「いや~……これは思ったよりも大変だな」
アイツらへ最期の挨拶をしてからバルバレの自宅へ。
普通に考えたら、次のクエストが最期のクエストになるだろう。別に死にたいわけじゃないが、相手はあの黒龍。そんなに甘い相手じゃない。
そんなことで、身辺整理をしているわけだが……ちょいと物が多すぎるな。
まぁ、十数年間ハンターを続け、多くのモンスターを狩り、その素材を集めたのだし多いことは分かっちゃいたが……いや、どうすっかね? このまま碌に整理せず残して逝ってしまったら死後に何を言われるか分かったもんじゃない。
死んだ後くらいは安らかに眠らせてくれ。
「さっきからごそごそと騒がしいけど、アンタは何をやってんのさ」
どうしてか分からんが、山のようにあるこやし玉を前にどうしたものかとため息をついていると、そんな声とともにアイツが俺の家へ入ってきた。
昔の俺はこれだけのこやし玉を何に使おうと思っていたんだ……
「ああ、すまんな。流石に家の中が汚いから掃除していたんだ。あと、こやし玉いる? 今ならいくらでもやれるぞ」
「いるか、そんなもの。それにしても掃除、ねぇ……」
こやし玉、便利なんだけどなぁ。
効かないことは知ってるが、黒龍へぶつけるために持っていこうかな。10個も当てれば、いくら黒龍だろうと嫌がらせくらいにはなるだろう。
「うん、掃除。物がありすぎて全然進まんが」
片付けとかは苦手な性格なんだ。とりあえず溜め込んでしまうタイプ。まさに大剣使いといったところ。
う~ん、これなら加工屋と雑貨屋を呼んで全部買い取ってもらった方が良いかもしれんな。特に防具なんかはサイズの関係で他人へやることもできんし、残しておいたって仕方無い。
武器や素材は誰かにやっちまっても良いけど。
てか、ホントどうなってんだ。こやし玉の数が1000を超えたぞ。こやし玉の何が昔の俺を其処まで駆り立てたんだ。
「……死ぬ気かい?」
作業をしていた手が、止まった。
公表はされていないはず。だから、あのクエストのことをコイツが知っているかはまだ分からない。
「死ぬ気はないよ」
それは本心……だと思う。
でもさ、準備はしっかりしておいた方が良いと思うんだ。きっと何事においても。
「……ギルドマスターから聞いたんだよ。アンタがまた黒龍へ挑むことになったって」
あー、それはまた面倒なことを……公表しないんじゃなかったのか。ギルドの情報管理、ガバガバすぎるだろ。
いや、コイツにくらいは話しても良かったけど、いざ話すとなるとやっぱりアレだろ? だから俺としても、できる限り黒龍のことは話したくなかったんだ。
「まぁ、な……。ただアレだぞ? 本当に死ぬ気はない。現れたその黒龍とやらの様子をちょいと見に行くだけだ」
「はぁ……アンタは嘘つくのが下手ってことを自覚した方がいいさね。悪いことは言わない。そんな馬鹿なこと止めときな。そんなことをしたところで、何の意味もないよ」
あっ、やっぱりそう思う? 俺もそう思ってたんだ。馬鹿なことしてるよなぁってさ。
……けれども、やっぱり俺が行かなきゃいけないんだ。例え無駄死になろうとも、このクエストの適任者は俺だけだ。
アイツに言われた通り、様子見だけで済ませるつもりはない。このクエスト一回に全てを懸けるつもりだ。
死んで当たり前。
身体だけでも帰って来れば儲けもの。
生き残ったら奇跡。
倒すことができたら……伝説ってところかな。
俺が挑むのはそんなクエスト。
「うん、分かってるさ。……よくよく分かってる。それでも――俺は行くよ」
今までは随分とふらふら生きてきた。
そんな俺だけど……そんな俺ではあるけれど、通したい一本の筋くらいはある。
黒龍が現れたとなれば大災害は免れない。つまり、誰かがどうにかしないといけないんだ。じゃあ、誰がやるかって話になるが……俺以外いないだろ。
他のハンターを連れて行くことはしない。連れて行ったところで、死ぬ奴が増えるだけだ。犠牲はできる限り少なくしたい。だからさ、こうやって俺だけが行くのは仕方の無いこと。
な~んて、自分に言い訳してみたり。
「この大馬鹿野郎が……」
ああ、知ってる。
さてさて、言い訳はもう充分だろうさ。
例えどんなに言い訳したところで、俺が死にに行くことは変わらないし、そのことを否定はしない。
だからこれは、バカなひとりの男のバカ話。酒の肴になるかすら分かりゃしない。それでも……それは俺だけが語ることのできる物語なはず。
どうかどうか、笑ってやってくれ。それでようやっと俺は救われるのだから。
「んでさ、申し訳ないんだけど、片付けるの面倒になったから残った素材や装備はお前に任せるわ」
そう考えるとコイツも良いタイミングで訪れてくれたものだ。
なんだかんだ言いつつも、コイツは一番頼りになる仲間。こういうことを頼むのならコイツが一番だろう。
「……断るね。帰ってきてアンタがやりな」
無茶言うな。死んだ後にどうやってやるってんだよ。それに素材や装備に其処までの未練はないわ。
……まぁ、コイツが何を言いたいのかくらい流石の俺でも分かるけどさ。
でも、今回はそんな余裕がないんだ。今回ばかりはいつもの軽口も叩けやしない。
「……頼む。お前にしか頼めないことなんだ」
俺がアイツへ向かってそんな言葉を落とすと、アイツの顔は酷く歪んだ。
嫌な役目を負わせてしまっていることは分かる。でも、今回だけはどうかお願いしたい。ほら、アレだ。一生のお願いってことでひとつ、な?
「……あの娘のことはどうするつもりだい?」
あー……それが何も考えてないんだよなぁ。
流石に何も言わずにさよならってわけにもいかんとは思っているが……
「どうすれば良いと思う?」
「はぁ……情けないねぇ。それくらい自分で考えな」
いや、そんなこと言われてもどうすりゃ良いのかなんて分からんって。
あの娘――受付嬢には沢山世話になった。んで、俺としても伝えたいことだったり、残したい言葉はあるわけだが……どう考えたってそんな言葉をもらっても迷惑だろ。最期の言葉と言えば響きは良いが、重いなんてレベルじゃない。下手したらトラウマになるぞ。
だから、あの受付嬢には俺のことなぞさっさと忘れてもらうのが一番なんだが……そう上手くいくもんでもないしなぁ。
そんなことで、あの受付嬢には何も伝えないでおこうと思っていたり。
自分が逃げていることは分かっているが、身近な人間の死ってのはなかなかに、重い。
「――なんて考えてるんだが、どうだ?」
「論外。うだうだ言い訳してないで、さっさと行ってきな」
一刀両断。取り付く島もない。相変わらずのスパルタだ。
「結果的に言った方が良かったのか、言わない方が良かったのか……そんなことあたしにもわからない。でもね、もし何も言わずにアンタが逝っちまったら流石のあの娘でも怒るよ」
ん~……それは嫌だなぁ。
やっぱり、あの受付嬢には嫌われたくない。例え死んだ後だろうが。
「とは言ってもどうせアンタ、行かないんだろう?」
うん、その予定だった。
「はぁ。ホント、情けないことで……なんだってこういう時ばかり臆病なのさ。もういい。あたしがあの娘を連れてきてやるから、アンタは此処にいな」
あらやだ、このゴリラさんったら強引。
えっ? ちょっと待って。心の準備とかそういうものが全くできてないんだが……
そんな俺の感情など無視して家を出ていこうとするアイツ。鬼だ。いやゴリラか。
ただ……そんなアイツの不器用な優しさは悪くないと思ってしまう自分がいたりした。
「……ありがとう。お前のこと、嫌いじゃなかったよ」
だから、普段は絶対に言えないような素直な気持ちを乗せて、アイツの背中へ向けて言の葉を落としてみた。
このひねくれ者もこんな時くらいは素直になってくれるらしい。
「はっ、気持ち悪いね。ただ……あたしもアンタのことは嫌いじゃなかったよ」
俺の言葉に対し、そんな言葉を落としてからアイツは出て行った。
ありがとう。
さようなら。
後は色々と頼んだよ。
んで、次はあの受付嬢、か。
伝えなきゃいけないこと。残さなきゃいけない言葉があるのは分かっている。俺がアイツらを失ってからもどうにか此処まで来ることができたのは……あの彼女のおかげなのだから。
普段通りに接してくれた彼女に救われた。
普段通りの言葉を落としてくれた彼女に救われた。
アイツを――兄を失った彼女は俺以上に悲しかったはず。大声を出して泣きたかったはず。
それでも彼女はいつも明るくて、彼女の前ならこんな俺でもおどけることができて……そんな優しい彼女に俺は救われたんだ。
それなら感謝の気持ちだとか、色々な想いを乗せて少しばかりの言葉を落としてみよう。きっとこれが俺と彼女が交わす最期の言葉になるのだから。
アイツが用意してくれたこのチャンス。でも、まぁ……いつも通りにやってみっかね。
この物語を終わらせるには、それくらいが丁度良いのだから。
◆ ◆ ◆
あの彼女に言われ、私は直ぐに彼の家へ向かいました。
今は仕事中。だから、本当ならそんなことをしてはいけないこと。けれども、ギルドマスターから行っておいで、と言われた私にはそんな道しかありませんでした。
「はぁ、私は仕事中だと言うのに……いったいどうしたんです?」
久しぶりに訪れた彼の家は、懐かしさを感じるとともに悲しさのようなものが溢れていました。
「いや、ほら、仕事を抜け出したことの背徳感を味わいながらのデートでもと思ってさ」
「ぶっ飛ばしますよ?」
「やめてください。興奮します」
それはいつも通りの私と彼の会話。
そこにどんな意味があるのかも分かりませんが……それを悪いと思っていない自分がいたりするものだから、手に負えません。
……アレから3年。
彼はよく笑ってくれるようになりました。
私の兄と私が姉のように慕っていたふたり――彼とパーティーを組んでいたあのふたりが帰らぬ人となってから3年。
雨の降る中行われたふたりの葬儀で、私は泣きました。人間、こんなにも泣くことができるんだって思ってしまうくらい泣きました。
だって、それほどにあのふたりを失ってしまったことが大きかったのだから。
けれども、彼が泣いたところは一度も見ていません。
目の前で親しい人をふたりも失い、誰よりも辛いはずの彼は一度も泣きませんでした。
その時だったかなぁ。この彼のため、私が頑張ってみようと思ったのは。
ふたりを失った彼がどうしてまだハンターを続けたのかは私にも分かりません。それでも、そんな彼の力となれるよう、私なりに頑張ってみたつもりです。
上手くできたとは思っていない。でも、よく笑ってくれるようになった彼を見ると、間違ってもいなかったのかなって思うのです。
「それで? 今日はどんな用事なんですか?」
トクリ、トクリと私の中の何かが跳ねて、何かが溢れ出しそうになる。
どうしてあの彼女が彼のところへ行くように言ったのかは知っている。
この彼が何をしようとしているのかも分かっている。
でも……私にできることはいつも通りに接してあげることだけなんです。なんでもないフリをしていつも通りの会話を交わしてあげるくらいしか私にはできない。
そして、この彼もきっとソレを望んでいる。
「あー、その……あ、愛の告白的な?」
「……仕事に戻ります」
「嘘! 嘘だから! お願い待って!」
これはいつも通りの彼と私の会話。そんな会話なはず。
そんな会話なはずなのに――何かが溢れそうになる。
けれども、ソレは溢れさせちゃダメなことで、必死になってどうにか耐えてみる。
昔からずっとずっと好きだった人のために私ができることはそれくらい。
でも――
「ありがとう」
そんな彼のたった一言を聞いただけで……私の目から何かが溢れた。
だって、その一言にどれだけの想いが込められているのかは私にも分かったから。
溢れさせちゃダメだって分かっている。いつも通りに接してあげなきゃいけないって分かっている。
けれども、私の目から溢れる雫が止まらない。
「……私が止めたら行かないでくれますか?」
「ごめん」
ずっと溜めてきた何か。
「……帰ってきてくれるって約束してくれますか?」
「ごめん」
色々なものが合わさったそれらが溢れ出す。
「……きっとまた私の隣で笑ってくれるって言ってもらえますか?」
「ごめん」
ソレらを止める方法が分からない。
こんな予定じゃなかった。いつも通りの会話をして、なんでもないようなフリをするはずだった。
でも、私はそんなに強い人間じゃなかった。どれだけ頑張ろうと、自分の気持ちを抑えることなんて私にはできない。
「……ばか」
「……ごめん」
視界がぼやける。
そんなぼやけた景色の先にいる私の好きな人は、困ったような顔をしながらも優しく笑ってくれていた。
貴方に好きと言いたくて。
でも、もし私がそんな言葉を落としてしまったら、彼を苦しめることは分かっていたから――
貴方に好きと言えなくて。
「……申し訳ないけどさ。今回ばかりはちょいと厳しいんだ。だから約束はできない。約束はできないけど、まぁ――」
「帰ってきたら結婚しよっか」
ぼやけた景色の先、優しく微笑みながら彼が言葉を落とした。
どうにかギリギリで耐えていた私もそこまで。その言葉を聞いた私は3年振りに声を出して泣いた。
「……それで、いつ出発するのですか?」
どのくらいの時間泣いていたのか分かりませんが、少なくとも3年分は泣いたんじゃないかってくらい私は泣いた。
この顔じゃ、仕事に戻ることもできなそうだ。でも、今日くらいは許してもらおうと思う。
「んと、準備とかもあるし
二日。それは彼と一緒に過ごすことを約束できる時間。
短いなぁ……
「もし、私が来なかったらどうするつもりだったんです?」
「あー……その時はこっそり出発しようかなぁ、と」
はぁ、やっぱりですか。
彼があの黒龍と挑むことを聞いたのは先程のこと。あの彼女が教えてくれなかったら、どうなっていたことやら……
「怒りますよ?」
「いや、悪かったって」
とは言え、それが彼なりの優しさだってことくらいは私も分かる。
私が他人のことを言えたものじゃないですが……貴方、不器用ですもんね。
「とりあえず、あと二日は暇ってことですよね?」
「いや、だから準備しないといけないから暇ってわけじゃなくてだな……」
「暇ですよね?」
「はい、暇です」
これが最後になるなんて思わないし、思いたくもない。
でも、こんな時くらいは甘えても良いのかなって思うのです。
「じゃあ、明日は私に付き合ってくださいよ。私も休み取りますし」
「あー……はい。喜んで」
困った顔をした彼。
そんな彼を見て私はクスクスと笑った。
お互いに不器用どうし。どう接すれば良いのか私だって答えは見つかりません。でも、もう少しほど素直になってみようかなって思います。
「それじゃ、今日はこれで帰りますね。明日はお願いします」
「あいよ。此方こそ、よろしく頼む」
最後にそんな言葉を交わしてからふたりで笑ってみた。
一年後も十年後もそうやってふたりで笑っていられれば良いなって思いながら。
そして、次の日の朝。
彼は誰に見送られることもなく、ひとり静かにクエストへ出発しました。
「はぁ、出発は二日後だって言ったじゃないですか……」
ため息がひとつ。
誰もいない彼の家の中で私の口から愚痴が溢れる。
ただ、こうなるんだろうなってなんとなく分かっていた自分もいて……彼らしいと言えば、彼らしいのかなと思い、静かに笑ってみた。
「……ホント、自分勝手」
誰もいない家の中、雫が落ちた。
それからさらに二日後。
帰ってきたのは、彼が黒龍を倒したという情報と――砕けた彼の大剣だけでした。
次話で完結となります