RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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モリモリモリアガッテキマシタ


第七十話 崩壊の足音(前編)

 

「スバル君、お茶は如何でしょうか?」

 

 大。

 大きいことはいいことだ、と人は言う。

 確かに大きいものは良い。夢がいっぱい詰まっている。

 その起伏のある稜線(りょうせん)に心踊られない人は、そうそういないだろう。

 

「それでね、カリオストロと来たら──」

「あー分かる。おししょーと来たら、もういつでも自分一人で抱え込んじゃってさぁ……」

 

 中。

 何事もほどほどが良い、と人は言う。

 大きすぎず、小さすぎない平均というのもまた観物だろう。

 なだらかなラインは成長の兆しであり、その変化も楽しみの一つになる。

 

「カリオストロさんが暮らしてた所って、凄いキレイなんですね!」

「ありがとうございますお客様。メイド冥利に付きます」

「っつーか、なんでアタシらまで呼ばれなきゃ駄目なんだよ~~……はぁ」

「……うるさくて、おちおち本も読めないかしら」

 

 小。

 慎ましいくらいが丁度いい、と人は言う。

 空気抵抗が存在しない、あるかないかの瀬戸際。

 好みは別れるが、好きだという人は一定数いるものだ。

 

 ロズワール邸内。その中でも最も広い部屋。

 そこはいまや女子会の様相を見せていた。右を見ても左を見ても美少女、美少女、美少女……その中に混ざっている自分(スバル)はひょっとしなくても場違いなのではないか、と考えてしまうほどだ。

 

「今の話と~っても気になるわ。もっと教えてもらってもいい?」

「いいよ~、これはね。おししょー様が本当に大ピンチになっちゃった時で……ねールリアちゃんっ☆」

「この時は驚いてしまいました。あんなカリオストロさんは初めて見たので……」

 

 仲睦(なかむつ)まじく話に花を咲かせるルリアとクラリス、そしてエミリアだ。

 エミリアは特にカリオストロの過去話などにとても興味があるようで、先程から何度も二人に話をせびっており、クラリス達も嬉々として教えている。

 

「それで、ここに何日いればいーんだよ?」

「分かりかねますお客様。傲慢を倒せれば解放になると思いますが」

「んなこた分かってんだよ。それで肝心の"ごーまん"とか言うのはいつ来るんだよ」

「分かりかねます。お菓子のお代わりは如何でしょうか」

「もらうに決まってんだろ!」

 

 ぶつくさと文句を垂れ続けるのはフェルトだ。

 急遽(きゅうきょ)ラインハルト邸からロム爺を置いてきぼりにした上で連れ出された彼女は、椅子上で落ち着きなく貧乏ゆすりを繰り返してはお菓子を貪り続けている。

 何度となく応対を迫られているラムは明らかに面倒臭がっており、質問されるたびにお菓子を与え続けていた。

 

「はぁ~……折角にーちゃと一緒なのに、何で他の有象無象がついてくるのかしら。全く。全くなのよ」

「辛抱しておくれベティー。僕の愛娘を狙う変態共に痛いお灸を据えないと……にゃむにゃむ」

「何でオイラも膝に乗せられてんだよぉ……にゅむにゅむぅ」

「サラマンダーの精霊なんて初めて見たのよ。同じ精霊繋がりで親交を深めてもバチは当たらないかしら」

「んな!? オイラはサラマンダーじゃねえ!」

 

 椅子にゆったりと座り込んでごちるのはベアトリスだ。

 膝上にパックとビィを乗せて、その頬の柔らかさを堪能し続けている。

 

 目下最重要保護対象であるスバルを差し置いて、思い思いにくつろぐメンバー達。これにはスバルも『これから傲慢が襲撃してくるのに何を気を抜いてるんだ』と喝を入れるべく表情を険しくする……事もなく。期せずして女子会のようになっている現状が落ち着かないのか、目の置き所を探してそわついていた。

 伊達に前の世界では引きニートはしていない。美少女たちに囲まれるという類稀なる経験に、スバルがキョドらない訳がなかった。

 

「スバル君、大丈夫ですか? 何か心配でも?」

 

「あ、あぁいや……別に心配っつーか落ち着かねーっつーか」

 

 レムに至っては専属メイドです、と言わんばかりにスバルの傍につき従い、その一挙手一投足に対し、過保護なまでサービスをしてくれる。いつもの光景ではあるものの、同じく絶世の美少女であるレムにされると、緊張が加速してしまう。

 

「……まあ気を張り詰めすぎも駄目だよなって。傲慢の襲撃タイミングがいつになるか分からねえし、ずっと緊張してても疲れるだけかも」

 

「はい。その通りだと思います。それでしたらお茶でも飲みますか?」

 

「もう3杯は飲んだんだよなぁ……」

 

 作戦開始当初こそ、皆が襲撃に備えて気を張り詰めていたものだが、それが保ったのは最初の数時間だけ。今では緊張とは無縁の現状になってしまっている。

 無論、気を抜く=傲慢に隙を見せるのと同義。しかしながら待つというのは、暇なのだ。四六時中緊張など出来ようはずもない。

 

(とはいえ、こうやってだらけてられるのはベア子のお陰なんだよな)

 

 ベアトリスの能力は屋敷内の扉の出入りを制御できる『扉渡り』だけでなく、屋敷内であれば誰がどこにいるかも感知が出来る、言ってしまえば高精度の感知センサーをも持つ。下手に侵入すればたちどころにベアトリスに感知されてしまう。

 

 加えて言えば、この部屋は2階中央に位置する、唯一の窓のない部屋。

 侵入口は正面の扉しかない以上、扉の出入りを制御できるベアトリスが許さない限りは、この部屋に辿り着くことは出来ない。

 

(それに加えグランとラインハルト、加えてロズワールとカリオストロが二重三重に警戒していると来た。なんつーか、普通の敵だったら不憫に思えるくらいに盤石なんだよなぁ……)

 

 だからこその皆のくつろぎ様なのだが、それで絶対に安心できるかと言えば、そうではないとスバルも思っている。

 恐らくはここいる面子の中で真にカストールを脅威と感じているのは、スバルだけだろう。

 世界が滅ぶ様子を見た。

 王都が崩れ落ちる瞬間を目の当たりにした。

 そしてそれを為したのは、間違いなく傲慢なのだ。

 

(……任意セーブ持ちの無限コンティニューってのがずるいよな。しかも俺のように弱いんじゃなくて強いと来た。卑怯にもほどがあんだろ……俺の方は任意セーブ不可で戦闘力皆無ってさぁ……っていやいやいやいや! 愚痴ってる暇はねえ! しっかりしろナツキスバル……!)

 

「スバル君!?」

 

 自らの頬を強めに叩いたスバルに、レムが慌ててお絞りを用意する。

 

(考えろ。傲慢は籠城した俺達をどうやって攻略する?)

 

 両頬をおしぼりで挟まれながら、スバルは思考を続ける。

 

 侵入してすぐに傲慢は気付くだろう。スバル達に何時までたっても会えない事を。

 闇雲に扉を開けても永遠に出会えず、まごまごしている内にラインハルトとグランがその場に向かう。そうなれば傲慢は撤退あるいは、やり直しになる。

 

(根性と技量だけでは限界の筈。だから、真正面から侵入はしてこないと考えた方がいいだろうな……じゃあどうするんだ? 屋敷から誰かが出てくるのを待つ……とかか?)

 

 例えば食事。例えばお手洗い。

 あとは……何らかの理由で外出しなくてはいけなくなったなど。

 

(食事……については目下問題なさそうだな。保存食は部屋に持ち込んだんだ。数か月は持つ。となると、やっぱり生理的な問題ってのが付いて回るだろうな)

 

 流石にトイレを部屋の中でしろ、というのは難しいだろう。

 不運にも部屋の中にトイレが隣接している訳ではないため、都度ベアトリスにトイレまでつなげて貰う必要がある。

 

(……トイレ中に殺されるのだけは嫌だけど、実際ありそうなんだよなぁ。後は……本当に忘れた頃に襲い掛かってくるとかか?)

 

 襲撃がないように思わせ、油断して巣から出てきたところをブスリ。それもまた常套手段だろう。

 実際の所、一か所に何十日も、何か月も、何年もいるというのは、かなり辛い事だ。引きこもりをしていたからこそ分かる事もある。

 

(襲撃タイミングが分かってればいいんだけどなぁ、それさえ分かれば対策出来るんだが……)

 

 ふと、相棒(カリオストロ)の事を考える。

 カリオストロもこの問題については当然ながら行きついていただろう。

 詳細は語らなかったが、何かしらの当てがあると言わんばかりにロズワールと二人きりになるように仕向けていた。なるほど確かにロズワールには怪しさしか感じない。

 

(あの矛盾だらけの行動、一体何が目的なんだろうか……)

 

 手紙を出し、事ここに来てエミリアを死に至らせて何のメリットがある?

 その時以外でも殺すチャンスなんて無限にあるだろうに。

 

(正直、アイツが魔女教でしたって言われも俺は驚かないけど、それにしてはレムが反応しないんだよなぁ……ん?) 

 

 ふとスバルは違和感を覚える。今一度部屋を眺め直すと、その隅に誰かの気配を感じたのだ。

 よくよく意識を向けると、そこにはトンチンカンの三人がいた。

 彼らは体育座りをしながらひたすら存在感を隠しており、(うつむ)いたまま一言もしゃべらない。なんというか、彼らの一体だけ空気が淀んでいるようだった。

 

「あ、あー……おーいお前達? もしもーし」

 

「……んだよ」

 

 見るに見かねてスバルが声をかければ、陰の気を漂わせた大中小のうちの(ラチンス)が顔を上げた。元より細身であった彼の顔は、心なしがげっそりとしているような気がした。

 

「いや、そう言えば居たなって思ってて……大丈夫か?」

 

「……大丈夫に見えるかよ」

 

「だ、だよな……それで何だってここに居るんだ?」

 

「……あァ!?」

 

 スバルの質問に対し、ラチンスの沸点は一瞬で超えたようだ。

 

「お前らがオレ達を招集させたんだろうがよォ! 誰がこんな死地に好きで来たがるか!」

 

「お客様」

 

「ヒィッ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいすみません!!!!」

 

 まあその怒気は、すぐにレムの笑顔によって一瞬で霧散したのだが。

 

「いや、俺はお前達の事は呼んだつもりはないんだけど……来るにしても、てっきりロム爺が来るのかと思ってたぞ」

 

「俺らもそう思ってたよ……だがあのデケエおっさんは聴取だかなんだかがあるつって連れてかれちまったし、ラインハルトの奴が大将のお守りに必要だっつって無理矢理連れてこさせたんだよ……」

 

「大将? あぁ……フェルトか」

 

 彼女がトンチンカンの3人を手下に置いていたというのは知っていた。同じ貧民繋がりで思う所があるのか、それとも別の理由か。ふとフェルトを見ると、何だよ、と睨みつけられた。

 

「蓋を開けてみたらこれから魔女教のやべえ奴に襲われるとか、そしてこれから迎え撃つとか……冗談にもほどがあるだろ!? まさかホーシン商会の企みに乗った罰で、俺達は囮として使われるのかよ!?」

 

「ラインハルトに限ってそれは流石にないんじゃねえのか……?」

 

「信じられるかよ! ほら、見ろよ! ガストンなんかお前のところのちびっ子に会ったせいでトラウマを再発させてやがる! どうしてくれるんだよ!?」

「うぅ、うぅぅ~~~~っ……帰りてぇよ……帰りてぇよぉカンバリィ……!」

「ガストン、大丈夫だ。俺達はきっと死なねえ……た、多分死なねえよォ!」

 

「いやそっちは自業自得だろ……」

 

 しかし憔悴(しょうすい)しきった三人を見て、スバルも流石に憐れむ。

 小悪党ながらも彼らも必死に生きようとしていたのだ。

 結果としてこのような事になったが、自分もエミリアと出会わなければこうなっていたかもしれないと思うと、励ましてやりたくはなった。

 

「あー……ホラ。いつ襲ってくるかは分からねえし、怯え続けても疲れるだけだぜ? 何のためにラインハルトやグランを矢面(やおもて)に置いたと思ってんだ、大船に乗ったつもりでいたらどうだ?」

 

「あの話を聞いて安心できるかってんだよ……グランとか言うのはやられちまったんだろ?」

 

「でもラインハルトは居るんだぜ? アイツがやられると本当に思ってるか?」

 

「……いや、それは……まあ……」

 

 やはり地元民にとって剣聖ラインハルトは絶対的象徴。その信頼もかなり高いようだ。

 

「そういうこった。後は乗るか反るかだから、大人しくどうなるか見届けていこうぜ」

 

「お、おぉ……お前、何か……ムカツクな」

 

「あれ!? 俺今いいこと言ったつもりだったんだけど!?」

 

「お・客・様?」

 

「「「ヒィィィッ!!?」」」

 

 三人の悲鳴が合唱のように鳴り響いた。

 その時だった。

 ベアトリスが不意に何かを察知したのは。

 

「……っ」

 

「あぁ……? んだよゴスロリの嬢ちゃん……? 何かあったのかよぉ……?」

 

 腕の中でぐったりしていたビィが聞き返すと、ベアトリスは表情を変えずに頷いた。

 

「森……」

 

「森? 森がどうしたんだいベティー」

 

「森の方から何か来るかしら。それも、凄い数の何かが」

 

 

 

§ § §

 

 

 

「──……他に何を(たくら)んでいるんだ? 洗いざらい話せ」

 

 本邸とは別の、別荘に当たるこの屋敷は、別荘と言うには(はばか)られる広大な敷地面積を誇っている。部屋数であれば団体客であれど余裕を持って宿泊可能なほどだ。

 たかだか数十人程度なら確実に持て余すであろう広大な施設。その廊下を、カリオストロとロズワールが二人して歩いていた。

 

「おやおや。()()()二人きりでお話するというのに、そのように詰問(きつもん)されるとは……悲しいですねーぇ。私が何か粗相でも」

 

「しただろ。エミリアに宛てた手紙。あれが企みじゃなければ何だっていうんだ」

 

 横目で睨みつけるその目は氷点下。見目可愛らしい美少女ではあるが、素人ならばその眼力だけで腰を抜かすほどの圧があった。しかしそれを受けてなおロズワールは揺るがない。微笑を顔に張り付け、肩をすくめるだけだった。

 

「何度も言いますが、そのようなもの出した覚えがないのですよーぉ」

 

「オトボケはその顔だけにしておけよロズワール」

 

 不意にロズワールの足が止まる。それは彼自らが止めた、というより止めざるを得なかったから。

 何故ならば彼の前後は朱と蒼のウロボロスに囲まれている。顔のない異形の龍は、無機質な殺意を容赦なく彼にぶつけてきていた。

 

「時間がない、って言っただろ。痛い思いをしたくなければ早く吐け」

 

「ふぅむ。無い腹を探られても──」

 

 がりゅ。

 聞いたことのない不気味な音と共に、ロズワールの足元が床材ごと(えぐ)られていた。

 まるで空間だけ削り取ったかのような出鱈目(でたらめ)に、しかしてロズワールの顔色は崩れない。むしろその怪物に手を伸ばし、撫でるくらいには余裕があった。

 

「──私は困るのですがねーぇ。それに、理解しておられますよね。私を殺したらあの子の王への道が絶たれるということを」

 

「死なない程度に甚振(いたぶ)るさ。これから生涯をベッドの上で過ごして、財力だけエミリアに供給し続けてやってくれ」

 

「暴力まがいのことをされてまで、王選に投資するつもりはないのでーすがぁ?」

 

「あり得ないな。エミリアを神輿にする奴が、暴力程度で王選を諦めねえだろ」

 

「それであれば、私が暴力に屈さないのもお分かりでしょーに」

 

 ピリつく空気。歪む空間。

 真に憂慮(ゆうりょ)すべき事象は傲慢ではなくロズワールだとカリオストロは判断していた。

 コイツは味方に置いておくだけで害を及ぼすが、敵に回られればもっと害を及ぼす。例の手紙の件以外にも暗躍をしているという確信があって、カリオストロは詰問に挑んでいた。

 

「だろうな。だが、痛い思いを望んでしたい訳じゃねえだろう?」

 

「それはもーぅ」

 

「だったら素直に話せ。お前は王選を諦めていない。なのに、あえてエミリアを死に向かわせようとする。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

「持ってるんだろ、福音書を」

 

 ロズワールの顔色が変わっていく。

 切れ長の目はより細まり、張り付いた笑みではなく、彼本来の冷たい笑みが垣間見え始めていた。

 

 ひょうきんで、全てを茶化す道化師の顔から。

 

 冷酷で、全てを睥睨(へいげい)する為政者(いせいしゃ)の顔に。

 

「……よもや自分から辿り着いてくれたとはねーぇ。その話はもう少し先になるかと思いましたよ」

 

「あっさり認めるんだな。もう少し(ベラ)を回すかと思ったが?」

 

「いーぇいぇいえいぇ。痛い思いはしたくないといったでしょーぅに。カリオストロ君、キミ本気で私の腕くらいは飛ばすつもりだったでしょぉ?」

 

「まぁな」

 

「折角トントン拍子に舞台が進んでいるのです。であれば、その道筋に私も無傷でご一緒させていただければと」

 

「自分でお膳立てしておいて抜け抜けと……」

 

 まるでベリアルと同じくらい迷惑な存在だ。許すことならこの場で跡形一つなく消し飛ばしてやりたい。しかしながら、消し飛ばすにはコイツの立場が邪魔をする。無駄に肩書きもポジションも代替え出来ないものだから腹が立つ。

 

「それで? お前は魔女教の内通者なのか?」

 

「違います。あのような存在と一緒にされたくはないですね」

 

「はん、オレ様には一緒に見えるがな。庇護(ひご)するべきエミリアを死出の道に向かわせてる。まるで魔女教どもが言う『試練』みたいなもんじゃねえか」

 

「……」

 

「『試練』とやらがどーいう目的なのかは見当もつかねえが、お前の福音書にはさしずめ『エミリアに困難を与え、その上で王選を進ませろ』とか書かれてるんだろ?」

 

 思えば不審な点は多かった。

 かつてパックに屋敷で殺された時。ロズワールはなんと言った?

 

スバル君のためさ、ベアトリス

……………は、はは。……か、賭け、は……失敗に、終――ったんだ……。そ、れ……なら、さっ…さとつ、ぎの賭け……に、託たく……ま――で……

 

 そして、手紙について問い詰めた時。

 

未来を視る? とぉーんでもない……キミ達は、いえ、正確にはスバル君には世界をやり直す力がある。そしてキミは彼の力に巻き込まれてなお、その記憶を受け継ぐ。そーぅだろう?

 

 知る由もないオレ様達の秘密を知っているという事実。

 そして失敗したオレ様達の次に期待するような動きをしたという事実。

 その2つを紐付けるのは『福音書』しかなかった。

 

 ウロボロス達がしゅるりと拘束を解くと、カリオストロ達は示し合わせたかのように歩きだした。

 

「これは叡智(えいち)の書と言います」

 

 音もなく、ロズワールが懐から取り出したのは1冊の書だった。

 手に収まる程度の小さな書で、何のタイトルもない黒い本。

 何度となく読まれたのだろう。くたびれた様子が見てとれた。

 

「これは端的に言えば、所持者の望む未来へ進む為の未来が書き記された予言書です。私個人が望む未来を勝ち取るために、何をするかが此処に全て書かれています」

 

胡散臭(うさんくせ)え」

 

「しかしながら力は本物です。何故ならば、ここまでのスバル君達の功績は全て書いてありますからねーぇ」

 

 ロズワールは、その背表紙を大切そうに数回撫でた。

 

「福音書と何が違うんだ?」

 

「あれも叡智の書の仲間ではありますが、遥かに精度が劣ります。具体的に言えば描かれる未来が曖昧になるといった形でね。実のところ、この叡智の書も複製品なので本物に比べれば精度が劣るのですが」

 

 魔女教徒達はそんなあやふやな予言を信じて行動を起こしているのか。なるほど、それは解釈次第で暴徒になってもおかしくはなさそうだとカリオストロは納得した。

 

「──えーぇ、そうですとも。カリオストロ君の言う通り、私は叡智の書に従って行動をしているまで」

 

「その叡智の書が、エミリアを窮地(きゅうち)に立たせろって言ってんのか? そしてオレ様達に解決させろ、と言っているのか?」

 

「ですねーぇ」

 

「ひょっとして徽章盗難事件や、領内の魔獣騒ぎもお前の仕業なのか?」

 

「ご想像にお任せしましょーぅ」

 

 言葉こそ濁したが明らかなるクロだった。思わず窓ガラスが軋む程の殺意が巻き散らされたが、カリオストロは努めて冷静であろうとする。

 事ここで必要なのは犯人探しではない。対傲慢との戦いにおいて、何を狙っているか。ソレを知る事だ。

 しかしカリオストロが質問を被せようとする前に、ロズワールが呟いていた。

 

「……私も不思議だったんですよ」

 

「あ?」

 

「知っていますか? 世界は今現在や過去の事だけでなく、未来に起きる出来事まですでに記憶されている。叡智の書というのは、その世界の記憶から必要な知識を引き出す禁書なのです」

 

 どこか熱の(こも)った声で朗々と謡うロズワール。

 それはさながら、自分の宝物をひけらかすかのようだった。

 

「つまるところ、筋書きというのは変わらないのですよ。枝葉こそあろうとも、最終的には正史という本流に流れ込んでいくもの。この予言の内容も、400年も前から何一つ変わっておりません」

 

 しかしうだるほど籠っていた熱は、一瞬で冷え込み始める。

 

「──なのに、最近になってその筋書きが書き換わりました」

 

 同時にロズワールの冷たい眼差しがカリオストロを射抜いた。

 

「そう、書き換わったのです。不変の運命が、まるで筋書きに問題があるとばかりに、軌道修正を伝えているのです」

 

 侮蔑(ぶべつ)? 違う。

 怒り? 違う。

 殺意? 違う。

 そこに込められていたのは明らかな嫌悪だった。

 

「当初は、あの幼きエミリア様を助けるのはスバル君だけだった。スバル君がエミリア様の窮地を助け、共に戦い、そして王選を勝ち進める。その筈だった……なのに。()()()()()()

 

 ロズワールは淡々と糾弾(きゅうだん)する。

 

()()()()()()。屋敷に訪れる者の名はスバル君だけだった。だが()()()()()()。屋敷の危機を救うのはスバル君だけだった。王都で活躍する者の名はスバル君だけだった。だが()()()()()()。ありとあらゆる既存の流れに、()()()()()()。書には君という存在は、何一つとして描かれていなかった。まるで君というイレギュラーを、想定していなかったかのように」

 

 思い描いていた美しい絵。

 それを台無しにするコールタール。

 それこそがカリオストロだと。正面から言いきった。

 

「ここ最近は頻繁(ひんぱん)に筋書きが変わっているんだ。これは、異常事態だよカリオストロ君。キミは何者だい? 合流した彼らといい、キミ達は()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「知るかよ。オレ様達だって好きでお前の騒動に巻き込まれた訳じゃねえ」

 

「はぁ……そうですか。あぁこれが私への試練というものなのでしょーぅかねぇ。実に、何とも、やりがたい……」

 

「お前の筋書きなんて心底どうでもいい。オレ様が聞きたいのは他に何を企んでるかだ。吐けよロズワール。最終的にオレ様達の行動で本流へと進んでいってるんなら、協力できない訳じゃねえだろう?」

 

 ロズワールが求めているのはエミリアが王になること。

 カリオストロ達が求めているのは、傲慢を退ける事。

 

 現時点でカリオストロ達とロズワールの方向性は食い違っていない筈だった。

 そしてその推測は正しく、ロズワールはたっぷりと勿体ぶるようにして頷いた。 

 

「その通りですね。自ら辿りついては欲しかったですが、まあいいでしょーぅ──ひと月ほど前、私はある依頼をしていました。その依頼内容は『この屋敷に居る者達全員を殺害すること』です」

 

 ぞわ、とカリオストロの全身が総毛立つ。

 やはりこの男は想像通り画策していた──!

 

「~~~~ッ、どこの、誰にだ!?」

 

「『腸狩り』と『魔獣使い』と呼ばれる二人にですよーぉ」

 

「襲撃はいつ!?」

 

「まさしく、本日丁度です。そのうち訪れるのではないでしょうか」

 

「テメェ……!」

 

「おぉーっとぉ、敵対はしませんよ? 本流には生きて乗りたい、そういったではないですか」

 

 再びウロボロスが牙を剥くが、ロズワールは涼し気な顔を崩さない。むしろ、心底楽しいと言わんばかりに(わら)う。

 最悪だ。最低最悪だった。

 『腸狩り』というシリアルキラーや、名の知らぬ殺し屋は()()()()()()()()

 むしろ傲慢に付け入る隙を与えてしまうという事の方が、よっぽど致命的だった。

 

「今すぐ取り消しの命令を!」

 

「無駄ですよーぉ。もう連絡手段はありませんし、例え依頼者であっても殺していいと伝えていますからねーぇ。あぁそれに……もう遅いようですね?」

 

 は、と気付いた時にはカリオストロも異変に気付いていた。

 ガラスが揺れている。いや、ガラスどころか木枠が震えるほどの地鳴りが、地響きが遠くから近づいてくる。

 それは崩壊の音色。

 遠間からでも聞こえてくる木々がなぎ倒される音に、地を踏みしめる多数の足の音。それはとうとう耳を澄まさずとも聞こえてきて、

 

 

「──さぁ、一緒に素敵な未来を掴もうではないですか、カリオストロ君」

 

 

 ロズワールが両手を広げてほほ笑んだと同時に。

 廊下の窓や壁が派手に吹き飛び、大量の魔獣達が屋敷に乗り込んでくるのだった。

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