絶対評価制!   作:珊瑚

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十章

 この世界では強さとは評価であり、その逆も然りだ。能力の質や方向性により戦闘力は若干左右されるものの、基本的に評価の高い人間が戦いに勝利する。それは子供でも大人でもあまり関係ない。だからこそ人々は評価を得ることに必死になり、「優等生』のような組織が出てくるのだ。

 しかし、これはなんだ?

 妹はともかく、学園でも強者で名を馳せている村上が、私に負けるような人間に敗北してしまうのだろうか。否。それは有り得ない。理由が予想できない。冬花がそれほどの実力者ならば、私など瞬殺されているはずだ。優姫と戦ったときのように。

 

「もう勝負は着いたわよ。幹部のくせに弱かったわ」

 

 冬花は部屋に入って呆然としている私へ、得意げに笑った。私は彼女へと視線を向ける。どうしても村上や妹が負けたということが信じられなかった。冬花の息は上がっていない。少しも疲れた様子がなく、彼女の制服に汚れの類いは見つからない。傷なんて皆無だ。ダメージを受けずに二人を倒したと思われる。冬花の言葉通りだ。

 

「夢深。本当に二人は負けたの?」

 

 私が尋ねると、夢深は小さく頷いた。

 

「は、はい。けどあっという間で……何がなんだか」

 

 この場にいた彼女ですらも、敗北の理由が分かっていないようできょとんとしていた。説明もそれだけで終わってしまい、口を閉ざしてしまう。

 友人である夢深がこの反応。隠していた能力か、それとも新しい能力を手にいれたのか……いずれにせよ、二人が負けたのは事実なようだ。勝利とばかり考えていた頭に、深い絶望が広がる。冬花が今日何回戦ったのかは分からない。けれども、二人で勝てないのなら、私が戦っても負けるのはあまりに明確だった。

 

「……それじゃあ、止められなかったんだね」

 

「そうよ。これで『強行』が行われる。問題児は全て排除されるのよ」

 

 冬花は不敵な笑みを浮かべる。数日前に戦った彼女とはどこか違う。自信のようなものが表情から見て取れた。

 まさか冬花がここまで強いなんて。私がいてなんとかなることでもないが、胸を襲う悔しさに拳を握り締める。これで強行を止めることができなくなってしまった。約束を果たすことも——

 

「姉、さん」

 

 聞こえた声にハッとして顔を向ける。さっきまで倒れていた妹が顔だけを少し上げてこちらを見ていた。表情は苦しげで、今にも気を失ってしまいそうだ。

 

「まだあいつは……条件を提示してないわ。だから、まだチャンスは……」

 

 それを聞いた冬花が反応を示す。冬花が条件を提示していない。つまりは、まだ夢深を利用して決闘を挑むことも可能なのだ。

 だが、どういうことだ? こちらが条件を提示した以上、相手も何か条件を出すのが当たり前なのだけど、忘れていたのだろうか。慎重な冬花が忘れるなんて考えられない。

 ……何か、いまいちピンとこない。

 冬花が予想より強かった。これはいい。能力は自分以外には不透明なため、私の知らない能力があったとしても説明がつく。

 三回決闘を消費せずに、私達の決闘を受けた。若干の疑問を抱くものの、それもまだ納得できる。朝は時間がないし、休み時間や昼休みなんて戦おうとする人間がいない。放課後は『強行』の準備があるから何もできないだろう。決闘を消費できないのも分かる。しかしそれ以外の不可解な点もある。

 薄い警備、条件を出していないこと、そして——前兆のなさ。

 明日だと言う割に、『賛成者』は教育を行う素振りがない。今も反対者のメンバーを見回りに回しているが、教育の前兆を見かけたなどの連絡は一つもない。問題児を攫う必要があるにも係らずだ。

 ——そういうことか?

 あれこれと頭を巡らせ、私は一つの仮説を導く。私の視点から考えられることはこれくらいしかなかった。

 

「姉さん。姉さんなら、倒せるから……」

 

 もしそうなら、私は勝たなければならない。チャンスを生かさなければならない。冬花と話をするためにも。

 私は妹の頭を撫でて、微笑んだ。

 

「うん、任せて。勝つから」

 

 冬花が村上のような強者ですら倒せる能力を身につけたのならば、私は相手にならない。けど、おそらくはそんな能力ではないはず。どんな能力にも、つけ込める欠点はあるものだ。村上はその欠点を突かれたと考えるのが妥当だ。

 私が言い切ると、妹は目を閉じて弱々しく鼻で笑った。

 

「負けたら、今度は土下座、だからね」

 

「いいよ。私の前に妹と村上からだけど」

 

 私が彼女の頭から手を離す。すると妹は意識を失ったのか、返事をせずに沈黙した。私は彼女の顔を少し眺めてから立ち上がる。冬花は少々焦った様子で私を見つめていた。分かり易い。さっきの自信に満ちあふれた様子もそうだが、今も彼女が何を考えているか大体理解できた。私との戦いを避けている。私に負けるかもしれないと考えている。妹や村上に勝った人物が。

 

「というわけだから、戦おうか」

 

 私は首を回しながら言った。

 

「条件は私が勝ったら、教育、それに似た行為を今後一切行わないこと。それだけでいいや」

 

「……私が勝ったら、夢深、あんた達が私の正体を明かすことを禁止するわ」

 

 今更な条件を悔しそうな表情で提示する冬花。私はその条件に快く頷いた。この勝負、勝っても負けても敗北者は冬花、数少ない賛成者達だ。条件自体どうでもいいという気すらしてくるけど――一応だ。もし私の推測が間違っていたら大変なことになるし。ここは真面目に戦って勝利しておくとしよう。

 

「それじゃ、はじめよう」

 

 私は構える。前に立つ冬花も剣と鞘を手にした。初めて戦ったあの日から持っているものに変わりない。……となるとやはり、私との相性は良さそうだ。むしろ私だからこそ勝てるのかもしれない。相手が準備したのを確認し、私は駆け出した。身を低くさせ、能力の補正を以て全力で肉薄する。私が考えている通りなら、彼女の戦い方は前回と変わらない筈だ。それならば彼女の攻撃をかわして攻撃をすること、攻撃される前に圧倒することもできる。

 あっさりと私の接近を許す冬花。彼女が何かをする前に私は拳を振りかぶり、渾身の力を込めた拳を突き出す。

 

「うぐ……」

 

 それは容易く彼女の鎖骨の辺りに命中した。堅い手応えが伝わり、冬花は軽くよろける。やっぱり防御関係の能力があるようでダメージは少ない。歯を食いしばり、攻撃後の隙を突くタイミングで冬花は剣を振ってくる――が、それくらい想定済みだ。私は振られた剣を空いている片手で叩き落とし、返す刀で冬花の顔を狙って裏拳を飛ばす。防御の能力があるなら容赦はしない。踏み込み、体重、身体の捻りを利用し拳を叩きこむ。今度は流石に耐えられず、冬花の身体が傾いた。そこで更に追撃。私は裏拳の勢いを殺さずに回転し、間髪入れずに蹴りを放つ。これも当たる。よろけた冬花は勢いよく床を転がった。

 

「……冬花。もう止めた方がいいと思うよ」 

 

 床に倒れ、呻きながら立ち上がろうとする冬花に私は声をかける。彼女はまだ諦めていない。それが自分のためか、それとも友人のためなのか分からない。けれどこれ以上見ているのも、叩きのめすのも辛かった。私は構えたまま続ける。

 

「もう賛成者はそれほどいないんだよね? だから君は焦ってる」

 

 床に手を付いている冬花の手が微かに反応を示した。やはり間違ってはいないらしい。

 賛成者の薄い警備、そして『教育』を行う前兆が見当たらない現状。そこから予想できることは冬花の見方をする賛成者がいなくなったこと。夢深の誘拐などと不可解なことを行ってきた会長に不信感を抱いてしまったのだろう。そして幹部の数人が村上の一人に圧倒されたのも大きい。本当に自分達が正しいのかと疑問を抱いた時に、勝利の見込みが少ないと分かったら、離れたくなるのは道理である。正しさはなく、強さもなく、ただ雑魚のように敗北する。それはとても惨めだ。

 

「うるさい。私はあいつらを許すことはできないのよ」

 

「あいつら?」

 

「いじめなんて下らないことをする奴らのことよ。あいつらは自分が正しいとも考えずに、ただ楽しいからなんて理由で人を苦しめる。それでいて今は『決闘』なんてふざけたルールがあるからいじめ行為はエスカレートしてる。『教育』はただ、みんなの前で決闘をして馬鹿を叩きのめすだけ。それの何が悪いの?」

 

 『教育』の具体的な内容が語られる。問題児を生徒達の前で叩きのめす。謂わば公開処刑だ。偽善がはびこっている今、そんなことをすれば彼らは絶対的な悪となる。そうなればイメージアップを狙う人間にターゲットされるだろうし、いじめを行える暇なんてなくなるだろう。

 一見正当だとも思える。いじめを行っている当事者を正確に連れてこられるなら、当然の報いだと言う人物もいるだろう。学校の示した決闘のルールにも背いていない。けれど――

 

「それはいじめと変わらないよ、冬花」

 

 相手が抵抗すらできない大きな力で長期間抑えつける。それだけでいじめだと言えるだろう。そこに楽しもうとする感情の有無は関係ない。それを行っている理由が『相手がやったから』なんて、やり返しなら尚更だ。

 

「そんなことしなくてもいいと思う。必要がないことだよ。分からない?」

 

「――うるさい! 何も知らない奴がそんなこと言う権利はない!」

 

 立ち上がった冬花が私へ向かってくる。二刀流のように剣と鞘をバラバラの軌道で、一度に振るう。私はそれを構わずに受け、彼女の顔面を殴り飛ばした。剣と鞘をまともに受けた身体が痛むが――それほど傷は深くない。

 

「――っ。確かに分からないよ。いじめをする奴が許せないって言っているのに、自分が『許せない』奴になるんだから。……ねぇ、それは自分のため? それとも夢深の……」

 

「……」

 

 尻餅をついた冬香は黙り込む。多分、そんなこと考えてもないのだろう。許せない。その気持ちが先行するばかりで。

 私は溜息を吐いた。

 

「ちょっとしか戦力がいないのにそれでもまだ戦おうとするんだから、いじめにも耐えられそうだけど」

 

 そうした理由が他人のためなら、尚更だ。

 

「私に仲間はいないわ。私は一人よ」

 

 冬花はぽつりと呟く。その表情は悲しげで、さっきまでの激昂していた様子は窺うことができない。私は彼女から目を逸らし、夢深を見る。私が来てからも呆然としていた彼女は、冬花の話を聞いて少し怒っているようだった。やはり、間違っているのは冬花らしい。

 

「一つ、教えてあげる」

 

 話をぶった切り、私は冬花に視線を向けて言った。

 

「本当の仲間、友達は仲良くしてるだけじゃない。喧嘩もするものなんだよ」

 

 創作物上の話だけど――彼女にはその本当の仲間がいるんだから、間違ってないだろう。

 

「冬花は一人じゃない。間違ってると思ったら意見してくれる友達、仲間がいる。裏切りや仲違いを怖がる前に、その人の言葉をしっかり聞いてもいいんじゃないかな」

 

 冬花が目を夢深に向ける。そして何か言おうとし口を開閉させた。やや長い沈黙。それを断ち切ったのはこれまで静観していた夢深だった。

 

「ごめんなさい。私は自分のことばかりでした。『教育』の話を聞いて誘われても、その場から逃げるだけで、いつか思い直してくれるだろうと言い訳して……。時間がかかったけど考えて、言われて、ようやく気付きました。冬花に言わないといけないことがある、って」

 

 立ち上がり、夢深は冬花へ近づいていく。もう冬花に戦意はなかった。近づいてくる夢深を見て、苦しげな顔をするばかりだ。

 

「私は許せません。冬花が仕返しなんてことをして、あいつらと同じになることが。それは立ち向かってなんかいません。ただ逃げているだけです」

 

「だけど、何もしないと夢深はずっと――」

 

「大丈夫です。私には仲間がいますから。冬花にもです」

 

 冬花の言葉を遮るようにして、夢深が彼女を抱きしめた。驚く表情を浮かべる彼女へ夢深は優しく、そして力強く続ける。

 

「仲間と一緒に戦いましょう。数でもなく、力でもない。強くなるんです。私達が」

 

「夢深……」

 

 いじめられぬほど強くなる。

 結局、相手側がどんなに悪だとしても、規則上正しいのならそれしかないのだろう。冬花のように加害者を責めたりせず、その答えを受け入れることがどれほど難しいことか。私には到底理解することはできなかった。

 

「ごめん。私、勝手に突っ走って、夢深のことも疑って」

 

「いいんです。これだけで仲が悪くなるなんて本気で思ってないですし」

 

 けど、一つだけ分かったことがあった。

 彼女達ならば強くなれるのだろう。力で抑えられ、それでも力で返そうとせずに強くなろうとする彼女達なら、きっと。

 

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