おとともメイン。
鍵点用シャーロットSS『ロミオとジュリエット』
その日。星ノ海学園では今度行われる学園祭に向けたクラス会議が行われた。進行を務めるのは生徒会長でもある友利奈緒である。あまり気の進む仕事ではないが、役職上面倒事を押し付けられるのは頻繁にあった。
「……さて。我がクラスの出し物は『演劇』まあ、これまた高校生の出し物らしいベターなところに決まったわけですが」
何となく毒のある言い回しだった。彼女らしいといえば彼女らしい。
「題目は何にしましょう」
題目。流石に完全オリジナルストーリーとなると陳腐なものになりやすい。大抵は既にある、有名な作品をパクる――もといリスペクトして作られる事が多い。その方が安心感はあるのだ。今回の場合もそうするようだった。
いくつかの有名な作品が黒板に書かれていく。多数決で候補を絞っていく。その中から選ばれたのは『ロミオとジュリエット』だった。シェイクスピアの作った戯曲。それの中でも最もポピュラーな作品だった。端的に言えばラブストーリーである。もう少し詳しい説明は後述する。
「では、演じる作品は決まったようですね。次はロミオ役とジュリエット役を決めましょうか。じゃあ、ジュリエット役から」
「はい!」
高城は挙手をする。
「高城君。話聞いていましたか? ジュリエット役。ヒロイン役ですよ。男のあなたが立候補してどうするんですか」
「いえ。違います。私が立候補したいわけではありません。私は推薦をしたいんです」
「推薦ですか――誰か聞くまでもなさそうですが」
「そう! 私はジュリエット役にゆさりんを推薦します!」
「俺も! 俺も!」
「そうだよ! ゆさりん以外にありえねーって!」
「ゆさりんならドラマとかにも出てるし、これ以上の適任はいねーって」
高城の言葉にクラスの男連中も同調する。柚咲は女性人気も高い。女性陣からの反発もなかった。
「……じゃあ、西森――いえ、黒羽柚咲さんで」
黒板にジュリエット役黒羽(西森)柚咲と書かれる。
「いやー! お恥ずかしいです。皆さんの期待に応えられるように頑張ります!」
柚咲は
「じゃあ、次にロミオ役!」
「はい!」勢いよく挙手。高城だった。
「俺だって!」
「俺も! 俺も!」
男子の半ば全員(乙坂以外)が挙手を始める。
「あー。これじゃもう収まりがつきそうにありませんね」
友利は溜息をつく。
「じゃあ、公平にくじ引きにしましょう」
(待て。僕は別に立候補していない)
そう言いかけた乙坂ではあるが。手際よく男子生徒の名前が描かれたクジ箱が作られていく。まさか、確率は低い。当たる事なんてないだろう。そう思っていた乙坂は黙って様子を見る事にした。だが、嫌な予感がした。
「えーっと。……ロミオ役は『乙坂有宇』君になります」
「ええー!」
「なんで乙坂ばかりおいしい事ばっか」
「生徒会もゆさりんと一緒だし。なんか怪しいよなー」
男子生徒の不満の声が集中する。
「えっと、ほんとに僕がやるのか……」
乙坂の嫌な予感は的中した。
「えっと。よろしくお願いします」
翌日の放課後から、早速ではあるが練習が始まった。とはいえ衣装や小道具などはまだできていない。これから作るところだ。今のところは制服のまま演技をする事になる。
「えっと。よろしくな」
とはいえ、生徒会でよく知った中だ。そういう意味では気恥ずかしさがあまりない分、他の女子よりは気楽といえば気楽だった。
「これが高城の書いた脚本か」
それから程なくして高城は脚本を書いてきた。ロミオ役を落選した高城は仕方なく脚本の役職に就いたようだ。だがこれが適任だった。見た目通り文才があるようだった。どことなく文系チックな見た目をしているだけの事はある。
『ロミオとジュリエット』
先ほど説明したようにシェイクスピアの戯曲であり、有名作だ。簡単に説明してしまうと、主人公ロミオとヒロインジュリエットは出会い、恋仲になるがお家の事情より二人の関係は引き裂かれてしまう。最後に駆け落ちをする為、仮死状態になる薬を飲んだジュリエットを本当に死んだと思ったロミオは自殺してしまい、最後にはジュリエットもその後を追ってしまう。言わば悲恋のストーリーだ。だが、高城の書いてきた脚本はラストが異なっている。
仮死状態になったジュリエットは目を覚まし、ロミオと再会を果たす。そして最後はキスシーン。典型的なハッピーエンドだった。
良い改変と言えるかもしれない。その方がわかりやすく、演劇も盛り上がる事だろう。
そして、二人は演劇の練習を始めた。
「ああ……ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」
その様子を物陰で、一人の少女は見ていた。友利奈緒である。彼女は音も立てず、その様子を見ていた。
学園祭の準備は進む。道具の準備。衣装の準備。会場の設営。演劇の練習。長いようで短い時間は瞬く間に過ぎていく。学園の飾りつけは進んでいく。他のクラスも当然のように出し物があるし、様々な準備に追われていた。そして、ついに開催を明後日に控えていた。
――その時だった。唐突にアクシデントが発生する。その日の朝。学園祭に向けたクラス会議が行われていたその時だった。
「え? そんな――ゆさりんが出演できないなんて」
「ごめんなさい! 急に外せない収録が入っちゃって。柚咲もなんとかスケジュールを調整しようと思ってたんですけど、マネージャーがどうしてもダメだって」
柚咲はそう謝る。無理もない。彼女は多忙極める人気アイドルなのだ。こうなる可能性はある程度推測できた。なにより彼女なりに精一杯にやった結果だったのだ。だから彼女を責められるはずもない。大人からすれば、高校の学園祭など大した価値はないと思われるかもしれない。だが、当の本人達からすれば一生に一度しかない、大事なイベントだった。そのイベントが台無しになるかもしれない。そのショックは計り知れなかった。
「け、けどどうするんだよ。明後日はもう学園祭だぜ」
「だ、代役って言ったってどうするんだよ」
「む、無理よ。一日で台詞覚えられるわけないし」
皆慌てふためいていた。代役が務まりそうな女子などいないと思われた。
――その時だった。
「あー。じゃあ、私やりましょうか」
「友利」
驚いたように声をあげる乙坂。
「なんすか。私じゃ嫌っすか?」
「い、いや。そうじゃないけど」
ただ、意外だった。あまり彼女はこういった学校行事に積極的でない印象があった。だから驚いたのだ。
「け、けど大丈夫。もう台詞覚えている時間あまりないよ?」
女子の一人が不安そうに言う。
友利はジュリエットのセリフを諳んじ始めた。よどみがない。そう、まるで自分が出演する予定だったように。
クラスメイト達は頷く。他に方法がない。そう、ここは友利に賭けてみる事にした。
学園祭初日。
「……友利。準備は」
ロミオの衣装に着替えた乙坂は舞台袖にいる友利に声をかける。いつもの制服とは異なり、友利はドレスを着ていた。思っていた以上に煌びやかなその姿に乙坂は思わず息を飲む。
一応昨日通しでやった時に見たのだが、改めて見ると想像以上に似合っていて若干気後れした。
「なんですか? 似合ってないですか?」
「い、いや。そんな事ない」
「それより、そろそろ始まりますよ」
舞台があがる。これより、学園祭の出し物である演劇が始まる。
「有宇お兄ちゃん! がんばってなのですぅ!」
妹の歩未のエールが聞こえてきた。場内に笑いがこぼれる。
他にも熊耳、隼翼、目時、前泊、七野などの姿もあった。そして、他にも大勢の観客が押し寄せていた。
劇が始まる。そう、「ロミオとジュリエットが」
「ああ……ロミオ。あなたはどうしてロミオなの」
その日。友利の演技は普段の淡泊な印象とは程遠く、迫真の演技と言えた。
拙いながらも乙坂はロミオ役を務める。
――そして、最後にクライマックスのシーンだ。
家の抗争から逃れるために、ジュリエットは仮死の薬を飲む。死んだと思っていたロミオは涙ぐんでいた。しかし、ジュリエットは目を覚ます。そして二人は永遠の愛を誓い、キスをする事になる。
(勿論、振りでいいんだよな)
建前上はキスをする事になっているが、そんな事するわけがない。とはいえ、振りはしなければならない。とはいえ観客にバレないように、キスした感じは出さなければならない。
その距離感が難しかった。
「えっ?」
小道具に躓き、勢い余ってしまう。
「んっ?」
唇と唇が合わさってしまった。一瞬、ジュリエット役の友利は大きく目を見開いた。しかし、場内の空気を壊さない為か、黙って目を閉じる。
そして、場内に拍手が巻き起こった。
こうして無事、学園祭の出し物は終了したというわけだ。
エピローグ。
「すまなかった、友利」
乙坂は謝る。
「なにがですか?」
「そ、その。事故とはいえその……」
「あーっ。思い出させないでください。今必死に忘れようしてたんですから」
友利は目を反らす。
「あれは劇で起きた事です。全ては演技です。それ以上でもそれ以下でもありません。わかりましたか?」
「わ、わかった」
有宇は頷く。
「なぁ、友利。なんであんなにすらすら台詞が言えたんだ?」
「なぜって。ずっと見てたからです」
「それって――つまりは」
意識していたという事だろうか。有宇と柚咲がロミオとジュリエットを演じるという事を。
「うぬぼれないでください。別に、他にやる事なかっただけです」
友利は背を向けた。その時、一体友利はどんな表情をしていたのだろうか。その言葉は本当だったのか、嘘だったのか。
こうして星ノ海学園の学園祭は終了した。そして、二人にとっても忘れられない学園祭になったようだ。
【完】