艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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夏イベやっててしばらく止まってました。

挽回して進めていきたいと思います。




 静かな海だった。そこは異様なほどに静まり返っている。

 南方海域は激戦の海と言われているのだが、私たちの行く手には深海棲艦の影は1つも見当たらない。海水は透き通っていない黒色。間違いなく、ここは浸蝕域のはずなのだが、電探にすら深海棲艦はかからない。

 

 その静けさが逆に異様で、少しの恐怖が大きな緊張感になっていた。

 

「吹雪、顔が強張ってるわよ。力抜きなさい」

 前方を進む叢雲ちゃんが振り返って私にそう声をかけた。

 

「そうだ。今は力を抜いておくべきだぞ。いざと言う時に身体が動かなくなる」

 後方の日向さんも落ち着いた口調でそう諫める。

 

「そんなに分かりやすいですか?私・・・・・・?」

 

「分かりやすいよ。周囲を気にしすぎできょろきょろと見渡している。敵はいない。いたら利根の索敵機が見つけているからね」

 そんなに私の挙動はおかしかったのだろうか。

 深呼吸をして肩をあからさまにすとんと落としてみる。少しだけ力が抜けた気がした。

 

「おっ、戻ってきたようじゃ」

 後方にいた利根さんが手を目の上に翳して遠くを見ている。

 零式水上偵察機が青い空の下をすーっと飛んでこちらへ戻ってきていた。

 水上に着水してそれを利根さんが拾い上げる。水偵はそのまま補給作業に移り、私たちは叢雲ちゃんを中心にして一度足を止めた。

 

「では、この辺りで羅針盤を回してみましょうか?」

 夕張さんに促されながら、少し嫌な顔をして叢雲ちゃんが羅針盤を取り出した。

 

「何度も言うけどおかしいんじゃない?羅針盤は回すものじゃないでしょ・・・・・・」

 

「これはそういうものなんですよ。さっさと回しちゃいましょ?」

 納得いかなさそうな顔に私は苦笑いを浮かべて叢雲ちゃんを見ていた。

 彼女の指が私たちの進行方向を指していた針を弾いて、クルクルと方位が記されたコンパスの上を回り始めた。

 

「本当に不思議なものだな。何もしなければただ北を指しているだけの針を艦娘が弾けば別の方向を示す。これはどうなっているんだ?」

 

「妖精の技術の結集ですよ。恐らく艦娘を作り出す技術すら超えた水準のものですけどね!」

 そう夕張さんが胸を張りながら答える。

 最初は半信半疑だったが、この道具の異様さはすぐに分かった。

 現に私たちは今まで一度も会敵していない。最も安全で最善のルートを常に私たちは進んでいるらしい。

 

「0-5-5・・・・・・また結構進路が変わったわね。合ってるの、これ?」

 

「羅針盤には従うな、ですよ。さあ、行きましょう」

 夕張さんの言葉にぞくりと背筋に寒さが走る。

 戒めのように最初に言われたこの言葉がどうしようもなく引っかかる。

 逆らった先に何があるのか。

 気になるのに、艦娘の刻み込まれた記憶、本能なのか。

 それだけはダメだと言うことがなぜか分かってしまう。

 

 肌で感じる気温は随分と低く感じた。まだそんな時期でもないのに。

 

「じゃあ、日向さん。次、お願いします」

 

「心得た・・・・・・零式水上偵察機、発艦ッ」

 航空戦艦である日向さんの飛行甲板から次の水偵が次々と発艦されていく。

 翼が空へと飛び発っていく姿は何度見ても美しい。日向さんの手際の良さは彼女の練度の高さを十分に表していた。

 

「日向さん」

 

「どうした?」

 ほとんど無意識だったのだが、気付いたら日向さんを呼び止めていた。

 

「あっ、いや、その・・・・・・航空戦艦も空母みたいに爆撃とかできるんですよね?」

 

「あぁ、今日は任務の都合上持ってきてはいないのだが。水上爆撃機や水上戦闘機も扱うことができるよ、私は。空母同様にとまではいかないが、そこいらの戦艦とはまた違う。変わりつつある航空機の時代への戦艦の参入としての先駆けとして、私も力になりたいものだ」

 

「へぇ・・・・・・今度機会があったら一緒に戦ってみたいです」

 

「何、生き残ってさえいればいつか機会はある。それに別に見ていて面白いものでもないだろう?」

 

「いえいえ、とても興味深いものですよ!私に言わせてみれば、艦娘の全てが!!」

 思わず熱が入ってしまったが、日向さんは引く事も無く優しい笑みを浮かべていてくれた。

 

「情熱を持つとはいいものだな。君のような存在が時代を切り開いていくのだろう。さぁ、この辺りにして任務に集中しよう」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 静かな海の上を6人の艦娘がただただ進んでいく。

 いくつもの島々が目の端で通り過ぎていき、黒く染まった海の下には生物はいない孤独な世界。

 波を切る音、風を切る音。

 それだけが聞こえるのが、その音だけしかないのが、異様で気味が悪い。

 そして、胸騒ぎに反して何事もなく、日向さんの放った偵察機が居り返して帰ってきた。

 

「なかなか見つからないものですね。随分と遠くまで来ましたけど」

 そう雪風ちゃんが呟きながら、着水していく水偵を見ていた。

 

「弾薬の消耗がないから戦えるけど、燃料の方が尽きるかもしれないわね」

 叢雲ちゃんはそう懸念の言葉を向けた。

 燃料はまだ2割ほどしか消費していない。交戦していれば倍は消費していただろうが、これも羅針盤の恩恵なのだろうか。それでも、手掛かりひとつ掴むこともないまま、悪戯に減っていく燃料を見ているのは先に対する不安をどうしても生んでしまう。

 

「そう言えば、これって帰りにはどうなるんですか?羅針盤に従ってここまで来た以上、まっすぐ帰るって訳にもいかないですし」

 雪風ちゃんが夕張さんに尋ねた。夕張さんは顎に手を当ててしばらく考え込んだ。

 

「多分、まっすぐ帰っても問題はないと思いますよ。会敵する確率こそ平時の作戦時と変わらないくらいであって、元々羅針盤とは進むための装備です。分からない道を調べるものですから、帰る場所が分かっている以上は羅針盤は必要のないものになるんです。私の予想ですが」

 

「得体の知れない敵地に踏み込む時こそその真価を発揮するが、帰り道では大して役に立つ者でもないと言う訳じゃな」

 利根さんはそうまとめながらカタパルトに偵察機を乗せ変えていた。

 

「そういうことです。ですが、帰投中の交戦で皆さんに内蔵されているコンパスに障害が生じた場合には、羅針盤が代わりに道を示してくれます」

 

「つまり、ヤバくなったら全速力で帰ればいいってことよ。この辺りかしらね」

 微速ほどの船速で進む艦隊の先頭で羅針盤の針を指で弾いた。

 銀色の針の半分を赤く塗装され針路を示す。目で追い切れないほどに勢いよく回る針はあるタイミングで磁石に引き寄せられたかのようにピタリと止まる。

 

「3-3-0。利根さん、偵察機を」

 舵を切りながら原速ほどにまで艦隊の速度は上がっていく。

 カシャンと音を立てて、エンジンの音を立てる水偵がカタパルトから放たれた。

 

 扇状に広がっていく水偵たちをしばらく目で追いながらもすぐに意識を周辺の警戒に戻した。

 相変わらず海は静かなままだった。

 

 

 

     *

 

 

「哨戒部隊、帰投っ!!」

 

「小破2隻、その他損傷なし!」

 日はほとんど完全に落ちようとしていた。

 北の海で火蓋が切られた戦いの前哨戦のまたその始まりに満たないが、偵察を兼ねた対潜哨戒に赴いた水雷戦隊が帰投する。彼女たちを迎えたのは余るほどの多くの海兵たち。疲弊していた彼女たちは狭苦しい基地に溢れ返るエネルギーに余計に疲労の色を見せていた。

 

「軽巡由良、以下駆逐艦5名帰投しました。報告書の方こちらになります」

 艤装を工廠の方に預け、損傷した駆逐艦たちを入渠ドックに送ったのち、急いで仕上げた報告書を天霧の下へと届けた。由良はこの不良提督が正直のところ苦手だったが、何とか顔に出すことなく相手をしていた。

 

「あー、そこに置いとけ。てか読むの面倒。簡潔に今説明しろ」

 こんなことを言う始末なのだから、本当に提督としてどうかしている。

 早く報告を済ませて自分も入渠ドックの方に向かいたいなどと考えながら、頭の中で今日の作戦を整理した。

 

「ヒトマルヨンマル、哨戒中最初の潜水艦隊をソナーにより探知。対潜行動を行い、撃沈を確認しました」

 由良率いる水雷戦隊の任務は対潜及び対空哨戒であったため、随伴艦は三式ソナー及び爆雷、更に13号対空電探を役割を分けて配備し、会敵した敵艦に合わせて作戦を展開していった。

 

「その後、3度潜水艦隊と交戦。大半の撃沈を確認。作戦海域にて本戦闘に置いて潜水艦隊以外の敵影は見ず。敵偵察機等も全く見当たりませんでした。対空電探にも感無し。水上電探にも水上艦は一切引っかかりませんでした」

 

「はー、やけに静かな戦いをしてきたな」

 天霧の言葉通り、水面下で行われる戦いは水上からいれば随分と静かなものだ。

 だが、戦場に立つ身からすれば、水面下に潜む敵を探りながら、その敵からの見えない攻撃に注意をして、ありとあらゆる神経を総動員して戦闘を展開する。油断も隙も無い、緊張感と言うざわめきが常に心の中で騒がしい戦いなのだ。

 

「え、えぇ……ですが潜水艦の数が異様に多く、こちらが対潜行動に移る前に軽微ではありますが被弾を許す結果となりました」

 

「十分な戦果だろ。しかし、随分と奥の方に大事に主力は隠していると言う訳だ。偵察の範囲も随分と狭く設定しているな。今回がギリギリのラインを進んでしまっただけなのか。偶然なのか。どう思う?」

 

 突然の問いかけだった。報告に訪れただけのつもりであった由良は思っていたよりも天霧と言葉を交わしていることに少し戸惑いを抱きながらも問いかけに答えた。

 

「えっ?・・・・・た、確かに報告にあった本体の位置からすれば、敵影が潜水艦のほかに見えなかったのは些か疑問は残りますが」

 

「明日の作戦に十分に影響が出る事象だぜ。此方の動きを常に把握されて敵艦隊がこちらの目が届かない位置を移動していたとすれば、今後の作戦で予想外の位置から横腹を殴られる危険性も出てくる」

 

「・・・・・・意外と考えられてるんですね」

 

「ただの作戦じゃねえ。これは大規模作戦だ。たった1つ艦隊を動かすならまだしも、いくつもの艦隊が連携した作戦を展開している。漏れが出ちまえば次に影響が出る」

 

「小さな可能性でさえも許せないと。深海側にそれほどの戦略眼があるものなのでしょうか?」

 

「んなこと知るか。話したこともねえ奴らのこと知る訳ねえだろ。だが、知らないとは恐ろしいものだ、と昔どこかの奴に聞いた。それがないと断言できるほど俺は奴らを知らん。寧ろ、あると考えた方が例え杞憂であったとしても未知の敵に対する戦いとしては正しいだろう。寝首を掻くか掻かれるか。今、この海に在るのはそんな瀬戸際を試している脅威かもしれん」

 眼帯で隠れていない方の目が細まる。鋭い刃物のような目の奥で思案を巡らせている。恐ろしく真剣な顔つきをしている天霧の前で無言のまま由良は立ち尽くしていた。威圧されてしまっていたのだ、こんな執務室の中で殺気に近い気を振りまいているこの男に。

 原因の1つとして、彼が肌身離さず携えている得物のせいもあるだろう。

 

「全て潰す。不安要素は片っ端から全てだ。それが俺の作戦だ、どんな雑魚にでも本気で戦う。徹底的に叩いて一切の反撃の機会も隙も与えない。由良とか言ったか?」

 

「は、はい」

 

「御雲の野郎には話を通す。明日の第2次攻撃が始まると同時に、今日の哨戒部隊を引き連れてもう一度哨戒任務に当たれ。範囲は本日行った海域の更に20㎞沖合までだ」

 

「了解しました・・・・・・」

 

「・・・・・・待ち受ける敵の艦隊も大規模。こっちも当然規模こそあるが、防御の理と言うものがある。同じ数では防御の方が地の利も含めて有利になる。これが道理だ。こっちはそれを上回る練度と戦略、そして度重なる偵察で敵の穴をぶち破る術を考えるまでだ」

 これを考えるのは俺の仕事ではないが、と天霧は言葉を切って由良の方を見た。

 

「他に報告は?」

 

「ありません。以上です」

 

「じゃあ、ついでに球磨と龍驤を呼んで来い。明日の作戦についてと言えば理解する」

 

「はい。では、失礼します・・・・・・あっ、1つだけ言いたいことがありました」

 

「なんだ?」

 

「その、駆逐艦の子たちにサバイバルナイフを携帯させるのはいかがなものかと思いますよ?佐世保の子たちです。あなたのところの子たちですよね?ね??危なっかしいですよ」

 

 血に飢えたような目でナイフに舌を這わせる少女たちを見て、まともな気分でいられるほど由良は歪んではいなかった。流石に爆雷で撃沈した潜水艦の浮遊物を見て「敵の首だ!拾え!戦利品だ!」と飛び込んでいった駆逐艦たちに魚雷が掠めて損傷したなんてことは言えなかった。

 

「・・・・・・悪かった。注意しておく」

 

「お願いしますね?」

 やや語気を強くして念を押す。気まずそうな天霧は面倒くさそうに首を縦に振るだけで、それを切りに由良も部屋を後にした。

 北方の海は舞鶴に比べれば随分と冷たいところだった。それでもただならぬ緊張のせいで相当汗をかいた。それに見合う疲労も感じる。

 恐らく、自分の仕事はこの作戦に尽きるだろうと思いながらもすべてが終わるまで一切安心できない。

 途方もなく長い戦いに思える。それはいつの時代も同じだ。いつも戦場に居る時はこの戦いに終わりがないように考えてしまう。少なくとも、自分の前の終わりは死であった。戦いの終わりをこの目で見た訳でもない。きっと自分だけじゃない。他の艦も同じことを考えているはずだ。

 

「球磨さん、天霧大佐がお呼びですよ」

 同じ軽巡である艦娘がいるはずの部屋をノックした。

 

「んー、あー、由良クマか?今日はお疲れ様だったクマー」

 ドアを開けるとぴょこんとアホ毛を跳ねさせた愛嬌のある少女が現れて顔を合わせるなり労いの言葉をくれた。

 

「はい。なんとか無事に戻れましたね」

 

「あのアホが呼んでるクマか。きっと龍驤さんもお呼びクマ?」

 

「そうですね。おふたりを呼んでくるようにと」

 

「龍驤さんの方は球磨が呼びに行くクマ。由良はもう休むクマ」

 

「えっ、でも・・・・・・」

 

「凄く疲れた顔してるクマ。うちの馬鹿駆逐たちが相当苦労かけたみたいクマ。すまない」

 

「あー・・・・・・まあ、そうですね。確かに結構振り回されちゃいましたね」

 やや常軌を逸していた駆逐艦たちを思い出すとなぜか笑えてきた。舞鶴の白露型たちとはまた違った癖の強い子たちだった。

 でも、相当強かった。戦闘に入れば好き一つなく、一糸乱れぬ艦隊行動を見せてくれた。

 命中精度も高く、戦闘の展開も1つ1つがスムーズで淡々と見えない敵を捕捉しては2度と浮上できぬよう沈めていく。特型に比べれば旧世代の睦月型と言えど、その実力は艦型など関係なかった。

 

「では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

「そうすると良いクマ。お疲れ様クマ~」

 球磨はそう言って早足で空母の部屋の方に向かっていった。

 歩く度にジグザグのアホ毛がぴょこぴょこと踊っていた。そんな後姿をしばらく見守って、由良は回れ右をして入渠ドックの方へと向かっていった。

 

 

 

     

     *

 

 

 

 日が随分と傾いてきた。

 日向さんや利根さんの積んでいる水偵は夜間行動を考慮してはいない。

 夜になればこの作戦は必然的に一時中断となって帰投することになる。

 

「なかなか見つからないものですね」

 雪風ちゃんが退屈そうな私を案じてか、声をかけてきた。

 

「そうだね。もう少し簡単に見つかると思ってたけど」

 

「真っすぐ進んでいる訳でもありませんし、そんなに簡単に見つかるようになっていれば既に見つかってしまっているでしょうし、なんとなく始めから簡単に事が進むようには思えませんでしたけど」

 

「それもそうだね・・・・・・」

 結果、何もしないままに過ぎていく時間。徒労に終わるとはこのことを言うのだろうが、そう思ってしまうのは結果を早くに求めすぎてしまうせいなのか。確かにこの任務は早急にことを進める必要があるのだろう。それでも北方で展開されている大規模作戦中に『天の剣』を発見できればいい。

 時間はまだ十分にあるのかもしれない。きっと私以外はそう考えているのだろう。

 

 私だけが違う時間の流れにいる気分だった。

 その差が微妙な温度差を作り出してしまっていた。

 

 望まずして知ってしまった真実と来るべき未来。今探しているものが一体その未来をどのような方向に導いていくのかは未だ分からないが、それが確実に私たちの未来を左右するものだと言うことは明らかなのだ。

 

 生き急ぎ過ぎている。悠久の時を与えられた艦娘にしては私は生き急ぎすぎなのかもしれない。

 

「・・・・・・ん?」

 そんな中で利根さんの眉が歪んだ。耳に手を当て目を閉じる。

 一気に艦隊内部に緊張感が広まった。今まで以上に静寂に包まれた空気の中で、5人が利根さんの反応をただ待っていた。

 

「方位0-7-5を偵察中の水偵の反応ロスト。どうやらビンゴのようじゃ」

 白い歯を見せて利根さんが笑った。

 しかし、叢雲ちゃんの視線は水平線上に向けられる。

 

「時刻を考えればこれ以上の艦隊行動はあまり勧められないわ。夕張さん」

 

「はい。提督、どうなされますか?」

 私たちは一斉に通信を開き、呉の提督の指示を待つ。

 微速のまま、利根さんだけが偵察機の動向に耳を澄ませる中で進む艦隊。きっと利根さんは偵察機たちに帰還命令を出している。水偵たちが戻ってくれば、作戦続行の可否が問われる。

 

『この好機、逃す訳にはいかないね。該当方角への進行を命じる』

 

「了解・・・・・・艦隊面舵、原速のまま」

 叢雲ちゃんの指示の下で艦隊が一気に動きを変えた。

 反応が消えた水偵の方角へと針路をとり、利根さんの放った水偵たちが帰還するまで原速のまま進み続ける。

 水平線の向こうから零式水上偵察機が数機、帰ってきてそれを利根さんが拾い上げていく。

 

「収納完了じゃ。叢雲」 

 

「艦隊単縦維持のまま第一戦速。前後の間隔に気を付けて進みなさい。突然視界が奪われる可能性があるわ」

 利根さんの合図に放たれた叢雲ちゃんの言葉は静かな海によく通った。

 海が動き始めたような錯覚に陥る。急に船速を上げたせいだろう。

 代わりにいつものようなピリピリとした感覚が肌を駆けて行った。強い何かの気配を近くに感じる。

 

 その予感はすぐに的中した。

 私の前後を進んでいた雪風ちゃんの姿が急に消えた。その前を進む叢雲ちゃんでさえ。

 存在そのものが消えた訳じゃない。突然現れた私の視界を阻むような壁が隠してしまったのだとすぐに理解ができた。耳を澄ませば私ではない誰かが波を切っている音が聞こえる。

 

「叢雲さん!羅針盤を」

 後方から夕張さんの声が聞こえた。少し先程より距離が空いてしまったように感じる。

 

「分かっているわ・・・・・・気味が悪いわね」

 前の方から叢雲ちゃんの声が聞こえて少し安心した。

 

「・・・・・・あら?」

 

「どうかしましたか?」

 叢雲ちゃんのおかしな声にその後ろを進んでいた雪風ちゃんが声をかけた。

 少しの沈黙が流れる。私たちの繋がりさえ絶ってしまいそうな程に濃い白い霧。

 この霧のどこかに『天の剣』はあるのだろう。でも、巨大な雲の中にいるような気分になるせいか、気を抜けば自分が海の上に居るのかさえ分からなくなりそうだ。

 

「艦隊微速ッ!そのまま真っすぐ針路を維持したまま。各装備の動作の確認を行って」

 叢雲ちゃんの声が霧の中に響き渡る。ゆっくりと船速を落としていき、指示通りに装備の動作確認を行っていく。主砲の安全装置を掛けた状態でトリガーを引く。魚雷管の動作。ともに正常だ。

 

 だが、すぐに異常は明らかになった。

 

「あれ・・・・・・?電探がまったく機能してない」

 それは船にとって目であり、耳である重要な装備。それが全く機能していなかった。

 正確には動作こそ正常ではあるが、何も捉えない。前後にいるはずの仲間の存在さえ。

 

「ダメだ・・・・・・電探が使い物にならない。その他は無事のようだが妙だな」

 

「わ、私も・・・・・・ちゃんと整備したはずなのにぃ」

 

「うーむ、吾輩のもじゃ。カタパルトは入念に整備しておったがこちらの方は少し疎かにしておったかもしれん」

 

「いや、恐らく整備どうこうの問題じゃないわ。私のもダメになってる。吹雪と雪風もそうでしょう?」

 

「はい!」

 

「う、うん・・・・・・」

 

「嫌な洗礼ね、全く・・・・・・夕張さん、羅針盤には逆らうな、だったわよね?」

 叢雲ちゃんはしつこく何度も確認したことをもう一度夕張さんに尋ねた。

 

「は、はい。それだけは絶対に守っていただかないと」

 

「じゃあ、これが『来た方向に戻れ』だったらどうすれば言いわけ?180度転進して戻るの?」

 

「・・・・・・はぁ!?」

 叢雲ちゃんの言葉に夕張さんが驚いたような声を上げた。

 

「針が私を指しているのよ。どうすればいいの?」

 

「え、えーっと・・・・・・うーん。全くもって想定外ですね」

 

 羅針盤には逆らうな。逆らえばその先には地獄が待っている。

 つまり、私たちが進む先にはそれが口を開いて待っているっと言う訳だ。ただ私にはそれがどんな形をしたものなのかは全く想像できない。想像できることとすれば、きっと叢雲ちゃんは冷や汗を浮かべながらもうっすらと笑みを浮かべているだろうと言うことくらいだ。そして、彼女は多分進みたがっている。

 だが、その行為は破滅を招くだろう。だからと言って素直に戻る訳にもいかない。逆らえば無事に帰れる保証はない。何かしらの解決策を皆が求めていた。

 

 微速ではあるが着実に地獄の方へと進み続けている艦隊。

 固唾を飲んで誰かが出すであろう決断を待っていた。そんな時に、ふと誰かの言葉を思い出す。

 

「叢雲ちゃん、その羅針盤を雪風ちゃんに回させてみせて」

 そんな提案が突然思いついた。根拠はあるが、確信ではなかった。根拠のない確信とどちらがマシか今はそんなことどうでもいい。何かしなければならない。

 

「えっ?まあ、いいけど・・・・・・雪風、私の場所分かる?」

 

「はい!えーっと・・・・・・捕まえました!」

 

「これ。落とさないで」

 

「はい!受け取りました!これを回すんですね?えい!!」

 前方で2人の会話が聞こえる。雪風ちゃんの手に羅針盤が渡って、彼女の指でその針が回されているだろう。

 

「止まりました!進行方向北に対し北東方向、方位0-4-5!」

 

「えっ・・・・・・変わった!?」

 夕張さんの驚く声が聞こえる。他の人の表情はうかがえないが、きっと同様に驚いた顔をしているだろう。

 

「雪風、針路に探照灯照射。艦隊もその方向に続いて」

 霧の中にぼんやりと明るい箇所が見えた。ある方向を指している。

 そちらの方向に進めと言う意味だ。乱反射して分かりにくいが、光源をなんとか追っていけば着いていけないこともない距離だった。

 

「吹雪、何か確信があったのか?」

 後方から日向さんが声をかけてきた。結構近いところから聞こえたのだが、ぶつかるような距離ではなかったので安心しながら答える。

 

「いいえ、確信なんてありませんでした」

 

「じゃあ、なぜ試した?」

 

「理由です、彼女がここに居る理由。それを確かめただけです」

 

 彼女を連れて行けと言った理由はこのためにあったのだとようやく「確信」を得た。

 彼女の存在そのものが根拠であっただけに、上手く説明はできなかった。強いて言えば直感。

 

「奇跡の駆逐艦、その幸運を確かめただけです」

 

「・・・・・・ふっ、なるほどな。面白い考えだ。後で夕張にも教えてやれ。さっきからずっと考え込んでいるようだ」

 

「ハハッ、理解してもらえませんよ。きっと」

 

 理解しろだなんて無茶な話だ。理解なんてできやしない。結局は幸運でさえ結果論だからだ。

 それでもちゃんとした結果は得られた。それだけの話であって「奇跡」などと言う突拍子もない仮定を仮定とするには不十分過ぎてこれに明確な論理など一切ない。だからきっと夕張さんが求めているような答えはない。

 

 何はともあれ、見えない霧の中に道が開けた。

 後は辿り着くだけだ。存在しないはずの島へ。『天の剣』へ。

 

 

 

 

 

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