艦娘が伝説となった時代   作:Ti

52 / 65
 短めの話をちょこちょこと投下していくと言ったな?

 あれは嘘だ。


原典の楔

「―――妖精さん」

 

「やあ、久し振りな気がするね、吹雪。最近は熱心に何かを調べているようだが」

 

 合同演習、及び鎮守府の一般公開から2週間。

 艦娘たちはそれぞれの鎮守府へと一時的に戻り、一部は呉鎮守府へと向かったらしい。

 大まかな作戦の方針は決まったらしく、後は各方面への協力の要請と、細かな装備などの調整が行われて、いよいよ北方海域の奪還に動き出す。

 

 そんな日常の中、私は相変わらずあのことを独自に調べ続けていた。

 とりあえず、鎮守府の資料室にある私の知らないことが綴られてるものを全部ひっくり返して読み漁っているところだ。

 

「えぇ、色々と私にもやることができてきましたので」

 

「訓練の方も滞りなく行っているようだ、練度の上昇も目覚ましい。艤装を見ればわかる。格段に扱いが上手くなっている。その身体にも、いよいよ本格的に慣れてきたと言うところか」

 

「そうでしょうか?えへへ……」

 褒められると素直に喜んでしまう。特に当初は私を結構ダメ出ししてきた、艦娘である私の生みの親である妖精さんに褒められると、普段の倍は嬉しく思える。

 

 

「それで、私に何か用があったのでは?」

 

「あっ、そうだった」

 私は妖精さんに会うために工廠訪れていた。

 そこには多くの工廠妖精がいるのだが、妖精さんはひと目で分かる。

 

「調べ物をしているうちに、『原典事件』ってのを見つけたんですけど、よく分からなくて……妖精さんなら何か知っているんじゃないかと」

 

「……随分と古い事件を引張り出したものだ。始めに言っておくが、これはまだ艦娘という存在が増えてはいたものの、存在として不安定だった時代に起きたものであって、今の君には何の関係もないものだろう」

 

「それでも気になるものは気になるので……」

 私がそう言うと、妖精さんはスパナを近くの机の上に置いて、

 

「少し歩きながら話そう。ここは暑いだろうし、うるさくてまともに話せないだろう」

 と、私の肩に乗った。

 

「じゃあ、食堂の方にでも行こうか」

 思えばこうやって妖精さんを肩に乗せたのは久しぶりだ。

 偶に、知らないうちに乗っていることもあったし、どこかペットのようにも思えてくる。

 

「私はペットではないよ。では、食堂に向かおう。進め、吹雪」

 

 いくら私の生みの親でも、勝手に心の中を読まないで欲しいものだ。

 

 

 

     *

 

 

 

「―――君は《吹雪》が10人も存在していたらどう思う?」

 

「えっ?」

 食堂のテーブルの上にちょこんと座る妖精さんは、私がアイスコーヒーを貰って来て椅子に腰を下ろしたところで、そう尋ねてきた。

 

「私と同じ顔が……10人?なんか気持ち悪い」

 

「確かに奇妙なものだ。だが、これは過去に実際にあったことだ。10人どころじゃない、もっと多かったような気もする」

 

「ほ、本当にあったことなんですか!?じゃあ、私と同じ顔の艦娘が生まれる可能性も」

 

「いや、今の段階でそれはない。安心したまえ、ちゃんと改善されたんだ」

 

「よ、よかったぁ……」

 でも少し待ってほしい。過去にそう言うことがあったと言うことは、私の知っているある艦娘の記録は、1人によるものではなく、同じ名前の複数のある艦娘によるものなのでは?そんな可能性も浮上してくる。

 

「艦娘の中に宿る魂と言うものがどのようなものか、それはなかなか理解しがたくてね。建造ドックは艤装と海に眠る艦娘の魂を結びつけるようなものだが、それがどのように行われているかは分からなかった。例えば、《吹雪》という魂は艦艇であった駆逐艦《吹雪》を知る誰かの記憶であり、海が覚えている《吹雪》の戦いから結びついて生まれた集合体のようなものだ。だが、集合体の中には当然解釈の違いと言うものが生まれる。ある人がライオンを見てかっこいいと思えば、ある人は怖いと思う。そんなものだ」

 

「なるほど……つまり、やや違う解釈として生まれた《吹雪》の記憶から私が生まれると言うこともあったかもしれない、ということですね?」

 

「そういうこと。そして、複数生まれてしまったある名前を冠した艦娘は集合体ではなく、一部から作り出され、万が一欠けた部分があれば、そこは何かしらの手段で補うと言った形だった。面白いことに、記憶とは足りない間を補ってしまうんだよ。そして一部でしかなかった魂の欠片は、不完全ながら1つの形となる」

 

 妖精さんはテーブルの中央にあった角砂糖の瓶から、角砂糖を1つ取り出して頬張っていた。妖精は食事なんてするものなのだろうか?

 

「だが、不完全だ。だから崩壊した。ある日各地で同時に艦娘が次々と原因不明の死を遂げていった。これが『原典事件』だ。世界には支え切れる魂の数があると言う。当時の人間は、魂と言うものを無限に生み出せると簡単に考え過ぎていた。実のところ、私もそうだった」

 

「そ、そうだったんですね……それは轟沈とはまた違ったものなんですね」

 

「あぁ、本当に突然死んだ。艦娘の肉体の方の問題だ。じゃあ、吹雪、君に問おう。完全な魂とは何だと思う?」

 

「完全な魂ですか……?難しいですね」

 

「じゃあ、質問を少し変えよう。人間と呼べるにたる魂の要素として不可欠なものはなんだと思う?逆の言い方をしよう。人間の形をしていながらも、化物と呼ばれるにたる魂の決定的な欠落とはなんだと思う?」

 

 急に胸が苦しくなった。

 背中から撃たれたようなそんな衝撃だった。

 

「……もしかしたら、私はその答えを聞いたことがあるのかもしれません。いえ、正確には私に向けられた言葉の中にそのように解釈できそうなものがあった訳であって、ただ」

 

「ただ?」

 

「それを認めれば、きっと私は、私を肯定できなくなる。そんな気がします」

 

「今は私の質問に答えることだけを考えればいい。私たちの問答の中に他者の余計な言葉など不必要だ」

 角砂糖を積んで遊んでいるかのようにも思える妖精さんだが、その声色はいたって真剣なものであった。確かに話を逸らすほどの事でもないのかもしれない。いや、寧ろ私は妖精さんの質問に答えることだけを今求められているのであって、それ以外の要素は不必要なものだ、妖精さんの言葉通りに。

 

 

「善悪の両立、ですか……?」

 ある少女が、私にはないと言ったもの。

 

「なるほど。そう考えたか。確かにそれは間違いではないし、私が求めていたものに非常に近い。善だけを為そうとする者、悪だけを為そうとする者。その両者には対極となる、悪と善が備わっていないため自らが間違っていると言う客観的考えを一切持てず、己が信条に従って止まることなく進みゆく定めにある。それは人間を人間たらしめる理性的な思考が欠如したただの『化物』だ」

 

「妖精さんの求めた答えがそれならば、最初の問いかけの答えもきっとそうだったんですよね?」

 

「そんなところだ。だが、少し違う。君は深海棲艦の根源は何だと考えている?」

 

「大戦期に生まれた負の感情ですか?」

 

「その通り。それは深海棲艦が登場した頃から推測されたことであって、それから一度たりともその解釈を変えることなく、私たちは戦ってきた。では、対極にある艦娘は正の感情を持つ者。死ではなく生を。憎しみではなく、慈しみを――――否、それが不完全なんだ」

 

「不完全?でも、艦娘の原動力はそうだとずっと……」

 

「不完全なんだよ。それでは、深海棲艦と変わらない。己が内にある感情こそが正義だと疑わない化物だ。戦いと言うものは正義と正義のぶつかり合いだ。深海棲艦の正義とは、己が内にある負の感情だ。きっと彼らはそれを疑わない。人を憎み、人を殺し、全てを破壊することこそが当然だと思っている。それが『化物』たる所以だ」

 

 確かにその通りだ。それは私の経験からも証明できるものだし、歴史の中でも証明される。

 深海棲艦は化物であって、私たち艦娘の対極にあって、それは負の感情の化身であって、それは正の感情の欠落した不完全な存在であるが故に化物であるのだと。

 

「もう分かっただろう?『原典事件』で死んだ艦娘たちが、どのような艦娘たちであり、生き残った艦娘たちがどのような艦娘であったかが。それが君の求めている全ての答えに等しい」

 

 

 果たして、この世界には全く憎しみを抱かない人はいるのだろうか?

 悲しみを、怒りを、嫉妬を、抱くことのない人などいるのだろうか?

 

 私はそれは恐ろしいと今はっきりとわかる。それは人として欠けている。

 怒りの感情は湧いても、それを抑え込むことならあるだろう。

 憎しみを抱いても、それは何も生まないと制することができる人ならいるだろう。

 悲しみを抱いても、他人に気付かれないようにひっそりと心のうちで涙を流す人ならきっといるだろう。

 

 そう言うことじゃないのだ。

 全くと言うほど、これっぽっちもそれらの感情を抱かない、感じることのできない人なんているのだろうか。

 

「負の感情は、艦娘にもあるものなんですね。いいえ、本来深海棲艦に対抗していたのは、正の感情ではなく負の感情であり、正の感情とは負の感情を理解するためだけの対比でしかなかった。もしかしたら、その程度の存在だったのかもしれない」

 

「私たちが生み出すべきであったのは、化物じゃない。ただの兵器でもない。理性をかけ備えて、人間らしい多彩な感情と性格を持つ人間を超えた人間である存在だ。艦娘とはそうあるべきであって、そうでないものが世界から弾かれるのはある意味道理であった。それを許さない存在がいたとも言えるが」

 

「つまり、『原典事件』とは不完全であった艦娘の魂が崩壊し、崩壊させられて、完全な魂の下に全て還ることによって本来あるべき1つの魂として形を成したと言う訳ですね」

 

「その通りだ。私たちは、その完全な魂を『原典』と呼び、それを持つ艦娘を『原典の依代』と呼んでいた。と言っても、これらに基づく艦娘の根底を成す理論の展開が求められていたのは、初期だけ。徐々に『原典』が不通となっていくにつれて、そういう考えも消えていった」

 

「1つ疑問に残るんですが、建造ドックの不具合のようなものだったんですよね?それは修復されたんですか?」

 

「勿論だ。すべて調整した。当初内蔵されていたのは、平賀博士が考案した基礎理論を応用して作り出した人が考えた理論だった。それを私たち、艦娘の魂に多く触れる機会があり、それの化身とも呼べる私たちの力と経験でフィードバックを行い、魂の集合体から削り取るのではなく、集合体そのものを引き寄せるようにした。こうして、今に至るまでの艦娘の建造システムが構築された訳だ」

 

 私はアイスコーヒーに差したストローを何気なく咥えながら、少しだけ頭の中を整理した。

 ブラックなので苦いはずなのだが、目の前で妖精さんが次々と積み上げた角砂糖を頬張っていくので、なぜかコーヒーに甘さを感じてしまう。

 

「妖精さんは言いましたよね。人間は、魂と言うものを無限に生み出せると簡単に考え過ぎていた。魂という存在を私たちは軽く見過ぎていたんですね。それは命であったはずなのに。私たちはもっと考えるべきだった。命とは容易く人の手で自由に扱ってもいいものではないのだと言うことに」

 

「どうしてクローン技術が長い間、禁忌とされていたのかはそこにある。倫理観と言うものは実に重要なものだ。それを追い詰められていた人類は忘れ去ってしまっていた。吹雪、君は自分が化物かもしれない、そんなことを言ったね?」

 

「えぇ……まぁ、少しだけ思い当たるところもあるので」 

 

「君は恐らく間違ってはいない。それは君を艦娘にした私が保証するし、君は今、私たちが最初は理解できなかった命の価値と重さと言うものを深く理解している。それだけでいい。確かに君の立つ戦場ではそれは少しずつ失われていくのかもしれない。だが、忘れるな。忘れてしまっては、自らの命さえも軽くなる」

 

 それは多分、励ましだったのだろう。私には少しだけ説教の様なものにも思えたのだが、きっと妖精さんなりの励ましだったのだと思う。

 

「いざとなれば、君の中に居る者たちが止めてくれる。自分と言う存在を信じろ。自分に宿る魂を信じろ。君と言う命を常に感じているんだ。そうすれば、迷うことはない。君には道が見えるはずだ。時に、それは誰かが指し示してくれる」

 今の私のようにね、とニタリと笑った。

 

「ふっ、ふふっ、そうですね。私らしくもないですし」

 

「何故笑う?」

 

「妖精さん、笑い慣れてないでしょ?ちょっと変な笑顔ですよ?」

 

「むっ、確かに笑顔を作ると言うのは難しいものだ。自然な流れならば上手くいけるはずなのだが」

 

「はははっ、まあそんなことはさておき、艦娘は1隻につき1人しか生まれないのにも、そんな理由があったんですね」

 

「あぁ、そう言った厳密なルールと言うものは『原典理論』と呼ばれている。艦娘の存在を縛るための約束のようなものだ」

 

「『原典理論』ですか……」

 

「あぁ、簡単なものから説明していくと、艦娘は1隻に付き1人ずつ。そして、正の感情と記憶、負の感情と記憶を持ち合わせているものである。艦娘は自身の由来である艦艇以外の記憶を持つことはない。同様の姿形で他種である複数の艦娘が生まれることはない。解体を行っても、艦艇の記憶、艦娘の記憶の両方が失われることはない。こんなところだ」

 内容としては割と常識だと思っていたことが多いようだ。

 常識だと思っていることと言うものは掘り返してみると根源が分からないものが多いので、意外と衝撃的だったりする。

 

「そうだな……あと、吹雪。君のように艦娘の子孫であるものには『原典の楔』というものも知っておいた方が良いかもしれない」

 

「『原典の楔』ですか……?私みたいな艦娘の血を受け継ぐ者に関係するって」

 

「これは終戦後に判明したことだ。しかも、終戦後50年ほどの期間を経て、な。『原典理論』は全てが艦娘大戦期に生まれたものではなく、『原典の楔』とは実の両親のどちらかに元艦娘であった者たちを持つ、艦娘の1等親の中でも実の子に現れるものだ」

 

「艦娘ではなく、その子どもに……つまり、私の曾お婆ちゃんですね」

 

「その通り。まあ、簡単に言ってしまうとだな―――――」

 

 

 

「―――艦娘の子は、20歳までしか生きられない」

 

 

 

「は?」

 なんだか、さりげない会話が続いていただけのような気がしていた。

 艦娘にも多くの縛りが存在していることはなんとなく気が付いていた。

 それでも、それは、恐らく私がいつかは子を設ける事もあるのであろう女という性別だったかもしれない。不自然に広がる不快感と絶望か焦燥かどちらかに似た嫌な感情がじわじわと生まれてきた。

 

「ちょっと……どういうことですか?それ」

 

「そのままの通りだ。建造を行っていた時には全くと言うほど想定していなかった事態だった、だが、よくよく考えれば十分に起こり得ることだったのだよ、これが。吹雪、人間を艦娘にした実験、『マルロクイチ計画』で《叢雲》がどのようにして艦娘になったのかを覚えているか?いや、この問いは少し違う。どうして艦娘が女性にしかなれなかったか、その理由は何だったか、という問いの方が適しているな」

 

「それは……インナーフレーム、FGフレームの中でも私たちの身体の内側に張り巡らされている部分の生成の際に行う遺伝子の改変、染色体がXXである女性は染色体同士が相互に補完し合うから実験による変質に耐えることができた、みたいな感じでしたっけ?」

 

「概ねその通りだ。もう分かっただろう?艦娘は人間であるはずの存在の遺伝子を弄ってしまっているんだ。まともな遺伝が行われる訳がなかった。染色体同士で補い合うと言っても、それはあくまでも過程の話だ。結果的に変質してしまっている。だからこそ、このような障害が発生した。だが、不思議なことに20歳まではいたって健康なんだ。何の不自由もなく生きている。だが、20歳になると突然身体がダメになる。手足が動かなくなる。内臓が機能しなくなる。そして、死ぬ」

 

「あまりにも酷な話ではないですか?家庭を持つことは、子を持つことは、全てとは言いませんが女性の1つの理想であって、人間と同じような思考と感情を持つ艦娘たちならば……かつて船でありながら人の身体を得た彼女たちならば尚更のこと、我が子が愛おしいはずです……その成長を見届けたいはずです」

 

「想定しきれなかった。私は彼女たちの戦後まで考えることができなかった。もしかしたら、世界のどこかでは警鐘を鳴らしていたものがいたのかもしれないが……この世界の人間は気付くことができなかった」

 

「その子孫は、孫は、曾孫はどうなんですか?私の祖母は、父は、どうなんですか!?」

 

「言った通り、この『原典の楔』は実の子だけだ。それ以降の子孫には影響しない。恐らく、艦娘の遺伝子が交配と継承の末に影響力が無くなっているからだろう。妖精が見える、などの能力は受け継がれているが、艤装を動かすなどはできないだろう?もうしばらくすれば、妖精さえみえなくなるかもしれないな」

 

「そう、ですか……」

 素直に喜べはしなかった。

 

 今、この事実を目の当たりにして、私はなぜか祖母を思い出していた。

 私が存在していることは、祖母が生まれることができたことが始まりだ。

 

 祖母は、自分の母親を知っているのだろうか。

 思えば、祖母はいつも自分の祖母であった《吹雪》の話をしていたような気がする。その時、私はまだ曾曾祖母が艦娘だったとは知らなかったけど、きっと祖母は、《吹雪》に育て上げられたのだろう。

 だからこそ、あんなにも『艦娘』を信じていたのかもしれない。

 

 

「もっと早く気付けたことですね。艦娘の子孫にそういう縛りさえなければ、世間にはもっとたくさんの艦娘の子孫がいるはずです。あれだけの数がいたのですから……」

 

「……実は『原典の楔』が仮説として建てられた時から、少しだけ世界は変わってね。艦娘たちの血を絶やすなという風潮もあれば、無理に艦娘の子に強いることなく、その一生を全うさせようと言う風潮もあった。日本では前者が結構強くて、艦娘同士が協力し合って血を繋ぎ合った例もある。舞鶴の提督がその例だ」

 

 それは戦いを終えた艦娘たちの新たな戦いだったのかもしれない。

 幾度となく見てきたであろう仲間の死から解放され、次は定められた家族の死に直面する。

 

「……っ、あの」

 やめておけと、誰かが耳元で囁いたような気がした。

 でも、確かめたかった。興味本位とか、義務感とかじゃなくて、多分衝動的なものだったんだと思う。でも、それはきっと当然の行為であって、私じゃなくても恐らく、私のようにしたはずで。

 

「……今の艦娘たちもそうなのですか?私や、叢雲ちゃんも」

 いつの日か、私の身に起こるかもしれないことを、知らずにはいられなかった。

 だが、妖精さんは簡単に口を開かずに、ふぅ、と息を吐いてから、私を見上げた。

 

「……君は今、その答えを知りたいのかい?もしかしたら、改善されているかもしれない、希望はあるのかもしれない。君は今の時点でその答えを知ってどうする?未来に絶望するか?何も私から聞かずにただ未来に託すか?」

 

「……分かりましたよ。妖精さんと答え合わせをするのは止めておきます。なんだか、含みのある言い方ですし」

 

「希望と言うものはいつでも胸に抱いておいた方が良い。少なくとも絶望よりはマシだ」

 

「はいはい……でも、なんか――――あっ、いや、なんでも」

 

「どうした?」

 

「いえ、なんでもありません。そろそろ、戻らないといけませんね」

 

 何かが見えてきた気がしたのだ。

 私の夢に繋がる何かが。もっと具体的になってきたような気がするのだ。

 

 ただ、今は感情的になってしまってそう思っているだけなのかもしれない。

 だから、妖精さんには何も言わなかった。

 

 でも、妖精さんの言葉は多分正しい。私は知らないでよかったのだろう。

 未来に待ち構える絶望を知るのはきっと、とても辛い。生きていられなくなるほどに。

 

 それにこの戦いが終わるのはいつなのかもわからない。できるだけ早く終わらせた気持ちはあるが、私1人の気持ちでどうなることでもないだろう。

  だから、そんな「いつか」の未来で頭の中を埋め尽くすよりは、今救える何かの為に必死になること。

 

 

 それが、「私」だったはずだ。

 

 

「よしっ、私、頑張ります!今からもう1回訓練するんで艤装出してください!!」

 とりあえずは我武者羅にやってみよう。

 それでだめでもいい。今はきっとそれでいい。無駄な何かを考えるよりずっといい。

 

「はぁ……あまり無理はするものでもないが、何か考えがあっての事だろう。分かった」

 残念ながら、妖精さんが思っているような考えは特にはない。

 それでも、今は身体を動かすべきなのだろう。私の脳がそう言っている。

 

 その許可をもらうために、とりあえず、私の身体は執務室を目指して駆けだした。

 

 

 

     *

 

 

 

 執務室に1人。ちょうど叢雲は席を外しており、煩い監視もいなくなったため、少しだけ背もたれに体重を預けて天井を仰いでいた。連日続いていた作戦会議からようやく解放されて、それなりにゆっくりとした日常を過ごせると思ってはいたが、そんなはずなかった。と言うか、やけに忙しかった時期の忙しさが身体に染み付いてしまい、身体が勝手に仕事を始める始末だ。

 叢雲には「やけに真面目ね、気持ち悪い」と言われるまでだ。

 最早、泣けてくる。家族愛の一方通行。押し売りするつもりもないが。

 

「……あと、何年だ?」

 ふと、そんなことを呟いてしまう自分に気付いた。

 分かってはいたのだが、どうしても引きずってしまっている自分に呆れ果てる。

 

 

 

 発端は、御雲 月影が証篠 明から受けた報告だった。

 元々は、叢雲を『改ニ』にする手段はあるのかという、《叢雲》という艦娘がやや特殊なためにはっきりとしないその疑問を調査するために頼んでいたのだが、その過程で無視できないものが見つかってしまったことを聞いて以来、最終的な報告をずっと待っていたのだが、その報告がこの前の作戦会議の終わり際にようやく仕上がってしまった。

 

 ちょっと工廠裏に顔貸せよ、ではないが、工廠裏。

 男女2人きりではあるが、学校の体育館と似通った状況であっても、もし有りえるとするならば告白なんてものよりも寧ろ果し合いだろう。靴箱に入っているのは、決闘状だ。それならば、軍刀の1本や2本持ち合わせるのだが、そんな冗談を吐けるほどの心の余裕もあまりなく、執務室から着の身着のまま、約束の時間に証篠と合流した。

 

「まあ、簡単に言うと、残念なお知らせだ」

 そんな切り出し方をされたので、息が詰まりかけた。

 

「そ、うか……あぁ、続けてくれ」

 ちらりと心配そうに証篠が目を向けたような気がしたが、気にせずに耳を傾けていた。

 

「……君の妹に当たる叢雲、『御雲 楽』の出生は普通の人間とは違った。先代の《叢雲》が遺した『胚』に君の父上、御雲 月之丈の遺伝子を組み込んで、君の妹として始めは試験管の中で生まれ、培養器の中で育ち、普通の人間のような形で産まれた。これは君に教えてもらったことだ。あっているね?」

 

「あぁ、違いない」

 そうだ。叢雲は、御雲 楽は人からまともに生まれた存在ではない。

 先代の《叢雲》が来るべき時に備えて未来に遺した自らの分身を作り出すための、遺伝子情報と記憶の詰まった『胚』から作り出された、先代《叢雲》のクローンに限りなく近い存在だ。だが、クローンではなく、遺伝子的には現代の彼女の子孫の遺伝子により、《叢雲》の遺伝子を活性化させて、限りなく艦娘に近い状態で誕生させると言うものだった。

 

「オーケー。じゃあ、前提条件は間違っていないわけだ。ここから先は私の報告」

 わざとだろうか。早く終わらせようとしているつもりはないのだろうが、証篠は淡々とした口調で話を進めていく。声に、感情と言うものを感じさせない。そんな話し方をするのは彼女なりの配慮だったのかもしれない。

 

「叢雲はいわば『成長する艦娘』だった。現状、彼女は15歳程度の肉体年齢だろう。彼女が妖精を呼び出し、本格的に艦娘の道を進み始めた時に、彼女の成長は他の艦娘同様に止まっているらしいことは確認できた」

 

 それは知っている。士官学校に進んでからは時々しか見れなかったが、彼女の成長を見守ってきたのだ。

 彼女が、人間と同じように、成長をしてきたのは知っている。気付けば、それなりに大人の女性らしさを纏うようになっていた。精神面で幼い頃から大人びていたのもあったが、外見もようやく追いついてきたところだ。

 

「でも、彼女の遺伝子がどんな状態かを詳しく調べると、彼女は先代の《叢雲》の代役ではあっても、《叢雲》自身ではなかったし、どちらかと言えば、その子孫。でも子孫と言えばそれは御雲くんも同じな訳なんだけど、彼女は厳密に言えば、違う、もっと特殊な状況下にある子孫だ」

 

「あぁ、それで」

 

「つまるところ、彼女は《叢雲》の直系にあたる1等親の子孫なんだ……だから」

 

 

 

 

「―――『原典の楔』が確認された」

 

 

 証篠の顔を見ることができなかったのは、淡々と話そうとする彼女の声が一瞬だけ震えたのを感じたから。

 そして、御雲自身が自らの内から湧きだす吐き気のようなものを抑えるのに必死だったから。

 

 何か反応をしてやった方が良いのだろう。

 そうした方がきっと証篠も楽なはずだ。だから、何か言葉を紡ぎ出そうとした。

 

 喉で空気が詰まる。声が音にならずに、変な固まった空気を吐き出す音だけが漏れ出す。

 感づかれないように、はぁ、と一度長めに息を吐き出した。

 

「私や君が、後何年でこの戦いを終わらせられるのかは分からない。でも、なんにせよこの戦いが終われば、艦娘たちは叢雲を含めて解体されることになるだろう。その時、彼女は15歳だ」

 

 それを聞いて、証篠がまた淡々とした口調で話し始めたが、先程よりも言葉が早い。

 

「残された時間は――――」

 

「もういい。分かった。それだけ聞ければ十分だ」

 そこで止めた。心臓に爪が食い込むかのような苦しさに耐え切れなかった。

 

「御雲くん、これは――――っ!」

 証篠が諫めるかのように御雲の方に身体を向けて、淡々とした口調を止めて呼びかけた。

 それでも、何か言おうとした証篠の口が突然抑え込まれたかのように、流れるような彼女の声が止まった。

 いったい、何を見たのだろうか。御雲には見当が付かなかったが、彼女の目が自分に向いていることからなんとなく察しがついた。

 

「いいんだ。もう……大丈夫だ」

 きっと、酷い顔をしているのだろう。全く、感情を隠すのが下手だ、と自分を笑った。

 分かったよ、と証篠が呟いて、彼女は少し俯いた。

 そして、小さく息を吸ってから、またさっきのように覇気のない口調で

 

「叢雲ちゃんには私からは伝えない。この報告は上にあげるつもりもない。私と、君だけの秘密のようなものだ。でも、これを君が誰かに伝えるかどうかを私が決めることはできない。こればかりは君の自由だ」

 これで以上だ、とそう言った。

 これが全てなのだろう。これ以上、何もない。これは紛れもない現実なのであって。

 ここにきっと嘘はない。

 

「じゃあ、私は戻るね……」

 別に1人にしてくれと頼んだわけでもないのだが、無駄に察しが良い。

 少し深呼吸をしてみた。夜風に乗ってやってきた空気は、夏場とは思えないほどに乾いていて、不思議なほどに身体の中に吸い込まれていった。

 

 

「証篠」

 ふと、去る彼女を呼び止める。

 

「なぁに?」

 立ち止まりはしたものの振り返りはしなかった。

 

「ありがとう」

 どんな結果であったとしても、きっと彼女は迷ったはずだ。

 嘘だって伝えられたはずだ。それでも真実を伝えてくれた。

 この言葉は、その意味を乗せて送った。

 

「ったく……やめなよ、そういうの」

 彼女はそうとだけ言うと、小さく右手を上げて振った。

 彼女には見えないだろうが、御雲もそれに返すように小さく手を振って別れを告げる。

 

 その小さく掲げた手が、拳を作って。

 

 思いっ切り、工廠の壁を殴りつけた。

 

 白い手袋に、赤い塗装がこべりつく。汚れてしまったと笑った。

 

 

 

「誰だね?工廠を乱暴に扱う馬鹿は……君か」

 少し上の窓が開いて、誰かが声をかけてきたが、姿が見えない。

 それはその姿がとても小さかったからで、飛び降りてきたそれが近くの室外機の上に着地して、やや見上げる形でようやく誰かが認識できた。

 

「イヴか……」

 

「その名前は止めたまえ。しかし、いつもに増して酷い顔をしているぞ、司令官よ」

 

「あまり干渉してくれるな。司令官たるもの、抱えるものも多いんだ」

 

「だからと言って、その心労をものに当たるのは良くないな。それに、私は君がその程度でものに当たるような人間には思えないが、どうかね若き司令官よ?」

 

「……壁を殴って悪かった。どうにかしていたよ」

 

「そうか。どうにかしていたのか。ならば納得が行く」

 妖精はヘルメットを脱いで、その場に座り込んだ。

 

「工廠施設の中は暑いな。空調設備の増強を具申したいところだ」

 

「予算があればな。考えておく。というか、工廠にいるのは貴様ら妖精くらいだろう?」

 

「私でも暑いと思うのだよ。それに、艦娘だって自分で整備するために訪れる」

 

「そうか。何かしら対策を考えておくよ。さて、俺は戻らないとな」

 

「よろしく頼むぞ……若き司令官よ。これは多くの将たる者を見てきた私からの些細な助言だ」

 

「なんだ、妖精」

 

「君は若すぎる。日本海軍のお足下、横須賀鎮守府の司令官を任せられるにはまだ青い。意味が分かるか?」

 

「いいや、全く分からんな。俺では不満か?」

 

「普通こういう席に座るべきなのは歴戦の者だ。それこそ、多くの死線を掻い潜り、幾多の栄誉と犠牲を生み、その果てに世の中の渡り方と戦場での生き方を熟知した者が任される。君は『経験』と言うものが圧倒的に少ない。そのせいで君は今―――――」

 見下ろしているせいか。それともその声が姿形に似合わず妙に落ち着きがあり低く重いものだからか。理由はいくつかあったのだろう。ふと、その小さな姿を見上げた時、まるで御雲 月之丈を前にしているかのようなあの威圧感を覚えた。夜闇に在る小さな存在に、畏怖を抱いたのだ。

 

 

「――――逃げ場を失くしている。そんな顔をしていた」

 

「そうか……さすがはこの因縁の戦いの始まりを生み出した存在だけある」

 御雲が浮かべた笑みは自らへの自嘲のようなものだった。

 本当に顔に出さないようにするのが下手だと。

 

「これは助言だ。『逃げ道は用意しておけ』。優秀な指揮官とは部下を逃がす方法と自分を逃がす方法を作戦の他に十分に用意しているものだ。いかなる場においてもだ。逃げるのが巧い者ほど長く生き、そして巧妙であり、聡明なものだ」

 

「逃げ道、か……なかなか難しいことを言ってくれる。ありがたく受け取っておこう」

 

「あぁ、精々長生きすることだ、若者よ」

 

 

 

     *

 

 

 

 ぼーっと天井を見上げていると、どれほど時が流れたのか。

 執務室の扉を叩く音が聞こえた。

 上体を起こし、机に置いていた軍帽を被る。

 

「誰だ?」

 

「駆逐艦《吹雪》です!」

 元気のいい声。やや落ち着きがないところが目立つ少女。

 

「入れ」

 

「はい!失礼します!あの、訓練の追加を申請しに来たのですが……」

 その割に、ちょっとしたところに無駄に律儀で、どこどな軍に属する者としての風格が現れてきた。

 初めてあの町で会った時とは大違いだ。

 

「まだやるのか……熱心だな。いいぞ、自分を追い込んで来い」

 引き出しから小さな書類を1枚取り出し、適当にペンを走らせる。

 確認印を押し、予備を手元に残して、吹雪に手渡した。

 

「はい!ありがとうございます!……あれ?叢雲ちゃんは?」

 

「ちょっと外している……なぁ、吹雪?」

 

「はい、何でしょう?」

 思えば、この少女はずっとあの子の側にいたのだろう。

 あの時、叢雲と言う少女が我を忘れて暴走した時も、この少女が原因だった。

 そして艦娘として正式に横須賀に招いてから、ただの駆逐艦とは思えない活躍を見せ続け、叢雲に次ぐこの国きっての戦力、いわば切り札になるかもしれない存在となっている。

 

「叢雲と、随分と仲が良かったな……その、あれでも妹だ。提督と言う立場でこんな私情を挟むのはきっと良くないことなのだろうが……こんな時にしか言えない。ありがとう」

 

 この少女は、きっと世界を変えるのだろう。そして、他人さえも変えてしまうのだろう。

 だから、変えてほしい。この世界に刻み込まれてしまった愚かな運命さえも。

 

「は、はぁ……どういたしまして」

 変な反応をされたので、どこか気まずく咳払いをしていつもの司令官たる姿を整える。

 

「変なことを言って悪かった。訓練に励んでくれ」

 

「は、はい!失礼しました!!」

 扉を閉めて、トタトタと駆けていく音がしばらく耳に届いた。

 

「さてと、逃げ道を作ることにするか」

 独りの部屋でそんなことを徐に口にしながら、立てていた万年筆を手に取った。

 

 

 

 

 

 




 世界には支えられる命に限りがある。
 まあ、人口が増え続けている現状ではなかなか言い難いですが……。

 ふとした時に感じることがあります。
 まあ、私が思いついた言葉ではなく、知人に言われた言葉なんですけど。
 
 やや余談になりますが、ある日友人と巣から落ちた雀の雛を巣に戻したんですが、その日の帰りに別の雀の死体を見つけました。そのことを知人に話した時に、この言葉を贈られました。

 いつか崩壊するかもしれませんね。増えすぎた命も。
 そんなことを時々考えてしまう、暑い日々が続いています。

 日焼けと熱中症に気を付けてお過ごしください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。