、夢と言うものを1つだけ抱かせてもらおう。
「私がしたいのはただひとつ……」
「聞かせてもらおうか」
「どこかの誰かさんが作った世界で、どこかの誰かさんが守った空の下で、人生の最後に『こんな世界でよかった』ってその誰かさんに言ってやることよ」
「なんか充実してるな。具体的じゃないが」
「人間らしいでしょ?この曖昧さが」
「あぁ、きっと楽しい余生を送るよ、お前は」
「……それで?さっきから手が止まってるけど、何を考えているの?」
「今度の俺の挨拶の内容。大本営が提出しろと」
「そんなもの、アイツらが考えればいいものを……適当にそこいらの本からパクってきなさい」
「おいおい……それでいいのかよ」
「ちょうどよさそうな本があるじゃない。あんたの机に」
書類の山にも埋もれずに、栞を挟んでおいてあった1冊の本。今の時代、こういった活字が離れていく中で、こういった記録だけは未だに活字として愛され続けているのは少し不思議だ。
かつて、ある提督が書いたこの本。端的に彼の一生を描き、彼の想いの変化を描いているこの本。
学生の頃に、10回は既に目を通している。それでも、その心は、提督としての月影の道標のようなもので、何度も何度も読み返している。彼の一生をたったの10度で全て理解するのは難しい。今は彼と同じ提督と言う立場で、自分に重ねていくことで少しずつ理解できている。
「あぁ、これか……俺にこんなことを言えと?」
いわば、憧れの存在の言葉を引用する。少し恥ずかしいような。
そんな気持ちがあって、月影は気が引けた。
「私は好きよ?先代もいい人を選ぶ目だけは持っていたようね」
得意げにそういう彼女の言葉は尤もだろう。
結局、参考程度までにした。きっと彼ならこういうだろう程度に。
まあ、彼と月影は全くの別人なので、そんなにうまくできる訳もなく、やや内容は稚拙なものだったかもしれないが、「そんなに真面目にやるものでもないわ」と叢雲が言ったので、もうこれでいくことにした。
「そんなものに時間を割く暇があるなら、もっと別の事に手を回しなさい」
「はいはい……秘書艦様」
「ヒトヨンマルマルに建造が終了するわ。新しい子よ。ちゃんと迎えてあげなさい」
ふと、脳裏を過ぎる。
叢雲無くして、この鎮守府は成り立たないな、と。情けないが。
そんなことを考えてしまう内は、まだ自分も未熟なのだろうと、一層気を引き締めた。
人数も多くなって、登場人物の整理を付けるために、このような回を設けました。
以下に、他のキャラを連ねておきますので、参考までにどうぞ。
一度出た、名前なども一応あげておきます。
《表八家》
・
・
・
・
・
・
・
・
《裏五家》
・
・
・
・
・
《その他》
・
・
・
・
・彗の故郷のみなさん
・イヴ [吹雪を作り出した謎の妖精]
・
こんなところです。またそれなりにキャラも増えますが、その都度ちゃんと説明を入れていこうと思います。
何かおかしい点等ありましたら、ぜひともご指摘ください。
これからもよろしくお願いします。